DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十三話 平和への模索


葵野と坂井はサリア女王を仲間に加え、旧都市へ移動する。
移動は極秘裏にとはいかず、数百キロ離れた後方には彼らを尾行する人影があった。
人影は、一団といってもよい。全員がラクダに跨っていた。
いずれも行商人を装っているが、正規のキャラバンではない。いや、商人ですらなかった。
「奴ら、クリューク跡地へまっすぐ向かっているな」
小柄な青年が呟けば、ローブを目深に被った男も双眼鏡を目に当てた。
「旧クリュークを本拠にするつもりだろうよ。あの都市には建物が多く残っている」
黙々とラクダを進めていた最後尾の男が、一行の先頭に回り込む。
「なんだ?どうした急に」
尋ねる仲間へは低い声で答えた。
「ここから先は俺一人で近づく。皆は司教へ、奴らの行き先を伝えてきてくれ」
互いに目配せをしあった後、小柄な青年が頷く。
「いいだろう。朗報、期待しているぞ」
一人を残して全員が、来た方角へ引き返してゆく。
ただ一人残った男は仲間を見送った後、再び坂井達の尾行を開始した。


西の都市クリューク。
かつては今のサンクリストシュアよりも栄え、きらびやかな街並みがあったとされている。
今は無人の建物が並ぶ、ゴーストタウンだ。
なまじ建物が破壊されていないだけに、余計にもの悲しさを感じる。
「街に被害がないのに、どうして、ここの人達は出ていっちゃったんだ?」
葵野が司に尋ねると、司は目を伏せ答えた。
「首都として、サンクリストシュアが新しく作られたからですよ。人は、より賑わいを求めて移住する。より便利な生活を求める。流通の不便なクリュークよりも、サンクリストシュアを選んだ……それだけの話です」
「だが、ここなら」と、二人に追いついた該も会話へ混ざってくる。
「機材も置ける。騒音を立てても、不審に思われない……隠れるに適した場所だ」
「アナタ方にしては、上出来ですわぁ。よく、この廃都市の存在を覚えていましたこと」
美羽からも褒められて、しかし浮かない顔をしているのは司だけではない。坂井もだ。
まず第一に、エジカ博士と合流できていない。
該がレクシィ宛に伝言を送ったらしいが、彼女一人で、ここまで博士達を連れてこられるのか。
それにタンタンとリオ、アモスの行方も依然として不明である。
サリア女王を連れ出すのにだって、一悶着あった。
お忍びで出かける司の案を頭から却下し、彼女は大々的に民衆の前で演説をおこなった。
民をまとめる女王の立場からすれば、姿を消す理由を前もって話しておくのは当然の行為かもしれない。
だが演説を聴くのは、民だけとは限らない。
パーフェクト・ピースや財団の生き残りも、きっと彼女の演説を耳にしているはずだ。
サリアは何処へ行くとまでは言わなかったが、勘の良い奴なら、ある程度のアタリがつくだろう。
途中、尾行を気にして何度も振り返ってみた。
それらしき人影も見えず、ひとまず安心したのだが油断は禁物だ。
「ひとまず、どこかに落ち着きましょう。詳しい相談は、その後で」
アリアの提案に従い、一行は街の中で一番大きな建物へ足を踏み入れる。
その昔は王族が住んでいたのだろう、建物の造りは頑丈で、小さな中庭まで残っていた。
「素敵ー!こんなおうちに、ミスティルと二人っきりで住んでみたいのねー」
さっそく乙女の妄想に入り込んだリラルルは置いといて、一同は作戦会議を始めた。
「僕達の敵は二種類いる。一つはキングアームズ財団の生き残り。そして、もう一つがパーフェクト・ピースという組織だ」
皆の顔を見渡し、司が言葉を切る。葵野が小さく手を挙げた。
「両方一度に戦うのは無理だし、どっちと先に戦うかを決めないと」
「うん、そうだな。まず」と作戦に悩む司を遮ったのは、サリア女王。
「あの、一つお伺いしても宜しいでしょうか?白き翼」
「なんでしょう?」
話の腰を折られて司は内心気を悪くしつつも、表面上は穏やかに問い返した。
サリアは少し迷っていた風であったが、結局言うことに決めたらしい。
「皆様は、初めから『倒す』という前提で話しておられるようですが……双方組織の方々と和平交渉の場を作るという案は、実現できないものでしょうか」
「いかにも平和主義者の言い出しそうな案だ」
即座にミスティルが鼻で笑い、傍らでは美羽も肩をすくめる。
「平和的にいきたいという、サリア女王のお気持ちも判らなくはありませんわぁ。けれど、この戦いは向こうから一方的に仕掛けてきたものでしてよ。仮に和平を結んだところで、向こうの言い分はMSの街追放ですわよぉ?女王様は、ワタクシ達獣臭いMSなど、荒野で住めとおっしゃりたいのでしょうかしらぁ」
あざけりに対し、女王は毅然とした態度で望む。
「そうは申しておりません」
