DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十五話 砂塵に消ゆ


財団の追っ手が迫るという話は、該経由で美羽へ伝わる。
時を同じくして、博士達も別のニュースを掴んでいた。
「なんだって!?テメェ、その話はホントなのかよ!」
襟首をつかまれて研究員は、大いに怯えながら坂井へ謝った。
「ホントだ、すまん!なんだか判らないが、とにかくスマン!しかし、この話はホントなんだ!」
すぐさま「落ち着いて下さい!」と、アリアが間に割って入り、重ねて尋ねる。
「砂漠都市が出撃したとなると、私達も動かなくてはいけないのではありませんか?」

――砂漠都市のMS部隊が、財団の残党狩りを始めた――

砂漠都市を治める若き王キュノデアイスは、首都サンクリストシュアのサリア女王を敬愛している。
彼にとって、首都を攻撃した財団には遺恨もあろう。
まわりには気づかれぬよう、出撃の準備を整えていたに違いない。
この知らせを受けて一番動揺したのは、砂漠王の忠実なる家臣アモスだった。
「馬を用意してくれ!すぐに戻らなくては、我が王を守らなくては!!」
真っ青になって立ち上がる。その声に応えたのはリオだ。
外で作業していた彼も研究員の騒ぎに興味を覚え、立ち聞きしていたものらしい。
「俺の背に乗ってくれ」
見る見るうちに素足は蹄へ変わり、体中が茶色の毛で覆われてゆく。
馬と変化したリオに飛び乗ると、アモスが号令をかける。
「砂漠都市まで!全力疾走だ!!」
「待って下さい、リオ、アモス!二人だけでは――」と司が止めるのも聞かず、砂煙と共に走り去った。
声もかけられぬまま置いてけぼりにされたアリアは、まともに狼狽える。
「ど、どうしましょう?私達も行かなければならないのでは?」
先ほどと同じ発言を繰り返し、そこへDレクシィと美羽、それから該とミスティルが戻ってくる。
「何があった?砂煙を上げて走り去っていった奴がいたようだが」
ミスティルの問いには、司が応えた。
「砂漠都市が兵を出したんだ。アモスとリオが先行している、僕らも急いで追いかけよう!」
ところが美羽もミスティルも、平然としたもので。
「あぁら?追いかける必要はないのでは、ございませんこと」
なんでだよ、と尋ね返す坂井へは該が美羽を代弁する。
「俺達まで動いては、逆にこのキャンプが危なくなる」
「このキャンプ……って、エジカ博士が?」
尋ね返す葵野へ頷き、美羽は研究員を振り返った。
「奴らの目的はMSを誘き出す事……その為には、エジカ博士を人質に取る策も充分考えられますわぁ。そうなってから、では遅いのですわ。ねぇ、そうではなくて?」
話を振られ、戻り損ねていた研究員は、おずおずと頷く。
「じゃあ、ここで奴らを待ち受けるのか?それはいいとして、あっちはどうすんだよ。リオとアモスが加わった程度で勝てるのか?」
坂井が口を尖らせる。美羽は肩を竦め、ナンセンスとばかりに首を振った。
「あちらには、五十からのラクダ部隊がおりましてよ。数の上では互角、ですわねぇ。そこへリオとアモスが加わるのですもの、雑魚MDの残党ぐらいならば、わけもなく倒せましてよ」
「しかしよ」と坂井は、まだ不満そうだ。
「アモスのオッサンはともかく、リオの野郎は戦力になるのか?」
「リオは、あれでもMSの端くれだ。足の速さばかりではない、脚力もある。馬鹿にしないでもらおうか」
