DOUBLE DRAGON LEGEND

第八十五話 兄弟


地下での地震は地上にも響いていた。
「な、なんやぁ!?」
突如振動する大地に驚くウィンキー、その肩へ飛び乗ると、シェイミーが叫んだ。
「あれ、見て!」
彼の指さす方向へ目をやって、大猿は目をひん剥く。
今の振動で遺跡の一部が大きく盛りあがり、あちこちに大小の山が飛び出してきているではないか。
そればかりじゃない。
生まれた山の中から新たなMSが、ぞろぞろと這い出てきたのだ。
「まだおったんかい、雑魚兵の残党が!」
「違う、雑魚じゃない……ッ」
間髪入れず叫び返してきたのは、足下の小猿。ルックス・アーティンだ。
「雑魚じゃないって、どういうことなの?」と肩の上のシェイミーが問えば、ルックスは見上げて答えた。
「トレイダーが、罠を張っていたんだ!あれは彼の創り出した、最後のドールシリーズだッ。油断していると、こちらが全滅させられかねないぞ」
「ほんでルックス、お前は、どこでそれを知ったんや!?」
一気に大猿の腕を駆け上ると、シェイミーの隣に立ってルックスは言った。
「戻ってくる途中、毒蛙に遭ったんだ。奴が得意げに教えてくれたおかげで、僕は知ることが出来た」
毒蛙ことデミールの攻撃を、あえて無視して皆へ伝えるために戻ってきたのだが、その前に敵は動き出してしまった。
「この地震は?あれと関係あるの?」
シェイミーも尋ねたがルックスは答えず、代わりに前方を促した。
「それよりも、皆を後退させるんだ。この揺れでは、あの遺跡は……保たない。崩れ落ちるぞ!」

今の一振りには、確かな手応えを感じた。
打撃を与えた相手、ダミアン・クルーズは鈍い呻きをあげて後方へ間合いを取る。
口の端からは血が滴り、奴の顔から余裕が消えた。
「やるな……生身で向かってくるだけはある」
それには応えず、再び間合いを計るゼノの耳に、ウィンキーの叫ぶ声が届いてくる。
――退け、遺跡から離れろ。
そう叫んでいるように聞こえた。
大地の振動は、今や立っているのも困難なほど大きい。あちこちで敵も味方も這い蹲っている。
この地震が、ただの自然災害ではない事は、遺跡の異変と併せて考えれば誰にでも判る。
盛りあがった大地を割って、新手のMSが出現している。このタイミングでの援軍は、こちらに不利だ。
ゼノが援軍に気を取られた一瞬の隙を突いて、ダミアンは走り出す。
「待てッ!」
呼び止めながら、ゼノも後を追う。
奴が向かうのは、ウィンキーが出入り口を塞いでいる遺跡ではない。
遺跡とは少々離れた先にある海岸線だ。
逃げるつもりなのか?己の脳に浮かんだ疑惑を、ゼノは即座に打ち消す。
十二の騎士と名乗った人物が、まさか敵前逃亡するわけがないと信じて。

