5.奇襲

隙を見せた時がチャンスと言うなれど、見張りの連中が隙を見せる様子はない。
焦れてきたソロンが再び剣へ手を伸ばした時、背後の気配が立ち上がった。
「ティ?」
振り向かずに彼は尋ねるが、返事の代わりにティルの足が隣を横切る。
「ティ、待て――!」
ソロンが慌てて止めるも、彼女は指で「シィッ」と制す。
彼女の姿に気づいたか、見張りのモンスターも一斉にティルへ視線を投げかける。
「女?人間族の女か……此処へは何しにきた?」
うち一匹が、流暢な人間族の言葉を話す。
となると、こいつらは野性のモンスターじゃない。魔族の冒険者か。
冒険者ギルドは窓口が広いから、魔族が冒険者をやっていても何らおかしくない。
ティルはニヤリと不敵に笑い、堂々と答えた。
「決まってるでしょう。姫様を返して」
途端に見張り達は大爆笑。
「女が一人で救出しに来ただと!?俺達を全員倒せるつもりってわけか!」

ティルの遣り取りを見て、物陰のソロンは頭を抱える。
隙を伺うならば、もっと良い演技の仕方もあろうに……
例えば『道に迷っているうちに此処へ迷い込んだ』とか。
何も素直に目的を答えてやる必要などない。
しかし頭を抱えているのはソロンだけで、騎士もヨセフも彼女に全信頼を置いているようだ。
またティルが話し始めたので、ソロンもそちらへ耳を傾けた。

「倒せるなんて、思ってないわよ」
「ほぅ?」
「お願い、姫様を返して。その代わり、私を好きにすればいいわ」
途端にまた笑われ、今度は魔族の一人が彼女に近寄ると、上から下まで眺め回して言い捨てる。
「姫様はどれも別嬪さんだ。お前みたいなペチャパイが代わりになれるかよ」
胸が小さいと魔族なんかに罵られ、ティルはカァッと頭に血がのぼる。
さらに別の一人が小馬鹿にした調子でつけたした。
「それに俺達は雇われて、ここを見張ってるんだぜ?お前の勝手な言い分なんぞ聞けるか」
「あなた達を雇っていた組織は壊滅したわ!これ以上、姫様を監禁してる意味なんてないじゃない」
ティルは言いつのるが、見張り達は頭から信じておらず、てんで相手にしてもらえない。
「嘘つけ!その場限りの嘘で、俺達をだませると思ったら大間違いだぞ?」
「嘘じゃないわよ!」
「だったら証拠を見せてみろ!見せらんないだろうが!!」
見せられるわけがない。
だって組織が潰れた証拠と言われても、一体何を見せろというのだ。
ボスの首でも持ってこいと?
言葉に詰まるティルを見て、見張りは勝ち誇ったように彼女を追い払う。
「さぁ、話は終わりだ。さっさと帰れ。これ以上グダグダぬかすようなら、痛い目を見てもらうぞ」
もう興味は失せたとばかりに、持ち場へ戻りかける。
「そう……力づくってわけね?」
だがポツリと呟いたティルへは、怪訝な目を向けた。
彼女はパキパキと指を鳴らし、魔族達を睨みつける。
心なしか普段の五倍は怒っているように見えるのは、絶対気のせいではない。
「そっちのほうが望む処よ!あんた達、絶対に生かして逃がさないんだから!!」
まるでティルの背後に、燃えさかる炎が見えるようだ。
って、本来の目的を忘れているようにも思われる。
見張りの一人は肩を竦め、もう一人が剣を構えると――
「どうやら、生きて帰りたくねぇようだなァッ!」
ティルが殴りかかるよりも早く、剣を薙ぎ払った。
あまりにも突然で、受け止めることも避けることもできない。
「――ッ!!」
思わずティルは目を見開き、次なる衝撃に身を竦める。


