DOUBLE DRAGON LEGEND

第四十五話 第三陣


首都で該達が戦う頃――
本陣にて布陣を張る友喜の元にも、敵は近づいていた。
「来たゾ!イッパイだ、MSっぽいのがイッパイ!」
首をめいっぱい長く伸ばし、背の高いキリンが大声で叫ぶ。
叫んだ方向へ視線を向けてみれば、砂埃を巻き上げて、こちらへ近づいてくる軍勢があった。
「ようやく、お出ましってわけね」
首をコキコキ鳴らしながら、鋭い目の豹が牙を剥く。
その横では茶色の毛並みの狼が、小さく呟いた。
「一人たりとも生かして帰さねぇぜ」
人の姿のままの友喜は、皆の顔を、ぐるりと見渡して注意を促す。
「いい?敵の中に偉そうな人間がいたら、そいつは殺しちゃ駄目だからね。そいつらはジ・アスタロトのメンバーなんだから」
「そうなの?」と尋ね返したのは、小さな猫。
「どうして友喜は、それを知っているの?」
鼠のD・レクシィも重ねて尋ねた。
「有希の……先代の、記憶?」
友喜は先代龍の印、すなわち葵野有希の記憶を受け継いだ十二真獣である。
先年を生きた十二真獣の記憶を持つのなら、他の者が知らないことも知っていておかしくはない。
だが彼女は首を真横に振ると、こう答えた。
「うぅん、これは有希の記憶じゃなくて、あたしが自分で調べた情報だよ」
「情報元は?」と、豹。
黄色と黒の斑点へ目を向け、友喜が答える。
「東を巡回していたキャラバンやサーカス団」
「噂話?信憑性に欠けるわね」
豹は肩を落として、傍らの狼に苦笑する。
狼も眉間に皺を寄せ、友喜を見た。
十二真獣だから、彼女は第三陣の司令官になっている。
だが皆にとって、そして総リーダーの葵野力也にしても友喜は新参者だ。
信用するには、まだ足りない。一緒に戦った経験、或いは彼女自身の武勇伝が。
「そうだね」と友喜自身も同意して、でも、と続ける。
「キャラバンやサーカス団にまで広まるほど、噂になっているとも言い換えられるよね」
「情報操作の可能性も、あるわよ?」と豹がやり返した時、レクシィの叱咤が飛んだ。
「おしゃべりは、そこまでにして。来た……!」
砂塵が晴れ、目の前まで接近した処で軍勢が立ち止まる。
軍服の男と貴族の男が率いる、MS軍団だ。
どの顔もうつろで、それでいて殺気だけが伝わってくる。
全てが殺戮MSと呼ばれる改造MSで間違いない。MSだけで、MDの姿はないようだ。
「おやおや、結構なお出迎えですぞ。さすがは白き翼率いる獣軍団ですかな」
貴族がおどけた調子で言い、軍人は髭を引っ張り、しかめ面で話を締める。
「だが、これだけの戦力ではな。見たところ白き翼や死神の姿もない。造作なく突破できそうだ」
「アナタ達、誰ッ!?」
友喜の頭上でバタバタと忙しなく羽ばたきながら甲高い声で尋ねたオウムへ、貴族が答える。
「名乗るほどの名はございませんが、まぁ、そうですなぁ。T伯爵とでも、お見知りおき下さいませ。こちらは我が輩の盟友、U将軍でございます」
「Tに、U、ね……名乗れない理由でも、あるのかしら?」
豹が睨み付ける。
「例えば……明かせない組織に身を置いている、とか」
ふん、と鼻息で口髭を吹かせてU将軍は挑発を跳ね返した。
「その手の誘導尋問に乗る我々ではない」
「どのみち殺戮MSを引き連れて此処へ来たってことは、話し合うつもりなんかないんでしょ?」と、友喜。
少女をひと目見て「子供だと?子供が、何故ここに……」と一瞬は怪訝に眉を潜めたが、軍人は、すぐに横柄な態度に戻って頷いた。
「その通りだ。MSを生かしておいては後世の為にならん。白き翼等には全滅してもらわんとな」
友喜は素早く目算する。
敵の数は、ざっと見て二百。
こちらの手勢は自分を含めて十五人。明らかに戦力不足は否めない。
だが、これは自分のデビュー戦でもある。
皆は恐らく、こう思っているはずだ。
先代の有希が司と知りあいだったから、彼女の記憶を持つ友喜に第三陣を任せたのだと。
英雄の七光りなんかじゃない。自分の実力を皆に知らしめる必要があった。
「MSを全滅だと……?大きく出たな。だが、貴様のつれている軍団もMSではないかッ」
狼が鼻息荒く反論するのを手で「落ち着きたまえ」と宥め、T伯爵が肩をすくめてみせる。
「ただのMSではありませんぞ、貴殿等MSを改造した兵器です。だが、ご安心を。我々は既に第二プロジェクトに入っております故、もうサンプルは必要なくなったのです」
「なんだって、それはどういう」
狼の問いかけよりも先に、U将軍の叱咤が入る。
「T伯爵!口が軽すぎるぞ」
そして、バッと身を翻して味方に号令をかけた。
「くだらん雑談は、もう終わりだ!かかれッ」
大地を揺るがすほどの轟音、鬨の声を上げて殺戮MSが襲いかかってくる。
本陣前は、瞬く間にして戦場と化した。

