DOUBLE DRAGON LEGEND

第三十二話 パーフェクト・ピース


皆を不安にさせたリラルルだが、今度こそは忘れることなく無事に偵察を終えて戻ってきた。
そのリラルル曰く、上空から見下ろした風景は――
「白い服の人が、いっぱい居たのね〜。それでね、広場の向こう側には、御殿みたいな大きな建物があったの!」
「御殿?」
ミスティルは勿論、司もシェイミーも首を傾げる。
「そ!御殿。その建物も真っ白で、白い服の人達が周りを警備していたのね」
「警備の数は?」
ゼノが尋ね、リラルルは指折りしながら答えた。
「ん〜……いっぱい!」
彼女らしいアバウトな返事に司は溜息をつき、ミスティルが額に手を当てる。
二人の落胆振りに慌てたか、すぐさまリラルルは言い直した。
「でもね、でもね、武器を持ってる人は一人もいなかったの〜」
「そりゃあ、表向きは平和主義を唱える団体だからね。武器を所持するのは、おかしいだろう」
司は、さらに情報を促す。
「他に変わったものは?」
「ん〜」とリラルルは空を仰ぎ考えていたが、やがて答えた。
「あ!そうそう、御殿の前にねぇ、綺麗な馬車が止まってたの〜。リラルルも、一生に一度はああゆう馬車に乗ってみたいのね〜♪」
馬車の外装までもを思い出したのか、嬉しそうにクルクルと回り出す。
回るリラルルは放置して、ミスティルが司に意見を求めた。
「乗り込んで大人しく話を聞いて帰る……可能だと思うか?」
対して司は即答であった。
「思うね。平和主義を名乗る以上、武力行使に出はしないだろう。MSに生身の人間が勝てる方法でもあるなら、話は別だけど……とにかく今の僕達の目的は、彼らの目的を知ることにある。行ってみよう」


時を同じくして、坂井と葵野もまた、蓬莱都市へ向かっていた。
広場で出会った『パーフェクト・ピース』、彼らと話した会話が二人の耳にこびりついている。
「……ったく、いつまで落ち込んでるんだ?」
不意に坂井が振り返る。
後ろを黙ってついてくる葵野の頭を軽くこづいた。
小突かれて、葵野が頭をあげた。だが、顔色は冴えない。
「あんな風に、面と向かって罵られたのって初めてだったから……ゴメン」
パーフェクト・ピースのメンバーとおぼしき者達に、二人は罵られたのだ。
MSは東大陸から出て行け。人殺しは首都に必要ない――
中央国は葵野、坂井にとっても故郷である。
その故郷から出て行けなどと罵られるとは、思ってもみなかった。
「気にするなっつってんだろ?俺達からすりゃ、あいつらの方が余所者なんだからよ」
奴らは黒髪ばかりではなかった。明らかに西の人間らしき者も混ざっていた。
よそ者に出て行けと命じられる謂われはない。
町中だから大人しくしていたが、坂井の内面はグツグツと煮えたぎり、怒りが収まりきらずにいた。
葵野が一緒でなかったら、奴らの鼻っ柱を一発二発は殴りつけていたところだ。
「でも……」
なおもウジウジ悩む葵野の前に立ち塞がると、ぎゅっと抱き寄せ額に口づける。
「いいか?考えてもみろ」
何を?とばかりに下がり眉で見上げてくる葵野へ、坂井は微笑んだ。
「お前が誰かを殺した事なんてあったか?ないだろ。なら、謂われなき罵倒如きを気に病む必要なんかねぇ」
「そ……そうだね。そうだよね」
ウンウン、と自分を納得させんが為に何度も頷く葵野の腕を取り、少し先を急がせる。
のんびり歩いていては、いつまた何時、彼が暗く落ち込むか判ったもんじゃない。
ピクニックでもあるまいし、のんびり歩いている場合ではないのだ。
一刻も早く、パーフェクト・ピースの本拠地へ向かう必要があった。
今は謂われなき罵倒と無視することができても、この運動が世界各地に広まってしまうのは面白くない。
ただでさえ、西の首都では既にMSの雇用を禁止している。砂漠都市にも、その傾向はあった。
これで東大陸までもがMS禁止の方向へいくとなると、MSの居場所がなくなってしまう。
平和主義を唱えるのは簡単だ。
だが仮に武力をなくしたとして、平和に暮らしていけるのは都会に住む者達だけである。
僻地で外敵に脅かされている人々は、どうするのか。
それに武力をなくしたいだけなら、MSを追放する必要は全くない。
いくら人外のものに変化すると言ったって、MSは人間としての理性がある。
言葉も通じるし、大人しくしろと言われれば、大人しく従うだろう。
なのに、何故MSを追放しろと叫ぶのか?
答えは決まっている。MSの特異な能力を恐れての事だ。
何か問題が起きた時、いつ、その能力が爆発するか判らない。
だから、自分のテリトリーから追い出したいのだ。実に勝手な言い分である。
自分だけの幸せを求めるのは、平和主義ではない。単なる独裁主義だ。
パーフェクト・ピースが唱える一方的な平和主義には、どうしても賛同しかねる坂井であった。
「さ、急ごうぜ。俺の背中に乗れよ」
道ばたでいきなり坂井が脱ぎ始めたので、葵野は慌てて彼を止めに入る。
「ば、バカ!こんなトコで、何脱いでるんだよぉっ」
片っ端から脱ぎ散らかされた衣類を拾って回った。
「虎の格好で行ったら、向こうにも勘違いされちゃうだろ?MSが攻めてきたーって」
「誰が、この格好のままで突っ込むって言ったんだよ。途中までに決まってんだろ?」
坂井も負けじとやり返し、葵野の首根っこを咥えて、無理矢理自分の背に引きずり上げる。
突然の行為に「わ、わわっ!!」と慌てる彼には微塵もお構いなく、走り出した。

