「そういやぁ、よ」と、思い出したかのように坂井が葵野を見やる。
「お前、財団の奴らに拷問されてたんだってな?それにしちゃあ、よく耐えられたじゃねぇか」
葵野力也の根性のなさっぷりには定評がある。
MSへ変化できない以前に、成人男性としても非力で臆病、およそ傭兵向きの性格じゃない。
坂井の疑問に、葵野は少し照れたように頭を掻いた。
「……変な事を言うかもしれないけど。拷問が始まる日の前の晩にさ、夢を見たんだ」
「夢?」と怪訝にしかめっつらをする坂井へ頷き、続ける。
「うん。姉さんの夢」
姉さんというのは葵野有希、先代神龍である。
葵野の説明によると、夢の中で有希は弟に言ったそうだ。
これから先、力也が痛い思いをするような事があっても、私が必ず守ってあげる。
貴方に痛い思いなんて、絶対にさせない。
だから心配しないで。
私は、いつでも貴方と一緒にいるから。貴方を守り続けるから――
そう言って、夢の中の有希は微笑んだ。
はたして言葉通り、角材で殴られようが性暴行を受けようが、力也は全く痛みを感じなかった。
「不思議な力……っていうのかな、優しい力で守られてるような感じだったんだ」
嬉しそうに語っていると、いきなり腕を強く引っ張られた。引っ張ったのは坂井だ。
眉間に思いっきり縦皺を寄せ、ドスのきいた低い声で詰め寄ってくる。
「それより性暴行って!まさか、ぶっ込まれちまったのか!?」
下品な言い方にコーティは眉をひそめ、アリアが赤面する。
葵野も赤くなって坂井を窘めた。
「ぶ、ぶっこまれるって、その、大丈夫だってば。痛くなかったんだから、心配しなくても」
「でも、入れられたんだろ!?ちょっと、こっち来い!俺が洗ってやる!!」
ズルズルと坂井に強引な力で引っ張られ、葵野も部屋を出ていった。
「しゃ、シャワーは浴びたよ?だからもう、汚くないって!」といった抗議の声を残しながら。
扉がバタンと閉まるのを見ながら、該が司へ話題を振る。
「……どう思う?」
「有希の力が彼に感染、或いは憑依している可能性……か?」
司が尋ね返し、該は頷いた。
「あぁ。有希は死ぬ前に義弟へ力を移した。何かしら制限がありそうではあるが……敵対する者、あの頃はB.O.Sがそうだったが、奴らの目を攪乱させるには充分だ」
十二真獣は、MSを根絶やしにしようと企む者達にとって最大の敵である。
「ありえない話ではありませんわねぇ。龍の印がいるのといないのとでは、MSを仇に狙う者達の動きも変わってまいりますもの」
龍の印が持つ力は、治癒だ。傷を受ける前の状態にまで戻す。
敵対する側から見れば、強い攻撃力を持つ輩よりも厄介な存在だろう。
「ですが、有希が彼を十二真獣だと宣言したのは何故かしらぁ?可愛い弟を戦火に巻き込みたかった……とは思えないのですけれど、あの子の性格を考えると」
美羽は首を傾げたが、司は暗い顔で俯くと彼女の問いに応えた。
「恐らくは、東国の面目と国民の意志を高める為ですよ。有希の意志ではなく。B.O.Sと戦うために、神龍というシンボルが、あの国には必要不可欠だったのです」
「人身御供か」
ポツリと該が呟き、司も無言で頷きかえす。
四人の中で、ミスティルだけが納得いかないといった顔で混ぜっ返してきた。
「けどよ、憑依なんて意図的に出来るもんなのか?死ぬ間際の朦朧とした状態でさ」
「ワタクシは死んだ事がないから断言できませんけれど……アナタの力が分かれたように、死んだ者が他者に憑依することだってあるのではなくて?」
美羽は肩を竦める。
結局、今の会話で判ったのは、葵野力也がMSではないという疑惑が深まっただけであった。
葵野の奇妙な打たれ強さのカラクリが判って、妙に納得した反面がっかりした。
アリアが彼を十二真獣だと誤診したのは、憑依していた有希の存在を感じ取ったせいなのでは?
