第九小隊☆交換日誌

報告その14:レイザース滞在 【報告者:多数】

ハリィがジャネスから魔術師を連れてくるまでの二日間。
我々は、レイザースに滞在することになった。
人捜しは傭兵に一任し、街を探索しておく。
それがユン隊長の決断だった。
しかしレンは疲労のため、宿に残ると主張。
彼女の世話をする人間が必要だ。
私も残ると言うと、隊長は快く承諾してくれた。
オモブンをナナに託し、街の様子を書き記して貰うことにした。



天気は良好、丘の上から見下ろした街の景色もサイコー!
こうやって上から眺めてみると十間隔で並べられてんのね、建物。
これで変態眼鏡が一緒じゃなかったら、良かったんだけどな〜。
レイザースの街は広いので、あたしとユン兄とキース。
それからカネジョーとセーラさんとで二手に分かれたんだ。
レンが一緒だったら、二人ずつで分かれられたんだけど
あの子、具合が悪いから宿に残るって言い出して……
大丈夫かな?セツナ先生が一緒だから、平気だとは思うけど。
あ、そうそう。それより街の様子だよね。
しっかり記録しておかないと、セツナ先生に怒られちゃう。

レイザースはねー、すっごく広い!って印象かな。
十間隔区切りで建物が並んでいるのが、街の中心部。
そこから、ちょっと横道に逸れていくと貧困街。
ここは、来たばかりの頃にも迷い込んだことがあったけど
ほんっと汚い。あちこちに食べ物のカスやゴミが落ちてるし。
それに、なんていうか周辺に充満している匂いも最悪。
何日もお風呂に入っていない人の匂いっていうか……
あーもー、息が詰まる!鼻で息できない!
こんなとこ、十分もいたら死んじゃう!
すぐに、あたし達は街の中心部に逃げて来ちゃった。
んで、今は丘の上にいるんだけど。
キースが通信機でセーラさん達に指示を入れていた。
「お前らが貧困区を調べてくれ」とか、なんとか。
ナイス、眼鏡!たまには役に立つじゃないの。
「写真は一通り撮れたし、お次は情報収集といくか」
通信を終えた眼鏡が一人でブツブツ言って、歩き出す。
ちょっとちょっと、ドコへ行くつもりなの?
「酒場で情報収集か」
ユン兄がポツリと呟いて、あたしを振り返る。
「ナナ、行くぞ」
「酒場って、どこの?」
「どこでもいい、この辺りの賑わっている酒場で充分だ」
あたし達が話している側から、キースが酒場へ入っていくのが見えた。
なんなのよ、あいつ。
ユン兄に話を振らないで、勝手に行動を進めるなんて。
あたしの不満顔を、どう受け取ったのかユン兄が珍しく苦笑した。
「……不満か?」
「えっ!?」
「キースがお前に打診しなかったのは、
 酒場へお前を連れていきたくなかったんだろう。
 危険も多いからな。だが単独行動は、より危険だ。行くぞ」
ちょ、ちょっと待ってよユン兄!
それだと、あたしがキースに誘われなくてヘソ曲げてるみたいじゃないっ。
べ、別に誘われなくて怒っていたわけじゃないんだからね?
隊長に指示を仰がないで単独行動を取った件を怒っていたんだから!
勘違いしないでよね!ホンットーに。
あ、入る前にお店の名前を確認っと。
なになに、『野良犬の遠吠え亭』……?変な名前っ。


中心街にある酒場って言ってもピンキリなのね。
このお店は、うわ、これホントに中心街のお店なの?って感じだった。
はっきり言っちゃうと、汚い。掃除しているのかどうかも怪しい。
床なんて、汁物をこぼした跡が残っているし。
よく営業できているよね、これで。
キョロキョロするあたしを背に、キースが店長へ尋ねた。
「この辺りで最近、変わったことは起きなかったか?」
は?なんで、そんなの聞いてんの?関係ないじゃない。
首を傾げるあたしの袖を、ユン兄が軽く引っ張ってくる。
無言の指示で近くの椅子に腰掛けたあたしへ小声で囁いてきた。
「気がつかなかったのか?」
「何が?」
質問に質問で返しちゃったけど、だって判らなかったんだもん。
ユン兄は気を悪くするでもなく話を続けてくれた。
「街一帯に不穏な空気が漂っている」
「……どういう意味?」
「何かが起きたのかもしれん」
どういうこと?ボブ達は何も言ってなかったけど。
「俺達が出発した後、何かが起きたようだ。
 人々が、それとなく殺気立っている」
え〜?でもでも、道を行き交う人は穏やかな顔をしていたし
表通りに面した店の人達だって、笑顔を浮かべていたよ?
殺気立っていたら、お店なんて全部閉めちゃうんじゃないかなぁ。
あたしの推理にも、ユン兄は眉をひそめて首を真横に振った。
「彼らも気付かれまいとしているようだが……
 ふとした立ち振る舞いから、不安が漏れている」
う〜ん、その不安とやらを変態眼鏡も感づいたってわけ?
だから店長に最近の出来事を聞いているの?
ユン兄が気配を感じたっていうのは、なんとなく納得だけど
あの眼鏡にそんな繊細な真似、できるのかしら。
「ユン、やっぱりだ」
キースが戻ってきて、ユン兄に小さく耳打ちする。
ちょっと、こっちにも教えなさいよ。
あたしだけ、のけ者なんて酷くない?
あたしの顔をチラッと見て、ユン兄が小声で教えてくれた。
やっぱユン兄は優しいな〜。どっかの眼鏡と違って。
「貧困街で人さらいが発生しているそうだ」
「人さらい……誘拐?」
「そうだ」と一旦言葉を切って、ユン兄が立ち上がる。
奥の席に移動して、ユン兄が続けた話によると――

