8.再出発

姫様が戻ってきた、という吉報を祝う街のお祭り騒ぎは翌日になっても続いた。
王宮内での宴は幕を閉じ、ソロンは王の間へ呼び出される。
「ほぅ、きちんと来たか。すっぽかすのではないかと心配していたぞ」
扉の前で鉢合わせたのは、女っけを微塵も感じさせない鎧甲冑姿のワルキューレ。
朝っぱらから早々の嫌味にも屈せず、ソロンはぺこりと頭を下げた。
「昨日は悪かッたな。気を遣わせちまッて」
昨日の晩、なんとかティルと仲直りできたのはワルキューレのおかげである。
彼女が三文芝居を打ってくれたおかげで、険悪だったティルも機嫌を直してくれたのだ。
気の使い方が荒々しかったとか、本を正せば喧嘩の原因は彼女にあったというのは、ひとまず置いといて。
ソロンの謝罪に騎士団長は気をよくしたのか、すまして応えた。
「何、大したことではない。貴様がティと仲直りできねば、こちらにも余波がでるからな。それよりも」
急に声を落とし、ひそひそと囁いてくる。
「……昨晩は、腫れたりしなかったか?」
一応は、心配してくれていたようでもある。
「あァ、効いたぜ?あンたの蹴り。だから、昨日はティに揉ンでもらッたよ」
ソロンがニヤリと笑うと、すぐさまワルキューレは眉毛を吊り上げて怒鳴りつける。
「何だとォ!?貴様、ティの手に汚いものを触れさせるとは言語道断!!」
蹴っておいて怒るとは何事だ。
心配しているのか、いないのか、はっきりしてほしい。
剣へ手をかける騎士団長から逃げるように後ろへ下がると、ソロンは陽気に茶化した。
「嘘に決まってンだろ?」
宴の前にティルとしていた約束は、さすがにアレの後では無理というもので。
約束が反故になりティルも不機嫌になるかと思われたのだが、彼女は意外や優しかった。
よっぽど、ワルキューレの『へし折る』宣言がショックだったのかもしれない。
「……まぁ、いい。王は貴様の身の振りを、お決めになったそうだ。早く入るがよい」
「あァ。じゃ、また後でな」
騎士団長殿は入るでもなく、扉の前で待機している。
入らないというのなら、ワルキューレは何しに此処へ来たんだろう――?
ちょっと気になったのだが、その彼女に急かされたので、ソロンは王の間へ入った。

王座に座るのは王様だけで、三人の麗しき姫君達は一人もいない。
朝も早い時間だし、ソロンに用があるのは王様だけなのだから別に構わないのだが、少し部屋の中が寂しく感じる。
「おぉ、ソロンよ。早朝から呼び出して申し訳ない」
申し訳ないという割には王座に踏ん反り返って偉そうな王様に、気を悪くせずソロンは頷く。
「別に構わねェぜ。どうせ、することもねーんだ」
「ほぅ、ヒマで仕方ないと?では吉報じゃ、お主の身の振り方が決まったぞよ」
騎士の資格を蹴った今、改めて騎士に採用しようとは思うまい。
今度は一体何になれと言い出すのか、ソロンは興味津々に次の言葉を待った。
「ソロン、お主は冒険者となるがよい。冒険者となりロイス王国内の揉め事を解決するのじゃ、よいな」
冒険者というのが何なのかぐらいは、地下生まれのソロンでも知っている。
彼らは冒険者ギルドに所属する、雇われ兵だ。
どこかの国に所属するわけではないので、どこの国にも入ることができるのが大きな特徴といえる。
ギルド経由で依頼を引き受け、解決するのが仕事の基本である。身分は様々、種族も様々。
また、彼らは本業である冒険者の他に副業も持ち、副業では宮廷騎士を務める者もいるという。
ロイス王は、冒険者になってロイス内の依頼を解決して欲しいとソロンに頼んでいるのだ。
「世界を見る、またとないチャンスだと思うのだが、どうじゃろう?」
尋ねられ、だがソロンは即答できなかった。
世界を見る、それはいい。
しかしロイスを一旦出てしまえば、ソロンと王宮を繋ぐ線は切れてしまうのではないか?
王宮に入れないとなると、ティルと会うのも難しくなってしまう。
騎士団その他大勢の奴らはどうでもいいが、彼女と会えなくなるのは嫌だった。
ソロンの気持ちを察してか、王は言う。
「あぁ、勿論冒険者となっても、ロイス王国はお主を歓迎するぞよ。お主は、この国を救った勇者じゃ。けして門前払いなどせぬから、安心いたせ」
それを聞いて安心した。とばかりにソロンは頷き、尋ねた。
「けど、冒険者ギルドって何処にあるンだ?」
何しろ地下しか知らないのだ。
この辺りに何があるのかなど、さっぱり判らない。
困るソロンへ微笑むと、ロイス王は戸口へ目をやった。
「冒険者ギルドまでの道案内には、ティをつけよう。彼女と共に行くがよい」
ワルキューレではなくティルが同行するのか。
じゃあ騎士団長殿は、一体何用で王の間の前に居たのだろう……?


