DOUBLE DRAGON LEGEND

第二十話 一週間


一週間が過ぎても、葵野には何の変化の兆しも現れなかった。
いや、そればかりか――
けたたましい音を立てて、扉が開かれる。
荒々しい足取りで入ってきた美羽は、部屋の中を見渡した。
床に幾つもの影が倒れている。
男だ。
息も絶え絶えに、何人もの男が床に倒れていた。
「ちょっと、どうなっているんですの?一体」
壁際に座り込んで足を投げ出している男の肩を、乱暴に揺さぶる。
男がうつろな目で、美羽を見た。
「一週間もかかって!恐怖はおろか屈辱も与えられないなんて、貴方達は、それでも組織屈指の拷問係ですの?」
「えへへぇ」とだらしなく涎を垂らし、男にもやっと美羽が誰なのか判ったようで頷いた。
「あぁ、あんたか……」
一週間前までは、鷹の目の如く鋭い殺気を放っていた男であった。
それが今じゃ、すっかり腑抜けた顔で天井を仰いでいる。
「葵野ちゃんは、すごいよ……俺達じゃ無理だ、何度やっても先にイカされる」
「何ですって?」
眉間に皺を刻み、つい険しくなる美羽へ「本当なのです」と割り込んできたのは、痩せ細った中年。
こいつも一週間前までは、でっぷりと醜く太っていたはずだ。
頬は痩け、腹は引っ込み、いまや別人の有様である。
「いや、小龍様には参りましたぞ、本当に……我々の拷問も途中までは効いていたのです。ですが」
壁際に、ちらりと目を向ける。美羽も、そちらを見た。
手足を拘束された葵野がいた。怯えた目で、こちらを見ている。
排泄は垂れ流し、食事も満足に与えていないというのに、一週間前と変わらぬ顔色を保っていた。
「ハメたら、すぐに泣き出すかと思ってたのによ……ハメてからが長いんだ」
足を投げ出したままの男が呟き、中年も情けない顔で美羽に懇願する。
「えぇ、我々は精気、いや生気まで吸い取られる勢いでしてな。なんとも恐ろしい。美羽様が踏み込んでくれなければ、今頃は全員仲良く天国の階段を登っていたところですよ」
拷問係は揃いも揃って、葵野一人にK.Oされてしまったらしい。
あどけない顔をしているくせして、葵野が対拷問のエキスパートだったとは美羽としても予想外の出来事だ。
もう一度、床に倒れている男を見た。
口元からは涎を垂らし、目が死んだ魚のように濁っている。
微かに呼吸はしているようだが、まともな思考を取り戻すには相当な時間を要するだろう。
異変が起きたのなら、さっさと人を呼べばいいのに、拷問係としてのプライドが助けを拒んだのか?