リオを庇ったのはアリアではない。なんと、彼女の兄のコーティだ。
この発言には坂井のみならず、兄は彼を嫌っているのだとばかり思っていたアリアも驚かされる。
「身内びいきってやつじゃねーのか」と呟く坂井を押しのけて、アリアはキラキラした目で兄を見つめた。
「兄様……兄様は、リオのことを信じていらっしゃったのですね!口では辛辣に扱っていても、本当は」
妹の弁を途中で遮ると、コーティはクルリと背中を向ける。
「あいつは、お爺様の助手だからな。このような戦いで負けてもらっては困る」
百パーセント信頼しているというわけではなさそうだが、コーティにも色々と思うところがあるのだろう。
「該、それよりも見回りでおかしな点はなかったのか?」
不意に司に話題を振られ、該ではなく美羽が答えた。
「そうでしたわぁ。砂漠都市の話で忘れるところでしたけれど」
先ほどの話を皆にも伝えると、部屋は、ざわめきで包まれる。
「ひ、東から……!?」
今度は葵野の顔が真っ青になり、坂井が憤然と扉へ走っていく。
「待て、坂井!母国が心配なのは判る、しかし今はここを死守しなければ駄目なんだ!」
走り出す彼を司が呼び止め、坂井は勢いよく振り返った。
「判ってる!!だが、来る敵を待ちかまえるなんざぁ、俺の好みじゃねぇッ」
のっそりとミスティルも扉へ近寄り、不敵な笑みが坂井を捉える。
「打って出るか。さすがは虎の印、俺と考え方がよく似ている」
「てめぇも同じ考えだってか?話が早くて助かるぜ」
坂井も笑い返し、視線をミスティルから葵野へ移すと怒鳴りつけた。
「おい、葵野!お前は部屋にいろ、俺達が先手を打ってきてやる!!」
言うが早いか虎へ変化し、思いっきり体当たりで扉をぶち破って出ていった。
その後を赤い炎に包まれた鳥が、バサバサと追いかける。
「え、ちょ、ちょっと坂井!?待ってよ、俺も行く……」
置いてけぼりはたまらない、とばかりに慌てる葵野、その脇をするりと抜けたのは美羽だ。
「あぁら、戦えない者が戦場に出てきても邪魔なだけですわよぉ?いいからアナタは、そこのヒツジやウサギとご一緒に、部屋で震えてお待ちなさぁい」
ぐっさりと根元まで傷つくような一言を去り際に残して、黒く小さな蛇は音もなく立ち去った。
図星を指され、「うぅ」と蹲る葵野を心配してアリアが背中を撫でてくるのが、余計屈辱だ。
こともあろうに東の第一王子ともあろう者が、変身できても戦えないアリアやタンタン、女子供と同じ扱いを受けるとは。
婆様に言い訳もできない。
今の瞬間こそ、葵野は変身できない自分を恨みに恨んだ。
「……該、君は此処に残れ。エジカ博士を守るMSも必要だ」
出遅れた司に命じられ、該は葵野、アリア、レクシィと順番に眺めて、最後に首を真横に振った。
「いや、それはお前の使命だ。俺は美羽を守る」
「該、美羽は一人でも戦える。でも葵野くんやアリアは一人じゃ戦えないんだぞ?」
説得を横で聞き、葵野は一人ショックを受ける。
美羽や坂井だけでなく司にまで戦力外通知を出されていたと知り、情けなさで泣きたくなってきた。
そんな葵野の心情など知る由もなく、司はさらに該を諭す。
「それに、弱き者を守るのは僕の役目じゃない。騎士である、君の役目だ。いいか、効率の面で見ても僕の能力より君のほうが、防衛としては向いているんだ!」
該の能力?
