Folxs

act19.君の望んだ世界

繊月三十日。全てが終わり、全てが始まる――


撤退命令が出た後も、魔族は全て撤退してはいなかった。
略奪行為の喜びに目覚めてしまい、細々と生きるレジェンダーの集落を襲っている連中がいた。
アスペルが見つけられなかっただけで、神族も結構な数が残っている。
こちらは撤退命令が出ていないから探索を続ける者や略奪、殺戮を繰り返す者が多くいた。
大天使様は、彼らを見捨ててしまったのだろうか。
或いは、そうかもしれない。
彼らが大天使の教えを忘れ、レジェンダーを殺戮したので。
ボルドに降り立ち、己の手を血で染めなかった神族は一人もいない。
長く続いた異種族との拮抗は彼らの精神を深く蝕み、狂気へと駆り立ててしまった。

惑星ボルドの先住民、レジェンダーは今や種の滅びを迎えようとしている。
全ては魔族、或いは神族に村や町を焼かれ、壊され、皆殺しの憂き目に遭ったせいだ。
奴らが来る前、この星は穏やかで住みやすい土地であった。
種族間での戦争もなく、周囲の生き物たちとも穏やかに共存して。
レジェンダー達は各地に集落を作り、自給自足で暮らしていた。
彼らは戦う術を持たなかった。
だから二種類の凶暴な種族が降り立った時、為す術もなく殺されていった。

これからは違う。
新羅フォルクスがある限り。

地上へあがったヒューイは、かつての大都市へと足を運ぶ。
城壁都市ジェネ・グレダ――
そう呼ばれていた街だが、今は見る影もない廃墟だ。
ジェネ・グレダは惑星ボルドの、ちょうど真ん中に位置する都市であった。
古代レジェンダーの末裔曰く、ここでフォルクスを振るえば全ての天魔を撲滅できると言う。
アミュと来た時には気づかなかったが、改めて見渡してみると街の外観が酷い事にヒューイは気づく。
あちこちで、建物が崩壊している。
城壁も穴だらけだ。
中央広場らしき場所には、大量の血が大地に染みこんで黒い跡を残している。
虐殺がおこなわれたのだろう。
ホルゲイかフィスタによる、レジェンダーの大量虐殺が。
街には何百人と住んでいたはずだ。
それが、たった一度の攻防で全て殺された。
「我らレジェンダーには長く天敵がいなかった。その結果が、このざまよ」
ぽつりと末裔が漏らす。
戦いは忌むべきものだが、戦う用意を怠っていても脅威には打ち勝てない。
レジェンダーは身をもって、それを知ったのだ。
「でも、ジェネ・グレダには武器があったはずだ。大砲じゃ勝てなかったのか」
スカイの疑問に、ゲーリーが答える。
「地上の武器で勝てるような相手であれば、多少は善戦出来ただろう。敵の戦力を測り損ねたのが城壁都市の敗因だ。だが、無理もない。未知の生物が攻めてくるなど、長い歴史で一度たりともなかったのだからな」
「あなた達は、どうして、あの武器を作れる知識があったの?」
マナルナの問いには、ミカルが答えた。
「古代レジェンダーは……ボルドで生まれた生物ではありません。私達もまた、古くは別の惑星から来た開拓者であったのです」
遠い昔、余所の星から移民開拓として流れ着いたのが種の始まりである。
彼らは自らをレジェンド――
新しい伝説を作りだすものと称して、レジェンダーと名乗るようになる。
そして長い年月が過ぎ、人々の記憶からも開拓時代の記憶は薄れてゆき。
穏やかな日々を過ごす子孫の元へ、このたびの災厄が降り注いだというわけだ。
「それじゃ、空の向こうにはフィスタやホルゲイ以外にも、他の種族がいっぱいいるわけ?ふぅん……」
空を見上げて、マナルナが嘆息する。
空の向こうへ行くなんて、考えたこともなかった。
レジェンダー以外の種族が、この世にいるなんてのも考えたことがなかった。
自分達以外の種族の存在など、こんなことでもなかったら一生考えなかったであろう。
古代レジェンダーは何故、子孫との袂を分ったのか。
何故、地下に隠れて過ごすようになったのか。
それも漠然と判る気がした。
武器の知識を継承している者がいたのでは、何か大きな揉め事があった時に頼りにされる。
下手をしたら、種族同士での戦争が始まってしまうかもしれない。
強すぎる力は危険だ。同士討ちでの滅亡もあり得る。
だが――
「今となっては後悔している。我らが皆と共に暮らしていれば、種族の滅亡を避けられたのではないかと」
寂しげに呟く末裔へ、ヒューイが檄を飛ばす。
「大丈夫!まだ、俺とマナルナとスカイが生き残っている。探せば集落だって残っているはずだ。まだ滅亡じゃない、手遅れなんかじゃない!」
希望を捨ててはいけない。
その為に、作ったのだから。必殺の武器、新羅フォルクスを。
あの剣は、ここへは持ってきていない。
どうするのかとヒューイが尋ねる前に、ゲーリーら数人の古代レジェンダーが呪文を唱え始める。
すると地面に目映い光が発生し、巨大な円が勢いよく描かれる。
円の中に無数の三角が描かれたかと思うと、中央から、ゆっくりと新羅フォルクスが姿を現す。
奇跡の石を叩いて造られた、巨大な剣。
全ての魔族と神族を打ち払う、必殺の剣。
「未来の子よ、柄を握るがよい。覚悟が決まり次第、大地に向かって剣を振るうのだ」
ゲーリーの言葉に背中を押されるようにして、ヒューイはフォルクスへ近づいた。
石の剣は、ヒューイに掴まれるのを待つように、空中に浮かんでいる。
柄を握った瞬間、ヒューイの脳裏には、さまざまなレジェンダーの想いが流れ込んできた。


