3.協力者

森へ出たウォーケンとアナは、ロイスへ直行――するかと思いきや、そうではなく。
「いいか、アナちゃん。君はロイスへ向かってソロンの釈放援護をお願いしてくるんだ!」
彼はどうするのかというと、地元グロリーへ戻って盗賊ギルドに己の身の保証を立ててもらうとか。
賞金がかかったとしても、身の潔白さえ証明できれば賞金を外される事もある。
これから先、賞金首では何かと行動に支障も出よう。
「でもぉ〜アナがいなくても、あなたは大丈夫なんですかぁ?真実を話せる証人は必要ではなくて?」
「そりゃあ、まぁ。だがグロリーは中立国なんだ。たとえザイナの警備隊でも、グロリー内へ逃げ込んだ奴を追いかけることはできないさ」
ほとぼりが冷めるまでウォーケンはグロリーに匿われるつもりのようだ。
ウォーケンの事はそれでいいとして、問題はソロンである。
今からロイスへ戻ったとしても、間に合うのであろうか。
アナが尋ねると、ウォーケンは片目を瞑ってみせる。
「大丈夫、すぐには殺されないよ。最近じゃ警備隊も慎重でね、まず捕らえてから尋問するようになったんだ」
魔法で攻撃された時は、あんなにオタオタしていたくせに、今はすっかり落ち着きを取り戻している。
「そう……なら、すぐにロイスへ向かいますわねぇ〜。あなたも、お気をつけてぇ〜」
ふわり、と妖精アナは東の方角へ飛んでゆく。
それを見送ってから、ウォーケンも西の方角へと走り去った。



