DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十六話 猜疑心


砂漠の王キュノデアイスが、ウィンキーの手によって殺害された――
アモスと合流した葵野、そして坂井は重たい事実を前に愕然となる。
彼らが砂漠都市に到着した時、そこにいたのはアモスとラクダ部隊。
それから自失呆然の体で座り込んだウィンキーの姿だけであった。
建物という建物には全く灯がともっておらず、民の姿は人っ子一人見あたらない。
白き翼こと総葦司曰く、街の住民は殺戮MSに改造されてしまったとの話だった。
パーフェクト・ピースの仕業だというのは、あくまでも司の憶測に過ぎない。
しかし実際に砂漠都市を見た後では、葵野も坂井も正解ではないかと思い始めていた。
でなければ町の人を短期間にして消す方法など、他に思いつきもしない。
「お前達だけでも無事で何よりだ」
敬愛すべき指導者を失ったばかりだというのに、アモスは、そう言って二人を歓迎してくれた。
そしてリオの背中に乗せられた人物を見て、眉を潜める。
「彼は?」
「あぁ、自称牛の印だそうだ。名前はキリング・クーガー……ま、本名かどうかは判らねぇけどな」
答え、肩をすくめる坂井。
葵野は、というと座り込んだウィンキーへ近づいていく。
「あの、その……ウィンキー、俺を覚えてる?」
遠慮がちに声をかけると、うつろな視線が振り返る。
モヒカン頭の青年は、じぃっと葵野を見つめていたが、やがてポツリと名を呼んだ。
「……あおいの?」
「うん。葵野だよ、葵野力也」
間髪入れず葵野が頷くと、ウィンキーは、ぼそぼそと呟き、視線を遠くへ向ける。
「そっか……葵野か……」
まるで関心がないといった有様で、まともな会話ができそうにない。
「どうしちまったんだ?こいつは。今頃てめぇのやった行為に罪の意識でも感じ始めてんのか」
辛辣な坂井の一言にアモスは顔を歪め、緩く首を振る。
「彼は充分反省した。己の罪を認めたのだ。だから、こうして正気に戻れたのだ」
「そう……辛い思いをしたんだね、ウィンキーも」
ぼぉっと遠くを見つめるウィンキーの傍らに、葵野も座り込む。
ウィンキーが自分達の元を離れたのは、彼の身に起きた不幸な出来事が原因だったはず。
アモスの話によれば、彼の幼なじみであるミリティアという女性が消滅したのだそうだ。
消滅?と首を傾げる葵野に、アモスも困惑した様子で答える。
意味は判らない。だがウィンキーの瞳を見た瞬間、その言葉が脳裏に浮かんだのだと。
ともかく幼なじみが突如消滅したせいで、ウィンキーは気が狂ってしまったらしい。
だからといって、彼の犯した殺人の罪が消えるわけではない。
罪は罪だ。ウィンキーは一生消えない罪の刻印を、心に刻みつけたまま生きていかねばなるまい。
それでも、葵野は彼を慰めてやりたかった。
ウィンキーのつらさを、少しでも和らげてやりたかった。
葵野の手が、優しくウィンキーの背中を撫でる。
不意に、ぽろっとウィンキーの瞳からは大粒の涙が零れ出た。
涙はどんどん溢れてきて、ぼたぼたとウィンキーの服や腕、ズボンを濡らしてゆく。
「……チッ。見ていらんねぇな」
視線を外した坂井に、アモスが話しかけてくる。
「お前に聞いても詮無き事かもしれんが……我らが都市の住民が消えた理由を知らないか?」
住民の消えた理由なら、憶測ではあるが白き翼から聞いている。
だが、教えようとして坂井は思いとどまった。
指導者を失ったショックが癒えていない彼に、果たして教えてしまっても良いものだろうか?
