DOUBLE DRAGON LEGEND

第八十四話 命とは


眠りについたエンショウと鴉はレジスタンスの連中に任せ、葵野達は地下を目指して走っていた。
目的はトレイダー・ジス・アルカイドとK司教の捕獲。
ジ・アスタロトの兵士レイによれば、R博士以下研究者達は脱出を始めたらしい。最早、一刻の猶予もない。
「急いでくれ!海に出られたら、俺達には追いつく手段がない!!」
最下層には地下を繋いで海へ出るトンネルが掘られている、とはデキシンズ談。
まさか組織のトップたるK司教が部下を置いて逃げ出すとは考えられないが、トレイダーなら話は別だ。
彼は元々ジ・アスタロトの人間ではないから、騒ぎに乗じて姿を隠したとしても、ありえない話ではない。
「こっちだ!」と的確な案内を経て、一行は目指す場所に到着した。

「トレイダァァァッッ!!!」

体当たりでドアを蹴破り、虎が転がり込む。部屋にいた人物が振り返った。
「やぁ、坂井くん。君なら必ず来てくれると思っていたよ、私の元へ」
さわやかな笑顔で出迎えたのは、元B.O.Sのトレイダー。東の民にとっては許し難き元凶である。
あの日、中央国から神龍が永久に失われた奇襲の日。あれを起こした張本人こそが目の前の男なのだ。
「やぁ、じゃねぇ!てめぇ、よくもヌケヌケと悪の組織に逃げ込みやがって、ここらが年貢の納め時だぜ!!」
牙を剥いて威嚇する坂井も何のその、トレイダーの顔から笑みは消えず、視線は坂井から葵野へ移る。
「葵野王子も、お久しぶり。どうかね、その後MSへの変身は、上手くできるようになったのかね?」
「そ……それは、まだだけどっ」
素直に答える葵野を遮り、アリアが一歩前に出る。
「トレイダーさん、K司教は何処ですか?あなたなら彼の居場所をご存じなのでは、ありませんか?」
「K司教か……」
物憂げに呟き、皆の顔を見渡すと、トレイダーは答えた。
「居場所を教えるのは構わないが、君たちは知りたくないのかね?彼が何故このような行動に出たのかを」
「それを知るために彼を捜している」と答えたのは該だ。
背後に寄り添う美羽へも目をやり、トレイダーが口の端を僅かに歪める。
「だが、君達では彼からは何も聞き出せないだろう。君達と彼とでは、あまりに思想が異なる」
「なら、あなたなら聞き出せるっていうの!?」と、これは友喜の叫びへ微笑むと、彼は言った。
「そうだ。既に彼からは聞き出している。居場所を教える前に、それを君達へ教えてさしあげよう」
「えっらそうに!」
いきり立つ坂井は該が押し止め、美羽が代わりに頷いた。
「では、お聞かせ願えますかしらぁ?」
そして、トレイダーは語り始める。
K司教――元来の名をクリム・キリンガーといった、MS研究権威の生涯を。

クリム・キリンガーは、なにも最初から狂気に囚われていたわけではない。
一人息子のギルギス・キリンガーが生きていた頃は、人間の未来を真面目に考える優秀な学者だった。
多くの学者がそうしたように、彼も初めはMSがウィルスによる発病だと考えた。
しかしMSが血族の間で遺伝すると判ってからは、彼は主流の考案に疑問を投げかける。
何処かから来た菌が原因なのではなく、特定の血液ないし体液と化学反応を起こして生まれる抗体なのではないか。
こうした考えから、動物実験を越えた人体実験へと辿り着くのは、さほど難しい展開ではない。
動物だけでは判らない結果もある。その結果、招いたのが一人息子を事故で失う大惨事であった。
息子を実験台にしたわけではない。実験台にしたMSが暴走し、ギルギスは巻き添えをくらったのだ。

「人は、かくも脆い生き物だ。どんなに鍛えても、死ぬ時は一瞬なのだからね」
そう呟いて、トレイダーは一旦言葉を切る。アリアが尋ねた。
「それで……どうして、K司教は改造MSの道へのめり込んだのですか?」
今の話を聞いただけだと、MSは憎悪の対象になりえるだろうが、研究材料にはならない気がする。
アリアの疑問へ答えるかのように、トレイダーは話を続けた。