ティル曰く、冒険者カードを発行しているのは冒険者ギルドの本部だという。
冒険者カードというのは、冒険者であることを確認するための身分証明書のようなモノらしい。
冒険者なら誰でも持っていて、「じゃあティも持ってンのか?」とソロンが尋ねれば、彼女は首を横に振った。
「私は冒険者じゃないもの。生まれた時から、ずっとロイスの忠臣よ」
冒険者ギルドの本部は何処にあるのかというと、ここから遠く離れた東南の海に浮かぶバラク島。
船に乗るのか?と半ば怯えるソロンへ笑いかけ、ティルはまたも首を振って答えた。
「他の国へ移動する時はテレポットを使うの。まだ試作品って話だけど大丈夫、今のところは誤作動もないから」
また知らない単語が出てきた。
歩きながらティルが教えてくれたところによると、テレポットというのは瞬間移動装置の名称なんだとか。
設置したのは東大陸南部にあるサイバネス・スティックという国。
機械都市とも呼ばれる、この国では『機械』文明が盛んで、テレポットも彼らの発明品だそうだ。
『機械』とは何だ?とソロンは尋ねたのだが、ティルも首を傾げている。
つまりは、彼女もよく判らないらしい。
原理は判らないけど、とにかく乗った瞬間、別の場所へ飛ばされる。
テレポットとは、そういう装置なのだ。
「船や飛行船も、あるにはあるけど高いから。テレポットなら百ゴールドで済むし、移動も一瞬だしね」
王宮直属戦士なのに意外とケチくさい事を言う。
しかし早く到着するなら、するに越したことはない。
特別、船や飛行船に乗りたいわけでもなし、ソロンは素直に従った。
円柱の装置へ恐る恐る一歩踏み入れた途端、目の前の景色が変わってバラク島へ到着した。
もうついたと言われ、ソロンは目を丸くする。田舎者丸出しで、少々恥ずかしい。
こんな気持ちも冒険を何度もやっているうちに慣れてしまうのだろうか。
「ここからギルドまでは目と鼻の先ね。でも案内は案内だから、窓口まで一緒に行ってあげる」
「ありがとよ」と礼を言うソロンの腕を取りティルが呟く。
「それに……他の人と浮気されても困るし」
こんなところまで来て監視とは恐れ入る。
だが、昨日のことは昨日のこと。
もう二度と浮気はしないと痛む股間に誓ったソロンである。
黙って頷き、ギルド窓口まで案内してもらった。

