白騎士団の憂鬱

――すまない、足止めにすらなれなかった。
ハリィからの通信を受けたグレイグ=グレイゾンは、労りの言葉で受け応える。
通信終了間際、親友は怪獣についての情報を教えてくれた。
奴らが二手に分かれたことと、奴らに毒は効かないことを。
『何か護符を身につけている可能性があるな』
「護符……対魔術防壁か。ありえない話ではない」
『魔術師連中には、怪獣を集中的に狙わせたほうがいいだろう』
黒騎士は、お前が相手してやれ。そう言って、ハリィからの通信は切れた。
望むところだ。だが、その前に――
レイザース王城へは、奴らを近づけたくない。
グラビトンガンを正面に撃った後は、こちらも打って出ないと。
「全軍に告ぐ。傭兵による足止めは失敗、騎士はグラガン発動後、全軍前進。魔術師は背後に回った分を排除するべく、持ち場で待機せよ」
通信管をとおして全部下へ指示を出すと、グレイも表に出るべく司令室を後にした。


「魔術師は待機?冗談じゃないわよっ。また手柄を独り占めする気ね、あいつ!」
「レ、レン様……隊長は、そのようなつもりで命じたわけでは」
「いいえ、そうに決まってる!くーっ、グレイの奴め〜っ。いくら自分が魔術嫌いだからって、こんな仕打ちをして許されるわけないんだから!」
「その通りですぞ、レン様。我等魔術師の力なくては怪獣とて打ち倒せはしない。それを、あの若造は何も判っておらんのです!」
机を叩き、激昂する老人と美少女。
どちらも丈の長いローブに身を包み、手には杖を携えている。
どこからどう見ても魔術師といった格好だ。
二人の耳に自分の声は届かぬと知って、魔術師団所属司祭のソフィアは溜息をついた。
白騎士団と言っても、全てが騎士で構成されているわけではない。
騎士団の中に魔術師団という小隊があり、魔術を使える者達が配属されている。
騎士と比べると目立たぬ位置づけだが、白騎士団の実力を二倍にも三倍にも高めている、いわば影の功労者であった。

で、そこの美少女と老人が、先ほどから何を憤っているのかというと。
気に入らないのである。
騎士が前衛に出て華々しく怪獣と戦うという、グレイゾンの立てた計画が。
どうせ命をかけて戦うからには、目立ちたい。格好良く戦ってるさまを、国民達に見てもらいたい。
魔術師をやってる連中は派手好きが多いもので、城に閉じこもって背後の敵をチマチマ倒すなどという裏方業には不満囂々なのだ。
「あーあ、つまんない。騎士の頭上にメテオストームでも唱えてやろうかしら」
「ならば私はトルネードを唱えましょうぞ」
「おやめ下さい、お二人とも。味方に攻撃など……」
「冗談よ」「冗談に決まっておりますわい」
冗談なのは、ソフィアだって判っている。
だが、この二人――レンとバラモンは、本当にやりそうで怖い。
気まぐれで且つ魔術の腕は国内でも指折りという、困った二人組なのだ。
さらに困るのが、魔術師の大多数が現在の団長を毛嫌いしているという傾向にあることだ。
魔術師を構成しているのは、貴族が大半である。
グレイグ=グレイゾンは庶民の出だ。だから貴族達は彼を嫌う。
ソフィアも貴族だが、彼女自身はグレイゾンを嫌っていない。
いや、若い頃は彼に惚れていた時期もあるから、好意的といってもよい。
レンとバラモン、そして他の貴族達もそうだが、彼ら貴族というものは、大概にして身分で人を見分けたがる。
その人の性格など二の次で、彼らが気にするのは相手に財力があるか、礼儀正しいかの二種類ぐらいなものだ。
グレイゾンは礼儀正しい男だと、ソフィアは見ている。
しかしレン達には、そうは見えていないように思えた。
「グレイ隊長より伝言です!背後に回った怪獣が歩を早めているとのことッ。魔術師の皆さんは城壁へ移動して、魔術攻撃を開始して下さい!」
伝令で駆け込んできた白騎士を、一斉に魔術師達がジロリと睨む。
一瞬の静寂を挟み、すぐ口々に好き勝手な愚痴を始めた。