…………………
暗い。
ここは何処だ。
闇の底から声が聞こえる。


汝の魂は、此処にあるべきではない。
光の元へ帰り給え――


二度三度瞬きをして、ソロンは起き上がる。
――見覚えのない部屋に寝かされていた。
ちょうどドアが開き、女が入ってくる。やはり見覚えのない顔だ。
「やぁ、お目覚めかい?」
低く、それでいて色気のあるハスキーな声で女は尋ねると、サイドテーブルの上に薬と水を置いた。
「……誰だ?」と尋ねてから、ソロンは自分が包帯グルグル巻きなのと何も着ていないのに気づく。
ウォーケン達を逃がしてから、ザイナの警備隊とやらに囲まれた。
火炎魔法の飛び交う中、途中までは意識があったように思うのだが……
「大丈夫、ここには警備隊も踏み込んでこれないよ」
女は微笑み、彼の横へ腰掛ける。
黒いローブの裾から、白い足が見え隠れした。なかなかスタイルの良い女だ。
「ここは『メイジ』のアジト。そして、あたしはメイジのメンバーで、メイスローっていうんだ」
「メイジ……」
「少しは聞き覚えがあるようだね。どんな噂経由かは知らないけど」
ソロンは彼女を上から下まで眺め回し、考え込む。
最初の予定とは大分異なるが、こうして『メイジ』と接触できたのは運が良いらしい。
だが、彼らと出会ってどうするのか。ソロンは全く考えていなかった。
彼らに質問するのはウォーケンの役目である。
その彼は、すでにザイナを脱出してしまった後だ。
黙るソロンへ、メイスローが尋ねてくる。
「警備隊に追われていたようだけど、あんた、何やったんだい?」
「エ?」
何って、アナを助けるついでに見知らぬ狼藉者の腕を一本叩っ斬ったぐらいで。
考えてみれば、人助けしたのに何故、警備隊に追われる事態になったのだろう。
ウォーケンが逃げだしたから?
警備隊に囲まれた時も、申し開きする機会すら与えられなかった。
奴らは、いきなり襲ってきた。それも、かなり本気で。
一歩間違えば死んでいた処だ。
もっとも、戦闘の途中からは記憶が抜けている。
あの後何が起きて、どうして此処に保護された?
「あんたはね、バラバラの焼死体で転がっていたんだよ。だから、魂をランスリーに呼び戻して貰ったんだ」
怖いことを何でもないことのように、さらりといわれた。
俺が、死んだって――?
「手足を繋ぎ治したのもランスリーがやってくれたんだ。あの子には感謝しときなよ?」
「……ランスリー?」
オウム返しに聞き返すと、メイスローは一瞬ポカンとなり。
呆気にとられた調子で叫んだ。
「奇跡の聖女だよ!ランスリー=グロムワット、知らないのかい!?」
「知らねェよ。大体、俺は何で、こンなトコで寝てたンだ?それにバラバラ焼死体って、今の俺はゾンビなのかよ!?」
逆ギレして怒鳴るソロンへ肩を竦め、メイスローは呆れたように呟く。
「あんた、死ぬのは初めてのようだね。死ぬと魂がサ、肉体から抜けるんだよ。で、それを現世に呼び戻すのが司祭の蘇生呪文ってワケ」
ゾンビは魔力で無理矢理動かされている死体だが、蘇生呪文は魂を肉体という器へ戻すものである。
全然別物だよ、覚えておきなと馬鹿にされ、ソロンは憮然としながらも渋々頷いた。
とにかく彼女の弁によると、ソロンは一度死んで、ランスリーという女性司祭に助けられたらしい。
「今の警備隊はおかしいんだ。犯罪者をゴミみたいに殺していく……ちょっと前までは、突然襲いかかったりしなかった。ちゃんと尋問したりと手順を踏んでいたのに。あんたも何やったか知らないけど、こんな国は早めに出ていくべきだね」
それには同感だが、ザイナロックでは、まだやるべきことが残っている。
「出ていきたいのは山々だがよ、やることが残ってンだ」
「やること?」
怪訝に眉を潜めるメイスローへ頷くと、ソロンは得意げに言いかける。
「あァ。王立図書館で――」
が、すぐに目の前の女魔術師に遮られた。
「あんたバカだろ?犯罪者が王宮なんかに入れるもんかい」
ムッとするソロンへ、やや口調を和らげて彼女が聞く。
「王立図書館で、何を調べるつもりだったのさ?」
仕方なくソロンは話した。
12の審判についての詳しい概要と、西大陸全域における伝承の全てを調べるつもりだったと。
「学者なのかい?そうは見えないけどね」
訝しがるメイスローへは無言で答え、ソロンは部屋を見渡した。
「それより……ランスリーはドコにいるンだ?」
「ランスリー?あの子なら台所だけど。あんたが目覚めるまでに食事を用意するって張り切ってたよ」
なんと、蘇生の呪文を唱えたばかりでなく食事まで作ってくれるとは、随分と働き者の司祭様だ。
「あンたの話だと命の恩人らしいしな……会って礼が言いたい。呼ンできて貰えるか?」
「判った。じゃ、そこにある薬でも飲んで待ってな」
二つ返事でメイスローも頷き、バタバタと忙しなく廊下へ飛び出していく。

しかし――
改めて自分の体を眺め回してみるが、包帯と額当て以外は何一つ身につけていない。
服は勿論のこと、抜き身の剣も戦闘のドサクサで無くなってしまったようだ。
手足もバラバラになっていたという話だから、剣がなくなったとしても仕方がない。
額当てが無くならなかったのは奇跡だろう。
これだけは絶対に外してはならないと、ソロンは幼い頃から母に言い聞かされていた。
何故、外してはいけないのか?幼心に尋ねると、母は決まってこう言った。
それを外すと、お前がお前ではないものに変わってしまうのだ……と。
母の言葉は抽象的すぎて、幼いソロンには信じられなかった。
それでも、額当ては外さないようにしようと心に決めた。
本当に自分が自分で無くなってしまうのは、怖かったから。
だが、一度だけ外されてしまったことがある。
外されたというより、壊された。闘技場で戦っていた時の話だ。
その時の事をソロン自身は覚えていないのだが、それ以降、彼は仲間内でも一目置かれる存在となる。
友達の話では人を越えた動きを見せ、圧倒的なパワーで相手を叩き潰したらしい。
叩き潰すというのは文字通り、相手をペチャンコに叩き潰した。即死である。
人一人を叩き潰すなど、人間の力では有り得ない。
ありえないことを額当ての外れたソロンは、やってのけたのだ。
試合後、ボスにも言われた。
その額当ては、お前の力を制御するものだ。だから今後は絶対に外すな――と。