本陣前は殺気立っていても、大広間より更に奥にある研究室にまでは騒音も届かず。
「なにやら表が騒がしいようじゃが、何かあったのかね?……おや、誰もおらんのか」
研究室を出て大広間まで歩いてきたエジカ博士は部屋を見渡したが、待機しているはずの孫娘も不在だった。
ふと、通信機のスイッチが入ったままになっているのに気づき、席へ腰を下ろした。
「……やれやれ。アリアには、ちゃんと教えたはずじゃがのぅ。電気は出来るだけ節約しろ、と」
電源スイッチへ手を伸ばしかける博士の耳へ、雑音と共に何かの声が聞こえてきた。

『……聞こえて……か?』
『僕は…………です』
『…………この声を…………たら』
『どうか…………して……さい』

雑音に紛れて聞き取りづらいが、誰かが不特定多数へ向けて発信している。
注意深くチューニングを回しながら、博士は通信の番号を捜した。
番号へ近づくにつれ雑音は徐々に小さくなり、代わりに声が大きくなってゆく。

『誰か……答えて下さい。僕の声が、聞こえていますか?』
『僕は十二真獣……猿の印、です』
『どうか……声が聞こえたら』
『…………連絡して下さい』
『応答して下さい……誰か……』

「聞こえておるよ」
エジカ博士は思わず、そう答えていた。答えてから、しまったと思ったが、もう遅い。
間髪いれず、歓喜の返事が戻ってくる。
『よかった……!あなたは、誰ですか?』
まだ若い、少年と青年の境目のような声だ。
「君こそ誰かね。猿の印、と言っておったようじゃが」
仕方なく博士も応答する。声は少し躊躇った後、素直に答えてよこした。
『十二真獣、というものを……ご存じですか?』
「あぁ、知っておる。人の力で生み出されたMSじゃろう?」
『そうです。そして十二真獣は輪廻転生、或いは隔世遺伝します』
「ならば、君は隔世遺伝で生まれた猿の印というわけか」
『はい』
声は頷き、続けた。
『それで……もう一度お尋ねします。十二真獣をご存じの、あなたは、どなたですか?』
「博士をやっておる。MSの研究をしている者じゃ」
当たり障りなく答えたつもりだが、それだけで相手には判ってしまったようだった。
『もしかしてエジカ博士!あなたがエジカ・ローランド博士ですか!?』
「う、うぅむ」
イエスともノーともつかぬ唸りをあげる博士を余所に、声の主は喜びまくっている。
『あぁ、よかった……母さんの言ったとおりだ、エジカ博士は本当にMSを研究していた!』
「か、母さん?君のお母さんは儂を知っているのかね」
またしても不用意な質問をしてしまったエジカ博士に、青年が答えた。
『えぇ、よく知っています。昔……博士の下で働いていた研究員でした』
またしても博士は「うぅむ?」と唸る。
『あ、博士は覚えていらっしゃらなくて当然でしょう。母さんから見れば、あなたは雲の上の存在だったし、年齢も……その、離れていましたから』
若い女性研究員の中にでも、いたのであろう。彼の母さんが。
過去形で言うからには、もう引退しているのだろうが全く判らない。誰のことなのか。
『テリア・アーティン。覚えていらっしゃいますか?』
「……いや、わからん。覚えていない。すまんな」
博士が答えると、通信機の向こう側は少し沈黙した。
「それで、君の名は?」
博士が尋ねると、答えはすぐに返ってきた。
『ルックス・アーティンです。博士、白き翼が行動を起こしたと聞きました。僕は、あなたの意見をお聞きしたい。この戦、MSの為になりますでしょうか?』
「もしノーと答えたら、君は参戦しないのかね?」
博士の問いに再び沈黙で答えたルックスは、ややあってから苦渋を滲ませて呟いた。
『……えぇ。第二次MS戦争が世に混乱をもたらすだけのものであれば、僕は参戦しません。罪なき人が戦火に巻き込まれ、苦しむ姿など見たくありませんから』
エジカ博士は明るく答えた。
「ならば、答えはイエスじゃ」
『博士?それは、どういう意味で』
「白き翼は真にMSの未来を考えておる。儂にも確信できる、彼には邪心など存在せん。でなきゃ儂の孫達、大人しいアリアや気むずかしいコーティまでもが参戦するわけもあるまい」
『コーティさん……って、あなたのお孫さんでしたよね。あれ?でも彼はMSじゃなかったはず』
戸惑う彼に、通信機の前でエジカ博士は力強く頷いた。
「そうじゃ、MSではない。儂と同じ、ただの人間じゃよ。それでもMS戦争に協力しておる。妹のアリアが語り部の末裔にして未の印だからのぅ。可愛い妹を守るために参戦したのじゃ」
みたび沈黙したルックスへ、囁きかける。
「戦いは激しくなるじゃろう。千年前と違い、今は技術も進歩しておるからのぅ。この戦いが良き方向へ導かれるかどうかは、戦いに参戦した人物の手にかかっておる。戦争を悪い方向へ導きたくないというのであれば、君が皆の行く道を照らしてやればよい」
『僕にも……できますか?』
問うルックスへ、博士が頷く。
「勿論じゃとも。君は今、どこにおるのかね?」
『蓬莱都市です。博士、白き翼が戦いを挑んでいるのは誰なのですか?』