最近、といっても、あたし達が亜人の島へ行っている間だけど。
レイザースで、誘拐事件が多発するようになったんだって。
誘拐事件そのものは、前も起きていたらしいんだけど
その時の犯人は、既に割り出されて解決したみたい。
前回は女性ばかりが狙われて、惨殺死体で発見されていたんだって。
今回も、誘拐されるのは若い女性限定で。
一週間ばかり行方知れずになった後、ある日突然戻ってくるらしいの。
スッポンポン、つまり身ぐるみ剥がされた裸の状態で
川からプカプカ流れてくるんだって。それも、死体となって。
前回は貧困街の住民限定だったけど、今回は中心街の住民も
ターゲットにされているから、皆、内心では恐くて堪らないんでしょうね。
金利目的なら、まだ原因が分かるだけ安心できるけど
今のところ、お金を要求された家族もいないらしくて、訳がわかんない。
「王様に頼んだりしないのかしら?街の警備とか」
「大ごとにしたくないんだろう」と、ユン兄。
キースも眼鏡のフチを指で押し上げて、つけ足した。
「店長は大ごとにしたいようだったが、宮廷へ事件を持ち込むには
 手続きが面倒且つ金もかかるってんで皆、二の足を踏んでいるらしいな」
「だが、いずれは宮廷騎士達も気付く。
 いや……俺達が気付かせてやる事もできる」
ユン兄の言葉に、あたしは驚いた。
何に驚いたって、ユン兄がやる気になっている点!
いっつも何の話題をふられても、気乗りしなさそうなのに。
どうしちゃったんだろ?一体。
「えっ、じゃあ、あたし達で直談判してくるの?王様に」
島探検の報酬があるから、費用は何とかなりそうだけど。
でも、会ってくれるかな?王様が、見ず知らずのあたし達に。
「いや、それは無理だろう」と即座に却下したのは変態眼鏡。
「いくらナナたんが可愛くても、王様が会ってくれるとは思えんな」
こんな時に場違いなお世辞を飛ばされても嬉しくないってば。
「そうだな」
ユン兄、そこで頷くの?やだぁ、テレちゃうじゃない。
ユン兄に可愛いって褒められるのは悪い気がしないけど、ね。
「だが俺達は無理でも傭兵やハンターなら、どうだ?」
「ますますもって、無理だと思うがね」
あ、また二人だけで話を進めてるぅ〜。
あたしも混ぜてってば。あたしだって仲間でしょ?
「ねぇ、ユン兄……」
軽く身を乗り出して、ユン兄に話しかけた時。
後ろから、むんずと胸を両手で掴まれた。
――えっ、誰!?
変態眼鏡はあたしの真横に座っているから、掴めないはずだし!
「てんめぇぇッッ!!」「このッ!」
あたしがキャーって叫ぶよりも早く、ユン兄と眼鏡が動いた。
あたしの背後にいるんであろう相手の顔と胴体に
それぞれユン兄の拳とキースの足がクリーンヒットォ!
「ブギャッ!」と豚の悲鳴みたいな声をあげて倒れた人を
あたしは、マジマジと振り返る。
なんなの?この人。全然見たことない顔なんだけど。
髪の毛は金髪。ユン兄より、ちょっと短いぐらいの髪型で。
顎と鼻の下にヒゲを生やしている。
着ている服はヨレヨレで、いつ洗濯したの?って感じ。
「……誰?この人」
あたしの問いに、キースが答える。
「知らん。通りすがりの変態だろ」
酒場の中に通りすがるもんなの?変態って。
まぁ、あたしの目の前にもいるけど、変態は。
「駄目だよ〜、リツトンさん!
 うちの客にセクハラすんのはやめてくれって前にも言っただろ?」
店長が駆け寄ってきて、倒れた男の人を介抱する。
かと思えば、あたしにも困った顔を向けて謝ってきた。
「すいません、うちの常連が迷惑かけちゃって……
 リツトンさん、普段は、もっと紳士なんだが
 娘さんが行方不明になってから、ずっとこんな調子なんだ」
「行方不明?もしかして」って、あたしが聞いているっていうのに
変態眼鏡が声を大に、会話を邪魔してきた。
「気の毒だからって何をしてもいいってもんじゃないだろ。
 ナナたんの胸を触ってもいいのは、俺だけだ!」
うぅん、邪魔してきただけじゃない。
チョーシに乗って、あたしの胸をぎゅむっと掴んでくるもんだから。
あたしは反射的に、変態眼鏡の横っ面にグーでパンチを入れちゃった。
「ギョボッ!」
妙な悲鳴をあげてキースは倒れちゃったけど、あたしは悪くない。
悪いのは、乙女の胸を鷲掴みにしてくる変態のほうでしょ。
ついでに眼鏡も割れちゃったけど、あたしのせいじゃないもんね。
悪いのは全部、チョーシに乗った変態眼鏡。
絶対に謝ってあげないんだから。