ウィンキーのように気が狂ってしまわれても困る。
「さぁ、なぁ……白き翼なら何か知ってるかもしんねぇが」
なので言葉を濁し、口の中で呟いていると、空気の読めない発言がリオの背から飛び出した。
「なんだ、知らぬのか?砂漠都市ならば壊滅したと聞いたぞ」
正確にはリオではなく、リオの背中に乗っている男。キリングが発したのだ。
「なッ、て、テメェ!誰が教えていいって言ったんだよ!!」
怒りに我を忘れて坂井までもが口を滑らせ、アモスは両者を見比べた末に坂井の肩を軽く叩く。
「我らに気を遣わずともよい。王を失う前より予想はついていた」
気まずさに黙り込んだ坂井へ苦笑すると、馬の背に乗った男へ目を向け、彼は尋ねた。
「壊滅したというが、民はどこへ消えたのだ。彼らの死体が一つもないというのは、妙ではないか?」
キリングはニヤリと笑うだけで、答えもしない。
彼から情報を得るのは無理と悟ったか、アモスは再び坂井に問う。
「……ふむ。坂井、教えてくれ。どのような返事を聞かされようと、我々には受け止める覚悟がある」
渋々、坂井は答えた。
「白き翼の話だとよ、皆、改造されちまったらしいんだ。MSに」
「MSに……?改造だと?」
怪訝に眉を潜めるアモスへ頷く。
「あぁ。詳しいことは、アイツに聞いてくれや」
「そうだね」と葵野も立ち上がり、アモスを見た。
「皆のところに、早く戻ろう。話は向こうでも出来るし」
ここはもう、安全とは言い切れない。いつ何時、財団の残党に襲われるとも限らない。
「さ、ウィンキーも一緒に行こ?」
そう言って腕を取るが、力なく払われてしまう。目はうつろなまま、モヒカン頭の青年が呟く。
「オレはエェんや……ここに残してェな」
「何言ってやがんでぇ!」
たちまち坂井が癇癪を起こし、額に青筋を引きつらせる。
「さ、坂井。あまり乱暴な真似は」
言いかける葵野を押しのけ、少々手荒くウィンキーを立ち上がらせた。
「テメェも来るんだよ、今は一人でも多くの戦力が必要なんだからな」
「戦力?財団の残党と戦うだけならば今の戦力でも充分だと思うが……」
訝しがるアモスには、葵野が説明した。
敵は最早、財団の残党のみにあらず。
パーフェクト・ピースという狂信的な平和主義者や、K司教と名乗る男が率いるジ・アスタロトなる組織もあるのだと。
「ジ・アスタロト……?聞いたこともないが、しかし伝説のMSが敵視する相手ならば用心に越したことはない」
納得したかのように頷くアモスを急かし、葵野はリオの背中へ飛び乗った。
「ジ・アスタロトについては、美羽が何か知ってるみたいなんだ。それを聞くためにも、早く戻ろう」
坂井も虎に変身し、背中に無理矢理ウィンキーを引き上げる。
もう抵抗する気力もないのか、ウィンキーは大人しく虎の背中に跨った。
ともあれ、出発の準備は万全だ。アモスは頷き、部下を呼び寄せる。
「主を亡くし国も失った今、我々に出来るのは王の志を引き継ぎ、この世に平和をもたらすのみだ。俺は首都の女王サリアならば、我らが王の悲願を達成されると信じている。今宵より、我らが主は女王サリアとなる。異論のある者は、ここに残れ。賛同する者は、俺についてこい!」
ラクダ達は誰一人として、困惑に顔を見合わせたりなどしなかった。
全員が思い思いに頷き、一斉に敬礼する。
「了解です、隊長!我らが新しき主は、首都サンクリストシュアのサリア女王ですッ」
砂漠の王は平和主義を貫いた。
なればこそ、同じく平和主義を唱える首都の女王に期待をかけるのは当然だ。
亡くなった者を偲んでメソメソするよりも、未来への礎となることを彼らは選んだのだ。
「ハッ。誰がアタマだろうが、そんなもん大した問題じゃねぇだろうによ」
呆れる坂井を、葵野が頭上から窘める。
「確かに問題じゃないかもしれないけど、でも人の心意気を笑うなんて趣味が悪いんじゃないか?」
「忠義を笑ってんじゃねぇよ」
フン、と髭を揺らして坂井も応戦する。
「他人の主義にぶらさがってんのが笑えるんだよ」
砂漠王と同じく平和主義を唱える女王に賛同する、それの何処がおかしいというのか。
さっぱり判らず不機嫌にムッツリする葵野へキリングが囁く。
「……お前の相棒は自由主義だな」
「自由主義?違うよ、あいつは只のワガママだよ」
なおも怒る葵野だが、背後からキリングが抱きついてくるもんだから泡を食う。
