7.宴

その日、姫君三人が無事帰還なされたロイス王国では――
そこかしこが色とりどりに飾りたてられ、酒場は乾杯と歓喜に満ちた歓声が溢れかえる。
宮廷内でも宴は開かれ、宮仕えの魔術師や騎士達は、ここぞとばかりに着飾った。
「皆の者、今宵は無礼講じゃ!大いに歌って飲んで踊りあかそうぞ!」
音頭を取る王の顔も喜びで赤く火照っている。誰もが姫の帰りを喜んでいた。

タキシードへ着替えさせられたソロンが、大広間へ入った途端。
「ティル様、その方が勇者ソロン様なのですね!?」
一応着飾ってはいるが、どの顔も幼さを残した色気皆無の女の子軍団に取り囲まれる。
「そうよ。皆、失礼なことしちゃダメだからね」と言っているティルは、しっかりソロンの側をキープ。
たとえ自分の部下であろうと、彼の横に並ぶ女の子は許さないつもりのようだ。
二人が腕を組んでいるのをめざとく見つけ、部下の一人がキャーと黄色い声をあげる。
「そーいえば、ソロン様ってティル様の恋人なんでしたっけ!」
「もうキスしちゃったんですか!?」
「いや〜ん、私のティお姉様がぁーっ」
「それとも、それともぉ、もっとすごいことを……キャ〜ッ。ティル隊長のエッチ〜!」
口々に騒ぎ立てる女の子の集団は、これだけで立派な騒音と言えよう。
頭の随まで響くキンキン声にソロンが内心うんざりしていると、黒いドレスの女が歩み寄ってくる。
「はは、人気者だな。そういえば皆は、彼と会うのは初めてだったか?」
「はーい、初めてでぇす!」
元気よく返事する少女達を横目に、ソロンも近づいてきた女をじっくり眺めた。
ドレスの胸元から覗く谷間や、腰のくびれから尻へかけた体の曲線が素晴らしい。
ティルを始めとして子供っぽい女が多いロイス宮廷内には珍しく、大人の女だ。
眉毛の太ささえ除けば、かなりの美人である。
いや、眉が太いのも魅力の一つだろう。
化粧でもしているのか微かに漂う香水の香りもたまらない。
低めの声も、少し吊り気味の眦に似合っている。
しかし、この声……何処かで聞いたような気がしないでもない。
「……やべェ、モロに好みのストライクだ」
ソロンの呟きを聞き漏らさず、すかさずティルが不機嫌な調子で聞き返す。
「何か言った?」
それには構わず、ソロンは女を見つめ続ける。
見ているだけで頬は上気し、少年のような胸の高鳴りを覚えた。
女もソロンが黙って見つめているのに気づき、微笑みかけてくる。
「なんだ?私の顔に何かついているのか、ソロン」
「おッ、俺の事、知ってンのか……?」
名を呼ばれ、思わず上擦った声でソロンが尋ねれば、傍らのティルが呆れた口調で突っ込んでくる。
「何言ってるの?ワルキューレじゃない」

「エ?」

と、馬鹿のように聞き返した後。ソロンは今一度、女を振り返った。
女は頷き、肩を竦める。
「一日会わなかっただけで、私の顔を忘れたのか?物覚えの悪い奴だ」
その嫌味ったらしい物言いといい、上から見下したような顔つきといい。
今ならハッキリと判る。こいつは、あの憎たらしい騎士団長様ではないかッ!