「全く……あの若造めが、儂らを都合の良い道具と勘違いしとるようじゃの」
「やれやれ、面倒臭いですこと。仕方ありませんわね、中級の術書で充分でしょう」

小間使いに命じて魔術の書を取りに行かせる者、重い腰をあげて城壁へ歩いていく者。
誰一人として、颯爽と動こうとする者はいない。
司祭もまた城壁で待機との命令を聞き、ソフィアは、自分だけはと急いで城壁へと走っていった。
その姿を見て、魔術師達がひそひそと囁いたが、ソフィアは聞こえぬふりで廊下を駆け抜けた。
「……ふん。ソフィアめ、昔の情を断ち切れんと見える」
「昔の情?」
「なんじゃ。レン、お主は知らんかったのか?ソフィアは独身時代、グレイゾンと」
「――しッ。旦那様のお出ましだよ」
小声での悪口も影を潜め、魔術師達は急ぎ足で裏側の城壁へ向かう。
レンも部屋を出る際、ちらっと遅れてきた魔術師を見た。
ソフィアの旦那で、そこそこ魔力の高い男。
名はディレン=ハンダ=ペコリーナ。流れるように美しい金色の長髪。整った顔つき。
グレイゾンとは明らかにタイプの違う、どちらかといえば本の似合う男性だ。
「ソフィアの元カレが……グレイ?」
どうにも腑に落ちないといった風に呟くと、レンは出て行った。


「レーダーに反応、出ましたッ!敵グループ一つ目は六時の方角より接近中であります!」
「二つ目は、どこからだ?」
「ハッ!二つ目は真逆、十一時の方角より接近中であります」
雑兵の報告を受け、騎士達の表情も自然と強張る。
彼らは正門に陣取っていた。
頭上には鈍く光る黒い砲台――通称・グラビトンガンが、敵の姿を今か今かと待ち続けている。
大砲を撃ってから、全軍前進。そういう作戦になっていた。
さらに、テフェルゼンが間に合えば黒騎士団とで挟み撃ちにできる。
ハリィからの報告では、撤退間際に黒騎士団らしき一軍の姿も見かけたという。
だが、テフェルゼンとの通信が取れない事に、グレイは軽い不安と苛立ちを覚えていた。