――蓬莱都市!

蓬莱都市だって!?
思わず大声を出しかけた博士は、自分で自分の口を勢いよく押さえた。
蓬莱都市といえば、物騒な平和主義パーフェクト・ピースが根城としている都市ではないか。
司達と現在進行形でやりあっている組織でもある。
敵のお膝元にいながら、白き翼が誰と戦っているかもしらないMSなんて。
今頃になってルックスと名乗る青年を、エジカ博士は怪しみ出す。
母親の話を持ち出したのは誘導尋問だったか。
改めて自分の迂闊さを呪っていると、ルックスが話しかけてきた。
『博士こそ、今はどちらに?一度お会いしたいです、どこかで合流しませんか』
パーフェクト・ピースに属している者なら、エジカ博士が匿われている場所も知っているはずだ。
知っていて白々しく尋ねてきているのか、それとも……?
返答を渋っていると、不意に背後の窓が激しく叩き割られた。
「ヒィッ!」
思わず悲鳴をあげて頭を庇う博士の元に、黒い影が、のっそりと窓から入ってくる。
『博士!? どうなさったんですか、博士!』
異変に気づいたルックスが話しかけてくるが、それどころではない。
巨大な侵入者、熊の前にエジカ博士は小さく縮こまり、恐怖に舌がもつれた。
「あ……あぁっ、あっ」
「あんたがエジカ・ローランドか?」
熊が言葉を発した。野生の熊ではない、MSだ。
「あんたを拉致するよう命令されているんだが……担いでいくのは、めんどくさいな」
「じゃあ、捨てていきなさいよ!」
間髪いれず割れた窓から何かが飛び込んできて、熊へ一直線に体当たりをかます。
そいつをうるさそうに、熊はバシッと一はたき。
「ウキュッ!」と一声叫んだかと思うと、オウムは力なく墜落してパタリとノビてしまった。
援護で来たにしては、あまりにも呆気なさすぎる。
目の前で起きた一瞬の一戦には、エジカ博士も開いた口がふさがらない。
熊は首筋をボリボリかきながら、床に落ちたオウムを邪魔くさげに蹴飛ばして隅に追いやると、改めて博士へ視線を戻す。
「わ、儂をさらって、どうしようというのかね?」
相手が野生ではなくMS、それも人の言葉を解する人間だと判り、博士にも多少の余裕が生まれる。
尋ねる博士を一瞥し、熊は面倒くさそうに答えた。
「さぁな、そこまでは聞かされちゃいねぇよ。大方、あんたの研究を横取りするつもりなんじゃねぇか」
「儂の研究を?」
とすると、命令したのはジ・アスタロトか。
少なくともパーフェクト・ピースではあるまい。
連中はMSを利用するのではなく、根絶やしにしたいのだから。
「ま、最近の技術は優れているからな……知ってるか?死んだ人間の脳から、情報を取り出す方法もあるらしいぞ」
下っ端MSに言われずとも知っている。そのような悪魔の技術もあることぐらいは。
黙って頷く博士を見て、「知っているか。博士だもんな」と熊は呟き、ボリボリ頭を掻いた。
「とりあえず命令は命令だ。生かしたまま誘拐してやるよ。本当は殺して運んだ方が楽なんだが」
怖いことをほざきながら近づいてくる熊から、何とか逃れようと博士は身を捻ったのだが。
巨大な手による一撃を土手っ腹にくらい、先ほどのオウム同様、一発でノビてしまった。
「ウギュ!」
『博士!博士!!』
通信機で叫ぶルックスの声も、次第に遠のいてゆき。博士の意識は、真の闇に閉ざされた。

