第九小隊☆交換日誌

報告その7:再び海へ  【報告者:セツナ】

一日で全費用を使い切るなんて、一体何に費やしたのか?
皆、辿り着くことしか考えていないみたいだけど、
記録を取ったら、クレイダムクレイゾンへ帰らなければいけない。
その費用も考えた上での買い物だとしたら、彼らを尊敬するが……

HANDxHANDGLORY'sのリーダー・斬に尋ねたところ、
買い物の内容は、以下の通り。

・魔砲弾
・食料
・傷薬や船酔い治しの薬草類
・着替え

着替えの中にはナナの分もあり、気が利く人達で安心した。
聞けば、彼らは以前にも亜人の島へ入ったことがあるらしい。
といっても、Mr.シモビッチを除いた四人だ。
シモビッチ氏は、今回が初めて。意外な気がした。
「これは内緒だけど」と四人のうちの一人、スージが声を潜める。
「賢者ドンゴロ様も、亜人の島に住んでいるんだよ」
賢者というのが何者かは判らないが、スージ少年の得意満面な表情。
あれを見る限りでは、偉大な人物なのだろう。
ひとまず、私は驚いたふりで調子を併せておいた。
「そうなの!でも、そんな大事な事を私に教えてしまっていいの?」
すると、スージは鼻の下を伸ばして色目を飛ばしてきた。
「セツナさん、美人だから……でも他の皆にはヒミツですよぉ〜」
「あら、ありがとう」
二人だけの内緒話だったようだ。
でもオモブンに記録したから、彼の思惑とは違う結果になった。
私が笑顔で頷くと、スージは忙しなく体を揺する。
何を期待しているのかはミエミエだけど、あまりサービスする必要もない。
それより、それとなく他の四人の様子を探ってみると。
ジロ少年は前方に目をこらし、先ほどからしきりにブツブツ呟いている。
「……おかしいな?」
「何がおかしいんですの」と、エルニー嬢が問えば、彼は首を捻った。
「ドラゴンたちが一匹も上空を飛んでいねーんだ」
「ドラゴンが?」そう言って、エルニーも前方へ目をやった。
私も前方を見渡したが、一面の水平線が広がるばかりだ。
ドラゴンどころか、島も見えない。
「俺、叔父さんに知らせてくる」
ジロが向かったのは、操舵室。
操舵室といっても、舵は全て機械による自動運転に任されている。
亜人の島までのルートを入力したのは、斬だ。
Mr.シモビッチは、というと悠々と葉巻を吹かしている。
その横ではナナが無邪気にはしゃぎ、ユンと話していた。
「見て見て、ユン兄!コバルトブルーの海!アジュールブルーの空!」
素直に青い海・青い空と言わないのは、この年頃の少女の悪い癖だ。
簡単な言葉でも、わざわざ難しくしてしまう。
対してユンは聞いているのかいないのか、相づちを打つ気配もない。
いくら義理の妹とはいえ、少し冷たいのではなかろうか。
「ユン、ちょっといいかしら――」
私がユンへ苦言しようと、一歩近づいた時。

