DOUBLE DRAGON LEGEND

第七十七話 西へ


戌の印を探す為、ジ・アスタロトの本拠地奥深くへ入り込んだ該達一行。
だが途中で合流したルックスの言葉には、誰もが耳を疑った。
「地下牢に司が、いなかっただと?」
「はい」
ルックスが言うには地下牢に司が閉じこめられていたのは間違いのない話なのだが、十二の騎士の一人が勝手に彼を逃がしてしまったらしいのだ。
逃がした奴の名前は、ギルギス・デキシンズ。
デキシンズの名を耳にした途端、友喜が眉を潜める。
「そいつなら知っているわ。中央国兵士のフリをしていたけど、やっぱり偽者だったのね」
「それで、ギルギスは司と一緒にいるのか?」
該の問いにルックスは、かぶりを振る。
「さぁ……僕が尋ねた相手の弁によれば、同行しているような口ぶりでしたが」
牢屋で会った敵、女戦士の面影を脳裏に浮かべた途端、再び胸の高鳴りを感じた。
彼女も今頃はデキシンズを追いかけているのであろうか。
十二の騎士でなくてはデキシンズに勝てない――そう言っていた。
「地下から逃げ出したのであれば、ワタクシ達が地下に向かう必要はなくなりますわねぇ」
ルックスの思案を断ち切らせたのは、美羽の一言だった。
該がルックスへ尋ねた。
「ギルギスが司を連れて行くとしたら、どこへ行くと予想できる場所はあるか?」
「そう……ですね」
考え込む側から、友喜がキッと該を睨みつける。
「決まっているじゃない。白き翼は十二真獣の要よ?あたしだったら、ボスの元へ連れていくわ」
「K司教の元……ですね」
アリアが頷く横では、ルックスが首を傾げる。
「でもK司教の元へ向かうのであれば仲間にも、そう告げるはずです。なのに彼の仲間は、彼の向かった先を知りませんでした。おかしいと思いませんか?」
ルックスの言うことにも一理ある。
再び、皆は考え込むが「とにかく」と、場を締めくくったのはアモスだ。
「いつまでも一箇所に留まって話していても、埒があくまい。地下ではなく地上を目指しながら、司を捜そう」
「今度は地上、ですか」
ハァッと大きな溜息を漏らして、アリアが肩を落とす。
ここまでの道のりで、一番疲労しているのは彼女だろう。
本ばかり読んで運動しなかったツケが、今になって回ってきたとでもいうべきか。
「でも出口までに司さんと出会えなかったら、どうするんですか?」
チラッとアリアを一瞥し、美羽が歩き出す。
「その時は、その時ですわぁ」
「再び戦力を整えた上で、司の救出に向かえばいい」
該も立ち上がると、皆を促した。
「行こう。途中で出てくる奴らは極力倒しながら、な」
向かう先々で襲いかかってくる雑魚MSは、先陣を切るアモスと該が打ち払う。
ただしアモスは牛へ変身しているが、該は人間のままだ。
既にルックスとアモスの双方から、変身できないのは暗示のせいだという説明を聞かされている。
なろうと思えば、いつでもMSに変身できた。
それでも変身しないのは、戦いの過熱化を避けるためであった。
全員でMS化すれば、向こうも全力で叩き潰そうとしてくるだろう。
無駄に体力を消耗するのだけは避けたいところだ。
「K司教の部屋は、どの辺にあると思いますか?」
アリアの問いに、ルックスが答える。
「下級兵士の話を総合した上で想定するとなると……この十数個並んでいる小部屋の、どれかですね」
最下層よりは上にあり、地上のラインよりは下に並んだ無数の部屋を指さして言った。
「何これ!?蟻の巣じゃあるまいし、勘弁してよ〜」
友喜が悲鳴をあげ、でも、とアリアは地図を眺めて考え込む。
「ボスともあろうものが皆と同じ小部屋に住むでしょうか?それよりも、この広い部屋が気になります」
「そこは大広間じゃないの?ほら、部下の報告を聞いたりするって場所」
後方で会議する連中に、アモスが振り返る。
「敵が途切れたぞ!次は何処へ向かえばいい!?」
「現在地が何処だか分かんないのは痛いけど……そうね、たぶん上よ、上に向かいましょ!」
友喜の答えにアモスと該は頷き、美羽が一歩前に進み出る。
