DOUBLE DRAGON LEGEND

第八十三話 通路の攻防


遂にジ・アスタロトの本拠地を突き止めたMS合同軍。
強行突破で中に入り込んだ坂井やリオは、まっすぐ奥を目指す。
目的は囚われの十二真獣奪還にあった。
狭い通路、先陣を切るのは黒と黄色の虎。続けて茶毛の馬が後を追う。
「アリアッ!どこだ、返事をしてくれ、アリアー!!」
リオは大声で呼びかけるが、当然のように本人の返事はない。
奥へ走っていくうちに、坂井は通路を塞いで転がる物体に足をひっかけ転びそうになった。
「うぉっとぉ!?」
何とか受け身を取って反対側で身を起こす。
突然の悲鳴に驚いて、リオが慌てて急ブレーキをかける。
「どうした、坂井?」
返事を聞く前に何が起きたのかは彼も察した。
通路いっぱいに転がるのはMS、それも敵側の雑魚兵だ。
どいつもこいつも傷だらけで、苦しげな呻きをあげる者、或いは完全に気絶ないし死んでいるのかピクリとも動かない。
壁にも床にも血が飛び散っている。激しい戦いがあったのは一目瞭然だ。
「こいつぁ、司達の仕業か……?」
坂井の独り言に「恐らく」と頷き、リオは近くに転がるMSを足で小突いた。
まだ意識があると見えて、小さく呻いた狼が首をもたげる。
「貴様らが襲ったのは十二真獣か?」
リオが尋ねると、答えるのもつらそうに狼がぼやく。
「そ、そうだ……逃げ出した、牛の印と龍の片割れを捕らえるために、俺達は……だが牛の印一人のせいで、このざまだ。ハナから……俺達に捕らえられる相手じゃなかったんだ」
「アモスと友喜か」
坂井が頷き、ヒゲを揺らす。
「あいつらは、どっちへ逃げた?」
なおも坂井が尋ねると。
「地下だ……奴ら、K司教を探していた」
それだけ答え、ぐったりと狼は横たわる。
「地下、ねぇ。なんで逃げ出したのに地下へ行ったんだ?しかもK司教を探しにって、何のために?」
考え込む坂井を、リオが促す。
「ここで考えるより、本人へ直接聞いた方が早かろう」
「まぁな」
それには賛成なのか再び坂井が走り出し、リオも後を追う。
何故かは判らないが、アモスと友喜は地下深くへK司教を探しに行ったらしい。
司を捜しにではない事に若干引っかかりを覚えたものの、坂井は、すぐに頭を切り換えた。
切り替えざるを得なかった。
何故ならば、地の底から奇妙な唸り声が轟いてきたからだ。
「な、なんでぇ、今のは!」
走りながら、しかし速度を緩めず坂井が後方のリオへ問えば、リオも走るスピードはそのままに前方へ目をこらした。
「判らん!だが用心しろ、坂井ッ」
言われるまでもない。ここは敵地なのだから。
そこらじゅうに倒れたMSを飛び越え、二人は通路を突き進む。
これもアモスや友喜らが倒したのだろうが、一体総勢で何人潜んでいたのだろう、この隠れ家には。
おまけにまだ、倒されていない奴が潜んでいる。
地下から届いた唸り声は、どう解釈しても味方とは思えない。
「K司教ってなぁ、相当頭のイカれた野郎らしいな!一体何人の人間を実験台にすりゃあ気が済むんだ!?」
血だまりを飛び越え、坂井が怒鳴る。
比較的綺麗な床に着地したリオも、ぼそぼそと呟き返した。
「K司教だけが悪者ではなかろう……彼に荷担した学者や協力者、実験に志願したMSも含めた全てが、いかれている」
聞こえなかったのか、聞いていなかったのか、坂井の相づちはない。
やがて通路の先にも終わりが見えた。
上に向かう階段と、下へ向かう階段。
二人は迷わず下へ行きかけ、不意にリオが小さく声をあげたかと思うと一目散に階段を転がり落ちていくもんだから、これには坂井も驚いた。
「おっ、おぉい、リオ!おま、あんま無茶すんな!!」
二段とばしで急いで階段を降りてみれば、息を切らせた友喜、座り込んだアリアの二人と踊り場で再会した。
リオは頭から突っ込んだらしく、情けない格好で転倒している。
「ゆ、友喜?それにアリアじゃねぇか!お前ら、合流できていたのか」
騒ぐ坂井を一瞥し、呼吸を整えた友喜が、さっそく場を取り仕切る。
「達吉、良いところで会ったわね!あたし達、表の皆に援護を頼もうと思って走ってきたの」
「へ?援護?」
