4.盗賊ギルド

街が寝静まった時刻。
『メイジ』のアジトには、続々とメンバーが集まってきていた。
メイスローの召集により緊急会議が開かれたのだ。
主な内容は、隣で寝ている怪我人について……である。
「皆は、どう思う?」
顔を見渡され、一人が立ち上がる。黒い肌に尖った耳の女性だ。
「どう思うって言われても……ただの同姓同名なんじゃないのか?」
「ですよね〜。名前なんて、つけようと思えば誰の名前でもつけられる世の中ですから」
隣に座っていた少年も同意し、メイスローを見上げた。
「本人は何と言っていたんです?」
「いや?特に何も」
「何も?自分をデス・ジャッジメントだと名乗ったりしなかったんですか?」
「あぁ。ソロン=ジラード、としか名乗らなかったね。だが――」
視線を少年から壁に移し、メイスローは顎に手をやる。
「あの額当てといい、警備隊の猛攻に、あれだけのダメージで済んだところといい、何かが引っかかるんだ。あいつは、ただの人間じゃないってね」
「強化人間じゃないッスか?」と手をあげて発言したのは、ひょろりと背の高い青年。
彼の意見は即ランスリーに却下された。
「いいえ。彼の体を拝見しましたが、強化人間でもサイボーグでもありませんでした。正真正銘、彼は生身の人間です」
「ふむ……」
「そうすると……」
それぞれが思い思いの考えに耽る中、メイスローはもう一度皆の顔を見渡した。
「ランスリーは彼を保護したいと言っている。我等メイジとしては、どうすればいい?」
真っ先に答えたのは、幾つもの三つ編みを垂らした小柄な金髪少女。
ランスリーと同じ白いローブを着ているが、手に抱えているのは魔術書だ。
「ランスリー様が保護をお決めになったのでしたら、私は反対いたしませんわ」
メイスローは肩を竦め、小さく呆れてみせる。
「あんたなら、そう言うと思ったよ。カジュアリ」
メイジの中にも、ランスリーを崇拝している者がいないわけではない。
彼らには意見を聞くまでもなく、ランスリーが正しいと声を揃えて言うのは簡単に予想できた。
「他の皆は?」
ランスリー崇拝者ではないメンバーにも問いかける。
最初に発言したダークエルフの女性、カトゥパが首を横に振る。
「あたしは、賛成できないね」
どうして?と理由を尋ねると、彼女は荒々しく答えた。
「だって、お尋ね者なんだろ?陰謀にしろ何にせよ、あたし達には関係がない。聖王教会の連中は小さな不正も許せないんだろうけど、あたし達には、もっと重要な大儀がある!」
違うか、と問い返され、ランスリーは首を真横に振って正面から黒エルフを見つめた。
「大儀を貫く前に、守らなければならない大切なものもあるのではありませんか?」
「そいつは国王や警備隊がやればいい。あたし達は、この世界全てを救う義務があるんだ!こんな小さな不正一つ一つにかまっていられる暇があるのか!?」
カトゥパは激昂し、テーブルに置かれた手配書を力強く叩く。
ソロン=ジラードと書かれた手配書だ。
昼から夜半にかけて、ギルドで配られていたらしい。
そいつをひょいと拾い上げ、「賞金五十万が、小さな不正ねぇ」と褐色の大男が呟く。
ローブが全然似合っていない筋肉質の大男だが、これでも一応メイジのメンバーである。
「こいつがもし本当にあのデス・ジャッジメントだったとすりゃあ話は別だ。俺達はジャッジメントを助けた英雄として、後世まで語り継がれるだろうぜ」
「輪廻転生を信じるんですか!?」
驚いた声をあげたのは、少年リオン。
「驚くほどのこっちゃあるまい」
軽く受け流して、大男が微笑む。
「ロストガーディアンなら、生まれ変わることもあるだろうしな」
「ソロンがロストガーディアンであると、あなたは言いたいのですか?タイゼン」
タイゼンと呼ばれた大男は頷き、尋ねてきたランスリーを見つめ返す。
「君もメイスローも、そう思ってるんじゃないのか?彼がデス・ジャッジメントの生まれ変わりではないか、と」
「生まれ変わりというよりは」
メイスローが低く答えた。
「そのものじゃないかと疑ってるんだけどね」
その答えは意外だったようでタイゼンは軽く口笛を吹き、カトゥパに窘められる。
彼は「失礼」と謝ってから、グロムワット姉妹に肩を竦めてみせた。
「そのものだとしたら、彼はブレイクブレイズを何処でなくしてしまったんだ?あの魔剣さえあれば彼が死ぬこともなかったはずだ。ましてや彼が本当に審判なのだとすれば、ザイナの警備隊など敵ではなかろう」