「では、どうおっしゃりたいのでしょうかぁ。ワタクシ達にも判る言葉で仰せ下さいませ」
あくまでも美羽は見下した意志を隠さない。
「わたくしは」
一同の顔を見渡して、サリア女王が言う。
「先方の言い分を全て承諾するつもりなど、ありません。MSも人間も、平等に仲良く暮らしていける世界を作りたいだけなのです」
坂井も口を挟んだ。女王の理想は、よく判る。
だが彼女が言っているのは、どこまでも理想の枠を出ない。現実的ではない。
「でも向こうさんは、MSを街から追い出すのが平和だと信じているんだぜ?そんな奴らに、MSと一緒に仲良く暮らせっつっても無理じゃねぇのか」
「それに」
間髪入れず、美羽が続ける。
「ワタクシ前から疑問に思っていたのだけれど、女王様の『完全平和主義』というのは、具体的に、どのような政策でございますの?やはりMSは追放なさりたいクチですかしらぁ」
「違います」
先ほどより、きつい口調で女王は答えた。
「人々が武器を捨て、争いの気持ちをなくし、戦争など二度と起こさない――世界中の武器生産を中止させ、永久破棄させる。所持も一切許しません。それが、わたくしの求める『完全平和主義』です。廃棄の中に、MSは含まれておりません。何故ならばMSは、わたくし達と同じ人間ですから。彼らは武器ではなく、人間なのです。彼らを街から追い出す権利など、誰にも与えられてはいないのです」
「武器を捨てる、ねぇ……」
美羽は薄く笑い、いきなりシェイミーへ話題を振った。
「アナタ方は、キャラバンとして各地を放浪していたのですわよねぇ?如何ですの?荒野や砂漠を移動する際に武器がなくても平気だったことは、ございまして?」
じっと女王の話に聞き惚れていたシェイミーが、ハッとした顔で美羽を見つめ返す。
そのまま無言で彼女を見つめていたが、やがて返事に窮したのか、ゼノに助けを求めた。
「ど、どうなんだろ?ボクは自分で戦ったことがないから……ゼノは、判る?」
シェイミーとしては、女王の考えに諸手賛同なのだろう。
だが現実は、そう上手く出来ていない。
頼みの綱ゼノも案の定、シェイミーの求める内容とは程遠い答えを返した。
「平気だったことなど一度もない。プレイスが俺に戦い方を教え、この剣を作ってくれねば何度命を落としていたか判らない」
満足げに美羽は微笑み「ですわよねぇ」と、サリア女王へ視線を戻す。
「お聞きになりまして?武器を廃棄されては困る者も、いらっしゃるようですわぁ」
黙って話を聞いていた該までもが、美羽に賛同した。
「荒野に行けば、野生動物に悩まされる者も多い。女王は、彼らを見殺しにするつもりか」
「ですが!」
サリアの語気が強まる。
「人は武器を取ると凶暴になり、他者の権利を犯すようになります!武器があるから、戦争が起きるのではありませんか。過去のMS戦争では人の作りだした爆弾によって、何千何万というMSが命を落としました。もし、あの時、爆弾生産を誰かが止めさせていれば!あのような悲劇は起こらなかった!!」
「そうですわねぇ。最後まで抵抗していたストーンバイナワークもワタクシ達の前にひれ伏して、現在におけるMSの立場が変わっていたかもしれませんわぁ」と、そこだけは美羽も同調する。
「だが現実として、武器をなくして野生動物と戦える人間が、どれだけいる?」
該は頑として意見を曲げようとしない。
本来平和主義であるはずの彼にしては、珍しい態度だ。
「皆が皆、MSの傭兵を雇えるほど金持ちばかりの世の中ではない」
「そうだな」
ミスティルが頷き、意地の悪い目でサリアを見下ろした。
「女王様は、辺境の人間には死ねとおっしゃりたいらしい」
意地悪な解釈にはサリアも困惑し、「違います、わたくしは、ただ……」と繰り返す。
「何が違うのかしらぁ?」
勢いを得た美羽達の攻撃は止まらない。
「武器を捨てろというのは、その土地で暮らすなとおっしゃっているも同然でしてよ。でも貧乏人に移住するお金はありませんし、そうなると、死ぬしか選択の幅はなくなりますわねぇ」
所詮、理想は理想でしかない。
辺境の地に住むしか選択肢のない貧乏人達は、野生動物との被害と日夜戦っている。
農作物を荒らす動物や、時には命を脅かすモノが、近くの森や山に住み着いているのだ。
ならば土地を捨てて、都会に暮らせばいい。そんな意見は、金がある人間だから言えるのである。
恵まれない土地で生まれた貧乏人は、死ぬまで、その土地で暮らすしかない。
その彼らから武器を奪うというのは、生活手段を失うに等しい。
では、彼らだけに武器の所持を許すというのは?
――駄目だ。
武器を持てば、人は必ず凶暴になる。それに特別を許すのは不平等でもある。
サリアは瞳に涙を浮かべて司を頼った。
「ツカサ、わたくしの考えは間違っているのでしょうか。武器をなくせば戦争もなくなる。この考えは間違っているのですか……?」
