第九小隊☆交換日誌

報告その9:亜人の島・一日目・夜  【報告者:ユン】

なるほど。
自分の意志をアピールする為の活用か……
俺には思いつきもしなかった。さすがは、ナナだ。
以下は、ナナの助言に従って書くことにする。


五度目の寝返りを打った後、上半身を起こす。
体が熱い。
正確には、昼間木々に触られた局部が。
痛いのではない。痒いわけでもない。
ただ、熱を帯びているように感じて眠れない。
睡眠を妨害するほどとなると、内部が腫れている可能性もある。
俺は熟睡している女医を起こした。
揺り動かすと彼女は目を覚まし、押し殺した声で囁いてくる。
「――どうしたの?」
だが、すぐに察したのか、外へ出るよう俺を促した。

外へ出ると、冒険家がテントを背もたれに熟睡していた。
見張り番が寝ているとは、何事だ。
「疲れているのね」
呆れた視線で奴を見下ろし、セツナが呟く。
「見張りの意味がない」
俺が言うと、セツナは苦笑した。
「少し、歩きましょうか。この辺りの様子も調べておきたいし」
それは明日でも構わないと思うのだが、そう伝えると彼女は笑った。
「見張り番が熟睡しているのよ?周囲の安全を確かめる為と、それと――
 あなたの体の診察は、他の場所でやったほうがいいのではなくて?
 ここでやっても、私は別に構わないけど。
 でも目を覚ましたシモビッチ氏が見たら、なんて思うかしらね」
俺は彼女の言葉に従った。


テントから北方、二百七十八歩目の場所に、湖を発見。
生い茂った緑の雑草に囲まれた、小さな湖だ。
水は透き通っている。だが泳ぐ魚影は見あたらない。
ここへ到着するまでの間にも、生物の気配を感じなかった。
やはり、この森は異常だ。
「あら……綺麗な処ね」
髪をかき上げ、セツナが言う。そして俺を振り返った。
「さぁ、さっそく診察を始めましょう。服を脱いでくれるかしら」
頷き、上着を脱いでズボンを降ろし、下着も脱いだ。
全部草の上に放り投げ、セツナの前で少し足を広げて立つ。
「何処が傷むの?」
「傷むのではない……熱い」
「熱い?」
セツナが俺の股間に顔を近づける。
息がかかってくすぐったいが、我慢しながら答えた。
「昼間……奴らに尻の穴の奥まで侵入された。その箇所が熱い」
動く木――とでも称すればいいのだろうか?
昼間、俺を襲った植物は。
意志でも持っているかのように、体の中まで侵入してきた。
激しい痛みを感じたのは一瞬だけで、後は枝と肉がこすれ合う感触。
体に痺れが走り、動けなくなった。
……いや、痺れというのは正確ではない。
うまくいえないが、状況を忘れて恍惚としてしまったのだ。
所謂、皆がいう『快感』というものだろう、あれは。
自分でも我慢できず、情けない声が出た。
屈辱だ。
「奥まで?じゃあ、中が炎症を起こしている可能性もあるわね。
 あっ、立ったままでは疲れるでしょう?座ってちょうだい」
疲れてなどいない。
だが首を真横に振ると、女医は重ねて命じてきた。
「いいから、座って。座って、寝ころんでもらえるかしら。
 そうしてくれたほうが、こちらも診察しやすいのよ」
そう言われては、仕方がない。
草の上に寝ころんだ。
チクチクするのではと案じたが、草の上は滑らかで冷たく気持ちいい。
「ふむ……腫れているようには、見えないけど……」
俺の肛門をライトで照らし、女医がブツブツ呟く。
ポケットから何かを取り出して、尋ねてきた。
「検査棒を入れてみるわ。痛かったら言ってちょうだいね」
入れるって、どこに?
だが、尋ねる前に肛門に冷たい物を突き入れられた。
「ふ……ぅっ!」
電流を流された実験用ラットのように、体が痙攣する。
「あ、ごめんなさい。冷たかったかしら?」
冷たさも不快だが、入れたり出したりされるのにも辟易だ。
棒を奥へ突き入れ、引き戻されるたびに、昼間の悪夢が蘇る。
あの時と同じ感触だ。肉と棒がこすれ合う感覚。
俺は体をこわばらせ、足を閉じようとする。
しかし女医は俺の両股を掴んで無理矢理開かせると、
鉄の棒を肛門から引き抜いた。
「ごめんなさいね、驚かせてしまって。痛かった?」
痛くはない。しかし驚いたのは事実だ。
無言の否定を、どう受け取ったのかは判らないが
セツナが再び尋ねてくる。
「棒は冷たくなっているから、人肌のもの……
 そうね、指でやるわ。痛かったら言ってね?」
だから痛くはないんだ、痛くは。
指を入れられる前に、上半身を起こす。
「あら、待ちなさいよ。まだ調べ終わっていないのに」
不服顔のセツナを見下ろし、俺は言った。
「炎症していないのなら、これ以上見る必要はない」
「炎症していないとは断言できないわよ。
 奥に異物が入り込んだ可能性だって、あるんですからね」
女医も簡単には引き下がろうとしない。
俺は、さらに言い返した。
「なら、湖で洗い流せばいいだけだ」
「そうね……その上で痛みを感じたら、また診察しましょう」
女医も同意し、俺は湖に入れる。
冷たい水だ。
だが、すぐに水温には慣れてくる。
一歩二歩と歩き、湖の中央で立ち止まる。
水面は、ちょうど腰のライン。それほど深くない。
足を開き、念入りに股の間を揉み洗う。
尻の穴に指を入れてみたが、やはり痛みは感じなかった。
しかし、不思議だ。
自分でやれば平気なのに、何故他人にやられると感覚が違うのか。
否。感覚ではなく、捉え方の問題なのかもしれない。
人差し指を第二関節まで突っ込んで、中をかき回す。
だが、指先に当たるものはない。入口付近に異常はないようだ。
もし異物が入ったとしても、やがて排泄物と共に出てくるだろう。
視線に気づくと、セツナが俺を見ていた。
「何だ?」
「……いいえ。綺麗だなって思って」
綺麗?何が?湖の話か?それとも、景色か?
「水が、しみたりしなかった?」と尋ねられたので、首を真横に振る。
「そう……」
セツナは考え込んだ様子を見せたが、すぐに結論を出した。
「ひとまず炎症の心配は、なさそうね。
 じゃあ、そろそろ戻りましょう。皆が心配してもいけないし」
草の上にあがり、脱ぎ散らかした服を拾い集める。
濡れた格好で下着を履くのには抵抗があった。
だがタオルなどないので、そのまま履く。
上着のボタンを留める途中で、南方から悲鳴が轟いてきた。
悲鳴と言っても、ナナのあげる黄色い声ではない。
例えるならば、野太い、死に際の牛が命がけで絞り出す断末魔だ。
只事ではない。緊急事態だ。
「急ぎましょう!」と言う側からセツナは走り出している。
俺も後を追った。