「ちょっ、ちょっと、なにして、あふぅっ」
抗議の悲鳴は、途中で喘ぎ声に変わった。
キリングの指が葵野の乳首を挟み、弄んでいる。
気づけば尻にも堅いものが押し当てられていた。
「小龍様も、自由主義なんだろ……?俺の前に座るなんて、誘惑してるとしか思えないよ」
ぼそぼそと耳元で囁かれ、くすぐったさに葵野は身悶えした。
すればするほど尻と背後のナニが擦れ合い、それがまた彼の頬を赤く染める。
「や、やめろよ、離れろってばぁ!」
これだけ大騒ぎしていれば、横を歩く坂井が気づかないはずもない。
「テメェ、何やってんだ!!」
逆上した虎はリオに襲いかかり、鋭い爪を馬の体に突き立てると一気に駆け上った。
苦痛に顔をしかめるリオには構わず、葵野の肩越しに牙を剥いて威嚇する。
「別に」などと空とぼけているが、キリングの指は両手とも服越しに葵野の乳首を摘んでいる。
「別にじゃねぇよ!人に何の断りもなく、葵野に抱きつきやがって!!それとなぁッ」
ガリッと勢いよくキリングの腕をひっかいた。
たちまち血が滲み、赤い筋が何本も浮き出る。
「こいつの体はナニからナニまで全部、俺のモンだ!勝手に触ることは、この俺が許さねぇ!!判ったら、とっととリオから降りて地べたを歩きやがれッ」
腕に滲んだ血をキリングは嫌な目つきで眺めていたが、何を思ったか、べろりと舌で舐め取る。
「俺の目の前に座ったのは、小龍様が自分の意志で……なんだがなァ」
小さく呟き、音もなくリオの背中から飛び降りた。
「た、たっ、確かに君の前には座ったけど!断じて誘惑した訳じゃないんだからな!!」
真っ赤になって弁解する葵野を坂井もチラリと一瞥して、慌てまくる彼の頬を舌で舐めてやった。
「誰もお前が誘惑したなんて、一ミリも思ってねぇから安心しろよ」
見ればラクダ部隊も、そしてアモスも今の騒ぎをまるっきり無視して黙々と歩いている。
坂井に振り落とされたウィンキーも、騒ぎには全くの無関心。
相変わらず目は死んだ魚状態ではあるものの、大人しく後ろをついてきている。
葵野は自分一人で赤くなって大騒ぎしているのが、急に恥ずかしくなってきた。
「ね、ねぇ……坂井。俺って誤解されやすいのかな?」
シュンとしょげて俯く恋人を、なおもザラザラした舌で舐めてやりながら坂井が慰める。
「なぁに、誤解されやすいんじゃねぇ。お前が可愛すぎるからいけねぇんだ」
端から見ればバカップル丸出しの会話にも、他の皆が動じることは一切なく。
否、もはや突っ込むほどの気力もなくした屍軍団は、無言の行進で司達の待つ旧クリュークへと帰還したのであった。

歩く屍と化したウィンキー、そして片角のアモス率いる砂漠部隊を、司達は暖かく迎え入れる。
さっそくサリア女王の望む会談へ向けて、作戦を練ることにした。
和平会談の何に対して作戦を練るのか?とアモスが問えば、司とミスティルは顔を見合わせ、先に司が口を開く。
「僕とミスティル、それからゼノ達とで、先にパーフェクト・ピースの代表者と会ったんだ。その時に僕達が感じたのは、彼らがけして平和のために戦っているのではないという印象だった」
「平和のために戦っているのでは、ない?しかし平和主義なのだろう、パーフェクト・ピースという団体は」
怪訝なアモスを、真上から見下す視線でミスティルが捉える。
「平和主義を唱えるからといって、思想が全て同じとは限らん。サリア女王の平和主義は世界中から兵器をなくすことだそうだが、パーフェクト・ピースは違う。俺達MSを、この世から抹殺するのが奴らの唱える平和主義だ」
野蛮な思想にラクダ兵士の間からは、どよめきが上がる。
「MSの抹殺だと!?馬鹿な、それのどこが平和主義だというんだ!」
「ですから」
サリアが割って入り、ミスティルと司を交互に見据え、最後にアモスを見やった。
「彼らの真意を確かめるためにも会談は必要です。その舞台は東の首都、中央国を予定しております」
「中央国で?サンクリストシュアではないのですか?」と、アモス。その疑問はもっともだ。
サリアは首を振り、チラリと葵野へ目を向ける。
彼は話に加わらず、ウィンキーの側に座って何事か話しかけていた。
「先ほどパーカーから連絡を受けたのです。中央国より、会談を行うならば場所を提供する。そう、東の葵野王妃から直々に連絡を承ったと」
