DOUBLE DRAGON LEGEND

第八十六話 今際の際に


世界の元凶を倒すには、十二真獣全てが揃わなくては勝てない気がする。
過去に自分で考えたことを思い出し、葵野は身震いする。
事態は、彼が思った通りの状況になっていた。
ただ一つ、鼠の十二真獣が失われた点を除けば。

両者が睨み合っていたのも、ほんの数分で、先手を打って出たのは坂井であった。
「長期戦は、こちらに不利だ!一気に片をつけるッ。全員、攻撃目標をK司教に定めろ!!」
坂井の号令を合図に、先の戦いで生き残ったMS軍団が雪崩れ込む。
「ま、まて!飛び込んだら相手の思う壺だぞ!?」
司の制止は正面で光った何かと爆音に遮られ、続いて大地が大きく剥ぎ取られたかと思うと豪風が荒れ狂う。
砂埃で全く前が見えない。仲間の悲鳴や怒号が、瓦礫と共に飛んできた。
「何が起きた!?」
アモスが叫ぶ後方では、該も声を張り上げた。
「例の光線だ!」
「坂井!?坂井ーッ!!」
駆け出そうとする葵野はウィンキーに掴まれ、勢いよく後方へ投げ飛ばされる。
「アテッ!」と尻餅をついて悲鳴をあげるも、すぐさま前方へ目をこらした。
「様子見するならともかく、一度に固まって突進など自殺行為も甚だしいぞ?虎の印は何を考えている」
背に乗せたレイに尋ねられ、難しい顔で司は答えた。
「何を考えていたのかは僕も知りたいですよ……しかし長期戦が不利だという意見だけは尊重してあげて下さい」
司としても、坂井が皆を引き連れて突進するとは思っていなかった。
仲間はK司教の放った光線に吹き飛ばされ、あっという間に戦力を半分以下に減らしてしまった。
完全に坂井の作戦ミスだ。
石壁を真っ二つにするほどの威力を持つ光線なのだ。当たったら、ただでは済まない。
ここは用心して、相手の手の内を見るべきだろう。
K司教に光線を連発する動きはない。砂埃に隠れて姿は見えないが、襲ってくる気配を感じない。
「連発しなくても勝てると思っているのか、或いは連発する体力がないのか……」
砂埃が晴れるのを待つ該の足下へ、美羽が這い寄ってくる。
「恐らくは、後者ですわねぇ。MSといえど体力は無限ではありませんもの」
つけいるとすれば、そこしかない。光線を放った後の隙を狙うしか。
「しかし何故、仕掛けてこない?戦いの幕を切って落とした張本人が」
「それも恐らく、鍵を握るのは体力なのではなくて?」
遠目に見た彼は強靱な肉体に見えた。
だが思い返してみれば、K司教は殆ど動かずに光線を放ってきただけだ。
遺跡が崩壊したのは彼の能力での破壊なのか、それともトレイダーによる仕掛けが作動したのかは判らない。
もし後者なのであれば、注意すべきは光線だけになる。しかし楽観は禁物だ。
砂埃が晴れた。
晴れたと同時に黒い影が次々と、こちら目がけて飛び込んできて、アモスや該は牙や角で受け止める。
受け止めきれなかったタンタンやリオは跳ねとばされ、後方の瓦礫へ激突した。
黒い影が司教の背後にいたMSだと葵野が気付いた頃には、十二真獣も反撃に出ている。
目の前で血しぶき、悲鳴があがり、異形の者が距離を置く。
彼らはMSでありながら、純粋なMSではない。人と動物の融合体、とでも言えばいいのか――
背中に羽が生えているのなんか、まだマシなほうで、股間に三本もの生殖器をぶら下げた者もいる。
何本も腕を生やした半獣の男。男と女、二つの胴体が背中合わせに合体した生き物。
その数、二十体。悪夢の世界から抜け出てきた、グロテスクな容姿ばかりであった。
「トレイダー……人を、ここまで人ではなく改造するなんて、絶対に許せない!」
憤るアリアの横で、起き上がったリオも歯を食いしばる。
