DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十一話 大脱走


そのガスは、じわじわと建物全域に広がりつつあった。


部屋に戻り、該から作戦を聞かされて、アリアは、まともに顔色を変える。
「そんな、いくら相手が悪い組織だからといって、やっていいことと悪いことがあるでしょう!」
胸元を掴まれて抗議されても該は、あえて言い返そうとはせずアリアから身を離す。
「……アリア、腕を出せ。ワクチンを打っておく」
「嫌です!」
「アリア……」
「ワクチンなんか打たずとも、作戦をやめてくれればいいんですッ」
強情に言い張る少女へ溜息と共に近づくと、該は強引にアリアの袖を捲り上げた。
「ッ!」
咄嗟に振り払おうとするアリアだが、大人、それも男性の力は強くて振り解けない。
チクリとするものを感じ、ハッとなって腕を押さえる。
「これでいい。これでガスが充満しても、俺達に害はない」
「……どうして、どうして細菌を使うなんて方法を取ったんですか」
先ほど該から聞かされたばかりの作戦。
それは、およそ人としての道徳配慮を丸々放棄した非道な作戦であった。
――細菌ガスを使う。
該は、はっきり言いきった。
何の細菌かと訝しがるアリアに、サンプルの入った試験管を見せる。
該の説明によれば、人間の体を変質させてしまう恐ろしい菌であった。
何故、彼らがそれを手に入れたのか?
これもまた該の話によると、ここキングアームズ財団の建物内で入手したものだという。
財団はMSの研究をしている。
MSの構造を知り、人工的に造り出す研究をしているのだ。
その過程で生まれた偶然の産物らしい、このウィルスは。
量産できそうにないという理由で研究放棄されていたのを、美羽が見つけた。
その時にワクチンも手に入れている。
この施設内にワクチンを打った人間が、どれだけいるかは判らない。
だが、少なくとも雑魚兵士達の動きを止めるのには役立つであろう。
混乱しているうちに石板を奪い取り、一旦は抜け出すつもりであった。
たった数人の状態で戦うつもりは、美羽にもない。
一旦どこかへ逃げ延びて体勢を整えてから、改めて財団と戦うつもりでいた。
その為の石板奪取である。
石板にMSの秘密が隠されているのは、MS研究に詳しい者なら誰もが知っている。
美羽もまた坂井と同じく、石板にMSパワーアップの秘密が書かれていると踏んでいた。
かつての大戦とは違う。
あの時、戌の印と並んで頼もしい仲間だった龍の印がいない。
彼女に替わる力が必要だ。
なんとしてでもMSを集め、そして石板も集めてパワーアップを図らなくては。
細菌がMSの体に、どう影響を及ぼすのかは美羽にも該にも判らない。
だから一応ワクチンを打っておくことにした。
無論、協力者となりえる十二真獣達にも。
ただ、アリアに打っておけと美羽は命じなかった。
だから該は独自の判断で、アリアに投与した。
戦力になるかどうかは些か怪しいものがあったが、彼女を放置していくなど該には出来なかった。
彼は彼なりに、この聡明な少女を気に入っていたので。

最初に異臭を感じ取ったのは、ミスティルだった。
「変な匂いが漂ってきたぜ?美羽のヤロウ、何が決行は今夜!だよ?」
「ガスか……細菌をガスに混ぜて流すとはね」
司が身を起こし、扉に手を当てる。
MSにならずとも、破壊しようと思えばできる扉だ。
リラルルの救助がアテにならない今、二人は自力で脱出を試みようと心に決めていた。
それに、細菌と並行して人質の問題もある。
財団の人間がどうなろうと知ったことではない。
しかし罪なき首都の人間までが苦しまされるのは、たまったものではない。
細菌が人体に及ぼす影響は聞かされていない。
だが、あの美羽が使うのだ。けして穏やかな効果ではあるまい。
「急ごう」
促す司に、ミスティルも力強く頷く。
「あぁ」
「離れていろ……」
司は扉へ押し当てた掌に、念を集中させる。
「……ふんッ!」
気合いと共に放出された"気"の力で、扉が大きく吹き飛ばされた。

