DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十七話 海を越えて


考えてみれば、おかしな話だ。
誰にいうでもなく、こっそり移動したはずなのに、キリングはどうやって、ここを見つけたのか?
いや、ここに隠れているのが何故、伝説のMSだと知っていたのか。
司に指摘されて、皆の猜疑心も一点に集中する。
疑惑の中心人物キリングは、平然と司からの追及を受け流した。
「冗談きついぜ、白き翼さんよ。これだけの大人数だぜ?しかも、内一人は西の首都を治める女王様。どんなにコッソリ移動したとしても必ず誰かの目にとまる……そうは考えなかったのかい、あんたともあろう御方が」
随分と馴れ馴れしくなった彼の口調に若干嫌悪を感じながらも、司は認めざるを得なかった。
「確かにサリア女王を同行させた時点で目立つことは予想していたさ。でも、尾行してくる人影はなかった」
ブツブツ呟く司へ、キリングが追い打ちをかける。
「尾行なんかしなくてもね、あんたらの向かう方角を見りゃ〜何処へ行こうとしてるのかぐらいの予想はつくよ。ある程度の土地勘がある奴ならね」
その言葉尻を取って、反撃してきたのは坂井。
「んじゃー、その土地勘とやらを使って、最後の十二真獣を探しにいってもらおうじゃねぇか。得意げに自慢するぐらいだもんな。あるんだろ?あんたにゃ土地勘ってのが」
だが「オイオイ」と、キリングは肩をすくめる。
「土地勘だけで探せってのかい?そいつは無理だ。第一、俺は今の時代に生まれた申の印が誰なのかも知らないんだぜ?どうやって探せっていうんだよ」
おどけるキリングに対し、司の追及は容赦ない。
「では何故、君は僕達に何者かと誰何された時に十二真獣を名乗った?僕達が十二真獣と関わりのないMSだとは、考えなかったのか?」
「そうそう、それなんだよね」
ウィンキーを慰めていた葵野も、会話に加わってくる。
「あのさ、キリング。君は昔から司や美羽の顔を知っていたの?伝説のMSって言ってもさ、よほどの歴史オタクでもない限りフツーは顔まで知らないと思うんだけど」
トレジャーハンターとして各地を巡っていたウィンキーだって、実際に会うまで司の顔を知らなかった。
歴史オタクのタンタンも、全ての英雄を把握していた訳ではない。
それなのに、この時代に生まれたはずのキリングは伝説の面々の名前と顔を把握していた。
ところが彼は、いけしゃあしゃあと言ってのける。
「俺は十二真獣の転生だぜ?前世の記憶ぐらい持っているよ。あの時一緒に戦った仲間の顔だって、ちゃあんと覚えているさ」
語り部の末裔であるアリアでも、途切れ途切れの記憶しか持っていないというのに。
アリア、坂井、ゼノ、シェイミー、そして疑惑の段階であるが一応、葵野も含めると、転生した十二真獣は過去の記憶を完全には把握していない――
というのが、現在の見解である。
該がポツリと呟いた。
「……今の発言で、一気に信用を落としたな」
何のことか判らず怪訝に眉を潜めるキリングをよそに、ミスティル、そして美羽も頷く。
「すこぉし、勉強不足でいらしたようですわねぇ。まァ、これはワタクシ達しか知らない事実ですし、仕方ありませんけれど」
同じく何のことか判らず、アモスが尋ねてくる。
「なんだ?何の話なんだ」
それには答えることなく、司は再び場を仕切った。
「ゼノ、シェイミー。君達には、キリングとウィンキーの護衛を命じる。この二人だけで旅をするのは危険だからね。キリングはともかく、ウィンキーが本調子じゃない」
「うん、それはいいんだけど……」
素直に頷きながら、シェイミーは逆に尋ね返す。
「さっき、最後の十二真獣って言ったよね?じゃあ聞くけど、最後って誰のことを言っているの?牛の印?それとも探すのは、猿の印?」
子の印については、美羽経由で聞かされている。
本物は既に亡くなり、D・レクシィ、彼女が子の印の能力を模写したMSであると。
嫌味ったらしく坂井が答えた。
「牛の印なら、ここにいるじゃねぇか」と、キリングを顎で示して。
坂井の嫌味に司がツッコミを入れるよりも早く、別の声が白き翼の弁を遮った。
「ちゃうわ。牛の印は、そいつとちゃうで……アモスや。アモスが、牛の印なんや」
思わぬ声の出所に、皆がエッとばかりに彼を見る。
虚ろに座り込んでいたはずのウィンキーは、今や瞳にも生気を取り戻し、アモスをじっと見つめていた。
「アモスが、オレから狂気を取り除いてくれたんや。オレの、心ん中を覗いて……オレの悲しみを知って、オレを救ってくれた。アモスこそ真の十二真獣や」
言われた方は、どう受け止めてよいものやら判らず、呆然と呟き返す。