該に問われ、アリアは俯いた。
「……判りません、でも……葵野さんが神龍の生まれ変わりだと、あの当時の私は思ったんです」
東の国に神龍の名を継ぐ男が出てきたと聞いた時、脳裏にパッとシンパシーが伝わってきた。
うまく説明できないが神託とでもいうべきメッセージが、アリアの脳に直接届いてきたのだ。
直に葵野と出会って、自分の予想が確信に変わった。
彼の内に強大な力を感じた。それが龍の印だとアリアは考えた。
しかし、こうやって伝説の人達に問われると、だんだん自分の判断に自信がなくなってくる。
「アリアは語り部の末裔なのだぞ!末裔が間違うなどと」
ツバを飛ばして怒鳴るコーティへも冷めた目を向け、美羽が肩を竦める。
「そもそも、この娘が語り部の末裔だというのは、どこでお知りになりましたのかしらぁ?ワタクシにしてみれば、葵野力也が神龍か否かよりも、そちらのほうが信じられませんわぁ」
「……十二真獣だというのは認めるが、な」
責められっぱなしのアリアを気の毒に思ったか該が一応擁護し、美羽に睨みつけられた。
「十二真獣だというのも、ですわ。未の印の力、アナタは本当に宿しておりまして?」
MSとしてのアイデンティティーまで疑われ、アリアは慌てて美羽へ抗議した。
「宿しています!なんなら今、お見せしましょうか?」
「あ、そんならさぁ」
緊迫する二人に、間の抜けた調子で割り込んできたのはミスティル。
「キミの眠りの力、オレにちょっと貸してくんないかな〜?」
「何をさせるつもりなんですか?」
司に尋ねられ、ミスティルはミリティアの出ていった扉を見つめながら答える。
「さっきのコ、ミリティアっつったっけ?あのコを寝かせてほしーんだよね〜。未の印なら朝まで起きないようにするのも簡単だろ?」
「寝かせてどうしようというのかしらぁ。まさか、夜ばいするおつもり?」
美羽は茶化して言ってみたのだが、ミスティルの顔から笑いが消えるのを見て、アリアや司はハッとなる。
「まさか、本気で強引にやるつもりなのか!?見損なったぞ、ミスティル!」
司に襟首を掴まれミスティルがガクガク振り回される横では、アリアも真っ赤になって精一杯の拒否を示す。
「悪事の片棒を担ぐなんて御免です!それに、ウィンキーさんの気持ちも考えると……できませんっ」
ミスティルはブーッと口を尖らせているものの、その顔から罪悪感は伺えない。
「ウィンキーって誰?さっき出てったモヒカン君?そいつの気持ちと赤いコの何が関係あるってのさ」
薄笑いを浮かべる美羽の横で、該が呟く。
「ミリティアの幼なじみだ。奴は彼女に好意を寄せている」
はっきりそうと確かめたわけではない。
だが幼なじみだというだけで、何年も同じ職業に就いたりするものだろうか。
決定的だったのは、彼女をサーカス団へ誘った時の態度だ。
必死になって同行を頼んできたウィンキーの顔、あれは忘れられない。
該に対し、嫉妬と憎悪の混ざった視線を向けてきた。何かを激しく勘違いされたようであった。
ここに落ち着いてからも、該の姿をミリティアの視界から阻むよう立ち位置を選んでいたのを思い出す。
馬鹿な奴だ。該がミリティアをサーカス団へ誘ったのは、下心があったからではない。
長い間留守にするから、その間の代役を彼女に頼みたかっただけなのだ。
「モヒカン君と、あのコが幼なじみねぇ……ま、それは悪くないけど、恋人になるのは無理かな」
直球で断言し、ミスティルは助け船を乞う目線を美羽へ向けた。
「お前だって言ったよな?オレが力を取り戻さないと駄目だって。これってイイ考えだと思わない?オレは難なく力を取り戻し、そこのカノジョは十二真獣としての証を立てられる」