あれほどしつこかった性拷問も止み、葵野は退屈な時間を過ごしていたのだが――
二度、三度、激しく扉がノックされたかと思うと、勢いよく転がり込んできた人物を見て、あっとなる。
「坂井!」
壁に縛りつけられたままの葵野を見て、飛び込んできた人物も声をあげた。
「何やってんだ?てめぇは。まったく俺が見てないと、すぐポカをやらかすんだからな」
葵野のいる場所と石板が置かれた部屋の鍵を探すべくウロウロしていた坂井とタンタンは、葵野の手がかりを先に見つけた。
手がかりも何も、ちょうど個室から出てくる美羽を偶然目にしたのだった。
「あの女……」
見覚えがあった。
B.O.Sのトレイダーに犯されかけた時に坂井を助けた女だ。
B.O.Sの城が焼け落ちる直前にも出会っている。
自ら財団の研究者だと名乗っていた。
名前は御堂美羽……だったか?
「なんだろ、あの部屋」
懐から、ひょいっと顔を出したタンタンが鼻を摘む。
坂井も気になっていた。
微かではあるが、扉の隙間から汚臭が漂ってくる。
「ゴミすて部屋かな?」
彼女の質問は華麗にスルーし、忍び足で扉へ近づいた。
近づくと、匂いは強くなった。
小便と大便、それに精液が混ざって嫌な匂いをまき散らしている。
「……うぇ。ねぇ、ココ入るの?やめようよ〜、なんか、すっごく開かずの間っぽいよ?」
「うっせぇ」
開かずの間じゃないのは、美羽が出てきたことからも一目瞭然。
むしろ何故あの女が、こんな悪臭漂う部屋から出てきたのかが気にかかる。
一、二度、乱暴に扉を叩いた。誰かが出てくる気配はない。
「ね、誰もいないみたいだしさぁ、やめよぅ?」
「黙れ」
たてつけを確かめる。
金属製の扉だが、蝶番が外れかかっている。
体当たりをかませば、開くかもしれない。
一歩、二歩とずりずり後ずさりして、勢いよく扉に体当たりした。
そして転がり込んだ先で糞尿にまみれた葵野を発見した――というわけである。
「……にしてもォ、きったないねぇ〜小龍様」
壁に貼り付けとなった彼を上から下までジロジロと眺め回し、タンタンが溜息をつく。
この一週間、トイレにも風呂にも行かせてもらえなかった葵野は、すっかり汚れきっていた。
風呂に行かなかったのはタンタンも同じだが、葵野の場合は全てがブレンドされた悪臭を放っている。
いきなり坂井が葵野のズボンを引き下ろした。
「ぎゃあ!」
「わぁ!」
二つの悲鳴があがる中、平然とパンツまで引きずりおろした坂井は葵野の尻を見た。
「チッ、糞がケツにこびりついてやがるぜ。ウンコも着たまんまで垂れ流しかよ、汚ェなぁ」
「き、汚いって判ってるなら、脱がすことないだろ!もぉぉぉっ、女の子がいるのに!!」
パリパリに乾いたウンコを剥がされ、葵野は泣き言を漏らす。
「女の子?どこにいんだよ、女の子が」
「あたしが!いるでしょぉがぁぁっ!!もー、レディの前で何晒してくれんのよぉ〜」
怒鳴りつつ、タンタンの両目は葵野の股間に釘付けである。説得力がない。
「てめぇは女の子じゃねぇだろ、オバサンだろ」
懐のタンタン、彼女の耳を引っ掴んで外に放り出した。
「ぎゃあ!汚い手で、あたしの耳を触らないでよぉっ」
ウンコを触った手で掴まれては、タンタンが憤慨するのも無理なからぬこと。
次に目にした光景にも、彼女は大声をあげた。
「何やってんのよ、きったなぁい!!」
なんと坂井ときたら、葵野の体をペロペロと舐めている。
くすぐったさに葵野も身をよじって、抗議した。
「や、やめろよぅ。汚いだろ?」
「あぁ、汚いから綺麗にしてやろうってんだ。モゾモゾ動くんじゃねぇ」
「あッ、あッ、そ、そのまえに……腕、なんとかしてぇ」
坂井の舌が尻、足、そして前に回って玉袋と竿を舐めるたびに、葵野の背中をぞくぞくしたものが走り抜ける。
暴行を受けている間は何をされようと感じなかったのに、今は敏感すぎるほどに体中が感じている。
尻の穴がひくつく。尻が、坂井のを入れて欲しがっているのだ。
「ふァ……ンッ」
先端を舐められ、葵野が甘ったるい声をあげる。
両足を持ち上げ、玉と尻の穴を交互に舐めた。
「ひぅ……!」
小さく悲鳴をあげ、葵野が坂井を見下ろす。
目元には涙を浮かべて、ひくひくと体を震わせていた。
「あ、駄目……坂井……俺、もうっ」
「もう、なんだ?」
「もう、我慢……できないッ……お尻、」
「ケツに欲しいってか?」
尋ねると、葵野は何度も勢いよく頷く。
「う……うんッ、早く入れてっ」
両手が縛られていること、それを解いて欲しいことなど、すっかり脳裏から消え去っているようであった。
「あぁ」
垢も便も舐め取って綺麗にしてやった尻の穴へ、ゆっくりと舌を差し込んだ。
「あぁうッ!!」
葵野の足が跳ね上がる。
「ち、違……!舌じゃなくて、あれ、アレが欲しいんだってばぁ」
「アレって何だ?ちゃんと言わなきゃわかんねぇよ」
「さ、坂井のいじわるぅ……」
可愛い顔で睨まれたって、全然怖くない。
なおも舌で穴をほじくりかえし、ちゅうっと強く吸ってやると葵野のくちからは吐息が漏れた。
「あぁんっ、は……ぁッ、やぁ……さ、坂井ぃぃ」
股間のモノは天井へ反り返って、先端からは汁が垂れている。
そいつを握ってやると、葵野が切ない声をあげた。
「ハ……ァン……坂井……舐めてぇ」
放っておけば永遠に続きそうな愛撫を打ち切ったのは、タンタンの怒号だった。
「二人とも、そんなことやってる場合じゃないでしょ!?今は逃げないとぉ!」
実を言うと、かなり見入っていたのは内緒である。
二人の行為を見ているうち、タンタンの股間も熱い火照りを覚えていた。
今は兎の姿であったことに、ちょっとだけ彼女は安堵した。
いつもの恰好だったら、湿った下着を見られて坂井に何を言われるか判ったものではない。
「おう、そうだったな」
坂井も、あっさり愛撫をやめて、葵野の腕に取りつけられた鎖へ目をやった。
鎖は釘でガッチリ壁に打ちつけられている。
生半可な力では、引きちぎれそうにない。
「ふん。一応お前がMSに変身すると踏んでの束縛か。だが……」
四つんばいになり虎へ変化すると、坂井は鎖へ噛みついた。
「だ、大丈夫なのか?歯が、欠けちゃうんじゃ」と心配する葵野へは片目を瞑ってみせる。
MSの力をナメてもらっては困る。
この程度の鎖を引きちぎれられないようでは、MSに傭兵としての価値はない。
人でありながら、人ではない力。
それがあるからこそMSは忌み嫌われ、恐れられているのだ。
「ふんッ!」
勢いよく引っ張ると、ガキッと大きな音を立てて壁の一部ごと鎖が外れた。
「うわ、馬鹿力ぁ〜。やるじゃん坂井、バカなだけはあるわ」
後ろの軽口をまるっきり無視し、葵野の両手を自由にしてやる。
「ありがと、坂井」
チュッと虎にキスしてから、葵野はパンツとズボンをはき直した。
「おい、テント張ってんぞ?スッキリさせなくていいのかよ」
坂井にはからかわれたが、葵野はキッと彼を睨みつけると、タンタンをも促す。
「今は、それどころじゃないだろ!とにかく、ここから逃げ出さないと」
捕まっていた本人のくせに、助けられた途端、威勢が良くなっている。
それを突っ込もうとして、坂井は動きを止めた。
「……?どうしたの、坂井」
尋ねてくる葵野へ振り向くと、小さな声で答える。
「異臭だ。この匂い……ガスっぽいな」
「え〜?」
言われてタンタンも鼻をひくつかせる。
だが部屋に漂う悪臭の残り香を、目一杯吸い込んだだけに終わった。
「うげぇっ!」
自爆する彼女など完全放置で坂井が、また呟く。
「……嫌な予感がする」
「え?」
まだ判ってない調子の葵野、そのズボンの裾を咥えると坂井は体で扉を押し開けた。
「急ごうぜ。さっさとココを出るんだ」