「一匹、中へ侵入された!博士達がやばい、援護へ向かうぞ!」
狼が身を翻して、戦場から姿を消す。
十五対二百では、さすがに全部へ手が回るものではなく。何人かの侵入を許してしまっていた。
それでも全員の突入を退けていたのは、ひとえに友喜の頑張りによるものである。
「……まさか、龍の印が葵野力也ではなかったとはな」
軍団の後方、安全な位置まで逃れたU将軍が、忌々しげに巨大な影を睨みつける。
友喜はMSに変身していた。
巨大な影の正体は、緑色の龍。それが彼女だ。
龍の印は中央国の第一王位継承者、葵野力也ではなかったのか!
トレイダーの報告然り、御堂美羽の情報にも、そう書かれていたはずだ。
第三陣の中に葵野力也は居なかった。
にも関わらず、目の前にいるのは紛れもなくドラゴン。
ドラゴンに変身できるMSは、この世に一人しかいない。
十二真獣、龍の印しか存在しないはずなのだ。
奴らと初めて対峙した時、一人だけMSではない少女がいた。
そいつがドラゴンに変身した。
彼女はユキと名乗り、瞬く間に二百のうち半数を炎の息で燃え焦がした。
伝説のMSが一人もいないと、油断していたのは認めよう。
だがしかし、こちらとて只のMSではない。
トレイダーが石板の技術を駆使して製造した、新型殺戮MSである。
それらを一瞬で燃やしつくすなんて、まるっきり伝説の再来ではないか。
「葵野力也は先代龍の印が放ったダミーだった。御堂美羽もトレイダー殿も、彼女の情報操作に騙されてしまったのでしょう」
判ったような顔で嘯くT伯爵をジロリと睨み、U将軍がブツブツと呪いの言葉を吐いた。
「おかげで大損害だ。まさか先に切り札を出すことになろうとはな」
「どうせ、ここに白き翼が残っていれば使うことになっていたのです。出し惜しみしている場合ではありませんぞ。……ネオドール!」
T伯爵に呼ばれ、一人のMSが彼の元に馳せ参じる。
伯爵の元に跪き、低い声で応じた。
「お呼びでございますか、ご主人様」
彼はMSというには、あまりにも異質な姿をしていた。
下半身は馬。上半身は人間で、背中には黒いコウモリのような羽が生えている。
「貴殿の出番だ。あの目障りなドラゴンを倒しておしまいなさい」
高飛車に命じるT伯爵を嫌な目つきで上目遣いに見たネオドールが、ぼそりと囁く。
「あれは龍の印でございます……倒しても、宜しいので?」
「勿論だ」と頷いたのは、U将軍。
「我々は旧時代のMSを根絶やしに来た。それを忘れるな」
「御意」
含み笑いを残し、ネオドールが動いた。
さぁっと一陣の風が吹き、伯爵も将軍も彼の姿を見失う。
あっと思った時には既に友喜のそばまで移動しており、一太刀浴びせた後であった。
もっとも、ドラゴンも簡単に当たってくれるような相手ではない。
間一髪でネオドールの一撃を避けており、弱らせるまでには至らなかったようだ。
「あなた、誰?殺戮MSではないようだけど、いつもの改造ってわけでもなさそうね」
友喜の問いにネオドールが薄く笑う。唇の端に笑みを乗せて、彼は深々と頭を下げた。
「ネオドールと申します、以後お見知りおきを」
「ネオドール?……トレイダーって人の改造?」
ピンときた友喜の問いにも、ネオドールは薄い笑みで返しただけだった。
再び風が奔り、今度こそネオドールの攻撃はドラゴンの体を捉える。
鋭い痛みを感じ、慌てて後退した友喜が自分の体を見下ろすと、胴体の鱗が数枚剥がされ、ピンクの地肌が見えた箇所からは生々しい色の血が滴っていた。
「……スピード重視のMS?じゃあ、背中の羽根は飾りなんだ」
激痛だというのに、友喜は憎まれ口を叩く。
挑発に乗ることなく「いえ、飾りではありません」とネオドールの余裕は消えない。
「この羽には、あなたの予想もつかない秘密が隠されているのですよ」
最初の一撃は距離があったから、何とか避けられた。
だが近接で今のスピードを連続して出されては、さすがの龍でも苦戦する。
皆に実力を見せつける、とか言っている場合ではない。
誰か加勢をしてくれないものかと友喜は一瞬考えるも、すぐに自らの考えを打ち消した。
十二真獣の友喜ですら見極められない攻撃を、他の誰かが見極められるとは到底思えない。
それに、こいつ一人に構っている暇はない。奴らは本陣に入り込んでいるのだ。
エジカ博士やサリア女王の身が危ない――
サリア女王の事を考えると、いつも友喜の心は少しだけチクリと痛む。
それが何の痛みなのかは、友喜自身にも判らなかったのだが。
判らないが、白き翼に関する事ではないかと彼女は考えた。正しくは、ツカサとユキの関係だ。
「すごいね、まだ隠し球があるんだ。でも君一人に構っている暇は、こっちにはないの。だから……悪いけど、すぐに片付けさせてもらうよ!」
ドラゴンの振り回した爪を、ネオドールは易々と避ける。
しかしスピードにスピードで対抗するつもりは、友喜にもない。
今のは間合いを開けるためのフェイントだ。
逃げ場もないほど辺り一面を燃やし尽くすつもりで、友喜は大きく息を吸い込んだ。
だがネオドールの読みは一歩早かったようで、次の瞬間には激しく咽せ込み、ドラゴンの巨体が大きく吹き飛ばされる。
「ぐぅっ……!」
先ほどまで彼女のいた場所には、ネオドールが立っていた。
「……おっと。そうはいきませんよ、龍の印」
つむじ風を身にまとい、やはり薄く微笑んだまま。
「あなたには借りがある。いえ、正確には先代龍の印からうけた借りですが。マスターが受けた借りを今ここで、私が晴らしてみせましょう」
「か、借り……?中央国の、こと?」
お腹を押さえて苦しげに尋ねる友喜へ微笑むと、再び風が突進してくる。
避けられない――!
友喜は次なる激痛に耐える覚悟をしたのだが。
「うぉっ!」
ネオドールの口からは意外な悲鳴が漏れると同時に、空から巨大な隕石が降ってきた!