「俺が十二真獣……牛の印、だと?」
すかさずアモスに駈け寄って、アリアが彼の腕を取る。
「そうです!微弱ではありましたが、貴方からは十二真獣の印を感じました」
ホッとしたように胸をなで下ろし、ニッコリと微笑んだ。
「あまりにも微弱すぎて、どうしても確信できなかったんですが……外れていなくて良かったぁ」
「し、しかし俺は」
狼狽えのあまりアリアの手を振り払い、アモスが抵抗の難を見せる。
「大戦の記憶など一切ない!知っているといえば、学舎で教わった程度の歴史ぐらいだッ」
彼にしてみれば、これまで十二真獣なんて伝説上の存在でしかなかった。
日々の生活に追われて、深く考えたこともない対象だ。
いきなり自分が、それの転生と言われても困る。
「それでいいんだよ」と、呆れ顔で坂井が呟く。
「俺達だって、殆ど覚えていねーんだし」
その傍らでは葵野もウンウンと頷き、該がキリングの嘘に対するトドメを刺した。
「牛の印の記憶が薄いのは当然だろう。先代の印は大戦が始まった翌年に命を落としている。彼は、俺達の誰とも合流していない。だから成長した俺達の顔を覚えているはずもない」
「へぇ〜」と該の言葉にタンタンも乗っかって、ジロリとキリングを横目に睨む。
「じゃあ、なんで自称牛の印さんは昔の記憶があるのかなぁ?おっかしいよねぇ〜?」
本物の出現、そして隠されていた事実の前に、とうとうキリングは白状する。
いきなりガバッ!と両手を地について土下座すると、やけくそめいた大声で詫びを叫びだした。
「すんませんッした!実は俺、十二真獣でもなんでもない、ただの雑魚MSッス!ここに女王様や有名なMSが集まっているって噂を聞いて、仲間に入れてもらおうと思ったんス!悪気はなかったんス!調子こいて、すんませんッシた!!」
大声での謝罪には却って女王様のほうが気後れしてしまい、サリアが彼に手をさしのべる。
「いえ、あの、あなたを責めるつもりではなかったのです。顔を上げて下さい」
その手をガッチリ握りしめ、わざとらしく号泣するキリング。
「おぉぉ……なんとお優しい女王様のお言葉!」
白々しい三文芝居を横目に、伝説の四人はヒソヒソと相談を始めた。
「彼が偽者だと判ったわけだが、どうする?」
該の問いに、にべもなくミスティルが即答する。
「どうするもこうするもない。嘘つきは追放するに限る」
だが、司は首を真横に振った。
「追放したらしたで、逆恨みされるか寝返りされるかの二択だろう」
「そいつは貴様の予想か?白き翼」
考え込むように腕を組みながら、美羽も同意した。
「まぁ、嘘をついて潜り込んでくるような人ですものねぇ。ワタクシも、ツカサの意見に同感ですわぁ」
再び該が問う。
「では、どうする?当初の目的通り、猿の印を探しに行かせるのか」
「そうするしかないだろうね。ここへ残しておくのも不安だ」
ここに残るのは俺と坂井だぞ、と不満に感じたものの、ミスティルはあえて矛先を変えた。
「ゼノとシェイミーだけで、監視は務まるのか?」
「いや、あの二人は適役だと思うよ。シェイミーの能力は、敵意を持つ者に対して絶大な威力を誇るし」
チラリとゼノを見て、司は続けた。
「いざとなれば、ゼノもシェイミーを命がけで守るだろう」
「お猿さんの命は、どうなりますの?」と、美羽。
司は、そっけなく答えた。
「ウィンキーは自力で何とかしてもらう。そうすることが彼のためにもなるはずだ」
相談を終えた四人は皆のほうに向き直り、司が号令をかける。
「さぁ、各自急いで分担に入ってくれ。サリア女王、僕達は会見の場へ行きましょう」
キリングに捕まって困惑顔の彼女へ手を差し出すと、サリアは直ぐに反応した。
さっさとキリングの手を振りほどき、お辞儀程度の会釈を加えると、司の元へ走り寄ってくる。
いくら社交辞令の情けとはいえ、実に判りやすい態度だ。
内心苦笑しながら、司は四つんばいになる。
瞬く間に全身が白い体毛で覆われ、真っ白な羽根からは、ふわっと羽ばたきと共に羽毛が飛び散った。
「さぁ、僕の背中に乗って下さい。空を飛んで一気に行きます。これなら定期船の時刻を気にしなくても済みますからね」

身に受ける風は心地よく、眼下に広がるのは砂の海。
髪をかき上げながら、サリアは呟いた。
「こうして貴方と二人きりになったのは――」
途端に背後からは「あ、あのっ、俺もいるんですけど」と無粋な一言が飛んできたが、彼女は無視して続けた。
「――いつ以来だったでしょうか、ツカサ?」
葵野とサリアの二人を乗せたまま、無言で飛んでいた司が応える。
「そうですね……貴女の側には、いつもパーカーや前国王様がいらっしゃいましたから」