廊下が騒がしい。
じっと扉に張りついてミリティアが様子を伺うと、警備員らしき者達の叫びあう声が聞こえた。
「脱走者だ!」
「侵入者もいるぞ、気をつけろ!」
あとは、声にならぬ声。多くの足音。
脱走者とは誰だ。
一緒に捕まった葵野か、或いは別の誰か?
それに侵入してきた輩もいるという。
誰だろう。ウィンキーが助けに来てくれたのか?
いやいや、とミリティアは首を振り考え直す。あの猿が、助けにくるわけがない。
彼と別れたのは、捕まるよりもずっと前の話だ。
ミリティアが此処にいることなど、ウィンキーが知り得るはずもない。
ちら、と部屋の中を一瞥すると、首都の人間が慌てて視線を逸らすのが見えた。
彼らも外の騒ぎが気になっているようだ。
ただ、怖くてミリティアには尋ねられないらしい。
また足音が近づいてくる。
今度の足音はミリティアのいる扉の前で立ち止まると、声をかけてよこす。
「扉の前から離れていろ!」
――この声!
白き翼、総葦司のものではあるまいか?
ハッとなりミリティアが身を翻したのと、ほぼ同時に扉が粉砕されて、男が二人転がり込んできた。
間違いなかった。
司と一緒に、あの派手な赤毛青年も警備服に身を包んでいる。
二人は仲間だったのか。赤毛青年と視線がかち合った。
「あ〜!いた〜!」
途端に青年ミスティルが叫び、ずんずん近寄ってきたかと思うと、ミリティアを抱きしめるもんだから、ミリティアは思いっきり狼狽して、瞬間的に彼の股間を蹴り上げた。
「何なさるんですのッ!?」
「はぐぉっ!!」
股間を押さえてミスティルが蹲る。
彼の体を跨ぎこし、白き翼が大声で怒鳴った。
「皆さん、助けに来ました!今すぐ此処から脱出します、僕の後についてきて下さい!!」
ざっと見渡したが、サリア女王の姿はない。
ここに囚われているのは一般民だけだ。
別の部屋に囚われている、それも一瞬は考えた。だが、すぐに司は考えを改める。
女王は、捕まっていない。
捕虜に取って敵に回すよりも、うまく丸め込んで利用する。
美羽なら必ず、そう考えるはずだ。
敵を無尽蔵に増やすのは馬鹿の戦い方だ。
女王の存在は、普通の人間を押さえ込む手段となりえる。
「……ミスティル。彼らを誘導してくれ」
「ホイきた」
股間をモミモミしながら、ミスティルが起き上がる。
ゆっくりした動作で立ち上がり、さながらゾンビの群れと化した民衆を手招きで呼び寄せた。
「んじゃあ、俺についてきてよ?出発しんこーう!」
最後尾にくっついて歩きながら、ミリティアは司に囁きかける。
「あの無礼な殿方は、一体何者でして?白き翼、貴方のお知りあい?」
司が苦笑して応えた。
「えぇ、まぁ。人見知りしない性格なので、あまり嫌わないでやって下さい」