「あ、あの……お体の具合、いかがでしょうか?」
鈴を転がすような声に振り向けば、ドアに隠れて誰かが覗いている。
「ほら、部屋に入りなよ。彼も、お礼を言いたいってさ」
背後からドンッと押されて部屋に入ってきた。
純白のローブに身を包んだ女性。まだ少女と言ってもよい年頃に見える。
茶色がかった髪を二つに編み込み、長く垂らしている。
やや垂れ目気味だが大きな青い瞳。顔立ちも充分に可愛いと言っていいだろう。
「あ、あぅぅ……」
ソロンの視線を一身に浴び、彼女は俯いて真っ赤になる。
どうせ治療の際には、こっちの裸も見たんだろうに今さら純情ぶられても……と、思いながらソロンは声をかけた。
「あンたがランスリーか?助けてくれたンだってな、ありがとよ」
「は、はい……」
なおも真っ赤になってモジモジする彼女の背後からメイスローも戻ってきて、茶化すようにつけたす。
「大変だったんだよ?この子、恥ずかしがっちゃって治療がなかなか進まなくてサ。仕方ないから最終的には目隠ししてつなぎ合わせたんだ。手足のつける場所を間違えなくて良かったね」
助けられた手前、文句を言える立場じゃないのは重々承知だが……
目隠しってパズルじゃあるまいし、人の体を何だと思っているんだ。
「あ、あの。あなたは12の審判について調べにきた、のですよね?」
ランスリーに話しかけられ、ソロンは頷く。
「あァ。そいつの素質についても、ナ」
「それでメイジを知っていたんだね?」とはメイスローの問いにも彼は頷いて、二人へ尋ね返した。
「二人は何か知らないか?どんな情報だッていい。俺は地上の昔話についちゃ何も知らねェから頼むぜ」
「地上の……?」
一旦は首を傾げたが、ランスリーはすぐに語り始めた。


どんな事にも終わりはある。
それはこの世界にも言えることである。
――世界が闇夜に包まれるとき12の審判天空より姿をあらわして、最後の判決を下す――
という伝承がこの地に伝わっている。
――地上の統括者がよき返事を行うことで、地上の粛正を止めることができる――
という一節もあるが、真相は定かではない。

12の審判そのものに名前はない。
その代わり彼らは、あるコードで呼ばれている。

『公平』ジャッジメント
『正義』ジャスティス
『自由』フール
『崩壊』タワー
『愛』ラバーズ
『力』チャリオット
『勇気』ストレイングス
『知恵』ハーミット
『孤独』エンペラー
『幸運』サン
『死』デス
『虚無』ワールド