彼らの口にする『デス・ジャッジメント』とは、12の審判に含まれるコードを指す。
デスの名が示す通り、デス・ジャッジメントは生き物の生死を見定める役目を受け持っている。
デス・ジャッジメントの所有するブレイクブレイズという剣は、全てのものを切り裂くとされた。
全てのもの――すなわち個体や液体は勿論のこと、空間までも切り開くと言い伝えられている。
普段は只の石剣にしか見えないが、秘めた能力を開放する時だけ鋭い刃を宿す。
いわゆる、ファーストエンドに伝わる魔具の一種である。

「確かに、焼け跡に残っていたのは普通のロングソードだった。魔剣なんかじゃない」
剣は抜き身で鞘が見あたらなかった。
手に取った途端、ボロッと柄の部分を残して刃が落ちたという。
メイスローは頷き、だが、と自分の仮説を付け足す。
「何かの障害で記憶を失っていたとすれば?」
それを遮ったのはガイナ。
机に向かって魔術書を紐解きながら、横やりを入れてきた。
「仮説だけなら、いくらでも立てられるだろう。今、議論しなければならないのは彼の正体ではなく、我々メイジの今後の予定だ」
「ですよね〜」と、またまたリオンが同意して、きらきらした目でランスリーを見上げる。
「僕はランスリー様に従います。ソロン=ジラードさんが何者であれ、か弱いものを見捨てる者に大儀が果たせるとは思えませんから」
真に大衆のためとなって世界を変えようと思うのならば、目の前にある陰謀を砕くのも大切な仕事だ。
か弱いなんて魔術師に言われたと知ったら、本人は大激怒するかもしれないが。
少年の言葉にランスリーも頷き返し、他のメンバーにも意見を乞う。
タイゼンは肩を竦め「俺は、どっちでもいい」と、投げやりな答えを返してきた。
だが「やる気がないのかい?」とメイスローに睨まれた彼は、困ったように付け加え、頭をポリポリと掻いた。
「あんたの妹君をメンバーに入れた時から、雑用も任されるような気がしてたんでね……ランスリー、君が一旦決めたことを覆さない子だってのは、俺達みんな承知の上だ。だから、君の決めたことに俺も従うよ。今、君を失うのは我々にとっても痛手だからな」
「利己的ッスね」
ひょろりと背の高い青年が呟き、タイゼンを見やる。
「それを言い出したら僕達は全員が利己的です。タイゼンさんの意見も的を射ています。メイジのスポンサーは聖王教会だということを、お忘れなく。今、ランスリー様を手放して教会を敵に回すのは、我々にとって有意義とは思えません。カトゥパさん、ケルギさん、あなた方はそれでも反対するんですか?」
リオンが口を尖らせ、ダークエルフは投げやり気味に答えた。
「あー、判ったよ!賛成すればいいんだろ?」
だがすぐに、言い方が荒々しすぎたと気づき、自嘲と共に言い直す。
「ランスリー、あんたがそいつを邪悪じゃないと感じたっていうなら、あたしも信じてみるよ。ソロン=ジラードは隣で寝てるんだっけね、ちょっと見てきてもいいか?」
いえ、と首を真横に振りランスリーは微笑んだ。
「彼と会うのでしたら、明日以降にお願いします」


