第九小隊☆交換日誌

報告その10:亜人の島・二日目  【報告者:キース】

俺達が本気で心配していた間、女医とキャッキャウフフしていたとは
ユンの奴……コミュ不全のくせして、手が早いじゃないか。
だが、ユンがセツナ女医とくっつくってんなら好都合。
ナナたんは俺が幸せにしてやるぜ。


島に上陸、二日目の朝。
皆より早めに起きた俺は、テントをそっと抜け出した。
いや、本当はナナたんにおはようのチュウをしてあげたかったんだが、
ナナたんは頭まですっぽり、寝袋に収まっていたのだ。
チャックを降ろそうもんなら、音でユンやカネジョーが目を覚ましちまう。
そういったわけで、テントを抜け出し外の様子を探ることにしたってわけだ。
俺が一番早く起きたのかと思いきや、外には黒づくめの男・斬が立っていた。
そうそう、書き忘れていたが、俺達と斬達は別々のテントを張っている。
女医が提案したんだ。
俺達のテントは、きっちり定員しか入れないからな。
例の冒険家は、斬グループのテントに入ってもらった。
しかし、あっちって女が一人だろ?
夜は、きっとムフフのお楽しみタイムになっていると俺は踏んでいる。
それはともかく、俺は早起き一等賞の男へ声をかけた。
「よぉ」
黒頭巾の隙間からチラリと俺を見て、斬が答える。
「キースか」
「他の連中は?まだ寝ているのか」
「うむ……」
ユンほどではないが、こいつも口数の少ない男だ。
彼は何処か遠くを見る視線で空を見上げながら、話を続ける。
「先ほど、森の奥まで様子を見てきた」
「偵察か?だが、一人で行くってのは感心しないな」
「大丈夫だ」
そう言って、斬は頷く。
何が大丈夫なんだか知らんが、やけに自信ありげだ。
「今日は賢者の庵まで行ってみようと思う。
 無論、異存があるなら聞いておこう」
賢者の庵だって?
この島に、人が住んでいるっていうのか。
首を傾げる俺へ、彼は丁寧に説明してくれた。
「呪術者ドンゴロは、この島に住んでいる。
 もう八年ほどになるか……亜人に呼ばれて、庵を建てたのだ」
待て、ドンゴロの名前は見た覚えがあるぞ。
そうそう、女医の報告にあったんだ。
賢者とスージは呼んでいたが、呪術者でもあるらしいな。
俺があまり驚かないのを見て、斬のほうが驚いたようだった。
「知っていたのか?」
「あぁ、まぁ……な。仲間が、あんたのツレから聞いたらしいぜ」
しばし眉間に皺を寄せて考えていたが、斬はボソッと吐き捨てた。
「なるほど、スージか」
一発でバレていやがる。
よっぽど普段から口が軽いんだな、スージって奴は。
「あら、早起きなのね。二人とも」
起き出してきた女医が、俺達に声をかける。
他の連中もテントを出てきたので、俺は斬の意向を皆へ伝えた。
「賢者ドンゴロ様?あれっ、それって確か……」
首を傾げるナナたんを、すかさずレンがフォローする。
「亜人の島に住んでいる方ですよね!」
「えっ?どうして知ってんだ、お前らが」と驚いたのはジロ。
いや、エルニーもだ。
スージも驚いているが、こいつは別の理由でだろう。
女医が涼しい顔でフォローのフォローを付け足した。
「ごめんなさいね、スージ君。
 私達研究者は、情報を共用しないといけない決まりがあるの」
俺にとっても初耳だが、そういう事にしておいた方が動きやすい。
いちいち説明するのも面倒だ。


テントを畳んだ俺達は、一路、賢者の庵を目指した。
森を抜けて、反対側の浜辺へ出る。
道中、また木々に襲われるんじゃないかとハラハラしたが
一度も襲われることなく、俺達は賢者の庵とやらに到着した。
庵というより、吹き抜けのあばら屋といったほうが正しい建物だ。
なんせ、この建物には壁がない。いや、壁もなければ屋根もない。
四本の柱が、虚しく浜辺に立っていた。
「ここが呪術師ドンゴロ様のおうち……?」
首を傾げる女医へ、斬が低く呟く。
「おかしい」
誰が見たっておかしいだろ、庵がなくなっているんだから。
「ここも、以前見た時は庵が建っていたはずだったのか」
俺が尋ねると斬は頷き、四方へ素早く気配を探る。
俺達も武器を手に取り、油断なく身構えた。
そんな中、シモビッチ氏と斬の仲間の三人組だけは余裕だ。
武器を持たなきゃ気配を探るでもなく、ぼけーっと立っている。
「また、どっかへ引っ越しちゃったんじゃないですかぁ?」
などと言っているのはスージだ。脳天気にも程がある。

突如、頭上を大きな影がよぎった。

「なっ、なんだァ!?」
慌てて空を見上げると、でかいトカゲが空を飛んでいる。
なんだ、ありゃ!?
「ドラゴン……?残っていたのか」
斬の呟きに、俺はすかさず問いかけた。
「ドラゴンって何だ!」
だが奴の答えはシンプルで、「この島の住民だ」だと言う。
いや、そういう事を聞きたいんじゃない。
あれは、どういう生態の生き物なのかと――
だが、俺達に質問する余地は与えられなかった。
謎の生物ドラゴンが、俺達のいる浜辺へ着陸してきたからだ。