MSに親しき者を殺された親族ならば、一度は考えるのがMSへの復讐だ。
だが、不思議とクリムの心に復讐の二の文字は浮かんでこなかった。
息子は死んだ。MS研究の余波で。
しかし息子が死んだのは、彼が弱い肉体の持ち主だったからだ。
もし実験体よりも強い肉体を持っていたら、ギルギスが命を落とすことなどなかったはず。
そうでなくても、病気、事故、災害。人を襲う危険は多く、肉体は、かくもひ弱である。
もしかしたら、人はMSでいられるほうが幸せなのではないだろうか。
MSの肉体は強靱だ。打たれ強いが故に、ちょっとやそっとの攻撃では命を落としたりしない。
治すのではなく全ての人類をMS化したほうが、より輝かしく安全な未来が待っているのでは――
クリムは次第に、その考えに取り憑かれるようになっていった。

司を見据え、トレイダーが苦笑する。
「そんな折も折、彼らは石版を発見した。石版には恐るべき秘密と悪魔の研究が記されていた。――あぁ、気を悪くしないでくれたまえ。当時の人々による良識での判断だ」
えぇ、と頷き司も同意した。
「命を創り出すのが冒涜とされるなら、僕達のマスターがおこなった実験は、まさしく悪魔の所業でしょう」
真実は、もちろん違う。
剣持博士らが十二真獣を創り出したのは、けして命を冒涜したかった訳ではない。
優雅に微笑むと、トレイダーは話を引き継ぐ。
「手段が何であれ、剣持博士の求めた未来も初期のクリム同様、人類の繁栄と救命だ。しかし彼が最も不運だったのは、彼らのスポンサーが戦争で心変わりしてしまった点だろう」
スポンサーが、十二真獣を戦争の道具として扱うと決めた日。
剣持博士には十二真獣を里子に出すしか、回避の方法がなかった。
他人の手に委ねるしか、子供達を救う手だてがなかったのだ。
十二真獣を全て手放した後、彼は石版を作成した。
後世に、自分の研究を受け継ぐ人材が現れることを期待して。
剣持博士の残した遺産――石版は、クリム・キリンガーの研究にも大きな影響を与える。
素材の消失により試せなかった実験も多かったが、やがて彼は十二真獣を基盤に新しい命を誕生させる。
それが十二の騎士、すなわちデキシンズやキャミサ達であった。
「じゃあ十二の騎士が誕生した時点で、K司教の目的は果たされたんじゃないのか?」
葵野の質問に、トレイダーは薄く口元を歪めただけだ。代わりに美羽が答えた。
「そうはいかないのではなくて?創り出したなら、実験が必要ですわぁ」
「実験って?」
「実際に、どれだけ強いのかを証明しなくちゃいけないでしょ」と横合いから友喜も口を挟む。
「どうせ、こいつらを創り出すための資金繰りには、スポンサーを必要としたんでしょうから」
こいつら、と顎で示されてデキシンズは苦笑する。
その点において、司教は方法を誤った。
今ではデキシンズも、それを認めなくてはいけないと思っている。
剣持博士のように実験室だけで行えばよかったのだ。
全世界を敵に回した今、生き残る事すら難しくなってきた。
しかし――しかし、それこそが司教の狙いだったのではないか?
全世界の人類を敵に回してでも、生き残る。
それを達成した者こそが、新しい人類を名乗れるのではないだろうか。
険しい道のりだ。十二真獣だって達成できるかどうか。
しかし十二の騎士は、十二真獣のコピーで終わってはいけない。
彼らを越えるのがK司教の目標だったのだから。
「スポンサーが納得いかない程度の生命体じゃ、創り出した意味もないんでしょ。だから悪そうな事を企んでいる組織に提携を持ちかけて、あっちこっちで戦いを引き起こしたのよ。実戦を元に、どれだけ強い生命体なのかを誇示する。それだけの為に何百人もの命を犠牲にしてね」
その通り、とトレイダーが頷いて軽やかに拍手する。
「無論、実験は連戦連勝とはいかなかったようだが。そうだろう?十二の騎士の諸君」