アリアも傍らで二人の会話を聞きながら、首を傾げる。
十二真獣の能力については語り部の記憶があるから、朧気ながらも知っていた。

子の印、人に治せぬ毒を植えつける。
丑の印、狂いの生じた心に正気を蘇らせる。
寅の印、人に治せぬ傷を与える。
卯の印、心を穏やかにさせる。
辰の印、人の傷を素に戻す。
巳の印、人の心に傷を宿す。
午の印、多くの者に勇気を与える。
未の印、多くの者に眠りを与える。
申の印、人の心より正気を取り除く。
酉の印、記憶を書き換える。
戌の印、真心を植えつける。
亥の印、言葉を風に乗せる。

言葉を風に乗せる――
大方、通信機や電話を使わずして遠くの者に言葉を伝える能力、といった処だろうか。
しかし、その能力が司の言うように護衛に適しているのかは怪しい。
今の敵は、数に物をいわせて攻め込んでくるような輩である。
言葉を風に乗せている暇もなく、攻め込まれてしまっては意味がない。
不安が表に出てしまっていたのだろう。アリアを見て、司が僅かに微笑んだ。
「そんなに不安そうな顔をしないで下さい。君とタンタン、それから葵野くんを守れるだけの強さが該にも、ありますよ。彼だって伝説の勇者なのですから」
その該は、美羽が呼びに来てくれないかと戸口を眺めていたようだが、司に促されアリアへ振り返る。
「……だ、そうだ。俺が、お前達を守る」
なんとも頼りない一言だが、少なくとも護衛が該でタンタンは納得した様子。
「で、ガイはそれでいいとしてぇ、白き翼サン、あんたはどーすんのぉ?」
ちら、とショボくれている葵野を一瞥してから、司は踵を返す。
「僕は砂漠都市へ向かいます。予感が正しければ、財団は都市へも攻め込んでくると思いますから」
「砂漠都市へ?」と尋ね返したのはアリア。
「でも、都市へはリオとアモスが向かったのでは?」
振り返りもせずに、司は答えた。
「砂漠王は首都の仇討ちと称し、五十のMS部隊を率いて都市を出ました。では、手薄になった砂漠都市は誰が防衛するのですか?今、あの街にMSは一人もいないはず」
「そっか!リオとアモスがどんなに急いでも、合流するのは都市の外だよね」
タンタンが合点し、司が頷く。
「えぇ。既に砂漠王は街を出ています。今が一番危険なんです」
その背中に羽根が生え、司は四つんばいになると、瞬く間に白い犬へと変化した。
「該、僕が戻るまでの間を君に任せる。万が一負けそうであれば、伝達してくれ。すぐに駆けつける」
「判った」
該は短く頷き、白い犬は床を蹴って窓から飛び出していった。
残された葵野はボーッと司を見送った後、不意に騒がしくなってきた表の様子に肩をびくつかせる。
「な、なんだろ……もう来たのかな?」
該も耳を傾けていたが、「違う。騒いでいるのは坂井達だ」と首を真横に振り、窓から外の様子を伺った。

最初に気づいたのは、先頭を走っていた坂井であった。
急停止で立ち止まると、追いかけてきていたミスティルと美羽へ叫ぶ。
「おい!前に見えてる、ありゃあ、何だ!?」
彼の指さす方向へ目を凝らし、ミスティルが唸る。
「俺には、砂嵐のように見えるが」
「同感ですわねぇ」と足下の蛇も頷いている。
「砂嵐ですわぁ、それも恐ろしく巨大な」
天まで届くのではないかという大きさの砂嵐は徐々にだが、こちらへ近づいてきているように見える。
「砂嵐だって!?」
泡食った坂井は二人に尋ねる。
もし、あの砂嵐がエジカ博士のキャンプを直撃したら、どうなるのか?
二人は揃って同じ答えを出した。
キャンプなど跡形もなく吹き飛んで、皆死亡するだろう。
「冗談じゃねェぞ!葵野が死ぬなんて、あってたまるか!!」
常識的な回答に坂井は額に青筋を立てて怒り出し、元来た道を引き返し始める。
「ちょっと!先手必勝とおっしゃっていたのは、どこのどなただったかしらぁ?」
美羽が引き留めるのへは鬱陶しそうに首だけで振り返り、虎は怒鳴った。