浜辺は、まるまるドラゴンに占拠されちまった。
それにしても、巨大な生き物だ。
実際に計ってみたところ、メジャーが途中で足りなくなった。
目算で考えて、ざっと30メートルといった処か?
「こいつは、何を食うんだ?」と、俺は斬に尋ねたのだが。
答えたのは、斬ではなく。
「こいつじゃないヨー、アルだヨー!」
俺の真横から声が聞こえる。すなわち、ドラゴンの体から……
こ、こいつ、人語を解せるのか!?
「しゃべれるのかよ!?」「ウッソー!」「しゃ、しゃべった!?」
口々に騒ぐ俺達を見て、満足げなドヤ顔でジロが言う。
「ドラゴンは俺達より賢いからなぁ〜。
 人間の言葉を話すなんて朝飯前ッスよ。な?アル」
しかも、知りあいだ。
アルと呼ばれてドラゴンが頷く。
「そうだヨー、すごいんだヨー、ドラゴンは!」
「アル、人間体型に変身してくれ。そのままでは話しづらい」
斬に言われ、再び頷いたドラゴンの体に、劇的な変化が訪れる。
みるみるうちに尻尾が縮んでいき、お尻の皮膚に引っ込んだ。
かと思えば、今度は背中の羽根も同様に縮んで体内に収められる。
ググッと全身の幅が小さくなり、やがてドラゴンのいた場所には
一人の少女が姿を現す。
この目で見ても信じられないが、これが『変身』って能力なのか。
現れた少女は、どこから見ても人間だ。爬虫類じみた面影はない。
褐色の肌に黒々とした短めの髪の毛。
ボロシャツとしか形容しようのない、小汚い服を着ていた。
大きな瞳は好奇心で輝いている。
俺達がドラゴンを珍しいと思うように、少女も俺達が珍しいんだろう。
ドラゴンの名前はアルニッヒィ。通称・アル。
亜人の島に古くから住んでいる種族なんだそうだ。
何を食べるのかについては「肉だヨ!」と嬉々として、答えやがった。
肉って何の肉なんだ。
聞いてみたいが、答えが恐ろしいな。
「へぇ〜、お肉が好きなんだ。でも、野菜も食べなきゃ駄目よ?」
ナナたんが、ちょいっとアルのおでこをつっついてやる。
可愛いな。そうやって並んでいると、まるで良いお姉ちゃんだ。
「お肉って、魚?鳥?」と禁断の質問を繰り出したのは、レンだ。
対してアルは「全部!全部ダヨー」と答えになっていない返事をする。
「俺はナナたんのお肉が好物だよ」
ちょっとジョークを飛ばしただけなのに
たちまちナナたんの眉間には無数の縦皺が生み出された。
「キモイ事言わないでよ、このキモ眼鏡!」
なにがどうあっても、眼鏡呼びか……俺の事は。
もしかして、眼鏡イコール俺への悪口のつもりなのか?ナナたんは。
「アル、ドンゴロ様は何処へ行かれたのだ?島の様子もおかしい」
斬がいきなり本題に入り、アルも顔を曇らせる。
「黒い、悪いのが島にきたヨ。
 マスター、そいつを追いかけて行っチャッタ。
 アル、独りボッチで寂しかッタ……ケド、ミンナが迎えにきてくれタ」
すん、と鼻をすすり上げるアルに、女性群は同情の表情を浮かべている。
一方でユンは無表情。
カネジョーは砂を収集しているし、ジロに至っては鼻をほじっている。
お前らなぁ……無関心にしろ、もう少し聞く態度ってもんがあるだろ。
「奥には仲間もいるのか?皆、無事なのか」と、斬。
アルは頷き、森へ目をやった。
「ミンナ無事だヨ……マスターが守ってくれタから」
「黒い奴って、もしかして……」
思い当たる節でもあるのか、スージが呟いた。心なしか、顔色が悪い。
「恐らく、な」と頷き返す斬へ、女医が割り込んだ。
「誰なの?」
互いの顔を見交わした後、斬が答える。
「……ジェスター=ホーク=ジェイト。反逆の黒騎士だ」
答えてもらっておいて悪いんだが、当然の如く俺達の知らない名だ。
しかし女医はハッとしたように口元へ手を当てて、驚愕を示す。
「なんてことなの……!」
その顔からは『誰なの?その人』なんて本音は微塵も伺えない。
なかなかの名女優だな、医者のくせに。
渋い顔で斬は目を瞑り、スージはすとんと座り込む。
二人とも、セツナのポーズを疑ってもいない。
本気でショックを受けたと、思っているんだろう。
「それで黒い悪いジェスターは、どこまで逃げて行っちゃったの?」
ナナたんがアルに尋ねると、アルは力なく項垂れた。
「ワカンナイ……島を、出てったトコまでは見送ったヨ……」
「じゃあ、ドンゴロ様も一緒に?」と、これはレン。
アルは今度も頷いて、涙に濡れた瞳を俺へ向けた。
「ケド、黒いのが連れてきたヘンなの、残ってるノ。
 あいつら追いだしてヨ、お兄チャン……!」
えっ、なんで俺に頼むんだ?
そういうことは知りあいに頼め、知りあいに。
例えば、そこにいる斬やスージで充分間に合うだろう。
「お兄ちゃんって、俺に言っているのか?」
勘違いだったら恥ずかしいので尋ねてみれば、アルはこくんと頷く。
「ウン、お兄チャンからはソロンの匂いがするヨ。
 ソロンと同じ匂いがする……安心する匂い」
誰だよ、ソロンって。そんな名前の奴、今までに出てきたか?
俺が困惑の目で斬へ助けを求めると、奴も驚愕の眼差しで俺を見ている。
なんだ、その目。そんな目つきで見られる覚えもないぞ。
斬が俺に尋ねてきた。
「ソロンと同じ匂い……お主達、まさかと思うが異世界の住民なのか?」
その、まさかだ。
しかし、まさかドラゴンに見破られるとは。
『異世界の住民』なんて言葉がナチュラルに出てくる斬にも、驚いた。
こっちの世界の住民も、異世界の存在を信じているのか。
返事に窮し、黙りこくった俺の代わりにセツナ女医が答える。
「その通りよ。
 できれば帰還するまで、秘密にしておきたかったけれどね……」
おいおい、あっさり白状してしまって大丈夫なのか?
と、ユンを見れば、無表情だった奴の眉間にも細かい皺が寄っている。
俺と同じく何と答えるか迷っている間に、女医に先を越されたか。
「ちょ!言っちゃっていいのォ!?」
素っ頓狂な声を張り上げるナナたんを宥めているのはセーラだ。
「仕方ないでしょ。匂いでバレるキースが悪いんだもの」
しかも、さりげなく俺に罪を被せている。
悪かったな、だが俺だって驚いたよ。
匂いで出身を判別する生物がいるなんて、思いもしなかったぜ。
「へぇー、あんたらも異世界の住民だったのか。
 けどソロン達とあんたらは、あんま似てねーよなァ」
鼻をほじっていたはずのジロも、いつの間にか会話に参加している。
だが、だんだん判ってきた。
俺達の前に、この世界へやってきた異世界人。
それが『ソロン』という奴だ。
アルはソロンと接触したことがあるから、俺達からも違和感を覚えた。
大方、そういうことだろう。
改めて、俺達は自己紹介する。