何ィィィィッッッ!!?ワルキューレッ、お前!お前、女だッたのか!?」
ずささーッ!と思いっきり後ずさり、ソロンは黒ドレスの女を指さして泡食った。
「そうよ、知らなかったの?」
あっさりと、ティルが言う。
「まさか、今まで気づいていなかったのか?」
ワルキューレも呆れて、まるで馬鹿を扱うかのような言い方だ。
だが常に鎧甲冑を身に纏う騎士団長を一目で女だと見破れる奴がいたら、そいつは天性の女たらしに違いない。
そうでなくても王の間で会う時は無化粧だし、言葉遣いも男っぽいのではソロンが気づけなくても無理なき話。
ずいっと近寄り、ワルキューレはソロンを上から下までジロジロと眺め回し、ふんっと鼻で笑う。
「ティ、この服はお前が選んだのか?こいつには何を着せても似合わないから苦労しただろう」
カレシを真っ向から罵倒され、ティルはムッとしながら言い返す。
「そんなことないわ。どれを着ても似合うから、選ぶのに迷ったぐらいよ」
彼女の言い分は負け惜しみだと理性では判っていても、どうしてもノロケに聞こえてしまう。
それがワルキューレには悔しくて、たまらない。
ティルのことは小さい頃から知っている。
何よりも大切で、この世で一番大好きな親友である。
彼女のためならば、どんな苦難でも乗り越えてみせる自信がある。
ティの為に死ねるならば、本望だ。
なのに、突然現れた男。目の前のこいつに、ティルは、あっさり心を奪われた。
ティルに好かれる要素を、こいつは何処に持っているんだ?
ワルキューレがジロリと睨みつけると、なんとソロンは真っ赤になって慌てている。
「バカ、近寄ってくンじゃねーよ……」とか何とか口の中でモゴモゴ言って、彼は目線を外した。
いつもなら生意気な目つきで睨み返してくるはずなのに、何だ?今日の態度は。
「近寄るなとは、相変わらず無礼な奴だな。それに人と話している時は、相手の顔を見て話せ!」
ぐいっと肩を掴んで無理矢理自分のほうへ向かせると、ソロンは虚を突かれた表情でワルキューレを見た。
その無防備な顔ときたら、ソロンが二十三歳の青年であることを忘れてしまうほどの無垢さ加減を見せていた。
だが、すぐさま彼は「は、放せェ!」と暴れてワルキューレの手から逃れると、一目散に逃げていく。
「コラ!貴様、そこまで私のことが嫌いか!?」
怒鳴りちらすも、ソロンは階段の方へ逃げ去った。
「……まったく。何だというんだ、不愉快な奴め」
怒りの冷めやらぬワルキューレへ、ティルの部下が口々に騒ぎたてる。
「ソロン様、ワルキューレ様が女性だと知らなかったんですね……カッワイ〜イ!」
「ワルキューレ様が、あまりにもお綺麗だからビックリしちゃったんじゃないですか?」
綺麗?誰が?
馬鹿を言うな、私と比べたらティルの方が五十倍は可愛らしい。
そう考えながら彼女の方を見て、ワルキューレは先ほどよりも五十倍は驚かされた。
ティルが逆さ八の字に眉毛を吊りあげて、こちらを睨みつけているではないか。
「やっぱり、綺麗な女の人ってモテるのよね。よかったわね、勇者様にもモテモテで!」
「ま、待て!ティ、あんな奴にモテても私は全ッ然嬉しくないぞ!!」
心の底から拒否ったのだが、ワルキューレの叫びはティルには届かず、ますます睨まれただけであった。
「じゃあ何で、ソロンにしつこく迫ったのよ?彼、照れて逃げちゃったじゃない」
「べ、別に迫ったわけじゃない!あいつに礼儀を叩き込んでやろうと思っただけだ!」
「ふぅ〜〜〜ん?」
必死なワルキューレに対し、ティルは何処までも猜疑心の塊だ。
「宴だからってドレス着ちゃって化粧までして、本音はソロンを誘惑する気満々だったんじゃないの?」
「なんで私が、あんな野蛮人を誘惑しなければならんのだ!?」