「では……彼は、どんな囁きにも苦痛にも、全く動じなかったのですわね?」
「はい」
答え終わると男はがっくりと頭を垂れ、中年も座り込む。
話すだけで全ての気力を使い果たしたようだった。
役に立たない奴らである。
弱者をいたぶる事にかけては自信がありそうだったから、任せてみたというのに。
いや――彼らが役立たずなのではなく、葵野が弱者ではなかった。そういう見方もできる。
「アナタ、本当に何者なのかしらぁ?MSに変化できないMSなんて、聞いたことがなくってよ」
絡みつくような美羽の視線にも、彼はオドオドと視線を外して小さく答えた。
「そ、そんなこと言われても……俺だって変身できるなら、さっさとしたいよ」
「それに、この耐久力。弱いくせに妙な処で体力がおありですのねぇ」
微笑まれ、ますます葵野は彼女を直視できなくなり、視線を天井へ逃がす。
頬が赤くなるのを感じた。美羽の息が近い。
「坂井達吉と秘密の特訓でも、いたしましたの?」
「し……しないよ、そんなの……」
実を言うと、彼は自分でも驚いていた。
耐久力、というよりは痛みや快楽に耐えられる自分の気力に。
別に不感症というわけではないのだから、快感は元より痛みだって感じることが出来る。
なのに彼らが針や鞭で葵野の体を痛めつけても、全く痛みを感じなかった。
肌は裂け、血が飛び散り、幾筋も痛々しい傷跡が残っているというのに、だ。
後ろに回って拷問係が腰を振るのを、彼はまるで他人事のように眺めた。
異物が入ってくる感覚すらなかった。
自分が何かの皮で、すっぽりと包まれているようだと葵野は考えた。
彼を守る力は、全ての感覚から葵野を守ってくれた。
急に何も感じなくなるなんて馬鹿な話がと思うだろうが、本当に感じなかったんだから仕方ない。
最後まで頑張っていたのは、鷹の目をした男だった。
彼は最初、角材で葵野を殴りつけた。
顔以外の場所に、何度も何度も角材を叩きつけた。
常人なら骨が砕け、或いは反吐を吐き、失禁、脱糞していてもおかしくないほどの勢いで。
筋肉が盛り上がっていたから、それぐらいのスピードはあったはずだ。
なのに、葵野は全然痛くもかゆくもなかった。
そればかりか、盛り上がった彼の筋肉を美しいと思うまでの余裕もあった。
場違いな事を考えている自分を恥じ、赤くなる葵野の髪の毛を掴んで男が言う。
「赤くなりやがって、葵野ちゃんはマゾか?変態か、このやろう。痛いのがお好みなら、こうしてやらぁ」
後ろに回り、まだ濡らしてもいないうちから突っ込んできたが、それでも葵野に痛みは伝わらない。
男が必死になって腰を動かすのを、どこか遠くから見守っているような、そんな気分であった。
一週間が過ぎ、ついに鷹の目の男からも鋭い眼光が消え失せ、彼が壁を背にして崩れ落ちるように座り込むのを見た。
その数分後、美羽が足音も荒々しく駆け込んできたのである。
拷問役の男達は一週間、ありとあらゆる手で葵野をいたぶり続けた結果、勝手に自滅してしまったのだ。
「どうやらアナタには、奇妙な耐久力がおありのようですわねぇ」
腕を組み、考えるポーズで美羽が呟く。
彼女が次に何と決断を下すのか、葵野も黙って続きを待った。
「……ならば覚醒の為の訓練など、不要ですわね。さっそく今夜、ワタクシ達の役に立ってもらいますわぁ」
「役に……立つって?」
また何か、怪しいことを思いついたのだろうか。葵野をMSへ変化させるための作戦でも。
嫌な予感に、彼は我が身を震わせた。
が、拘束されたままの身では、それを拒否することすらも出来なかったのである。


ピッピッピッ、と規則正しいリズムで笛が鳴る。
軍服に身を包んだアリアは、該の後ろについて中庭を何周もグルグル回っていた。
約一週間も、ずっと同じ訓練ばかりやらされている。
軽く走った後は、銃を構えて離れた場所にある的を撃つ練習。
アリアは走るのも苦手なら、銃を撃つのも苦手だった。
家で本を読んでいるのが好きな少女にとって、こんな訓練ほど面白くないものはない。
「銃を構えェー」