「父が死んで、もう五年にもなるのですね。あの時でしたね、貴方がサンクリストシュアを旅立ってゆかれたのは」
二人っきりの思い出話をされては迂闊に口を挟むこともできず、サリアの背後に座る葵野はションボリと黙り込む。
司もサリアも、会談の場は中央国で行うと言った。
聞くところによると、婆様が会場の提供を申し出たらしい。
エジカ博士がクチを滑らすかなんかして、葵野も、この件に関わっていると知ったのだろう。
婆様との再会を考えると、今から憂鬱であった。
せめて坂井が一緒であれば、まだ我慢できるのだが……
「首都を旅立たれてから、何処で何をしていらっしゃったのですか?」
サリア女王と司の思い出話は、まだ続いている。
「世界の復興を、自分の目で見て回っていたんです。それより、僕も聞きたいことがあります」
女王の詮索には曖昧に答え、司は逆に尋ね返した。
「はい?なんでしょう」
小首を傾げる彼女に、探りを入れる。
「前国王が死去なされた時、王は僕に遺言を残されたんです。その内容に、今も疑問を持っているのですが……国王と血のつながりのある貴女になら、僕の疑問を解決できるかもしれません」
「父が、貴方に遺言を……?」
サリアが眉を潜める。どうやら、王の遺言とやらを彼女は聞かされていなかったらしい。
聞くつもりはなかったが、ついつい気になってしまい、葵野も背後で耳をそばだてた。
「王は死ぬ前に、僕に言いました。やがて私の残した子供の一人が、世界に闇を投じるかもしれない……と。しかし僕の知っている王の子供は、断じて世界に闇を投じるような人間ではありません。ですから当時も今も、その言葉の意味を判りかねているのです。貴女は王の、この遺言……どう思いますか?」
「もしかして、平和主義が世界を混乱させるって言いたかったんじゃないかなぁ?」といった葵野の思いつきを、これまた無視してサリアは首を傾げる。
同時に、嬉しくもあった。
司が、自分のことを信頼してくれていると知ったから。
司は昔から、滅多なことでは本音を打ち明けてくれる男ではなかったのだ。
「父の子供は、今も昔も私一人です。生前の父が私の事を信じていらっしゃらなかったのだとしたら、これほど悲しい事実もありませんね……」
「いえ、あの遺言は、貴女のことを言ったのではないんじゃないかと僕は思うんです」
きっぱりと司は否定する。
「貴女を指して言うのでしたら、サリアと名指しで言うはずです」
「じゃあ、もしかして隠し子がいたとか?」と、またまた葵野がクチを挟む。
今度の発言は無視できず、サリアはキッと背後を振り返った。
「父を侮辱なさるおつもりですか!?」
「侮辱するつもりはありませんが……」と答えたのは葵野ではなく司で、俯き加減に小さな声で、さも申し訳なさそうに続けた。
「僕も、そう思ったんです。最初に」
ですがと傷心の女王をいたわるように、優しげな声色で付け足す。
「貴女もご存じないのでは、隠し子がいたという線は捨てた方が良さそうですね」
「でも隠し子は、隠しているから隠し子っていうんだし」
空気を読まぬ発言が葵野から飛び出し、今度こそサリアは眉を逆さにつり上げ葵野に掴みかかった。
「貴方という人は!父を、首都の国王をなんだと思っていらっしゃるのですか!?父は、私や母に隠し事をするような人ではありませんでした!ましてや、隠れて不倫などッ!」
ドンッと強く押されて「あわわわっ!!?」と危うく落ちそうになった葵野は、必死で司の尻尾にしがみつく。
背中でドタバタ暴れられた司も「ちょ、ちょっと二人とも!」っとばかりにバランスを崩し、なんとか体勢を立て直したから良かったものの、危うく二人揃って空からダイブさせるところであった。
「サッ、サッ、サッ……サリア女王、お、落ち着いて……」
バクバクいっている心臓を抑えて葵野が呟けば、心臓の辺りに手をやったサリアが苦しげに答える。
「……す、すみません……つい興奮してしまいました。ですが」
ふぅ、と小さく溜息をついて、呼吸の乱れを直した。
「貴方だって、お姉様、神龍が誰かと通じていた……などと陰口を言われるのは、心外でしょう?貴方の先ほどの発言は、それと同じぐらい、私の父にとって無礼にあたるのですよ」
「お姉様って、有希ねぇ?」
意外な名前を持ち出され、葵野は謝ることも忘れてキョトンとなる。
有希ねぇが、誰かと通じる――つまりは、誰かと交流を持っていた。
そう聞かされたとしても、葵野は、それほどショックを受けないだろうなと思った。
だって有希は、司とつきあっていたんじゃないのかしら。
生き証人からの聞き伝えをまとめる限りでは、そうと取るしかない状況である。