カメレオンは肩をすくめる真似をした。
「まぁね」
「負けるたびに我々は改造を施され、更なる強靱な肉体を手に入れた。しかし」
一旦言葉を切り、レイの視線が坂井、司、該を見やる。
「我々はオリジナルを越えることなど出来はしなかった」
「出来ていたら、今頃あたし達がいなくなっていた処だもんね」
友喜も同意し、締めくくる。
「K司教の企みは失敗したのよ」
「で、あいつはもう、逃げたのか?」
ゆっくりと虎がトレイダーとの距離を縮める。
「それと、もう一つ。お前が此処に残っている理由ってのも聞かせて貰おうじゃねぇか」
トレイダーは微動だにせず突っ立っていたが、ややあってから返事をした。
「K司教は逃げてなどいない。会いたいのであれば今すぐにでも、ご紹介しよう。あぁ、それと」
くるりと背を向け、彼は言った。
「私が此処で君達を待っていたのは、新しい進化を遂げた彼を紹介するためだ」
言い終わるや否や、トレイダーが突然走り出す。
「待ちやがれ!」と飛びかかった坂井は、奴の体をすり抜けて床に思いっきり頭を打ちつけた。
皆の見ている前で壁にぶつかるかという寸前、トレイダーの姿は霞が如く消え失せる。
「え、えぇっ!?幽霊!?」
仰天の葵野には、司が叫んだ。
「違う、立体映像だ!トレイダーは、この部屋に最初から居なかったんだ!」
「え、映像?でも、こっちの質問に相づち打っていたってのは、どういう仕掛けなの?」
混乱する友喜やアリアの、しかし質問に答える暇など彼らには与えられず。
目の前の壁が腹の底まで響く重低音と共に左右へ開かれると、奥から巨大なビーカーが押し出されてくる。
「なっ……何、これッ!?」
一糸まとわぬ全裸の青年が、こちらを正視している。
完全に部屋の中央まで巨大ビーカーが押し出された後、激しく空気の漏れる音がした。
「見てッ!ビーカーが開いていく!!」
友喜に言われずとも皆が凝視する中、ゆっくりとビーカーの中央は左右に開き、黒髪の青年が足を踏み出した。
「ご大層な登場ですわねぇ。K司教という方は、もったいぶるのがお好きな方でいらっしゃるのかしらぁ?だとしたら」
美羽の軽口を途中で遮ったのは、デキシンズだった。
「ち……違う」
「何が違うとおっしゃるんですのぉ?」
「あれは……マスターじゃないッ」
「K司教では、ない?しかしトレイダーはK司教を紹介すると言ったんだぞ」
直後にビーカーが出現して中から人が現れたら、誰だって、そいつをK司教だと思うだろう。
しかし司がカメレオンを見やると、青ざめて震えている。
足下のフェレットにしても同じ事、青年の正体を見極めようと目を細めているではないか。
不意に青年が右腕をあげたので、皆の会話は中断する。
即座に戦慄が背中を走り抜け、坂井は叫んだ。
「危ねぇッ!!」
――刹那、青年の指から放たれた何かが一直線に飛んできて、背後の壁を破壊する。
横っとびに飛んで逃げた一同は、一斉に戦闘態勢へ入った。
「やろうってのか!?」
血気盛んな坂井が叫ぶも、該がいち早く牽制する。
「待て!」
青年が何か話そうとしていた。
うつろな瞳で辺り一周を見渡し、唇がパクパクと不自然な動きをする。
それでも声は、きちんと人の言語で届いてきた。
「私は、長い間 夢を見ていた。そう、夢を だ」
彼の言わんとすることが判らず、葵野はポカンとする。
いや、呆然としているのは彼だけじゃない。アリアやアモス達もだ。
司や美羽は油断なく身構えたまま、次の言葉を待った。
「人類を、平和に 導く。Monster Soldierという病気を治せば 人々は幸せを取り戻せると、そう思っていた。しかし、それは 私の勘違いだった。思い違い、とも言えよう。何故なら MSは病気ではなく……人の持つ、強い想いが形成した 詛い であったのだ」
