DOUBLE DRAGON LEGEND

第十八話 十二真獣の印


キングアームズ財団に捕まった葵野とミリティアは、牢屋に放り込まれる。
一方、ミスティルと司の二人は客人として丁重に扱われ、美羽の私室へ通された。
自由にしていいと言われたので、ミスティルも司も、それぞれが好きな場所に腰を下ろす。
「で?わざわざ十二真獣の一人を人質にしてまでオレ達を捕まえたのは、なんでなのさ?」
座るや否や口を尖らせ質問するミスティルの傍らでは、司も仏頂面で付け足した。
「しかも、この財団に荷担する意味……お前達は本当に判ってやっているのか?」
キングアームズ財団は、表向きにはMSの研究をしている――ということになっている。
だが司が半年放浪して集めた噂では、財団はMSの兵器改造をおこなっているという話であった。
そして、間をおかずに首都襲撃。
MD、さらには大量の殺戮MSを所持している事実も大っぴらになった。
どう考えても財団がよからぬ考えで動いている事など、明らかである。
「アレじゃないの?キングアームズ財団ってさー、ストーンバイナワークの」
言いかけるミスティルの言葉を繋いで該が頷く。
「そうだ。キングアームズ財団は奴らの後継者だ」
「判っているなら、どうして手を貸す?」
司の眉間には皺が寄り、美羽は肩を竦めた。
「手を貸す……?とんだ思い違いですわぁ、白き翼様」
「サマをつけるのは、やめろ。昔通りツカサ、或いは戌の印と呼んで構わない」
吐き捨てるように言うと、司は再び語気を強める。
「ストーンバイナワークの思想は危険だ。だから、僕達は反乱を起こしたんじゃないか」
「えぇ、その通りですわぁ」
しかし暖簾に腕押しとでもいうべきか、美羽には、やんわりとかわされてしまう。
「ですから、ワタクシ達は別に手を貸しているわけではないのでございましてよ」
「どういう事さ?オレ達を捕えたのは、財団の命令だろ?」
ミスティルと真っ向から睨み合い、美羽が挑戦的な笑みを口元に浮かべる。
「いいえ。違いますわぁ」
「違う?」
怪訝に眉を潜める司へも笑みを向けて、美羽は頷いた。
「ワタクシ達は、いずれ財団を制圧して新たな戦いを始めるつもりですわ」
「新たな――」「――戦い?」
咄嗟に言葉が思いつかず、司とミスティルは首を傾げる。要領を得ない二人の前で、美羽が続けた。
「MSの人としての地位を確実なものとし、MSではない者と同じ扱いをされるようにするのですわぁ。そのためには、革命を起こす必要がございましてよ。そう、サリア女王の嫌いな戦争をね。きっと大規模な戦争になりますわぁ。そして、多くの人の血が流れますわねぇ。ですが、これはワタクシ達がやらねばならない戦いなのですわぁ」
今のMSは動物と同じ扱いか、または使い勝手の良い兵器扱いされている。
だが千年前に司達が自由を求めて戦った時は、もっと酷い扱いだった。
奴隷、または食料であった。
それに比べれば、まだ今の扱いのほうがマシだが、人間扱いされていないことに代わりはない。
同じ種族の腹から生まれたにもかかわらず、だ。
美羽と該は世の中をひっくり返し、MSの扱いを根本から変えてやるのだと言う。
「できないことではなくってよ。伝説の五人が今、同じ場所に集まっているのですもの」
「それなんだけどさー」
悦に入る美羽を制するように、ミスティルが口を挟む。
「五人っていうけど、アイツは本当に神龍なワケ?有希の弟だっていう、あのコ……」
それに応えたのは該。
「葵野力也は神龍の名を受け継いだと公言した」
「あぁ」
司も頷き後を引き継ぐ。
「語り部の末裔も、彼を十二真獣だと認めている」
ただ……と言葉を濁し、ミスティル、該、美羽、と順番に視線を移してゆく。
「もし彼が龍の印を受け継ぐとすれば、彼は有希の弟ではなく有希の子供でなくては、おかしいんだ」
「確かに、それは俺も気になっていた」
該が頷き、美羽へ尋ねた。
「十二真獣の印は遺伝でしか引き継げない。彼の親は誰だ?」
婆さんがいるのは判っている。
しかし、孫と祖母の間にいるはずの人物が二人ともいないというのは不自然だ。
それに有希の親はいない。
彼女を生み出したのは、千年も昔に建っていた研究所だ。
とすれば、力也は有希と血の繋がった姉弟であるはずがない。
義理の弟なら、龍の印を引き継げるはずもないのだが……
「さぁ?」と美羽は肩を竦め、意味ありげな視線でミスティルを一瞥する。
「でも、ミスティルのように力の一部が他人に感染したという例もありますし。葵野力也が神龍ではない、と断言するのは気が早いのではなくて?」
「彼は大戦の記憶も引き継いでいなかった。まず、東の歴史から調べてみる必要があるな。あぁ、それと」
該と美羽の二人をキッと睨みつけ、司はきっぱり言い切った。
「さっきの話だが、MSの自由を取り戻す戦いだというのなら僕は協力する。しかし、MSではない人間を殺したいだけの戦いならば、絶対に手を貸さないぞ」
ミスティルも立ち上がり、二人を見つめる。
「乗っ取りを起こす日が決まったら、教えろよな?第二次MS戦争、やるってんならオレは喜んで手を貸しちゃうぜ。あー、もちろん、MSを人間扱いする為の戦争なら、だけどなー?」
司と同じく他の人間、MS以外の人間を虐げるだけが目的なら手は貸さないつもりだ。
「ワタクシがアナタ方に嘘をつくと思いまして?」
美羽はクスリと微笑み、二人に退室を命じる。
司と、そしてミスティルは該に案内されて個室へ入らされる。
部屋へ入る直前「少し待ってくれ」と呼び止められ、ミスティルと司は何事かと振り返った。
見れば、該はポケットから注射器を取り出している。
怪しげな物体を前に、ミスティルが肩を竦めて茶化してみせる。
「なんだ?クスリでも盛ろうってのかよ。んなことしねーでも、オレらは裏切ったりしねーよ?」
MS化を制限する薬の存在は、司も知っている。
MSを研究する施設には、必ずと言っていいほど置いてあったからだ。
「違う。ここを制圧する際、細菌を使う。これは感染対策の薬だ」
「細菌……?」
危険な方法に司の眉間には、またまた皺が寄るが、該は構わず彼とミスティルの腕をまくりあげる。
「限られた時間内で犠牲を少なくするには、確実に制圧できる方法を取るしかない。野蛮な方法だと思うかもしれないが、大儀の前の小事として目を瞑ってくれないか」
「それってオレにたいするアテツケ?ま、いいけどねー」
チクリとする痛みに顔をしかめながら、二人とも大人しく注射を受けた。