「あっ!」

不意にレーダー係の雑兵が叫び、グレイは現実へ引き戻される。
「どうした」と尋ねるよりも早く、雑兵は困った顔を向けて、グレイへ尋ねてよこしてきた。
「魔術師団が、一部前進を始めましたっ。ど、どうなってるのでありましょうか!?」
「なんだと――勝手な行動をおこしているのは、誰だ」
「バラモン様とレフェクト様。ミスト様にフィフィン様……あぁっ、レン様もであります!」
最後、レンの名前を呼ぶ時には、彼の声は悲鳴に近かった。
恐らく、レンに対して何か特別な思い入れでもあるのだろう。
それにしても、随分と多くの者が命令違反を犯したものだ。
これというのも自分の人望不足が招いた結果か――グレイは苦い気持ちで唇を噛みしめる。
名前を呼ばれた者達は全て、レイザースでは指折りの魔術師達だ。
城の影からチマチマ魔法を撃つ、などという消極的な作戦に呆れて飛び出したに違いない。
彼ら魔術師は時として傲慢で、己の実力を過信しがちなものである。
確かに、彼らは強い。
だが今回の敵は姿形が判っている程度で、強さの程は未知数といっていい。
自信だけで打ち勝てるほど弱い相手だとは、グレイにはどうしても思えなかった。
「現場には誰が残っている?ソフィアと連絡を取れ」
「はッ!」
「飛び出していった者の援護はいい、怪獣に攻撃を集中しろと伝えろ」
一瞬、何か言いたそうな雑兵の目とグレイの目が、かち合う。
だがすぐに、雑兵は力なく項垂れると「了解です」と、小さく呟いた。
構わず、グレイは側近の名を呼んだ。
「ヨシュアは、いるか?」
「はい。こちらに」
傍らに、金髪の青年が膝をつく。
白い鎧を身にまとい、腰には美しい飾りのついた剣を差していた。
ヨシュア=カラ=ブレーム。信頼できる部下の一人だ。
グレイを見下したりしない貴族の一人でもある。
「ここは任せた。俺はレン達の援護へまわる」
「えっ?し、しかし」
「ジェスター=ホーク=ジェイトが出たらソフィアへ連絡しろ。すぐに戻ってくる」
ヨシュアは驚いて、グレイゾンの顔を見つめた。
いきなり何を言い出すのかと思ったら、とんでもなく無茶なことを言い出したではないか。
命令違反を犯した部下の援護にまわるだって?まったくの反対側じゃないか。
しかも、それでいて、反逆者が来たら戻ってくるという。
裏側から此方へ戻ってくるまで、どれだけ距離があると思っているんだ、隊長は。
「お気持ちは判りますが、無理です。隊長には、こちらへ居ていただかないと」
「……アレックス=グド=テフェルゼンが奇襲に成功したそうだ」
「え?」
「彼なら多少の足止めはできよう。黒騎士団を信頼するんだ」
ポカンとするヨシュアに、隊長は通信機を投げ渡す。
テフェルゼンからの通信が入ったのだ。
黒騎士団は総勢五名。人数が減っている理由は、宿舎へ奇襲を受けたからだという。
そちらはどうした、と聞くまでもなかった。
こうして追ってきたということは、当然倒したのだろう。
待ち望んでいた黒騎士の加勢。グレイは少しだけ救われたような気になった。


ずっと待ち続けること、数分後。見張りの兵が叫ぶ。
「肉眼で怪獣を発見!」
「グラビトンガン、発射用意!!」
「グラビトンガン発射用意、完了!」
「よし……グラビトンガン、撃てぃッ!!!」
大地を揺るがす轟音が、レイザース中に響き渡る。
と、同時にグレイゾンは持ち場を離れて、壁際を走り始めていた。
ヨシュアへ伝えたとおり、無謀を行っているレン達を助けに行ったのだ。
正門で待ちかまえていた騎士達は、爆風が晴れるまで待機している。
砂埃が晴れた後は、全軍前進で突っ込む予定だ。怪獣にグラガンが効いていようが、いまいが。


隊長の命令を無視して飛び出していったレン達には、最初から一つの作戦しか頭に描かれていなかった。
先手必勝。
とにかく相手がごちゃごちゃやってくる前に大技で畳み込んでしまえという、言ってみればグラガンで一掃しろという王の立てた作戦と、そう大差ないものであった。
もっとも、本人達にそれを指摘すれば『魔法と機械の威力は違うのよ!』といった反論が返ってくること請け合いだろうが。
「レフェクト、あなたは牽制をお願いッ!」
「宜しいでしょう!」
レンの横を走っていた、レフェクトと呼ばれた赤いローブの男は立ち止まり、手早くパラパラと魔術書をめくる。
呪文の組み立て、脳裏での形成。
発動までに時間をかけてしまうのが、魔法の弱点だ。
しかし彼らは単独で飛び出すだけあって、発動の早さには自信があった。
現にレフェクトが唱えている魔法、あれは火炎の術だが、すでに彼の頭上には巨大な炎の塊が浮かび上がっている。
「ミストはレフェクトの援護、フィフィンはバックアップをよろしく!」
「ではバラモン、あなたとレンで本命の大技をお願いしますッ」
「よかろう!」
水色のローブの女性がレフェクトの側に走り寄り、黄色のローブを着た少女は後方で立ち止まる。
レンとバラモンの二人は、フィフィンより後方で二手に散ると、それぞれに呪文を唱え始めた。
歩を進めていた怪獣達が立ち止まる。
目の前の小さな標的に気づき、さらに、そいつらの異変にも気づいたというのか。
「……意外と注意力のある奴らですね……すぐには仕掛けてこないようです」
誰に言うでもなくフィフィンは小さく呟くと、自身も魔法の詠唱に入る。
万が一誰かが攻撃を受けた時に素早く復帰できるよう、彼女の唱えているのは回復呪文であった。
元々彼女だけは僧侶である。攻撃呪文は唱えられない。
レンの勢いにつられて出てきてしまったものの、最早後には引けなくなっていた。
彼女の呪文が完成するよりも早く、一番最初に唱えていたレフェクトの呪文が完成を迎える。