前大戦の英雄と呼ばれた彼なら、必ず自分をフォローしてくれる。
そんな期待を込めての問いかけだったのだが、司は視線をそらすと苦々しく呟いた。
「残念ながら、この問題に関しては、美羽や該の意見が正しいです……」
たちまち落胆し項垂れるサリアを、少しは気の毒に思ったのだろう。
すぐさま司は顔をあげると、彼女の肩に優しく手を置いた。
「ですが女王。辺境民の防衛に関しての回避策なら、ないこともありません。警備隊としてMSを派遣するのです。彼らを雇う費用を、国が負担すれば良いのです」
「あらぁ、太っ腹ですこと」
くすくす、と美羽が笑っている。
「でも、その国家予算……どなたの懐をアテにしているのかしらねぇ?」
縁もゆかりもない人間の為に自分の財産をなげうつ人間が、どれほどいることか。
税金として搾り取られた金を、見知らぬ土地の者へ使われる。
首都の人間が、はたしてそれを許すだろうか?
サリアの目指す理想の完全平和主義は、考えれば考えるほど、茨の道と思われた。
「じゃあ該も美羽も、平和主義には反対なの?」
改めてシェイミーに問われ、該は首を真横に振る。
「平和を求めるのは、人間として当然の心理だ。それを否定するつもりはない。だが……やり方が急速、或いは極端だと反感を買うことになる。首都がパーフェクト・ピースの二の舞にならぬよう、今のうちに方針をしっかり定めておいた方がいい」
サリアの目が、大きく見開かれる。
「もしかして……心配、して下さっていたのですか?」
再び、気に障る忍び笑い。美羽が挑戦的な目を、女王に向けていた。
「MSが平和主義を支持するのは、そぉんなに意外でしたかしらぁ?」
「あ、いえ、そういうわけではないのです。ただ、あなた方が、わたくしと同じ平和を愛する者だとすれば」
サリアは慌てて言い繕うと、伝説の三人へ頭を下げる。
「どうか、はっきりおっしゃって欲しいのです。あなた方が期待していらっしゃる、わたくしの役目とは一体何なのでしょうか?ツカサは、わたくしに仲間になって欲しいと言いました。しかし、その理由までは教えて下さっておりません。あなた方の目的は、何なのですか?」
ミスティルが即答する。
「司に頼まれたのならば、司に直接聞けば良い」
「そうですわねぇ」と美羽も同意し、白き翼を一瞥した。
「女王を仲間にしようと言い出したのは、確かに司、アナタが最初でしたわねぇ」
サリアが、じっと司を見つめる。
「ツカサ……」
葵野やアリア、坂井もつられるようにして、その場にいた全員が司を注視した。
白き翼は小さく咳をして、サリアへ一歩近づく。
「サリア女王、あなたには、僕達の戦いへ協力して欲しいのです。いえ、協力といっても、あなたに直接戦えと言っているわけではありません」
微笑み、彼女の手を取った。
いや取っただけではなく、その手を熱く握りしめる。
普段は距離を置いてくる相手だけに、いきなりのスキンシップはサリアを驚かせた。
同時に、彼女は胸の高鳴りも覚える。司に見つめられると、頬が熱くなっていく。
あぁ、もう、周りの目も気にせずに、彼の胸へ飛び込みたい。そんな気分になった。
なんとか自制で踏みとどまったのは、さすが女王と言ったところだろうか。
「あなたは、MSではない人々の希望となるだけでいい。これから始まる、MSを拒絶する人間とMSとの戦争に、無関係な人々が介入しないよう。しっかり呼びかけて欲しいのです。そのためにも、」
不意に、手のぬくもりが消えた。司がサリアの手を放したのだ。
「まずはMS追放を叫ぶ輩から、武器を取り上げましょう」
「……わたくしに、民を扇動しろとおっしゃるのですね?」
寂しげに囁くサリアへ、司が頷く。
「言い方は悪いですが、その通りです」
「パーフェクト・ピースがMSを拒絶しているのは事実だぜ」
やっと会話に入れた坂井が割り込んだ。
「あんたが心からMSを人間扱いしてるってんなら、人間を拒絶するパーフェクト・ピースを野放しにしてちゃマズイだろ。違うか?」
「そう……ですね」
ゆっくりと、サリアが頷く。
「パーフェクト・ピースが人間を拒絶するというのであれば、わたくしは彼らと話し合わねばなりません」
気弱から一転して毅然とした表情になり、サリアは白き翼の名を呼んだ。
「ツカサ、至急パーフェクト・ピースの代表と連絡を取って頂けますか?」
「代表と会われるのですか?一体何のために」
訝しがる司へ、女王はキッパリと言い切つ。
「会談をおこないます。その上でMS戦争を始めるか否かを、決断いたしましょう。もしパーフェクト・ピースの真意がMSの拒絶ではなかった場合……わたくしは、ツカサ、たとえ貴方が相手でも、戦争を起こそうとする者を許しません」
司をも敵に回すかのようなサリア女王の手厳しい発言に、その場にいた全員が仰天したのであった。