「アモス、該、交代ですわぁ。次はワタクシ達が戦いましてよ。いいですわねぇ、ルックス?」
「判りました」
四の五の文句も言わず、ルックスは素直に頷いた。
廊下を走り、下へ続く坂道を駆け下りる。
すぐにまた黄色い軍団と鉢合わせ、美羽と小猿が、その中へ突っ込んでいった。
瞬く間に大乱闘の始まる中、正面へ目を凝らした友喜は首を傾げる。
今のところ、強そうな敵は一人もいない。十二の騎士と名乗っていた連中も見あたらない。
数だけは多いが、伝説のMS二人を捕らえるにしては戦力不足ではないのか。
「出てこないわね、十二の騎士の残り」
ポツリと呟いた友喜の独り言に、アリアが相づちを打つ。
「私達の脱走は知れ渡っているはずなのに、どうして彼らを差し向けてこないんでしょう?」
「差し向けられるほどの人数が残っていれば、連中とて、そうするだろう」とは、該の弁に。
友喜とアリアは顔を見合わせ、友喜が該へ尋ねた。
「もう殆ど残っていないって言いたいの?」
「恐らくな」
該は頷き、前方の美羽へ声をかける。
「次の順路は、右、右、階段だ」
廊下に横たわる無数のMSを乗り越え踏み越え、該の指示通りに一同はひた走る。
目指す場所へ近づけば近づくほど敵の数も多くなり、彼らは確信する。
K司教の部屋はルックスが予想した小部屋の中の、どれかに違いないと。

該達が求める戌の印こと総葦司もまた、K司教の部屋を目指していた。
体勢を立て直し、勢力を整えてから反撃に出る。
本来なら、そうしたほうが賢いであろう事は司にだって判っている。
それでも逃げ出すより司教に会うのを優先したのは、真意を知りたい一心であった。
新人類を生み出すのが彼の目的だと、デキシンズは言った。
その為にMSを改造し、自らの手で造り出し、多くの無益な戦いを引き起こした。
治療研究のためにMSを実験台にするのは致し方ない。
だが私利私欲のために人の命を実験台にするのは、断じて許される所業ではない。
新人類の誕生など誰も望んでいない。
戦争にしたって多くの住民が、もうウンザリだと思っているはずだ。
皆が求めているのは、平和。誰かに命を脅かされる事のない完全な平和だ。
サリアの唱える完全平和主義の時代を迎える為にも、K司教の野望は断っておかねばなるまい。
「こっちだ」
耳元にデキシンズの声が聞こえ、腕をちょいと引っ張られる。
無言で頷くと、司は細い通路へ入り込む。
すぐさま先ほどまでいた廊下を、黄色い服の雑魚兵がバタバタ駆け抜けていった。
彼らが口々に話すのを聞いた限りでは、脱走した十二真獣もまた、こちらへ近づいてきているらしい。
「……やれやれ」
壁に同化したカメレオンが肩をすくめる真似をした。
「伝説の英雄ってのは、誰一人として大人しく捕虜になっちゃくれないんだな」
「誰かの救いを求めているだけじゃ、世界は変えられないからね」と皮肉で返し、司が笑う。
「何がおかしいんだ?」とデキシンズに尋ねられ、司は小さくかぶりを振って答えた。
「あの美羽が、皆と行動を共に出来るようになるとは思わなかったよ。皆が成長できたのなら、この戦いを起こしたのは、けして無駄ではなかったのかもしれない」
細い通路を擦り抜けると、誰もいない廊下へ出る。
普段は使っていない道なのだと説明してから、デキシンズは司を振り返った。
「千年前の戦いでは、君達は成長しなかったのかい?」
「強さでいうなら大きく成長したさ。でも、あの頃の僕達に異議を唱える者は、いなかった。ましてや戦わないで話し合いで解決しろなんて説教する人間も、ね」
全員が同じ意志で動いていると、人は振り返ることも考えることも、しなくなる。
すなわち集団の狂気。
自分が正しいと思いこみ、逆らう者が全て悪に見えてくる。
違う意見を持つ仲間や反発があったからこそ、司もまた、自分の進む道について悩む事ができた。
「恐らく、美羽にも美羽の中で葛藤があったんだと思う。昔の彼女だったら団体行動なんか取らず、勝手に一人でK司教の元へ向かったんじゃないかな」
「好戦的な彼女にも、仲間を思いやる気持ちが芽生えたってわけか」