ヒゲを生やした初老の教官に命じられ、さっと構えるところまでは良かったものの。
「きゃあ!」
激しい轟音と共に弾が発射され、アリアは尻餅をついた。
構えた時に、指を何処かへ引っかけたものらしい。
「えぇい、何をやっておるかぁーッ。この、どんくさい小娘が!」
唸りをあげて鞭が飛んでくる。
当たろうかという寸前、横合いから伸びてきた手がアリアを救う。
「またですか、ガイ殿?貴殿が庇ってばかりだから、この小娘、まったく成長しないではないですか!」
庇ったのは同じく軍服に身を包む該だ。
当たる直前、鞭を掴んで守ってくれたのだ。
今ばかりではない。スパルタ訓練に放り込まれたアリアを一週間、様々な暴力から守ってくれた。
アリアの付き添い兼監視とは本人の談だが、本来ならばヒゲ教官と一緒に彼女をしごく立場にある。
命じたのは美羽だ。アリアを一人前の戦士にするよう、頼まれていた。
「体罰を与えれば上手くなるというものでもない」
アリアは該の言葉にウンウンと頷いていたが、ヒゲ教官にジロリと睨まれ、慌ててしおらしく俯いてみせる。
「物覚えの悪い生徒には頭を殴って判らせてやることも必要でしょう!」
「頭を殴ったら、覚えさせた物事も忘れてしまうぞ」
いくらなんでも、そこまで鳥頭ではない。
しかし、ここで該を否定したら、調子づいたヒゲ教官に鞭で殴られるのは火を見るよりも明らかだ。
なのでアリアは出来の悪い子供のように、じっと項垂れて嵐が収まるのを待った。
「お前はもうあがれ、後は俺が教えておく」
命じる該にヒゲも抵抗を見せる。
「ご冗談を!貴殿に任せては私が美羽殿に叱られます」
「美羽にも俺から言っておく。お前に迷惑はかけない」
「そうではございません!貴殿と小娘を二人っきりにすることで怒られると申しておるのです!」
あの夜以来、美羽のアリアを見る目が険しくなったのは、けして捕虜だからという理由だけではない。
美羽は明らかに、アリアを恋のライバルと捉えている節がある。
とんでもない勘違いだ。
そりゃあ、アリアだって該をカッコイイなと思ったことがないとは言わない。
しかしアリアはまだ、幼い少女である。
憧れを持つことはあっても、男女の愛が理解できているとは言い難い。
該にしたって、アリアなど子供としか見ていまい。この二人が恋人になるのは無理だろう。
「美羽に言っておけ。俺の事が信用できないのなら、俺は此処を去る――と」
「そ、それは困りますぞ!それに、そのような言葉、言えるわけないではないですか!」
口から泡を飛ばして慌てふためくヒゲ教官など、もはや眼中にないといった調子で該がアリアの肩を押す。
「いこう、アリア。向こうで銃の使い方を教える」
「あ、は、はいっ」
「ガイ殿ォォォ!!!」
ヒゲ教官の声が次第に遠ざかり、アリアはちらっと後ろを見やる。
一応止めはしたものの、それほどヒゲ教官も仕事熱心ではないようで、追ってくる気配がない。
「後ろを気にするな。このまま俺の部屋まで戻る」
「え?で、でも」
特訓の続きは?尋ねる前に該が囁いた。
「話しておきたいことがある。恐らく決行は今夜だろう。起こしてから話すのでは遅すぎる」
物憂げに話す彼の横顔に目をやり、アリアは考え込む。
誰が今夜、何をやらかすつもりなのかは判らないが、それを該のほうでは、あまり歓迎していないと見た。
今まで彼には色々と助けられた恩がある。
誰が何をやろうと該の手助けだけはしてあげたい、と、アリアは心の底から思った。


一週間。
この一週間、坂井は彼にしては実に辛抱強く探索を続けた。
そして、ようやく地味な探索が花を咲かせようとしていた。
顔に包帯を巻きつけた坂井は倉庫にスルリと入り込むと、蜘蛛の巣が張った空箱に話しかける。
「おいウサ公、生きてっか?」
軽く蹴っ飛ばしてやると、中から「ぐぅぅぅぅ、お、おなか、へったぁぁ」という声にならぬ返事がする。
ここ一週間、ずっと倉庫に放置されっぱなしだったタンタンは、世にも過酷なダイエットを強制された。