「こんなものが次世代を担う新人類だと……ふざけたことを」
双方にらみ合ったのも数分で、異形のMSには襲いかかられ十二真獣も応戦する。
不意討ちでは遅れを取ったリオもタンタンも、相手の姿が判れば二度はやられない。
「ひぎゃぁぁぁぁ!!!」と叫びながら敵の攻撃をかいくぐるタンタンは該がフォローし、リオの援護はアモスが入る。
「司!ここは俺達に任せ、司教を頼むッ」
アモスに乞われ、白い犬はコクリと頷く。
ふわりと翼をはためかせ、かと思うと弾丸のように走り出す。
間に割って入る異形MSは片っ端から跳ねとばし、K司教が光線を放つよりも先に頭から体当たりをかました。
「ぐぅっ!」と短い呻きを発し、K司教が後ろへ押し戻される。
有翼MSの進路は黄色と黒の縞々が妨害し、K司教の反撃を待つまでもなく司は一旦飛び退いた。
無論、飛び退く際には腹に一撃加えている。
傷は浅いだろうが、服の上でも確かな肉の歯ざわりを感じた。
「坂井!無事だったんだっ」
後方で喜ぶ葵野には目もくれず、坂井と翼の生えたMSがぶつかり合う。
坂井だけじゃない、アモスも該も戦っている。
戦っていないのなんて、それこそ遥か後方に控えるサリア女王とおつきの者達、そして葵野とタンタンとアリアぐらいなものだろう。
ウィンキーも戦っていた。巨大な彼の肉体は異形MSの猛攻を止める壁として、うってつけだ。
彼の肩に乗るシェイミーとルックスも、それぞれに奮闘している。
手にした石を上空から投げつけては盛んに挑発し、ウィンキーの攻撃範囲へと誘導する。
二十体いようと三十体いようと関係ない。
このまま連携を続ければ、いつかは勝てる――誰もが、そう思った時。
形勢を大きく揺らがす、一撃が放たれた。
「うわわぁぁ――ッ!」
一直線に飛んでくるだけなら、簡単に避けられる。
そう考えていた処に油断があったのかもしれない。
K司教の手のひらから放たれた光線は、途中までは真っ直ぐであった。
だが逃げる連中の動きを追いかけるように曲がっていき、立ち止まった軍団を軒並み吹っ飛ばす。
再び戦場は一面の砂煙に覆われたが、今度は司も様子を見ずに突進する。
該や美羽の予想通り、やはり光線の連発は出来ないようだ。
となれば、わざわざ次を待ってやる必要もない。
襲い来る妨害の手をかいくぐり、あと数メートルの場所まで近づいた司は、横合いから誰かに飛びかかられる。
あっと思った時には、飛びついた何者かと一緒に地面を転がっていた。
「何をするんだ、放せ!!」
「ダメだ、飛び込んじゃ危ない!」
抱きかかえているのがデキシンズと判って司は暴れたが、彼の腕を振りほどけない。
もがく間に頭上を炎が走り抜け、目を丸くする司の耳元でデキシンズが囁いてくる。
「遠距離を撃てるのはマスターだけじゃない、まだ攻撃に加わっていない奴が後方にいるんだ。そいつが」
言い終わらぬうちに黒い何かが飛んできて、司は勢いよくデキシンズを後ろ足で蹴り飛ばす。
突っ込んできたのは頭が鳥、体は人間の怪物だ。
人の言葉ならぬ奇声をあげて繰り出してくる蹴りを、低く伏せて司がかわす。
デキシンズにも異形のMSは殺到したが、彼を庇うように美羽が這い出て、該が脇を追い越した。
司とやり合う怪物へ、横合いから牙を突き入れる。
寸前で当たらず相手は空へ舞い上がり、頭上を睨みつけたまま該が叫んだ。
「司、お前のフォローは俺達がするッ。トレイダーのMSには構うんじゃない!」
トレイダー作MS二十体のうち先行した十四体は、先の光線で形勢が逆転した後も猛攻の手を緩めない。
ウィンキーの大きな体は、たちまち傷だらけになり鮮血が飛び散り、顔をしかめる様子が見えた。
「ウィンキー、頑張って!」