美羽は薄く笑い返しただけだ。
いいんじゃない、とも駄目よ、とも言わない。
代わりにコーティが鼻息も荒く割り込んできた。
「我が妹に悪事をさせようというのか!断じて許さんぞ、この化物どもめ!!」
いつの間にかリオやアモスも席を立ち、アリアを守るかたちで背後に立っている。
この口論、ミスティルには不利に思えた。
周囲を一瞥し、中立の立場を守っていた該も肩を竦める。
「……やめておけ。力を取り戻しても、周りが四面楚歌では戻した意味もなくなるぞ」
渋々ミスティルは従った。
該の同意が得られないのでは、美羽も無理だろうと判断しての事だ。
「わかったよ。でも、じゃあどうすんのさ?オレの半身を取り戻す方法」
すいっと美羽が近づいてきたのは、その時だった。
彼女はミスティルの耳元で囁くと、微笑みかける。
それに応えてニヤリと頷くと、今までとはうって変わった明るい調子でミスティルが口論を締めた。
「オッケー、わかった。皆の怒りも、もっともだしオレも強引すぎた!さっきの提案はナシね、ナシ」
気持ち悪いほど物わかりの良さにリオもコーティも首を傾げたが、美羽が何を言ったのかまでは判らずで。
「ともかく、今日の処はワタクシ達も疲れておりますし……ゆっくり休むと致しましょう。葵野力也の判別や、そこの小娘の実証は明日にでも」
該とミスティルを引き連れ、美羽が悠々と出ていく。
閑散とした部屋で、アリアは溜息をついた。
色々ありすぎて、疲れてしまった。
いきなり拉致されるわ、十二真獣としての能力を疑われるわ。
おまけに憧れていた伝説のMS達は、どれもこれも一癖のありすぎる人物だった。
特に美羽とミスティルは、聡明なアリアでも性格を掴みかねている。
「アリア、どうした?疲れているなら、お爺様と一緒に休みなさい」
兄に優しい声をかけられ、我に返った彼女はコーティを振り返る。
「え、いえ。大丈夫です。お兄様こそ、お疲れでしょう?先にお休みになっては」
「私は研究文をまとめる仕事がある。お前は先に休め」
労りの目でアリアを見ていたかと思えば「あぁ、それと、リオ!」と、急に鋭い目を祖父の助手へ向ける。
「博士を寝室へお運びしろ。脳しんとうを起こしているかもしれん、ゆっくりと運ぶんだぞ!」
無言で突っ立っているリオを促し、未だ気絶から目覚めぬエジカ博士の介抱を押しつけた。
一旦は怒ってキャンプを飛び出したものの、ウィンキーに宥められ、ミリティアは自分へ割り当てられた部屋に戻ってきていた。
その部屋へ来訪する者がある。迎え入れてみると、該であった。
「何の御用ですの?先ほどのお話の続きでしたら、帰っていただきますわ」
手に酒瓶をぶらさげた該は、首を真横に振ると中へ入ってくる。
「違う。君に用があって来た」
もう夜更けだというのに、女性の部屋へ何用であろうか。
ミリティアは、彼の恋人だという美羽の顔を思い浮かべた。
美羽からは得体のしれない妖気を感じた。
言っちゃ悪いが、該とは不釣り合いにも見える。
「恋人には内緒でいらしたの?」
不意に、そんな言葉が口から飛び出した。
黙って頷く該を見、ミリティアは胸の内がざわめくのを覚える。
サーカス団を飛び出して該を追いかけたのには、二つの理由があった。
一つは、該の行き先を知りたかった。
身を寄せている仲間へ何一つ書き置きせずに黙って出ていくのだ、相当な用事と思える。
伝承の男が何を決意したのか、ミリティアは興味を持った。
そして、もう一つは。該という男自体に興味があった。
タンタンみたいな騒がしい少女と組んでいる割には、いつも寂しげで、影を感じさせる。
同じ千年を生きている司と比べても陰気な雰囲気が強いのは、何故だ?