「あのババァが、そんな申し出をねぇ……?力也が、この件に関わっているからか?」
坂井の問いに、思案顔でサリアが頷く。
「えぇ、恐らくは。王子を呼び戻す意味でも、場所を提供なさるおつもりなのでしょう」
美羽も判ったような顔で頷いた。
「で、その背後にはエジカ博士がいるってわけですわねぇ」
「王妃はエジカ博士から、力也王子が関わっておられることを知らされたのでしょう」
サリアも頷き返す。
坂井が葵野を連れ出してからというもの、彼は消息不明として扱われていた。
しかしながら葵野力也は、中央国にとって第一王位継承者。すなわち王子様である。
いつまでも放浪していて良い身分ではない。常に王妃の側にいなければいけない立場だ。
エジカ博士が口を滑らしたかなんかして力也の行方を知った婆様が、孫を呼び戻さないわけがない。
「まッ、いいさ。どうせババァには一度話を通しておかなきゃいけないと思っていたんだ」
ボリボリと頭を掻きながら、坂井が投げやりに言う。
司が同意した。
「そうですね。もうすぐ大きな戦が始まるかもしれない。その時には東国も無関係ではいられません」
サリアの眉尻が僅かにあがる。
「願わくば、戦など起こさずに済むよう話し合いだけで決着をつけましょう」
ミスティルと美羽は、肩をすくめただけだ。
司が小さく頷き、それに応えた。
「えぇ。僕も、それを望んでいます」
ただ――とも続け、声のトーンを僅かに落とす。
「彼らが、あなたの言葉に耳を傾けてくれれば良いのですが」
不意に大きく扉が開き、忙しない足取りでリラルルが駆け込んでくる。
「届けてきたのねー!返事は即答なの、手紙にあった日時でオッケイだって言ってたのね!」
彼女は美羽らに頼まれて、パーフェクト・ピースの元へ飛んだ。
向こうの代表に口頭で返事をもらい、たった今戻ってきたというわけだ。
「なんと、段取りの良い」
アモスが感嘆する。
「それで、会談はいつだと日取りを決めたのだ?」
「三日後だ」
司の返事にアモスは勿論のこと、葵野や坂井も驚いた目で彼を見つめる。
「三日後だって!?随分気が早ェこった」
「全く、随分と慌ただしい話だな」
呆れる坂井とアモスをひと睨みし、ミスティルが皆の顔を見渡した。
「悠長に構えたところで、何の得がある?相手に先手を取られるだけだ。だが……たかが話し合いに大勢で行く必要もあるまい。半分に別れ、片方はサリアの護衛。もう片方は此処に残り、MSを招集する。それでいいな?」
「あぁ」と頷く司の腕を、サリアが軽く触れてくる。
その顔へ目をやった瞬間、司は彼女の護衛に行くと言わねばいけない衝動に駆られた。
なにしろサリアの浮かべた表情といったら何とも心細くて、断ろうものなら後の会談にさえ余波が及びそうな予感さえした。
考えてみれば首都の女王だと言ったところで彼女はまだ、十代の若い少女なのだ。
親に早く死なれ他に身よりもなく、側に仕えるのは執事のパーカーのみ。
無下に突き放すのは、時に非情になれる司といえど、さすがに躊躇われた。
「貴様にはMSの招集をやってもらおうと思っているのだがな」
先回りしてかミスティルが意地悪く言うのを遮って、司は断言する。
「僕が女王の護衛に回ろう。MSの招集は美羽、それから該。君達に任せる」
「判りましたわぁ」
女王を見て薄笑いを浮かべた美羽が頷く。
司が護衛すると言った瞬間、サリア女王の顔が歓喜で輝いたのを美羽は見逃さなかった。
「白き翼様は女王様に対して、お優しいこと」
美羽の嫌味は聞こえなかった風に聞き流し、司は残りの仲間にも呼びかける。
「ミスティル、君と坂井はクリュークの改造を頼む。基地として運営できるように強化しておいてくれ」
鬼神は直ぐに「判った」と頷いたのだが、坂井は困惑に眉を潜める。
「基地として強化?じゃあ、やっぱアンタは話し合いが失敗すると踏んでいやがんのか」
サリアには聞こえぬよう声を落として囁いた坂井に、同じく司も低い声で呟いた。
「僕は僕の直感を信じる。パーフェクト・ピースは平和主義を本気で唱えていない」
サリアには悪いが、ここにいる多くのMSが平和主義そのものに疑問を感じている。
女王の唱える武器完全廃棄が机上の空論ならば、パーフェクト・ピースの方針はエゴの極みだ。
確かに武器がなくなれば、人は争いの手段を無くすかもしれない。
だが、生まれながらに戦う力を持っているMSは?