腕の上を駆けずり回り、シェイミーが声をかけているが、何の戦力にもなっていない。
ルックスはというとウィンキーの頭の上へ駆け上り、上空を旋回するMSを睨みつけて必死に念じた。
憎め、憎め、憎め――狂気に身を、委ねろ……
だが相手は念など届いていないかのような的確な狙いで急降下してきたので、ルックスは慌てて身を翻す。
ギリギリ攻撃を避けたものの、結果的にウィンキーの傷を増やしてしまい、大猿の悲鳴が辺りに響いた。
「駄目だ、僕の能力が効かない!?」
腕を駆け下りるルックスへ、シェイミーが怒鳴る。
「ボクの能力も効かないんだ、精神攻撃は全てシャットアウトされると思った方がいいよ!」
シェイミーとルックスの能力が効かないとあらば、司やアリアの能力も期待できない。
唯一の望みは美羽と坂井だが、二人とも異形のMSに邪魔されて、K司教の元へは近づけずにいた。
「ゼノは?ゼノは何処ッ、何処にいるの!?」
戦場を見下ろしたシェイミーに、戸惑いの色が浮かぶ。
砂埃舞う地上には、どこを見渡しても大剣を所持した大男の姿がない。
ここには、いないのか?しかし何故。まさか、先の戦いでやられたなんてことは……
ない。ゼノがボクを置いて先に死ぬなんて、あるわけがない。
脳裏に浮かんだ不吉なヴィジョンを振り払うと、シェイミーは大声で叫んだ。
「お願い、ゼノ!美羽と坂井に、そしてボク達にも勇気を与えて!」
不意にウィンキーの体が大きく傾いたと思うと、激しく大地に崩れ落ちる。
見れば大猿は白目を剥いており、シェイミーもルックスも宙に投げ出され、混戦の海へ落下した。
「うっ、うわぁぁぁっ!」
走り回る巨大な足の間をくぐり抜け、シェイミーもルックスも後方目指して走ろうとするが、視界は砂で覆われて、肉の壁が進路を遮っている。
小さいというのは、こういう時に不便だ。
敵と戦って敗れるならまだしも、味方に蹴り殺されるなど洒落にもならない。
「ぎゃんっ!」と悲鳴をあげて、ルックスが誰かに蹴り飛ばされる。
彼に構う余裕など、シェイミーにはなかった。
太い足を避けた直後、頭上に別の足が降ってくる。駄目だ、避けきれない――!
目を瞑った小兎は、ひょいと誰かに襟首を咥えられ、空高く放られた。
「ゼノ!」
目を開けて、見覚えのある黒い背を見るや否や、シェイミーはしっかり馬の首へしがみつく。
「遅くなったな、すまん」
「いいの、いいんだよゼノ……だってボクが危なくなった時は必ず助けてくれるもの。ね?」
首筋に小さな温もりを感じ取り、ゼノは頷くと、大きく息を吸い込んだ。
やがて高らかに響く、勝利の歌声が。

最前線では異形MSの壁を越えられない膠着状態に陥っていたが、戦いの合間を縫って美羽が該を促した。
「ごらんなさぁい?K司教の様子を。息が乱れていましてよ」
光線を放つたびに戦況を有利にしているというのに、司教が自ら動くことはない。
戦いは全てトレイダーの改造MSに任せ、奴は後方で不動の姿勢を取っている。
そればかりか美羽の指摘通り、K司教の額には汗が浮かび、肩で荒く息をしているではないか。
司の一撃以降、一度も攻撃を受けていないはずの男が。
「なるほど……光線を撃つたび、奴の体力も削られているというわけか」
「そのようですわねぇ」
ならば光線を撃たせ続けていれば、やがて奴は勝手に自滅するのだろうか。
だが、その作戦では先に此方が全滅する危険も高い。
先の光線で死までには至らなかったものの、負傷者を多く出している。
主戦力の一人だったウィンキーが戦線離脱してしまったのは、大きな痛手だ。
迂闊に飛び込む真似をやらかした坂井も致命傷こそ負っていないが、全身無事とも言い難い。
大した傷を負っていないのは、司と美羽ぐらいなものだ。