夜風が涼しい。
話し合いも一段落つき、少し体を休めようと該が言い出したのをきっかけに、一同はバラバラに散って思い思いの場所で休息を取っていた。
「けど、びっくりしちゃったな。平和主義のお姫様だっていうから、のほほんとしたお嬢様っぽい人を想像していたのに。意外とキビキビしてるよね、あの人」
中庭で、どうでもいい雑談に花を咲かせているのは葵野だ。
傍らでは半分寝入りばなの虎が、風にヒゲを揺らしている。
坂井が聞いていようがいまいがお構いなしに、葵野はしゃべり続けた。
「司とサリア女王って、顔見知りなんだったよね?俺の見立てだと、多分二人は恋人同士なんじゃないかなーと思うんだけど」
てへへ、と一人で照れたりして、坂井の背中を優しく撫でる。
「だってサリア女王の司を見る目、あれって絶対恋する少女の目だったよね。ね、坂井はどう思う?」
「……うるせぇなぁ」
眠たげな目を開けて、坂井が呟く。
「サリアと司が恋人?他人の恋バナにはしゃいでいられる状況かよ、今が」
そんなもんどうだっていいと言わんばかりの態度に、葵野は少しばかり機嫌を悪くする。
今が殺伐とした状況だからこそ、和む話題を振ってあげたのに。
「毎日張り詰めてばかりいたら、いつか壊れちゃうよ。たまにはリラックスしなきゃ」
小さくぶぅたれて、虎の真横に寝転がった。

