DOUBLE DRAGON LEGEND

第四十二話 首都、暁に燃ゆる


西大陸の首都サンクリストシュア。その歴史は古いようで、意外と浅い。
世界全土を焼け野原へと変えたMS戦争が終結後、西の大陸を再建する名目で建国されたのだ。
サンクリストシュアは国王制だ。クルトクルニア家が代々治めている。
サリアの父親、先代の国王は既に、この世にいない。
サリア・クルトクルニアは、首都を治める王家最後の生き残りであった。


雲を突き抜け、先陣を飛ぶミスティルが低く呟く。
「見えたぞ、首都だ」
見れば前方からは、既に煙が上がっている。火の手が出ている証拠だ。
敵の動きが想像以上に早い。
司が立ち去った後、奴らは、すぐに西へ侵攻したとしか思えない。
ということは、こちらが首都援護として出発したことも奴らの思惑のうちにあるのではないか?
そんな思いがミスティルの脳裏を駆け抜けたりもしたが、彼は考えを改める。
たとえ待ち伏せされていようと構うものか。
先に仕掛けたのは向こうだ、正義はこちらにある。
眼下に街が迫る。
地上で蠢く、殺戮MSの姿を見つけた。
「突撃ッ!」
ミスティルの号令で、空を飛んでいたMS軍が一気に急降下する。
一直線に地上の黒い塊へ突っ込んでゆくと、さぁっと蜘蛛の子を散らすように殺戮MSの波が広がった。
あとは、お決まりの展開。
怒号と流血が飛び交う戦場と化した。
襲いかかる牙を避け、嘴で腹を突き、血を噴き出させる。
使えるものは、嘴だけではない。
足に鋭い爪を持つ者は、ひらりひらりと敵の攻撃をかいくぐっては、急降下で反撃に転じる。
ミスティルも、ひらりと空へ舞い上がると大きく羽ばたいた。
同時に翼からは炎が生まれ、蚊蜻蛉の如く飛び回る、鬱陶しいMDを片っ端から焼き落とした。
「無理は犯すな!出来る範囲だけでいいッ、確実に一匹ずつ仕留めろ!!」
伝説のMSの檄により、否が応でもレヴォノース軍の士気は上がる。
それでもパーフェクト・ピース軍は誰一人退こうとしない。
相手は改造されたMSや人工的に生み出されたMDだ。感情のない彼らに、恐怖など存在しない。
「……リーダーが存在しないとは」
空から軍勢を見下ろしたミスティルが、ポツリと呟く。
これまでの戦いでは、OだのRだのと名乗る貴族が同行していた。
それが今回に限って誰もいないというのは、どうしたことか。
パーフェクト・ピースの放った軍勢だと判らないようにする為か?
言葉を話せそうな強化MSも不在のようだ。こいつはB.O.Sの手勢と似ている。
B.O.S、或いは財団へ罪を着せるための小細工か。だとしたら、くだらない。
奴らが全員、裏で繋がっているのはサリア女王も周知の事実。
今さら誤魔化したって、遅いのだ。
「ミスティル!大変なのねー!援軍が、こっちへ向かってきているのねー!!」
地上で甲高い声が叫び、ミスティルは現実へ引き戻される。
リラルルの言う方向を見てみれば、MDの黒い絨毯が東の空を飛んでくるところであった。
「引き際を見極めろ!疲労した者は順次撤退しろッ」
仲間へ叫ぶと、ミスティル自身が援軍へと突っ込んでゆく。
ぶつかるかという直前で急停止、彼は大きく羽ばたいて炎を噴き出した。
黒い群れが、ぱぁっと散り散りになる。炎に包まれ落下したMDは、地上の仲間が破壊した。
「ミスティルもー!疲れたら逃げてーなのねーって、きゃぁぁっっ!!」
生意気にも、こちらを気遣ったリラルルが、さっそく誰かに襲われている。
いちいち手間のかかる娘だ。だが、そこを気に入って引き取った娘でもある。
ミスティルは身を翻すと、今度は地上へ向けて急降下した。

本拠で待機する第二陣でも、新たな動きがあった。
偵察を送るのは諦め、代わりに博士の情報ネットワークを駆使して蓬莱都市の様子を探っていた矢先。
「蓬莱都市より、サンクリストシュア援護に向かう軍勢を発見!」
エジカ博士の部下による報告を受けて、坂井たちは顔を見合わせる。
「サンクリストシュアの援護、ですか?殺戮MSの増援ではなく?」