サリア女王という女性がいる司と違って、独りぼっちだから?
サーカス団は彼にとって孤独を埋める場所には、なりえなかったのか。
目の前で、グラスに酒をついでいる彼を見た。
グラスの一つを手にとって、該がミリティアへ差し出してくる。
「……先ほどは、仲間が失礼をした。これはお詫びだと思って欲しい」
そう言われても美羽の事が引っかかって、ミリティアは素直に飲む気になれない。
彼女経由で酒に混ぜものをされていたらと考えると、次に脳裏へ浮かんだのは軽薄チャラ男。
もとい、ミスティルと名乗る『鬼神』の姿であった。
「そのお酒。誰の差し入れですの?」
疑いの眼で該に尋ねると、彼は僅かに歯を見せて微笑んだ。
「俺だ。……酒は、あまり好きじゃないのか?」
思わぬ奇襲に、ミリティアの心臓は跳ね上がる。
いつもは影をまとっているくせに、こんな爽やかな笑顔も浮かべられるなんて。
よく見なくても、該の容姿が良いのを知っている。
初めて出会った時は、ドキリとしたものだ。
サーカスと傭兵家業で鍛えたらしき強靱な肉体に、精悍な顔。
性格も控え目で、ギャーギャー騒いだりしない。
寡黙な男。ミリティアの目には、そう映った。
ウィンキーさえ側にいなければ、タンタンが邪魔さえしなければ、すぐにでも彼を口説いていた処だ。
だが、実際には二人がいなくてもミリティアは彼に手を出せなかった。
該には人を寄せつけない壁があった。
サーカス団で一番つきあいの長いトァロウでさえ、該の扱いには手を焼いているような有様なのだ。
つい最近知りあったばかりのミリティアに何とかできるような相手では、なかった。
その該が、今は自分と二人きりで、しかも酒を土産に来訪している。
ミリティアの前で笑顔まで見せた。
夢のような展開だ。いや、本当に夢ではなかろうか?
おずおずと彼の差し出すグラスを受け取り、一口つける。甘い香りがした。
該もグラスの中身を飲み干し、黙ってミリティアを見つめる。
何か言わなくてはいけない気分になり、彼女は小さく囁いた。
「美味しいですわ。このお酒は貴方の秘蔵、ですかしら?」
「あぁ、俺の故郷の酒だ。君の口に合ったようで嬉しい」
見つめられっぱなしで恥ずかしくなってきたのか、ミリティアは視線を外した。
だが該に手を握られ、ハッとなって向き直る。
「だ、駄目ですわ。貴方には恋人が」
本音では嬉しいのに、そんな言葉で拒絶してみる。
美羽が再び脳裏に浮かんだ。口の端を歪め、意地悪な顔をした彼女が。
該の孤独を埋められる唯一の女性。
該が何も言わずに旅立ったのは、美羽を探すためだったのだろう。
しかし恋人が一緒にいるというのに何故、該はミリティアの部屋を尋ねたのだ。
ミリティアの手を握ったまま、該が呟く。
「……相談がある」
「え……?」
あまりにも小声で聞き取れなかったのか耳を寄せたミリティアをガバッと抱き寄せると、硬直する彼女の耳元で囁いてやった。
「君が好きだ。美羽と別れたい、だが、どうすれば彼女と別れられるのか判らない」
「え、えぇ……っ?」
ミリティアは、たちまち真っ赤に染まって動揺しまくっている。
ドクドクと心臓が早鐘を打ち、抱きしめた体から該にも鼓動が伝わってきた。
「ミリティア……」
掠れた声で彼女の名を呼ぶ。
それだけでミリティアは目を閉じ、顔を上に傾ける。