落石をかいくぐり、割れた床を飛び越える。
「畜生、駄目か!」
崩れ落ちた階段に舌打ちを漏らす坂井の腕を取り、葵野が促す。
「こっちだ、坂井!こっちの階段なら使えるって、レイさんが!」
振動と落盤のせいで迷路は余計ややこしくなり、地下へ潜る時に来た道は塞がっていた。
葵野達一行は、うねうねと曲がりくねった道を進み、これまでに使った覚えもない坂道を駆け上がる。
「本当に、こっちであっているのォ!?」
友喜が叫べど、先頭のレイは答えるでもなく小さく呟く。
「風の匂いを感じる……」
「ちょっと、なんとか言ったらどうなの」
ヒステリーを起こす友喜は、司が宥める。
「信じるんだ!彼らは遺跡に精通している、僕達よりもずっと」
「俺達を信じてくれるのかい」と傍らを走るデキシンズが微笑んだ。
「嬉しいねぇ、英雄様」
「こんな時に信じなくて、どうするんだ」
司は不機嫌に答えると、彼の無駄口を諫めた。
「喜んでいる場合じゃないぞ。生きて地上に出てからが、この戦いの本番だ!」
最後尾を走るリオの背中に跨ったアリアが「追ってきていますか?」と、アモスの背中へ尋ねる。
アモスは、ちらりと背後を振り返り、すぐに前方へ視線を戻した。
「あぁ」
彼らを追ってくるのは、黒髪の青年。かつてはK司教だったものの、成れの果てである。
デキシンズによるとK司教は六十歳前後の男性だそうだが、今の彼は二十代かそこらの外見に見える。
若返っただけではない。手から光線を撃ち、禍々しい殺気まで兼ね備えた。
恐らく、MS改造も施されているはずだ。
トレイダーに改造されたのか、或いは自ら志願したのか。
いずれにせよ、狭い場所で戦うには辛い相手だ。まずは地上へ出なければ。
「光だ……」
先頭のレイが呟き、皆もつられて前方を見た。
眩しい光が、何か大きなものに塞がれた隙間から漏れている。あれが出口に違いない。
一気に駆け上がろうとした時、デキシンズが叫んだ。
「兄さん!!」
出入り口の一歩手前、天井に張り付いた小さな毒蛙を見つけ、全員が急停止する。
おかげで坂井は止まりきれず「ほげぇっ」と該の尻に鼻先を突っ込んで、該に「ぐぅっ」と、くぐもった呻きをあげさせた。
「何をなさいますのぉ、ワタクシの該に!」
たちまち美羽が憤慨して騒ぐのへは、坂井も憤然と抗議する。
「う、うるせぇ、急に止まんのが悪いんじゃねぇか!俺だって好きで該のケツの穴の匂いなんざ嗅いだんじゃねぇッ」
二人の喧嘩は司が止めた。
「二人とも、やっている場合か!」
天井に張り付いたデミールは微動だにしない。
真っ直ぐデキシンズだけを見つめており、近づいてくる創造者の気配に身を委ねているようでもあった。
無言の兄へデキシンズが話しかける。
「兄さん、俺達を見逃してくれ」
返事はない。だが、デキシンズは根気よく続けた。
「マスターは……マスターは、もう人ではない、MSになってしまったんだ。もうすぐ、マスターによる大量殺戮が行われる。そうすれば、マスターは全世界を敵に回しちまうだろう。いくらマスターが強くなったとしても、一人で全てのMSを相手にするのは無理だ。そうだろう?兄さん」
毒蛙がポツリと呟いた。
「一人では、な」
「そうだとも、だから、そうなる前にマスターを止めないと」
嬉々として話す弟の返事を遮って、こうも言った。
「止める?何故止めるのだ、デキシンズ。何故マスターと共に戦おうとせぬ。俺達はマスターのために生き、マスターの為に死す存在だ。忘れたのか、己の存在するところの意味を」
勿論、忘れてなどいない。
だがデキシンズの脳裏を生まれ変わったK司教の姿がよぎり、彼は激しく首を振った。
司教はデキシンズとレイがいるにも関わらず、攻撃を仕掛けてきた。
今の彼にとっては、全ての人類が敵だ。少なくとも司教のほうでは、そう見ているのだろう。
だから、十二の騎士もろとも消し去ろうとした。
「兄さん、もう、そんなことを言っている場合じゃなくなったんだ。マスターは、俺達の知っているマスターじゃなくなっちまったんだよ!」
ぐんぐん近づいてくるK司教の殺気に、葵野も坂井も焦りを覚える。
いつまでもデミールに関わっている場合ではない。
遺跡だって、いつまで保つか判らないというのに。
「あんた達ィ!さっさと出てきなさいよ、崩れたら死んじゃうわよ!?」
睨み合いの硬直に、割って入ったのは甲高い声。
タンタンだ、タンタンがウィンキーの足の間を抜けて入り口で仁王立ちしている。
デミールの気が一瞬タンタンに逸れたのと、一行が走り出したのは、ちょうど同じタイミングで。
最後尾のアリアにK司教の手が伸びる。
しかし手が彼女の髪の毛を掴むよりも早く、リオは地上へ飛び出した。
「うぉっとっとぉ!?」
よろける大猿にはお構いなく、フェレット、虎と次々に遺跡を飛び出すと、すぐに振り返り、坂井は低く身構えた。
「よぉし!地上に出ちまえば、こっちのもんだ!」
「ちょっとぉ、皆、酷いじゃない!あたしを踏みつけていくことないでしょォ!?」
一番最後に出てきて喚いていたタンタンは横合いから該の牙に引っかけられ、背中へ乱暴に放り投げられる。
「も、もぉ該ってば……そんなに、あたしの事が心配ってんなら最初から乗っけてってよね」
場違いにデレるタンタンの世迷い言を遮ったのは、美羽だ。
「オチビさん、逃げるのでしたら、もっと速く走っておいでなさぁい?サリア女王の見ている前で人質作戦など取られては、たまったものではありませんわぁ」
