DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十四話 語り部の末裔


翌日。
目覚めてすぐ、葵野は皆が騒いでいるのを聞きつけて、その場へ駆け寄った。
ミスティルが誰かを押さえつけ、地に組み伏せさせている。
正面には美羽、そして該や坂井の姿もあった。
「何?誰か来たのか、坂井」
聞きながら、ひょこっと葵野が顔を出して覗き込んでみると。
ミスティルの押さえつけている男性が、ちょうど顔をあげた。
全く知らない顔だ。
周りを見ると、皆も不審人物を見る目で彼を見つめている。
改めて美羽に「誰なの?」と尋ねると、彼女は首を真横に振った。
「存じませんわぁ〜。彼自身の言い分を信じるならば、十二真獣の一人……だそうですけど」
「十二真獣!?」と叫んだのは葵野だけではない。
遅れて駆けつけたサリア女王と司もだ。
「十二真獣の……何の印だ?」
司の問いに、間髪入れずミスティルが応じる。
「牛の印だと本人は言っている。信じるか?白き翼」
「牛の……」
ぽつりと呟いたまま司は黙ってしまい、葵野が男の前にしゃがみ込んだ。
「十二真獣って事は、この人もMSに変身できるんだよね?」
すかさず「貴様は出来ないがな」とミスティルに突っ込まれ、葵野は傷ついた表情を浮かべる。
傷心の恋人を庇うかのように坂井が、ことさら大きな声で答えた。
「こいつが最初現われた時は牛の姿をしてやがったんだ。それを、そこの野蛮人が」
ミスティルを指さし、上から目線で締める。
「問答無用で襲って地にねじ伏せたってわけだ」
坂井の説明を聞いて、葵野の心にも反発心が沸いてくる。
「どうして、そんな乱暴な真似を?十二真獣なら俺達の仲間じゃないか」
「……本当に彼が牛の印であれば」
皆とは少し離れた場所に立っていた該が割り込んできた。
「酉の印如きにねじ伏せられるほど、か弱いはずはない」
「如きって……」
言い切れるほど、力の差があるのだろうか。
そもそも十二真獣の実力高低差が各々どれだけ違うのかを、葵野は全く知らない。
筋肉隆々のミスティルを見上げた後、地に組み伏せられた男へ視線を移す。
それなりに背丈はあるが、ミスティルと比べたら細い方だろう。肉の付き方が違いすぎる。
「けどよ、初代牛の印は前大戦の途中で死んじまったんだろ?なら生き残ってる酉の印のほうが、牛の印より強いってことにならねぇか」
坂井の問いに該は、かぶりを振る。
「結果論だ。戦争での死は、個々の強さとは関係がない。死には偶然も重なるからな。研究所で行った模擬戦闘では戌の印、龍の印、巳の印が群を抜いていた。後は虎、牛、猿、子、酉、亥、午、卯、羊と続く」
該の解説に、アリアが首を捻った。
「それほど強さのバラツキがあるようには、私には思えませんでしたけど……?」
羊が最下位だから文句をつけているわけではない。
サリア女王奪回の際、共に戦ったアリアだからこそ、強さの比較に疑問を持ったのだ。
それに先代は先代。今の自分達とは、それこそ関係がないではないか。
戦い慣れている鬼神より隔世遺伝で生まれてきた牛の印のほうが弱かったとしても、不思議じゃない。
「なら、アリア。語り部の末裔から見て……彼は牛の印なのか?」
逆に該から尋ねられ、アリアは組み伏せられた男を見た。
男からは、優しい光を感じる。
魂の持つ力とでも言おうか、彼がMSとして持ち合わせている生命力だ。
だが、それが十二真獣の持つ牛の刻印かと言われると、違うような気もする。
だからアリアは、該の問いかけに対して首を振った。
「……判りません」
途端にチッと舌打ち。坂井の鳴らした音だ。
「なんだよ。使えねぇな、語り部の末裔ってのは」
ややムッとして、アリアは言い直す。
「判らないと言ったのには、根拠があります。彼を十二真獣だと断定できないのは、過去、別の人物に牛の印を感じ取っていたからです」


一拍の空白を置いて。


全員が叫んだ。
「何だって!?テメェ、それを何で誰にも言わねぇんだ!!」
「一体誰なんだ?君が牛の印だと思ったのは!」
「どうして、その場で伝えて下さらなかったのかしらぁ。自信がなかったのではなくて?」
美羽の嫌味節へ頷き、語り部の末裔は俯いた。
「はい。葵野さんや坂井さんの時とは異なり、非常に微々たる波動だったもので」
「それで?誰なんだ、貴様が牛の印だと感じたのは」と、ミスティルが先を促す。
順番に皆の顔を見つめ、最後にサリア女王の顔で目を止めてからアリアは答えた。
「砂漠都市の誇り高き騎士――アモス・デンドーさんです」