駆けつけると、皆に囲まれるシモビッチ氏を目視で確認できた。
シモビッチ氏は目の上を赤く腫らし、頬と顎には青あざを浮かべていた。
それだけではなく、衣類は破かれ泥まみれになっている。
上着のボタンは一つもついていない。
乱暴に引きちぎられたと予想される。
俺達がいなくなってから、一体、彼の身に何があった?
シモビッチ氏の頬には、幾つもの涙の筋が滴っている。
泣いた後なのは、誰の目にも明確だ。
「あっ!ユン兄、発見!セツナ先生も一緒だよ!!」
俺を指さし、ナナが叫ぶ。
「ホントだ!もぉ〜、隊長!心配したんですよォ」
胸に手を当てたレンは、安堵の表情を浮かべた。
「このデブが」
シモビッチ氏の頭を銃のグリップで叩き、キースが言う。
「爆睡していやがったおかげで、
 お前が何者かにさらわれでもしたんじゃないかって、
 ナナたんはもう、気が気じゃなかったんだぞ?」
頭を殴られてもシモビッチ氏は、くぐもった呻きを漏らしただけだ。
完全に抵抗する気力を失っている。
俺はナナを見、彼女の頬にも涙の跡を確認した。
「それは、すまなかった。どのような処罰でも覚悟している」
深々と謝罪する俺に、レンとナナの声が降り被さってくる。
「そっ、そんなぁ!隊長に処罰なんて、できませんよぉ」
「そうよ、そうよ!無事ってだけでも満足なんだから」
そこへ、カネジョーが割り込んできた。
「いや、駄目だろ」
「なんでよ?」
「いくら隊長つっても、そこは規則に従ってもらわなきゃなぁ」
俺達の会話を、斬達が不審の視線で眺めている事に気づく。
それとなく視線で女医へ伝えると、セツナも気づいたようだった。
「そう?なら、まずはカネジョー、あなたから処罰しなきゃね」
薄く笑った女医が、白衣の内ポケットからメスを取り出す。
待て。何をするつもりだ?
「な、なんだよ?俺が何したって……」
「町中で許可無く銃器を乱射したでしょう。
 リーダーの許可を得てからじゃないと、いけなかったはずよ」
ここへついたばかりの頃の話だ。
確かに、許可は出していない。
しかし、あれは威嚇射撃だった。許可を取ってからでは、遅すぎる。
だが俺が止める前に、セツナは行動に出た。
ひゅっと風を切る音に、その場にいた全員が身をすくめる。
間髪入れず、はらはらとカネジョーの軍服が細かく散り始めた。
「ひっ……ひ、ひぇぇぇぇっ!?」
身動きすればするほど散りの速度も速まり、瞬く間にカネジョーは全裸となる。
キースが短く舌打ちした。
「チッ。またヤロウのサービスシーンかよ。
 女医も、どうせ切るならナナたんのパンティを切れってんだ」
何も違反をしていないのに服を切られては、たまったものではない。
「なっ、な、何しやがるんでぇ!」
股間を両手で覆い、全裸で喚くカネジョーには、セーラが駆け寄る。
「ちょっとDr.セツナ、ひどいじゃない!
 カネジョーくんを皆の前で晒し者にするなんてぇぇ。ハァハァ」
酷いと言う割に鼻息は荒く、鼻の下が伸びきっている。
「さっ、カネジョーくぅん、私が代わりに隠してあ・げ・るっ」
「こっち来んな!!変態ッ、変態!」
夜の森に、カネジョーの悲鳴が響き渡った。
追い回すセーラと逃げ回るカネジョーを横目に、斬が呟く。
「これだけ騒いでも、獣一匹近寄らぬとは……いよいよ以て奇妙だな」
「そういえば、ここから歩いてちょっとの処に湖があったけど
 そこにも魚が泳いでいなかったわ」
思い出したようにセツナが言い、斬を見上げた。
「一匹も、ですか?」と問うレンへ、女医は頷く。
「えぇ、一匹も」
あの時は水温が低いからと合点したが、そうでなかったのか。
この森自体が、おかしいのか。
森に生物の気配を感じない。
それは、亜人の島に異変が起きたという知らせなのか。
――考えても、判るものではない。
俺達は再び寝床についた。

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