DOUBLE DRAGON LEGEND

第六話 秘密結社


砂漠都市を偵察がてら、『死神』MSの存在も確かめる。
だが西で葵野と坂井が知ったのは『死神』の噂ではなく、秘密結社B.O.Sが殺戮MDを操作して、西と東の戦いを煽動しているという話であった。
二人は急遽中央国へ戻り、B.O.Sの本拠地を探るべく情報収集を開始した。
道行く人を捕まえては、ここ最近の噂を尋ねる。
それくらいだったら俺一人でも出来るよと嬉しげにいう葵野に、坂井は全てを任せてみた。
相手が王子様ということもあってか、街の人々は実に愛想良く答えてくれた。
「正義の旅をしてるんだってね、頑張って下さいよ!」などと、野菜や果物をくれる人まで出る始末。
瞬く間に葵野のリュックはパンパンになり、当分の食料には困らなくなった。
「見ろよ、これ!みんな、優しいよなぁ」と浮かれる彼をジト目で睨み、坂井は尋ねる。
「……で、肝心の情報は?BOSの居場所は判ったのか」
途端にシュンと項垂れ、謝る葵野。
「ゴメン。全然わかんない」
「あーッ、たく!お前一人に任せてっとロクな事になんねぇなぁ。俺も聞き込みに出る――」
言いかけ、坂井はハッとなる。
「どうしたんだ?」と尋ねてくる葵野を鋭く制し、視線は彼に向けたまま応えた。
「……つけられてるぜ」
「えぇ!?」
「バカ、後ろは見んなッ。どこの誰だか知らねェが、王子様を尾行たぁ不敬なヤロウだぜ」
王子様を連れ回している奴に不敬だなんだと言われたくないが、尾行されるのも気分は良くない。
「ど、どうするんだよ?俺達、お金なんか、ほとんど残ってないぞ!?」
「素直に金渡してどーすんだよ。つか、相手は別に強盗だとは限んねーだろ?」
ワタワタ慌てる葵野とは対照的に、坂井は落ち着いている。
「ま、どっかテキトーな場所まで誘い出して、そこでブチのめせば……」
なにやら物騒な事を坂井が言いかけた時、ひそひそ話を遮って甲高い声が大通りから響いてきた。
「あーッ!小龍様、それにタッチも!!いつ戻ってきてたんですかぁー!?」
負けじと坂井も大声で「うっせぇぞ、リッコ!あと俺をタッチって呼ぶんじゃねぇッ」と応えてから、大通りで仁王立ちした、宿屋の看板娘を疎ましそうに睨みつけた。
日寺律子。
宿屋兼酒場な店、『ひだまり子猫亭』の一人娘にして看板娘でもある。
全身から活発オーラを放っている、この女性は、坂井にとっては幼なじみでもあった。
「お前、幾つになったよ?いい加減幼児語で俺を呼ぶのは卒業しろってんだ」
呆れる坂井へ「じゃあ、あんたもリッコって呼ぶのやめてくんない?」と軽口でやり返し、律子が葵野へ向き直る。
「おかえりなさい、小龍様!長旅は大変でしたでしょう?タッチと二人旅だなんて苦労も二倍だったんじゃないですかぁ?あ、荷物お持ちしますね小龍様。今、お昼のサービス中なんですよ?ちょっと寄っていきませんか?お代のことなら大丈夫!小龍様から、お金なんて取りませんよ。お父さんにも、きつく言ってあるから!」
葵野に断る暇も与えぬほどの早口で、まくしたててきた。
勝手にリュックを取り上げ片手で持つと、もう片方の手で葵野の腕を掴み、店へと引っ張っていく。
「なんだよ、小龍様小龍様って。俺は放置か?コラ」
むくれた幼なじみへジト目を向けると、葵野へ話しかけた時とは全く違う温度差で律子は答えた。
「タッチは一旦家に帰ったら?寂しがってたよ、おじさん」
「あ!だ、だったら俺も一旦家へ……」と葵野が便乗して言いかけるも、坂井の声がそれを遮った。