足音が完全に聞こえなくなってから、ミスティルは司へ囁いた。
「どう思う?あの二人の話」
ベッドに腰かけたまま、何事か考えていた司が顔をあげる。
「MS戦争の話か?それとも」
「どれもさ。戦争もばかげてるし、制圧にしたってそうだ。殺人兵器だらけの財団で戦争しかけたところで、民衆の正義や信望はえらんねーぜ?」
「だが、MSからの支持は得られるだろう。僕達が初めて戦った時のように」
司が心配なのは、それではない。
美羽も該も、そして全てのMSが、人として扱われる程度で満足するとは思えないのだ。
彼らは必ず、MSではない人間に今までの借りを返そうと考えるだろう。
つまりMSではない人間を、奴隷または虫けら以下の扱いまで落とそう……と。
今までの迫害を考えれば、MSの多くがそういう考えに至るのも無理なき話なのかもしれない。
しかし、同じ人間なのだ。MSも、そうではない人間も。
MSではない人間の中には、いい人も沢山いる。
サリアや砂漠王キュノデアイスなどが、良い例だ。
人と人が手を取り共存できる世界。
それを目指すのならば、また戦争に参加してもいい。
だが、どちらかがどちらかを蹴落とす為の戦いだというなら、参加など御免だ。
戦いそのものを起こさせるわけにはいかない。
サンクリストシュア初代王が平和宣言をおこなった、あの日から、陰日向となって彼らの手伝いをすると決めたのだ。
彼らが目指す完全平和への道を。