白き翼一行は、大した諍いもなくパーフェクト・ピースの代表との謁見が許される。
出てきたのは白髪の混じる頭の、しかし歳は案外若そうな男性であった。
男はクレイドルと名乗る。
「それで」
皆に席を勧めながら、クレイドルが切り出した。
「何をお聞きになりたいのですかな?」
「何を、だと?決まっている」
ミスティルが鼻で笑う。
「貴様らの目的を話せ」
単刀直入な質問に代表は眉を潜め、司が後を続けた。
「砂漠都市で、僕は貴方達の名前を耳にしました。貴方達は、MSを目の仇にしているようですが」
「目の仇?」
またしても、代表の眉がぴくりと跳ね上がる。
彼は肩をすくめる素振りを見せた。
「違いますな、白き翼殿」
「ツカサさんのこと、知ってるんですか?」
シェイミーの問いに、クレイドルは薄く笑い、頷いた。
「えぇ、そりゃあ勿論。歴史を変えた、伝説のMSですからね」
「僕をMSと知っていて通したというのか」と、司。
今度もクレイドルは黙って頷く。
「知っていたのに何故追い払わなかったのか?――と、お聞きになりたいようですね。我々は非暴力組織です。いくらMSが相手だからといって、武力で追い返すほど野暮ではありません」
ならば何故、砂漠都市で司を襲ったのか。
いや、あれらは本当にパーフェクト・ピースの差し向けた軍団だったのか?
そこのところが、ハッキリしない。
「では最初の話に戻るが、貴様らの目的は何だ?」
もう一度ミスティルが問う。
眉一つ動かさずに、代表が答えた。
「世界平和ですよ、もちろん。武力を排除し、世界に平和の火を灯すのです」
「じゃあ、ボク達MSのことは、どう思っていますか?」
核心を突いた質問をしたのは、シェイミーだ。ちろりと嫌な目で彼を見たクレイドルは、小さく首を振る。
「MSの力は、あまりに強大で暴力的すぎる。もしMS同士でも争いが起きれば、この世界は崩壊してしまうでしょう。そうならない為にも、何かの策は必要です。そう……例えば、武力放棄を呼びかけるなど」
どう思っているのか、という探りは華麗に無視された。
「武力放棄?ボク達に変身するなって言いたいの?」
代表が大きく手を広げ、感激のポーズを取る。
「その通りです!MSさえ武力を封じて下されば、世界平和も夢ではありません」
少々芝居がかった態度に、呆れの溜息が聞こえた。ついたのはミスティルだ。
シェイミーは聞こえなかったふりをして、クレイドルに話を併せる。
「そうすれば世界が平和になるって言うなら、ボクは従うよ。でも」
シェイミーの言葉を拾って、ゼノが締めくくった。
「全てのMSが承諾するとは思えぬ」
「そう!そこなのです、問題は」
大袈裟な手振り身振りを加えて、代表が激高する。
「ですから我々は武器を持つMS、及び殺戮意思しか持たぬMDを、この地上からなくそうと考えております」
唐突に飛び出してきた物騒な発言へ、間髪入れず司が聞き返す。
「どうやって?」
「どんな手を使ってでも、です!」
答えるクレイドルは、目が血走っている。
「え、でも平和主義なんでしょ?」
いきなりの変貌っぷりに、シェイミーが突っ込むも。
代表の勢いは衰えず、クレイドルはツバを飛ばして演説した。
「崇高なる使命の為に!我々は鬼と呼ばれても、この地上に平和をもたらしたいのですッ。たとえ後世に我々が悪と記されようと、平和を守るためなら、この手を汚すことも厭わないでしょう!」
言っていることが無茶苦茶だ。
平和の為に武器をなくすという話だったはずなのに、いつの間にかMS抹殺にすり替わっている。
しかも彼は矛盾に気づいていないばかりか、武力行使による解決を必要悪だと言い切っている。
危険思想極まりない。
なおも輝いた瞳で狂弁をふるうクレイドルを冷めた目で見つめ、ミスティルが小さく吐き捨てた。
「くだらん。所詮は我が物顔で独裁者を気取りたいだけの似非平和主義か。どうする?司。潰すか」
「いや……」
司は思案する。
「彼らを大人しくさせるのは簡単だ。だが、僕達から仕掛けるのはまずい」
司のほうから仕掛ければ、相手に大義名分を与えることになる。
パーフェクト・ピースだけが敵だというなら問題ないが、全世界の人間まで敵に回すのは得策ではない。
それに、今は美羽がMSの社会反乱を企てている。
もし両者がぶつかれば、前大戦など比ではない規模の戦争が起きるだろう。
迂闊な行動を取るわけにいかない。
「――質問は、以上ですかな?」
狂気の消えたクレイドルが、皆の顔を見渡した。
すっかり脅えた表情のシェイミーが真っ先に頷き、司とミスティル、遅れてゼノも立ち上がる。
リラルルは着席したままで、ミスティルを見上げた。
「あら?皆、どこか行くの?」
ぽん、と彼女の頭を軽く叩き「帰るぞ」とミスティルは踵を返す。
司が一同を代表し、嫌味を含めた一言を放った。
「あなた方の目的は判りました。だが武力行使によるMS排除は、サリア女王の唱える平和主義とは大きく異なるようですね。サリア女王は、あなた方の結論を悲しく思うことでしょう」
司の嫌味を真っ向から受け止め、クレイドルは動じることなく笑顔でやり返す。
「サリア女王こそ、判っていないのです。平和を口にするだけならば、誰にでもできる。問題は、どうやって平和な時代へ民衆を導くか。民を率いる力があっても使いこなせない権力者とは、なんと愚かなのでしょう」
司とクレイドル、両者は睨み合いを続けていたが、やがて司が先に視線を外す。
といっても、弱気になったのではない。
ここで睨み合っているのは時間の無駄と判断したのだ。
「では、僕達はこれで失礼します。お忙しい処、お時間を割いていただき、ありがとうございました」
「伝説のMSとお話しできたこと、誇りに思いますよ」
背中にクレイドルの社交辞令を受けながら、司は傍らのミスティルへ、こっそり囁いた。
「パーフェクト・ピースを倒すには、こちらも根回しが必要だ。予想外の敵を増やさないよう、一旦西に戻って、サリア女王と相談してみよう」
慌てて席を立つリラルルを視界の隅に捕らえながら、ミスティルも頷く。
「弱気だな。だが、貴様がそう決めたのならば逆らう理由もない」