静まりかえった部屋に、青年の辿々しい声だけが響く。
「MSは 奇病ではない。その結論に至った時 私は 自分の歩むべき道を、見失った。迷う私の前に、転機が訪れたのは ギルギスの死だ。息子の死をもって 私は 新しい道を踏み出した。治せないのであれば 受け入れれば、よい。MSを受け入れること それこそが、人類の進むべき新しい第一歩なのだと 気づいたのだ」
ギルギスの名が出た瞬間、ピクリとデキシンズの肩が跳ね上がる。
やはり、この青年はクリム・キリンガーなのだ。
声も容姿も原型を一欠片も残さぬ別人に生まれ変わってしまったようだが、一体彼に何があったというのか。
「あなたの息子さんが死んだのは、あなたがMSを研究していた頃ではなかったのですか?」
好奇心に負けて、アリアが尋ねると。青年クリムは、ガラス玉のような瞳を彼女へ向ける。
「違う。ギルギスが死んだのは 私がMSの、からくりに 気づいた後だ。それを実証するべく、私は 貧困街に住む若者を 実験台に選んだ。彼は 生まれながらにMSだった。彼の心を静めようと 脳に直接 刺激を与える手段を 取ってみた。脳が活動を停止すれば 肉体がMSでいようとするのを 止めるのではないかと推測したのだ。だが 彼は、暴走した。暴走して 私の息子を道連れにした」
「そんな……酷い、推測だけで危険な実験を進めるなんて。人間は実験動物ではありませんよ!」
カッとなって叫ぶアリアを横目に見ながら、該は傍らの蛇へ小声で囁く。
「クリムもMS化できるようになったと考えたほうがいいのか?」
チロチロと舌を出し、美羽は青年を睨みあげた。
「そうですわねぇ、MSこそ新人類だという結論に達する御方ですもの。ご自身を改造していても、おかしくありませんわぁ」
無防備で立っているように見えて、クリムの全身からは凄まじい闘気が立ち上っている。
彼が心の内を告白するためだけに現れたのではないことを物語っていた。
自分の研究成果は、過去の遺物を越えられなかった。
それでも、彼は夢を捨てきれなかったに違いない。結論として、彼が選んだのは――
「デキシンズ達には、お前が誰なのか判らないようだが、お前はトレイダー曰くクリム・キリンガー本人らしいな。古い肉体を捨てたのは、自ら新しい人類になるつもりだったのか?」
ずいっと一歩前に出てアモスが問うと、クリムは「否」と首を真横に振った。
「私が、この姿を 選んだのは 私自身の探求の 答えを手に 入れんが為」
アリアが聞き返す。
「答えは、もう出たんじゃなかったんですか?MSは病気ではなく、人の心が生み出した詛いだと」
「まだだ」
もう一度首を振り、それまで虚ろだったクリムの瞳に光が宿る。
「本当に 人類が、幸せになるには 違いがあっては、ならぬ。全ての者が 平等でなくては、差別が起きる。新しい時代を歩めるのは 強靱な肉体と 挫けぬ魂を持つ、MSになれる者だけだ。ひ弱な、今の時代の人類など……新時代を生きるに値せぬ!」
クリムの叫びが終わると同時に、ドン、と大地を揺るがす振動が起きた。
足下の地面が粉々に砕かれ、うねりが地割れを引き起こし、一同は立ってもいられなくなる。
「きゃあっ!」
地割れに飲み込まれかけたアリアは間一髪でリオが救い出し、へたり込んだ葵野の首根っこを坂井が咥えて走り出す。
去り際、皆へも声をかけた。
「ここにいたら、やべぇ!一旦地上に出るぞ、あいつを表へ引きずり出すんだ!!」
「でもっ!ついてこなかったら、どうするの!?」
坂井へ叫び返す友喜を背中へ乗せると、司もまた地上を目指して走りながら答えた。
「彼はついてくるさ、必ず。僕達と地上の人間全てを全滅させた時が、初めて彼の目指す世界になるんだからな!」

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