精霊の末裔

ギルドマスター、ジロ、お元気ですか?
私は今、レイザースの最南端、クレイズバードに来ています。
ソウマと一緒に精霊族の生き残りを捜して出た旅ですが、一人も見つからず、ここまで来てしまいました。
きっともう、この世界に生き残りはいないのだと思います。
私とガロンの二人しか。
あと少し探してみて、駄目だったら戻ります。
それでは、また。


「これから、どうする?」と、ソウマ。
「どうって?」と聞き返してから、ルリエルは傍らに座る巨大犬ガロンの背を撫でた。
ソウマもガロンを一瞥し、重ねて問いかける。
「ここでも見つからなかったら、どうするかと聞いたんだ」

レイザースの街という街は、しらみつぶしに当たってみた。
その、どこにも精霊族は住んでいなかった。
クレイズバードより南に、街も島もない。ここでも見つからなかったら、旅を終わりにするしかない。
精霊族の生き残りを捜そう――
先に言い出したのは、ソウマだった。
このワールドプリズでは異質の存在であるルリエルに、同情したのだ。
魔族の襲撃に遭って精霊界が壊滅する寸前、ルリエルとガロンは人間界へ逃げ込んだ。
瓦礫の山、崩れかけた遺跡の中で、ハンターのジロが彼女を見つけた。
その日以来、ルリエルとガロンはハンターギルド「HANDxHAND GLORY's」の一員となる。
ギルドの面々は極力彼女に優しく接してきた。
それは、ソウマも知っている。
しかし、どれだけ月日が経とうとも彼女がワールドプリズの住民に心から染まりきれたとは言い難い。
彼女自身が心の奥に壁を作っているだけではなく、彼女の持つ精霊の力が異端極まりないからだ。
回復と攻撃。相反する魔法のどちらも使える者など、この世界には元々存在しない。
魔族との交戦でも、勝利の鍵を握ったのは呪術師ドンゴロとルリエルの二人であった。
この功績で、それまで無名の存在であったルリエルは、瞬く間にワールドプリズ全土に名を知られることとなる。
だが強すぎる能力は、いずれ憧れから恐れに変わる。
クラウツハーケンにも、そのうちルリエルとガロンの居場所はなくなるだろう。
そうなる前に『仲間』を見つけ出してやりたかった。
彼女の仲間は、自分やジロ達ではない。精霊族の生き残りこそが、ルリエルの本当の仲間だ。