「残念だったな!俺と葵野は今から王宮へ向かうんだッ、んで兵隊を動かしてもらうんだよ!」
間髪入れず、律子もやり返す。
「そんなのできっこないじゃない、特にあんたがついてっちゃね。婆様は、あんたのこと嫌ってるしィ」
「んだとォ?ババアのやつ、まだ根に持ってんのかよ」
「あったりまえでしょ!第一王位継承者を勝手につれ出して、恨まれないほうがおかしいっつの!ったく、あんたと幼なじみやってる、あたしの事もちったぁ考えなさいよっ!あんたがいなくなってから、おじさんとあたしが、どんだけ迷惑被ったか判ってんの!?」
とまぁ、散々怒鳴り散らした後で葵野がポカーンとしているのに気づくと、律子は慌てて取り繕う。
「あっ!で、でも小龍様?小龍様のことは、婆様とっても心配してましたよォ〜。ダメですよ?身内を心配させたりしちゃ!婆様は、もう先が長くないんですし……」
当年とって婆様は九十歳。律子が心配するのも判ると言えば判る。
彼女に叱られ葵野も、素直に頷いた。
「律っちゃんにも心配かけたみたいだね。ごめん」
りっちゃんと幼い頃の呼び名で親しく呼ばれ、律子の頬がぽうっと赤く染まる。
「そ、そうですよ。あまり国民に心配かけさせないで下さい!小龍様」
小龍様と連呼され、いい加減我慢できなくなってきたのか葵野は申し訳なさそうに言う。
「……その小龍様っていうの、やめてくれないかな?」
「え?」
「律っちゃんと坂井には俺のこと、名前で呼んで欲しいんだ。俺の大事な友達だから……」
別に、小龍様と呼ばれるのが嫌なわけでない。
この国の王子として生まれた以上、そして『神龍』の名を継いだ以上、彼は、この中央王国で『小龍様』という存在であり続けなくてはならないのだ。
ただ律子と達吉は、葵野には国民というだけではなく、もっと大切な場所を占めている二人である。
その二人にまで、『小龍様』と他人行儀で呼ばれるのだけは我慢ならなかった。
「じゃあ、じゃあ、昔みたいにリッキーって呼んでいい?」
頬を紅潮させて興奮して尋ねる律子へ、葵野は今度も素直に頷く。
「うん」
キャー!小龍様に認められちゃった!キャー!あ!また小龍様って呼んじゃった、ごめんなさい!えっと、それじゃリッキー?リッコちゃん特製タイムサービスランチを召し上がれーッ!」
またもグイグイ強引に腕を取られて引っ張られながら、ふと坂井の姿がないことに気づき、葵野は慌てて左右をキョロキョロした。
「坂井?坂井ッ!?」
「……なんだよ、何慌ててんだよ。このバカ」
意外と近い場所から返事がきて、軽く取り乱しかけていた葵野はホッとする。
坂井は宿屋の壁に寄りかかり、一連の遣り取りを退屈そうに眺めていたようだ。
葵野をさしおいて、律子が反発する。
「バカって何よ!バカはあんたでしょ、ばーか!」
「リッコお前、幾つだよ?つか、リッキーもリッコもアツアツだねぇ、仲良しだねぇ〜。俺が口挟む暇もねぇや」
坂井はふぅ、と溜息をつき、宿屋の入口とは反対方面へ歩き出す。
葵野は慌てて彼を呼び止めた。まるで、飼い主とはぐれて困惑する子犬のような表情で。
「坂井、お前どこに行くんだ?一緒にランチサービスを食べないのか?」
「リッコの邪魔はしたくねぇ。いいから小龍様は、ひだまり亭の大サービスでも受けとけって」
振り向きもせずスタスタと歩いていく坂井の背へ向けて、律子も追い打ちをかける。
「うんうん、タッチも大人になったじゃない。昔はホント、空気読めない子で苦労したもんだけど」
