DOUBLE DRAGON LEGEND

第八十一話 人である、ということ


地響きが聞こえる。
表でMSが戦っているのだ。
囚われの十二真獣を救い出すため、レヴォノース残党とレジスタンスが手を結んだ。
そんな喧騒もK司教の耳には入ってこない。
目の前を歩く男の話しか、彼の耳には届いていなかった。
硬い石畳に二つの靴音が響く。
一つはK司教、もう一つはトレイダー。
二人は今、地下にあるトレイダー専用の研究室へ向かっていた。
「協力と言うが、貴様は何を私に望んでいるのだ?」
「簡単な話です。あなたの頭脳を私に貸していただきたい」
「……頭脳を?」
行き止まりの扉を見上げてトレイダーが頷く。
「その通り。そして、これは貴方にとっても悪い話ではないのですよ」
背後で閉まる扉の音を聞きながら、さらに司教は尋ねた。
「それはどうかな……貴様の理想は私の求める未来とは異なる。先ほどの話を聞いた限りでは、私に利があるようには思えないが?」
「貴方の望みは」
部屋の奥にある巨大な試験管の前まで歩いていき、トレイダーが振り返った。
「この世界に新しい人類を産み出すこと。違いましたか?」
「そうだ、その通りだ」
頷く司教へ微笑みかけると、トレイダーは、かぶりをふる。
「しかし、生み出した後はどうするのです。生み出して、そこで終了――では、ないのでしょう」
「当然だ」
トレイダーの隣に立ち、K司教は試験管を見上げる。
試験管の中は、薄い液で満たされている。
幾つもの気泡が浮かんでは消え、中央の物体を包み込む。
「……これは?」
傍らの男に尋ねると、トレイダーは薄く笑った。
「研究成果ですよ。そして、貴方の新たな肉体でもある」
「何……!?」
中央に浮かぶのは、黒髪の青年。
肉体年齢は十代後半から二十代前半だろうか。まぶたを閉じ、まるで眠っているようにも見える。
「貴方は新人類を生み出したいのでしょう?しかし生み出して、そこで終わりではない。ならば貴方が求める、その先の未来とは、どのような世界ですか」
真っ向からトレイダーを見据え、K司教は言った。
「私の求める未来は、人類の幸せだ。全ての人が人として平等に扱われ、差別のない平和な時代を迎えるのだ」
「なるほど」
トレイダーも一旦は頷き、だが、と続けた。
「所詮は机上の空論、理想論でしかありませんね」
「何?」と片眉をあげる司教から試験管へ視線を動かし、トレイダーが畳みかける。
「たとえ今より強靱な肉体をもつ生物を作り上げたところで、人の精神、思考は、そう簡単に変わるものではありません。人は武器を持ち、互いに争い、血を流すでしょう」
不承不承頷きながら、K司教も反論する。
「……確かに今は、そうかもしれん。だが何世紀もかければ」
「その前に、貴方の命が尽きてしまいますよ」
「たとえ私が滅びようとも、人類が繁栄し続ける限り――」
「――戦い続ける、でしょうね。人類の手元に武器がある限り」
「ならば、武器を取り上げれば良い!」
語気を荒げるK司教をじっと見つめ、トレイダーは僅かに口元を綻ばせる。
「それも一つの案です。ですが、もっと手早く貴方の理想世界を作り上げる方法がありますよ」
トレイダーがパチンと手元のスイッチを入れると、試験管の水が急速に引いていく。
「人々が争うのであれば、その魂から闘争心を取ってしまえばいい。人類の意志がまとまらないのであれば、まとめればいい。全ての人類を洗脳してしまえば、戦争も起こらなくなるでしょう」
「馬鹿な……!できるわけがない。何千、何億という人類の洗脳などッ」
即座に否定する相手を見つめ、彼は笑った。
「どうしてです?これから先を生きるのは、貴方が作り出した人類だ。彼等の生死を決めるのも、思考を決めるのも貴方次第ではありませんか」
巨大試験管の中で、青年が目を覚ます。
ゆっくりと瞼が開き、黒い瞳がK司教を見下ろした。
「ですが貴方は人間だ……これから先、長い年月を生きることは出来ないでしょう。だから、この肉体と融合するのです。融合しても、頭脳は貴方のものだ。MSとなって永遠の命を生き、そして新たな人類と共に平和な世界を築くのです」
青年と目が合い、K司教は一歩後ずさる。
「MSに……なれと、いうのか?この私に」
トレイダーの弁を信じるなら、あの青年はMSだという結論になる。
融合したら、どうなってしまう?
肉体はMSになる、それは構わない。だが、意識はどちらが優先される?
頭脳は貴方のものだ――奴は、そう言った。しかし、その言葉を裏付けるものは何もない。
「人を越えたMSによる、新世界を作るのでしょう?」
トレイダーが静かに微笑む。
「その世界の王たる者がMSでなくて、どうするのです」
「貴様の……」
乾いた唇を舌で湿らせ、司教が問う。
「真の狙いは、なんだ?」
「真の狙い?」
演技がかった動作で両手を広げると、トレイダーは言った。
「言ったでしょう。私の望みは剣持博士の作り出したMS、十二真獣の最終進化を見届けること。ですが十二真獣が、これ以上の進化を遂げるには、もう一段階を必要とします。つまり、敵です。強力な敵が必要なのです。十二の騎士よりも、もっと強大な力を持つ」
「私に……その、敵になれと?」
「そうです」
悪びれもせずに頷くと、彼は話を締めた。有無を言わせぬ口調で。
「これは貴方にとっても乗り越えねばならない試練かと思いますが?旧人類が生き残った状態では、貴方の求める平和な世界を実現するのも不可能でしょうから」


