DOUBLE DRAGON LEGEND

第七十二話 暗示


情報を集めようと、ジ・アスタロトの本拠地を駆けめぐる美羽、該、アリア。
リオらと共に中央国へ現われたサリア女王は、再びクレイドルとの会談を求める。
タンタンとウィンキーの二人は、蓬莱都市へ集結しつつあるレジスタンスとの接触を図る。
ジ・アスタロトの本拠地を突き止めんとするシェイミーは、人質のキャミサと共に遺跡を探り。
そしてサンクリストシュアで医者リッシュを訪ねた葵野とゼノは、異質の治療を目の当たりにしていた……

「本当に、できるの?死んだ人の体に、死んだ人の脳を移植するなんてことが」
葵野とゼノの二人は坂井の怪我が治るまで、リッシュの家に留まる。
リッシュ曰く、坂井の怪我は致命傷には及ばないとの話だ。
腹を縫合されて輸血状態の彼は、こんこんと眠り続けている。
「その様子だと、石板の内容に関してまでは詳しく知らないようだね」
リッシュが立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出す。
彼の行動を目で追いながら、葵野は応えた。
「MSの出生と作り方が書いてあるって、エジカ博士からは聞きましたけど」
「そう。でも、石板の記述はそれだけじゃない」
リッシュは本を机の上に置いた。
表紙には『隠滅されし過去の黒歴史』と書かれている。
「この本は出版の二年後、謎の死を遂げたMS研究者が書いたもの。この本によれば過去のMS研究はMSだけに留まらず、人間の生命自体を研究していたようなの」
「人間の……生命、自体?」
ゼノと葵野は首を傾げるが、リッシュは構わず話を続けた。
「命はどこから産まれ、どうやって消えるのか。消えた後、どこへ行くのか……やがて彼らは、消えた命の再生を試みた」
「再生……ってことは、つまり、生き返り!?」
葵野が驚く横では、ゼノがボソリと尋ねる。
「ジ・アスタロトは、彼らの研究を引き継いだ……ということなのか?」
二人はリッシュに話した。
ジ・アスタロトのMS・キャミサから聞き伝えた、創造MSが持つ脅威の生命力を。
リッシュは顔色一つ変えず最後まで聞いていたが、話し終えた二人に訂正を加える。
「彼女がどう受け止めていたのかは判らないけど、再生は生き返りじゃない。体は復活するけれど、心までは復活できない。例え記憶を与えても、生前とは別人になる」
過去の研究者達が行き着いた生命学は、命の再生だった。
しかし彼らの技術と才能をもってしても、完全なる復活は再現出来なかったという。
過去は植え付けられても、未来を植え付けることは叶わない。
「だが、あんたは、それを奥の部屋でやろうとしている」とは、ゼノ。
「あんたが再生しようとしている人物は、何者だ?」
医者は二人の顔を交互に眺め、小さく溜息をついた。
言おうか言うまいか悩んでいるようであったが、葵野にも催促されると、渋々といった表情で答える。
「そうね……隠していても、いずれは判ってしまうこと。奥の部屋にいる脳は、エジカ・ローランド博士のもの。昔の知人に頼まれたの。彼を復活させてほしいと」
「えっ……」
一拍の間を置いて。
「えぇぇもががふぁっっ」
葵野のあげかけた絶叫は、リッシュとゼノの両脇からの押さえ込みで無理矢理塞がれる。
「大声を出さないで!ここだって安全じゃないんだよ」
リッシュのひそひそ声が耳を擽り、ゼノも眉間に皺を寄せて葵野に忠言する。
「坂井の傷が治るまで、我々は何処かへ潜伏しなければいけない。首都にはまだ、奴らが残っているはずだ。それを忘れるな」
ゆっくり解き放たれ、葵野は、しおしおと頭を下げた。
「ご、ごめん……」
しかし――と、奥の部屋を振り返り、ゼノが嘆息する。
「まさかエジカ博士が亡くなっていたとは」
かと思えばリッシュへ視線を戻して、尋ねた。
「昔の知人とは?差し支えなければ名前を教えてくれ。博士の脳を確保してくれた礼を言いたい」
「……そうね」
リッシュは頷き、葵野とゼノの双方を見据える。
「彼の名前はクリアランサー。もっとも、今はルックス・アーティンと名乗っているけれどね」
葵野には聞き覚えのない名前だったが、ゼノが僅かに反応する。
リッシュは構わず先を続けた。
「ついでに、君達に教えておくよ。ジ・アスタロトの総リーダーだけど」
「し、知っているんですか!?」
思わず勢い込んで詰め寄る葵野を、やんわりと押しのけ、リッシュが頷く。