「うるせぇ!人為的な攻撃なんざ俺達でも何とかなるが、自然災害は俺達だけじゃどうにもならねぇだろうがッ。博士に教えて、何とかしてもらわねぇと」
「今から戻って何とかできるのか?」
ミスティルのツッコミにも坂井は腹を立てて怒鳴り返す。
「何とかならなくても、ならせるんだ!!別に砂嵐自体を、どうこうしろと言ってるんじゃねぇ。あの場から全員を避難させる、それだけで充分だろうが!いいか?エジカ博士が死んじまったら、石板を掘り当てても意味がなくなっちまうんだぞ!?」
坂井の怒りとは対照的に冷静なミスティルは、黙って肩を竦める。
「別に博士がどうなろうと、俺の知った事ではない」
「……でも、あの場には該もおりますし」
美羽も足を、いや這うのを止め、キャンプを振り返った。
当然ついてくるだろうと思っていた該がついてきていないことへ、密かに腹を立てながら。
「ワタクシも戻って伝えるに一票ですわぁ。ついでに該を叱っておかないと」
そうして戻ってきた三人は、真っ先にエジカ博士の研究室へ突っ込んでいった。
騒ぎはコーティ経由で、すぐに葵野達へも伝えられる。
キャンプは一転して慌ただしくなり、皆は持てるものから片っ端に荷物としてトラックへ放りこむ。
研究材料、機材、資料。生活用品に衣類。思った以上に荷物は多い。
こうしている間にも砂嵐は一刻、また一刻とこちらへ近づいてきているのだ。気が気ではない。
財団の追っ手とやらも、こちらへ向かっている。
ミスティルと該の感知したのが彼らであるならば、そろそろ影が見えてもおかしくない頃だ。
てんやわんやの中、激しく扉を開けて飛び込んできた者が居る。
「大変なのねー!黒い影が、大群でコッチに向かってきてるのね!」
リラルルだ。
いつもは脳天気な彼女らしくもなく、手振り身振りつきで叫んでいる。
言っている側から、財団の追っ手が到着してしまったようだ。
絶体絶命とは今の状態を指すのかもしれない。
「西の砂嵐、東の大群か……前大戦並に忙しくなってきたな」
何故かミスティルは嬉しそうである。彼に掴みかかり、コーティが口から泡を飛ばす。
「喜んでいる場合か!えぇい、これというのも貴様達が一箇所に集まりすぎているから!!」
「兄様、やめて!今は仲間割れをしている場合ではないんですっ」
即座に妹に宥められ、それでも興奮収まらずコーティは葵野にも八つ当たりした。
「大体、東の軍隊は何をやっているのだ!?財団如きの兵力も壊滅できんで、よく軍隊などと言えたものだな!」
負けじと葵野も言い返す。
「普通の人間に、殺戮MSやMDが止められるはずないでしょう!」
東国が、どうなっているのか。
婆様やリッちゃんは無事なのか?
それを一番心配しているのは、葵野である。
コーティに何やかんやと言われる筋合いはない。
「虎の印、俺は先に出る。荷物を積み終えたら、貴様も来い」
鳳凰がトラックを離れる。
坂井も頷き、真っ青な顔でブルブルと拳を震わす葵野へ労りの言葉を投げかけた。
「葵野。婆さんやリッコが心配だろうが、なぁに、すぐに此処を切り抜けてやる。少しの辛抱だぜ」
だが歩きかける虎の尻尾を、ぎゅっと握る奴がいる。
ぐいっと引っ張られる形になって、坂井はムッとした顔で振り返り、そして驚いた。
シッポを握りしめたのは、なんと葵野で、顔色は真っ青のまま睨みつけてくるではないか。
「お、俺もいく!お前が何と言おうと俺だって……俺だって、戦うんだ!!」
「ハ?馬鹿言ってんなよ、変化できないお前がどうやって戦うつもりなんだ?」
「そうですわぁ、足手まといの小龍様は荷物運びの手伝いが関の山ですわよぉ」
横合いから口出ししてきた蛇をも睨みつけ、葵野は尻尾を握る手に力をこめる。
「うるさい!戦うといったら戦うんだ!俺だって男なんだぞ、それに……東国の王子として、この戦いに参加する義務がある!」
握られたほうは、たまったものではない。
「アダダダダ!」