「へッ。丸腰の女相手に不意討ちか?魔族にしちゃァ、情けねェ戦いッぷりだ」


――気がつくと、目の前にはソロンが居て。
見張りの剣を、己の剣で受け止めていた。
「ソロンッ!」
歓声をあげるティルには目もくれず、ソロンは見張りにガンを飛ばす。
「組織は壊滅した、それは本当だ。壊滅させられた俺が言うンだから間違いねェよ」
生き証人の言葉でさえも、魔族達は耳を貸さなかった。
「くぅッ!」と受け止められた剣を振り払い、見張りの一人が後ろへ飛びずさる。
他の奴らも武器を構え、口々に騒ぎだす。
「クチだけの証明が信用なるかよ!」
「ロイスの手先め、覚悟しろ!!」
隙を見て奴らの油断を誘うという作戦は、完全に失敗してしまったようだ。
そればかりか見張りの一人が牢屋へ走り寄り、ニヤリと嫌な笑みを浮かべて言うではないか。
「お前、もしや……そうだ、闇の闘技場で戦ってたソロンって奴じゃないか?」
壁に取りつけられたレバーを握りしめ、悪魔羽の男は囁く。
「お前となら、姫君と交換してやってもいい。どうだ?悪い相談じゃないだろう。もし断れば」
「そのレバーをガチャンと引いて、罠かなンかが飛び出すッて寸法か?」
肩を竦めてソロンが尋ねるのへ男は笑みで応えると、改めて返答を待つ。
「その通り。正確には姫君の牢屋へ電撃が走って三人とも丸コゲになるって寸法だ。さぁ、どうする。姫君を、むざむざ殺すためにきたわけではなかろう?」
「別に、構わねェがよ」
あっさりしたソロンの返事に「ソロン!」と背後からは悲鳴が上がるが、彼は無視して尋ねた。
「どうして俺とならオーケーなンだ?ティとの交換条件は、あッさり蹴ったくせに」
交換するのがOKなら、別にソロンでなくても構わないはず。
いや、人質にするなら断然、男性より女性の方がいいはずだ。
万が一逃げ出されても、すぐ捕まえられるし、ストレス発散に虐めてやることもできる。
相手を油断させて、その隙にバッサリいこうという作戦なら、乗ってやるつもりなどソロンにはない。
油断するつもりもなければ、この程度の相手にバッサリやられてやるほど、お人好しではない。
それとも闘技場でのソロンの戦いっぷりを思い出して、苦し紛れの言い訳で持ちかけたのだろうか。
色々と考えていると、悪魔羽はポッと赤くなってモジモジした。キモッ。
「だって……お前のこと、あの試合を見た時以来から忘れられなくなっちゃったんだモン」
何故か口調まで乙女チックだ。
「ソロン、あなた闇闘技場で何やってたの?」
背後から浴びせられる疑惑の目へ、振り返りもせずに彼は答える。
「何ッて、試合やってたに決まッてンだろ」
ソロンをジッと見つめ、悪魔羽は両手を胸の上で組む。
そして上目遣いに彼を見つめた。
「お前、格好良かったよネ……どんな強敵でも一撃でバッサリぶっ殺してたモン」
闘剣士時代のソロンは、ほぼ毎回の試合を秒殺K.Oで終わらせていた。
その戦いっぷりに惚れた。
要は、そういうことなのだろうが、言われ方が気持ち悪い。
厳つい魔族が頬を赤らめて、うっとりした目つきで見つめるのは、やめていただきたいものだ。
「よぅし、なら剣を置け!妙な動きをするんじゃないぞっ」
別の見張り、角の生えた魔族に怒鳴られて、ソロンはゆっくりと地面へ剣を置いた。
敵意がないと示すため、両手をあげる。
「次はどうすればいい?」
尋ねた後、ギロリと睨んで付け足した。
「あァ、そうだ。俺を拘束するンなら、姫様の解放を先にやりな」
捕まったところで、この程度の相手なら楽々逃げ出せる。
そう踏んでの一言であったが。
四つ足のやつが「まだだ!次は服を脱げッ」と騒いでよこしたので、唖然となった。
「あ?服なンか脱がせて、どーしようッてんだ。俺が暴れるのを心配してやがンのか?」
呆れた調子で尋ねるソロンに、四つ足は力一杯言い切った。
「それもある!だが、本音を言うと、お前の裸が見てみたい!!」