彼らは武器を取り上げられたとしても、己の意志で暴力を振るう。
これでは、武器を廃棄したところで何にもならない。MSに対する風当たりが強くなるだけだ。
だからといってMSを排除してしまえば幸せになれるかというと、一概にはそうとも言えない。
例えば愛する人がもし、MSだったとしたら?
長年授かることを願って、やっと生まれた子供がMSだったとしたら?
片方だけの意見を押し進めるのは、けして平和主義と呼べるものではない。
パーフェクト・ピースには、その辺りの道理を理解してもらう必要があった。
人の心とは、合理的という言葉だけでは片付けられないのだ。
「ねぇねぇ、あたしは?あたしは、何してればいいわけぇ?」
くいくいとタンタンにズボンを引っ張られ、司は彼女を見下ろした。
タンタン……
この女性に頼めそうな事など、非常に限られているような気がする。
しばし悩んだ末、ふと司の脳裏に良いアイディアが閃いた。
足手まといを一チームとしてまとめられる上、相手には邪険にしていると悟らせない、一石二鳥な方法だ。
「君とリオは、ここでアリアの手伝いをしていてくれ」
「私の、ですか?」
きょとんとして聞き返したのは、当のアリア。
手伝いと言われても特に頼みたいこともなく、言ってしまえばアリア自身が暇な身である。
そんな彼女を真っ向から見つめ、司は頷いた。
「やることは山積みにある。君達には、ジ・アスタロトの情報を集めて欲しいんだ」
ジ・アスタロト――
美羽の話によれば、K司教と呼ばれる男が率いる組織である。
彼女も詳しく知っているわけではなく、つい最近、その存在を知ったらしい。
キングアームズ財団にも、B.O.Sにも、そしてパーフェクト・ピースにも関与しているのだとか。
もし第二次MS戦争を起こすとなれば、もっとも厄介な障害となるのは彼らではないかと司は考えた。
無論サリア女王のおこなう会談で、パーフェクト・ピースが彼女の理想に同意するに越したことはない。
しかし危険な思想の組織をバックアップするような輩が、果たしてそれを許すだろうか?