「不浄の原因となるものを全て取り除く……つまり地上を滅ぼす、それが彼らのおこなう浄化なのだそうです」
ランスリーの説明に「ふゥン」と気のない返事をしてから、ソロンは尚も尋ねた。
「で、滅ぼされた時代ッてのはあるのか?実際」
すると彼女は「あります」と即答して、脳内データベースから答えを探し出す。
「えぇと……ファスト、創世記の終わりでしょうか。全世界の半分以上の生き物が、ごっそり消えてなくなったという記録が残っています」
またまたフゥンと気のない相づちを打って、ソロンは考え込む。
話を聞いただけだと12の審判というのは、かなり野蛮な相手に思える。
しかし『メイジ』や『ファイター』という組織は、12の審判の資質を持つ者と名乗っている。
12の審判を名乗る彼らは、何がしたいのか?
この世界を滅ぼすつもりなのか?
それならティルやシャウニィが危険視するのも、何となく判らないでもない。
「そういえば、あなたのお名前をまだ、お聞きしておりませんでしたね」
むっつり黙るソロンを見て、ランスリーが話題を振ってきた。
「そういや、そうだ。賞金首になっているにしろ名前ぐらいは聞いておかないと」
メイスローにも促され、ソロンは答えた。
「ソロンだ。ソロン=ジラード」
途端にランスリーがハッとして「ソロン、ジラード?」と呟き、メイスローにはジロジロ無遠慮に眺め回される。
「……ふーん、珍しい名前だね。本名かい?」
「当たり前だろ」
12の審判の一人デス・ジャッジメントの人間名がソロン=ジラードというのは、かなり有名な話らしい。
ましてや彼女達は、審判の末裔を名乗るような連中だ。知らない方がおかしかろう。
「奇しくも、あなたと同じ名前を持つ審判がいらしたのですよ」
微笑むランスリーにソロンも微笑み返し、「知ッてる、デス・ジャッジメントだろ?」と答えると。
「なんだ、知ってるんじゃないか伝承。あたし達を試したのかい?」
メイスローにはムッとされた。
慌ててシャウニィから聞いたんだとソロンが訂正すれば、再び二人に驚かれる。
「シャウニィを、ご存じなのですか!」
「あァ、前に酒場でチョットだけ会ッてな……そン時、話したンだ。12の審判のコト」
「それで興味を持ったってのかい?」と、メイスローはまだ半信半疑の様子。
それには答えず、ソロンは話題を逸らした。
「それより、お前ら何で俺を助けたンだ?見ず知らずの人間も助ける慈善事業なのかよ、メイジッてのは」
「まさか」とメイスローが肩を竦め、窓の外を指さす。
「あんたの戦ってた路地が、ちょうどあたし達のアジトの真裏でさ。そんな処へ焼死体を転がしとくわけにもいかなかっただけだよ」
「道は壊されても、すぐ直すことができます。しかし命は奪われたら、そう簡単には修復できません」
ランスリーも強く言い切り、ソロンをじっと見つめた。
「良かったです、あなたを蘇生させられて」
「良かッたッて、生き返り呪文ってのは失敗もあンのか?」
そう尋ねてから、改めてソロンはゾッとなる。
もしランスリーが蘇生呪文に失敗していたら、もう二度とティルに会うこともできなかったのか。
その問いにはメイスローが答える。
「まぁね。運の弱い奴は死の淵から這い上がれない。そういうもんさ」
となると、ソロンは強運の持ち主ということになろう。
一度死んでしまったのに運が良いというのも、おかしな話だが……
おかしいといえば、この国も絶対におかしい。
人をゴミのように殺す警備隊、地上を滅ぼす12の審判を名乗るグループの存在。
ロイス王国が長年敵対しているのも、過去の大戦絡みというだけではなさそうだ。
「ソロン。傷が癒えるまでは面倒見てやるけど、治ったら、すぐにこの国を出るんだよ」
メイスローの言葉で我に返り、ソロンは二人を真っ向から見つめて頷いた。
