DOUBLE DRAGON LEGEND

第六十一話 絶望(前編)


森に隠れていたのが仇となった――
レヴォノース軍の命運は、謎の軍団の奇襲により風前の灯火。
そう思わざるをえない事態になっていた。
白き翼も、まさか敵の黒幕が自ら攻撃を仕掛けてくるとは読んでいなかったのかもしれない。

どこをどう走ったのかは、自分でも覚えていない。
だが、D・レクシィは確実に森を抜けて都市へ近づいていた。
背後を追ってくるのは、茶毛のMSが一人。足の速い奴で、なかなか振り切れない。
ちらと後ろを見た限りでは馬のようにも思えたが、頭には角が二本生えている。
それに、馬より格段に速い。このままでは追いつかれるのも目に見えていた。
不意に前を何かが横切り、レクシィは止まりきれずに、そいつを跳ねとばす。
「ぎゃんッ!」と叫んだ白っぽい塊は、続けて癇癪を起こして叫んできた。
「ちょ、あんた何すんのよ!いくら急いでいるつったってねぇ、フツー人を突き飛ばす!?」
この脳裏に響く甲高い声、聞き覚えがあると思ったらタンタンではないか。
研究所に潜入したはずの彼女が何故、森へ突っ込んできて、しかもレクシィの目前を横断したのか。
答えは、すぐに出た。
鋭い殺気を肌で感じ、レクシィは真横に転がった。
すぐ側の大樹が大きく薙ぎ払われ、宙に舞う。
続けて襲ってきた鋭利な爪をかいくぐり、さらにレクシィは間合いを外す。
「チィッ、ちょこまかと!」
襲ってきたのは大きな狒々。邪悪に漲る両目は赤く光っている。
「あんた、しつっこいのよ!どこまでついてくりゃ気が済むつもり!?」
すかさずレクシィの陰に隠れたタンタンが喚き立てた。
然るに彼女を追っていたのも、こいつに違いない。
狒々はタンタンを無視し、真っ直ぐ視線にレクシィを捉える。
「久しぶりだな、Dドール……いや、D・レクシィと呼ぶべきか?」
レクシィも怯まぬ視線を熊に向け、小さく呟いた。
「……ダミー。あなたが直接来るとは思わなかった」
一人事情のわからぬタンタンは狒々と鼠、両方の顔を見比べて呆然とするばかり。
「え、ちょ、レクシィ、あんた、このストーカーと知りあいなの!?」
「ストーカーとは、言ってくれる」
狒々が苦笑した。
改めて腰を落とし低く構えると、タンタンをも視野に入れて名乗りをあげた。
「俺の名はダミー・ライデン。十二の騎士が一人だ」
「十二の騎士?はぁ?何それ、十二真獣なら知ってるけど?」
キーキー喚くタンタンの側では、低い声でレクシィが尋ねる。
「マスターも、一緒にいるの?」
あぁと頷いたダミーが、にじり寄る。
「懐かしいか?愛しのマスターに会わせてやってもいいんだぞ」
背格好を低くし、いつでも飛び出せる格好のまま、レクシィは無言を通す。
それをどう受け取ったのか、ダミーが動いた。
「ただし……死体となってな!」
この動きは読めるものだったのか。
ビビって腰を抜かすタンタンとは対照的に、レクシィは至って冷静であった。
当たるギリギリで爪をかわし、足下を走り抜ける。
間髪入れず飛びかかってきた茶色い塊の前で突然大きくなると、バシッと片手で払いのけた。
「ぎゃうっ!」と悲鳴をあげたものの、茶色い奴も只のMSではないのか器用に受け身を取っている。
長い足をクッションに、衝撃を和らげると上手く着地した。
「やってくれるネ、Dドール!」
それには答えず、レクシィは森を追跡してきた者の姿を上から下まで、じっくりと眺めた。
とりあえず馬ではない事だけは、頭上の二本角が証明している。では、鹿だろうか?
「凛々の姿が珍しいか?Dドールッ。鹿だと思てるだろうが違うぞ!凛々は鹿ぢゃナイ、カモシカだ!!」
威勢の良い凛々の啖呵を遮って、再びダミーの猛攻が始まった。
今度は逃げず、レクシィは真っ向から狒々の爪を受け止める。
血飛沫が舞い、後方でタンタンの悲鳴があがった。