翌日。
快適に目覚めたソロンは、さっそく包帯を取ってみることにした。
取れた手足を繋ぎ合わせたと言われたが、傷口がどうなっているのか心配になったのである。
綺麗に繋がっているのなら、それに越したことはない。
だが変な切れ目が残っていたりしたら、最悪だ。
ティルにも気持ち悪がられてしまう。
包帯は丁寧、且つ基本通りに巻かれていた。
これもランスリーが巻いてくれたんだろうか。
勝手に解くのは悪い気がしたが、今の時刻はまだ明け方。日も昇りきっていない。
この時間に叩き起こすのも可哀想だろう。
そう結論づけて、ソロンは包帯を自分でほどく。
シュルシュルと全部ほどいてしまい、素っ裸のまま自分の体を点検する。
肩、足の付け根と順に見ていって、継ぎ目などないことを確認した彼は、ようやくホッと一息ついた。
途端「あ〜っ!?」という叫びが背後から聞こえてきたもんだから、ギョッとなって首だけ振り返ってみれば。
手に治療箱を抱えたランスリーが、ソロンを凝視して驚いている。
「包帯、勝手に取っちゃダメじゃないですか!それに手足は繋いだというだけで、まだ動かすのにも億劫するはずです。まずはリハビリを」
「わ、悪ィ。つーかリハビリなンかしなくても大丈夫……」
慌てて振り向き、正直に謝るソロンだが。
見る見るうちにランスリーの顔が赤くなったかと思うと、再び悲鳴をあげられた。
「きゃああああああああっっ!」
彼女の手元からは治療箱がボトリと落ち、階段を転げおちるようにして駆けつける足音も聞こえる。
「ソロン様、な、なんて格好してるんですか!!」
ランスリーは両手で目を覆い、勢いよく後ろを向いてしまった。
「い、いや、その……なンて格好ッて言われてもなァ?」
どうせ治療の時に見たんだろ?なんて思ったりもしたのだが、とても聞ける状況ではない。
真っ先に駆けつけたメイスローが、ソロンの格好を見るや否や怒鳴りつけてくる。
「バカ!包帯を勝手にほどく奴があるかいッ。その下に何も履いてないことぐらい判ってたんだろ!?」
「いや、傷口がどうなッてンのか調べておこうと思ってよ」
言い訳するソロンに詰め寄ると、バサッとタオルを投げつけてきた。
「これで、その汚いモンを隠しときな!あとで服を買ってきてやるからッ」
汚かねェよと言いかけて、昨日は風呂に入らなかったことを思い出す。
ソロンは大人しくタオルを腰に巻きつけると、ランスリーの落とした治療箱を拾ってやった。
「驚かしちまッて悪かッたな。けど、ここには男も一緒に暮らしてるンだろ?見慣れたりしてねーのか?」
「見、見、見慣れてるって、何をですか!?」
真っ赤な顔で受け取りつつ、ランスリーの視線は下向き加減。
タオルを巻いたとはいえ上半身裸のソロンを、まともに直視できないでいる。
「何ッて、決まってるじゃねェか。男の裸をだよ」
「見慣れているわけないでしょう!!」
即答したのはランスリーだけじゃない。
いつの間に集まってきたのか、ダークエルフの女性や金髪少女までもが顔を真っ赤に怒鳴っている。
キョトンとするソロンに咳払いしながらダークエルフが説明し、改めて挨拶した。
「一緒に住んでるったって部屋は違うんだ。風呂も別々に入るしね。それより、あんたがランスリーのお眼鏡にかなったソロン=ジラードか?」
上から下までジロジロと眺め回されながら、ソロンは頷いた。
「俺のこと、二人から聞いたのか」
黒エルフの女性がニッと笑い、頷き返す。
「あぁ。『メイジ』は総力を挙げて、あんたを保護することに決まった。それにしても……手配書にある似顔絵よりも、多少はいい男じゃないか」
ソロンは色男でもなんでもない。
他の人と比べると、少し目つきが悪い方だろう。
なので、これは社交辞令というやつだとソロンは判断した。
「そいつァどうも。あンただッて綺麗なンじゃないか?肌の色以外は」
褒めたんだか貶されたんだか判らない社交辞令に、カトゥパの眉がつり上がる。
「何だって!あんた、あたしに喧嘩を売ろうってのか!?」
背後でメイスローが馬鹿笑いし、ソロンへ尋ねた。
「ダークエルフを見るのは初めてじゃないんだろ?」
尋ねられた方も肩を竦め、口の端を吊り上げる。
「まァな。けど、この俺をいい男だなンて抜かすからよ。ちょッと嫌味で返してやッただけだ」
「あら、いい男というのは社交辞令ではありませんわ」
横から茶々を入れてきたのは、小柄な金髪少女。
ランスリーと同じように白いローブを着て、編んだ髪を垂らしている。
ランスリーと違うのは、彼女が魔術師であるという点だ。
ちらと少女を一瞥し、ソロンが苦笑した。
「メイジッてのは、よッぽどイイ男がいねェんだな」
ランスリーへ視線を向けてから、カジュアリは小さく肩を竦める。
若き司祭は、まだ真っ赤になって固まっていた。治療箱を抱きしめたまま。
「いい男というのは、外見を言っているとは限りませんわ。そうでしょう?カトゥパ」
「あぁ。あんたは手配書と比べて素直そうだと言いたかったんだ。まぁ、顔もあたし好みだけどね」
外見も込みで褒められていたようだ。
嫌味で返したことを謝ろうとソロンが口を開きかけた時、ひょろりとした青年が駆け込んでくる。
「大変ッス、ランスリー様!傭兵団が盗賊ギルドに奇襲をかけるって話が、たった今、街で!!」