ワルキューレだって、好きでドレスに着替えたわけではない。
姫様達が、どうしても女性として正装してこいというから、嫌々仕方なく着てきたのだ。
しかし理由など知る由もないティルには、何を言われても言い訳にしか聞こえない。
「知らないわよ、あなたがそうしたいからでしょ?さっさと勇者様でも何でも追いかければ!?」
口をへの字に曲げた愛しの幼なじみは早足に歩いていき、ワルキューレは慌てて追いかける。
こんな悪趣味な勘違いをティルにされるのだけは、絶対に嫌だった。
何が何でも誤解を解かなくては。


階段を駆けのぼりバルコニーまで出たところで、ようやくソロンは一息入れる。
まさか、ワルキューレが女だったとは……
服を替えて化粧しただけだというのに、まったくの別人じゃないか。
狼狽えてみっともないザマを見せてしまったのが悔やまれる。
というか、純粋に悔しい。
性格の悪い騎士サマだから、今頃はティルと一緒に酒の肴として笑い飛ばしている事だろう。
しかし、あのまま見つめ合っていたら、やばかった。
勢いあまって「好きだ」なんて言い出していたかもしれないのだ、騎士様相手に。
だが顔は好みだが性格の悪いワルキューレと、童顔で子供っぽいが甘えん坊で可愛いティル。
どちらを取るかなんて考えるまでもない。
勢いあまる前に逃げだしてきて正解だった。
悔し紛れにソロンが椅子へ腰掛けて星空を眺めていると、バルコニーに誰かが顔を出す。
「おや、勇者様。お一人ですか?ティとは一緒ではないのですか」
穏やかに話しかけてきたのは、もう一人の厄介な騎士ヨセフ。
先の姫様救出作戦で同行したのだが、できることなら二度と行動を共にしたくない相手だ。
何しろこいつときたら、温厚そうに見えて実は筋肉マニアの変態という、大変近寄りがたい趣向の持ち主なのである。
ワルキューレといい、こいつといい、ティルも少しは友達を選んで作れと言いたい。
「別に、いつも一緒にいなきゃいけねェ理由もないだろうが」
「それは、そうですが……ティが、あなたを一人にさせておくのは珍しいと思いまして」
何気なさを装って正面の席に腰掛けてくるもんだから、ソロンは立ち上がった。
露骨な態度に気を悪くした様子もなく、ヨセフが空を見上げながら呟いてよこす。
「こういった宴もよいものですが……たまには、空を眺めて静かに過ごすのも悪くありませんね」
それには応えず、ソロンは尋ね返した。
「どうして功績を俺に譲ったンだ?お前も、ティも」
実際に隊を率いたのはヨセフだし、牢屋をぶち破って姫を助け出したのはティルだ。
ソロンは二人の手助けをしたに過ぎず、皆から勇者と呼ばれる筋合いはない。
自分達の手柄にしてしまえばよいものを、何故?
彼が尋ねると、ヨセフは穏やかに首を振る。
「……ティが、そうしたからですよ。恐らくは、あなたを自由の身にしてあげたかったのでしょう」
「俺を?」
「えぇ」
騎士は頷き、城の外へ目を向ける。
「功績さえあれば捕虜としてではなく、勇者として皆にも認めてもらえる。勇者ともなればロイス国内はフリーパスで動けるようにもなるだろう、と。ティは、あなたを正式にロイスの国民として、迎え入れたかったのです」
解放されても行く場所などないのだから、ロイスに住むのも悪くはない。
しかし、自由の身になりたいとティルに愚痴った覚えはないのだが……
「俺は自由になりたいなンて一言も言ってねェぞ」
思わず呟くと、ヨセフには苦笑された。
「そうでしょうね。全てはティが勝手に恩を感じ、あなたへ世話を焼いただけの話です。ただ、彼女があなたを部隊に組み込むと言わなければ、あなたは既に、この世から居なくなっていました」
「処刑されてたッてか?」
尋ねるソロンへ、ヨセフは深々と頷く。
「えぇ。姫をさらった組織の一員として、あなたの公開処刑が予定されておりました」