「あぁ、ホント。大人になった俺に感謝しろよ?お前の邪魔したら殺されるってんで逃げ出す大人の俺様にな」
「って!あたしを凶暴女みたいに言うな!こら!!」
律子が怒っても、もう遅い。坂井はスタコラ駆け足で逃げ去ってしまった。
「……ったく、もう!ぜんっぜん変わってないんだからッ。あんなんだから女の子にもモテないのよね。ささ、リッキー、中へどうぞ!あまり綺麗な店じゃないけど、味だけは保証済みだからね!」
「はは……」
葵野は苦笑しながら入り際、律子へポツリと言い返す。
「何年経ってもホント、二人は仲良しだね。俺が入り込める隙間も、ちゃんと空けといてくれよな」
「ちょっとーッ!?リッキー、それどういう意味よ!?」
ががーんっとショックを受けた律子も、すぐに葵野を追いかけて宿屋へと駆け込んだ。


くそおもしろくもない。
律子のやつめ、大きくなればなるほど葵野との温度差が激しくなってやがる。
そりゃあ、葵野は中央国にとっちゃ大事な王子様だし、国民にとっちゃアイドル並の英雄だ。
律子にとっては幼なじみでもある。国が襲われ混乱する中で出会った、大事な友達だ。
でもな。葵野をお前に紹介したのは、誰だと思ってんだよ?
……………。
判っているさ。この感情が、何であるかぐらい。
ふと、坂井は足を止める。街からは少し離れた、草原で。
「……で、お前らが用事あるのは小龍様じゃねぇってわけか?」
草が揺れ、音もなく現れた人影に、坂井はぐるりと囲まれる。
どの顔も見知らぬ男達で、揃いの装束を着込んでいた。そのうちの一人が口を開く。
「国の王子を拉致するほど、我等も馬鹿ではない……それにお館様は、お前をご所望だ」
「俺に?何の用だよ。俺はテメェらなんかにかまってるほど、暇人じゃねぇぜ」
多人数に囲まれても生意気に粋がる坂井を見つめて、別の男が応えた。
「貴様が探している組織と関連する……そう答えれば、大人しくついてくるか?」
「何ッ……!」
坂井と葵野が探している組織、それはB.O.Sに他ならない。
この怪しげな軍団は、B.O.Sの配下だというのか?
――なら、あえて罠に嵌ってやるのも一興だ。
敵の本拠地も割れるし、上手くいけば『お館様』なる者を倒して、東に平和が取り戻せる。
違ったなら違ったにしろ、このような怪しげな格好をする集団。どうせロクなものではあるまい。
B.O.Sとの前哨戦として、軽く片付けてやる。
「いいだろ、お館様とやらの元へ案内しな」
頷く坂井に、男の一人が目隠しをする。
さらに別の一人には手を握られ「ついてこられよ」と先導されて、大人しく彼はついていった。

その建物は、まさに古城と呼ぶにふさわしい外見であった。
しかも崖っぷちギリギリに建っているという、デンジャラスな立地条件付き。
坂井は目隠しを外され、広間らしき場所で待機させられる。
装束姿の男達は姿を消し、内一人がお館様を呼ぶと言い残して、足音を立てずに立ち去った。
広間には、巨大な像が五つ並んでいた。
プレートを見ていくと、左から順に『白き翼』『死神』『鬼神』『神龍』『騎士』と書かれている。
「五英雄の像、か。この城の主は、英雄伝承が好きらしいな」
思わず呟いた坂井の言葉を拾うかのように、男の声が後を継いだ。
「白き犬、翼を生やし世界を救う――傍らには黒き衣の死神と、誇り高き騎士を添えて。だが過去の英雄も今は久しく、伝承の中へ身を置くばかりだ。寂しい話だと思わないかね?」
歩いてきた男に目をやり、坂井は怪訝な顔をする。
男は明らかに東の民ではない。
西側の人間だ。髪の色が黒くない。