サイサンダラの空に突如として現れた異世界への扉。
扉の向こうを調査するために派遣されたのが、俺達だ。
俺達はセルーン国に所属する海軍で、海の戦いには慣れている。
ただ一部の兵士、ナナたんやレンは新米だから、大目に見てやって欲しい。

そういった事を話すと、シモビッチ氏が鼻を鳴らす。
「ふん、ただの研究者ではないと思っておったら、やはりな」
というか、居たのか冒険家。
「シモビッチさんも斬さんも、あまり驚かないんですね」
レンの言い分に、斬は「前にも会っているからな」と答える。
シモビッチ氏は「ドラゴンに比べれば、異世界の住民など!」
と答えてから、改めて、ずさっと後ずさって付け足した。
「――って、異世界の、住民だとォォォッ!?」
遅いだろ……驚くの。
ともあれ、素性を話したおかげで、だいぶ気は楽になった。
浜辺で昼食を取った後、俺達はアルの案内で森の奥へ向かう。
彼女の仲間、ドラゴンのいる集落へ。


また森の中を歩くハメになったが、相変わらず木々は襲ってこない。
初日に襲われたユンは一体何だったんだ?と首を傾げるほどに。
「今度こそナナたんが襲われるんじゃないかと期待したんだが」
思わず独り言を呟くと、間髪入れずにナナたんが応えた。
「そんな展開、キースの妄想内だけで充分よ。ねっ、レン?」
無視しないで、ちゃんと反応してくれるのが可愛いよな。
俺も大人しく、自分の脳内で妄想することにした。
ユンが木にされた行為を、思い出してみよう。
あの時、木の枝はユンの乳首と股間を集中的に狙っていた。
これをナナたんに置き換えると、そうだな、服はビリビリに破かれて
ぽろんとお目見えしたピンクの乳首に枝が巻き付くわけだ。
「んっ、いや、だめぇ……っ」って甘えた声をあげるナナたんに
でも、枝は容赦なしにパンティの中へも侵入してくるんだ。
割れ目をなぞられて仰け反る間にも、枝がナナたんの秘部に――
「危ないヨ!お兄チャン!!」
ゴンって音がしたのと、俺の目の前が暗くなったのは、ほぼ同時だった。





あぁー、痛ェ。
目を開けた俺が見たのは、覗き込むユンの顔。
そして、額に乗っけられた冷たいタオルの感触だった。
「キースが倒れた。今日は、ここで野営を張る」
「了解」
そんな会話を聞きながら、再び俺の意識は遠のいていった……

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