聞き返すアリアへ頷き、白衣の青年は繰り返した。
「MDに襲われているサンクリストシュアを助けるために出兵した、と街の者には触れ回っていたようです」
「その軍勢は、何と名乗っているのですか?」と、これはサリア女王の問いに、青年は手にした紙へ目を落とす。
「ノース・ヴァイヴル、だそうです」
「新手か!?」
「ノースヴァイヴァッ、イタッ!舌かんらっ」
聞き覚えのない名前が出てきて、一同が口々にざわめき出す。
サリアが再び尋ねた。
「パーフェクト・ピースではなく?」
「はい。パーフェクト・ピースの本部に動きはないようです。彼らは、この戦いを静観、或いは終わった後で騒ぎ出すつもりかと思われます」
きびきびと答える青年を前に、坂井が顔をしかめる。
「ノース・ヴァイヴル……?どういう意味だ」
司が答えた。
「未来への咆吼。前時代の言葉で訳すると、そういった意味になります」
「ヘッ。千年以上も前に廃れた言葉で、わざわざ名前をつけるような奴が相手かよ」
じろっと伝説のMS達を睨みつけ、新参のギルは吐き捨てた。
「案外敵は、あんたらのお仲間なんじゃねーのか?」
彼の強い視線に該は俯いてしまったが、美羽が真っ向から受け止める。
「……どういう意味かしらぁ?」
死神の威圧に臆することなく、ギルはふてぶてしく笑った。
「向こうにも十二真獣がいるんじゃないかって、言ってんだ」
「まさか!」
即座に否定したのはアモスだ。
「十二真獣とて、MSの一人だぞ!MSを撲滅せんとする輩に味方をするはずがないッ」
ガタッと椅子を蹴って立ち上がり、叫んだ彼にアリアも同意する。
「アモスさんの言うとおりです。仮に味方したとして、MSにメリットはあるのですか?」
該と美羽に動きはない。二人とも、黙ってアリアとアモスを一瞥しただけだ。
坂井は顎に手をやり、ギルとアモスの双方を見比べた。
「まぁ、キリングみたいに怪しい奴もいたしな……その可能性がないという否定は出来ねぇが」
「坂井さん!」
途端に反発しかけるアリアを手で制し、ジッとギルを睨みつける。
「ここにいない十二真獣ってぇと、猿の印だけだ。テメェは猿の印が敵に回ったと考えてやがんのか?」
「猿の印だけではないでしょう?」
横から割り込んできたのは眼鏡っ子のロゼッタ。
「蓬莱都市で消息を断った三人のことも、お忘れなく」
ゼノ、シェイミーの両十二真獣も、依然として消息がわからない。
最後に彼らを見かけたのは、自称考古学者のミッチィだ。
彼女曰く、ウィンキーを含めた三人なら蓬莱都市でチラッと見かけた覚えがあるとのこと。
「でも、それならなおのこと、彼らが敵に回るはずありません」
アリアは懸命に否定し、アモスや坂井も頷いた。
「ゼノやシェイミーが敵に回る可能性は、限りなくゼロだぜ。ゼノは何を考えてんだか判んねー奴だが、シェイミーが首を縦に振らないだろ。あいつはサリア女王の崇拝者だ。心底、平和主義ってのに心酔している様子だったしな」
話し合いで解決する。
サリアが明言した時、シェイミーは、えらく感動していた。
相手を穏やかにするなんて能力を持っているMSである。元々穏和な性格なのだろう。
パーフェクト・ピースが唱える、口先だけの平和主義に乗るはずもない。
そしてシェイミーが動かない以上、彼を守る役目を負っているゼノも敵に回るわけがない。
「じゃあ、やっぱり猿の印が――」
「とは、限らないのではございませんこと?」
黙っていた美羽が口を挟んできたので、皆の視線も集まる。
美羽の傍らに腰掛けた該が、ぼそりと続けた。
「古代語を理解できるのは、なにも十二真獣だけに限った話ではない」
その通り、と美羽も頷いて話を締める。
「古代史に詳しい者、例えば考古学を嗜む者なら、前時代の言葉ぐらい理解できて当然ですわよねぇ?」
などと挑戦的な目で見られては、答えないわけにもいかず。ミッチィは、しどろもどろにやり返す。
「そっ、そりゃあ、教授クラスになれば朝飯前でしょ。あ、アタイは初心者だから判んないけどォ」