冒険者ギルド本部の窓口に座っていたギルド員は、残念ながら可愛いお嬢さんではなく。
脂ぎってテカテカの額に、いやらしい目つきで赤ら顔のオッサンだった。
でっぷり太ったお腹は、余裕で三段以上の皺を作っている。
受付に座らせていたら冒険者の数も減ってしまうのではないかと心配したくなるほど、視界の暴力であった。
どれくらい酷いかというと、王宮直属戦士であるティルですら「うわ……気持ち悪っ」と呟いてしまうほどの破壊力。
「で、ここで何すりゃいいンだ?」と、ソロンはティルへ尋ねたのだが。
答えたのは、赤ら顔で気持ち悪いデブオヤジ。
もとい、受付のギルド員であった。
「やぁやぁ、チミは新規の希望者かネ?そうなら受付横に置いてある、志願書に必要事項を書いて欲しいんだネ」
そしてグフフとエッチな笑みを浮かべ、ソロンからティルへ視線を移す。
「そちらの麗しいお嬢ちゃんも、希望者かネ?だったら紙に名前年齢性別住所……色々書いて欲しいんだネ。あ、お嬢ちゃんはスリーサイズも書いて欲しいんだネ。グフフ」
スリーサイズを書く欄なんて、どこにも存在しない。
恐らくはオヤジの個人的趣味だ、無視しても構わないだろう。
「スリーサイズなンて測ったことねェぜ?」とソロンが言うのへは、ジロッと嫌な目を向けたから間違いない。
「チミのサイズなんて誰も知りたくないんだネェ〜。チミはいいから必要事項だけ書きたまえ」
偉そうな言い方に思わずムッとするソロンを抑え、ティルは用紙を差し出した。
「これに名前と性別、種族と出身地、それから現在の住所を書いて」
「現在の住所……ッて、ロイスでいいのか?」
「えぇ」
言われたとおりに必要事項を埋めていく。簡単な書類だ。
用紙を窓口に差し入れると、「ちと待って欲しいんだネ」と言い残し、オヤジは部屋の向こうへ消えた。
「これで申し込みはオシマイ。あとはカードが出来るのを待つだけよ」
紙に名前や住所を書くだけで冒険者を名乗れてしまうというのだから、窓口が広いにも程があろう。
ただ、仕事は待っていても入らない。
自分から依頼を見つけ、さらに依頼主と交渉しなければいけないのだ。
窓口が広い分、様々な能力を要求される。それが冒険者という職業であった。
「冒険者になッてもティとは会えるよな?」
一応、ティルにも尋ねてみる。
ティルは浮かぬ顔で頷き、「でも、あまり遠くへは行かないでね」と寂しそうに呟いた。
ソロンが冒険者となることで、二人の距離が開くのではないかと懸念しているようだ。
寂しさが感染したか鼻にツーンとくるものを感じつつ、ソロンは尚も話しかける。
「なァ」
「何?」
浮かぬ顔のティル、その肩を軽く抱き寄せて尋ねた。
「ティも、なッてみないか?冒険者に」
思いがけぬ勧誘に「……え?」とティルが呆けていると、重たい足音が近づいてくる。
「オヤオヤ、ギルド窓口でラブシーンかネ?おあついネェ〜、ヒューヒュー♪」
受付のデブオヤジが戻ってきたようだ。
「そら、チミの冒険者カードが出来たんだネ。受け取るがよい!」
何故か王様口調で投げつけられ、ソロンは慌ててティルから手を放し、カードを受け止める。
カードは悪趣味にも金ピカに輝いている。
表面には、ソロンの似顔絵と名前が記されていた。
「へぇ……結構、似てるじゃない」と、似顔絵を見てティルが微笑む。
デブオヤジが得意げに「ギルド専属の絵師が書いたんだネェ。似てて当然なんだネ」と言うのを聞き流し。
ソロンはもう一度、面と向かってティルを誘った。
「どうせ右も左も判らねェ地上だ。知った顔が近くにいた方が俺も頼もしい……一緒に冒険者、やろうぜ?」
途端にティルは顔を輝かせ、「うん!」と即答。
ロイスを出ることに関する迷いは、全くなかったようだ。
意外と低い忠誠心だとソロンにからかわれ、彼女はぷぅっと頬を膨らませると一応言い訳した。
「だって、冒険者になっても私の職務は宮廷戦士のままだもの。戻ろうと思えば、いつだって戻れるわ」
そうだった、冒険者には職務という副職も許されているんだった。
ソロンもいずれは副職を探さねばなるまい。
だが、まずは本職の冒険者を安定させなくては。
書類を出し終えたティルが言う。
「次は仕事を探さなくちゃね!そうだ、ロイスからの依頼が出てるはずなんだけど、それをやる?」
「ロイスからの依頼?」
そういえば、王様も言っていた気がする。
冒険者になったらロイスの揉め事を解決して欲しいと。
「冒険者への仕事は、こういう風に各地のギルド窓口で張り出されているから、そこで確認できるの」
ティルが指さすのは壁に貼られた依頼書だ。
ロイス王国出身だという依頼主も何人か居る。
その中の一つを見て、ティルはソロンを促した。
「これなんか、どうかなぁ?駆け出しの冒険者向けとは言えないけど……面白そうじゃない?」
依頼内容とは、こうだ。