空一面を染める、夕焼け。
雲が沈みゆく夕日を反射して。
その眩しさに目を細めながら、少年は後ろを振り返る。
後からついてくるのは、太った女と細い男。
男が荷車を引き、女が家畜の手綱を引く。

砂利を蹴って走ってゆく。
少女は息を吸い込み、大声で叫んだ。
最愛の人の名前を。
窓が勢いよく開いて、彼が顔を出す。
今すぐ行く、といった次の瞬間には階段を駆け下りてきて、表へ飛び出してきた。
抱き合う二人。仲良く手を繋いで、坂道を下っていった。

大都市の朝は早い。
家畜が日の昇りを知らせると、街が一斉に目覚める。
パンの焼ける匂い。薪のはぜる音。
空気が澄んでいて気持ちいい。
少年は肩に乗った、黒いモヤモヤに話しかける。
今日も一日が始まったぞ――と。

砂利道を走っていく。
行き交う皆が挨拶をして微笑んだ。
手に野菜のたくさん詰まった籠を抱えた少女。
牛の乳搾りをする女性。
畑を耕す男。
息を切らせて坂道を登ると、一軒家が見えてくる。
勢いよくドアを開いて、少年は愛しき者の名を呼んだ。
輝く笑顔が、彼を迎え入れる。



見知った顔、見知らぬ顔のレジェンダーが次々と、ヒューイの脳裏に現れては消える。
誰かが叫んだ。
武器を取って戦え、と。
誰かが嘆いた。
この世には神もいないのか、と。
この世には神なんていない。
守るべきものは、自分の手で守らねばならない。

柄を握ったヒューイの手に、力がこもる。
一振りでいいと、古代レジェンダーの末裔は言っていた。
たったの一振りで、全てが終わるのだと。
ただ、その一振りはヒューイの生命を大きく消耗する。
たったの一振りで、命が燃え尽きてしまうかもしれないとも言われた。
それでも構わない。
いや、構わないというのとは、ちょっと違う。
この日の為に生きてきたのだと、ヒューイは思った。
何もかもを追い払う力を求めて、村を出た時から。
巨大な剣は巨大でありながら、握ったヒューイの手に重さを感じさせない。
ヒューイは大きく息を吸い込み、息を止めた。
「――せやぁッ!」
気合いをほとばしらせ、勢いよく足を踏み込んだ。
地面がえぐれ、フォルクスが持ち上がる。
そのまま勢いは止まらず、巨大な剣が、ぶんっと風を切って大地に叩きつけられる。
その場にいた全ての者達が、足下に衝撃を感じた。
もっと離れた場所で惑星を眺めていたら、見えたかもしれない。
フォルクスが叩きつけられた瞬間、巨大な魔力の迸りが星一帯を覆ったのを。