「ゆくぞ魔物が!我が炎の鉄槌を受けるがよいッ、ファイアバーストッ!!」

彼が指を示すと同時に、溜まりに溜まりまくった頭上の炎が、怪獣目掛けて一直線に飛んでゆく。
唸りをあげて飛んでいった炎の塊は、怪獣の顔面にて炸裂した!
得体の知れない叫びをあげ、顔面を押さえた怪獣がのたうち回る。
ぶすぶすと煙までもをあげていて、見るからに大ダメージと思われた。
押さえた指の間からは、焼けただれた顔も垣間見え、レン達の背筋をぞくりとさせる。
いける。この様子なら、魔法だけで充分倒せる――!
「続いていきます!氷の槍よ、敵を貫け!アイススピアッ!!」
レフェクトの背後から、氷の煌めきが鋭い刃となって怪獣に襲いかかる。
無数の槍は、のたうち回る怪獣の背や、腕や、胴に容赦なく突き刺さり、さらに苦痛の声を絞り出させた。
「やった、効いてる!」
「レン様、バラモン様、今です!」

――と、後ろへ声をかけた瞬間であった。

黒い風が吹いたかと思うと、レフェクト、そしてミストの体が宙に舞う。
のたうち回る怪獣の背を乗り越えて、後ろの奴が突進してきたのだ。
二人の魔術師は、それこそ避ける暇もなく吹っ飛んだ。
うち、赤いローブのほうは無様に頭から転落した上、「ぐぎゃッ」と潰れた悲鳴を出して動かなくなる。
「レフェクトッ!?」
駆け寄るまでもない。即死だ。
首を折ってしまっては、どんな人間でも生きてはいまい。
一方ミストのほうはというと、首から着地だけは何とか免れたものの、激しく大地に叩きつけられ、苦しげに呻いている。
あのまま放っておいたら、怪獣達に踏みつぶされて彼女が死んでしまう。
重傷とはいえ、せっかく助かったというのに。
「ミスト様!」
駆け寄ろうとするフィフィンだが、彼女を止めたのは弱々しく挙げられた手。
なんと、ミスト本人が救助を拒んでいる。戸惑うフィフィンへ、彼女は息も絶え絶えに言った。
「駄目……貴女は、お逃げなさい。貴女の魔術では……勝てません」
「そ、そんな……ミスト様ぁッ!」
涙ながらに叫ぶフィフィン、だが、嗚呼、怪獣達は彼女の心境などお構いなしにミストの元へ突っ込んでくる。
その時、背後から鋭い叱咤が飛んできて、フィフィンは慌てて後方に駆け退いた。
「フィフィン、どきなさい!いくわよ、バラモンッ!!」
「レン殿、いきますぞ!風よ、吹け!嵐よ、我が敵を吹き飛ばせ!!トルネードッ!!」
「いっけぇぇぇッッ!メテオストーム!!」
レンの拳が高々と挙げられる。
その遥か頭上より飛来してくるのは、囂々と真っ赤に燃えた大岩群。
彼女の呪文で呼び出された大岩は、真っ直ぐ怪獣を目指して降り注ぐ。
バラモンもまた、レンの呪文へ併せるかのように両手を前へ突き出した。
その背後、両脇から突如巻き起こった巨大な竜巻が、彼を避けるようにして怪獣の元へと突き進む。
竜巻に流星。
これこそがレンとバラモン、いやレイザース魔術師団が誇る、最大にして最強の破壊魔法であった。
今までに、これをくらって生きていられた怪物など一匹もいないというから、威力の程も判ろうというものだろう。


だが!