……いや……
んな、前足を握りしめて力説されても……

「服の上からでも判る!貴様!鍛えているだろう!!」
ビシィッ!と前足で指され、ソロンはポリポリと顎を掻く。
変な奴ばかりで、すっかり調子を外され気味だ。
「いや……まァ、そりゃあ一応は」
「だからこそ、貴様の裸を見てみたい!これは筋肉を愛する者ならば、当然の願いッ!!」
背後のティルは勿論のこと、物陰に隠れた騎士達もドン引きしている。
まぁ、無理もない。
「な……なによ、その変態的な願いはっ!」
引きつって叫ぶティルの真横には、いつの間に物陰から出てきたのかヨセフが立ち、ポツリと呟いた。
「……やりますね」
「やりますねって何が?っていうかヨセフ、あなたまで出てきちゃダメじゃない!」
ティルの文句に眉一つ動かすことなく、ヨセフは視線をソロンの背中に集中させる。
いや、釘付けといった方がよい。
「彼の筋肉が美しいことは、私もかねてより着目しておりました。見て下さい、ティ。シャツの上からでも、はっきりと判る広背筋!そして前に回ってシャツの上から触ってごらんなさい、彼の引き締まったお腹を。あれこそが腹筋の、本来あるべき姿というものです。まさに、美ッ!」
筋肉を美だと断言されても困る。
何よりヨセフの熱い語りに、ティルがついていけてない。
彼女はポカーンとくちを開け、幼なじみの顔を呆然と見つめるばかり。
言うべき言葉が思いつかないようだ。
だがシャツを脱ぎ始めたソロンに気づくと、すぐさま我に返り「駄目よ、ソロン!」と止めに入る。
「あ?何が駄目なンだよ。心配すンな、俺が裸になったぐらいで油断すると思うか?」
腕を掴まれ怪訝な様子のソロンを上目遣いに見上げ、ティルはポツリと呟く。
「……だって。あなたの裸を、あんな変態軍団に見られたくないんだもん」
変態というのは、ヨセフも込みだろうか。きっと、そうに違いない。
魔族を見たついでに、彼女はヨセフもチラリと横目で見ていたから。
しかしティルの心配や嫉妬も何処吹く風で、ソロンは陽気に言い放つ。
「お前が脱げッて言われるよかァ、マシだろ?男の裸なンざ見たって面白かねェだろうしな」
「ヨセフが言ったこと、聞こえてなかったの!?あなたの裸に興味があるのよ、あいつらは!」
やはり軍団の中には、幼なじみも含まれているようだ。
ヨセフ、すっかり危険人物扱い。
ティルの必死な制止にも耳を貸さず、ソロンはバサリとシャツを脱ぎ捨てた。
「……どのみち俺が言うことを聞かなきゃ、姫様は黒こげになるンだ。仕方ねェさ」
悪魔羽のやつは、まだレバーを掴んでいる。
ソロンが拒否すれば、いつでもレバーを引けるように。
ティルも牢屋の前の見張りを一瞥し、悔しそうに俯いた。
「そう……ね。ごめんなさい、あなたに嫌な役目を押しつけちゃって」
途端、ぎゅっとソロンに片手で抱き寄せられた。
ヨセフも大絶賛の筋肉が間近に迫る。
腹筋も凄いけど、大胸筋だって負けちゃいない。
ソロンの体は必要以上にムキムキではないものの、付くべき処には、ちゃんと筋肉がついていた。
「嫌な役って交換人質役か?そいつは向こうが言い出した事だ、ティは悪くねェ」
こうして彼の体を、まじまじと眺めるのは初めてかもしれない。
ポッとティルの頬は赤く染まり、遠目に魔族が地団駄を踏む様子も見えた。
「キィッ!見せつけてくれるじゃないのよッ。さぁ、お次は下よ?さっさとなさァい?」
ハンカチを噛んでヒステリーを起こした角の魔族にオネェ口調で怒鳴られて、ソロンは肩を竦める。
「全裸になれッてのか?いいけどよ。だが、その前に姫様の解放が先だ」
でなければ、脱ぎたくないね。
そう断言する彼に、悪魔羽のレバーを握る手に力がこもる。
「ソロン!大人しく言うことを聞くのですッ。姫様が……!」
後方であがる悲鳴に続き、魔族も嫌な笑みを浮かべてレバーを引く真似をした。
「全部脱いでからだ。その後で姫君を解放する」
「……仕方ねェな」とズボンへ手をかけるソロンを、またしても止める手が。
「駄目!絶対ダメ!!」
見ればティルが必死になって、ズリ降ろしかけたズボンを上にあげてくる。
「ティ……」
驚くソロンの前で、ティルはブンブンと首を振り彼に哀願してきた。
「あなたを、これ以上笑いものにされるなんて絶対イヤ!」
笑いものというよりは慰みものだろう、この場合。
全裸になっても、まだ続きそうな予感はある。
魔族達の目つきは嫌だが、後方から突き刺さるほどにヨセフの視線がお尻へ集中しているのも嫌だった。
その思いはティルも同じだったようで、彼女はソロンの尻を隠すように手をあてて言った。
「これ以上、見せてもいいのは私だけにして?」
「そりゃァ、そうしてェのは山々だがな。姫様が丸コゲになってもいいのかよ」
そっとティルから体を離すと、ソロンはズボンをずり下げる。
レバーを握っている魔族が喉をゴクリと鳴らした。
嫌すぎる。絶対まだ、続けるつもりだ。
だが、同時に隙も生まれよう。ティルの耳元でソロンは囁いた。