ギロチンで首を落としてくれるわ、とワルキューレが言っていたのは脅しではなかったのだ。
最初から、そうする予定だったのか。
それをティルが助けてくれた。
「覚えていますか?組織が壊滅する日より少し前、ティは我々に手紙を出していたはずです」
ザイナロックの魔術師軍団が次から次へと魔法を放ち、白い鎧の騎士軍団が雪崩れ込んできた悪夢の日。
その日を迎えるよりも、二、三日前だったろうか。
ティルが手紙をトイレに流して、騎士団の連中と遣り取りしたと打ち明けてくれたのは。
彼女は何度も、ソロンだけは私が守ってあげると豪語していた。
「ティからの手紙には、貴方の事も書かれていました。組織の中で、ソロン=ジラードという男に恩を受けた。とても親切で、優しくしてもらった。たとえ組織を壊滅させても、彼だけは助けてあげて欲しい……と。義理堅い処がありますからね、あの子は」
この部分、ワルキューレにだけは伏せておきましたけれど。
と付け加えて、ヨセフは苦笑を浮かべる。
「しかし襲撃後、あなたが運良く殺されずに捕虜となってもティは満足できなかった。――何故か?それは、姫様が見つかっていなかったからです。このままでは遅かれ早かれ、あなたが組織壊滅の区切りとして処刑されるのは目に見えていた。だから自分の立場を犠牲にしてでも、あなたを助けてあげたかったのですよ」
「自分の立場を?どういう意味だ」
「尋問の場にワルキューレが居たのは、あなたも覚えているでしょう?彼女は堅物で、しかもティには過保護ともいえる猛烈な愛情を注いでいます」
それはソロンも知っている。
というか、それのせいでアイツを男だと勘違いしたぐらいだ。
騎士団長サマがティルに注ぐ愛情は、幼なじみという友情を遥かに超えた、一種異常なものを感じる。
「もしかしたら、ワルキューレが邪魔をしてくるかもしれない。ですから、その時は……自分のクビをかけてでも、あなたを捕虜から解放する覚悟がティにはあったのです」
もし騎士団長がゴネていれば、ティルは特殊部隊を追放され、宮廷からも追い出されていたのかもしれない。
あのワルキューレがティルを追い出すというのも、想像できない話だが。
「まぁ、そういった思惑や経過がありまして。それでティは、あなたが功績者であると王へ報告したのです。あなたが犯罪者としてではなく、ロイスの国民として皆に迎え入れてもらえるように」
「お前も賛同したのは、ティがお前の幼なじみだッたからか?」
だとしたら素晴らしき友情なのだが、残念なことにヨセフの返事は違っていた。
彼はウフフと含み笑いを漏らし、まとわりつくような視線を送ってよこしてきたのである。
「いいえ。私も、あなたを気に入ってしまったからですよ。また触らせて下さいね……あなたの大・臀・筋」
「誰が触らせるかァ!!」
いい話も、台無しだ。

変態ヨセフに呆れつつ、バルコニーから大広間へ戻ってきた途端。今度は騎士団長に捕まった。
何故か彼女は怒りで顔を真っ赤にし、ソロンへ向けて怒鳴ってくる。
「貴様のせいでティに嫌われてしまったではないか!どうしてくれるッ!!」
どうしてくれると言われても。それに、肝心のティルは何処へ行った?
「ティか?あの子なら、怒って向こうでヤケ食いしまくっている。太るとソロンに嫌われるぞ、と言ったら余計に怒られてな。手がつけられなくなった」
「余計なこと言うなよ……」
呆れると、怒りで襟首を掴み上げられた。
「元を辿れば、貴様が私に対して妙な態度を取るからだろうが!」
くっつきそうなほどの間合いに、またしてもソロンの胸はドキドキと激しく早鐘を打つ。
こいつの性格は悪いと判っているはずなのに、どうして本能は理性と反して妙な反応をしてしまうのだろう?