レイやルックス、小さき者達の姿は、とうに見失った。
この混戦では、いずれ最後列にいるサリアや葵野の元まで攻め込まれても、おかしくない。
一刻も早くけりをつけるには、やはりK司教を仕留めるほか、ないだろう。
その為にも、傷の浅い司と美羽。この二人を何とかして司教へ近づけ、一撃でも食らわせれば。
「美羽、今から俺が囮になる。お前は足下を這って司教の元へ」
ぼそりと囁く猪を見上げ、美羽は首を傾けた。
「アナタお一人で?囮に?冗談じゃありませんわぁ、一人では無駄死にするだけですわよ」
敵は司教を除いても十体近く残っている。一人で突っ込めば、袋だたきにされるのがオチだ。
普通のMSが相手ならば、それでも勝てるだろう。
だが奴らはトレイダーの隠し球なだけあって、一体一体が十二真獣と互角である。
「誰も一人で突っ込むとは言っていない」
チラリと該が後方へ視線を流すと、こちらへ向かってくる黄色と黒の縞々を見つけた。
「坂井!」
該の叫びに坂井も「おぅ!」と応え、共に走り出す。
振りかざされる鋭い爪をかわし、突き出された嘴に頬の一部を削り取られても、二人の足は止まらない。
それどころか加速していた。
背後に聞こえる歌のおかげだ。あの歌が聞こえる限り、どこまでも走れる。そんな気がした。
巨体の下をくぐり抜け、前方に立ちふさがる半獣MSの手前まで来た時、坂井が突如急停止する。
「いけ、該ッ!」
ぶつかり合う二体を尻目に、猪は加速する。
ゼル状のMSを飛び越え、振り回される尻尾の下をくぐり抜け、ついにK司教の攻撃範囲に到着する。
司教が掌をかざした。
「――光線か!」
こちらのほうが一歩早い。
該の背から細いものが、しゅるりと飛び出し司教目がけて突っ込んでゆく。
捉えようと伸ばした腕を柔軟にかわし、美羽は思いっきり牙を食い込ませた。無防備な、K司教の首筋へ。
「ぐっ、ぐあぁぁッッ、あぁッ……!」
司教が、がくりと膝をつく。
それでも周りは戦いをやめず、半獣と坂井は互いに噛みつきあい、血を流す。
該も猫と狼の合いの子のようなMSに捕まり、両手で首を絞められる。
司とデキシンズは翼の生えたMSと、息もつかせぬ攻防戦を繰り広げていた。
アモスやリオも、残ったレジスタンスやMS軍と共に中央でぶつかりあう。
ほとんどの者が、K司教の異変に気付いていない。
ただ一人、彼に攻撃した美羽を除いては。
「頸動脈に与えた、その傷。致命傷と、お呼びしてもいいでしょう。たとえアナタが、どれだけ優れたお医者様を従えていたとしても手遅れですわねぇ」
深々と、鋭い牙を打ち込んだのだ。
傷口からは絶え間なく血が流れ続け、見る見るうちに司教の顔色が青ざめていく。
膝をついた彼からは、かつての威圧も感じない。
そこにいるのは裸の男が一人、死を待つのみであった。
「どんなに強い肉体でも、いずれは滅びを迎えるものですわぁ。それに永遠の肉体なんて、人類にとって最も必要のないものだと思いませんこと?」
荒い息をつき、司教が尋ねる。
「それは、どういう、意味だ……?」
美羽は人の姿へ戻ると、K司教を見下ろした。
「いずれは死ぬからこそ、短い瞬間を愛しく美しいと感じるのですわ。まぁ、アナタには一生理解できない考えかもしれませんわねぇ」
ふっと苦笑に口元を滲ませ、司教が言った。
「何百年も、生きた者が、よく言う」
「そうですわね」と美羽も同意し、でも、と続けた。
「ワタクシ達は、けしてアナタのように絶望したりはしませんでしたわぁ。むしろ人が弱く脆い生き物だからこそ、愛でたい、己の手で守ってやりたいと思うものではなくて?」
血は既に半分以上を失った。
命の炎がつきようとしているのを、司教は己の内に感じていた。