該を嫌っていたら、このような態度は取るまい。
――俺を、好きなのか。
前に美羽が言っていた事、あれは嘘ではなかったのだ。
何かを口に含むと、該はミリティアに口づけた。
ミリティアの手が背中に回されるのを感じながら、不意に、彼女を哀れに思った。
三十分ほどで、該は部屋を出る。
扉の前で待っていたミスティルと美羽へ「終わった」とだけ告げて、俯いた。
「上出来ですわぁ、該」
美羽には褒められたが、該は顔をあげない。
不思議に思ってミスティルが下から覗き込んでみると、彼は泣きそうな顔をしていた。
「なんだよ、泣くほど嫌いなのか?あのコのこと。可愛いじゃん、あのコ。何が不満なのさー?」
やっと顔をあげたものの、該は驚くほど落ち込んだ様子でポツポツと応えた。
「ミリティアのことは嫌いではない。だが、俺は……美羽以外の者と口づけなど交わしたくなかった」
一途な男だ。ミスティルは呆れ、美羽をチラリと一瞥する。
そこまで思い入れるほど美羽がイイ奴だとは思わない。
つきあいが長いから余計に、そう感じる。
何しろ美羽こそが、該にミリティアを寝かしつけさせた張本人である。
該に眠り薬と酒を渡し、アナタなら彼女に飲ませるのも容易いですわぁと唆したのだ。
該は必ず成功する、とミスティルに囁いたのも美羽だ。
該は美羽の手足となる事に満足しているのだという。
「でも、ま、お前が頑張ってくれたおかげでオレもやりやすくなったじゃん?ありがとなっ」
軽い調子で礼を述べ、ミスティルはミリティアの部屋へ入る。
扉がカチャリと音を立てて閉まった。中から鍵をかけたようだ。
これから何をされようと、朝までミリティアは起きられない。美羽の調合した薬は強力だ。
寝ている女を強姦する、そのことにミスティルは罪悪感を持っていない。
美羽や司は、彼を誠実だと言った。
だが、それは何も彼の性格について言ったわけではない。
嘘をつかない――という件に関して、誠実だと言ったまでである。
「……さ、ワタクシ達も眠りましょう?」
項垂れる該を促すと、美羽も自分に割り当てられた部屋へ向かおうとする。
その足が止まったのは該に腕を掴まれたからで、彼女は怪訝な顔で振り向いた。
「どういたしましたの?該」
該は答えず、美羽のスカートを捲り上げる。
下着の上から、股間にぶら下がるモノを両手で触ってきた。
廊下だというのに見境のない行動に、さすがの美羽も驚いたが、彼の頭を抑えて宥め賺す。
「そうですの、眠りたくないとおっしゃいますのね?でも、ここでは駄目。部屋でやりましょう」
「美羽……」
顔をあげた該の両目には、涙が浮かんでいる。
「ここがいい」
彼は哀願した。
「ここで、させてくれ」
卑怯だわ、と美羽は思った。
いじらしい表情でワタクシを試しているのね。
該を虐めてやりたいという衝動が、瞬く間に美羽の心を占領する。
「廊下でワタクシをなぶりものにしたいと、おっしゃるのかしらぁ。いやらしい男ですわねぇ」
口汚く罵っただけで、該は再び項垂れてしまう。
絶対に反撃してこないと判っているので、安心して虐められる。
或いは、美羽に虐められる事を該も期待しているのではなかろうか。
脳裏に閃く光景がある。
廊下で該を後ろから貫いてやるのだ。
二人の関係は美羽が女、該が男と決まっていた。
それを逆転してやったら、該は、どのような反応を示すだろうか?想像するだけで、背筋がゾクゾクした。