シェイミーの案内でジ・アスタロトの本拠地までやってきた葵野は、敵の数の多さに圧倒されていた。
「すごい……数、だね」
最後尾、猛獣に跨り青ざめて呟く葵野の横で、サリアが重々しく頷く。
「えぇ。ですが、わたくし達は、ここを突破して前に進ねばなりません。囚われた仲間を救い出す為に」
目の前に広がるのは黒い絨毯。
葵野達の到着を今か今かと待ちかまえていた、ジ・アスタロトの雑魚兵だった。
雑魚兵といっても、並の人間ではない。全員が強化、或いは改造MSだ。
勿論、そんなのは坂井達にだって判っている。
これまで何度も奴らとは激戦を繰り広げてきたのだから。
先頭は、すでに交戦中だ。怒号や悲鳴が葵野のいる場所にまで響いてくる。
坂井も、あの中で誰かとやりあっているはずだ。
まさか雑魚にやられるとは思っていないが、それでも心配は心配だ。
戦えない葵野やサリアは最後尾で見守るしかない。一人やきもきする葵野をサリアが慰めた。
「大丈夫。一人ではありません、皆も一緒です」
「は、はい。でも……」
でも、の後に続く言葉を予想して、サリアは彼の肩を優しく叩く。
「あなたには、あなたにしか出来ないことがあります。戦いは、戦いの出来る者達に任せましょう」
MSなのに何故、葵野力也は変身できないのか――
散々仲間内で討論されてきたが結局誰も、その謎は解けなかった。
語り部の末裔アリア・ローランドは彼を十二真獣だと言い当てた。
葵野をMSとする根拠は、それだけである。
MSならば、本当に龍の印であるならば、回復役として相棒の役にも立てたはずだ。
そう憤る葵野の心情が痛いほど伝わってくるだけに、サリアも彼を見ていると居たたまれない気持ちになる。
変身のきっかけになるものがあれば、教えてあげたい。
彼がMS化できれば、戦いはもっと楽になり、ツカサ救出にも一役買ってくれるだろう。
あぁ、ツカサ――と、ここでサリアの思考は囚われの十二真獣へと飛んでいく。
英雄と呼ばれるほどのMSが何故、まんまと捕まってしまったのか。
同行していた坂井や葵野にも判らなかったらしい。
気づいたらツカサだけが、いなくなっていた。
自ら進んで捕まったんじゃないか?とは、坂井の推理である。
自ら捕まって、敵の内部調査をするために。
危険な賭けだ。下手をすれば命を落とす可能性だって高い。
なにより、せっかく仲間を集めたのに、何故彼一人が単独行動しなければならないのか。
もっと仲間を信頼して欲しい。
もっとも信頼する仲間は、その多くが彼が消息を絶ってすぐ、命を散らしてしまった。
戦力の大半が本拠地を留守にしていて守りが薄くなっていた、あの日。
井戸に毒が入っている、との報告を受けた。
混ぜたのは誰だ、裏切り者がいるのか?と大騒ぎしている合間に起きた奇襲だった。
水を飲んだものは毒にやられ、飲まなかったものは奇襲してきたMSの手にかかって命を落とす。
味方の屍を乗り越えて、リオの背中に乗せられた格好で、サリアはレヴォノース本拠地を脱出した。
ツカサ、早く貴方に会いたい。
日数にして一年も経っていないのに、本拠地で彼と一緒にいた時間が遠い昔のように思えてくる。
今まで何度も彼には救われてきた。
だから、今度はサリアが助ける番だ。
でも、その為に平和主義を捨てて武力を取った自分を、彼は許してくれるだろうか?
――不意に腕を掴まれて、ハッとなったサリアが顔を上げると。ぎこちなく微笑む葵野と目があった。
「あ、あの、大丈夫……ですか?なんだか、とても怖い顔をしていたみたいだったから」
「すみません……少々、考え事を」
謝りながら、自分でも驚くほど堅く両手を握りしめていたことにサリアは気づく。
そんな彼女に葵野が優しく囁いた。
「大丈夫、ですよ。司も該も、きっと俺達の救出を待っています」
慰めようと思っていた相手に慰められて、つい涙がこぼれそうになる。
ぐっと唇を噛んでサリアは堪えた。
「え、えぇ。平気です、大丈夫。ごめんなさい、ご心配をおかけしてしまって」
「いいえ、お互い様ですよ」
そう言うと、葵野は再び前方へ目をこらした。
最前線は豆粒程度で、どこに誰がいるのかも判らない。
だが徐々に黒い波が、こちらの勢いに押し負けているようにも伺えた。