「あァ。知りたかッたのは12の審判が、どンな奴らかッて話だからな。それが判った以上、俺だッて長居したかねェよ。お前らと出会えたのも土産話の一つになるさ」
「え?」と驚くランスリーへニヤリと微笑み、ソロンは飄々と言い放つ。
「可愛い司祭様に助けられてツイてたッていったンだ。それに」
司祭からメイスローへ視線を移すと、こちらもベタ褒めする。
「メイスロー、あンたもだ。綺麗な女に看病されるなンて、滅多にあるもンじゃねェ」
「へぇ。あんた結構、見かけによらず女タラシだねぇ。それとも根っからのスケベなのかい?」
メイスローは全く取り合わなかったが、ランスリーはマトモに動揺している。
頬だけではなく耳まで真っ赤に染め上げ、司祭は聞き取れないほどの小声でボソボソと呟いた。
「そ、そ、そんな、可愛いだなんて、そんなことないです……はぅ」
「ランスリー、お世辞だよ、お世辞。まぁったく、真に受けちゃって可愛いねぇ」
フォローの横から、ソロンが口を挟んでくる。
「別に、お世辞のつもりで言ッたワケじゃねェぜ?」
可愛いものは可愛い。
ブサイクなものはブサイクと、ハッキリ言うのがソロンのポリシーだ。
前者はともかく後者は言わない方が大人の優しさだと思うのだが、何事にも正直な男なのである。
「メイジのメンバーッてのは、あンたらみたいな美人ばッかなのか?」
「んなわけないだろ、男もいるよ」
呆れたメイスローが答えるよりも早く「やぁ、元気になったようだね」と、誰かが部屋へ入ってきた。
髪の長い優男だ。黒いローブを身に纏い、眼鏡をかけている。
すらっと背は高く、手足も細くて杖以上に重いものなど持ったことがないようにも見える。
「これ、君だろ。とてもよく似ている」
ぴらりと見せられたのは、手配書。
中央にソロンの似顔絵が描かれており、賞金額はなんと五十万ゴールド。
賞金首にしては大きすぎる額にメイスローは目を見はり、ランスリーも息を呑む。
「君、一体なにをしでかしたんだ?無銭飲食、という訳ではなさそうだね」
男に微笑まれ、ソロンはぶっきらぼうに答えた。
「別に、人助けをしただけだ。ついでに冒険者モドキの腕も一本ブッタ斬ッてやったが」
「ぶった斬って?殺したわけじゃないのに、この額がつくってのかい?」
驚くメイスローへ答えたのは、ソロンではなく長髪の男。
「そこだ。僕も気になってギルドに問い合わせてみたんだがね、詳しい罪状を教えてくれない」
「どういうことですか?ガイナ。ギルドが不正に賞金をかけたのだと――?」
「恐らくね」
男は頷き、ガイナと名乗ってソロンを見る。
「君は、踏んではいけないトラップを作動させてしまったのかもしれない。身に覚えは?」
あるわけがない。
ソロンの覚えている限り、ザイナロックで犯した罪は冒険者の腕を一本切り落とした事。
それと妖精アナもドサクサに紛れて、つれていってしまった。
考えられるのは、この二つだけだ。
黙って首を振るソロンを、気の毒そうに見つめていた三人であるが……
やがて、ランスリーが決意したように力強く宣言した。
「今のザイナロックには、きな臭い情勢が漂っています。ソロン、あなたは、その陰謀に巻き込まれた可能性が高いようですね。罪なき人を陥れるのは神の意志にも反しております。私は、あなたを全面的に保護します」
「保護?」
首を傾げるソロン。ガイナが彼女を咎める。
「しかしランスリー様、それでは貴女が罪に問われるのではありませんか?」
「だからといって他国から来たお客様を、見殺しにするなど出来ません」
「ですが貴女を罪に落としたとなれば、聖王教会も黙ってはおりますまい。貴女の身を預かる、こちらとしましても不本意です」
二人の言い合いを黙って聞いていたメイスローが不意に「しッ」と三人を制する。
何事かと無言で視線をやれば、彼女は黙れのポーズと共に窓際を指さした。
誰かが裏路地に来ているらしい。
話し声も聞こえる。