だが、すぐに楽しそうな案を脳裏から打ち消す。
美羽が『ふたなり』だという秘密は、まだ隠しておいた方がよい。
ミスティルの問題は片付いたが、アリアの問題がある。
あの小娘には、美羽を女性だと思わせておいたほうが都合も良かろう。
彼女を操るには、該の協力が必要不可欠だ。
涙する該へ口づけてやると、彼は、うっとりと目を閉じた。
美羽以外とはキスしたくない、とゴネていたのは本音だったようだ。
「さぁ、ワタクシの機嫌が良い内に部屋へいらっしゃぁい。たっぷり可愛がってあげましてよ」
今度こそ該は素直にコクリと頷き、美羽の後についてくる。
美羽の機嫌もよくなり、二人は自室へ消えた。
廊下が静まるのを待ってから、ミスティルは行動を起こした。
ぐっすり眠るミリティアは、服を全て脱がそうと全く起きる気配がない。
真っ赤なパンティの匂いをクンクン嗅いでから、ミスティルは満足げに部屋の隅へ放り投げた。
変なニオイはしなかった。おかしな病気など持っていない証拠である。
それにしても美しい。美しい体を、ミスティルは惚れ惚れと眺め回す。
すらりと伸びた手足は色白できめ細やか。お椀のように丸い二つの乳房は、片手に余るほどの大きさだ。
お尻にも肉がついていて、スベスベとした感触が心地よい。
割れ目に指を沿わせ、尻の穴を突っつく。
試しに指を入れてみた。キツキツで、なかなか入っていかない。
「う……ん……」
ミリティアが寝返りを打ったのでドキリとしたが、まだ目覚める様子はない。
安心に、胸をなで下ろした。
尻の穴は指一本でもきつかった。となると、前から入った方が良さそうに思える。
ズボンを脱ぎ捨て、パンツも降ろしたミスティルはミリティアの体に跨った。
「悪く思わないでね、カワイコちゃん♪」
小さく呟き、ミスティルはミリティアの股間へ顔を埋める。
全く濡れていない場所に押し込むのは、さすがの彼でも良心が咎めるのかピチャピチャと舐め始めた。
「ふ……ぅ……」
喘ぎとも寝言もつかぬ声が、ミリティアの口から漏れる。
夢を見ているのかもしれない。
彼女の口元が小さく、ガイと呟いたようにミスティルには見えた。
――何故、該の誘いをミリティアが断らないって言い切れるのさ?
美羽へ尋ねた処、彼女が薄笑いを浮かべて答えたのを思い出す。
「あの女は、該に想いを寄せているからですわぁ。アナタは気がつかなくって?」
気がつかなかった。というか、そんなのは思いもつかなかった。
改めて部屋の様子を観察してみれば、該を見ている女性が意外や多い事実に気づいて驚いた。
美羽は当然としても、アリアやミリティア、タンタンとかいう子供まで熱っぽい視線を向けている。
該みたいな陰気なヤツのどこがいいのか、ミスティルには全く理解できない。
伝承に生きる人物がいいというのなら、司のほうが男前だろう。
オレだって、顔はともかく明るいし。
該も根は悪い人間ではないのであるが、とにかく陰気な雰囲気の抜けないのが問題だ。
加えて美羽という恋人持ちだというのに、ミリティアは彼に想いを寄せているというのだから信じられない。
ウィンキーが可哀想だ、と叫んだアリアの顔を思い浮かべる。
可哀想、か。でもミリティアは該を好きなのだ。
ウィンキーに遠慮するのは彼女にとって、良い事なのか?
