やまだくんはおれがまもる

ヤマダくんとムフフ

「山田ァ。今日はどうする?どっか寄ってくか、それとも真っ直ぐ帰んのか」
下校時。
仲良しグループの一人、内崎に問われて、山田は即答した。
「んー。本屋寄ってこうかなって思ってたけど、いいや。今日はまっすぐ帰るよ」
この頃は、すっかり山田もアキラを囲むグループの一員として認識されており、それなりに充実した学校生活を送っている。
アキラが転校してくる前は、どこかの派閥に入るなんて面倒だと思っていたが、いざ入ってみるとまんざらでもない。
まず、名前を呼び合える友達が増えた。
遊びのスポットも、それに伴い多くなった。
毎日が、新しい発見と知識取得の連続だ。
グループの一番人気はアキラなのだが、アキラが常に山田を立てる為、リーダーは実質山田のような状況だ。
帰り道のルートを決めるのも、皆、なんとなく山田に意見を尋ねるようになっていた。
下校グループは山田の家へ続く道路で解散する。
アキラの住むアパートは、山田の家から近い場所にあった。
「じゃあね、山田くん」
「アキラくんもバイバイ」
それぞれに手を振って仲間達は各々の帰路につく。
山田が家に入るのを見届けてから、アキラも踵を返した。
本当は夜通し見守っていたいのだが、本人にやめてと言われてしまったのでは仕方ない。
――山田と恋人になってから、あれから何も進展がない。
今までどおり、友達として接している。
皆の前でだけじゃない、二人っきりでも友達のままだ。
アキラ的には恋人となったからには、恋人らしい事の一つや二つ、してみたいのだが。
そう、いわゆる、キスだ。
山田くんとキスしたい。キスだけじゃなくて、その先も。
アキラとて今時の男子高生であるから、エッチな事の一通りは知っている。
しかし山田には、何故か山奥で育てられた野生動物として見られているフシがあった。
何しろ、スマホを取り出しただけで驚かれたのだ。
『アキラくん、スマホ使えるの!?』
山田は大層驚き、意外なものを見る視線を向けてきた。
当然だ。前の学校の友達とLINEだってやっている。
そう言うと、友達登録を迫られた。
もちろん喜んで登録したが、学校の会話となんら変わりない言葉と可愛いスタンプが送られてきて、多少拍子抜けした。
誰にも見られないマンツーマンの場でぐらい、デレてくれても構わないのに。
なかなかガードの堅い恋人である。
いや、そもそも山田には恋人の自覚があるのか。
まさか祭りのノリで言った告白だから、忘れてしまっているということはないだろうか?
しかし通常通りの会話を送ってくる相手に、こちらから近距離な会話で探りを入れるのも気が退ける。
学校でもLINEでも無難な会話をかわしながら、アキラは考えた。
まだ、まだだ。
きっとまだ、恋人として仲良くなっていないから、山田はアキラに手を繋ぐ事すら許してくれないのだ。
でも、恋人として仲良くなる第一歩って、どうやって踏み出せばいいんだろう?
アキラの知識は、肝心な部分が空白だった。
エッチな知識なら、スマホで検索すれば幾らでも出てくるのだけど。

土曜日。
このところ成績が下がってきた山田は、遊ぶべきか真面目に勉強するべきか真剣に悩んでいた。
成績が下がってきたのは、新しくできた友達と遊びほうけていたからじゃない。
その程度で予習復習を忘れるほどには、山田も愚かではないつもりだ。
それでも成績が下がってしまったのは、一つの事に気を取られすぎているせいであった。
無論、アキラの件だ。
秋祭り以来、山田とアキラは恋人になった。
それからというもの、寝ても覚めても山田の脳内は彼で占領されている。
公には出来ないようなエロいシーンで脳内が埋め尽くされる程度には、アキラとの妄想で夢中になった。
だが、いつまで経っても妄想止まりだ。
どうしても、本物のアキラに手を出すきっかけが掴めない。
始終山田くん山田くんと子犬みたいに従順についてくる純粋な彼を目の前にすると、アキラの裸体で抜いている自分が、とてつもなく汚らわしい生き物に思えてくる。
アキラの全裸は、秋祭りの日に見た。
逞しいのは上半身ばかりではなく、山田はがっつり見入ってしまった。
山田のお粗末な下半身も同じ日に見られたわけだが、アキラはどう思ったのだろうか、あれを見て。
まぁ彼のことだから、きっと尋ねてみれば褒めてくれるに違いないのだが、褒められても微妙だ。
だからといって『山田くんに似合って素朴だ』なんて素直な感想を述べられても、それはそれでショックである。
怖くて聞けない。
――とにかく。
せっかくの土曜日をゴロゴロしているだけで終わらせるのは、一番不毛だ。
山田は颯爽とスマホを取り出すと、文字を打ち込んだ。
『アキラくん、今暇?』
ところが、いつもなら間髪入れずに返事がくるはずのLINEが、いつまで経っても無言のままだ。
既読にすらならない。
おかしい。
山田は焦って再度入力した。
呼び出し音にアキラが気づかなかった可能性を考えて。
『アキラく〜ん、トイレ?』
一分待った。
五分待った。
駄目だ、十分以上待っても既読にならない。
これはきっとアキラの身に何かが起きたに違いない。
スマホにも出られないほどの緊急事態が。
山田は、いてもたってもいられなくなり、家を飛び出した。