戻ってきた該を迎え入れると、美羽が単刀直入に話を切り出す。
「アナタも、あれが神龍ではないと疑っておいででしたのね?」
コクリ、と素直に頷く該。
「普通は、そう考える」
いくら語り部の末裔が認めたとしても、前時代からの生き残りとしては疑りたくなるというもの。
初代の十二真獣には、同じ血を引く兄弟など存在しない。
あえていうなら十二人が、それぞれ兄弟であり姉妹でもあった。
しかし十二人は体に持つ印が違っており、それぞれ違う動物が十二種揃っていた。
だから司も言っていたように、力也は有希の弟であるはずがないのだ。
かといってミスティルの時のような異常事態が何度も発生するのは、もっと有り得ない。
隔世遺伝ということも考えた。
だが、有希が死ぬよりも前に力也は生まれているので、これも却下だ。
アリアと坂井は隔世遺伝の十二真獣である。
坂井に会えば、きっとミスティルは喜ぶだろう。彼は初代の虎とよく似ていた。
坂井を十二真獣だと判断したのは有希だそうだが、アリアは坂井を十二真獣だと見極められなかった。
彼女は、一方では葵野を神龍だと断言している。
語り部の末裔というのも、案外いい加減な能力のようだ。
「難しい顔で考え込むのは、アナタに似合いませんわぁ」
ふと、掌を冷たいもので包まれて、該は我に返った。
彼の手を握りしめ、美羽が囁いてくる。
「それよりも……あの娘、どう始末つけましょうかしらねぇ」
「あの娘?」
きょとんとする該へ絡みつくような視線を送り、美羽は素っ気なく言った。
「アナタの部屋に匿われている、語り部の娘ですわぁ」
人質としての用は成したのだ。開放すればいい。
そう言うと、美羽は呆れた目つきで該を睨み、ナンセンスとばかりに首を振ってみせる。
「あの娘は色々知りすぎておりましてよ?おまけにワタクシ達を敵だと思いこんでいますわぁ。絶対、祖父とやらに連絡を取って、こちらへ攻め込んで来ますわよ」
「なら、仲間に引き入れればいいだろう。彼女も一応、十二真獣だ」
すると、ますます呆れ顔で見られた。もう、何も言わない方が賢明なようだ。
「戦えない者など、戦場においては邪魔ですわぁ。あの娘もそうですけれど……葵野力也にも、きつぅい特訓が必要かもしれませんわねぇ」
「特訓?一体、なにをさせるつもりだ」
美羽の特訓というと、やっぱりサディスティックな……いやいや、残酷な内容になりそうな気がする。
自分なら美羽の特訓にも耐えられるが、アリアや葵野が耐えられるとは到底思えない。
特に葵野は軟弱小僧だ。下手したら、アリアより先に潰れるかもしれない。
心配する該を余所に、何か良いことでも思いついたのか美羽が上機嫌に呟く。
「……こういう時こそ、使える者は何でも使うべきですわねぇ」
「美羽……」
不安な目を向けられ、しかし美羽は悠然と微笑んで受け流した。
「アナタが心配なさる必要はなくってよ。あとで、あの娘を回収しに参りますわねぇ」