月が輝いている。
虫の音も聞こえない、静かな夜。

「ね……ゼノ、もう寝ちゃった?」
小さな手に揺り動かされて、ゼノは薄く目を開ける。
目の前に、シェイミーの顔があった。
「いや」
軽く頭を振って、起き上がる。まだ寝ていないという事は、何かあったのか。
用心深く周囲を見渡していると、膝の上にシェイミーが乗っかってくる。
「そんなにキョロキョロしなくたって、皆は他の建物にいるよ。ここにいるのはボクとゼノだけ」
言いながら、シェイミーが体をすり寄せてくる。
潤んだ瞳がゼノを見上げた。
甘えたがっている――瞬時に悟り、ゼノは右手を伸ばした。
手が股間のモノに触れた瞬間、シェイミーが小さく声をあげる。
鼻にかかる甘ったれた声色で、恋人の名を呼んだ。
「ゼノ……」
「何だ」
「ゼノの手で、いかせてほしいの。ボクね、あの時、本当に嫌だったんだよ?なのに」
あの時とは見知らぬ男達、O伯爵と名乗る男達に捕まった時の事に違いない。
涙ぐむ少年の背中をさすってやり、低く声をかけた。
「判っている」
右手の動きが速くなるにつれ、シェイミーの息も荒くなる。
「あッ、あッ……ゼノ、ゼノ、ゼノォッ……!」
無我夢中でゼノにしがみつき、首に両手を回して、激しく体を揺らす。
「ゼノ、好き。大好き……ッ!」
恍惚とした表情のシェイミーを見ているうちに、ゼノの鼓動も高まってゆく。
「あぁ。俺もだ」
聞こえるか否かの小さな呟きを返し、ゼノもまた、シェイミーの体を片手で抱きしめた。

月が、しんしんと照らしている。
青白い世界が、静寂に包まれていた。

パキリと小さな物音に反応して、ミスティルが身を起こす。
「やぁ、起こしてしまったかい?」
近づいてきたのが司だと判ると、ミスティルは大きく溜息をついて胡座をかいた。
「サリアとかいう小娘と、一緒に寝たのではなかったのか」
司は苦笑して肩をすくめる。
「残念ながら、僕と彼女は、そういう仲ではないんだ」
先代の王に頼まれて、彼女の子守をした。それだけの仲である。
もっともミスティルも本気で言ったわけではないのか、司が流した話題を続けたりはしなかった。
「それで、俺に何の用だ。俺に抱かれたくなったのか?」
冗談だと判っている問いかけに対する答えを、真面目に返す必要はない。
「でも、君の好みは僕じゃない。君は、該やゼノみたいな人が好みなんだろう?」
筋肉質のミスティルが好むのは、同じくらいに筋肉質の人間だけだ。
スレンダーな司は、およそ筋肉質とは言い難く。
ミスティルの真横でスピースピーと寝息を立てているリラルルを一瞥し、司は再び苦笑する。
彼女は完全に熟睡している。ミスティルの横が、よほど安心できるらしい。
「リラルルは、もう寝てしまったみたいだね。君こそ、誰かの夜ばいに行かなくていいのかい」
優等生な司らしくもない下衆なジョークに、ミスティルはニヤリと下品に笑って受け応える。
「誰を襲えと言うつもりだ。毒蛇に噛まれる趣味など俺はもっておらん」
「まぁ、該は無理だろうね。恋敵が多すぎる」
美羽の他に、今はいないがタンタンという小娘。
それから語り部の末裔アリアも、彼に気があるのではないかと司は踏んでいる。
ミスティルも、それぐらいは気づいているだろう。
「ゼノという男にしたって同じだ。小さな恋人が睨みをきかせているからな」
「シェイミーか……あの二人、やはり恋人同士だったのか」
隣に腰を下ろした司へ、ミスティルが頷く。
「当然だ。俺が奴に手を出そうとした時の、ガキの態度を忘れたわけではあるまい」
友達というには必死すぎる気もした。恋人というのなら、納得がいく。
「坂井は当然葵野と一緒。だとすると、君が夜ばいに行ける相手は全滅か」
「そういうことだ。お互い、独り身は辛いな」
そう言った途端、風が実にタイミングよく、カサコソとゴミを飛ばしてくる。
気まずさを誤魔化すつもりか、今度はミスティルが司へ尋ねてよこした。
「まだ、忘れられないのか?」
「何を?」と尋ね返した司の顔には、何の表情も浮かんでいない。
これ以上突くのは、まずい。
咄嗟に心の中では警鐘が鳴り響いたが、ミスティルは構わず核心を突いた。
「有希だ。貴様がサリアと添い遂げないのは、有希が貴様の心に」
突然司が立ち上がったので、ミスティルも言葉を切る。

静寂の間が空いた。

ややあって、司が呟いた。
「有希はもう、死んだんだ。シーザーが、この世にいないのと同じでね」
静かな声だった。
後ろを向いているから、彼の表情は判らない。
だが、ミスティルは確かに聞いた。声も出さずに泣いている、司の泣き声を――

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