その日、惑星ボルドにいた全ての魔力ある者達が、一瞬にして消滅した。
フォルクスの放った強大な打ち消しの力の前に彼らの肉体は耐えきれず、蒸発してしまったのだ。


光が囁いている。
このものは、こちらへ来るべきなのか否かを。
ちらちらと瞬く光に囲まれて、夢うつつで微睡んでいると、不意に肩を強く揺さぶられる。
なんだよ、うるさいなぁ。
なおも微睡もうとするヒューイの頬を、ヒリヒリとする痛みが襲って。
吃驚して跳ね起きたヒューイの眼窩に飛び込んできたのは、泣きじゃくるマナルナの顔であった。
「もぉ、ばか、ばかぁ……っ!ヒューイ、死んじゃったかと思ったじゃないのよぉ」
ぎゅっと抱きついて、そればかりを繰り返している。
ヒューイは己の手を見た。
フォルクスがない。あんなに強く握っていたはずなのに。
剣は、どこを見渡してもなくなっていた。
呆然とするヒューイの頭上に、ゲーリーの声が降り注ぐ。
「フォルクスは眠りについた。天魔殲滅の為、魔力を大量に放出したのでな」
「眠り?」と反芻する少年へ頷くと、古代レジェンダーの末裔は空を見上げた。
「そうだ。これより新羅フォルクスは長い眠りにつく。再び脅威がボルドを襲う日まで」
「そう……なんだ」
ぽつりと呟き、不意に思い出したかして、ヒューイが勢いよく振り返る。
「そうだ!ホルゲイやフィスタは、どうなった!?」
それに答えたのはリンタローで、聖獣は肩をすくめる真似をした。
「フォルクスが眠りについたのであれば、当然滅したに決まっておろう」
「うむ」と末裔達も頷き、ヒューイへ微笑みかける。
「地上に蔓延る全ての魔力が消滅した。フォルクスは役目を無事に果たしたのだ……未来の子、お主もな」
「これから、どうするんだ?」と、スカイ。
ヒューイやマナルナのみならず、古代レジェンダーにも向けた言葉であった。
「どうもしない」とゲーリーが応える。
「我らは再び谷へ戻り、お前達を見守るとしよう」
「過去の失敗を悔やむのであれば、我らと共存すべきかと思うが」とはリンタローの弁。
異を唱えたのはミカルだ。
「ですが巨大な力が側にあると、それに頼って生きてしまうでしょう?」
彼女を睨みつけ、スカイがゆっくりを首を真横に振る。
「俺達は頼らない。俺達の後に生まれる奴にも徹底させる。それに……」
「それに?」
皆に促され、スカイは続けた。
「地上に残ったレジェンダーは数が少ない。種の滅亡をさける為にも、俺達は共に暮らすべきだ」
「探せば」と言いかけるヒューイを遮り、マナルナが耳元で囁いた。
「スカイは、きっとミカルと一緒に暮らしたいのよ」
んん?となってヒューイはスカイとミカル、双方を見比べた。
スカイもミカルも真顔で向かい合っている。
マナルナの言うようなラブロマンスが、両者の間で発生していたようには思えない。
それに種を増やすなら、他の古代レジェンダーと勤しんだっていいんじゃないか?ミカルは。
そう思ったが、マナルナのロマンチストに水を差すとビンタが飛んでくるかもしれないと思い直し。
ヒューイは、言葉にするのを思いとどまった。
言葉を発したのは、それまで無言で話を聞いていた賢人の一人。
「ゲーリー、ミカル。お前達は、まだ若い。谷で隠居生活を営むよりも、成せることがあろう」
「――と、おっしゃりますと?」
ゲーリーを見つめ、賢人は頷いた。
「未来の子を導く役目、お前達二人に任そう」
「しかし、それでは谷の防衛が」「判りました」
ゲーリーとミカル、双方の声が重なり、ゲーリーがミカルを驚愕の面持ちで見た。
「ミカル、どういう心境の変化だ」
「考え直したのです」と言って、ミカルはリンタローへ視線を向ける。
「私達は過去の知識が悪用されるのを恐れて、ずっと地下に隠れ住んでいました。そのせいで地上の子孫達が苦しみ、多くの命を失ってしまった。そこの聖獣の言うとおりです。私達は、今度こそ逃げてはいけない。必要な知識は与えねばなりません。命を守る為にも」
「必要以上に教える必要もないんだ」と、スカイ。
「ほんの少し役に立つ知識を教えてさえくれれば、あとは応用して正しく使う。俺達が正しい道を歩めているかどうかを、あんた達にも見ていて欲しいんだ。谷に引っ込んでいたら、見えないものだって沢山あるだろ?」
ミカルを見、スカイへ視線を移し、もう一度ミカルを見つめて、ゲーリーは溜息を吐く。
「……仕方あるまい。ミカル一人では情に流されかねやしないので、私も共に行くとしよう」
「えっ、一緒に住むの!? やったぁ!」と無邪気に喜ぶマナルナと。
「それじゃ……ジェネ・グレダを拠点として、仲間を捜す旅に出よう」
意気揚々と計画を語るヒューイに、スカイの待ったが入る。
「城塞都市を拠点とするなら、探索の旅に出るのは俺とリンタローだけで充分だ。ヒューイとマナルナ、それからゲーリー、ミカルは街に残って作物でも育てていてくれ。街の復興は、俺達が生き残りをかき集めてからだ。何事も、一歩ずつ確実にやっていかなきゃな」
判った、と素直に頷くマナルナとヒューイ。
「二人だけで大丈夫ですか?」と気遣ってくるミカルには、リンタローがウィンクで応えた。
「何、探索は拙者とスカイに任されよ。大勢で行くより二人のほうが身動きも取りやすい。例え広い大地といえど、拙者ならば、ひとっ飛びでござる」
「そういうことだ」と、リンタローの背に跨ると、スカイは聖獣の腹を軽く蹴る。
「さぁ、さっそく行こうぜ相棒!」
「いたっ!拙者は馬ではないと何度言えば……脇腹を蹴らずとも行くで候っ」
リンタローの泣き言を残し、ふわりと舞い上がった聖獣は。
皆の見上げる前で大きく羽ばたいたかと思うと、一気に飛び去っていった。
「それじゃ……」「……うん」
どちらが言うともなく、ヒューイとマナルナは二人揃って頷くと。
そっと、お互いの手を握って歩き始める。
かつて城塞都市と呼ばれていた街の、一番大きな建物を目指して。
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