すなわち、絶食である。一週間、飲まず食わずの生活を強いられた。
おかげでウェストが、だいぶ細くなってしまった。
まぁ、腹が締まって困るということもないので、それは別にいい。
問題なのは、窮屈な箱に詰まっていたせいで多少運動不足という点だ。
いざという時、ちゃんと動けるか心配だった。
だが、いざとなったら坂井の首にしがみついてでも逃げきってやる自信がタンタンにはあった。
人生、なるようにしかならないのである。
なら後ろ向きに考えているよりは、前向きに考えたほうがマシというもの。
「なんだよ、会いに来るたびメシメシって。食うことしか頭にねぇのか?」
「あんたと違って、あたしは一週間何も」
坂井にからかわれ、カァッとなったタンタンは叫ぼうとして、クナクナと崩れ落ちる。
「……ハァ〜、お腹が減りすぎて大声出す気力もないよォ」
「そうか、そいつは結構。うるさくなくて助かるぜ」
憎たらしい虎男は軽口を休めることなく、自分の話題を切り出した。
「石板だがよ、やっぱココにあるらしいぜ?あぁ、らしいってのは妥当じゃねぇな。あるんだ、ココに」
「マジで?」と聞き返すタンタンに頷いてみせると、坂井が懐から大きな紙を取り出して広げる。
「この通路を、だーっと下っていくと下っ端が殆どいねぇエリアに出る」
指で長い通路を示し、下へ動かしてゆく。
その先にある大きな部屋で一旦指を止めると、坂井は不敵な笑みを浮かべてタンタンを見た。
「白衣着た野郎どもがうろついててよ、いかにも何かありますって感じの場所なんだよ。石板を安置したって警備の奴らが話してるのも聞いたんだ。間違いねぇ、石板はこの部屋にある」
「ダミーって可能性は……ないのぉ?」
ヘロヘロながらのツッコミに、坂井が首を真横に振る。
「ねぇな。ダミーを置く意味もねぇし」
「どーしてないなんて言えるのよぉ」
芋虫のように床を這い進み、タンタンも地図の側へやってきた。
くるっと円を描くように指を動かし、坂井は忌々しいといった風に舌打ちする。
「二重の鍵がかけられてやがんのさ、この部屋には。力づくで開こうとすりゃあ、扉ごとドカンだ。たかがダミーに、そこまで金をかける奴がいると思うか?」
それに……と口ごもる彼を見て、タンタンは首を傾げる。
いつだって生意気なツラを崩さない、この男が口ごもるとは珍しい。
「それに、何よ?情報があるなら、全部話しなさいよね」
俄然強気になって高飛車に尋ねるタンタンをジロッと睨むと、坂井は渋々続きを話した。
「……嫌な噂も耳にしたんだ。葵野が、ここに捕まってるらしいってよ」
「小龍様がぁ!?」
ついつい声が跳ね上がり、タンタンは慌てて両手で自分の口を塞ぐ。
しかし、どういうことだ。
葵野はアリアと一緒に森方面へ出向いたはずではなかったか。
財団と首都は、全くの逆方向にある。
それに葵野力也は東国の王子だ。
もし狙われることがあったとしても、易々と拉致していい人物ではない。
言うなれば、サリア女王を誘拐するのと同じぐらい危険な行為である。
そのことを知らぬ財団ではなかろうに。
まさか殺されたりはしないだろうが、あのヘタレが捕まっているとなると、坂井も穏やかではない。
拘束されて酷い目に、例えば鞭打ちなどの拷問にあってやしないかと考えるだけで腸が煮えくりかえった。
「じゃ、じゃあ、もしかしてアリアも?アリアも捕まっちゃったの?」
物思いに耽っていたところを邪魔されて、坂井は不機嫌に頷いた。
「多分な。おかげでチンタラやってる暇がなくなっちまった」
クルクルと器用に丸めて地図を懐にしまい込むと、坂井が立ち上がる。
「なっ、ま、まさか力づくで強奪して、扉ごとドカンといくつもりっ!?」
慌てふためくタンタンを睨み「そこまでバカじゃねぇよ」と吐き捨てると、彼女の耳を乱暴に掴み上げた。
「ちょ、痛!痛いってば!耳掴むな、コラァ〜!!」
必死の抗議は何処吹く風で「暗号を聞き出すのに、テメェの手も貸して貰うぜ」と呟くと、坂井は颯爽と倉庫を抜け出した。
懐に、ギュウギュウと兎姿のタンタンを詰め込みながら。