「受け止めるたぁ……ヘッ、覚悟を決めたのか?」
ギリギリと爪が、腕に食い込んでくる。痛みに唇を噛みしめながら、レクシィは耐えた。
ダミーの息がかかる範囲だ。言い換えれば、レクシィの牙が届く範囲でもある。
「ダミー、さっさとトドメさすヨロシ!奴の毒に気をつけるネ!」
カモシカの忠告に、ダミーも歯を食いしばった。
言われるまでもない。
Dドールが毒を持っているのは、ジ・アスタロトに所属する者は誰もが知っている。
なんせ彼女を作ったのは、トレイダーなのだから。
一気に叩き潰そうと力を入れているのだが、レクシィとの力の差は均衡なのか一向に叩き潰せない。
鼠がモデルのくせに、なんて馬鹿力だ。狒々の自分と対等とは。
おまけに、腕に突き刺した爪が抜けなくなっていることにも気がついた。
深く突き刺しすぎたのか?
……いや、そうじゃない。
ダミーの腕をレクシィが握り、自分の腕に引き寄せている。
爪は肉を貫通し、骨まで達しているはずだ。堅い感触を爪越しに感じる。
「クッ、てめぇ……何の真似だ?」
引き寄せられ、顔と顔がくっつくほどの近さになって、初めてレクシィがボソリと囁いた。
「……逃がさない」
腕の半分は感覚がない。顔が青ざめているのが自分でも判る。血を失いすぎた。
背後には、まだタンタンの気配がある。
戦闘に見とれているのか、逃げるのも忘れてしまったようだ。
やり合っているうちに逃げておいて欲しかったのだが、今さら声をかけるのも躊躇われた。
「K司教の企みは、全部、潰す。それがミワとアリアと……レクシィの、望み」
吐き捨て、ぐわっと大きく口を開きダミーの首筋に牙を立てようとした時、どん、と何かがぶつかってきた感触と共に鋭い痛みを背中に受けた。
「させないネ!ダミー、逃げるヨロシッ」
背後の茶色い塊が頭を振るたびに、尖った何かが背中へ潜り込んでいく。
角であるのは、感触で判った。
鹿だかカモシカだか知らないが、随分と愚かな行動を取るものだ。
「に、逃げられるかよっ……!」
「なら、攻撃すればいいネ!目には目を歯には歯を、ヨ!!」
しっかり腕を取られていては離れようにも離れられず、ヤケクソになったダミーはレクシィの首筋にガブリと噛みついた。
それが却って彼の寿命を縮める結果になった。
巨大鼠と狒々は向かい合っていたが、ぶはッと赤い物を吹き出して、先に崩れ落ちたの狒々のほう。
勝ち誇っていたカモシカも、一瞬にして真紫に染まったかと思えば短い断末魔をあげ、がくりと膝をつく。
「……え?えっ!?な、何が起きたのよ!」
またしても置いてけぼりのタンタンは、慌てて倒れた熊とカモシカの側へ駆け寄ってくる。
「触っちゃ駄目!」
レクシィの鋭い叱咤にビクッと足を止め、恐る恐る彼女へ尋ねてよこした。
「い、一体何したのよ、あんた。こいつら、死んじゃったの?」
遠目に見ても狒々とカモシカが息をしていないのは、タンタンでもよく判る。
二人とも頭の先からつま先まで見事な紫色に染まり、ぶくぶくと醜く膨れあがっていた。
レクシィと知って襲ってきたからには、彼らも何かしらの能力を持っていたと予想される。
だが、それを使う暇もなくやられてしまった。
死体には目もくれず、レクシィが答える。
「レクシィの毒、全て体内に回した。角と、牙を伝って感染するように」
「へ、へぇ〜、便利ねぇ。あんたの毒って」
タンタンは感心しているが、冗談ではない。
一つの能力を別の形へ変換させるなど、十二真獣にだって出来る芸当ではない。
レクシィは十二真獣をも凌ぐ能力を持っているということになる。
「これが……マスターの提案した、十二真獣を越える次世代MSの力。でも……」
元通り小さな鼠へ戻ると、レクシィは俯いた。
「……認めない」
「え?何が?」
首を傾げるタンタンを余所に、小さく、だが決意を秘めて囁き続けた。
「こんなのが新しい時代の人間だなんて、レクシィは絶対に……認めない」