司達が帰った後。クレイドルの部屋を、訪れた者がいる。
「白き翼に色々と吹き込んでいたようだが。大丈夫なのかね?」
真っ白な顎髭を伸ばした初老の男が尋ねるのへ、振り返りもせずにクレイドルは答えた。
「我々を危険分子と見なして攻撃を仕掛けてくるなら、それこそ望むところです」
「奴は西のサリア女王に援護を求めるだろう。そうなれば、状況は悪化するぞ」
クレイドルが肩をすくめる。
「首都が我々を攻撃してくると?そいつは、ありえませんな。老師M」
「そうではない」
Mと呼ばれた老人も反論する。
「サリア女王、そして白き翼が群衆を味方につけたら、どうすると聞いているのだ。あの小娘のカリスマ性を侮ると、泣き目を見るぞ」
どこまでも心配性な老師Mを小馬鹿にした視線で一瞥すると、クレイドルは言った。
「切り札があります」
「切り札?」
「あの男を差し向けましょう。MS同士の醜い争いを、サリアの前で展開させるのです」
「あの男を使うのか……しかし、どうやって焚きつける?」
老師の問いに、クレイドルは己の頭を小突いてみせる。
「あの男は、MSでありながら我々に協力的です。マスターの為に役に立つと言えば、すぐにでも飛んでいきましょう」
一礼して、部屋を出て行くクレイドルを老師Mは見送った。
「……全く、あのような小者に、この場を任せるとは……」
つい愚痴が口をついて出る。窓から地平線を眺め、老人は溜息もつく。
「一体何を考えておいでなのだ、K司教は……」