該が美羽の大切な恋人である――と判るや否や、該にも私室が与えられた。
これだけでも美羽が財団において、どれだけ重要な位置を占めている人物なのかが伺えるだろう。
だが、このまま財団の言いなりに働くつもりなどない。
元々該は、ここから美羽を連れ出すために、彼女へ手を貸すと約束したのだ。
いつ、どのタイミングで抜け出すか。
彼女の本心を知った今でも、それを考えることは忘れなかった。
MS抹殺のために働くのもマッピラなら、もう一度戦争を起こすのもマッピラだ。
美羽と平和な家庭を築く。それが該の、今の望みであった。
自室へ戻ると、該は低く声をかける。
部屋の中は真っ暗だった。
「アリア、何処にいる?」
するとベッドの下から、もぞもぞと白い塊が這い出てきて「は、はい。ここに」と返事をした。
樹海の近くで財団の手の者に捕まり、人質になったアリアである。
何故か彼女は羊となって、ベッドの下で凍えていたようだ。
「寒かっただろう。布団にくるまっていれば良かっただろうに」と尋ねれば、アリアは小さく首を振り、項垂れる。
「誰かに見つかったらと思うと……怖くて」
「ここは俺の私室だ。他に誰も踏み込んでは来ない」
そう言うと、ひょいっと白の毛玉を抱え上げてベッドへ横になる。
抱きしめられたアリアは、慌てて足をバタバタさせた。
「きゃああああっ!!?が、該さん何をするんですかっ!?離して下さい、離してぇっ」
すぐ近くに該の息を感じる。
「警戒するな、何もしない。冷たくなった体を温めるだけだ」
顔が近い。それを意識しただけでも、アリアの胸はドキドキと高鳴った。
リオに抱きかかえられた時だって、こんな気持ちには、ならなかったのに。
ぽーっと赤くなった羊を見て、該が苦笑する。
「俺を男だと意識するな。お前は、まだ子供だ。色気づくには少し早かろう」
「こ、子供って……」
そりゃあ、確かにアリアは十二、三歳の子供だけれど、相手は父親や兄弟とは違うのだ。
さして親しくもない、しかも色男にベッドの上でぎゅーっと抱きかかえられたら、意識するなという方が無理である。
だが彼の腕の中は暖かく、緊張と寒さで固まっていたアリアの体をほぐしてくれる。
バタバタしていた足を止めて次第に大人しくなっていく彼女を見つめながら、英雄が苦笑した。
「……お前は、初代の羊とは全く似ていないな」
その言葉に反応して、大人しくなりかけていたアリアも耳を立てる。
「初代の羊?初代の十二真獣ですか?」
「そうだ」
「どのような方だったのですか?羊の印を持つ人は」
羊のアリアを抱きかかえたまま布団を被り、該は話してくれた。
「気の強い男だった。そうだな……美羽を男にしたような人間だった。それでいて虎の印には、いつも泣かされていた」
性別が違う他は、さして今と変わらない力関係のようだ。
憎たらしい笑みを浮かべた坂井の顔を思い浮かべ、やや憂鬱になりながらアリアが呟く。
「そうですか……虎の印が意地悪なのは、昔からだったんですね」
「意地悪なのではない」
ぽわぽわと頭を撫でられる。
「虎の印は他と比べて気性が荒い。それだけだ」
そして、ふと思いついたようにアリアを覗き込む。
上から見つめられ、再びアリアはポッと頬を赤らめた。
「初代の記憶は、ないのか?」
「あ、あの……歴史の記憶はあるのですが、初代の方達の人柄までは記憶にないんです。すみません」
すると該は何を思ったか、照れながらも謝るアリアの額へ自分の額をピタリと押し当てる。
「はわわわっっ!が、がが、該さん……っ!??」
「静かにしろ、すぐに済む」
動転する彼女を制し、しばらくそうしていたかと思うと、やがて額を離した後、該は小さく溜息をついた。
「なるほど、確かに歴代の記憶しか残っていない」
逆に言うと、隔世遺伝でも記憶は確実に引き継がれるということだ。
遺伝するのは力と印、それから記憶。
力也は本当に神龍なのかが、余計に疑わしいものとなった。
そういえば、美羽は彼とアリアに特訓を施すと言っていたが一体何をやらせるつもりだ。
葵野に至っては変身すら出来ないというのに。まずは、そこから特訓するつもりか?
アリアの場合は、最低でも戦力になるよう戦闘訓練でもやらせるつもりだろう。
しかし初代の羊だって、前大戦の途中で命を落としたのだ。
アリアも、およそ戦闘向きの性格ではない。
「……もし戦争が始まるとしたら」
該の問いに、ピクリと羊の耳が反応する。
「戦争?戦争が、また始まるというのですか?」
「仮定の話だ。もしMSの自由を勝ち取る戦争が再び始まるとすれば、お前はどうする?」
参加するのか、しないのか。
何気なく尋ねた該の問いに、アリアはしばらく考え込んだ後、答えた。
「表立って参加はしません。ですが、お爺様にまで被害が及ぶようでしたら、私も戦うでしょうね」
「そうか……」
似ていないと思っていたが、アリアは案外似ているのかもしれない。初代の羊と。
加えて坂井。あれも初代虎の印と実によく似ている。
十二真獣は、どいつも勝ち気な性格ばかりで構成されていた。
普段は優等生の司だって戦闘になると、がらりと性格が変わる。
だからこそ美羽は、この時代でもMS戦争を起こそうなどと考えたのであろうが……

あの頃とは違う。
戌の印と並んで強力な戦力だった、龍の印がいない。

それにミスティル。
失ったという彼の半身は、この時代に生まれているのだろうか。
今、戦争を起こしても、伝説のうち二つの印が欠けた状態の我々に勝ち目はあるのか?
もし負けて、美羽が死ぬような事でもあればと考えると、該の胸はキリキリ痛んだ。
それでも第二次MS戦争で一発逆転を狙うとしたら、その鍵を握るのは石板の存在だ。
財団が必死になって探している、MSの製造秘話、及び強化方法が書かれたSパーツである。
あれを手に入れればミスティルの半身も、そして葵野力也の疑惑も全てが解消される。
該は、そう考えた。

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