その頃、カルラタータ北に位置する古い遺跡内部では、次から次へと伝令が入れ替わり立ち替わり新しい情報をK司教へと届けていた。
「サリア女王は首都を留守になさっておられるようですね」
室内に落ち着いた声が響く。対して、K司教は重々しく頷いた。
「白き翼に拉致されたという噂も聞く。幼少時代の彼女を育てたのは白き翼だ、女王は彼に逆らえまい」
K司教――
本名不明、黒い司教服に身を包んだ男性である。
鼻の下に蓄えられた濃い髭、厳めしい顔には一種の風格、或いは威厳を感じさせる。
名前が判らないのは、彼だけではない。
円卓を囲む、ほとんどが正体不明の人物だ。
司教から見て右回りに、T伯爵、L子爵、N大佐、J侯爵、U将軍、R博士、老師M。
そしてK司教の左隣に腰掛けているのが先ほど言葉を発した男、トレイダーである。
再び伝令が駆け込んできた。息を切らし、最新ニュースを伝える。
「キリングが白き翼率いるMS軍団と接触しました!」
円卓が、ざわめきに包まれた。
「ほぅ」と呟きをもらしたのは、R博士と呼ばれる白衣の老人。
「ようやく接触したか」
「別れたのは、だいぶ前でしたがね。様子を伺っていたのでしょう」
J侯爵が受け答え、かんに障る甲高い声で笑った。
「あの男は、でかい図体の割に小心者ですからな!」
侯爵の煽りを真に受けることもなく、トレイダーが言い返す。
「注意深いと言ってもらいたいですな」
「しかし……信じるでしょうか?奴らは。奴らの中には語り部の末裔もおります」
老師Mが眉根を寄せ、腕を組む。
語り部の末裔、アリア・ローランド。彼女と接触したのはO伯爵だけだ。
O伯爵は火山へ向かったっきり、消息を絶っている。
戻ってきた彼の部下の話ではMS軍団に捕らえられたというのだが、その姿を偵察は見つけていない。
となると、殺されたのか。
温厚な『騎士』や正義感あふれる『白き翼』が、そのような残虐を許すとも思えないのだが……
「語り部の末裔は十二真獣を見分ける、というアレか。アレはな、都市伝説じゃよ」
確信に満ちた目で、R博士がニヤリと微笑む。皆が、えっ、となって彼を見た。
「では、見分けられるというのは嘘なのか?それは本当かね、R博士」
N大佐が身を乗り出して前屈みになって尋ねると、博士は自信たっぷりに頷いてみせる。
「正確には誰が十二真獣かを当てるのではなく、十二真獣の発するシグナルを感知する。それが語り部に与えられたMS能力なのじゃ」
「MS能力?では語り部もまた、十二真獣同様、人為的に作られたMSだと言うのかね」
聞き返すT伯爵へ、R博士が大きく頷く。
「貴殿は、どこでその情報を知り得たというのだ」
L子爵も興味津々に尋ね、R博士は、ますます調子に乗って答えた。
「森の中で眠っていた石板じゃよ」
うっかり答えてから、慌てて口を押さえる。
しかし全員が聞き漏らさず、「森で!?」と一斉に声をハモらせた。
「貴殿は石板を見つけていたのかね!?」
「どうして、それを提出しなかったのだ!」
「まさか、研究成果を独り占めしようなどと思っていたのか!?許し難い行為だぞ、博士!」
円卓は一気に騒がしくなったが、K司教の一言でピタリと止んだ。
「まて諸君。まずはR博士の言い分を聞こうではないか」
「感謝しますぞ、司教」
司教へ頭をさげ、コホンと一つ咳払いしたR博士の言うことには。
彼は、しばらく皆と別行動を取っていた時期があった。
ちょうどN大佐が司教の命令でキングアームズ財団と手を組み、画策していた頃の話だ。
葵野が石板を探し始めるようになった頃よりも、ずっと前である。
何の気無しに立ち寄った街で、森の奥に眠る宝の噂を聞いた。
まさか石板があるとは思わなかったのだが、少々興味をひかれたので部下を森へ向かわせる。
すると、どうだろう。部下達は見事、石板を見つけて帰ってきたのだ。
石板は森の奥で枝を広げていた大樹の根元に、ひっそりと置かれていたという。
まるで誰かに見つけてもらえたら……とでもいうように。
表面には、乾いた泥と土がこびりついていた。
明らかに最近、誰かが土の中から掘り出したばかりのように見えた。
「……不思議な話だな。何者が置いて、誰の為に置いていったのであろうか」
K司教の呟きに、トレイダーが応える。
「当然、石板を解析できる人間のために置いていったのですよ」
「石板を探しているのが、我々や奴らの他にもいると?」
司教の眉が跳ね上がる。
動じず、トレイダーは頷いた。
「えぇ。いたとしても、私は驚きません」
「まさか、貴公の仕業ではあるまいな?」
甲高い声が遮った。
声の主、J侯爵へ首を振り、トレイダーは穏やかに笑いかける。
「まさか。私が何故、そのような真似をしなくてはならないのですか」
「その通りだ」
T伯爵が頷き、トレイダーを庇った。
「彼ならば我々の元に石板を持ち帰ってくれる。独り占めしたりなどせんよ、誰かのようにはな」
「独り占めするつもりは、なかったんじゃ」
言い訳っぽく呟くと、恨みがましい目でT伯爵を睨み付け、R博士は懐に手を入れる。
ごとり、とテーブルの上に置いたもの。それこそは彼の所持する石板であった。
「この石板には、他に何が書かれていた?」
K司教に聞かれ、R博士は素直に答えた。
「語り部に関することが、全て書かれておりました。作り方も。ただ――」
「ただ?」
R博士は肩をすくめ、遠方に目をやる。
「今の時代では、手に入らない材料ばかりでしてのぉ」
「例えば?」
「絶滅種の体毛、絶えて久しい鉱石のDNAなど」
他にもお聞きになりますかな?と促され、誰もが絶望に首を振る。
「語り部は、通常のMSやMDと異なる製造方法だったのですか。それで納得がいきました」
トレイダーの語り口に、N大佐が食いついた。
「何の納得かね?」
ちらりとR博士を一瞥してから、トレイダーは穏やかに応える。
「博士が我々に石板を提出しなかった理由です。使えない情報では、提出しても意味がありませんからね」
だが、と反発があがる。
甲高い、耳障りな声でJ侯爵が叫んだ。
「少なくとも、語り部の能力については有益な情報ではないのか?あの娘にはキリングを見破れない!」
「他に被る印を見つけていなければ……の、話ですがね」
薄く笑うトレイダーを睨み返したのは、J侯爵だけではなく。
皆が、怪訝な表情で彼を見つめた。