「奴らが俺に触ろうとした時がチャンスだ。レバーの位置だけでも確保してくンねーか?」
この隙を生かしてくれなければ、何のために恥を捨てて裸になるのか判らない。
彼女が黙って頷くのを横目に、ソロンは遂にパンツも脱ぎ捨てて全裸になった。
「おぉう!」と前屈みに興奮しているのは、魔族ばかりではない。
「はぁッ!なんという逞しい太股でしょう。それにあの大臀筋!あぁ、すりすりしたい……」
背後でヨセフも大興奮。
いい加減、連れてきた騎士連中にも退かれていると気づいて欲しい。
「さァ、これでいいか?もう脱げッて言われても無理だぞ。残ってンのは皮だけだかンな」
ブラックなジョークを飛ばすソロンへ、見張りの一人が手招きする。
「よし……じゃあ、お前だけコッチへ来い。グヘヘ」
垂れてきた涎を、ぐいっと拭きながら。
やはり敵も然る者、なかなかレバーから離れてくれない。
だが幸い、魔族どもはソロンの体に興味津々である。
誘えば、あっさり来るかもしれない。
「お前らがコッチ来い。俺は一歩も動きたくねェ」
「何故だ!?」
魔族からの質問を無視すると、ソロンはニヤリと笑った。
「何だ、見られながらヤるのは苦手か?魔族ッてのも大したことがねェんだな」
自らのモノを握り、わざと奴らへ見せつけるように弄ぶと、魔族よりも先に背後から歓声が。
「おぉ、あれこそまさしく逸品!いえ、逸物と呼ぶに相応しいペニスです!!」
黙れ。
誰でもいいから、あのアホ騎士を殴ってでも退場させてくれないものだろうか。
「何を解説してるのよ、ヨセフのバカッ!」
見ろ、幼なじみもご立腹だ。
背後の騒音を、もう、ソロンは気にしないことにした。
「こいつが欲しいンだろ?さっさと来いよ」
こういう台詞は、本来ならば可愛い女の子へ言うべきである。
少し残念な気分になりながらソロンはティルを一瞥し、すぐに視線を魔族へ戻した。
奴らの足が少しずつ、少しずつ、こちらへ近づいてきている。
男でも女でも、スケベな奴は扱いやすい。もう一押しだ。
「俺は別に、見られてても気にしねェンだが。なぁ?」
相づちを求められ、ティルはカァッと赤くなる。
「な、なんで、こっちに振るの!?」
「何でって、そりゃァ俺達、皆に見られながらヤッた仲だもンなァ」
ティルは更に赤くなり、照れ隠しに大声で怒鳴り返してきた。
「もう、バカ!こんな時に何言い出すの!!」
その彼女の耳に、魔族の呟きが聞こえてくる。
「あ……あんなツルペタ女が、あいつに抱かれた……だと?」
「畜生、ペチャのくせに気持ちいい思いしやがって」
再三における侮辱の嵐に、ティルの血管はブチ切れそうだ。
「ツルペタで悪かったわね!!!」
だが、ここまでが魔族の理性の限界で。
「あのチンポは俺のだァァァッッ!」
などと口々に喚きながら、三匹のアホウどもはソロンへ突進してきた。
すかさずソロンがティルへ叫ぶ。
「ティ!今だッ、走れ!!」
同時に三匹分の猛タックルをくらい、さしものソロンも吹っ飛ばされる。
すぐさま身を立て直すが、一匹にはしっかりと足を押さえ込まれてしまった。
いや、抱きついてきたのは足下の一匹だけではない。
尻にしがみついているのは――ヨセフ!?
「はぁ〜、すりすりっ、すりすりっ、極楽至福ですぅ〜。ハァハァハァハァ」
ちょっと、何この人。鼻息荒いんですけどォォォ!
しっかと両腕をソロンの腰へまわし、お尻にスリスリと頬ずりしている。
気持ち悪い事、この上なし。
「ばッ、馬鹿!テメェは何やってンだ、ティのフォローに回りやがれ!!」
肘を顔面へ打ち込もうが腕を引きはがそうと引っ張ろうが、ヨセフは全然剥がせない。
「吸わせろォォォ!!」
しまった、アホ騎士に気を取られている間に前を取られてしまった。
だが蛸みたいにニュゥッと唇を伸ばしてきた魔族がソロンのナニを咥える前に、ティルの怒号が響き渡る。
「そこまでよ!姫君の命は預かったわ、大人しくお縄にかかりなさいッ!!」
彼女はレバーに手をかけて得意そうに胸を張っている。
救出側が姫を人質に取って、一体どうしようというのか。
魔族が、それで怯むはずもない。
ティルにレバーを押さえろと命じたのは、失敗だったかもしれない……
足を押さえてくる魔族を蹴り倒し、ソロンは再度ティルへ命じた。
「ティ!姫様を救出するンだ、牢屋をブチ壊せ!!」
「はぁッ?無茶だろ、鉄格子だぜ!?」
ギィが叫ぶのにもお構いなく、ティルがポンと手を打つ。
「あ、そうか!その手があったわね!」
ソロンが指示しなければ、永久に気づかなかったのだろうか。
つくづく先が思いやられる脳筋である。
せっかくのチャンスを無駄にする脳筋格闘家に、今までの作戦を忘れて煩悩に走るアホ騎士。
唯一頼りになるかと思えた部下の騎士達は、最後まで見事な傍観者に徹していた。
もしかして一人で来た方が楽だったんじゃないかとソロンが思い始めた頃には、牢屋も派手に壊されて。
姫様は、三人とも無事に救出されたのであった。