いや、黒くないといえば葵野だって黒ではないのだが、彼はいいのだ。
恐れ多くも伝説のMS『神龍』の末裔である彼を、その辺の一般民衆と一緒にされては困る。
「誰だ?」と尋ねる坂井へ、男は穏やかな微笑を浮かべて会釈する。
「失礼。私の名はトレイダー。トレイダー・ジス・アルカイドだ」
「トレイダー?西の人間が、どうして東の奥地に引っ込んでやがるんだ?」
「この大陸は素晴らしい」
トレイダーは、うっとりと坂井を見つめ、ほぅっ……と溜息をついた。
「私は東の民、及び中央国に興味を持ってね。調査と研究のために東へ移住してきたのだよ」
調査という言い方は気に入らないが、要は民族研究か。なら何も害はないように思える。
だが揃い装束の部下といい、この城とトレイダーには隠している何かがありそうだ。
「単刀直入に尋ねるが」
睨みつけてくる坂井を恍惚の表情で見つめ返し、トレイダーは頷いた。
「ふむ。B.O.Sのことだね?君が考えているように、私はB.O.Sのリーダーでもある」
まだ何も聞いていないのに、あっさり認めた相手に「何ッ!?」と驚く坂井へ、彼はこうも言う。
やはり、うっとりと夢見るような視線で坂井を見つめながら。
「こちらも単刀直入に言おう。私は、君が欲しい」
伸ばしてきた手が坂井の顎をさわりと撫でて、くいっと上に持ち上げる。
あまりの気持ち悪さにブンブンと激しく頭を振って、その手を振り払った坂井は怒鳴り返す。
「てめッ、なにが『君が欲しい』だッ!知らねぇ奴にホイホイついてくような男に見えんのか?俺が!!」
相手は聞いているのかいないのか、またまた、ほぅっと熱い溜息をつき囁いてよこした。
「流れるような黒髪、そして闇を映し出す黒い瞳……美しい。なんと美しいのだ、東の民とは。東の純血種である君は、とても美しい。さぁ、二人の出会いを乾杯して飲もうではないか」
いや、絶対聞いてなかったと思われる。
トレイダーは、激しくマイペースな男のようだ。
差し出されたワイングラスを勢いよく叩き落とし、坂井は激昂する。
「聞けよ!人の話ッ!!!」
叩き落すなどという乱暴をされても、トレイダーは自分のペースを乱すことなく微笑した。
「フフ、君は気性の激しい男だ……だが、そこが、ますます愛おしい。なんとしてでも、君を私のものにしたくなってきたよ」
「ち、近づくな!それ以上近づいたら、テメェの喉笛を噛みちぎってやる!!」
色々な意味でトレイダーから恐怖を感じ、知らずのうちに後退している己に気づく。
坂井はカーッと頭に血がのぼるのと同時に、自分の情けなさに苛つきもした。
なんで、こんな変態相手に俺は怖じ気づいているんだ?
構うこたぁない、倒しちまえ。
変態を生かしておいても、世のため人のためになるわけがない!
じりじりと近寄ってくる相手を油断なく睨みながら、坂井は服へ手をかけた。
だが一瞬の隙をついてきた、トレイダーの動きは見事としか言いようがなく。
不意に迅速な動きへと切り替わり、坂井の懐へ飛び込むと、変化途中で隙だらけな彼の唇を奪った。
「んっむ!」
びっくりして目を白黒させているうちに、口の中へ何かが流れ込んでくる。
それがワインだと気づいたのは、ごくんと飲み干してからだった。
「げッほ、て、てめ、何無理矢理飲ませて……!!」
最後まで文句も言えず、今度はクラクラする視界に坂井は前から倒れ込む。
ななな、なんだコレ?
目の前がグルングルン回っちゃって、まっすぐ立ってもいられない。
何か盛られたのだけは明白だ。
何を混ぜた?