白き翼と神龍は常に一緒にいたというのだから、二人は相当親しい間柄にあったはずだ。
もちろん、司から直接言われた訳じゃない。
司は有希の死因を力也に尋ねたが、有希との関係は『昔一緒に戦った仲間』としか言わなかった。
弟としては色々と聞き出したかったのだが、あの時はゴタゴタしていたので聞きそびれてしまっていた。
有希の話題が出た今なら、もっと詳しい感情を聞き出せるかもしれない。
「そういえばさ」
さりげなさを装って、葵野は司に問いかける。
「ツカサって有希ねぇの事、好きだったの?」
あまりにも直球な質問だ。
司が返答に悩んでいる間に、サリアが猛然と割り込んできた。
「そのようなプライベートな質問、なさるものではありませんわッ。そうでしょう?ツカサ」
彼女の剣幕にドン引きしながら、それでも司は無難な答えを見つけ出す。
「まぁ……好きか嫌いかと聞かれれば、そうですね。好きでした、と答えておきます」
途端に「やっぱり〜!」とニヤニヤ笑いで嬉しそうな葵野に、しっかりと釘も刺しておく。
「ですが僕と有希は、君が期待するような恋人という関係では、ありませんでしたよ」
「そうなんですか!?」
がっかりする葵野とは対照的に、今度はサリアの顔が歓喜に輝く。
全く、これだから年頃の若者は。
今は色恋話に花を咲かせている場合ではないというのに。
そうだ、僕と有希は恋人なんて浮ついた関係じゃなかった。
恋人というよりは、むしろ家族。姉弟に近い関係だった。有希だってきっと、そう思っていたはずだ。
願わくばサリアとも兄妹の関係でいたいものだが、彼女はどうも司を異性として見ているフシがある。
まぁ、女王が司のことを、どう思っていようと関係ない。
今はパーフェクト・ピースとの会談を成功させる、それだけで司の頭の中は一杯だった。
「そろそろ中央国につきますよ」
眼下には、いつの間にか砂の海ではなく真の海が広がっていた。
この海を越えれば、葵野の故郷である中央国へ到着する。
きらめく海に目を奪われ感嘆の溜息をつくサリアの背後では、葵野の顔色が、どんどん悪くなっていった……


すっかり人のいなくなったクリュークでは、四方を本棚に囲まれた部屋でタンタンがブツブツと文句を呟いていた。
「なーんかさぁ……ハメられたって気がすんのよねぇ、あたし」
彼女の座る机の上には、これでもかとばかりに積まれた書類の山が、そびえたっている。
「何にですか?」と、アリアが受け答える。
彼女は無線機の前に陣取って、先ほどから、お爺さまや各地の知人学者達と情報の遣り取りに忙しい。
ターミナルでの通信と違い、無線機は雑音と混線が激しいので、機械に詳しいアリアにしか出来ない作業だ。
「決まってんでしょォ、白き翼だってば!あーあ、あたしもガイと一緒に出かけたかったなぁ〜」
該は美羽と共に出かけていった。世界中のMSを招集する役目を背負っている。
「招集の旅が良かったなら、アモスさんの小隊に混ぜてもらえば良かったじゃないですか」
アモス率いるラクダ部隊も旅立った後だ。
彼らは美羽達とは別ルートを回って仲間を捜してくるらしい。
「違うの!あたしが行きたいのは、あんなムサイおっさんグループとじゃなくてガイとだってば!!」
ダダンッ!と勢いよく机を殴り、タンタンは痛みに顔をしかめる。
「該の他に、あの女……美羽も一緒だが。タンタンは、それでもいいのか?」
ボソッとリオが呟く。
彼もまた、司に命じられてアリアの助手をやっていた。
といっても肉体労働専門であるリオに手伝える事など、たかが知れており、彼は主に本の受け渡しや機材の運搬を請け負っていた。
早い話が雑用である。
「美羽ァ?ハン、あんなのいてもいなくても同じでしょ!はぁ〜、今どこで何してるのかなぁ?心配だわぁ……あァん、あたしが一緒ならーガイに寂しい思いなんて、ぜぇーったい!させないんだからぁ〜」
椅子の上でふんぞり返り、早くも妄想に耽るタンタンなんぞ、もうリオの眼中にはない。
共にアリアを手伝うはずだった、もう一人の男を目で捜し、リオは小さく溜息をつく。
あいつに比べたら、この程度の雑用など大した仕事ではない。
あいつ……そう、コーティと比べたら。
アリアの兄コーティも本来は、アリアと共に『ジ・アスタロト』の情報を探す予定であった。
しかし彼はミスティルと坂井に両側から引きずられるようにして、この部屋を強制退場していった。
つい、先ほど起きたばかりの事件だ。
坂井とミスティルは、ここクリュークを防衛基地として機能するよう改造を任されていた。
その件について、コーティがケチをつけた。
脳味噌まで筋肉の二人に、改造など出来るのか?