学者に初心者も何もあったもんじゃないが、それはともかくとして。
パーフェクト・ピースやジ・アスタロトに、学者の仲間がいないとは限らない。
というか、いないほうがおかしかろう。彼らはMSを研究している機関なのだから。
じゃあ、と最初の話題に戻り、葵野が首を捻る。
「ノース・ヴァイヴルってのは、誰が動かしている軍団なんだ?」
「そりゃあ、決まってんだろ」
坂井が肩をすくめ、自力で答えを見つけ出そうともしない相棒を軽く睨む。
アリアは強く頷いて、皆を見渡した。
「パーフェクト・ピース、或いはジ・アスタロトと見て間違いないでしょう」
「そうだな」とギルも同意して、小さく呟く。
「西の首都で戦いが起きているなんて、東の奴らが知る方法、ないもんな」
エジカ博士のように情報交換するための強力なネットワークを持っているなら、いざ知らず、普通の人が知る術はないはずだ。
西大陸で起きている出来事など。
なにしろ東の民は、情報端末すら扱える人間が少ない。西と比べて機械知識が乏しいのだ。
仮に相手が普通ではないとしたら真っ先に思い当たるのはB.O.Sだが、奴らはとうに壊滅している。
西の首都援護に向かえる軍事組織など、中央国の軍隊ぐらいしかない。
しかし東の軍隊が西の救助に動くとしたら、ノース・ヴァイヴルなんて名乗ったりするだろうか?
「軍勢の構成は?」
リオの問いに、博士の部下が答える。
「全体を把握したわけではないんだが、MSが、かなり多く含まれているみたいだ」
不意に部屋の隅に置いてある通信機が、雑音と共に怒鳴り立ててきた。
怒鳴っているのはミスティルだ。
『こちら第一陣、東から敵の増援が現われた!第二陣は早急に出発しろ、交代で撤退する!!』
「増援!?」
思わず腰を浮かしかける葵野の横で、司が冷静に受け止める。
「予想されていた範囲です。第二陣は、すぐに出発の準備を!」
鬨の声があがり、騒然とする中。
坂井を伴って部屋を出ようとする葵野を呼び止めたのは該だ。
「待て、葵野。お前は此処に残れ」
「何言ってやがる!葵野は俺と一緒に出なきゃ駄目だろうが!!」
即座に噛みついてくる坂井を無視し、なおも続けた。
「増援といい、救助部隊といい、敵の動きがおかしい。相手の作戦に嵌められている気がする」
「だから?」
なおも鋭いガンを飛ばしてくる坂井へも目をやり、該は締めくくった。
「敵は増援でこちらの足を止め、その間に到着した救助部隊で殺戮MSごと俺達を葬る気だろう。大義名分を作るのは簡単だ。やり合っている両勢力とも、MSが主体とあっては。奴らの三文芝居を防ぐためにも、葵野、お前はサリアと共に此処へ残り、真実を語る生き証人となれ」
「そいつは、あの女の企みか?」
坂井が横目で美羽を示すと、該は首を真横に振る。
「俺の案だ。気に入らないなら無視して構わない」
いつもは大人しい該が、珍しく意見を唱えたのだ。
なんとなく無視しては悪い気がして、葵野は頷いた。
「うん、いいけど……でも、俺やサリア女王が騒いだところで、皆、信用してくれるのかなぁ?」
「お前は中央国の王子。そしてサリアは、西の首都を治める女王だ。これほど信頼に足りる人物が、他にいると思うか?」
質問に質問で切り替えされ言葉に詰まった葵野が坂井を見ると、坂井は仏頂面ながらも渋々、該の案に乗ろうとしていた。
「いいぜ、葵野をココに残しても。だが、葵野が残るなら俺も残る。俺は、こいつの用心棒だからな」
「坂井!」
感きわまった目で葵野がウルウルと相棒を見つめれば、坂井は照れくさそうに視線を外して小さく呟く。
「……それに俺が見張っていねぇと、お前、またどっかに行っちまうかもしんねぇし」
戦いに出られないのは残念だが、葵野と離ればなれになるのは、もっと嫌だ。
もう、あんなモヤモヤした気分で待つのだけは絶対に御免だ。
「出るぞ!」
司の号令に、MSへ変化した仲間が一斉に立ち上がった。
狼、熊といった頼もしい姿ばかりかと思いきや、中には猫や亀なんてのもいる。