最初に異変に気づいたのは、警備で巡回していた男だった。
ちょうど石板が置かれている部屋まで来た時、警備兵は廊下で倒れる人影を見つけて走り寄る。
だが抱きかかえて相手の顔を見た直後、うぇっと悲鳴をあげて、そいつを放り出した。
「な……なんだ、こいつは!?」
透明がかった緑色で、ぷるぷるとした質感。
そいつが警備員の服に包まれている。
一応、頭胴体手足と揃っているのだが、姿は異形そのものだ。
異形の者が口を開いた。
「…………細菌…………気を、ツケロ…………」
すぐに力尽き、ぐにゃりと首を横たえる。
異形の者が吐き出した言葉は、間違いなく人の言葉であった。
警備員は自分の手を見た。
緑色のぷるぷるしたものがこびりついている。
急に不快を感じて、両手を壁にこすりつけた。
まだ足りない、今すぐ手を洗ってこなければ。
しかし走り出した矢先、足に異変を感じ、彼は頭から転倒する。
不思議と痛みは感じなかった。
代わりに感じたのは、ぶよんとした感触だけ。
おかしい、床は堅いはずなのに。
彼の目が壁際のガラス戸に移り、そこで驚愕に見開かれる。
大声をあげた。
声は思った以上に大きくならず、喉の奥で反響した。
――ガラス戸に映っていたのは、警備服に包まれた、緑色のぷるぷるとした物体だった。