帰路の途中で、司は葵野と坂井の二人と合流する。
二人を引き留め、これまでの事を話した司に、坂井の態度は冷たかった。
「で?代表とやらに挑発されて、白き翼サンはノコノコと引き下がったってかァ?」
俺ならその場でハッ倒すね、と挑発されて、司も強気でやり返す。
「相手の挑発にまんまと乗るのは、考えなしの単細胞だけだ」
ミスティルも横から同意する。
「我々から仕掛ければ、それこそMS撲滅の口実を与えるきっかけになる」
てっきり坂井と同類だと思っていた彼までもが司と同じ意見をいうので、葵野は驚いた。
司が思案げに呟く。
「恐らく、彼らは僕らがサリアに相談するのも見越しているだろう」
「じゃあ、どうすんだよ?美羽や該も呼び戻して、西の首都に集合すんのか?」
苛々した調子の坂井を宥めたのは、シェイミーだ。
「それじゃサンクリストシュアが攻撃されちゃうよ。MSを匿っているという罪で」
「じゃあ、どうすんだよ?」
先ほどと同じ問いを、坂井が険悪な表情で繰り返す。
素っ頓狂な声が、横から割り込んできた。
「少しは頭を使うんですのー!」
おかげで余計に坂井の眉間には、無数の縦皺が寄った。
「あァ?」
いくら坂井が筋肉馬鹿でも、同じく単細胞のリラルルに馬鹿呼ばわりされる筋合いはない。
しかしながら根っから脳天気なリラルルには坂井の睨みが効くわけもなく、得意げに話し始めた。
「首都は壊滅寸前、砂漠都市は壊滅。でも、この二つだけが西にある都市ではないのね」
「森の都カルラタータ?」
小さく呟いた葵野は、すぐさまゴチンと坂井に殴られる。
「あいたっ!」
「アホか、カルラタータにゃ財団の残党がいるだろうが!あんな物騒なトコに行けっかよ」
仏頂面の坂井の側で、リラルルも付け足す。
「そうね、カルラタータもあるけど、でも行くのは、そこじゃないのー」
いい?と皆を見渡して、地面の上に簡素な地図を書き出した。
「昔々、サンクリストシュアが出来る前は、カルラタータが首都だったのね。だから森の都を囲むようにして、東西南北に都市があったの。今は、殆どが廃墟だけど」
「その廃墟に身を隠すつもりか?」と坂井が呆れ目で尋ね、司は頷いた。
「そうだ。旧クリュークに、サリア女王や美羽を呼び寄せる。伝令はリラルル、それからミスティル。二人に任せる」
「キャーッ、またミスティルと二人旅なのねー!今度こそ婚前旅行にしてみせるのね!」
命じるや否や甲高い声でリラルルが嬉しい悲鳴をあげ、ミスティルは口をへの字に結ぶ。
おかげで、司は慌てて訂正しなくてはならなくなった。
「違うよ、リラルル。美羽とサリアの処へ、それぞれ向かって欲しいんだ。急いでね」
「だが女王を呼ぶのはいいとして、美羽の居場所はわかるのか?」
まだムッツリと不機嫌なミスティルが問えば、司はしばらく考え込んでいたが、ややあって顔をあげた。
「……大丈夫だ。今、該から連絡があったよ。西の波止場にいるから、迎えに来てくれってさ」
「なら、全員で迎えに行ってやろうぜ?どうせ道中だ」と坂井が言い出して、結局全員でサリアと美羽達を迎えに行った。

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