グロリー帝国には、第二次魔戦の頃から盗賊ギルドが存在する。
中立国ということで、善悪聖邪どちらにも関わらないギルドを設立しようという話が出た時。
真っ先に立候補してきたのが、盗賊達であった。
盗賊として稼いだ分を税金として、国に献金する。
それ故に、彼ら盗賊は罪人として捕まらない。
また、グロリーには暗殺ギルドというのもある。
盗賊と暗殺者。
二つの厄介な職業を飼い慣らす中立国は、どの国からも異質な目で見られていた。
そして魔戦が終結する頃には、賢明なるロイスの初代王とファインドの王はグロリーと同盟を結ぶ。
敵に回して寝首をかかれるよりはマシだと考えての同盟であった。

そのグロリーにザイナロックの傭兵団が奇襲をかけたと聞き、ティルは我が耳を疑う。
伝達の騎士に掴みかかり「ホントなの!?」と聞き返すも、彼は息も絶え絶えに頷くばかり。
ザイナロックへ向かったまま帰ってこないソロンの安否も気にかかるが、最早それどころではない。
彼女は王を振り仰ぎ、指示を待った。
「ザイナの横暴を許していては、グロリーが滅ぼされてしまいます!急ぎ、こちらからも牽制をしなければッ」
ワルキューレもいきり立ち、王へ申告する。
身じろぎ一つせず、じっと玉座に座っていたロイス王が、カッと目を開いた。
「同盟国の危機は、ロイス王国、及び西大陸全土の危機でもある。ロイス王国騎士団は出立せよ。背後からザイナ傭兵団を奇襲し、奴らの動揺を煽ぐものとする!」
王の間に鬨の声が響き渡り、騎士達が忙しなく出ていく中。
準備をしようと出て行きかけるティルを呼び止めたワルキューレは、声を潜めて尋ねた。
「ソロンとは、まだ連絡が取れんのか?」
「えぇ……すぐ帰ってくるって言ったくせに、どうせ悪い遊びに引っかかってるのよ」
「そんなことはあるまい」
ふくれっつらなティルへ一応フォローを入れてから、騎士団長は本題に入った。
「ザイナの迅速な動き……お前は、どう思う?」
「そうね……」とティルも腕を組んで考えながら答える。
「前々から戦の準備をしていたのなら、もっと噂になっていてもおかしくないわよね。今回の奇襲、私には随分と突発的な動きに見えるわ」
「そうだな」とワルキューレも同意し、近寄ってきたヨセフにも意見を求める。
「傭兵団というのも気にかかる。奴らはグロリーを攻め滅ぼすつもりがあると思うか?」
ヨセフの答えは、あっさりしたもので。
「ないんじゃないですか?」と答えると、幼なじみ二人の顔を見比べる。
「どうして、そう思う?」
さらに尋ねられた彼は「何故かと申しますと」と、窓へ視線を移した。
「本気でグロリーを潰すつもりなら、傭兵団じゃなくて正規の魔術師団を送るでしょう?いくら暗殺者や盗賊が素早いといった処で、怒濤の魔術連携が相手では避けられるはずもありません」
だが、王に申告しようと言いかけるワルキューレを制し、ヨセフは話の先を続けた。
「一応第二波があるかもしれません。ですから、騎士団は本気で戦いましょう」
彼の予想に驚き「第二波だって?」と聞き返す騎士団長殿に、ヨセフは頷いた。
「ザイナロックは大国です。何の意味もないのに隣国を攻めたりしません。きっと足の速い傭兵団で奇襲をかけてでも奪い取りたい何かが、グロリーにあったのでしょう」
「奪い取りたい……」「……何か?」
二人の幼なじみに訝しげな目で見られ、ヨセフは今一度頷く。
「えぇ。それが何かは私にも判りかねますが。そうとでも考えない限り、ザイナロックが予告もなしに他国へ攻め込むとは思えないのですよ」
先の魔戦でも、ザイナロックは西大陸全土へ向けて宣戦布告したという。
ならば、グロリーとの戦いにおいても何らかの布告があるべきではないのか。
それがない――それをやっている暇も惜しいほど、急ぎの用事がグロリーにあるとすれば。
正規軍ではなく傭兵団だけを向かわせたのも、納得がいくような気もする。
「なるほどな。では、急ぎ追撃といくか」
頷くワルキューレの横では、バシンと両手を打ちあわせて張り切るティルの姿が。
「……よしっ。そうと決まれば、張り切ってやっつけるわよ!」
やる気満々の彼女を見て、ワルキューレがクスッと笑う。
「何よ?」
「いえ、頑張りましょう」
振り返ったティルにヨセフも応え、歩き出した。