女王が見ていなかったら平然と見殺しにするかのような言い分に、たちまちタンタンの頭には血が上る。
「ちょっと美羽、それ、どういう意味よ!あんた、まさか」
意味を知る前にK司教が遺跡から出てきて「キャッ!」と残りの言葉を飲み込んだ。
「なっ、なによ、あのイケメン!どなた様!?」
「K司教です!」
短く答えると、更なる質問は許さぬとばかりに彼女を睨みつけ、司が吼えた。
「アリア、タンタン、葵野くんは下がっていて下さい!ここから先は、戦えない者がいても邪魔なだけだ!!」
しっかり自分もカウントされてショックをうける葵野を庇うように、坂井が怒鳴り返す。
「うるせぇ!全員で立ち向かわなきゃ勝てる相手じゃねーだろうが!!それに、葵野だってアリアだって戦える!司、お前が勝手に決めつけるんじゃねーやッ」
だがアリアはともかく、葵野はMS化できないのだ。
彼が居たところで役に立つかどうかと該は言い返したかったが、それよりも先に毒蛙の動きが視界に入る。
遺跡を飛び出たデミールはK司教の足下に立ち、敬愛するマスターを見上げて言った。
「K司教、あなたが手を下すまでもない相手だ。ここは私とデキシンズにお任せ下さい」
クリム・キリンガーは答えない。なおもデミールが話しかけた。
「度重なる失態で我々を信用できないマスターのお気持ちは判ります。ですが、我らにも挽回のチャンスをお与え下さい」
「兄さん!」
デキシンズが叫ぶ。
「兄さん、マスターはもう俺達の声も届かない!俺達ごと全人類を抹殺するつもりなんだよ!」
それにはデミールも怒鳴り声で返した。
「うるさいぞ、デキシンズ!」
ぎろりと銀色の瞳がカメレオンを睨みつける。
「貴様、無断で戌の印を連れ出すだけでは飽きたらず、レイやキャミサを拐かして味方を痛めつけマスターや俺の顔に泥を塗ったばかりか、マスターを裏切って十二真獣の側につくとは、どういう了見だ!?」
「兄さん、もうジ・アスタロトがどうとか、十二真獣がどうっていう問題じゃないんだよ!マスターは、もう誰の協力も必要じゃないんだ!たった一人で人類と戦おうとしているんだッ。でも、そんなの無理だよ!できるわけがない……MSだって人間だ、体力には限界だってある。マスターを救うには、一緒に戦うんじゃなくて止めなくちゃ駄目だ。野望を食い止めるんだ!兄さんだって、本当はもう判っているはずだろ!?俺達は負けた、ジ・アスタロトは十二真獣の前に壊滅したんだ、って!!」
必死の説得を続けるデキシンズの肩に、白いものが触れる。
レイが肩に飛び乗ってきて、彼の耳元で囁いた。
「無駄だ。たとえ理性では判っていたとしても、デミールは、けして此方側の陣営にはつかぬ」
「どうして!」
悲痛な叫びには無言で首を振り、レイは憂い顔で、かつての仲間へ目をやった。
「奴にとって創造主は絶対の存在であり、己の存在意義を示す者でもある。マスターの側を離れた瞬間、ギルギス・デミールは生きる目的を見失うだろう」
「そんなことない!」
即座にデキシンズが反発した。
「兄さんは、俺の大切な人だ!マスターがいなくても、俺が側についているから大丈夫だ。たとえ兄さん自身が認めなかったとしても、俺が兄さんの生きる目的を見つけてみせる!」
レイは憂いの表情を浮かべたまま、ポツリと呟く。
「デキシンズ、アイデンティティーとは他人が決めるものではない」
「他人じゃない!俺は、家族だよ!たとえ血が繋がっていなくても、マスターも兄さんも家族なんだ!!」
いつまでも食い下がるデキシンズに、たまらなくなったか坂井が横入りする。
「デキシンズ、もう、いい!お前は下がっていろ、お前にゃデミールやK司教とは戦えねぇだろ!」
「何がいいんだ!他人事だと思って、適当に言うなッ」
血相を変えたデキシンズが坂井を振り返った時、背後で爆音が轟いて、慌てて振り向いてみれば、K司教の足下には激しい砂埃が舞い上がり、地面には大穴が開いていた。
「な、なんだ?何が起きやがった!」
デキシンズに気を取られていて見ていなかった坂井が問うと、苦しげに該が答える。
「デミールが……やられた」
「何だって!?」
坂井とデキシンズ、双方がハモり、地面の大穴に皆の視線が集中する。
あそこには、寸前までデミールがいた。
K司教は、もはや敵味方の判別もつかなくなっていると見える。
坂井はデキシンズの顔を盗み見る。顔を歪め、彼は今にも泣き出しそうだ。
あんな必死になって説得していたのは、マスターを止めたい一心ではなくデミールを助けたかったのか。
だが弟の声は最後まで、兄には届かなかった。


轟音を立てて、遺跡が崩れてゆく。
小山から這い出た創造MS軍団が、ぞろぞろと、こちらへ歩いてくる。
K司教がくちを開いた。
「さぁ 始めよう 旧人類の代表達よ。この戦いで生き残った方が 次世代を率いる資格のある者だ」
「てやんでぇ、そんな資格、誰が欲しいっつったんだ!」
威勢良く坂井が啖呵を切り、傍らのアモスも重々しく頷く。
「我々は人類を率いる資格などいらぬが……人類を脅かす者を残しておくわけには、いかぬ。K司教、いやクリム・キリンガー!全ての犠牲となった皆々に代わり、ここで我らが成敗してくれるッ」
最後の戦いが、幕を切って落とされた。

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