「おい、奴の、ソロンの死体は見つかったか?」
「いや……此処にもない」
「これだけ探して全く見あたらんというのは、どういうことだ?」
「誰かが動かした……或いは蘇生した可能性が高いな」
「蘇生?警備隊の奴らが丸コゲにしたんだろ、そう簡単に蘇生できるものなのか?」
「奴の運が高く、そして司祭クラスの蘇生呪文ならば不可能ではない」
「なるほど……しかし、奴に司祭クラスの仲間がいたとはな。誤算だった」
「……どうする?一旦リーダーに報告するか」
「そうだな。ここは一度退き、指示を仰ぐ必要があろう」

話し声は二人とも男。
足音は段々遠ざかり、完全に聞こえなくなってからガイナがポツリと言う。
「戦いに加わっていない、ということはザイナ警備隊の人間ではなさそうだな」
「警備隊ではないのにソロンの死体を探す連中……ランスリー、あんたの予想が当たりそうだよ」
メイスローが彼女を見ると、ランスリーも首を傾げて呟いた。
「賞金首の一人ではなく、ソロン=ジラードだから尋問もなしに攻撃した……のですね」
三人の視線が再びソロンに集中し、彼は居心地悪そうに身じろぎした。
「ンな見つめられたッて、身に覚えなンざねェッての」
「だろうね。あんたが罪に問われる前から、あんたを知ってたような感じだもの」
ふてくされていたソロンが、メイスローを振り仰ぐ。
「どういう意味だ?」
彼女は肩を竦め、窓へ目をやる。
「最初から奴らのターゲットはあんたで、警備隊を唆したのも今の連中である可能性が高い……ってことさ。あんたを殺すことで何かを得られる連中がいるみたいだね。あんたが腕を切ったっていう冒険者モドキ、そいつも今の奴らの仲間だったんじゃないかい?」
あの冒険者モドキは四人。
アナを捕獲した時も、あの四人でパーティを組んでいたのだろう。
徒党を組んで、誰かをリーダーと仰いでいるようには見えなかった。
しかし、それほど彼らのことを詳しく知っているわけでもない。
所詮、酒場で一言二言話した程度の相手だ。
あくまでも、ソロンが感じた第一印象でしかない。
「ともかく、一司祭として彼が命を狙われているのを見過ごすわけにはいきません。ガイナ、あなたが何と言おうと私はソロンを保護します」
きっぱり言い切ったランスリーの背後、台所からボボン!と激しい爆発音がして。
「あ〜!いけない、お鍋を火にかけたままでしたっ」
慌てて彼女は台所へ飛び込んでいった。
「…………ま、まぁ」
続いて台所で起きる騒音を、三人揃ってポカーンと聞き流した後。
気を取り直したようにメイスローがソロンを見、引きつった笑顔を向ける。
「シャイなあの子が、ああまで言うんだ。あたしも姉として手伝ってやらなきゃね。あんたの傷が癒えて、無事にこの国を出られるまで手を貸すよ」
「あァ、ありがと……」と言いかけて、キョトンとなったソロン。
「……姉?」
「あぁ、ランスリー=グロムワットは、あたしの妹だよ」
メイスローは頷き胸を張る。
「へぇ……姉妹両方ともメイジの資質があるッてワケか」
妙なところで変な感心をするソロンへは手を振り、彼女が言い直す。
「いや、ランスリーはメイジのメンバーじゃない。あたしの為に手を貸してくれてるだけさ。あの子は優しい子だよ。今だって見知らぬあんたの為に、手を貸そうとしている。案外、あんたに一目惚れしちゃったのかもしれないけどねぇ」
メイスローがニヤリと笑った時、焦げて嫌な匂いを放つ鍋を持ってランスリーが戻ってきた。
「あ、あの!ごめんなさいっ、お鍋が焦げてしまって。そ、その、お夕飯が台無しに」
鍋の中で異臭を放つ失敗作を凝視しながら、ソロンは一人考える。
とにかく今は一刻も早く傷を癒す。それだけに専念しなければ。
難しい話を考えるのは、その後だ。

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