カルラタータでリラルルと名乗る不思議少女を仲間に加え、アモス一行は丘の上に向かう。
そこから財団の敷地を見下ろすことができるというのだ。
情報元は他ならぬリラルル。
サラなどは思いっきり半信半疑であったが、ウィンキーの一声で丘へ行くことが決まった。
「うっひょぉ〜、これ、全部キングアームズの敷地かぃな!」
丘へ着いた途端ウィンキーが奇声をあげ、ロウやアモスも真下を見下ろす。
端から端まで歩いていくだけでも一日を消費しそうなほど、広大な敷地が広がっていた。
「しかし、問題はどうやって入り込むか……だよな」
「うむ」と重々しくアモスが頷く横では、リラルルが一人くるくる回っている。
踊っていた。しかも歌付だ。
恐らくは自作の歌をフンフンと小声で歌いながら、踊っているのである。
目障りな事、この上ない。
鼻歌と動きの二重コンボに苛ついたアモスは、それでも極力穏やかに彼女を叱った。
「しばしの間、大人しくしてもらえぬか?少し考え事をしたいのだ」
一旦はキョトンとして動きを止めるリラルルだが、自分に言われているのだと判った途端、パァッと顔を輝かせる。
「考え事?ミスティルを助けに行くなら、考える必要なんてないのね」
「そいや、夜までに助けに行くっちゅうてたな。どうやって助けるつもりなん?」と尋ねたのはウィンキー。
広場で出会った時に少女が口にした言葉。
こともなげに言うからには、助けるための算段があるに違いない。
そう期待しての質問だったのだが、リラルルには通じなかったのか、彼女は首を傾げている。
「どうやってって?助けると決めたら必ず助けるのね。それがミスティルとの約束だから♪」
「いや、だから、その方法を」
言いかけるロウの肩を叩き、眉間に皺を寄せたサラが囁く。
「もしかして、この子なんの作戦もなしに突っ込むつもりだったんじゃないかしら?」
そんなまさか、とロウが一瞥すれば、リラルルはまた踊っている。
先ほど踊るなと叱られたばかりだというのに。
アモスはアモスで、一人「うぅむ」とか「いや、しかし」などと呟いていて、これまたアテになりそうもない。
結局突入の方法案を最初に出したのは、一行の中で一番無口なリオだった。
「見ろ。護送馬車が中に入っていく」
「あ、ホンマや」
彼の指さす先には、馬車がゴトゴト激しく揺れながら入口へ向かっていくのが見える。
「奴ら、一定の時間で荷物を運び入れたり出したりしているようだ。あれを上手く使えないか?」
ふむ、とロウが腕を組み、一人で悩んでいたアモスも相談に加わる。
ウィンキーがポンと手を叩いて案を出した。
「そや!職員とっつかまえて変装したらエェんや。ほなー馬車の前に出てストップかけなアカン」
その案にマッタをかけたのはサラ。
変装するのはいいんだけど、と前置きしてから彼女は言う。
「合い言葉があったら、どうするの?私達、敵のこと何一つ知らないのよ」
「合い言葉なんて、あってもなくても同じなのね。勢いでドーンと突っ走っちゃえばいいんだから」
「あなたは少し黙ってて」
疎ましげにリラルルを押しのけて、サラが続けた。
「でも、財団の人間を捕まえるのには賛成だわ。まずは一人捕まえて、情報を聞き出しましょう?」
すっかりリーダーシップを取られた形で、四人の男も頷く。
判っていないのはリラルルぐらいだ。
「ほなー、次の馬車がくるのは何分後や?」
ウィンキーに尋ねられ、リオは足下を見下ろした。
「馬車は十分間隔で出たり入ったりしている。次の馬車が来るまで、下で待ち伏せしよう」
それ急げ、とばかりに一行は慌てて丘を駆け下りた。
一人でクルクル踊っているリラルルなど、振り向きもせずに。
「……へーんなのォ」
ぽつんと置いてけぼりにされた彼女は、丘の下へ目をやる。
「わざわざ降りなくても、ここから飛べば一気に入れるのにね♪ 早く夕方にならないかなぁ〜」
誰に言うでもなく小声で呟くと、再び楽しげにステップを踏んだ。


鉄格子沿いに月夜を眺めるのは、これで何日目だ?