いくら、か弱いといっても葵野は成人男子。
このままギュッとされていたら、絞った雑巾よろしく尻尾がシワクチャにされそうである。
「わ、わかった、わかったから尻尾を放しやがれ!」
涙目で懇願する坂井に、ようやく尻尾を離した葵野は、嬉しそうに虎の頭をナデナデした。
「判れば、それでいいんだよ。坂井。じゃ、行こうか!」
「ったく……しょうがねぇなぁ、俺の背中に乗りやがれ。ただし、今回だけだぞ?」
坂井も渋々背中を向け葵野が乗ったのを重さで確認すると、勢いよく地を蹴って先に出た鳳凰を追いかけ走っていった。
「……仲のおよろしいですこと」
虎の背中を呆れ目で見送り、美羽が振り返る。
該に、ひたと視線を据えた。
「この一大事に、白き翼は何処へ行きましたのかしらぁ?」
該は何故か視線を外して応える。
「砂漠都市へ向かった。都市を一人で守るために」
「それで?彼はアナタに何か伝言を残していったのかしらぁ」
「……博士を守れと。万が一の時は伝達の力で知らせろと言っていた」
「博士を……ね。ですが、ここはもうすぐ砂嵐に襲われるのでしてよ。ならばアナタが博士を守る義理は、これで消滅した事になりますわねぇ?」
彼女は遠回しに言っている。
ワタクシが戦いに行くのだから、アナタもついてこい――と。
ついてこなければ、恐ろしいお仕置きが待ち受けているに違いない。美羽は、そういう女なのだ。
ますます該の視線は美羽を避け、彼は俯きながらボソボソと呟く。
「いや。移動中がもっとも危険な状態だ。俺は博士達を安全な場所まで護衛する義務がある」
トラックの窓から、荷物を積み終えた研究員が該へ声をかけてくる。
「おい!準備完了だ、俺達は何処へ向かえばいい!?」
ひとまず逃げる準備は整ったものの、肝心の避難場所が判らないときた。
港町は駄目だ。財団に押さえられている可能性が高い。
かといって一番近い砂漠都市は、戦場になる恐れがある。
首都へ逃げ込む事も、まかりならず。
当然ながら森の都も駄目だ。あそこは財団の本拠地なのだから。
「どこへ逃がすおつもりですの?」
美羽にも尋ねられ該は一瞬怯んだものの、すぐに答えは見つかり、トラックを見上げた。
「このトラックは山道を走れるのか?」
該の問いに、美羽が眉を潜める。
「山道?まさかアナタ、山頂へ逃げるおつもり?気は確かなのかしらぁ?」
それには構わず研究員の返事がイエスと判ると、該は指示を出した。
「北に死火山があっただろう。あの山に登る。山の中ならば、大群も降りてこられない」
本気でゲリラ戦に持ち込むつもりのようだ。
確かにMDの大群は舞い降りれないだろうが、山道をトラックで登るなど自殺行為に等しい。
もし崖から落ちようものなら、あっという間に全滅だ。
美羽は呆れ、同時に恋人が心配にもなった。
第一、ついてこいと命じている美羽をさしおいて、司の命令を優先するのが気にいらない。
彼は美羽と一緒にいるのが、一番安全なのだ。
前大戦でだって、美羽が何度も命を救ってやったではないか。
「該、自殺願望は早すぎるのではなくて?」
苛ついた表情で諫めたのだが、該は意外やヒラリと軽い身のこなしでトラックに飛び乗ると、逆に美羽へ助言をかけてよこしてきた。
「美羽、追っ手の集団が一つだけとは思えない。二波、三波の波状攻撃を用心しろ」
「なっ」
美羽が引きつって言葉をなくしている間に、トラックのエンジンがかかる。
「よし!出発だ」
激しい砂埃で視界を奪われる。
涙目でケホコホやっているうちにトラックは出発し、美羽は該へ別れの挨拶を言いそびれてしまった。
思わず、口から飛び出したのは悪態であった。
「……もうっ!該のバカ、オタンチンッ!!」
第二波、第三波に注意しろですって?
その程度の先読み、ワタクシができないとでも考えているのかしら。
大体ワタクシの言い分を、まるっきり無視して話を進めるなんて。
いつから、そこまで偉くなったのよアナタは!
