第九小隊☆交換日誌

報告その2:この世界の名称  【記録者:ユン】

早朝六時、異世界へ移動。
異世界へ入った直後、海へ落ちた。
海を渡り、岸へ辿り着いた時、鎧甲冑を着た二名の男に声をかけられた。
その時に、濡れた衣類の替えを渡される。
男の一人に「放浪者か?」と尋ねられ、セツナが「いいえ、旅行者よ」と答えた。
もう片方の男には、指示を受ける。
「なら酒場か宿屋に向かって着替えるといい。早く行かないと風邪をひいちまうぞ」
直ちに、街へ移動。

酒場で会議を開いた後、宿を探す。
街の住民らしき男に案内してもらった。
男の名前はバージニア。
金髪をオールバックにまとめている。垂れ目だ。
背丈は180cm前後と想定。歳は二十代と予想。
バージニア曰く、この世界では我々の通貨は通用しないらしい。
この街は『レイザース』という名称だと判明。
案内された宿の名は『酔いどれ狼の昼寝亭』。
我々はバージニアの好意の元、宿代を立て替えて貰った。


この店は、一階が酒場。二階が宿になっている。
セツナが仕切り、宿の部屋の割り振りを決める。

ナナ □  □ユン
レン □  □カネジョー
セーラ□  □セツナ
空き □  □キース

なんだ、オモブンは作図ができない仕様なのか。
意外と使えない機械だな。
ともあれ、部屋割りを上のように決めて一泊することにした。
見回りは一時間交代。
俺の見回り順番は三番目だった。


廊下を歩いていたら、キースの部屋から妙な声が漏れてきた。
「あ……ぅん……ッ、キース、だめ、そこ、だめぇ……ッ」
途切れ途切れで微かな声だったが、間違いない。この声はナナだ。
しかし、部屋は一人一部屋で割り振った。
ナナの部屋は俺の向かいだったはず。
まさか、キースがナナを連れ込んだのか?
勢いよく扉を開けると、ベッドの上に座り込んだキースが振り向いた。
「うぉっとぉ!……なんだユンか、ビックリさせないでくれ。
 俺の部屋に入る時は、必ずノックしろと約束したじゃないか」
構わず、質問する。
部屋にいるのは、キースだけだ。ナナの姿はない。
「ナナの声が聞こえた。ナナがいるのか?」
「あぁ、いる事はいる。ただし、本物じゃないんだがな」
そう言って、キースは肩をすくめた。奴が何を言っているのか判らない。
「本物ではない?偽者のナナでも作ったのか」
さらに尋ねると、キースが手に持った機械を差し出した。
「あぁ、ここにいる」
奴が差し出したのは、全長30cmほどの小さな、黒い端末だ。
モニターとキーボードがついており、二つ折り仕様になっている。
その画面に、ベッドの上に全裸で横たわるナナが映っていた。
本物より少し胸が大きい。
所謂、デフォルトというやつか。
「何だ?これは」
俺の問いに対し、キースは自慢高々に話し始めた。
「これは俺が開発した『ナナたんラブエッチゲーム』だ。
 ナナたんをベッドの上で弄くり回して、イかせまくるシミュレーションさ。
 このタッチペンでナナたんのアソコを突くと、ナナたんがアンアン喘ぎまくって」
最後まで聞かず、俺は部屋を出た。
「って、ウォイッ!人の話は最後まで聞けよッ!!」
キースが、まだ何か叫んでいたが、無視することにする。
馬鹿馬鹿しい。
調査初日の夜だというのに、ゲームなどやっている場合か。
廊下に出ると、静寂が戻ってくる。
キース以外は就寝したようだ。どの扉の前に立っても、物音一つしない。
肌寒さや外の暗さから考えて、今の時刻は深夜二時前後と推測。
次の見張りはカネジョーだ。
彼の部屋の扉を軽くノックして、中へ入る。
「……なんだ、ユンかよ。もう交代か?」
起き上がった人影が、のそのそと這い出てきた。
「あぁ」
頷き、カネジョーと見張りを交代する。
自分の部屋へ戻り、就寝。