山田が案ずるように、アキラの身に緊急事態は起きたのであろうか?
否。
アキラは商店街の裏にある、空き地にいた。
目の前に立ててあるのは木片を組み合わせて作った的だ。
人の形を模してある。
アキラは、その前に立ち、大きく息を吸って、吐く。
ぎゅっと帯を引き締めると、気持ちまでもが、がらりと変わる。
胴着に袖を通すのも、久しぶりだ。
東京へ来てから、すっかり稽古をサボッていた。
これも全ては山田と一緒に遊ぶのが楽しいせいだ。
山田とは常に一緒にいたい。
ときたま見せる彼のテレ顔や笑顔は、アキラの胸を幸せで満たしてくれる。
しかし、怠けてばかりでは腕も落ちる。
いざという時、山田を守れないのでは本末転倒だ。
そういうわけで、久しぶりに稽古を再開した。
スマホは集中力の妨げになるので、アパートに置いてきた。
家で勉強している時も、スマホはサイレント設定にしてある。
そうしておかないと前の学校と今の学校の友達が、ひっきりなしにLINEを送ってきて、勉強どころではなくなってしまう。
アキラは、自分がなんで他人に好かれるのか、さっぱり判らない。
勉強が出来て運動も出来る奴なんか、ごまんといよう。
自分より山田くんのほうが、ずっとずっと個性があって感情的で面白くてイイヒトであるはずなのに。
アキラは今まで誰かに恋したことがなかった。
人としての好意を抱いたことは多々あるが、恋愛までいった相手がいない。
恋愛は、山田が初めてだ。
とりたててパッとしない、だが道ばたに咲く名も無き花のような存在の山田は、逆にアキラの心を捉えて放さなくなった。
彼がもっと評価されるべきと思った時期もあったが、あまり注目されても困ることに気がついた。
山田は、自分一人のアイドルでいるほうがいい。
誰かと山田を取り合って殺伐とするのは、アキラの本意ではない。
――雑念が、多すぎる。
もう一度大きく深呼吸して気持ちを切り替えてから、アキラは気勢と共に足を蹴り出した。
大きな木片が二、三、飛び散り、アキラは眉をひそめる。
やはり威力が落ちている。
絶好調時の自分なら、今の一蹴りで片腕は軽く持っていける。
今日は一日蹴りの練習をして、鈍った体を戻さなくてはなるまい。
山田の笑顔を、ちらりと脳裏に浮かべたものの、すぐにアキラはブンブンと頭を振る。
山田に会うのは、月曜日までお預けだ。

アキラが空き地で黙々と修行している間、山田は汗だくの泣きべそになってアキラを探し回っていた。
アパートに行っても誰もいないのでは、思考がネガティブな方向へガンガン突き進むのも致し方ないというもの。
この世のものではなくなっているのではないかと絶望に浸りかけた頃、ようやくアキラの姿を発見できた。
人型の的に向かって、何度も蹴りつけている。
大方、ナントカ暗殺術の練習であろう。
そんなもんを蹴っ飛ばしている暇があるなら、LINEに返事ぐらい入れろってんだ。
ブチキレかけた山田は、すぐにスマホがアキラの近くにないことに気づき、全てを理解する。
アキラくんめ、スマホはアパートに置きっぱなしか。
携帯電話の意味がない。
むかつく反面、アキラだから仕方ない――とも、山田は考えた。
彼がスマホを所持していると知った時は驚いたが、持っているからといって使いこなせているとは限らない。
アキラがゲームで遊んでいる処も見たことがないし、使えるのは電話機能とLINEぐらいだろうと山田はアタリをつけた。
そのアキラだが、山田の到着に気づいているのかいないのか、いや全然気づいていないようで、全くこちらを振り向かない。
一心不乱に木で作ったらしい的を蹴っている。
時々「ふッ」とか小さな気合いが彼の口から漏れている。真剣な表情だ。
そういえば、アキラの胴着姿を見るのは初めてだ。
普段着より格好良く見えるのは、ユニフォーム効果というやつだろうか。
動くたびに汗が飛び散る。
汗、かくんだ。運動した時。
当たり前なのに、山田には新鮮に感じられた。
走っても息を乱さず汗をかかなかったアキラが、全身汗だくで稽古している。
褐色の肌に浮かんだ汗は、なんだかエロい。
そう見えてしまうのは、山田がアキラへ下心を抱いているせいか。
山田には武術の心得など永遠に判りそうもなかったが、これだけはハッキリ言える。
今、この姿を誰か、例えば女子が目撃したら、そいつは絶対アキラを好きになってしまうであろうと!
即刻やめさせねば。
アキラくんを好きなのは、僕だけでいい。
じりじりとすり足で近づいていき、山田は両手を伸ばしてアキラの背面に立つ。
勢いよく「わっ!」とかけ声と共に背中へ突進したら、アキラがくるりと振り向いた。
「わぁっ!?」
おかげで勢いよくアキラの胸に飛び込んでしまい、恥ずかしさのあまり、山田は軽く硬直する。
アキラにしてみれば、気配がしたので振り向いてみたら山田が突然抱きついてきて、とんだ大サービスの奇襲である。
デレて欲しいとは思っていたけど、こんな時にデレてくるのは反則だ。
普段ならともかく、今は汗びっしょりで臭いし。
「山田くん、どうして此処に?」
疑問を口にしてみると、山田はぎこちなく目をキョドらせて答える。
「あ、う、あ、アキラくんがLINEに出ないから、心配になって」
アキラがLINEに顔を出さないなんてのは、夜なら、ままある出来事である。
とはいえ、今はまだ朝と呼んでも差し支えない午前中。
東京に来てからは山田への断りもなく家を留守にするのは初めてだったと、アキラは思い出した。
山田もなんだか汗臭いし、もしかして街中必死になって探し回ってくれたんだろうか。
よく見ると山田の両目は潤んでいる。
鼻も赤いし、直前まで泣いていたとしか思えない。
「アキラくん、心配したんだぞ。次から出かける時は、先にLINEで連絡してよ」
「あぁ、判った。ごめん」
山田に心配をかけるとは、護衛失格だ。
だが同時に、山田に心配されていたという事実がアキラの欲望を掻きたてる。
今なら。
今なら、出来る。山田にキスが。
さりげなさを装って、そっとしてみたら、どうだろう。
山田だって、まんざらじゃないようだし――だって泣きべそかきながら自分を探してくれるんだもの!――怒ったりしないはずだ。
ぎゅぅっと抱き寄せて、アキラは山田の耳元で囁く。
「山田くん、心配してくれてありがとう」
腕の中で山田が顔を上げた。頬が赤い。
顔の近さを意識する前に、むちゅっと山田の唇がアキラの唇に吸いついてきて、アキラは一瞬何が起きたのか判らなかった。