もっとも白き翼とて見た目は犬なのに伝説に残る勇者なのだから、格好だけでは戦力など計れない。
隊列を組んだ仲間が次々と部屋から出て行くのを見送った葵野と坂井は、同じく居残り組のアリアへ尋ねた。
「該は殺戮MSと自称救助部隊がグルだと思っているみたいなんだけど。君は、どう思う?」
「私も同意見です」
アリアは即座に頷き、仲間達の出ていった戸口を見つめる。
「司さんの手前、言うのは憚りましたが、その可能性は極めて高いです。おかしいですよね。何故、救助部隊は西へ向かうんでしょうか」
「MSが西にいる連中だと思ってるから、じゃねぇのか?」と、坂井。
アリアは首を振った。
「増援は東の空を渡ってきたと、ミスティルさんの報告にありました。救助部隊も東が出発地点です。何故増援の出所を捜さずに、まっすぐ西へ向かうのか。本気で救助する気なら、西へ出向くよりも元を断つほうが結果として近道でしょう。増援は次から次に現われます。元を断たなければ、たとえ西のMSを倒したとしても元の木阿弥です」
やっと納得したように坂井が叫ぶ。
「自作自演ですって言っているも同然ってわけか!」
「その通りです」
アリアも笑顔で頷き、葵野を見た。
「葵野さん。今こそ、あなたの権力を使う時です」
「俺の、権力?」
首を傾げる葵野には構わず、今度は坂井へ目をやる。
「権力に頼るのは心苦しいかもしれませんが……人を納得させる一番の力は、国家権力です」
「あぁ、皆まで言わずとも判ってんぜ。葵野は俺が守る」
もちろん、サリアもな。と付け足して、坂井もアリアを見つめ返した。
「お願いします」
深々と頭をさげたかと思えば、すぐにアリアは踵を返して部屋を出て行こうとする。
葵野が呼び止めた。
「あ、アリア。ドコへ行くんだ?君がいてくれないと、通信機を扱える人が誰も」
振り返りもせず、アリアが答えた。
「蓬莱都市の様子を探って参ります。ウィンキーさん達が本当に蓬莱都市で行方をくらましたのなら、確かめておかないと」
「ひ、一人で?一人で行くのか?」
「おいおい、一人で行こうってのか?せめてリオを」
坂井も言いかけて、リオが第二陣と共に出払ってしまったことを思い出す。
友喜も司も美羽もいない。D・レクシィですら出払っていた。
ここに残っているのなんて葵野と坂井を除けば非戦闘員の博士とサリア女王、それからアリアとタンタンぐらいなものだ。
坂井がタンタンへ流し目をくれると、タンタンは無言で視線を逸らす。
あたしは行かないわ、という強い意志を感じた。仲間にしては冷たい態度だ。
……まぁ、タンタンだし。仕方ないか。
「大丈夫ですよ」
心配そうな二人の気持ちを背中で感じたか、アリアは微笑んだ。
「怪しまれず探る自信がありますし……万が一見つかって捕まったとしても、私なら逃げ出せます。お忘れですか?私の能力」
広範囲に渡って人を眠りに落とすという、アレか。
未の印にして語り部の末裔であるアリア。確かに彼女なら、捕まっても殺されまい。
語り部の末裔は、MS研究をおこなう機関にとって貴重な情報源である。
「だがよ」と、まだ納得いかない調子で坂井が引き留める。
「殺されないからって、何もされないとは限らねぇだろ」
「改造される、とでも?」
聞き返すアリアを睨みつけ、坂井は言い放った。
「お前、自分が女だってのを忘れてんじゃねぇのか」
たかが十二、三歳の小娘相手に何を言い出すつもりなのか。
不幸にも判ってしまったタンタンが、慌てて割って入ってくる。
「ちょっ、あんた何言おうとしてんのよ、子供相手に!!大体、女でも男でも関係ないでしょ!? いくら十二真獣っつってもね、一人で出歩くなんて危険だわ!」
「じゃあ、お前がついていくか?」との坂井の誘いには、きっぱり首を真横に振り。
「ちっこいのが二人になったって結果は同じよ!アリア、あんたがウィンキーを心配すんのは判るけど、今はじっとしていなさいッ。単独行動は、皆の迷惑にしかなんないんだからね!判った!?」
最後は自分へ対する当てつけのような気がして、葵野までもが項垂れる。