最低でも七日は過ぎたな、と頭で計算した司は小さく溜息をつく。
頼みの綱、ミスティルの相棒リラルルは一体いつになったら救助に来てくれるんだ。
リラルルは、ミスティルが何処からか拾ってきた戦災孤児である。
ミスティルは、彼女のことを我が子の如く可愛がった。
少しオツムの弱そうな処が、彼の最愛の人だった初代虎の印でも思い出させたのかもしれない。
リラルルもMSだ。ミスティル同様空を飛ぶ獣、彼女は大鷲に変化する。
てっきり空を飛んで救助に来てくれるものと思っていたのに、何日経っても何かが飛んでくる気配は全くない。
もしかして、頼まれたことを忘れてしまったのでは?そんな不安もよぎった。
不安の増す司とは対照的に、ミスティルはのんびりと構えている。
今日も何故か朝からハイテンションで司に話しかけてきた。
「あのさ、あのさ、ツカサ、ちょっといい?オレさ、なんか今日は朝から力が漲ってるんだよね〜」
「……どうして?」
待つことにウンザリ気味の司が、やや不機嫌に答えるも、ミスティルはマイペースに微笑む。
「ン〜?なんでかは判らんけど。きっとさ、これってオレの半身が近くにいる証拠かもね」
あっけらかんと言われたので、うっかり聞き流すところだった。
言われた意味を何度か反芻して、司はガバッと身を起こす。
「半身の気配を感じられるのか!?」
「かもしんないって話よ?」
「それでもいい」
興味津々な司に機嫌を良くしたか、ミスティルは窓から空を眺めつつ、気楽に話した。
「あのさ、昨日は、ちょっと外が慌ただしかっただろ?あれって、オレ達以外の捕虜が別の部屋に移されたからなんだけどさ」
「ちょっと待った。どうして、そうだと判るんだ?」
司の横やりに、ミスティルは扉にぴたっと張りついて戯けてみせる。
「こうやってさ、聞き耳立ててっと、いろんな話が聞けるってわけ。面白いよ〜?」
諦めて投げやりになっていた司とは異なり、彼は好奇心旺盛にも毎日廊下の物音へ耳を傾けていたらしい。
まさかミスティルに教えられるとは、と司も反省しながら、話の続きを促した。
「その中にさ、明らかに他の奴らとは違う……内から力を感じる奴が混ざってたみたいなのさ」
「MSか」
うん、と頷きミスティルが司を見つめる。
戯けた様子も影を潜め、真顔になっていた。
「そのMSがさ、オレの持つ印と、よっく似た気配を持っていたんだ。これって、どういうことさ?」
やっぱりアレが半身なの?と尋ねられ、「恐らくは……」と、白き翼は慎重に言葉を選ぶ。
「君の失った印の半分を受け継いだ者だと思う。でも、多分酉の印を使うことは出来ないんじゃないかな」
生まれていたんだ、この時代に。
しかし、失った半身を感じ取れるのはミスティル本人だけだ。だから断言は出来ない。
それに酉の印を、そのまま受け継いだ者が、一週間も捕虜になっているだろうか。
首都の人間に借りがあるとしても、一週間も捕まったままは有り得ない。
目の前で口を尖らせている男のように、力を封じられでもしていない限り。
「なんでよ?」
不服そうなミスティルへ己の推理を披露してやると、一応彼は納得したようだった。
「あー、オレ達と同じように人質を取られてる可能性があるってわけね!納得納得」