そう聞こうと思ったのだが、唇も舌もしびれて言葉が出ない。
口元に微笑をはりつかせたまま、トレイダーが言う。
彼の声が、いやに遠めいて聞こえた。
「安心したまえ、毒ではない。ただ少しの間だけ、君の体から自由を奪わせてもらう」
しびれて動けない坂井を抱き上げ、ベッドに寝かしつけると、再び顎のラインを指先でなぞる。
今度も気持ち悪さに坂井は身震いしたが、悲しいぐらいに手足が自分で思ったようには動かせなかった。
おまけに変化しようと焦っても、全く体型が変わらない。
体の自由を奪うとは、そういう意味なのか。
変身を抑える、しびれ薬でも入っていたものらしい。
「ほぅ……鍛えているな。さすがは小龍様をお守りするMSなだけはある」
惚れ惚れと坂井の体を眺めまわしてから、おもむろにトレイダーは彼を脱がしにかかる。
シャツをめくり上げられた際、指が偶然、乳首に触れた。
瞬間、ビクリッと痙攣した坂井を見て、トレイダーの顔に笑みが浮かぶ。
「おや、感度が良いね。胸で感じるとは……可愛い人だ」
乳首を口に含まれ、舌で舐められ、それだけでも嫌だというのに、ズボンまで脱がされかかっている。
畜生ッ、体さえ動けば、こんな奴――!
悔しさに歯がみしたが、今の坂井にできる事といえば、必死の形相で睨みつける。それぐらいだ。
全身全霊を込めた殺意の視線も、肝が座った変態の前には全く効き目がない。
「フフフ、そう気張って見つめないでくれたまえ。ほら、君の股間も力が入りすぎてしまっている」
パンツも降ろされ剥き出しになったモノを、トレイダーの掌が優しく包み込む。
「もっとリラックスしたら、どうかね?」
ゆっくりと指を動かして、にぎにぎ握ってこられ、坂井は悲鳴にならない悲鳴を精一杯、喉の奥で叫んだ。

不意に戸がギィ……と、音をたてる。
「――そのようにオイタをされては、リラックスしたくとも出来ませんわぁ」
黒ずくめの装束に身を包んだ女性が、ひっそりと立っていた。

「美羽か。いつ戻ってきたのだね?」
動じることなく坂井のナニを握ったまま、トレイダーが振り向く。
「動けぬ者をいたぶるとは、首領の風上にも置けませんわね」
黒づくめの女性美羽は、それには答えず軽く彼を睨みつけると坂井の枕元に立つ。
じっとりと汗に濡れながら、なおも戦意を失っていない坂井は彼女をドス黒い殺気で睨みつけた。
「ご安心あそばせ。ワタクシはアナタをいたぶりに来たのではないわ。解放しに来たのでしてよ」
睨まれても何のその、美羽は彼の腕を取ると、ぷつりと注射針を突き立てる。
また何か注入されてしまった。
だが今度の薬は、さっきの毒とはまた違ったもののようだ。
ぐるぐるしていた視界が、はっきりしてくる。
しびれていた腕も、自分の意志で動かせるようになった。
「……あ……?」
べーっと舌を出して何かを話そうとする坂井だが、まだ舌も唇もしびれが残っているようだ。
「すぐ効き目は出るから安心なさいな」
無言の会釈で美羽に礼を述べると、すぐさまギロッ!と最大限の殺意を秘めて、坂井はトレイダーを睨みつけた。
変態は優雅に坂井から美羽へ視線を移し、前髪をふわぁっと掻き上げ余裕のポーズと憎たらしい。
「フッ……虎を野に放つとは、君も怖い者知らずだな」
「虎にオイタをするアナタに、怖い者知らずと言われたくありませんわぁ」
軽口をたたき合い互いに睨み合った後、美羽は一方的に会話を終わらせた。