坂井が噛みついてきた。
「テメェだって前に単独行動してただろうが。お使い程度も、ちゃっちゃと出来ない奴に言われたかねぇよな、なぁ?アリア」
「あんた、どっちの味方なのよ!!」
たちまち癇癪を爆発させるタンタンに「まぁまぁ」とアリアが止めに入るのを眺めながら、葵野はサリアに話しかける。
「結局、説得係を任されてしまいましたけど……本当に上手くいくんでしょうか?」
彼女は何か考え事をしていて心ここにあらずといった様子だったが、ハッと我に返って葵野へ振り返った。
「救助部隊を名乗る者達が、殺戮MSと私達を仲間だと断言して倒す。あり得るお話です。ですが本当に救助部隊だという可能性も、捨てきれないのではありませんか?」
「なぁに言ってやがんだよ!さっきのアリアの話、聞いてなかったのか!?」
タンタンと言い合っていたはずの坂井が眉間に青筋を立てて怒鳴りたて、それにもアリアがフォローする。
「襲われているのは西の首都、サリア女王の国ですよ。そう信じたくなるのは、当然でしょう」
そうですよねとアリアに確認を取られ、サリア女王は頷くと、そのまま俯いてしまう。
「わたくしが、ここでじっとしている間にも、首都の民は……何の罪もない民達は、殺戮MSに殺されているのですね。パーフェクト・ピースが戦うための大義名分を得るという、それだけの理由で」
慰めようと葵野が手を伸ばしかけるが、手の届く前に、サリアは、すっくと立ち上がった。
「やはり、こうしてはおれません。わたくしもサンクリストシュアへ向かいます!」
「え!?」
アリア、坂井、タンタンらの声が綺麗にハモり。葵野が、慌てて彼女を止めにかかる。
「い、いや、駄目ですよ女王。まだ早すぎます、それじゃ司や該の立てた作戦とは違っちゃいます!」
だが「何が駄目なものですか!」と、思った以上に勢いのある反撃に遭い、気弱な葵野はタジタジとなった。
「自分の国の民を守って、何が悪いというのです!わたくしは戻ります、サンクリストシュアの民を守るために」
「守るったって、具体的にはどうするつもりなの?」
呆れるタンタンへ振り返り、サリア女王は断言した。
「戦いをやめさせます」
「いや、だからどうやって止めるってんだよ?話し合いなんかしている場合じゃねぇのは判るだろ」
坂井も呆れるが、その程度で崩れる女王の意志ではない。
「彼らも、わたくしも同じ人間です。話が通じないと頭から決めつけていては、真の平和などつかめません」
颯爽とサリアは廊下へ出て行き、後から四人がアタフタと追いかける。
「誰か!誰か、乗り物の用意を頼みます」
大声で叫ぶ彼女を止めんと口々に腕を掴んで話しかけるも、腕を振り払われ、ズンズンと先に進まれ、葵野らはサリア女王と一緒に車へ乗り込み、首都を目指すハメになったのだった。

サリア達の向かう首都サンクリストシュアは、今や火の海と化していた。
敵が最初の軍団だけならば、まだ民も脱出する猶予が残されていたのだが。
現われた第二陣、援軍の出現により脱出口は塞がれて。城下町は阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
街のあちこちで、囂々と火が燃えている。殺戮MSが放った火だ。
彼らは首都の民を手にかけるだけではなく、街そのものを破壊しつくさんとしていた。
西の首都は、これまでにも何度かMSの襲撃を受けている。
今回の襲撃は、今までのどれよりも激しい。城にも火の手が回っていた。
「こっちだ!逃げろ、全速力で走れ!!」
逃げまどう民を誘導しているのは、ミスティル率いるレヴォノース第一陣。
戦う部隊と誘導する部隊に分け、司ら援軍の到着を待っていた。
空を覆うMD群の数は、未だ減っていない。増援の出現で再び激戦となった。
地上で暴れる殺戮MSにしても然り。
一体どれだけ所持しているんだ、と泣き言をあげたくなるほどの数が押し寄せてきた。
逃げる民から得た情報によると、最初の殺戮軍団は港町方面ではなく山脈方面――都市の北に出現したらしい。