……もとい。
隕石ではない。猿だ。
大きな猿がズドーンと墜落してきて、間一髪。友喜は致命傷を免れる。

「苦戦しているようだな、龍の印。加勢してやろうか?」
上目線な加勢の申し出に友喜が空を見上げると、赤々と燃える鳳凰と目があった。ミスティルだ。
第一陣として出陣したはずの彼は、何故か部下も引き連れず、代わりに大猿を土産に戻ってきた。
「あなたのことは好きじゃないけど……今は場合が場合だしね、ありがとう!」
素直じゃない友喜にミスティルもニヤリと笑みで返すと、ネオドールへ視線を移した。
奴は早くも猿落下から立ち直り、油断なく構えたまま、こちらを睨みつけている。
悠然と睨み返し、ミスティルが呟く。
「新型改造MSといったところか。上半身が人の姿は前にも見た記憶があるが」
「徐々に付け足し改造しているんでしょ」
そっけなく答えると、友喜もネオドールを睨み返した。
「どっちにしろ、急場仕立ての改造なんかに負けるわけにはいかないわ」
「当然だ。負けてやるつもりは一切ない」
ミスティルは不敵に頷き、ネオドールの顔からは薄い笑みが消える。
「……鬼神が相手か、不足はない」
つむじ風が立ちのぼったかと思うと、瞬時に彼の姿もブレて消えた。
「甘いッ!」
ドラゴンへ一撃食らわそうかという、その刹那、激しい炎を横合いから受けて、大きく後退したのはネオドールのほうであった。
「千年生きたのは伊達ではないぞ、よく覚えておけ」
悠然と言い放つミスティルの目前では、ネオドールの黒い羽がジリジリと焦げて嫌な匂いを放っている。
奴の顔からは完全に余裕が消えていた。
友喜を庇う位置に構えたミスティルは、ネオドールには聞こえぬほどの小声で友喜へ短く囁く。
「こいつは俺に任せ、貴様はサリアやエジカの防衛に回れ。サリアが拉致されては司も悲しむからな」
彼の言葉に友喜の心臓はズキンと痛んだのだが、そんな素振りは全く見せずに頷いた。
「判った。一応、あなたも油断しないでね。そいつ、羽に秘密があるんだって。さっき自分で言ってたよ」
「フン、俺を誰だと思っている?貴様等若輩と一緒にするな」
ミスティルの憎まれ口を背に受け、ドラゴンは迅速に飛び去った。

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