DOUBLE DRAGON LEGEND

第七十三話 運命を塗り替えろ


十二真獣の引き起こした脱走騒ぎは、地下の牢獄にも届いてくる。
その隙に乗じて逃げ出したのは、該や美羽だけではなかった。
管制室へ更なる凶報が舞い込んできたのは、亥の印捕獲命令が出てから三十分と経たないうちだった。
『牛の印が!牛の印が、部屋を抜け出しましたッ』
通信の向こうで叫ぶ戦闘員に、負けじと管制官が叫び返す。
「見張りは、どうした!」
『やられました!変身した牛の印が扉を破って逃げ出して、我々だけで取り押さえるのは無理です!!』
牛の印が変身しただと?
十二真獣は全員、R博士の作りだした変身を抑える薬を投与されていたはずだ。
いや、変身を抑える――というと、少し語弊があるかもしれない。
正確には、変身できないという暗示をかける薬だ。
しかし薬の効き目は素晴らしく、ここへ連れ込まれてからの彼らは大人しかった。
千年の時を生きた伝説の四人ですら、暗示にかかり、MSへ変身できずにいたのだ。
まさか牛の印、それも転生組に暗示を破られるとは……
「牛の印の暗示が解けたようです……如何致しましょう?」
目でアモスの映るモニターを探しながら、管制官がL子爵へ尋ねる。
「如何もクソもあるか!」
たちまち子爵の癇癪玉が炸裂して、管制官は、ひゃっと肩をすくめる。
「ただちに十二の騎士を向かわせろ!デキシンズが牢屋に入っていたはずだ、やつを使え!」
「しかし、デキシンズはR博士の処分を受けて」
「緊急事態だ!ジ・アスタロトにはタダ飯食らいなど必要ないッ!!」
未・巳・亥の捕獲に向かったのはダミアンとジェイファ、それからデミールもだ。
キャミサは森の一件以来、消息不明。鴉は老師Mの勅命を受けて不在。
アルムダはミスティルから受けた傷が、まだ回復していない。
「デキシンズだけでは不安なら、レイも向かわせろ。奴は、どこにいる?」
「レイは……あぁ、います。R博士の処にいるようです」
R博士の部屋で、何やら書類の束を運んでいる。
手伝いでもさせられているのだろうが、そんな仕事は下っ端の手で充分足りる。
「とっとと呼び出すんだ!この緊急時に書類の整頓だと?まったく、あの爺さんも何を考えているんだ」
子爵の愚痴を聞き流し、さっそく管制官は通信機へ呼びかけた。
「R博士、R博士、応答願います。緊急指令です、緊急指令です……」

扉を蹴破って逃げ出したアモスは黄色い服の下っ端戦闘員を蹴散らしながら、上へ上へと駆け上がる。
自分の現在地も判らぬうちに走り出したものだから、一向に出口が見えてこない。
それでも同じ場所に留まるよりは、少しでも動き回った方が得策だろう。
敵の行動が分散されれば、先に脱出した美羽やアリアだって動きやすくなるというもの。
走りながら、アモスは考える。
何故変身できたのか――
いや、何故変身”できなかった”のか。そう考える方が、自然であった。
脳裏に響いた懐かしい王の声に心を委ね、皆を守る自分の雄々しい姿を思い描いた時、肉体に変化が訪れた。
鼻が迫り出し、背が曲がり、掌には蹄が浮かんでくる。
一本欠けた角を除けば、すっかり元通りのMS体型となった瞬間、アモスは部屋を飛び出していた。
恐らくは、あの薬。MS変化を抑えるという薬、あれに騙されていたのだ。
”変身できない”という暗示、それもかなり強力なものをかけられていたのだろう。
あぁ、自分に亥の印の能力があったなら。
すぐにも囚われの皆へ、この結論を伝え広めることができるのに。
しかし、と一方でアモスは気を引き締める。
MSに変身していても、十二の騎士に敗戦して、ここへ連れてこられた仲間もいる。
アモス自身は彼らと戦っていないが、他の面々が負けるほどだ。けして侮ってはいけない。
再び向かってきた黄色軍団を片っ端から薙ぎ倒し、アモスは朗々と吼えた。
「どこにいる、十二の騎士!貴様等も騎士を名乗るのであれば正々堂々、我と勝負せよ!」
出口が判らない以上、ただ闇雲に迷走していても仕方がない。
アモスは、自分が敵を引きつける役に回ろうと考え直した。