それが、ミスティルと坂井のプライドを大いに刺激したらしい。
そこまで言うならテメェも作業を手伝えという流れになり、哀れコーティは連れて行かれた。
雉も鳴かずば打たれまいというやつである。
今頃はヒーヒー言いながら土砂をかき出したり瓦礫を運んだりしているのかと思うと、知らずリオの口元には笑みがこぼれた。
「リオ、どうしたんですか?ニヤニヤしちゃって」
軽くアリアに窘められ、リオはハッと我に返る。
「いや、何でもない」
「なーによぉ、何を妄想してたの?変態」
タンタンにまで突っ込まれ、リオはむっつりと本を運び出す作業に戻った。
「タンタンさんも、人のことは言えないんじゃないですか?」
さらりとアリアが言うのへ、ムキになって食いかかるタンタン。
「なによぉ!あたしが、いつ、妄想してたっていうの!?」
自分の顎をツンツンと指さし、アリアは涼しい顔で言い返す。
「垂れてますよ〜?……よ・だ・れ」
慌てて袖で涎を拭くタンタンを横目に、アリアは内心憤慨する。
リオもタンタンも全くやる気がない。
書類仕事を頭からバカにした態度なのが、アリアの神経に障る。
そりゃあリオは肉体労働のほうが向いているし、そればかりやっていたから慣れていないのかもしれない。
でもタンタンは、お世辞にも肉体労働向きとは言えない彼女までも、やる気がないのは、どういうことだ。
該と一緒に行きたかった?彼女の魂胆なんて見え透いている。
どうせ旅にかこつけて、該とイチャイチャするのが目的だろう。
美羽も或いはそうなのかもしれないが、彼女はいい。だって彼女は該の恋人だから。
美羽が一緒だというのに該といちゃつこうなんて、おこがましいにも程がある。
恋人は恋人同士でいちゃつくものだと信じる少女にとって、先ほどのタンタンの発言は許せなかった。
腹立ち紛れにザーザー雑音のうるさい無線機を弄っていると、ふと、不思議な通信を傍受する。
「あら……?何かしら、これ」
思わず手を止め通信に耳を傾けるアリアにつられたか、リオやタンタンも一緒に耳を澄ます。
雑音に混じって聞こえてきたのは、次のような会話であった。

「……では、あれは奴らに同行したままなのかね?」
「イエス、マスター」
「なるほど……しかし砂漠の騎士が彼らに合流したと聞くが?もう正体はバレてしまったのでないのか」
「ですから現状として、監視付の同行と思われます」
「ふむ……それは白き翼の案だろうな。彼なら、あれを野に放したりなどすまい」
「恐らくは。彼は今日明日は北上する予定だと伝えてきています」
「北上?北に都市などあったのかね?」
「イエス、マスター。都市と呼べるほど大きくありませんが、村が二、三、点在しています」
「なるほど。あえて都市を避けて、村々を回る予定なのかもしれないね」
「彼との通信、切った方がよいでしょうか?」
「いや、続けられる限りは続けてくれ」
「イエス、マスター。では引き続き、彼からの通信を受け付けます」

通信は此処で途切れ、あとは雑音が響くばかり。
「……何なんでしょう、これ?マスターって、誰なのかしら」
もう一度アリアは呟いたが、リオもタンタンも、すぐには答えが出てこなかった。

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