もっともらしく頷いたデキシンズが足を止めた。
「さて……ここからは俺の歩くとおりに、ついてきてくれよ」
「何度も念を押さなくたって、ずっとついてきているじゃないか」
些かムッとして司が言い返すのを「そうじゃない」と笑顔で窘めると、デキシンズは軽く床を蹴る。
「俺の歩いた足跡を踏むようにして、歩いて欲しいんだ。じゃないとトラップが作動するからね」
「トラップ?」
司は驚き、床に目を凝らす。何の変哲もない土の床が広がるばかりだ。
「床にトラップを仕掛けるなんて用心深いんだな。でも、それじゃ兵士だって迂闊に近づけないんじゃないか?」
ニヤリ、とデキシンズが笑みを浮かべた。
「近づく必要はないさ。K司教に会いたいなら、円卓の誰かに頼んで大広間まで来て貰えばいいんだ」
「マスターの私室には普段、君も入らないのか?」と司が問えば、カメレオンは、かぶりを振る。
「十二の騎士と円卓の仲間は入り方を教えて貰っている。あぁ、それと」
思い出したように、つけたした。
「トレイダーもね」
「トレイダーも君達の仲間だろ?」
なおも続く司の質問へも、デキシンズは首を振って否定した。
「いぃや、奴は部外者だよ。さぁ、おしゃべりは、この辺でお終いにして、そろそろ入ろうか」
そう言って、手前から二番目の扉を開く。
最初の小部屋は何もない、がらんどうな空間だった。
床は一応木目張りしてあったが壁は土が剥き出しで、家具など一つも置かれていない。
変わっているといえば、四方の壁に扉が取り付けられている点だろうか。
「四つのうち、三つは常に全部ダミー扉なんだ」と、デキシンズが言う。
「決まった順路で開けていかないと、マスターの元へは辿り着けないのさ」
「もし間違うと、どうなるんだ?」
司が尋ねると、カメレオンは器用にウィンクしてみせる。
「トラップが作動して、怖い目に遭うかもしれないね」
「怖い目って?」
「天井から理性を失った改造MSが降ってきたり、床が開いて最下層まで落ちていったり。ま、色々さ」
味方が引っかかるかもしれないのに、随分と容赦のない罠を仕掛けるものだ。
「扉だけじゃない。俺が踏む床の色にも、ご注目してくれよ?」
「床の色?」
改めて司は足下を見やる。
ただの木目張りだと思っていたが、よく見ると、微妙に色の薄い板と濃い板とがあるようだ。
「そうだ。俺が通った床の上だけを踏んでいけば、落とし穴に落ちることもない」
どことなく得意げなカメレオンの説明を聞き流しながら、司がマッタをかける。
「……じゃあ、ちょっと待ってくれ」
「なんだい、どうしたんだ?何か忘れ物でも」
デキシンズの戯れ言を途中で遮り、彼は言った。
「該達の到着を待ってくれないか?一緒に行かないと、余計な血が流れてしまいそうだ」
「できれば急いで欲しいんだが……」
ちらりと廊下の端へ目をやって、デキシンズは渋々妥協する。
「だが君がそうしたいと言うんなら、俺が反対するわけにもいかないな」
あまりグズグズしていると、誰かに見つかる可能性も高くなる。
せっかく雑魚と戦わなくて済む近道を案内したのに、急いで合流してくれなければ水の泡になりそうだ。

当の該達は、順調に雑魚兵を叩きのめしながら目的地へと近づいてきていた。
「さあ、次はどっちへ行くの!?」
最後の一人を壁に叩きつけ、鼻息荒く問う友喜へ、アリアが答える。
「まっすぐ、曲がり道を無視して直進すると上へ登るスロープが右斜め手前にあります」
「そこを登って左手へ出れば、小部屋の並ぶ通路に出られるようですね」
地図を見ながら、ルックスも頷く。
続いて廊下の惨劇へも目をやって、小さく溜息をついた。
狭い廊下に転がっているのは、有象無象のMS。皆、友喜と該に叩きのめされた雑魚兵だ。
壁を背に気絶する者、床に横たわる者、そして苦痛の呻きをあげる者。
それらを一瞥し、ルックスは頭を振る。
めざとく友喜が見つけて「どうしたの?」と尋ねるのへは、小さく囁く。
「……判りません」
「判らないって何がですか?」と今度はアリアの問いに、倒れた一人を見つめて彼は答えた。