地下の牢獄で解放を待ちわびていたデキシンズにも、心境の変化は起きていた。
ひっきりなしに怒鳴り続けている放送が、ジ・アスタロトの不利を物語っている。
十二真獣が逃げ出した挙げ句、あちこち破壊しまくっているというんじゃ、皆が慌てるのも無理はない。
「この分じゃ俺達のことも忘れているな、R博士……」
ふぅっと溜息をついたデキシンズは、腕の中へ視線を落とす。
生きる屍と化した白き翼は文句一つも言わず彼の腕に抱きかかえられたまま、じっとしていた。
千年もの間を生き抜いてきたとは思えないほど、司は美しく若々しい。
肌にだって張りがある。知らなければ、十代の青年としても通用しそうだ。
――今がチャンスだ、とデキシンズは考えた。
本部が混乱している今なら、司を誰の目にもつかないうちに外へ逃がしてやれるかもしれない。
マスターの為に白き翼の解剖を阻止した彼も、長く牢屋へ閉じこめられているうちに心変わりし始めていた。
「なぁ、英雄様。こんな地下に閉じこもってジメジメしているから、悪いことしか考えられなくなっちまうんだ。一旦外へ出て、深呼吸してみようぜ。そうだ、君に見せたい場所もあるんだよ」
ぎゅっと抱きしめると、ほんの少し、司が反応する。
虚ろな瞳をあげて、デキシンズを見上げてきた。
「……僕は」
「ん?」
「英雄じゃない」
ポツリと呟くと、すぐに項垂れてしまう司へ、デキシンズが微笑みかける。
「じゃあ、ツカサ。そう呼ぶけど、いいよな?いいかい、ツカサ。今、ジ・アスタロトは混乱している。今が抜け出すチャンスだと思わないか?」
司から身を離して立ち上がり、デキシンズが鉄格子越しに周囲の気配を探ってみると、廊下を早足に歩いてくる者がいる。
「デキシンズ、命令だ。牛の印が脱走した。奴を捕まえる」
何の前置きもなく切り出してきたのは、レイだ。
彼女曰く、牛の印ことアモス・デンドーは現在、西の練を目指して移動中。
西の建物には龍の印が囚われている。友喜まで解放されれば、厄介な事になる。
奴が友喜の元へ辿り着く前に阻止、及び再捕獲しなければいけない。
その為にも、デキシンズの助力が必要だとレイは言った。
「アルムダは、まだ復帰できていないのかい?それに兄さん達は」
「デミールはダミアン、ジェイファと共に亥の印らを追っている」
尋ねるデキシンズへ短く答えると、レイは牢屋の鍵を開けた。
「急げ、我々に残された時間は少ない。何としてでも龍の印と合流する前に牛の印の動きを止めるのだ」
「あぁ、そうだな……確かに、俺達に残された時間は少なそうだ」
鉄格子を潜り抜ける際、レイに手を差し伸べられたデキシンズは、何を思ったか彼女の腕をぐいっと引っ張り、たたらを踏ませる。
「デキシンズッ!?」
驚くレイの土手っ腹に一撃叩き込むと、思ったよりも簡単に彼女を気絶させることができた。
「……ごめんな」
小さく謝り、レイを牢屋の中へ横たわらせると、デキシンズは改めて司へ向かって手を差し出した。
「さぁ、ツカサ。こんな薄暗い場所は、さっさと出ていこうぜ」
「……どこへ行こうっていうんだ……僕の居場所は、もう、地上に残っていないんだぞ……」
無気力に項垂れる司、その体をデキシンズが軽々と抱きかかえて歩き出す。
「いや、まだ残っている。君はもう一度、君の産まれた故郷へ戻るべきだ。剣持博士が君を待っている」

戦闘員としてジ・アスタロトへ潜り込んでいたルックス・アーティンも、牢屋へ到着していた。
だが――
「もぬけの空だと……?」
いるはずの白き翼は、どこにもおらず、黄色い服の女性が一人、気を失って横たわっている他は誰もいない。
まさか脱走したのか?亥の印に伝達でも貰ったのか。
「おい、しっかりしろ。何があった?」
女性を揺り動かすと、小さく呻いて目を覚ます。
「……クッ、デキシンズのやつ……」
小さくぼやいて横っ腹を押さえる彼女に尋ねた。
「デキシンズ?ギルギス・デキシンズが、どうかしたのか」
二、三度、頭を振って意識をハッキリさせてから、レイが答える。
「デキシンズが白き翼をつれて出ていったのだ……!戌の印を連れ出す許可は、まだ出ていないというのに」
デキシンズというやつの名にも、聞き覚えはある。
十二の騎士の一人で、ルックスと該を襲った蛙MSの弟であるらしい。
彼が司を狙っていたとは意外だが、連れ出して、そして何処へ向かったのか?
レイに尋ねてみたものの、彼女も知らないと答え、仕方なくルックスは作戦を変更する。
「君は、ここで休んでいろ。僕がデキシンズを追いかける」
「いや、あいつはあれでも一応創造MSだ……私でなくては、奴を捉えることなど出来ぬ」
立ち上がったレイがよろけ、ルックスは咄嗟に抱きかかえる。
間近で見ると、よく判る。睫毛の長い、美しい女性だ。
実験体扱いでしかない十二の騎士にも、このような女性がいたとは驚きだ。
自分でも驚くほど胸の高鳴りを覚えたルックスは、慌てて身を離しながら彼女に言った。
「まだ回復しきっていない、その体で奴を捕まえようというほうが無茶だ!いいから、君は休んでいろ。僕が……必ず二人を連れ戻してみせるッ」
レイから身を離しても、まだ心臓はドキドキと早鐘を打っていた。
馬鹿な、敵にときめくなんて。ありえない。
僕は――僕は、何をやっているんだ?こんな混乱した状況の中で。
休まなければいけないのは、自分の方かもしれない。
そう思いながらもレイに見栄を張った手前、ルックスは地上へ続く階段を駆け上っていった。