トレイダーに言われるまま、彼曰く最強の肉体を手に入れた――つもりだったのだが。
どうやら自分は嵌められたようだ。
いや、過信しすぎて自滅したとでも言った方が正しいか。
この肉体は、最強の能力を持っていた。
同時に、強大な能力の負荷に耐えきれない欠陥品でもあった。
動かなかったのは、余裕を見せていたわけではない。動けなかったのだ、反動が強すぎて。
光線を撃つたび激痛が全身を走り抜け、気絶するのではないかと思った。
「人は、生まれたままの姿が一番、ということか……」
司教の足下にある血だまりを見つめ、美羽が頷く。
「その通りですわぁ。たとえ、それが人の手によって作られた仮初めの姿であっても」
永遠を求めた男は血だまりに身を横たえ、静かに息を引き取ろうとしている。
美羽が、戦いの終止符を告げようと息を吸い込んだ時。
その瞬間を狙ったかのようなタイミングで、聞き覚えのある、よく通る声が戦場に響き渡った。

『よくぞ勝ち残った、十二真獣の諸君!しかし戦いは、これで終わりではないッ。これは余興だ、君達の能力を試すための。本当の戦いは今から始まる!』

「ふざけんじゃねぇぞ!何処だ、トレイダーッ!? 姿を見せろ!」
坂井が怒鳴って辺りを見渡すが、奴の姿は何処にもない。
――いや、いた。遥か前方、K司教よりも向こう側。
海辺に巨大な黒い島が出現していて、その上に数人の人影が見える。
声はそこから、拡張器を通して響いてきた。
「あれは……ダミアン!?生きていたのかッ」
血と砂埃で薄汚れたフェレット、レイがちょろちょろと美羽の側まで走ってきて、大きく背伸びする。
「ダミアン?」と尋ねる美羽へ答えるかわりに、彼女は低く独りごちる。
「博士も一緒か。しかし、これ以上何をするつもりだ……?手駒は全て出し切った、もうトレイダーにもジ・アスタロトにも、戦う術は残されていないはずだが」
トレイダーが言った。
『諸君らにプレゼントを渡そう。受け取りたまえ!』
「プレゼントだと……?一体、何を」
島から一直線に何かが飛んできて、誰もが一旦戦いをやめて空を見上げた。
キラキラと光る美しい流線を残し、飛んできた小さい塊が頭上で四散する。
異変は、直後に起きた。
「ぐっ、あぁぁぁっっ!!」
坂井が頭を抑え、地面にもんどり打つ。
司教の側にいた美羽も激しい頭痛に襲われ「な、なん、ですの……っ!?」と呟くのが精一杯。
「美羽!坂井っ!?……うっ!」
駆け寄ろうとした該も地に伏せ、見ればデキシンズと共に戦っていた司も様子がおかしい。
「ど、どうしたの?皆っ。ボク達は何ともないのに!」
慌てる恋人には目もくれず、ゼノが低く舌打ちした。
「なるほど、そういう手段で来るか」
「どういう手段なの?」
シェイミーに問われた黒馬は、顎で前方を示す。
「同志討ちだ。主戦力を操り、俺達と戦わせるつもりらしい」
「司や美羽は伝説のMSなのに!?そんな簡単に操られるなんて、ありえない!」
狼狽するシェイミーの目に映ったものは、ゼノの予想が正解であると告げていた。
司に該、美羽や坂井の面々が、こちらへ向けて牙を剥く。
瞳は邪悪に輝いて、口元からは涎を垂らし、誰がどう見ても正気を失っている。
「そ、そんな……トレイダーのMSがまだ残っているのに、そんなのってないよ!」
「大丈夫だ」というゼノの呟きに被るようにして、力強い声がシェイミーの耳に届く。
「やっと俺の出番がきたようだ」
「アモス!」
牛の印の能力は、狂気に駆られた者を正気に戻す。
「ゼノ、シェイミー、お前達は皆と力を合わせて残りのMSを片付けてくれ」
とはいえ相手は伝説の三人に加え、坂井もいる。
いくらアモスが十二真獣でも、一人で立ち向かうには荷が重いのではないか?