唐突に、それは私達の船へと襲いかかってきた。

静かだった海面が不自然に盛り上がり、船がグラグラと揺れる。
「な、何事なの!?」慌てるセーラがカネジョーを抱きかかえ、
「うぜぇ!抱きつくな」と彼に嫌がられても、お構いなしに抱きしめる。
「あ、あれは……っ」
スージ少年が真っ青になって、一歩後退した。
「……大海原のヌシ……」
大海原のヌシ?
そんなものが、この海域に出るなんて、誰も言っていなかったような。
「……オクトマーマンだ!!」
オクトマーマン?
タコなのか、半漁人なのか、はっきりして欲しい。
大仰なポーズをつけてスージ少年が指さす先を、皆も見つめると。
波の中から姿を現わしたのは、赤紫に光沢を放つ頭を持つ謎の生物だった。
胴体は人間と同じように、手足が生えた二足歩行だ。
しかし首の上にはタコの頭が乗っている。
「うわ……」「キモッ」「なんだ、ありゃ」
皆が唖然と見守る中、恐るべき速さで何かが甲板に被弾した。
それは巨大なタコの足で、「きゃあぁぁぁーッ!?」とナナの悲鳴を残し、
クルクルとオクトマーマンの元へ巻き戻る。
ナナが攫われたのだ、と判ったのは船が激しく不規則に揺れ出してからだ。
「くそぉっ、ナナたん!ナナたんを返せ、コンチクショー!」
キースが子供みたいに怒鳴っているが、罵声程度で素直に返してくれたら
オクトマーマンも大海原のヌシなどという、大層な異名を取らないだろう。
「船長さん!船を奴に近づけてッ。土手っ腹に大穴あけてやるわ!!」
物騒な事をわめいているのはセーラだ。
しかし私が止めるよりも早く、全員が突っ込んだ。
「うわぁ、セーラさんって意外と……乱暴者ですねぇ」
「お前、そんなことしたらナナたんがどうなるか、考えたことあるのかよ?」
自分の短絡さに自分でも気づいたのか、赤面しながらセーラが反論する。
「う、うるさいわね!じゃあ、どうやってナナを取り戻すのよ!」
私達が騒いでいる間にも、タコの吸盤が器用にもナナの服を破いていく。
「やだぁ!何すんのよ、このエロタコ!」
ナナが騒ぐが、タコ足に巻きつかれた状態では、ろくな抵抗もできない。
シャツ、スカート、下着と無惨に引き裂かれ、とうとう丸裸にされた。
さらに勢いよく振り回され、ナナの悲鳴が響き渡る。
「いやっ、いやぁ、ユン兄助けて!」
「ふぉぉっ!ナナたんのアソコが丸見えだ!斬、もっと船を近づけろォッ」
ナナとキースの声が重なる。
「キースさん、あんた、こんな時に何言ってるんですか!?」
レンが金切り声をあげるのも、無理はない。
私でさえ、キースの息の根を永遠に止めたくなったぐらいだ。
しかし今は、仲間割れをしている場合ではない。
「斬、船をタコに近づけて!」
操舵室へ駆け込むと、私は斬へ頼んだ。
「どうするつもりだ?」
「タコの足の上を走り、ナナを力尽くで奪還する。それしかないでしょう」
「できるのかねッ!?そんな馬鹿げた芸当が!」
怒鳴ったのは、Mr.シモビッチだ。
皆が甲板で騒いでいる間に、一足お先に操舵室へ逃げ込んでいたらしい。
「やるしかないわ!ナナが海中に引きずり込まれたら、そこでジ・エンドよ」
「判った。では船の動かし方を貴女に教えよう」
「えっ?む、無理よ。私には機械は……」
こんなことならキースを同行させれば良かった。
一瞬はそう思ったが、斬に教えてもらった操作は、ひどく簡単だった。
行きたい方角のタッチパネルを叩けば、船が進む。
これなら子供でも楽に操縦できそうだ。
「判ったわ、操縦は私に任せて。……ナナを、お願い!」
私の願いを受け取ったのか、黒ずくめは僅かに頷くと、甲板へ出て行った。

そこからは、無我夢中でタッチパネルを叩いた。
行きたい方角を叩いているのに、波が出ているから素直に船が進まない。
おまけに「何をやっているのかね!」だの、「あぁ、もう、ヘタクソが!」だのと
後ろで騒ぐMr.シモビッチの罵声がうるさく、集中力を削がれてしまう。
しかも揺れた拍子なのか、わざとなのか、彼の両手が激しく私の胸を掴んでくる。
「ッ、何するのよ、この変態!」
考えるよりも先に、手が動いていた。
私は懐から取り出したメスを、勢いよく彼の両手に突き立てる。
「んぎゃッ!」と叫んだMr.シモビッチがよろけて、タッチパネルに倒れこむ。
船は大きく進路を曲げ、反対方向へ進みかけるが、
タイミングを計ったかのように波へ乗り、化け物の側へと運ばれた。
正面モニターに黒い影が映ったのも一瞬で、次の瞬間には甲板から一斉の歓声。
私は急いで甲板へと駆け上がった。


「ユン兄、うえぇっ、こ、こわかったよぉぉ……」
甲板ではタオル一枚に身を包んだナナがベソをかきながら、ユンに抱きついている。
ユンもまた、震えるナナの体を優しく抱きしめていた。
ナナが脳天気にはしゃいでいた時は無視などして、冷たい態度だと感じたけれど、
彼なりに、この妹の事は大切に思っているのかもしれない。
「ナナたん、飛び込むなら俺の胸にカモォォンッ!!」
変態眼鏡は相変わらず、気持ち悪い。
唾を飛ばしてナナへ呼びかけているが、当然のように無視されている。
「ナナだって選ぶ胸ぐらいあんだろ」
恋愛感情が一番疎いカネジョーに突っ込まれているようでは、お終いだ。
ジロとスージとエルニーは、斬の側に集まっている。
そういえば、この子達、あの騒ぎの間は何処に隠れていたんだろう。
「さっすが叔父さん、かっけぇーっす!」
「ホントホント、あのオクトマーマンを撃退するなんて!」
「颯爽とナナさんを救い出すなんて、まるでナイト様のようですわね!」
皆、興奮して一斉に騒ぎ立てる。
あの怪物を追い払い、ナナを助け出したのは斬の手柄か。
船の縁から乗り出してみると、タコの後ろ頭が水平線へと遠ざかっていくのが見えた。
たった一人で巨大生物を追い返すとは、侮れない実力の持ち主だ。
というか魔砲は使わなかったのか。ここで使わないのなら、買い損ではないのか?
そう思ったが、勝ちムードに水を差すのも何なので、黙っておいた。