『ファイターの資質を持つ者を探している。探してきた者には、一人頭5C払う』

「ファイターの資質?ンなもん、戦士なら誰でも持ってンじゃ……」
ソロンは首を傾げるが、傍らでティルが首を振る。
「うぅん、誰でもって訳にもいかないの」
納得いかぬ彼へ、とくとくと説明した。
創世記の頃より伝わる御伽噺、その中の一つに『12の審判』というものがある。
世界が終わりに近づいた時、天上より地上を浄化するために十二人の戦士が降りてくる――
といっても、本当に空から人が降ってくるわけではない。
地上にいる資質ある誰かが、ある日突然使命に目覚めるのだという。
ファイターの資質というのは、『12の審判』にまつわる名称の一つだ。
他にもメイジの資質、プリーストの資質、シーフの資質の三つがある。
そしてザイナ地方には、それぞれを自称するグループも存在した。
「十二の審判の末裔を名乗る人をリーダーとした集団なの。普段は大人しくしているからいいんだけど、戦争や大きな争いがあるたびに首を突っ込んでくるから、厄介といえば厄介な存在ね」
ティルが眉を潜めるぐらいだから、そうとう面倒な連中なのだろう。
触らぬ神に祟りなし、というやつだ。
「だッたら、この依頼主は、そいつらを調べりゃいいんじゃねェか?」
「だから、冒険者にそれを調べて欲しいっていう依頼なんでしょ、これは」
触らぬ神に祟りなしだと言っているのに、それに触れと言うのか、ティルは。
だが12の審判は、この世の終わりにならないと出てこない存在ではないのか?
世界が混沌としているわけでもないのに審判の資質がある者を探して、どうしようというのか。
「面白そうって言ったのは、そこなのよ。この依頼主自身にも会ってみたいわ。もし……よからぬことを考えているんだったら、なんとしても阻止しなきゃ」
見れば、ティルの瞳はメラメラと正義で燃えたぎっている。
ロイスの忠臣としての正義が、この依頼は胡散臭いモノであると嗅ぎ取ったらしい。
「はじめの一歩が人捜しか。イマイチ燃えねーが、ティがそれをやりたいッてんなら別に構わねェぜ」
ソロンとしては、いまいちな依頼内容だったが、一応異存なしの態度を示した。
「あー……お嬢ちゃんの冒険者カードも出来たんだネ。さ、お手々を差し込んでおくれ〜グヒヒ」
気味の悪い声が二人の会話を遮り、窓口からデブオヤジが顔を覗かせる。
ティルが手を差し入れるよりも早くソロンはカードを窓口から奪い取り、彼女へ直接手渡した。
直後、オヤジの舌打ちが聞こえたが、気にしないことにする。
「似顔絵、よく描けてンな。本物より胸もデカイんじゃねーか?」
茶化すソロンに「もうっ!」と怒りつつ、ティルはさっそく窓口へ依頼を申し込む。
彼女が受付と話している間、ソロンは手持ちぶたさに窓から外を眺めてみる。
行き交う通行人は人間ばかりではなく、翼の生えたオッサンや尻尾のある緑色の奴もいた。
ここバラク島の中央都市は、冒険者の集う街だという話だ。
依頼を取りつけたら、まずは酒場にでも行ってみよう……

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