完膚無きまでに破壊された、かつては鉄格子付の牢屋だった場所を見て、ギィは呆然と佇む。
「すげぇ……クマもビックリの馬鹿力だ……!」
かと思えば、ぐるぐるに縛られた三匹の魔族へ向けて、力の限り挑発してやった。
「はッ、バーカバーカ!お前ら、人間なんかにやられてやんの。だっせぇ〜!」
魔族達はギリギリと歯ぎしりしてギィを睨みつけるが、何と罵られても仕方のない結末である。
馬鹿力で牢屋を破壊するティルに驚いていたら、動きが自由になったソロンに襲われた。
抵抗する暇もなく、三人はボッコボコにされてしまった。
そして今は、ロープでぐるぐる巻きというわけだ。
ついでにヨセフもロープで簀巻きにされているが、これは見なかったことにしておこう。
少々はしゃぎすぎでテンションの高い銀狼少年へ、ソロンは声をかけた。
「おい、長老にも伝えとけよ?魔物は全員ロイスのティル様がしょっ引いたッてな」
「え?ソロン、手柄は私のものじゃないでしょ。むしろ手柄は全部あなたの」
言いかけるティルを制し、耳元へ軽くチュッと口づけると、ソロンはニヤリと笑った。
「牢屋を壊して姫様を助けたのは、お前だぜ?この任務の目的は何だ?姫様救出だろうが」
軽く口をつけられただけだというのに、ティルの心臓はバクバク鳴りまくり。
何故だろう。いつもの不敵な笑みなのに、いやにソロンが格好良く見える。
彼女は真っ赤になりながら、しどろもどろに言い返す。
「で、でも、それが出来たのもソロンが的確な指示を与えてくれたから……」
任務が上手くいったのは、最初から最後まで彼のおかげだ。
本当に、ティルはそう思っている。
なのに感謝をうまく言い伝えられないのが自分でも、もどかしい。
二人のイチャイチャっぷりをギィは冷めた目で眺めていたが、やがて笑顔で頷いた。
「判った。姫様を助けて魔物を倒したのは、ティル姉ちゃんとソロン兄ちゃんの手柄って事にしとく!」
それと、森から魔物を追い出してくれてありがとう――
そう言い残してギィ少年は瞬く間に銀狼の姿となり、疾風の如く駆けていった。

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