……いや、理由は判っている。
ワルキューレの顔がソロンの好みと一致する、それだけの理由だ。
「判ッた、判ッたから放せよ!」
思わずソロンの声も高くなり、二人してギャーギャーやっていると、刺々しい声が喧嘩を遮った。
「今度は二人揃ってイチャイチャしてるの?お熱いですこと、騎士団長殿」
「ティ!」
見れば声の主はティルで、皿一杯に盛りつけられた料理を片手に、こちらをジト目で睨んでいる。
「ティ、違うぞ。私は断じて、こいつといちゃついてなどいない。私が愛しているのは生涯おいて、ただ一人!お前だけなのだ、ティ!!」
いきなりワルキューレが愛の告白をし、場は女の子達があげる黄色い歓声で騒然とする。
負けじとソロンも声を張り上げて「お前、これのドコがイチャイチャしてるように見えンだよ?」とティルに尋ねた。
「だって」
じろっと上目遣いにソロンを睨み付け彼女は答える。
「ソロン、自分の顔を鏡で見てみなさいよ。あなた、すっごく赤くなってる」
なんだって?
ソロンが慌てて自分の額を袖で拭うと、びっしょり汗をかいている。緊張の汗だ。
手で頬を触ってみると、熱く感じた。
なんてこった、またワルキューレ相手に火照っていたのか。
「貴様、おかしな態度はやめろと言っただろう!」
隣で騎士団長が騒いでいるが、こいつにだって責任はある。
こいつが化粧などして女の色気たっぷりで近づいてくるから、ソロンの調子も狂ったのだ。
「だ、だから!お前はそれ以上、俺にくッつくなッつってんだ!!」
「くっついてなどおらん!貴様が目を逸らすから、仕方なく目を併せてやってるのだ!感謝しろ!!」
どう見たって誰が見たって仲の悪い二人だが、嫉妬で目がくらんでいるティルには、そうは見えないらしく。
ガチャンと派手な音にワルキューレとソロンが振り返ると、ティルの足下で皿が割れている。
落ちた料理には目もくれず、ティルは怒りに満ちた目で二人を見た。
「……そう。二人はもう、私が口を挟む余裕もないほどアツアツってわけね。ごちそうさま、そのまま結婚でも何でもすれば?」
言い捨てると、彼女は大股に歩き出す。
とんでもない結論に、ソロンは慌てて呼び止めた。
「ちょっと待て!なんでそうなるッ!?」
「ティ、私の愛は未来永劫お前だけに注がれている!それを忘れるな!!」
ワルキューレも彼女へ必死にすがりつく。
慌てる二人を置き去りに、怒りが頂点に達したティルは大広間を出ていってしまった……

――嵐が去った後。
何事もなかったかのように皆が談笑する大広間にて、呆然と佇むソロンとワルキューレの姿があった。
前から怒りっぽく早とちりの多い性格だとは思っていたが、あそこまでとは。
脳筋でヤキモチ焼きというのも考えものだ。
ソロンが呆れていると、隣からは、ぶつぶつと独り言が聞こえる。
「くっ……腹いせに貴様をいたぶってやろうと思っていたのが裏目に出たか!」
そんな腹黒い事を考えているから、ティルに余計嫌われるのだ。
とはいえワルキューレがティルに嫌われた原因は、どうやらソロンにあるらしい。
団長殿が男ではないと判った以上、二人の仲を邪魔する理由もないわけで、ソロンは素直に謝った。
「……悪ィ。俺が妙な態度を取ったせいで、あンたに迷惑かけたらしいな」
まさか謝られるとは思ってもいなかったのだろう、ワルキューレはポカンと大口を開けて呆けている。
かと思えば、すぐに立ち直り「今さら謝って済む話か!」と怒り出した。
「俺が許せないなら、好きにしてくれ。殴ッてもいいし、キンタマを握りつぶしたッて構わねェ」
ソロンの申し出にも彼女は目を剥いて大激怒。
「キンッ……タマだとォ!?そんな真似が出来るかァッ!」
一体どう言えば許してくれるのだろう、こいつもティルも。
騎士団長がギャーギャー騒ぐのをジッと眺めていたが、やがてソロンは諦めたのか項垂れて呟いた。
「……なンなら、ロイスから追放してくれても構わない。俺なンかいないほうが、あンたもアイツと仲直りしやすいだろ」
ティルに嫌われた今、ソロンがロイスに居残る意味などないのである。
そもそもワルキューレと対立するようになった理由も、ソロンがロイスに来たからではないのか。
ソロンがロイスへ来なければ――ティルに好かれたりしなければ。
ティルとワルキューレが喧嘩する事も、なかった?