「ま、アナタと言い合いしたところで何も生まれませんわ。この方は、ワタクシが街まで送っておきましてよ。今の段階で大事になられては困りますものねぇ」
「いまの……だんかい?」
痺れる舌で坂井は尋ねたものの、黒ずくめの女には軽く受け流される。
「アナタは知らなくても宜しいですわぁ。さ、小龍様の元へお戻りしましょう」
背中に注がれる熱い視線を受けながら、美羽に連れられて秘密結社を後にした。

歩く道すがら、美羽がそれとなく謝ってくる。
「すみませんわねぇ、嫌な思いをさせてしまいまして」
「アンタに謝られる筋合いは、ねぇよ。悪いのは全部あの変態だろ?」
だいぶ痺れも取れてきて、ようやく話せるようになった坂井も、ぺこりと頭を下げた。
「それより、助けてくれてありがとな。あのままアレが続いてたらと思うと、悪寒が走りまくりだぜ」
「いィえ、そんなこと。それより坂井達吉、アナタにお願いがありましてよ」
フルネームで呼ばれたが、今さら驚く事でもあるまい。
向こうは、坂井が小龍を守るMSだと認識の上で誘いをかけてきたのだ。
相手の名前ぐらいは事前に調べていよう。
「トレイダーを止めて下さらない?今のBOSは、彼の思うがままに動かされてますの。でも、それは先代の考えとは全く異なるもの……トレイダーは、BOSには不要な方ですわ」
美羽に頼まれるまでもなく、打倒BOSは中央国に住む者全てが願う目標だ。
しかし、何故トレイダーの仲間であるはずの美羽が、坂井にそれを頼むのか?
彼女は遠い目をして「東大陸を守るのは東の民の義務だからですわぁ」と答えたっきりであった。
「乱れた秩序を正す、それも正義とは言えませんこと?」とも言われ、坂井は大きく頷いた。
「当然だ。東大陸の平和は俺達東の住民が守る。トレイダーが東の秩序を乱すっていうんなら、俺が全力でブッ倒してやる!」
「その意気ですわ、頑張って」
正義に燃える坂井は気づかなかったかもしれない。
美羽が嘲るように小さく笑った事などは。

やがて道の向こうに、街が見えてくる。
言わずと知れた東大陸の首都、中央国だ。
「さ、ワタクシは、この辺で失礼しましてよ。あとは、お迎えが来るでしょうから」
「迎え?」
誰のことやら思いつかず、ぽけっとする坂井の耳に、遠くから呼び声が聞こえてくる。
「……いーっ!さーーーーーかーーーーいーーーっっっ! 坂井ーッ!!
「ぐほッ!?」
走ってきた葵野が、遠距離からのフライングアタックをかましてきた。
不意討ちは見事に決まり、飛びついてきた葵野ごと坂井も地面に転がった。
「ってェな!?一体、何の真似――」
「坂井〜!無事で、無事で良かったぁぁぁっ。俺、お前がいなくて、いなくなってぇ〜!すっごい心配したんだぞぉぉぉ!!」
擬音で例えるならばビエーンとでも言い出しそうな勢いで、葵野は泣きじゃくっている。
まったく、泣きたいのはコッチの方である。
秘密結社に拉致されるわ、変態にはキスされるわ、エッチな場所を弄くられるわで。
しかも泣きベソかいてる葵野は、よく見るとホッペに食べ残しの御飯がついているではないか。
人が散々な目に遭っている間、こやつはノンビリ昼飯を取っていたらしい。つくづくムカツク。
美羽は、いつの間にか姿を消していた。今、ここにいるのは葵野と坂井だけだ。
「へぇ〜、すっごい心配ねぇ?じゃー聞くけどよ、頬についてる御飯粒は何なんだ?」
「うぇ?」
泣く手を一旦止め、葵野が顔をあげる。
って、よく見りゃ泣いてもいない。