「島が見えましたよーッ!」
レンの叫びで、皆の意識が前方へ向かう。
水平線の彼方に、小さく見えてきたのが亜人の島だろう。
やっと上陸できる喜びに、皆が口々に「やったー!」と叫ぶ中。
ジロが怪訝に眉を潜め、斬へ囁いた。
「やっぱ、おっかしいっすねぇ……?」
「確かに」
「何がおかしいの?」
私が尋ねたらジロは驚いた顔を見せたが、すぐに答えてくれた。
「こんだけ島の領域で大騒ぎしたってのに、
 ドラゴンが一匹も現われないなんて、おかしいんッスよ」
その横で、斬も頷く。
「島で何かが起きている……と見るのが妥当だろうな」
「何かって……?」という私の質問には、誰も答えられないようだった。
ともかく、近づいてみるしかないだろう。
話している間にも、船はゆるゆると亜人の島へ向かっていく。
「……あれ、ところで今は誰が運転しているんスか?」
ジロの質問に、私はハッとなる。
そういえば、運転、すっぽかしたままだった。
「シモビッチ殿がおらんな……動かしているのは彼か」
斬の言うとおりだった。
操舵室へ行ってみると、不機嫌な顔でパネルを操作するMrと目があった。
「フン。命じられた行動を途中で放棄するとは、大した医者だよ。あんたは」
なんと嫌味を言われようと構わない。私は船乗りではないのだから。
私は肩をすくめると、再び甲板へあがる。

船は無事に島へ到着すると、座礁もせずに波打ち際で停止した。
嬉々として「上陸するの?」と尋ねるナナへ、待ったをかけたのは斬一行。
「様子がおかしい……今日は皆も疲れている、船で一夜を明かそう」
「皆もってか、疲れてんのはナナと、あんただけだろ?」と、これはカネジョー。
「いや、皆も……だ」斬が顎で示したのは、Mrシモビッチとキースとレン。
キースとレンは、ナナが囚われている間、ずっと大声で騒いでいた。
大声を出せば、体力の消耗も激しくなる。そういう意味では疲労している。
シモビッチ氏に至っては、両手から出血している。
あの時に怪我をしたのだと思われても、仕方のないタイミングだ。
まぁ、怪我を負った時間としては間違っていないのだが……
「じゃあ、新しい着替えをちょうだい。着替えてくるから!」
ナナにねだられ、ハァッと嫌味ったらしく溜息をついたエルニーが
服を一着取り出す。
「今度こそは、大切に着て下さいませね。あまり余分もないんですから」
「わかってるわよぉ〜っだ!」
べーっと舌を突き出すと、ナナは着替えを抱えて船室へ降りていく。
「あぁっ、待ってナナたん、着替えは俺が手伝っ、わったったっ!」
その後をキースが駆け下りて、途中で悲鳴と転がり落ちる騒音が響いてくる。
「あーあ、んな急がなくたって、船室は逃げやしねぇぜ?」
呆れて降りるカネジョーの背後を、ピッタリとセーラが張りついて降りる。
「カネジョーくん、私達も一緒に脱がしあいっこしましょう!」
ハァハァと鼻息の荒い彼女をジト目で見つめ、カネジョーは先を譲った。
「一人で脱いでろ、バーカ」
いや、腕を引っ張って、階段の下へ突き落としたといったほうが正しいか。
「あ〜れぇぇ〜っ」
セーラも悲鳴を残して、後は体を打ち付ける痛々しい音が聞こえてくる。
「乱暴ねぇ」
私が窘めると、カネジョーは憎まれ口を叩いて降りていった。
「じゃあ、年中発情期につきあえってのか?それだけで疲労しちまうぜ」
他の皆も苦笑しながら、船室へと向かった。

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