そんな想いがソロンの脳裏を掠め、彼の心を暗くする。
不意にワルキューレが口調を和らげた。
「いや……それは困る。それは私にとっても都合が悪い。馬鹿な事など考えず、貴様は何としてでもティと仲直りしろ。それが一番の解決策だ」
「都合が悪い?……どうして」
尋ねるソロンの耳元に口を寄せると、団長殿はヒソヒソと囁いた。
「王も姫も気に入っているのだ、貴様をな。それに私が追い出したとなれば、ティも私を許すまい」
しょぼくれるソロンに良心が痛んだのかと思えば、そうではない。
自分の保身を考えて、彼を許すことに決めたようだ。
「おい、ティを呼んでこい。駄々をこねられたら、愛しの彼氏が脱走しそうだとでも言っておけ」
彼女は手近の部下を呼び寄せて命じると、ソロンへ厳しい表情を向ける。
「これから一芝居打つ。私に何をされようとも、貴様は黙って受け入れるのだぞ」
何をするのかは判らないが、彼女なりに仲直りする方法を見つけたのだろう。ソロンは黙って頷いた。

果たして、部下に呼びつけられて大広間へ戻ってきたティルは、未だ不機嫌なままであった。
「何よ。ラブシーンの再開でもするつもり?」
不機嫌に尋ねるティルを無視して、いきなりワルキューレがソロンを殴り飛ばす。
しかも、グーで。
「ラブシーンではない!これは制裁だ!!」
いきなりの展開にティルもビックリだが、ワルキューレの奇行は、それだけに留まらず。
なんと彼女は、よろよろと起き上がったばかりのソロンの股間を思いっきり蹴りつけた。
「うごッ!ちょ、ちょっと待てワルキューレ……ッ、これは」
さすがに、酷い。
受け入れろと言われて素直に頷いた以上は、何をされても我慢するつもりだったのだが……
最後まで言い切れず、ソロンは股間を押さえてしゃがみ込む。今の蹴りはモロだった。
「ソロン!」
涙目で座り込む彼に駆け寄ると、ティルはキッと幼なじみを睨みつける。
「色気で迫ったと思ったら今度は虐待するなんて、何を考えてるのよ!?貴女はっ」
するとワルキューレは如何にも憎々しげな悪役笑いを浮かべ、哀れなソロンを見下ろした。
「ふん、色気で迫ったのは作戦だ。こいつの本性を暴くために、一芝居打ったのよ。愚かにも私の体に欲情したようだが、こいつの汚いド腐れチンコなど一蹴の元にへし折ってくれるわ!」
気品溢れる普段とは遠くかけ離れた騎士団長の言葉遣いに、周囲の部下は戸惑っている。
戸惑ったのはティルも同じだが、へし折られてはたまらない。
彼女は必死でソロンを庇った。
「やめて!ソロンが女の子になっちゃう!!」
「なって結構!ティにちょっかいをかけられるぐらいならば、いっそ女になってしまえ!」
「もーぉ、ワルキューレのバカ!バカバカバカッ!!嫉妬するのも、いい加減にしてッ」
怒りという怒りを全てワルキューレへぶつけると、ティルは労るようにソロンの背中へ腕を回す。
「大丈夫?ソロン。私の部屋で休みましょ」
あぁ、と頷きながら、ソロンはチラッとワルキューレを盗み見る。
彼女は憂いの表情を浮かべていたが、ソロンの目線に目線で応えた。
ワルキューレは自分が悪役になることで、ティルにソロンを庇うよう仕向けたのだ。
団長には一つ借りが出来た。
借りは、いつか返さなくてはなるまい。
さて、どうやって返そうか?などと考えながら、ソロンは宴を後にした。

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