「えぇ。私の師だからね。私は彼の元でMS研究を学んだんだ」
「それで?名前は」
ゼノに促され、彼は答えた。
「クリム・キリンガー。ジ・アスタロトではK司教と名乗っている」
言ってから、しばらく二人の反応を眺めていたリッシュは、やがて小さく溜息を漏らす。
「やっぱり聞き覚えがないんだね、クリムの名には。エジカ博士なら驚いてくれたと思うけど」
「それで……ルックスは偶然、博士を見つけてくれたのかな?」
葵野の質問に、リッシュは腕を組んで考え込む仕草を見せる。
「……それは聞いていなかった。彼はいきなり私の元を訪れて、博士を再生して欲しいと頼んできた」
窓際へ移動すると、どこか遠い目で話し続けた。
「クリアランサーは、エジカ博士の研究所で産まれたMSだったの。といっても、創造MSじゃない。非MSの女性に、MSの精子を受胎させて産ませた子供。実験用として育てられるはずだったのだけれど、一人の女性科学者が彼を連れて逃亡した……」
「実験用!?」
まさか、アリアの祖父が。
MS研究の権威であるエジカ博士が、人間を実験動物扱いしようとしていたとは。信じられない。
しかし、リッシュが二人を騙す理由も見つからない。
「テリア・アーティンは、実験体として産まれたクリアランサーに同情した。加えて、自身の研究を断りもなくエジカ博士に奪われたことを、根に持っていた。だから博士を裏切ったの。重要な実験体を奪って、恨みを晴らしてやった」
ルックスという名前はテリアがつけた。
そしてテリア・アーティンと私は同世代で唯一分かり合える、大切なMS研究仲間だった――
そう言って、リッシュは話を締めくくった。
「あの温厚そうなエジカ博士が……」
葵野はショックを隠せず青ざめた表情を浮かべていたが、博士といた時間が彼ほど長くないゼノは納得したかのように小さく頷いた。
「ルックスがエジカを蘇生させようとしているのは、復讐……か」
ゼノの呟きにリッシュは首を振り、「いえ、違う」とハッキリ否定する。
「彼は言ったよ、復讐したいんじゃないって。ただ、このままテリアの気持ちを理解しないで博士が死んでしまうのは、テリアが可哀想だと」
「テリア……さんが、かわいそう?」
きょとんとする葵野に頷き、リッシュは言う。
「テリアの研究を横から奪った、それがエジカ博士の犯した罪。彼の罪を懺悔させる為に生き返らせたいと、ルックスは言っていた。私にはルックスの気持ちもテリアの気持ちも、よく判る。だから、再生を引き受けた」
つまりルックスとしては実験用として生み出された己の人生を嘆くよりも、育ての親の無念を嘆く気持ちのほうが、ずっと大きかったのか。
話しているうちに、ベッドの上で坂井が微かに身じろぎしたように思えた。
「坂井!気がついたの!?」
慌てて脇へ駆け寄って葵野が声をかけると、坂井が、ゆっくりと瞼を開いた。
続けて身を起こし、周辺へと視線を巡らせる。
やがて視界が涙目の葵野を捉えると、彼は小さく項垂れた。
「また、心配かけちまったのか……」
「いいよ、いいんだよ!ごめん、いつも坂井にばっか無理させて!」
別に葵野が戦えと頼んだわけじゃなし、いつも坂井が勝手に戦っては重傷を負っているだけなのだが、そんな向こう気が強く闘争心の塊みたいな男を好きになったが葵野の運の尽き。
惚れた男の弱味とでもいうべきか、しょぼくれる坂井へ必死になって謝った。
「坂井がいてくれるから俺も頑張ろうって、自分に出来ることを頑張ろうって思えるんだから」
抱き寄せて軽く額へキスすると、潤んだ瞳が見つめてくる。
「……ホントか?本当に、そう思って」
「当たり前だろ!そうじゃなきゃ、お前と一緒に旅に出たりなんかするもんか」
いちゃいちゃする二人を微笑ましい目で眺めていたゼノが、不意に思いついたことをクチにする。
「リッシュ、あんたはMSを研究していたそうだが」
「えぇ。それが、何か?」
「MSが何故変身できるのか、それを解明することは出来たのか?」
「……それは、まだ。まだ、見解の域を出ていない」
リッシュの答えに一旦は気落ちする三人だが、続けて放たれた発言には耳をそばだてた。
「だけど私の師は、こう推測していた。MS現象は、ウィルスと心の病が合体したものだと。感染した人間の意志が肉体を変化させているのではないかと、師は言っていた」
「心の、病?それにウィルスが反応して、肉体変化を起こしているってのか?」
「師クリムは、そう考えていたよ」
リッシュが頷く。