「これだけ実力差がはっきりしているのに、何故彼らは命令に従うのでしょう?強制されているわけでもないのに」
意味ありげな視線を遠方へ向けて、美羽が言う。
「そういう風に作られているからではなくて?」
「やはり、そうなんでしょうか。信じたくはありませんが、彼は改造ではなく洗脳を施していたのですね」
最後の方は独り言に近く、仲間の誰もがルックスの言葉を聞き取れなかった。
「雑談は後にしろ」
無理矢理雑談を終わらせた該が歩き出し、皆も、つられるようにして歩き出す。
雑魚兵も、ついには弾切れになったのか、その後は襲われることなく小部屋の前に到着した。
「やぁ」
小部屋の前に立つ二人を、一番最初に見つけたのは友喜だった。
彼女は「あ〜〜っ!」と叫んだかと思うと勢いよく走っていき、司の隣に立つ異形の者へ跳び蹴りをかました。
かわいそうに「ぐぉっほぉ!!」と叫んだ緑色の怪物は、友喜ごと壁に大激突。
体勢を立て直す暇もあらば、マウントポジションで馬乗りになった友喜からはボコスカと殴られる。
「ちょ、ちょっと、友喜さん!?いきなり何をしているんですか!」
慌てるアリアの横を通り抜け、該が司へ微笑みかける。
「司、無事で何よりだ」
「該、君達こそ無事で良かったよ」
受け答えてから司は一同の顔を見渡して、首を傾げた。
「……ミスティルは、一緒じゃないのか?」
「ミスティル?あぁ、そういえば、そんな男もいましたわねぇ。すっかり忘れておりましたわぁ」
平然と言ってのける美羽を横目に、該が言い訳がましく付け足す。
「忘れていたわけではないが、俺達には彼が生きているのか捕まっているのかも確かめられなかった……すまない」
しょんぼりと項垂れられ、慌てたのは司のほうで。該の肩を叩いて励ましてやる。
「いや、こんな展開になると予想できなかった僕にも落ち度はある。君のせいだけにするつもりはないよ」
それにしても、と集まった面々を司は見渡した。
十二真獣の殆どが捕らえられていたとは、意外だった。
なんと、友喜までいるじゃないか。彼女まで一緒となると、他の面々の生死も危うい。
「この分だと、全員が囚われの身になっていると考えた方がよさそうだな」
ボソリと呟いた独り言に「捕まったのは、全員じゃないですよ?」と、アリアが突っ込んでくる。
「少なくとも、葵野さんと坂井さんは捕まっていないみたいです」
「どうして、それが判るんだ?」との司の問いには、カメレオンをグイグイと締め上げていた友喜が答えた。
「力也と達吉は、あたしと一緒に行動していたんだけどサンクリストシュアで襲われたのよ」
襲ってきたのは、トレイダーの改造による合体ドールであった。
D・レクシィが凶刃に倒れたと聞かされた時には、アリアは青ざめ、美羽も悔しげに唇を噛みしめる。
坂井も深傷を負い、彼を助けるためにゼノと葵野が戦場を離脱した。
「三人が何処へ向かったのかは判らない……けど必ず彼らは、ここへ辿り着くはずだわ」
友喜の言葉へ頷くと、美羽が扉へ手をかける。
「なら、その前に引導を渡してやりましょう。K司教とその一味に」
小部屋へ入ろうかという瞬間、二人同時の制止が入った。
「あ、待ってくれ美羽」
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
止めたのは司、そして二足歩行のカメレオンだ。
そうと判った途端、友喜の眉間には無数の細かい皺が走る。
「そうよ!聞き忘れるところだったけど司は何故、この裏切り者と一緒にいたの!?」
ビシッと指をさされて目を丸くする司の横では、デキシンズが肩をすくめる。
「裏切り者?君に裏切り者呼ばわりされる筋合いはないぜ、友喜嬢ちゃん」
二人の遣り取りを黙って聞いていたルックスも声をかけた。
「あなたがギルギス・デキシンズさん……ですね?牢屋の前で、あなたの仲間とおぼしき人に会いましたよ。あなたが勝手に戌の印を連れ出してしまったと、大層お怒りのご様子でした」
「そ、そういう君こそ何者なんだ。ジ・アスタロトにいるのにレイの名前を知らないなんて」