もうもうと立ちこめる土煙。
そして竜巻が去ったと思わしき直後、レンは誰かの手により、真横へ転がされる。
今しがた彼女の立っていた場所が大きくえぐり取られ、堅い大地が遠くに放り捨てられるのを彼女は見た。
そして捨てられた大地と共にバラモンの老いた体もまた、大きく宙へ放り投げられたのを。
とても届かないと頭では判っていながら、それでも盟友の危機に彼女は手を伸ばして叫んだ。
「バラモン!!」
「暴れるな、レンッ」
耳元で叫ぶ声に、彼女はハッとなり己を横抱きにしている人物を見やる。
その顔がグレイグ=グレイゾンであると判るや否や、レンは大声で喚き立て、じたばたと手足を振り回した。
振り回した肘がグレイの顎を直撃し、うっと呻く彼から尚も逃れようと、レンの動きは激しくなる。
「ちょっと!やだ、何いきなり抱きついてんのよ変態ッ!離して、離してよ!!」
「グレイグ隊長、レン様、危ない!そこから――」
フィフィンの大声に小さく舌打ちしつつ、グレイはレンを抱きかかえたまま、大きく後ろに飛び退いた。
ごう、と音がしたかと思うと、目の前に怪獣の大きな体が迫ってきて、巨大な足が先ほどまでの場所へ踏み降ろされる。
危ない、あと少し遅ければ二人揃ってペシャンコに潰されていたところだ。
さすがのじゃじゃ馬も、それを見た途端、サァーっと真っ青になってグレイを見上げる。
心なしか目が潤んでいるように見えるのは、気のせいではあるまい。
だが、そこで素直に礼を言わないのが彼女らしくもあった。
目と目が合うや否や、レンは、さっと視線を外してふて腐れたようにポツリと呟く。
「い、意外と素早いじゃない。そんなゴツイ鎧着てる割には。でも、あたしは一人でだって避けられたんだからね!」
ゴツイ鎧と言われて、グレイは自分の格好を見下ろし苦笑する。
彼が着ているのは正規の聖騎士団のみが着用を許されている、真っ白な鎧だ。
普段ローブしか着ることのない魔術師連中から見れば確かにゴツイのかもしれないが、数ある鎧の中ではスマートな部類に入る方だとグレイは思っていた。
再び目の前に迫る、邪悪な気配。
考える間もなくグレイはその場を飛び退くと、片手はレンを抱えたまま、もう片方の手で剣を引き抜く。
これもまた、正規の騎士団だけが所持を許されている由緒正しき長剣だ。
柄の辺りが白く、刃の部分は白銀に輝いている。
勿論、豪勢なのは見かけだけではない。威力もまた、切れ味鋭く頼もしい。
「レン、走れるか?」
「バカにしないでよ!走れるかって走れるに決まってるじゃない。貴方が、この手を離してくれればね!」
涙ぐんでいた弱気はどこへやら。
彼女の強気に、思わずグレイの口元からも苦笑が漏れる。
そっと手を離すと、レンは小走りに後方へ退き、グレイの背中へアッカンベー。
剣で戦うなり何なりしなさいよ。
そう怒鳴ろうと思ったレンだが、次に出た言葉はフィフィンへ対する警告であった。