さらに驚くべき事にクリム・キリンガーことK司教は、MSウィルスの調合方法も知っているらしい。
石板から得た知識に加え、何度も実験を繰り返した成果によるものだろう。
「K司教って野郎は一体何が目的なんだ?テメェが世界の王様にでもなるつもりか」
さっそく会話に加わってきた坂井へ目をやると、リッシュはゆっくり頭を振った。
「いいえ。彼が求めているのは、世界の統一なんかじゃない」
「では、何だ?」
ゼノの問いに私の推測だからと前置きしてから、リッシュは答えた。
「新しい生命。人類や今のMSを越える、新人類を生み出したいんだと思う」
思いがけない答えに三人は軽く固まり、ややあってから坂井が呆れまくった顔で聞き返す。
「……ハァ?じゃあ何か?K司教は人間を生み出す為に、今いるMSを実験台にしてるってぇのか?」
「ただの人間じゃない。今の人間を越える、新しい人間。MSよりも強靱な肉体を持ち、より賢い頭脳を持つ……私が彼の元で研究に励んでいた時分、既に、その傾向は見えていたからね。間違いないと思う」
いつから始めていたのかは知らないが、なんとも遠大な計画だ。
だが、そんな個人の立てた夢想の為に実験台にされては、たまったものではない。
「あ、ところでよ」
だいぶ調子が良くなってきたのか、ベッドの上であぐらをかきながら坂井が尋ねた。
「MS能力を抑える薬を、あんたは作れるのか?」
「MS能力を抑える薬?」
オウム返しに聞き返すリッシュへ「いや、以前トレイダーって奴に盛られたんだがよ」と坂井は話し出す。
ワインの中に混入された薬を飲んだ途端、めまいを起こし、体は痺れて動かなくなった。
何度MSへ変身しようと頭で念じても、全く変身できなくて酷い目にあったのだ。
初耳だ。
以前B.O.Sの本拠地を探した時、一時だけ坂井が行方をくらましたことがあったが、まさか、その時か。
その時、そんな目に遭っていようとは。
改めて坂井の不運へ同情すると同時に、ここには居ないトレイダーへの嫉妬が葵野の脳裏で渦巻いた。
「それは、きっと暗示ね」
リッシュの言葉に、全員がキョトンとなる。
「暗示?暗示っていうと、催眠術みたいなやつ?」
「そう。MSに変身できなくなる、という暗示をかけられたの」
結論から言うと、MSに変身できなくなるようにするような薬はないと彼は言う。
第一そんなものが開発できていたのなら、MSなど、とっくに地上から消え去っているはずだ。
MS研究の原点は、MSという奇病を治す為に始まった研究なのだから。
「体が痺れて目眩を起こした時点で坂井、君の容態は充分おかしくなっていた。神経と精神がやられていたのでは、MSに変身できなくても当然だよ。だって君は、自分で自分に『変身できない』という暗示をかけてしまったのだから」
その証拠に、痺れが取れた後には、ちゃんとMS変身できたでしょう?と締めくくられ、坂井は素直に頷いた。
確かに、変身できなかったのは一時だけ。目眩と痺れに襲われていた間だけだ。
「でもよ、なら、MSに変身できない薬を作ることは可能なんじゃねーか?一時の間だけでも暗示をかけられるってんなら」
「そうだね。そうかもしれない」
今度はリッシュも素直に頷き、「でも厳密には治療じゃないけれど」と付け加える。
ゼノも、彼は彼で思い当たる節でもあったのか、一人で何事かを納得している。
「――じゃあ、俺も」
葵野が発したので、全員が彼に注目した。
「俺も、自分で自分に変身できないって、暗示をかけているだけなのかな?」
「それは……」
リッシュが答えを探すうちに、坂井が横入りする。
「そうかもしんねぇな。俺達の戦いを見ているうちに、お前は自分で自分のMS能力を拒絶しちまったのかもしれねぇ」
では、どうすれば、この暗示は解けるのだろう。
どうすれば、葵野も坂井と一緒にMSとして戦いたい。そう思えるようになるのだろう……?
「……ともかく」と会話を打ち切らせたのは、ゼノの一言で。
彼は窓の外へ注意深く視線を巡らせると、囁くように仲間達を促した。
「いつまでも首都に留まっているのは、危険だ。なんとしてでも東へ渡り、中央国へ入ろう」
中央国は、葵野の故郷だ。
中央国に匿ってもらえれば、坂井も安心して養生できよう。
今度ばかりは葵野も駄々をこねるわけにはいかず「うん」と、力強く頷いたのだった。

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