「ワタクシをコケにして……該、覚えていらっしゃぁぁい!」
彼女は涙目で騒いだが、とうに走り去ったトラックまで聞こえるとは到底思えなかった。


「あっはははは!いい気味っ。見たぁ?あのオンナの顔ォ〜。バッカみたいにポカンとしててェ」
トラックではタンタンが笑い転げ、研究員が苦笑いする中、憂鬱に暗く落ち込む該を励まそうとアリアが近寄ってくる。
彼が落ち込む理由は判っている。
恋人にして絶対の存在、美羽に逆らってしまったからだ。
美羽は理解してくれないかもしれないが、該も恐らくは悩んだはずだ。
司の命令を優先するか、それとも美羽の元へ残るか。
結局彼は、か弱き者達を守る命令を優先した。
白き翼同様、騎士も根は真っ直ぐなMSなのだ。
伝説のMSには性格が二通りある。
一つは司や該のように、弱気を守り強きを挫く正義の味方的な性格の持ち主。
会った事はないが、死んだ前の神龍・葵野有希も、性格は司に近かったのではないかと思われる。
葵野力也を見ていれば、簡単に予想できた。彼は変身できないが、性根は司に近い。
もう一つは美羽やミスティルのように、殺戮に身を溺れさせる勝ち気な性格の持ち主。
今は同じ方向に進んでいるから良いものの、一歩間違えば彼らは悪と呼ばれてもおかしくない。
悪の本質とは、殺戮である。
殺すから、憎まれる。
簡単な道理だ。
白き翼や騎士は、無益な殺しを一切行わなかった。
反対に、鬼神や死神の英雄譚は死体の山で築かれている。
たまたま司や該と一緒にいたからこそ、二人は英雄と呼ばれたのだ。
どうしても二人を好きになれないのは、正義のためにやむなく人を殺したのではないからだ。
そこまで考えて、アリアは該を見つめた。
該は、何故美羽に従っているのだろう?いや……美羽の何処が好きなのか。
伝説のMSではないが、葵野と坂井も全く正反対の性質である。なのに、あの二人は仲がよい。
反対であればあるほど、惹かれあう何かが存在するというのか。
視線に気づいたのか、該が顔をあげる。
「……何か用か?」
陰気な表情で尋ねてくるのへ、アリアは、にっこり微笑み、彼の側へ腰を下ろす。
「あなたが落ち込んでおられるようでしたので、少しお話をしようかと。ご迷惑でしたか?」
「いや……」
緩く首を振り、ふと該はトラック内へ視線を走らせる。
「どうかしましたか?」
アリアの問いに、彼はポツリと呟く。
「……レクシィが、いない」
「え!?」と驚き腰を浮かしかけるアリアを見て、慌てた該は彼女を押さえつけた。
走っている車の中で急に立ち上がるなど、危険ではないか。
いくらレクシィの身を案じたとはいえ、アリアにしては迂闊な真似をするものだ。
「美羽の元へ残っているのなら、大丈夫だ。彼女は美羽が守ってくれる」
キャンプを出る前、仲良くなっていた二人の姿が脳裏に浮かぶ。
そうだとも。
美羽に任せておけば、安全だ。
彼女は強い。レクシィ一人を守るなど、造作もあるまい。
リラルルもいないようだが、あの子はミスティルが何とかするだろう。
アリアは眉を潜め「そう……ですか?」と、どうにも信じられないようであったが、一応腰を下ろす。
「美羽さんのこと、随分信用なさっているのですね」
そうだ。信用している。当たり前じゃないか。
「そうですよね。該さんが、そうおっしゃるのでしたら、私も信用する事にします」
だが――たった今、彼女を裏切ってしまった。
司の約束を守るために、彼女のお願いを無視した。
再び落ち込みかける該の心を救ったのは、身を寄せてくるアリアの暖かさであった。
「でも該さんがこちらへ同行して下さって、助かりました」
「……え?」と顔をあげると、意外や近くにアリアの顔があり、該はガラにもなく緊張する。
馬鹿な、何を緊張する事があろうか。
アリアはまだ、十代そこらの子供だというのに。
「皆残ってしまったら、私とタンタンだけで、お爺様達を守らなくてはいけませんから。責任重大です。いえ……守りきれる自信も、なかったんです。だから。同行してくれて、本当に助かりました」
さもあらん。眠らせる力だけでは、守ろうにも守りきれまい。
それにタンタンが戦力になるかと聞かれれば、葵野とドッコイドッコイだとしか答えようがない。
兎に変身するMSが弱いというわけではない。
十二真獣の中にだって、兎に変身する奴はいたのだ。
タンタンが十二真獣の一人、卯の印だったとすれば、アリアの負担も、もう少しは軽くなっただろう。
人の心を穏やかにさせる能力。今の荒んだ世の中には必要な力だ。
視線の先で美羽の悪口を肴に盛り上がるタンタンを見つけ、該は緩く首を振った。
まさかタンタンが卯の印だなんてことは万が一にも、ありえない。
あれの性根の曲がり具合はサーカスに居た頃から、よく知っている……
気づけばアリアに、じっと見つめられている。
該は己が会話の途中でボーッとしていた事に気づき、赤くなった。
「……だが、油断は禁物だ。山についてからが本当の防衛になる。気を引き締めてかかってくれ」
「はい」
傍らにアリアの暖かさを感じつつ、該を乗せたトラックは砂漠を無事に抜けて平原に差し掛かった。

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