「戻るわ」
ルリエルの返事は簡潔で、素っ気なかった。
「戻るって?」と思わず聞き返してから、そっとソウマが付け足す。
「ギルドに、か?」
「そう」
短く、淡々としている。
いつもそうだ。彼女の返事は。
この二人旅で、何かが変わると期待していたわけじゃない。
自分の気持ちにルリエルが振り向いてくれる、そんな淡い希望を抱いていたわけでもない。
しかし彼女がギルドを己の居場所とするならば、他のメンバーにも心を開いてくれたっていいんじゃなかろうか。
ルリエルは一貫してジロにしか、まともな返事をよこさない。
ギルドマスターの斬ですら、眼中にないようであった。
瓦礫の山からルリエルを救い出したのが、ジロだったから?
だが直後の危機――モンスターに襲われて間一髪の処を救ったのは斬だという話だし、命の恩人を無視してジロだけ相手にするというのは、どういう了見だろう。
ジロには、特別な感情を持っているということか?
それだけは、どうにも認めがたいソウマであった。
ジロは万年やる気がないし、いつでも死んだ魚の目をしているし、なんといっても超がつくほどの守銭奴だ。
仲間に対する思いやり――特に自分に対しての気遣いというものを見た記憶が、ソウマにはない。
ソウマが悶々としていると、珍しくルリエルのほうから話しかけてきた。
「どうして聞くの?そんなことを」
「あ、いや……」
じっと見つめられは、柄にもなく焦ってしまう。
「ルリエルは、俺達を仲間だと……認めてくれている、のか?」
「えぇ」と、やはり言葉少なではあったが、ルリエルは素直に頷くと。
逆にソウマへ尋ねてきた。
「ソウマは、違うの?」
「えっ。い、いや、俺は仲間だと思っているぜ、ルリエルの事を」
慌てて言い繕ったものの、本当は違うという考えが脳にこびりついていて離れない。
ルリエルの仲間は精霊族だ。俺達は仲間じゃない。
彼女を保護し、生活の支援をしてやった、単なるお節介人間グループだ。
「私だけ?ジロもスージも、エルニーも仲間でしょう。それに、斬とガロンも」
そんな言葉を、彼女のくちから聞くとは思わなかった。
ルリエルはジロ以外、全く相手にしていないように見えた。
ジロ以外は仲間じゃない、そう思っていてもおかしくない態度をとり続けた真意は一体何なのだ?
ポカンと呆気にとられたのも一瞬で、すぐにソウマは切り返した。
「君がジロや俺以外にも心を開いていたとは意外だな。てっきり、スージとエルニーは仲間だと認めていないんだとばかり思っていたよ」
ソウマの皮肉にも、ルリエルは無表情で答える。
「そう、思いたいの。そうじゃないと、私は今度こそ居場所を失ってしまう」
「そう思いたい?」ということは、今はまだ仲間だと認めていないんじゃないか。
突っ込もうとするソウマより先に、ルリエルが口を開く。
「あのギルドでは皆が私に優しくしてくれる……でも」と一旦言葉を切り、ルリエルは顔を伏せる。
「でも?」と話の続きを促すソウマへ小さく頷くと、彼女は顔をあげた。
「皆、仮面をつけている。ジロ以外は。エルニーは憎悪、斬は憐憫、スージは着飾った言葉、そしてソウマ、あなたもスージと同じ」
「えっ!?」
自分が、あのヘタレなポニテ野郎と同類だと思われては、たまったものではない。
「ジロは……私が何者であろうと、他の人達と接するように扱ってくれた。仮面で偽ることなく、感情を激しくぶつけてくることもなく」
憤慨するソウマをよそに、ルリエルは淡々と己の内にあるジロへの想いを打ち明ける。
「エルニーだって自分に正直だと思うけどな。あぁ、もちろん俺だって」
ソウマの反論をも遮り、ルリエルは首を真横に振った。
「違う。あなた達は、ジロとは違う」
「どう違うっていうんだよ?エルニーの憎悪ってな、君がジロとばかりイチャイチャするから発生する、要は嫉妬じゃないのか?」
つい口を滑らせてしまった。まぁ、いいだろう。
エルニーがジロ絡みでルリエルに嫉妬しているなど、ギルメンなら誰もが承知の事実だ。
気付いていないのは当のジロぐらいなもので。
あの死んだ魚のような濁った目をした男は、恋愛には馬鹿じゃないかってほど鈍感であった。
「あなた達は、本当の自分を私に見せまいとしている。エルニーはジロを好きなのにジロの前では意地を張り、ソウマ、あなただって本音ではジロを仲間と認めているんでしょう?なのにギルドで一番慕われているのが彼だから、実力はあなたのほうが上なのに――」
「冗談はやめてくれ!」
思わず声が裏返った。
そんなんじゃない。
そんなんじゃないのだ、ソウマがジロを嫌いな理由は。
だが適当な嘘を並べても取り繕っても、ルリエルには通じまい。
それをされているからこそ、ジロ以外の面々には心を開けない――そう告白した、彼女には。
ここは正直に腹を割って話すしかあるまい。
心なしか赤面しつつ、ソウマは正直に己の心情を暴露した。
「お、俺があいつを嫌いなのは、君があいつとばかり仲良くするからだ」
「私が……?」
首を傾げられた。
そうじゃないかとは薄々思っていたが、ルリエルもジロと同じ人種なのか。
「どうして私がジロと仲良くすると、あなたがジロを嫌いになるの?」
「俺が、君を好きだからに決まっているだろ!!」
半ばヤケクソ気味に叫ぶと、ソウマはくるりと背を向けた。
ちくしょう。旅が終わるまで、旅が終わっても絶対に言いたくなかった言葉を吐いてしまった。
いや、吐かされてしまったといったほうが正しいか。
長い沈黙が続いて、いよいよもってソウマの居心地が最大にまで悪くなった頃。
ようやくルリエルが口を開く。
「では、私の手助けをしてくれたのも、精霊の生き残りを捜す協力を申し出たのも……?」
彼女の顔を見ないで、後ろ向きのままソウマは頷いた。
「そうだ。君が好きだから、君の役に立ちたくて、やったんだよ。全部下心ありの行動ってわけだ……失望したかい?」
返事はすぐに「いいえ」ときて、えっとなったソウマが振り向くと、満面の笑顔を浮かべるルリエルの姿があった。
いつもは仮面の如き無感情な表情を浮かべている、あの彼女が。
「あなたは、やっと仮面を脱いでくれた。ジロと同じ。あなたは……やっと私の仲間になってくれた、ジロの次に」
「えっ、い、いや、俺は」
彼女の仲間は、ずっと精霊の生き残りだけだと思っていた。
そうじゃなかった。
ルリエルにとって、仲間とは。
血筋でも種族でもなく、飾ることのない本心で接してくれる相手だったのだ。
「精霊族の生き残り……まだ、探してみるのか?」
ぽつりと本音で聞いてみると、ルリエルは頷いた。
「えぇ」
だが、すぐに、こうもつけたした。
「でも見つからなかったら、すぐに帰りましょう。皆が待つ、あのギルドへ」

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