肝心の涙が一滴も出ていない。随分豪快な嘘泣きだ。
「テメェは俺がいない間、ずーっと昼飯食っといて。それで、よくもまぁ心配したなんて言えちゃうわけだ!」
言っている側から、ごわごわと黄色い毛が坂井の体を覆い始める。
虎になるつもりだ。
葵野も彼が何をしようとしているのか判り、しどろもどろに言い訳を始めた。
「え、あ、だって……それは坂井が一人で何処かに行っちゃうから……」
「ほぉ〜。テメェの始動が遅いのを俺のせいにするわけだ、小龍様は?」
「だ、だって。そんなに怒るなら一緒に飯を食えば――ひゃあっ!」
ざらざらした舌で、べろんっと顔を舐められて、葵野が悲鳴をあげる。
「うっせ、言い訳すんな、このマヌケ野郎が。お前が飯をのんびり食ってる間、俺はなぁっ」
前足を葵野の肩に乗せて後ろ足で立つようにしながら、葵野の頬を、鼻の頭を、額をペロペロと舐める。
――坂井は甘えているのだ。
肩に乗せられた前足は、しっかり爪を引っ込めていたし、尻尾もパタパタと左右に振られている。
何より誰かが通るかもしれない道の往来で、この見栄っ張りがじゃれてくるなど普段ならば有り得ない。
それが判った葵野は、しばらく彼の好きなようにさせてあげることにした。
葵野の顔を舐め尽くした坂井は、前足を首に回して抱きついてくる。
「俺は……何?」と問いかけてみたが、至福の表情で抱きついたままの虎からは返事がない。
尻尾がパタンパタンと葵野の足にぶつかって、ヒゲも風に揺れて葵野の頬をくすぐって、くすぐったいこと、この上ない。
「あ、あのさ。坂井。くすぐったいよ」と抗議したら、むちゅっとキスされた。
「うっせぇ、バカ。肝心な時こそ助けに来いよ。お前は英雄なんだ、俺にとってもな」
かと思えば足を降ろして四つ足になり、くるりと背を向けた。
たぶん、照れてしまったのだろう。
しかし何処へ行っていたのかはしらないが、大変怖い目に遭ったようである。
坂井ほどの喧嘩馬鹿を怖がらせるとは一体何があったのやら、臆病な葵野には想像もつかなかった。
「とにかく、城へ戻るぞ。ババアに何としてでも兵を借りるんだ」
調子を取り戻したか、坂井が言うのへ葵野は聞いた。
「え?でもまだ、肝心の居場所が」
「見つけた」
言うが早いか坂井は、さっさと歩き出す。
「え?」
要領を得ずマヌケ面で尋ねる葵野へイライラしながら振り向くと、坂井はもう一度、彼に飛びかかったのであった。
「いいから黙ってついてこい!!判ったんだよ、奴らの本拠地がッ。今すぐ兵をまとめて乗り込むぞ!!」
「いたた、いたいイタイイタイ、痛いってば坂井!爪、しまって〜っっ」
胸に爪を立てられギャーギャー喚く葵野にヒゲヅラを近づけ、坂井は牙を剥きだした。
「うるせぇ、ちゃんと聞いてんのか?俺の話ッ」
「いたたいたい……って、見つけたのか!?BOSの本拠地を!」
「当然だろ?テメェと違って、この俺様は情報集めにも体を張れるんだからよ」
えへん、と虎の格好で坂井が胸を張った時。二人の上空を、黒い影が横切っていった。

黒い影――
そう、大群を成したMDが騒音をあげて、西の空へ飛び去ってゆくのを見た。
「野郎、また軍勢を差し向けやがって!葵野、一旦西へ戻るぞッ。やつらの本拠地へ乗り込むのは、まずはMDを全滅させてからだッ」
「え?BOSを倒せば、それで済む事じゃ」
言いかける葵野を置き去りに、虎が矢より早く飛び出したので、葵野も慌てて追いかけた。

←Back Next→
▲Top