そう考えたのはゼノだけではなかったようで、アリアを乗せたリオがアモスの横に並ぶ。
「先ほど貴方はリオを助けて下さいました。今度は私達が援護する番です」
アリアが微笑み、アモスも頷き返す。
「よかろう。では、ゆくぞ……!」
牙を剥きだし、威嚇する面々へ突っ込んでいく。
無論ゼノも一緒に走り出す、露払いをせんが為に。

最後列で見守っていた非戦闘員の元にも、若干遅れ気味ではあるものの情報は届いていた。
情報を届けたのは、タンタンだ。
どこをどう走り回ったものか、無事に陣の後方まで逃げのびていた。恐るべし強運の持ち主である。
K司教が美羽に倒されたと聞いた時には歓声が上がった。
しかし、伝説のMSが操られたと知った時には動揺で包まれる。
「いけません、味方同士で戦うなんて!」
憤慨するサリアの横では、真っ青になった葵野が震える。
「さ、坂井が、そんな」
「とにかく、やばいのよぅ!アモスが何とかしてくれるったって、まだ強いのは残っているし」
K司教は破れても、トレイダーの作ったMSが数体残っている。
二十体いたMSも司や該の奮闘により多少数は減っていたが、そこへ来て再び戦局をひっくり返された。
「トレイダーは、どうして我々に無駄な血を流させたがるのでしょう?」
レジスタンスの一人に尋ねられ、サリアは首を振った。
「判りません……ですが、同志討ちだけは避けねばなりません。戦いを止めなくては」
手綱を引いて猛獣を進ませようとする彼女を、雑兵が慌てて止める。
「今、前に出るのは危険かと!」
「そぉよぉ!」とタンタンも引き留める側にまわって騒ぎたてた。
「あんたが死んじゃったら、この戦い、ぜーんぶ意味がなくなるんですからね!」
しかしサリアは、きりりと眉をつり上げて皆々の顔を見下ろした。
「アモス一人に任せてはいけません。いいえ、彼の能力を最大限に生かすためにも、誰かが彼を守ってあげなくてはなりません」
「なら!」と葵野の腕を引っ張って、タンタンが言い返す。
「あたしと小龍様が行ってくるわ!いくら弱いっつっても、あんたよりはマシだもん!」
言った後、彼女は自分でも自分に驚いた。
あたしが自己犠牲な発言をするなんて。明日は雨かしらね?
引っ張られた葵野はというと「え……?」と、ぼんやり上の空で何を言われているのかも把握していない様子だが、サリアは厳粛に頷いた。
「……判りました。ではタンタン、力也王子。彼らを頼みます」
「まっかせてよね!必ず司と坂井は正気に戻らせてやるんだから。さ、行くわよ小龍様!」
ズルズルと引っ張られ、ようやく我に返った葵野がタンタンを呆然と見つめる。
「え、えっ……?」
無理矢理猛獣の上に跨らせられ、言われるがままに手綱を取った。
「ほぉら、ボーッとしてないの!アモスの元まで行くんだから、ゴー、ゴーッ!」
「あっ、ひゃああぁぁぁぁ!?
タンタンの号令と共に走り出した背中で情けない悲鳴を残し、砂埃の向こうへ消えていった。
「本当に……あの二人に任せて大丈夫なのでしょうか?」
冷や汗と共にレジスタンスの面々が呟けば、サリアも浮かぬ顔で応えた。
「彼らに任せるしか方法がありません。信じましょう、仲間の絆を」

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