アリアが牛の印を感じ取ったという、当のアモスだが。
ウィンキーに襲われ、ちりぢりとなって逃げた後。彼らは一体、どうなったのであろうか?
「僕の……街が。僕の、民が!」
住む者のいなくなった砂漠都市。その入口に、ぺたんと座り込み、呆然と少年が呟く。
少年の名は、キュノデアイス。キュノデアイス・ロペス・タフガン、この都市を治める若き国王だ。
――だった、というほうが正確であろうか。
彼が都市を離れている間に、彼の国は全ての住民を失っていた。
街全体に襲撃を受けた様子はない。住民だけが、ごっそりと消えてしまった。
残っているのは、広場の一部で白き翼とMS集団が争った形跡ぐらいなものだ。
それだけに少年王は民の安否を気遣い、心が重く閉ざされた。
「皆……どこへ行っちゃったんだろう?」
キュノデアイスの独り言に答えたのは、ラクダ軍隊の一人、サーパス。
信頼すべき隊長のアモスは、未だ意識不明の重体にあった。
「判りません。しかし建物の中で争った形跡がないのですから、きっと無事でいるはずです」
「こいつは……やっぱり財団残党の仕業ですかね?」
サーパスに問いかけたのは、同じくラクダ部隊の兵士、ウェンリー。
あぁ、と頷いてサーパスは少年王の肩に手をかけた。
本来ならば無礼な行為でも、今だけは許されよう。
王は気落ちしている。誰かが慰めてあげないと。
「さ、ともかく王宮へ戻りましょう。隊長の手当をしてあげないと」
言った途端ぱちりとアモスが目を開き、痛む体を起こそうとしたので、皆でよってたかって押さえつける。
「隊長!無理しちゃいけません、あなたは重傷なんですぞっ」
痛みに顔をしかめながらアモスは再び、ゆっくりと身を横たえつつ部下へ尋ねる。
「む、むぅ……ここは、何処だ?それにウィンキーは何処へ」
「あの猿ですか?そいつは判りません。それと、ここは砂漠都市、我々の故郷です」
「そうか……砂漠都市…………」と呟いたまま、アモスは黙り込む。目を閉じた。
見渡さなくても街に人の気配を感じないのが伝わったようで、彼の眉根には皺が寄る。
「恐らくはMSに襲撃を受けた……そんなところか」
「でしょう」
サーパスが頷き、アモスを抱きかかえ上げようとする。
まさに、その瞬間――人々の心の隙をついた、ほんの一瞬の出来事であった。
大きな影が上空から舞い降りたかと思うと、少年王のいる辺りが瞬く間に砂埃で見えなくなる。
「キュノデアイス王!!」
痛む体も何のその、精一杯の力を振り絞ってアモスが身を起こす。
ラクダ部隊の兵士達が慌てて王のいた場所に駆け寄るも、動き出すのは少々遅かったようで。
砂埃が風に吹かれて晴れた時、その場にいた誰もがハッと息をのむ。
真っ赤な血が大猿の腕を伝い、ぽたぽたと地面に滴っている。
大猿が得意げに高々と掲げているもの――それをひと目見た直後、アモスの口からは絶叫が迸った。
「ウ……ウィンキィィィーーーッッ!!!
アモスの叫びを受けて、大猿が歯を剥き出しに威嚇する。
猿の側には、小さな体が砂の上に投げ出されていた。
血で真っ赤に汚れてはいるが、衣服には見覚えがある。
砂漠王の着ていた服と、そっくり同じだ。
猿が片手に掴んでいるのは、若き砂漠王キュノデアイスの首から上。
つまりは、王の頭であった……!

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