森一帯を真っ赤な炎が焼き焦がす。
あっという間に逃げ場を失い、キャミサとネストは孤立した。
孤立したのはミスティルも同じだが、彼は二人と違って空を飛べる。絶対的な差があった。
「森を燃やすなんて!何考えているの、英雄のくせにッ」
キャミサの悪態に、ミスティルは応えた。
「俺を英雄と呼ぶのは他人の勝手だ。俺は自分が英雄であると名乗ったことは一度もない」
「英雄じゃなくても、サ」
オオトカゲの横に控えるパンサーも嫌味を放つ。
「森は大切な資源だ。大事にしろって習わなかったのかい?学校で」
フンと鼻息一つで吐き捨てて、ミスティルは大きな声で遮った。
「貴様らが襲ってこなければ、戦い方を変えていた。貴様等が奇襲などという卑劣な手を使ってこねば、な」
「奇襲が卑怯?なら、前大戦でのアンタ達は卑怯そのものだったわねェ。だって、無抵抗な村を」
キャミサも余裕を取り戻し、嫌味合戦に加わる。
「戯れ言は終いだ」
しかしミスティルには勝手に締めくくられ、「キャア!」と悲鳴をあげるはめになった。
「何すんのよ、人が話しているのに!」
「おしゃべりがしたくて貴様は此処へ来たのか?違うだろうッ」
鬼神が羽ばたくたびに、真っ赤な火の粉が飛び散る。
そいつが辺りの木々に燃え移り、火事を広げているのだ。熱くて迂闊に近寄れたものではない。
近づけないのではキャミサもネストも得意の能力を使う機会がない。
なんとかして奴の懐に近づけないものだろうか。
逃げながら考えあぐねていると、上空に見知った形の影を見た。
「キャミサ!」
「えぇ、判ってる!」
頷きあうと、キャミサとネストはバッと二手に分かれて飛びずさる。
「何の真似だ?」
余裕のミスティルへ、先に仕掛けたのはネストだった。
ガチ、ガチ、と牙を噛み合わせ黙していたパンサーが、地を蹴って飛びかかってくる。
当然、ミスティルは炎で焼き払おうとするが、そうはさせじとオオトカゲが割って入った。
「あんたの相手は一人じゃないわ!」
くるっと背中を丸めたかと思えば、無数の礫が飛んできた。
礫じゃない、ウロコだ、と認識する暇もないままミスティルは炎で焼き払おうと羽ばたくが――
次の瞬間。ミスティルは驚愕に目を見開く。
なんと燃えるどころか鱗は炎をものともせず飛んできて、ブスブスと体に突き刺さったではないか!
ただの鱗かと思っていたが、とんでもない。
一枚一枚が鋼鉄並に堅い上、側面は刃物の如く切れ味が鋭い。
思わぬ痛みにミスティルは顔をしかめる。
こいつは並のMSではない。ネオドールと同じで、改造MSの上をいく創造MSだ。
間髪入れず、ネストが叫んだ。
「今だ、アルムダ!!」
誰もいないと思っていた、上空へ向けて。
ごぉっと身を切る寒風が真上から降りてきた瞬間、ミスティルが耳にしたのは「伏せて!」という甲高い少年の声。
何が起きたのか把握する間もなく、気がつけば鳳凰は鎧姿の大男に抱きかかえられ、地を転がっていた。
「貴様……」
鎧の大男は言うまでもない。
森で散開したはずの仲間、ゼノだ。
注意を促した声の主は木の上に立っている。シェイミー、同じく彼とも森で散開したはずだ。
「何故、戻ってきた!?」
こんな状況だというのに、ゼノに抱きかかえられている事を意識している自分に腹が立つ。
その気持ちが多少面に表われてしまったのだろう、ミスティルの刺々しい詰問にゼノは俯いてしまう。
しかし、思いの外はっきりと彼は答えた。
「分散していては勝てない。そう判断した。我々も協力して戦うべきだ」
「地上の敵は、ボク達に任せて!あなたは、上空にいる人を」
くいっとシェイミーが目線をあげたので、ミスティルもつられて上空を見やる。
大きく旋回している鷲、あれが先ほどの寒風を吹き付けてきた輩か?
「冷気か……面白い。炎が勝つか、氷が勝つか、勝負だ!」
ゼノが手を離すと同時に急上昇、真上で鷲と鳳凰がぶつかり合う。
それを見届けるでもなく、シェイミーは次の指示を相棒に飛ばしていた。
「ゼノ、五時の方角に虎がいる!」
「虎じゃねぇ、パンサーだッ!」
ネストがすかさず訂正を入れ、再び牙をガチガチと噛み鳴らす。
瞬時に何かを感じ取ったか、或いは天性の勘なのか、突進していたゼノが不意に身を屈める。
その直後に頭上を稲妻が走り抜け、一直線上の木々を貫通した。
「チッ!よけやがった」
身を翻すパンサーを、ここで逃がすわけにはいかない。
走って間合いを詰めながら、ゼノがぼそりと呟く。
「ブレイド」
鎧から姿を変えた剣を両手で真横に一閃、茂みごと薙ぎ払う。
勿論、敵も然る者。そう簡単に当たってくれるわけがなく。
「っとぉ、危ねっ!」
スレスレで避けたパンサーの毛が何本か、風圧で切れて飛び散った。
この瞬間で稲妻を放っていれば、彼は勝てたかもしれない。
剣撃を避けた――そのせいで、ネストの心には油断が生まれてしまった。
だから、もつれ合うようにして地上に落ちてきた二つの影を避けることも叶わなかったのだ。