しばらくして、目覚めたリツトンさんに話を聞いたんだけど
あたしに抱きついたのは、娘さんと間違えたらしい。
嬉しくて、つい抱きついちゃったんだって。その気持ちは判るわ。
一人娘が行方不明だもの、心配で仕方なかったんだよね。
ペコペコ恐縮するリツトンさんを慰め、当時の状況を尋ねた。
娘さんがいなくなったのは、二日前の夜。
路地裏にある魔法薬店に行くと言い残して、消息を絶ったんですって。
あたし達は、そのお店へ行ってみることにしたの。
寄り道している場合じゃないってキースは渋っていたけど
変態に意見する権利なんて、ないんだからねって黙らせてやったわ。
お店の名前は『クリーンストーン・ハイ』。
路地裏ってのは中心街にある細い小道を、そう呼んでいるみたい。






「くそ……どこに消えたってんだ、ナナたんは!?」
キースが店内の壁を叩いているが、出てくるのは埃ばかりだ。
俺達は今、クリーンストーン・ハイにいる。
魔法薬とやらを扱う、怪しい販売店だ。
レイザース国民が行方不明となった原因を調べるべく、
聞き込みにやってきたのだが、ナナまでもが行方をくらました。
残されたのは、ナナのつけていたオモブンだけだ。
店に入ってすぐ、床の上に丸いサークルが描かれているのを
キースが発見した。
そしてサークルの上に立った瞬間、ナナは消えた。
瞬間移動装置なのか?
しかし、俺とキースがサークルの上に乗っても何も起きない。
ナナだけに反応したとしか思えない。
いや、正確には若い女に反応した。そう考えるべきか。
店内には誰もいない。俺とキースの他には。
店とは名ばかりで、売り物が一つも置かれていない。
もし誘拐事件と、この店が何らかの関連性を持っていたとすれば。
ナナが危ない。殺されて、裸にされて川に捨てられる……?
冗談じゃない。そんな真似、させるものか。
だが、どうやって後を追えばいい。
ナナは、俺達の前から忽然と消えてしまったのだ。
「そうだ!こいつを使えば、追尾できるッ」
キースが荷物から、黒い端末機を取り出した。
あれは……奴ご自慢のゲーム機か?
こんな時に、ゲームなどしている場合か。
ナナが、ナナが死ぬかもしれないんだぞ!
「いいかユン、このゲーム機はヴァーチャル操作にも対応していて
 カメラで取り込んだ被写体と連動して居場所を特定できるように
 なっているんだ」
長々と説明されても、俺にはゲームの知識などない。
「簡素に説明してくれないか」
俺の頼みに、キースは多少気を悪くして答えた。
「つまりバカにも判るように説明すると、だな。
 被写体を物体判断探索機能で追尾できて
 タッチペンでゲーム画面の美少女を突けば
 目の前の被写体もアハンウフン するってわけだ」
バカにされたが、今は言葉のあやに腹を立てている場合ではない。
「追うぞ!」
俺の号令に頷くと、キースは端末機片手に表へ飛び出した。
店の奥ではなく、外にいるのか。
来た道を全速力で走り、表通りを通り抜ける。
やがて俺達は、港へ辿り着いた。

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