該の顔も脳裏に浮かんだ。
美羽以外とはイチャつきたくない、と涙を流していた。
泣くほどのことかと、あの時は呆れたが、考えてみれば自分だって本気で好きになったのは初代虎だけだ。
坂井達吉は、初代虎の印シーザーとよく似ている。
懐かしさが蘇り思わず襲いかかってしまったが、何も本気で葵野から坂井を奪い取るつもりはない。
所詮、坂井は坂井であってシーザーではない。ミスティルの好きだった虎の印は、既に黄泉の住民だ。
色々思考を巡らせつつ、ミスティルの指は一時も休まず、ミリティアの股間、襞の間に入り込み、グチョグチョと中を弄くり回していた。
丹念に舐めたおかげもあってか、指が出入りするたび水音が響くまでに濡れている。
割れ目をパックリ指で開き、ジロジロ眺めながらミスティルは呟いた。
「そろそろかな〜」
交わるだけで本当に力が蘇るのか。
保証は何もない。
エジカの石板解釈や司の予想が頼りの情報だ。
しかし彼は躊躇うことなく、ミリティアの秘部へ己の一物をあてがうと一気に挿し込んだ。
ミスティルがミリティアの中へ侵入した直後、彼女の部屋から地を揺るがす程の爆発音が轟いてきたものだから、キャンプにいた全員が飛び起きた。
いの一番にウィンキーが駆けつけ、鍵のかかった扉をガチャガチャと引っ張る。
「ミリティア!?なんや、何が起きたんや!返事せんかい、オォ〜イッ!!」
押しても引いても全く開かない扉に苦戦している間に、リオやアリア、該達が駆けつけた。
「どけ!」
コーティに押しのけられ、ウィンキーは場所を譲る。
鍵を差し入れると、扉は、あっさり開いた。
廊下の反対側からは博士の部下と思わしき研究員が走ってくる。
「大変だ!石板が、急に消えてしまった!!」
「なんだと!?詳しい状況を言えッ」
コーティが応じ、彼らが廊下で話すのを聞き流しながら、ウィンキー達は部屋に飛び込む。
部屋の中には煙が充満していた。
これではミリティアはおろか、何が何処にあるのかも見えやしない。
「な、なんやこれ?」
驚愕に怯むウィンキーの横で、アリアが叫ぶ。
「中央に誰か居ます!」
彼女の指さす方向に目をやれば、なるほど確かに部屋の中央に立っているのは見知らぬ顔の男だった。
「誰や!!」
叫ぶウィンキーを押しのけるようにして、美羽が一歩前に出る。
「やっと元に戻れた感想をお聞きしたいですわねぇ。ねぇ、鬼神ミスティル?」
仁王立ちしていた男が振り返る。
男はミスティルであった。
チャラチャラした軽い雰囲気は消え失せて、代わりに浮かんでいるのは野獣の気配。
もっさりとした赤毛を腰まで垂らし、つり上がった赤い眼が爛々と輝いている。
極限まで鍛えられた鋼の筋肉を晒していた。
先ほどまでのミスティルとは全くの別人といってもいい。
タンタンが悲鳴をあげた。
「ちょ、変わりすぎじゃない!?全っ然イケメンじゃなくなってるし!」
問題は、そこか。
いや、そうじゃない。
部屋の中を見渡して、ウィンキーは狼狽する。ミリティアが居ない。
ベッドの上に脱ぎ散らかされているのは彼女の衣類だ。本体は、どこへ行った?
「良い気分だ。気力が煮えたぎっている」
野太い声でミスティルが美羽へ答える。
声まで変わってしまっている。これが本来の彼なのか。
「ンなこた、どーだってエェわい!ミリティアは、ミリティアはドコやぁ!?」
錯乱気味に大騒ぎするウィンキーへ近づくと、言おうか言うまいか迷ったが、該はそれを口にする。
「……ミリティアという存在は、もう何処にもいない」
すぐには理解できず「なんやて!?」とウィンキーがオウム返しに尋ねるのを見て、該は視線を外した。
理解できるわけがない。該にだって、予想できなかった結果なのだから。
「すると、石板は真っ直ぐ、この部屋に向かって飛んできたというのだな?」
研究員と話しながら部屋へ入ってきたコーティも、見知らぬ野獣の出現に目をむいた。
「な、なんだ貴様は!何処から入ってきた!?」