わざわざ念を入れて偽装したのだろう。敵も一応は考えていると見える。
大通りに転がる民の死体を踏み越え蹴飛ばし、MSとMSが互いに牙を剥き、噛みつき合う。
不毛な戦いだ。しかし改造MSに、こちらの言葉は届かない。
引き際を考え、撤退できる者から順次撤退しろ。仲間には、そう伝えてある。
あるがしかし、最後まで自分だけは残るつもりでミスティルは戦っていた。
第二陣が到着しても残るつもりでいる。
司達だけでは、この大軍を倒しきれるとは思えなかったからだ。
町中がMSであふれかえっている。平和主義を貫いているはずの、この国が。
白い町並みは血で汚れ、無念、或いは驚愕の表情で息絶える非MSの死体。
平和主義だなんだといった結果が、これだ。戦う力のない奴は、戦える力の前に屈してしまう。
平和を求めるのが間違いだとは言わない。
しかし、こうした暴力への対策を考えておかなかったサリアの政治には憤りを感じた。
平和にする。平和を貫く。言葉でいうのは簡単だ。
だが暴力に対する抵抗力を撤去した上で言うのであれば、そいつは外の世界を知らない箱入り娘の空論でしかない。
誰かの絶叫で現実に引き戻されたミスティルは、大きく羽ばたき舞い上がる。
声が聞こえたのは城の方角だ。城にまだ、生き残りがいるに違いない。
無力な女王に代わって助けねば。

「あっ……あぁっ……」
逃げ場をなくした貴族連中が、力なく床に座り込む。
忠実なる執事パーカーも、その中にいた。
彼らの前に立ちはだかるのは巨大な影。殺戮MSに混ざって城を襲ってきた奴だ。
影の主が口を開いた。
「とうとう西の首都も壊滅か。女王不在の間に壊滅たぁ、随分とあっけないフィナーレだな」
巨大な影の尻尾がパタン、パタンと床を叩く。
貴族達はガクガクと怯え、言葉も出ない。
ここにいるのは暴力を嫌い、MSを貶め、王家に媚びへつらってきた者ばかり。
戦える力のある者が、いようはずもない。
MSと戦える普通の人間なんて、この世にいなかった。
比較的、まともな状態にあるのはパーカーぐらいだ。震える声で彼は尋ねた。
「サリア女王様が不在と知っている、ということは、お前、お前達は、まさか――」
尻尾が、床を叩くのをやめた。
「勘が良いな、ジジィ。その通りだ」
MSの腕がゆっくりと動き、シャッと空を切ったかと思うと、パーカーの側で震えていた貴族が、うっと呻いて床へ横倒しになる。
横倒しになった側から見る見るうちに血が流れ出て、小さな池を作った。
「ジジィ、てめぇは殺さねぇ。丁重に連れてこいとの命令だ」
「ぱ、パーフェクト・ピースが私を呼んでいると言うのですか。ひ、人質として……?」
気丈にも尋ねるパーカーもまた、次の瞬間には腕の一撃を食らって床に倒れる。
だが彼は先の貴族とは異なり、血の池には沈まなかった。
気絶した彼を抱え上げ、影の主が立ち上がる。
「さて……」
まだ脅えて動けない貴族達を一瞥した後、MSはニヤリと嫌な笑みを顔に浮かべる。
抱えていたパーカーを一旦降ろし、ゆっくりと腕を振り上げた。
「残りは、いらねぇな。殺すか」
「ヒ、ヒィッ!」
誰かが、喉の奥で悲鳴をあげる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、いやいやと振る。
あまりの恐怖に失禁する者もいた。
「呪うなら、テメェの力のなさを詛いな。あばよ」
爪が二、三度振り下ろされ、そのたびに一人、二人と床に崩れ落ちる。
最後の一人があげた断末魔は、ミスティルの耳に届いていた。
再び執事を抱え上げて窓から出ようという、その時に。
影の主は「うぉっ!」と叫び、前方を覆う炎から身をひねって回避する。
勢いで放り出され、パーカーが目を覚ます。
意識の戻った彼が最初に見た光景とは、巨大な猿と真っ赤に燃える鳳凰が睨み合う場面であった……!

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