黄色い服を指摘され、ルックスは僅かながらに苦笑を浮かべる。
「あぁ、これは変装です。僕の能力で操ったMSから拝借したものです。お兄さんから、お聞きになっていませんでしたか?猿の印の能力を」
「に、兄さんにも会ったのか……」
絶句するデキシンズを哀れむ視線で見ていたが、不意に廊下の先へ意識を傾け美羽が囁いた。
「足音が近づいてきますわぁ。援軍に気づかれたようですわねぇ。ギルギス・デキシンズ、早いところK司教の元へ案内していただけますかしらぁ」
「よ、よし。じゃあ、俺の歩く通りについてきてくれ。俺の足跡を踏むようにして」
デキシンズの道案内により司達一行が小部屋に入ったのと、ほぼ刻を同じくして、レヴォノース残党とレジスタンスの連合軍が西大陸入りしたというニュースが西の全土に知れ渡った。


連合軍はシェイミーのおかげでジ・アスタロトの本拠地、その正確な場所を知る事が出来た。
今すぐにでも突撃したいのは山々だが、それよりも先に、彼らには成すべき仕事があった。
首都サンクリストシュアの奪還である。
途中で戦線離脱してしまったから、戦いの結末がどうなったのか葵野にも坂井にも知るよしはない。
しかし友喜とレクシィが戻ってこない点からも、首都は依然トレイダーの配下にあると考えられる。
「その友喜って子が神龍様の生まれ変わりってワケ?じゃあ小龍様、あんたは何者なのよ」
タンタンの物怖じしない質問には、坂井が刺々しく答える。
「話、ちゃんと聞いてたのか?友喜と力也は二人で一人、友喜が神龍の記憶を受け継いで、力也が能力を受け継いだんだとよ」
「ふぅーん。でも、その割に小龍様は相変わらず変身も出来ないじゃん」
痛いところを突かれて、しょんぼり項垂れる葵野を気遣ってか、坂井がタンタンへ怒鳴りつける。
「テメェみてーに変身できても役立たずよかぁ、よっぽどマシだろ!」
「誰が役立たずよ!」
「お前以外に誰がいるんだよ!このチンクシャババアが!!」
取っ組み合いの喧嘩にまで発展しそうになり、ゼノには窘められる始末。
「そこまでにしておけ」
「イーッだ!」
大人げなく歯を剥き出して威嚇するとタンタンはプイッとそっぽを向き、坂井は、もうタンタンなど視界の隅からも追い出して、落ち込む恋人を慰めにかかった。
「まずは首都奪還に気合入れようぜ。あぁ、勿論お前は後方で俺達の戦いを見ているだけでいい。お前に怪我されたんじゃ、俺も本調子で戦えねぇからな」
「……う、うん。判った。けど坂井、坂井こそ無理しないでくれよ?」
何度、この会話を繰り返してきたことだろう。
そして何度、坂井が重傷を負って、葵野はオロオロしたことだろう。
だが、それも、もうすぐ終わる。ジ・アスタロトを壊滅させれば。
「ここは一気に攻めようぜ。俺達が西に侵入したことなんざ、とっくに知れ渡っているだろうからな」
坂井の案に反対する者など一人もおらず。
……いや、一人だけ「あんたが勝手に決めないでよ!」と騒いでいる者がいたが、全員が彼女をスルーした。
「よし、では空を飛べる者は先行しろ。陸を走る者は後から続け。変身できない者は原生動物に乗り、後からついてこい。無理に戦う必要はない」
リオが指揮を取り、次々と仲間が獣へ変身を遂げていく。
変身できない組に分けられたサリアと葵野は大人しく原生動物へ跨ると、頭上から皆へ声をかけた。
「皆様、ご武運をお祈り致します。無理をせず、生き残ることを優先に考えて下さい!」
言いたいことを全部サリアに言われた葵野は、とりあえず勢いよく頷いておいた。
「そ、そうそう!無理だけは絶対にしちゃ駄目だぞ!特に坂井、お前はすぐ大怪我するから絶対に特攻禁止!」
ドッと場が沸き、坂井は顔を赤らめる。
「……余計な一言が多いっつーんだよ、ったく」
「さぁっ、行くわよ!勝利を我が手に!!」
リオの背中で仁王立ちのタンタンが場をしめ、連合軍が動き出す。
目指すは西の首都・サンクリストシュア――!

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