きょとんとする虎のヒゲを乱暴にひっつかみ、友喜が坂井を睨みつける。
「もう、勘が鈍いったら!戦っているのよ、判るでしょ!?」
「イッ、イデデデデ!戦っているって、一体何とでぇっ!」
「決まっているでしょ」
ヒゲを放し、友喜は言った。
「十二の騎士の生き残りよ。厄介な事にね、合体してパワーアップしちゃったの」
「合体って何と何がだよ?」
涙目の虎には「ミスティルさんです!」とアリアが答え、リオを助け起こす。
「ミスティルだってぇ!?」
仰天する坂井、その背に跨ると、友喜は発進を促した。
「いいから、今は急いで戻って!詳しく説明している暇はないのッ、司達が戦っているんだから!」
訳がわからないまでも、急がなければならない雰囲気だけは伝わったのか。
「よっしゃ、しっかり掴まっていろよ!」
坂井の走るスピードはあがり、リオに跨ったアリアも続く。
友喜の道案内により、四人は戦場と化した通路へ到着した。

坂井やリオとは別のルートを選んだ救出組もまた、反対側へ顔を出す。
だが直後、「うわぁぁっ!」と大きく悲鳴をあげて、レジスタンスの連中が後ろへ下がる。
間髪入れず炎が通路を薙いでいき、辺りの気温は一気に跳ね上がった。
反対側に坂井の姿を見つけた葵野は「坂井!」と叫ぶが、彼に聞こえた様子はない。
それもそのはず、坂井の視線は真っ直ぐ前、目の前に立ちふさがるMSだけを捉えていた。
反対側にいる葵野は勿論のこと、側で隙をうかがう該や司も坂井の目には入っていまい。
「なんだ、こいつは……!?」
顔を焼き焦がさんばかりの熱気と同時に、突き刺さるほどの冷気も吹きつけてくる。
天井スレスレに浮遊しているのは片面が炎に包まれ、もう片面は凍りついた異形のMSだ。
「あれが十二の騎士の残りです!ミスティルさんと融合して炎と冷気、二つの能力を持ったMSになったんです!!」
「炎と冷気……相反する能力だが、共有できるものなのか?」
誰に言うともなく呟いたリオに、答える者はいない。
できるか否かは、目の前のMSが立証しているではないか。
「こんな改造、やれるっつったら、あいつしかいねぇな」
額に汗して後退する虎へ、白い犬が頷く。
「えぇ。トレイダー・ジス・アルカイド……あなた方の警戒を僕達は、もっと真面目に捉えるべきでした」
そこへ炎の渦が飛んできて、司と坂井は更なる後退を余儀なくされる。
炎の向こうで白いイタチのような生き物が、空飛ぶ異形の合体MSへ呼びかけるのを見た。
無論ただのイタチではあるまい。この場にいるのは全員MSだ。
「アルムダ、いや、エンショウ!もう、やめてくれ。我々が戦う理由など、何処にある?」
『戦う理由なら、ある。貴様らは』
ぐるりと鳥MSの眼球が回り、対面で構える虎と犬を睨みつける。
『トレイダー様に、害をなす者。我は、それらを全て、叩き潰す為に、生まれし者』
「害をなすって、決めつけないでよ!」と騒いでいるのは、大蜥蜴のキャミサ。
「少なくとも、あたし達は無害だわッ。あいつとは一応仲間なんですからね!」
「――あいつ、仲間になったのか?」と坂井が傍らの司へ低く尋ねると、司は複雑な表情を浮かべて坂井を見た。
「仲間と言って、いいものかどうか。彼女はきっと否定するでしょうね」
「少なくとも、俺は仲間だぜ」
不意に背後から声が聞こえ、反射的に坂井は振り返る。
今まで瓦礫の山だと思っていたものは、すぅっと緑に染まっていき、司の隣へ移動した。
ボツボツの肌に、くるんと丸まった尻尾。キョロキョロと忙しない眼球には、とてもよく見覚えがある。
「そうだろ?英雄様」
長い舌をチロチロさせながら小首を傾げてみせたのは、司と一緒に行方をくらましたデキシンズであった。
「てめぇ、毛むくじゃらじゃねぇか!!」
坂井の怒号に、反対側の葵野が反応する。
「えぇっ?ギルギスさんが、どうしてココに!」
その声で、ようやく坂井も葵野の存在に気付いて声を荒げた。
「葵野!なんで、お前まで乗り込んできてんだよッ。ここは危険だ、安全な場所まで下がってろ!!」
「安全な場所など、何処にもない――!」と応えたのは、葵野ではなく。
他のレジスタンスメンバーもろとも、葵野は「うわぁっ」と無様な悲鳴をあげて床を転がる。