黄色い服の連中を片っ端から、ちぎっては投げて撃退を続けていた美羽達三人も、ついには左右から大群の追っ手に挟まれる。
「随分と手こずらせてくれたな、亥の印に巳の印。だが快進撃も、ここまでだ」
ずいっと一歩前に出てきたのは、美羽にも該にも、そしてアリアにも見覚えのない男だ。
紫の長い髪の毛を無造作に伸ばしている。
「それはどうでしょう?」と応えたのは、アリア。
「こちらも三人、あなた方も三人。数の上では互角です」
「そうね」と向こう側の女、長髪男の背後に控えた女が頷く。
「数の上だけでなら、ね」
さらに後方へ視線をずらし、美羽が小さく該へ囁きかけた。
「毒ガエルも一緒のようですわねぇ。あの男は、少ぉし厄介ですわよぉ」
「あぁ、知っている」
最後尾に控える黒眼鏡をかけた老け顔の男には、美羽も該も苦戦を強いられている。
腕力は、さほどでもないが、厄介なのは奴の毒。
四方八方に噴出されたのでは、逃げ場がない。左右を囲まれているのでは。
「……だが、今は味方もいる。混戦になる場所では、奴も毒を使えまい」
呟く該へ、アリアが忠告する。
「私達の常識で測らない方がいいですよ、該さん」
伝説のMSに忠告など、と美羽の眉間は険しくなるが、該は大人しく聞いておいた。
「仲間に被害が及ぶとしても、きっと使ってきます。彼らは、そういう軍団ですから」
敵の飲み水に毒をまぜるような相手なのだ、今回の敵は。
なりふり構わぬ連中なのだろう。
「判っていますわぁ。せいぜい被害が及ばぬよう、アナタは遠くに下がっていらっしゃぁい」
美羽の辛口にもアリアは素直に「はい」と頷き、黄色い軍団の動きを伺う。
「大人しく……部屋へ戻ってもらおうか!」
――長い髪の男が動いた!
同時に美羽、そして該も飛び出し、後方の黒眼鏡がMSに変化する。
「いきますっ!」
少し遅れてアリアも勢いよく、黄色軍団のまっただ中へ飛び込んだ。
万が一、蛙MSが無差別攻撃に出たとしても、黄色い服の奴らを盾にすればいい。
そう考えての行動で、黄色軍団は一斉に彼女へ掴みかかり、通路は上や下への大混乱。
その間に美羽と該、双方に殴りかかられて劣勢だった長髪男の助太刀には女が入り、二対二の格闘戦を前方に見据えながら蛙MSがボソリと呟く。
「……馬鹿共が。作戦通りに動かんなら、それでも構わん。巻き添えをくらうがいい」
当初の予定では、大勢で襲いかかるつもりなど全くなかった。
奴らを見つけ次第、戦闘はデミール達に任せ、下っ端連中は大人しく引き下がる。
そういう作戦だったはずだ。
それが、どうだ。
皆、飛び込んできた未の印につられて、彼女を取り押さえようと躍起になっている。
ピタッと天井へ張り付くと、デミールは紫の霧を吐き出した。
霧は瞬く間に天井へ広がり、徐々に下へと下がってゆく。
真っ先に気づいたのは、モミクチャにされていたアリアで。
「毒が、きます!」
彼女の叫びで、誰もが天井を振り仰ぐ。
「なっ……!」
「まさか、デミール様!?我々まで巻き添えにッ」
「うわぁぁーッ、に、逃げろー!!」
動揺の波は瞬く間に下っ端連中全員に広がり、アリアを捕まえるどころではなくなった。
そうこうする間にも、紫の霧は下がってくる。
「……チィッ!デミールめ、手柄を独り占めする気か!?」
美羽と殴り合っていたダミアン、そして該と対峙するジェイファも気づくが、逃げ場はない。
逃げ場がないのは美羽と該も同じだが、二人は黙って目配せしあう。
狼狽える必要など、ない。彼らには必殺の回避技がある。
一人では出来なかった技だが、二人が一緒ならば。
逃げようとする黄色服の一人をとっつかまえ、アリアは精一杯、相手の体に顔を押しつける。
「離せ、離せェ!」
あんなに捕まえようとしていた相手に密着されているというのに、今は引きはがそうと必死の形相で殴りつけてくる。
アリアも必死で、彼を取り押さえて抱きついた。
ここで逃げられては、捕まえた意味もない。
そして紫の霧が廊下一帯、仲間の悲鳴や舌打ち、文句や罵倒をも全て包み込んだ。

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