ワルキューレ率いるロイス王国騎士団が、森の国境へ差しかかった頃。
ザイナロックにある『メイジ』に匿われたソロンは、どうしていたかというと。
「リハビリの基本は歩行練習からですよ。いきなり剣を振り回すなんて、もってのほかです!」
彼の看護を任されているランスリー司祭に怒られていた。

あの後――
ザイナ傭兵団がグロリーへ奇襲をかけたというニュースを持ってきた魔術師は、すぐにまた出ていった。
メイスロー達がいきり立って相談するのを横目に、ソロンはランスリーへ話しかける。
もちろん今の彼は素っ裸ではなく、メイジのメンバーから借りたローブを着用していた。
「さっき、お前は手足を動かすのにも億劫するッつったけどよ。今こうして動いてる分には、不自由ないように感じるンだが?」
周囲の騒ぎを気にしつつ、ランスリーも丁寧に答えた。
「普通に動く分には問題ありません。ですが、あなたは剣士ですよね。剣を持って戦うとなるとリハビリが必要です。繋いだばかりの筋肉が弱っていますから」
「ふゥん。お前ッて、司祭なのに医者みたいに詳しいンだな」
感心するソロンへ、ランスリーは戸惑いの目を向けた。
「司祭が医学を知るというのは、おかしな事でしょうか?」
「いや、別におかしかねェが」
慌てて訂正する彼に、今度は笑顔を浮かべてランスリーが言う。
「司祭と医者と、志すものは、そう変わらないでしょう?人を助けたいと願うのならば、まず、人というものへの理解が必要かと思います」
彼女は他人を助けたいがために、司祭を目指したというのか。
闇組織に居た頃、そのように献身的な司祭など見ることのなかったソロンは胸を打たれた。
「ランスリー、そいつを頼むよ。あたし達は、ちょっと出かけてくる」
不意にメイスローが声をかけてきて、『メイジ』のメンバーがぞろぞろと出ていく。
「お気をつけて。けして危ない真似など、なさらないで下さい」
心配する妹にウィンクすると、メイスローは「すぐ帰ってくるから安心しな」と言い残して出ていった。
「なンだ?あいつら、ドコ行こうッてンだ」
尋ねるソロンへは、ランスリーが答える。
「グロリー帝国です。様子見を兼ねて、『シーフ』の動向も伺ってくるつもりでしょう」
グロリーには盗賊ギルドや暗殺ギルドの他に、もう一つ組織がある。
『シーフ』は『メイジ』と同じく12の審判の素質を名乗る、怪しげな団体だ。
まだ接触したことはないが、グロリー出身のウォーケンは何かを知っている風でもあった。
そういや、ウォーケンは何処まで援軍を呼びに行ったのやら。
すっかり忘れていたが、ティルも待たせっぱなしだったことに今さら気づく。
「じゃ、俺もそろそろ、おいとまするか」
トコトコ戸口へ歩き出したソロンの腕を掴む者がいる。
言うまでもなく、ランスリーだ。
「どこへ帰るというのですか?あなたには、リハビリが必要だと言ったでしょう」
「どこへッて、ロイ……」
言いかけて、ここはザイナロックであったと思い出す。
「ロイ?」
首を傾げるランスリーに慌てて「……が待ってる、その、えーと」と誤魔化すと。
ゴホンと咳払いして「家にだよ」と無理矢理、結論へつなげた。
「ロイさんが待っている、家へ……ですか?何者なのですか、そのロイさんという方は」
「何者ッて、まァ」
上手く誤魔化しきれなかったようだ。
再び言葉に詰まったソロンは脂汗を額に滲ませつつ、思いついたことを口にした。
「こ、恋人ッてやつだ」
ロイなんて、どう聞いても男みたいな名前だし、これは無理かな?と思ったのであるが……
意外やランスリーは表情を曇らせ、シュンとなって俯いてしまう。
「……そ、そうですか。そうですよね、ソロン様なら恋人の一人や二人ぐらい、いますよね」
そのショボくれっぷりときたら、ハンパではない。
気まずさに咳払いして「二人もいねェよ」と訂正してから、ソロンも尋ね返した。
「ランスリーだっているンだろ?恋人の一人や二人」「いません」
即答された。
どうやら西大陸は、いずこの国もイイ男不足に悩まされているらしい。
「…………ともかく。その方のためにも、早く戦えるようになりたいでしょう?」
ランスリーが顔をあげ、無理に笑顔を浮かべる。
落ち込んでいるのがミエミエで、見ていて痛々しいほどだ。
「ですから、まずはリハビリに励みましょう。家へ帰るのは、それからでも遅くありません」
傷心の司祭に励まされ、ソロンは素直に頷いたのであった。