「――ッ!」

飛び退いたゼノの真正面に大きな塊が二体、墜落してくる。
それがミスティル及び、敵側の鳥であると判るまで、彼は少々の時間を要した。
何故ならば鳳凰は片身が凍りつき、相手も体の片側が酷く焼けただれていたからである。
「この俺と互角に戦うとは……見事だ」
凍りついた痛みを物ともせず、ミスティルが片側だけでニヤリと笑えば、鷹も焼けただれた顔に不敵な笑みを浮かべた。
「伊達に何度も改造されていないものでね」
手を貸そう。そう言いかけるゼノには、シェイミーの指示が飛んでくる。
「ゼノ、トカゲが逃走を始めた!追いかけて!!」
「どちらの方角だ!」
仕方なく身を翻し、木の上に叫び返す。
すかさず「三時の方角!」とシェイミーが答え、走るゼノの上にヒラリと飛び乗ってきた。
「彼女の能力は、さっき見せて貰った。ゼノの敵じゃないよ、だから……」
「捕らえるのか?」
ゼノの問いにシェイミーは、コクリと頷いた。
一人でもいい、ジ・アスタロトの本拠地を知る捕虜が欲しい。
といっても彼らに報復したいという気持ちがシェイミーには、ない。
何故、殺し合いを仕掛けてくるのか。
何故、戦争を拡大しようとするのか。
何故、MSを絶滅させようとするのか。
全ての謎に答えてもらいたい。
そして、願わくば戦いを止めて欲しい。
彼の望みは、ただ、それだけであった。

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