対してミスティルはニヤリと笑い、代わりに美羽が答えた。
「あらぁ、この男はミスティルでしてよ。語り部の末裔の兄上様にしては、伝承をご存じないですこと」
「な、な、何を言って、あ、アリア、こいつの言い分は本当なのか!?」
腰を抜かして口から泡を飛ばす兄へ、おずおずとアリアは頷く。
以前のチャラチャラした恰好では『鬼神』と名乗られても半信半疑だった。
だが、今の姿で名乗られれば納得できる。
今のミスティルの姿は、伝承に残る『鬼神』と瓜二つであった。
ミスティル・ハスパには『鬼神』の他に、もう一つ呼び名がある。
彼は前大戦にて『破壊魔』と恐れられていた。
今の姿ならば、破壊魔だろうと鬼神だろうと、誰もが頷けるであろう。
彼は、いかにもな怪力自慢に見えた。
「もう何処にもおらんて、どういう意味や!?」
ウィンキーが、まだ騒いでいる。
該は苦みばしった顔で美羽を睨みつけていたが、彼女が何も言ってくれないので渋々自分で答えた。
「石板の力を借りて、ミスティルはミリティアから己の半身を取り戻した。だが……ミリティアは力の吸収に耐えきれず、消滅したと思われる」
「そんな……!」
アリアが口元をおさえ、目を見開く。
リオやコーティも息を呑み、そしてウィンキーは――
ぽかん、と大きく口を開けたまま、突っ立っていた。
言われた事を脳で理解したくないのだろう。
タンタンが首を傾げ、尋ねてくる。
「消滅って?死んじゃったってコト?」
違う、と首を振り該は悲しげに答えた。
「死と消滅は、違う。今はまだ俺達も彼女を覚えていられる。しかし、あと一日もすれば忘れてしまうだろう。それが消滅だ」
「忘れるゥ〜?あたし、そこまで物覚え悪くないんだけどォ」
不服そうに口を尖らせるタンタンを見下ろして、美羽が笑う。意地の悪い笑みを浮かべていた。
「アナタは十二真獣の力を、ご存じありませんの?ミスティルの能力は、何も馬鹿力だけではありませんわぁ」
司と葵野、それから坂井が遅れて駆けつけてくる。
司は部屋の様子を一瞥しただけで、何が起きたのかも把握したようだった。
キッと美羽を睨みつけ、続けて該にも険しい視線を送り、最後にミスティルを見た。
「ミスティル……君に悪意がないのは判っている。しかし、他にやり方を見つけようとは思わなかったのか?」
押し殺した怒りに対し、ミスティルはフンと鼻を鳴らす。
「他に、やりようがあったか?貴様は、やり方を見つけでもしたのか」
「それは――!しかし、時間を与えてもらえれば見つけられたかもしれないんだ。それを」
怯む司に反撃の間は与えない、とばかりに美羽もミスティルへ助勢する。
「時間などありませんわぁ。ワタクシ達への追っ手は、既にかけられているはずですもの」
「青臭いな、白き翼。貴様がそれだから、シーザーもキースも命を落としたのだ」
畳みかけるミスティルの言葉に、司の顔が青ざめる。
痛いところを突かれたようでもあった。
葵野は彼が気の毒になり、話の前後は判らないまでも司を庇い立てする。
「えっと、あの……二人がかりで責めるのは良くないんじゃないかな?もし過去に誰かが死んだんだとしても、それは司のせいじゃないと思うし」
しかしジロッと野獣みたいな男に睨まれて、葵野は瞬時に震え上がった。
野獣の視線から葵野を守る位置へ、坂井が割って入ってくる。
「だいたい、誰なんだよ?テメェは。いきなり現れた分際のくせに白き翼を虐めて、何様のつもりだ?」
「虐めて――か。貴様には虐めに見えるというのか……本当に、よく似ている」
ミスティルは呟くと小さく微笑み、肩を竦めた。
「悪かった。司のやり方には苛々していたのでな、つい当たり散らしてしまった」
意外や素直に謝られ、葵野と坂井の二人は互いに顔を見合わせ、改めて司に尋ねたのは坂井のほう。
「おい司、コイツはお前の知りあいだったのか?何者なんだ」
間髪入れず司が答える。
「何者って、ミスティルですよ。ミスティル・ハスパ、これが彼の本来の姿です」