――だが。
リハビリの基本をすっ飛ばして、ソロンがいきなり剣を振り回したもんだから。
ランスリーの傷心も何処かへすっ飛んでしまい、彼女は大声で彼を怒鳴りつけるはめになった。
「歩行ッたって、俺は普通に歩けてるじゃねェかよ!」と、患者も屁理屈で応戦する。
さっさと治して家に帰りたい気持ちも判らないではないが、何事も順番というものがある。
「日常では問題なくても、長旅や運動では支障が出ます。ですから、長時間の歩行練習が必要なんです。それに、あなたは今気づいていないかもしれませんが、体はすでに疲れを――」
最後まで言い終える前にソロンに抱きつかれ、彼女は言葉を失う。
「ッと、悪ィ。よろけちまッた」
抱きついたのではない。足から疲れが来て、よろめいただけだ。
ベッドに戻るのも億劫なのか、ランスリーに抱きついたままソロンが尋ねてくる。
「で、体が疲れを……の続きは何なンだ?手短に頼む」
彼の腕の中で硬直したまま、司祭は答えた。
「つ、疲れを感じているので、よろけたりするんですよ。このように」
「あァ、全くだ。ちょッと動いただけなのにな……情けねェぜ」
力なき声が上から落ちてきたので、ランスリーは彼を見上げて慰めた。
「情けなくなんか、ありませんよ。治療をした次の日に、これだけ動けるのは凄いです。普通の人ならベッドから起きるのもやっとのはずですから」
「……そうかよ。悪ィが、ベッドまで戻る気力が沸かねェ。つれてッてくれるか?」
「駄目ですよ、リハビリを諦めては」
どんどんソロンの体が重たくのし掛ってきて、耐えきれなくなったランスリーが投げ出すよりも早く。
彼は、ごろりと床に転がると目を閉じた。
「今日はココで寝る。あとで毛布でも持ってきてくれや」
体力の衰えを感じたショックで、投げやりになってしまったようである。
戦士タイプの人間を蘇生させた後は、大概こういった行動を取る者が多い。
何人もの戦士を蘇生させてきたランスリーには、見飽きた光景だ。
「もう……!早くロイさんの元へ帰りたいのでしょう?」
ロイさんと名前をくちにするだけで、彼女の胸に鋭い痛みが走る。
見たことも会ったこともない女性に嫉妬している。
そうと判ると、胸の痛みはさらに増した。
ランスリーもソロンの横へ寝そべると、そぉっと彼の体へ手を伸ばす。
ふて寝に入ってしまったのか、ソロンが目を開ける様子もない。
シャツの上から触っただけでも判る。見事な筋肉だ。
治療の時にも思ったのだが、無駄なく鍛え上げられた戦士の体つきと言ってよい。
それも、見せるための筋肉ではない。実戦で使うための筋肉だ。
だがソロン=ジラードという名の戦士など、ランスリーには聞き覚えがない。
彼は西大陸の出身ではないのだろうか。

ソロン=ジラード。
12の審判『デス・ジャッジメント』と同じ名を持つ男。

彼の出生を、そして彼のもっと奥深い処まで知りたいと、ランスリーは密かに願った。
そして側で寝転んでいるうちに、彼女自身も、うとうとと眠りに入っていった……

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