「くそッ!このゴミ共が、今まで一体どこに潜んでおったのだ!?」
悪態をつくと、毒蛙はピョンと大きく敵MSを飛び越えて、味方の肩へ着地する。
敵味方入り乱れての大乱闘。
三百六十度、どこを見渡しても動物だらけの戦場だ。
猿や熊に混ざって黄色い服が見え隠れする。ダミアンだけは変身していなかった。
チッと小さく舌打ちして、デミールは襲いかかってきたMSの猛攻をかいくぐる。
驚異の威力を誇る毒能力なれど、こうも味方と密着していたのでは使うわけにもゆかず。
今のデミールにできるのは、せいぜい敵のターゲットとして引きつける囮役ぐらいなものだ。
それでも、ダミアンよりはマシだと彼は自負する。
奴は変身できないんじゃない。変身しても、陸では戦えないMSってだけだ。
あと残っている十二の騎士は、自分を含めて数人しかいない。
デミール、レイ、キャミサ、ダミアン、鴉、アルムダ、そしてデキシンズ。
アルムダの奴は、まだ回復しきっていないし、キャミサはもっか行方不明。
鴉は、いてもいなくても大した戦力の差ではない。
レイはデキシンズの牢屋へ向かったっきり、連絡が途絶えている。
そのデキシンズに至っては、戌の印を連れて牢屋を脱走したというではないか。完全な反逆だ。
「戦えないというのなら、海に引きずり込めばよいものを……」
ちらりとダミアンを横目で睨み、彼の元へ走っていく人型の男を見留めると、敵の中にも馬鹿な奴がいるものだとデミールは一人、嘆息した。
本拠地が、もう少し水辺に近ければ、雑魚MSにも見下されずに済んだのにとダミアンは内心毒づいた。
無論、変身せずとも向こうの雑魚兵如きに後れを取るつもりはない。だが、数が数だ。
脱走した十二真獣の起こした混乱も考えると、時間をかけて戦うのは不利になるばかりだ。
しかし如何せんスピード勝負に出るには、手駒が足りなすぎた。
デミールは、お世辞にも戦力になっているとは言い難い。毒を禁じられては、所詮ただの蛙である。
自分も彼を批判できる立場にない。水に入れなければ、MSに変身する意味がない。
混戦する肉の壁を突き進んでくる者の存在に気付き、「どけっ!」と敵の雑魚兵を撃ち倒す。
その刹那、何かが振り下ろされて、ダミアンは咄嗟に手元の銃でそいつを受けた。
金属のこすれ合う耳障りな音に顔をしかめながら前方を見やると、巨大な剣を構えた大男と目が合う。
この大混戦で人間の姿をしている者など、自分の他には、こいつしかいない。
「……貴様は?」
ダミアンの問いに、男がゆっくりと口を開く。
「ゼノ・ラキサス」
「何故、変身しない?できないのか?」
さらに尋ねると、ゼノは首を真横に振った。
「できる。だが貴様が人の姿で戦う以上、こちらも人の姿で戦いを挑む。それが俺のポリシーだ」
「ポリシーだと?……余裕だな」
ふん、と鼻では笑ってみたものの、この男と戦ってみたくなり、ダミアンはあえて挑戦を受ける。
「雑魚との戦いには飽き飽きしていた処だ。俺が本気になれるよう、せいぜい健闘してもらおうか」
四方八方MSだらけの中、あえて人型で戦っているのだ。
自信と実力がなければ到底出来ない芸当だ。
向かい合っただけでも判る。こいつは、できる――
互いに睨み合いながら、ダミアンとゼノの両名は、じりじりと間合いを詰めていった……

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