「フィフィン、危ない!逃げてェッ!!」
「え?」

振り返るフィフィンが見たものは、彼女へ向かって振り下ろされる怪獣の太くて毛むくじゃらの黒い腕。
剣を構えたグレイのほうにも怪獣は向かってきていたが、全ての化け物が彼一人へ集中していたのではなかったのだ。
だが、跳ね飛ばされて宙を舞おうかというフィフィンを救ったのは、咄嗟の判断で彼女の元へ走り寄っていたグレイその人であった。
真横から突き飛ばされ、フィフィンは「あうッ!」と小さく叫んで地に転がる。
転んだ拍子に膝をすりむいてしまったが、それどころではない。
慌ててガバッと起き上がると、自分の居た場所へ目をやった。
舞い上がる土埃の中、蹲っているのは白い鎧の騎士団長グレイだ。
恐らくはフィフィンを庇って、怪獣の腕に突き倒されたのであろう。ぴくりとも動かない。
「や……やだ、まさか、死んで……?」
「隊長ォォッ!!」
レンはグレイへ駆け寄ろうとするフィフィンに近づくと、彼女をがっちり羽交い締めにする。
フィフィンは嫌がって暴れたが、レンは彼女を後ろから抱きしめ、必死になって宥めた。
彼女まで突っ込んでいって怪獣にやられてしまったら、レン一人では為す術もなくなってしまう。
何よりフィフィンを庇ってやられたグレイの立場も、なくなってしまうではないか。
二人の少女が見守る中、怪獣達が、こちらを向く。
毛むくじゃらの顔に、邪悪な瞳がギロリと二人を睨んだ。
「ヒッ」と喉の奥で引きつった声をフィフィンが漏らし、レンは慌てて彼女の手を取り走り出した。
甘く見ていた。こいつらは、とても魔術師数人の手に負える相手では無かったのだ!


一方、城門前の空気も同じように恐怖で凍りついていた。
グラビトンガン。レイザース王国が誇り、また、この世界においても最大の破壊力を持つ最終兵器。
ひとたび放たれれば、光線は地平線まで大地を削り、一直線上にあるものは形残さず消滅する――はずであった。

「ふっふ……はぁッははははは!グラガン、破れたり!!」

そこに騎士団の面々が見た光景は、今までとは明らかに異なっていた。
怪獣軍団は無傷で進軍を続け、その先頭を歩くのは、黒い鎧に身を包んだ一人の人間。
彼もまた、グラガンの直撃を受けたというのに、全くの無傷で歩いてくる。
誰かが叫んだ。
白い鎧に身を包み、立派なヒゲを生やした騎士の一人が。
「ば……馬鹿なッ、生身だぞ!? 生身の人間が、あれをくらって無事でいるはずが!」
声は上擦り、みっともないほど彼は狼狽していた。
無理もない。
長いレイザースの歴史で、グラビトンガンの直撃をくらって生きていた存在など、一人もいやしなかったのだから。
一人、二人と足が後ろへ退いてゆく。
理性では、ここを退いてはいけないと判っている。
だが、怖いのだ。
本能で彼らは怯えた。
逃げ出そうとする彼らを留めさせたのは、グレイの副官ヨシュアの大叱咤であった。

「騎士は、けして敵に後ろを見せてはならんッ!例え己が滅ぼされようと、けして城内に敵を入れてはならん!我等白騎士団は最後の砦!レイザース王を守るため、国民を守るために誓いを捧げた!我等の撤退は、レイザースの滅亡を意味するッ!戦え!最後に勝つのは、我等の信念!我等の剣だ!!」

そうだ。逃げては、駄目だ。
騎士団は民を守るもの。
今ここで逃げてしまおうものなら、たとえ命は助かっても、二度と国王の前に姿を現わす事など出来ないだろう。
否、ここで壁たる騎士団が撤退しては、レイザースという国自体が終わってしまうかもしれないのだ。
退けぬ。絶対に、逃げてはならぬ。
その意志が逃げ腰と化していた騎士達の志気を高め、彼らは雪崩の如く、怪獣軍団へと突っ込んでいった。
たちまち怒号と悲鳴が入り乱れ、怪獣が腕を振り回すたびに多くの騎士が宙を舞う。
中央の黒騎士には多くの騎士が周りを囲むものの、斬りかかる隙がない。
それどころか、横から後ろから前から怪獣に襲われてしまって、囲むどころではなくなっている。
数の上では白騎士団が勝っていた。
だが、戦力的にはどうかというと、圧倒的に向こうの方が勝っていた。
再び絶望と恐怖が彼らの胸に忍び寄ってきた時、遥か後方から高々と鬨の声が響いてきた。

Topへ