「何が納得、なのかしらぁ?」
音もなく入ってきた影に司は勿論のこと、ミスティルもハッと身構える。
入ってきたのが黒衣の美羽だと判った途端、ミスティルはカッカと赤くなって彼女に掴みかかった。
「オイ美羽、このヤロウ!オレ達を騙すって、どういうことなのさ!?」
「あらぁ、何のお話かしら?騙すだなんて人聞きの悪い」
するりとミスティルの腕から逃れ出ると、挑戦的な目を向けてくる。
それは無視して司も尋ねた。
「何の用だ?そろそろ僕達を解放する気にでもなったのか。それとも」
「決行は、今夜」
静かだが、有無を言わせぬ強い口調で美羽が遮る。
決行。何の?などと聞かなくても判っている。
一週間前に彼女が言った作戦、そいつの日取りが決まったのだ。
それにしても今夜とは、随分急な話である。
「龍の印は、形になったのか?」
「葵野力也?」
くすっと笑い、美羽が応えた。
「あれはあれで、あのまま使いますわぁ」
あのまま?ということは葵野は未だ変化できないままだというのか。
「あのままのアオイノちゃんを使うって、マジで?死んじゃうぜ、そんなことしたら」
ミスティルは再び口を尖らせ、司もきつい口調で詰め寄った。
「それにアリアもだ。あの子は、どうした?まさか殺したりしていないだろうな」
人質として利用された彼女が家に戻されたとも思えないし、きっと何処かに幽閉されているはずだ。
司の問いに、キッと一瞬美羽の目元は険しくなるが、すぐに彼女は冷静さを取り戻す。
「……まさか。殺すなんて、とんでもありませんわぁ。あの子も一応、十二真獣の一人ですもの」
「今、どこにいる?」
詰問を緩めず司が問うと、美羽は薄く笑いを浮かべた。
「該が。面倒を見ておりましてよ」
口元は笑っているのに、背筋が寒くなるほど凍りついた笑みで、ミスティルはブルッと体を震わせる。
なんだ?美羽の奴、不機嫌になっちゃって。
そんなにアリアって子が気に入らないのか?子供相手に大人げないなぁ。
「騎士が見ているのなら安心だ。だが……くれぐれも危害を加えるなよ?彼女は語り部の末裔だ」
巳の印相手に、一歩も引かない戌の印は頼もしい味方と言えた。
気の強さは、前大戦から全く変わっていない。
「ご心配なく」
ツンとソッポを向いて美羽が答える。こちらも負けず劣らず気が強い。
「ワタクシさえも退ける勢いで守っておりますもの、該は」
亥の印が巳の印に逆らってるだって?
あの大人しい該が、美羽を相手に?
意外な答えに、ミスティルは小さく口笛を鳴らす。
それがまた、美羽の神経を逆撫でしたのだろう。
彼女は余裕を失い、らしからぬ刺々しい声で話を締めた。
「とにかく!ワタクシ達は今夜作戦を実行いたしますので、アナタ達も適度にお暴れ下さいませ」
逃げるとしたら、その時にしかチャンスはない――そう言い残して美羽は出ていった。
ガチャリと錠のかかる音を聞きながら、司とミスティルは無言で頷きあう。
該と美羽が行動を起こすまで、待っている余裕はない。
彼らの注意が余所へ向いている今こそが、最大のチャンスなのだ。

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