間一髪、背後からの奇襲を寸前で避けた。
強襲してきたのは黒い鳥、いや鳥のMSだ。
襲ってきた処から考えて、こいつもジ・アスタロトの残兵か。
「鴉!」
レイが叫ぶ。
鴉と呼ばれた黒い鳥はフェレットを一瞥し、瓦礫の上に舞い降りた。
「レイ……何故こいつらと一緒にいる。お前はR博士の護衛として共に逃げたと思っていたが」
「あんたこそ、今まで何処に行っていたのよ!」
金切り声で叫ぶキャミサへ「危ないッ!」と横っ飛びに司がタックルをかます。
体勢の崩れた、その直後。先ほどまでキャミサのいた場所を、尖った氷の槍が無数飛んでいく。
「いったぁ〜……何すんのよ、いきなり!?」
司へ噛みつく彼女を、デキシンズが諫める。
「油断するな、エンショウは俺達全員を敵と見なしているんだぞ!」
そればかりじゃない。
奴の攻撃は三百六十度全てを見渡しているかのような広範囲だ。
何処にいても正確に炎と氷が飛んでくる。
こちらは避けるので手一杯だ。とても近づく余裕がない。
「どうする……このままでは時間が無駄に過ぎ去っていくだけだ。トレイダーを逃がしてしまうかもしれん」
該の囁きに、司が低く応える。
「せめて奴の気を数秒でも逸らす事ができれば……」
「それなら、うってつけの者がいるのではなくて?」
美羽の言葉に司や該は首を傾げるが、先を続ける前に羊が曲がり角からヒョコッと顔を出した。
「私が動きを止めてみます。私の眠りの能力なら数秒といわず動きを止めることが可能なはずです」
羊の印の能力。それは広範囲に渡り睡眠効果を与える。
よほど強靱な精神の持ち主でもない限り、大半は、ひとたまりもなく眠りにつく。
「ならば、動きを悟られぬよう俺達は牽制しておこう」
能力をかける間、彼女は一切動けない。それも計算に入れた上で牽制する必要があろう。
「……いくぞッ」
小さく号令をかけ、美羽、司、該の三人が飛び出した。
動きにつられたエンショウが飛ばしてくる炎を当たる直前でかわし、司と美羽は瓦礫の下へ潜り込む。
該は身を沈めて、そのまま直線上を走っていく。
立て続けに降り注ぐ氷の刃の隙間をかいくぐり、瓦礫をカタパルトに壁を蹴って飛び上がった。
『ぬぅっ!』
渾身の一撃は紙一重でかわされて、逆に無防備な体を足の爪で引っかかれ、「ぐぅっ」と苦しげに呻いた該は、受け身も取れずに落下した。
立ち上がる前に、黒い弾丸が該めがけて突っ込んでくる。
だが鋭い嘴が猪を貫く――かと思いきや、鴉は寸前で上昇した。
「レイ、邪魔をするな!!」
見れば、横たわる猪の側に立ちふさがるのは小さな白いフェレット。レイだ、レイが該を庇っている。
「邪魔をしているのは、お前だろう!鴉。ここは大人しく退いてくれ、私達はお前まで倒すつもりはない」
くるりと一回、旋回して鴉は再び該へ狙いを定めながら、レイへ話しかけた。
「気でも違ったのか……?お前は、お前だけは俺達を裏切らないと信じていた」
レイは胸を張り、精一杯の抵抗を見せる。
「気など違っていない。戦況を考え、己の考えに従ったまでだ」
そして、こうも続けた。
「お前は逃げろ、R博士と共に。お前は私達の中で一番罪が浅い。ここで死ぬ必要はない」
「罪が浅い?それは違うな」
いつの間にかレイの横へ立ち、リオが鴉を睨みあげる。
「奴の罪は最も重い。何故ならば、奴こそが俺達の本拠地の井戸に毒を混ぜた張本人なのだからな!」
言い捨てるが早いか、レイの首根っこを咥えて真横に飛ぶ。
背後で倒れていたはずの該も、とっくに立ち上がっており、飛んできた炎を軽々避ける。
追撃の手を緩めまいとばかりに大きく息を吸い込むエンショウ、そして瓦礫を蹴って突っ込んでくる鴉。
それらの勢いを食い止めるかのような大声で、坂井が叫んだ。
「耳を塞げェ!!くるぞッ」
途端に該、美羽、司は身を伏せて耳を押さえる。
何が来るのか判らないまま、反対側で隠れた葵野やレジスタンス兵士も必死で耳を塞ぐ。
「キャミサ、レイ!あなた達も早く!!」
耳を塞いだ格好で司は叫んだが、それよりも早くに音波が来た。

羊の印が持つ能力、永久とわの眠りの正体とは強力な催眠音波であった。
その範囲たるや羊の印より前方全面に渡るのだから、十二真獣が恐れられるのも無理はない。