あちこちの床に、緑色のぷるぷるした物体がこびりついている。
それらを踏まないようにしながら、アリアは該と共に廊下を走っていた。
石板を盗んだ美羽と合流し、此処から抜け出す為に。
廊下を曲がった途端、二人は何者かと衝突する。
「きゃあっ!」と激しくよろめいたアリアは、尻餅をつく直前で該に受け止められた。
「あ、ありがとうございます……」
後ろから抱きかかえられるだけでも、まだ慣れない。
たちまち顔が火照り、胸がドキドキしてしまう。
こんな態度を取るから美羽に誤解されるのだと理性では判っていても、どうにもならなかった。
「アリア……!」
ぶつかった相手に名前を呼ばれたので、びくっとして顔をあげる。
「リオ!」
なんと、ぶつかったのは顔見知りだった。
リオだけじゃない、ウィンキーやアモスまでいるではないか。
「本当にアリアなのか?無事で良かった、該も一緒か!」
アモスに声をかけられ、該が会釈する。
「あぁ。しかし、何故お前達は此処へ」
「決まっとるや〜ん!アリアちゃんを助けにきたんや!」
ウィンキーが胸を張る。傍らで、アモスも頷いた。
「様子がおかしいので強行突破で侵入したのだ。表にはサラ殿とロウ殿も待機しておる。そういや、あちこちに妙なものが落ちていたのだが、あれは何なのだ?お前達は知らないか?」
アモスの疑問を遮り、ウィンキーが騒ぐ。
「今はそんなん後でエェやん!あと葵野を見っけたら、さっさと逃げよやないか」
無言のまま、リオがアリアに近づいてくる。
該の腕を掴み、引きはがすと、無理矢理アリアを奪い取った。
「リ、リオ……?」
抱きかかえられた恰好で見上げると、むっつりと口をへの字に結んだリオが見えた。
心なしか、怒っているようにも見える。
リオの無礼に怒ることもなく、該が三人へ尋ねた。
「お前達、体は何ともないのか……?」
「体?何ともないって、何がや?このとーり、ピンピンしとるがな!」と、ウィンキー。
アモスも首を傾げ、「何の話だ?」と尋ね返してくる。
どうやらワクチンを打たずとも、細菌はMSには効かなかったようだ。
リオは無言だった。
完全に該の存在を無視して、彼は仲間を促した。
「急ごう。異変が起きているとなれば、葵野の体が心配だ」
「おう!」
微妙な空気の重さなど微塵も気づかずウィンキーが即答して、走り出す。
さすがにアモスは気づいたか、リオと該、それからアリアの顔を見比べて、小さく溜息をついた。
「……いざこざは後で存分にやってくれ。今は、協力せねばな」
リオ一人に厳重注意をすると、砂漠の騎士はウィンキーを追うように走り出した。

緑色の物体を粉々になるまで踏み砕いてから、美羽は石板を手に廊下へと出た。
部屋の鍵など、あってないようなものだった。
研究員の一人を色仕掛けでたらし込み、部屋へ案内してもらったのだ。
細菌の含まれたガスで彼が哀れな姿に変形した後、悠々と石板を持ち出してきたのである。
あとは該と合流し、ここを抜け出すだけだ。
葵野の拘束は、司かミスティルが気を利かせて何とかしてくれると彼女は信じていた。
まぁ、何とかしてくれなくても、別に構わない。
足手まといが一人、取り残されるだけだ。
アリアのほうも、不本意ながら該が何とかするだろう。
合流地点で彼女と会える可能性は高い。
司とミスティルに関しては、心配するまでもない。あの二人が逃げ出せないはずはない。
MSの変化を抑える薬の効果は、とっくに切れている。
二人が、それに気づいてくれればよいのだが。
――だが、合流地点で美羽は途方に暮れる。
とっくに辿り着いていていいはずの、該の姿が何処にも見あたらなかったのだ。
まさか、彼が葵野を救出しに行ってしまったのか?
自らの予想に、美羽は愕然となる。
細菌ガスの効き目は永遠ではない。
効果が切れれば、緑の物体と化した者達も元の姿へ戻る。
美羽を石板の元へ案内した研究員は、美羽が念入りに踏み砕いておいたから元へ戻らないとしても、他の警備員は恐らく、そのままで放置されているはずだから油断はできない。
いつまでも此処に残っていれば、元に戻った奴らによって四方を包囲されてしまう。
該は優しい男だ。
包囲されてしまったら、簡単に降伏してしまうかもしれない。
彼が処刑される――その光景を思い浮かべるだけでも、美羽は恐怖に身震いした。
嫌だ!そんなの、絶対に認めない。
キッと顔をあげて険しい表情のまま、美羽は走り出す。
目的地は真っ直ぐ、葵野の囚われた部屋にあった。

かくして。
葵野の部屋の近くで合流した一行は積もる話もそのまま、手に手を取って大脱走したのであった。

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