敵対する前に調べておく必要があった。
いや、もしかしたらもう、向こうはこちらを敵と見定めているのやもしれなかった。
「葵野さんは、僕と一緒に会談の場へ出てもらいます。あなたは東国の代表でもある」
「葵野が、そっちについてくのかよ?じゃあ、俺も行かないとマズイんじゃねぇのか」
坂井がぶうたれるのは無視して、司はアモスにも目を向ける。
「君達の主は、平和主義を唱えていたんだっけな」
「そうだ」
アモスは重々しく頷き、亡くなった主の教えを訥々と語り出す。
「誰とも争わず穏やかに、静かに自らの生活を守る――それが、我らが王・キュノデアイスの教えだ」
現状では砂漠都市を守ることすら叶わず、王は殺され、民は連れ去られた。
ただ、静かに暮らしていたかっただけなのに。
この所業を犯したのがパーフェクト・ピースだというのならば、死んでも許さない。
必ずや、罪の償いをさせてやりたい。例え王の教えを破る形になったとしても。
「会談の場に……行きたいだろうな、王の無念を思うと」
アモスが頷く前に、でも、と司は遮って、強い視線を砂漠のMS部隊全員へ向ける。
「平和主義を唱える君達に、その意思を問おう。君達は、平和主義を貫く覚悟があるのか?あるのならば、サリア女王と共に会談の場へ赴くといい。あくまでも話し合いで決着をつけるんだ。だが……都市壊滅の恨みを少しでも胸の内に孕んでいるというのであれば、君達に平和主義を名乗る資格などない!」
再びラクダ部隊に、どよめきが上がる。
「し、しかし!あんたの話じゃ、俺達の街を襲ったのはパーフェクト・ピースだと言うじゃないか!!」
「民を奪った奴らを憎んで、何が悪い!」
口々に騒ぐ部下を静め、アモスが問い返す。
「恨みを抱いていた場合、我々はどうすればいい?大人しく滅亡した都市に引っ込んでいろと言いたいのか」
「違う」
首を真横に振り、司は答えた。
「騎士である身分を一旦捨てて、世界中のMSへ呼びかけてほしい。平和主義という言葉を隠れ蓑にして、MSを皆殺しにしようとしている軍団がいるという事実を全てのMS達へ、伝えて欲しいんだ。編隊を組める君達なら、キャラバンに扮するのは容易いだろう?」
「つまり、ワタクシ達の手伝い……ということですわねぇ?」と、美羽。
司が頷くのを見て、ラクダ兵士が口々に隊長へと騒ぎ立てる。
「どうするんですか、隊長!我々はサリア女王に従うつもりで、ここへ来た。だが、MS戦争に参加するんじゃ話が違う!これじゃキュノデアイス王にあわせる顔がありませんや」
戦争への参加は、彼らの唱える平和主義に反する。
誰とも争ってはいけないのだ。例え、それが王や民の仇相手だったとしても。
しかし、その一方でパーフェクト・ピースを許してはいけないという感情も働いていた。
何しろ奴らは、MS皆殺しなどという物騒な主旨を掲げている。
もし、これが実行されれば砂漠都市どころの被害じゃない。世界中で何十、何万の死者が出る。
暴挙を止められるのはサリア女王か、自分達の二者だけなのだ。
その責任を放棄してしまうというのも、騎士の取る行動としては如何なものか。
平和主義と悪事阻止の板挟み。難しい問題だ。
だがアモスの中では、既に答えは出ているも同然であった。
「我らが王が生きておられたら、どういう行動を取られたであろうな?……俺は思うのだ。我が王キュノデアイスがご存命であられたならば、必ずやサリア女王の力になろうとしたであろう」
ぐるりと部下一同の顔を見渡し、アモスは続ける。
「平和主義とは、絶対に戦わないという教えではない。無益な争いを避ける、という教えだ。サリア女王が言葉で戦われるのであれば、我ら砂漠都市の住民も、それに準じようではないか」
迷いの生じていた者も、彼の一言で心を決めたようだ。
賛同すると共に、鬨の声を上げる彼らを遠目に、坂井が肩をすくめる。
「……ったく。次から次へ、よくもまぁ口の回るオッサンだぜ」
「もし第二次MS戦争を始めるとしたら、彼がリーダーになるといいのかもしれませんね」
司も苦笑し、最後にウィンキーの元へ近づいた。
彼の顔を覗き込むようにして話しかける。
「ウィンキー。君には、罪を償う義務がある」
何を言われたのか、とばかりにウィンキーが顔を上げる。構わずに司は続けた。
「君と、そこのキリング。二人には、最後の十二真獣探しを命じる」
彼の発言には、その場にいた全ての者が驚愕に目を見張る。
「最後の……」「……十二真獣!?」
「そうだ」と司は頷き、立ち上がる。
「もし会談に失敗すれば、パーフェクト・ピースの暴挙が始まる。それを止めるためにMS戦争を起こすとなれば、今の戦力だけで立ち向かうのは苦戦を免れない。僕達は昔のようにもう一度、全員が集まらなくちゃ駄目なんだ。戦いを勝利に導く為にも」
最後の十二真獣……
言うまでもなく、それは猿の印のことであろう。
しかし何の手がかりもなくして、どうやって探せというのか?
困惑の葵野が、そう尋ねると。司は厳しい表情でキリングを睨みつけた。
「キリングは、何の手がかりもなしに僕達を見つけたじゃないか。だから僕は彼に期待する。手がかりもなしに十二真獣を見つけられた、その能力に……ね」

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