強靱な意志、すなわち己の意志で物を考え、確固たる信条のある者だけが難を逃れる。

第三者の手により意志を書き換えられたエンショウが、その音波に耐えうるはずもなく、ぼとりと落ちてきたかと思えば、すぐにグゥグゥ鼾をかいて眠りに落ちる。
一方の鴉はエンショウよりも骨があったのか、眠りに落ちるまでには間があった。
だが結局眠りには勝てず、黒い鳥は途中で失速する。瓦礫の山に突っ込むかたちで墜落した。
レイが該を庇った時、鴉はひどく動揺していた。
その程度の精神力では、到底睡魔から逃れるのは無理であろう。
――ややあって。
「…………眠ったか?」
むくっと身を起こした坂井の耳に、デキシンズが、そっと囁く。
「そのようだね。二人を起こさないように、忍び足で進むとしよう」
耳元に生暖かい息をかけられ、坂井は文字通り飛び上がる。
「うぉわ!!て、てめぇ、何しやがる!?」
くすぐったいなんてもんを通り越して、今のは、かなり気持ち悪かった。
「しーっ!静かにしようって言った側から、なんて大声出してんのよ、達吉ッ」
騒ぐ坂井は友喜が窘め、その友喜を今度は司が窘める。
「ゆ、友喜も声が大きいですよ。静かにして下さい」
窘めてから、司はぐるっと周囲を見渡した。狙い通り、味方以外は全員おねんね状態だ。
ついでにキャミサも寝ているが、これはむしろ、もっけの幸い。
彼女は同行を嫌がっていたのだ。
起こしてつれていくよりも、ここへ寝かせておくのが一番だろう。
「……ふぅっ」
満足げに溜息をつくと、アリアも皆の側へ歩いてくる。
リオが駆け寄り膝をついた。
「疲れただろう。俺の背に乗ってくれ」
しかしアリアは騎乗を断り、葵野の前で立ち止まる。彼を見上げ、ニッコリと微笑んだ。
「ここからが本番ですよ、小龍様。行きましょう、全ての片をつけに」
「う、うん」
どうにも頼りない返事に、美羽は これ見よがしな溜息をつき、アモスが苦笑する。
「デキシンズ、じゃあ引き続き道案内を頼む」
どことなく穏やかな空気の中、司がデキシンズに命じると、間髪入れずに坂井が突っ込んだ。
「って!その前に、なんで毛むくじゃらがお前らといるのか説明ぐらいしろよッ」
それに答えたのは、司ではなく該だった。
「その話は、行く道すがら追々話そう」
「そうだ。今は一刻を争う」とレイも頷き、皆の顔を見渡した。
「私がトレイダーなら、すぐに此処を逃げ出すだろうな。研究素材を一式持って」
「トレイダー?お前ら、トレイダーを探しているのか。なら話は早ェや、さっさと行こうぜ!」
トレイダーの名前を聞いた途端、坂井は真っ先に走り出す。
「だからぁ、行くなら静かに行きなさいよ、起きちゃうでしょ!?」
その後を大声で追いかける友喜、司、美羽、アモスに該と続き、少し遅れてアリアとリオ、葵野も走り出す。
デキシンズとレイも走り出そうとして、一人残ったルックスに気付き、足を止める。
「どうした、一緒に行かないのか?」
デキシンズに促されたルックスは首を真横に振り、逆にジッとデキシンズとレイを見つめる。
「表の様子が気がかりです。僕は一旦地上へ出て、残りのメンバーと合流してから戻ってきます」とだけ言い残し、小猿は反対方向へ走り去った。
「……なーんだ?あいつ。あいつも十二真獣だろうに、身勝手な奴だなぁ」
ぼやくカメレオンの足を軽く踏み、フェレットが彼を見上げる。
「お前も相当、身勝手だぞ。勝手に英雄を連れ出したばかりか、反逆までしたのだからな」
「え、あ……ご、ごめん」
今更ながらに狼狽えるデキシンズへ、今度は優しく微笑んだ。
「だが、それを言うなら私も同じだな。生まれ故郷を裏切って、お前と共に敵側についてしまった」
どう慰めたものかデキシンズが迷っている間に、きゅっと口元を引き締め、レイは真剣な表情に戻る。
「もう後戻りはできないぞ。この先、デミールと出会ったら戦いの場になるかもしれん。覚悟は、できているな?」
「あぁ……できているよ。例え兄さんが立ちふさがったとしても、俺は、必ず乗り越えてみせる」
いつも気弱な彼にしては珍しく、デキシンズは決意を秘めた眼で答えた。

←Back Next→
▲Top