夜が明けた。
一階へ降りたところで、バージニアと再会する。
「やぁ、お目覚めは如何かい?」
セツナが答える。
「最高ね。ところでバージ、一つ聞いていいかしら?」
「何だい?」
「この街の見どころって何?」
「レイザースの?そうだなぁ……」
顎に手をやり天井を見上げたバージが、数十秒後に答える。
「やっぱ王宮かな。中には入れないけど、外から眺めるだけでも圧巻だよ。
 それから、この店も含んだ大通りの街並みだね。
 立ち並ぶ商店を見て歩くだけでも、一日中楽しめるんじゃないかな」
「王宮があるの!?」
勢いよく椅子を退いて、ナナが立ち上がる。
バージニアは冷静に答えた。
「あぁ、あるよ。レイザースは王制度だからね。なんなら案内しようか?」
「宜しく頼む」
キースが頭をさげる。
我々はバージニアの案内により、レイザース王宮の外側を見物した。
王宮は白い外壁に一周を囲まれており、中央に高い建物が聳え立っている。
バージニア曰く、あの建物の中には白騎士団と王族、貴族が住んでいる。
王と面会出来ないのかと尋ねたが、現在は民間人のみ面会を廃止しているとの事。
残念だが、今の時点では諦めるしかない。
いずれ何らかの手段を考える必要がある。
別れ際、バージニアには、こう言われた。
「何か困ったことがあったら、このコードに連絡してくれよ」
紙切れには数字の羅列が書かれている。
乱数か?数字の順番には意味がなさそうだ。
「連絡って、どうやって?」
セーラの問いに、バージニアは虚を突かれたようだった。
しばらく間が開き、彼が言った。
「まいったな、もしかして通信機も持っていないとか?」
「通信機?一応持っているが、互換性があればいいんだが……」
キースの差し出した通信機を手に取り、スイッチを弄っていたが、
バージニアは軽く頭を振る。
「なんだ、こりゃ。君達のお手製かい?見たこともない機種だね」
「お手製ではないが、我がぐ――」
軍、と言いかけるキースのみぞおちに、セツナの肘が入る。
「ぐえっ!」と呻き、キースは、その場に蹲った。
「えぇ、彼が作ったオリジナル通信機なの。私達は、いつもそれを使っているわ」
セツナがぎこちなく笑い、バージニアも神妙な顔で頷く。
「やっぱな。悪いが、俺の持っているやつと、そいつに互換性はなさそうだ。
 んじゃあ、俺と連絡を取りたくなったら通信交換所って施設を探してくれよ。
 そこの受付に俺のコードを言えば、取り繋いでくれるからさ」
「何故、そこまで親切にしてくれるの?」と、セーラが尋ねる。
バージニアは笑って答えた。
「旅人と美人には優しくしろってのが、俺達のボスの考えでね。じゃあな、元気で!」
世の中には親切な人が多いものだ。
バージニアと別れ、大通りを歩いていくうちに、終点らしき場所へ出た。
やけに薄汚い場所だ。朝だというのに、やけに薄暗い。
日が差さない原因は、空を見上げたら解決した。
建物の屋根が重なり合って、地上を覆い隠している。これでは昼間も暗いわけだ。
「ねぇ、ここって臭くない?」
ナナが俺に話しかけてきた。
鼻を摘んで、嫌そうな顔をしている。
確かに、すえた匂いは、この一帯から放たれている。
吐瀉物と、それに排泄物の匂いも混ざっているようだ。
「汚いのは匂いだけじゃないようですね」
小さくレンが囁き、道路の脇に佇む人影を視線で示す。
薄汚れた衣類をまとった人間が数名、こちらを畏怖の眼差しで見つめている。
「貧困街って処なのかしら」
セツナも眉根を寄せて、周囲を見渡している。
なおも歩いていくと、五人の男達に道路を塞がれる。
一番横幅の太い男が、俺に話しかけてきた。
「よぉ兄ちゃん、綺麗な姉ちゃんをはべらせて、どこへ行こうってんだい?」
「この道の終わりは、どうなっているのかを調べに」
「この道の終わり?貧困街に終わりなんてねーよ!」
男達は爆笑した。
道に終わりがないだと?意味が判らない。
道として作られている以上、いずれは終点があるはずだ。
「どいてくれ。俺達は奥まで調べたいんだ」
キースが頼んでも、彼らに道を譲る意志はないようだ。

さて、どうする……?

「どけっつってんだよ!!」
指示を出す前に、カネジョーが動いた。
レンの鞄に手を突っ込み、散弾銃を取り出すと、四方一面へ向けて発射する。
幸い弾は誰にも当たらず、男達は散り散りに逃亡した。
「ケッ。カッコだけのチキン野郎どもが」
ペッと唾を地面に吐いたカネジョーには、レンが涙目で詰め寄っている。
「ちょ、ちょっとぉぉ〜、死ぬかと思ったじゃないですか!
 カネジョーさん、威嚇射撃するならするって先に言って下さいよォォ」
「アホか!先に言ったら威嚇になんねーだろうがっ」
詰め寄るレンを押し戻した直後、今度はセーラに抱きつかれる。
「いや〜ん、もぉっ、カネジョーくんてば格好いいっ!男前!素敵!愛してるっ!!」
「あー、もー、ウゼェッ!抱きつくなッ、暑苦しいッ!!」
もみ合いを続ける二人を無視し、俺はナナに言った。
「奥へ行こう」
ナナが即答する。
「は〜い!」

奥は、行き止まりの袋小路だった。
俺達は来た道を戻り、宿まで戻ってくる。
戻ったところで、キースに言われた。
「ところで長く滞在するなら金は必要だよな。どうするんだ?滞在費」
言われるまでもない。
ずっと考えていた事を、俺は全員に話した。
「俺達の世界の通貨は使えない。従って、まずは仕事を探す」
「え〜!?」
全員が文句を言っていたが、予断は許されない。
さっそく宿の主人と交渉する。
セツナが得意の口車により、当分の宿代を後払いにする約束を取り付けた。
宿で働き口を探す予定だったのだが、これはこれでアリとしよう。
当分はレイザースの『酔いどれ狼の昼寝亭』を拠点とし、調査を始めることとする。

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