――え?
あれ?

自分からするはずだったのに、山田にキスされていると気づいた途端、頭の中が真っ白になる。
おまけにニュルニュルとねじ込まれてきた山田の舌が、アキラの舌に絡みつく。
初めてのキスでディープとは、大胆な。
いや、まさか山田のほうからしてくるとは思ってもみなかった。
あの山田くんが、手も握らせてくれない奥手でシャイな山田くんが、自らキスをしてくるなど予想外のハプニングで、すっかりアキラの思考は大パニックだ。
「――ぷはぁっ!」
数十秒後、山田が勢いよく離れ、じぃっと上目遣いにアキラを睨みつける。
「ど……どうだった?」
「え……?」
「僕のキスだよ!どうだった!?」
ややヒステリックにわめいてから、山田はアキラの様子がおかしいと気づく。
アキラときたら、心ここにあらずの放心状態ではないか。
いきなりのキスは、恋人になったばかりの状態ではインパクトが強すぎたのだろうか。
いや、そもそもアキラには恋人の自覚があったのかどうか。
好きだと言ったのはアキラが先だが、あれは、どういう意味での好きであったのか。
好きなら恋人になるしかないと思いこんでしまったが、もしや友達としての"好き"だったのか?
山田が悶々と悩んでいると、不意にぐいっと力強く抱きしめられる。
「山田くん、ずるいよ。俺が先にしようと思っていたのに」
「えっ」と驚いたのは山田の番で、山田の汗臭い頭に顔を埋めながら、アキラがぽそぽそ呟くのを聞いた。
「次にする機会があれば……俺から、させてほしい」
「そっ、それはいいけど!」と山田は遮り、すこしばかり強い口調で問い詰める。
「僕のはどうだったって聞いてるんだけど?」
じっと視線を注いで山田をしげしげ見つめた後、アキラはふいっと視線を空へ逃がす。
「……よく、判らなかった……ごめん」
アキラにしては、えらく歯切れの悪い返事だ。
こちとら初めてのキスで心臓が破裂しそうになっていたってのに、判らなかったとは何事か。
「ハァッ!?」
たちまち山田のこめかみには青筋がビビッと走ったが、アキラの言葉には続きがあった。
「でも……」
「でも!?」
視線を戻し、アキラが微笑む。
「すごく、ドキドキしている。今。俺達、本当に恋人になったんだな」
もう一度、ぎゅっと抱きしめられて、再び心臓が破裂しそうなほどドキドキしてきた山田は、無言でアキラにしがみつく。
もう、なんだよ、アキラくんめ。
恋人の自覚、あったんじゃないか。
思いきって、自ら踏み出して良かったと山田は悦に浸る。
お互いの体が発する汗の匂いを思いっきり吸い込みながら、思考は冬・春・夏と季節が未来に飛んでゆく。
これからの二人は、きっとイチャイチャラブラブの薔薇色生活だ。
そう、エロ妄想に胸を高鳴らせながら――
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