DOUBLE DRAGON LEGEND

第十七話 鬼神


一週間前、アリアと葵野が向かったのは、西大陸に広がるグリン樹海であった。
樹海に入る一歩手前の村に到着した二人は、樹海攻略を考えるべく宿屋で作戦会議を開く。
「闇雲に動き回っても見つけられるとは思えません」というアリアに、葵野が尋ねる。
「じゃあ、どうやって見つけるつもりなんだ?石板ってのは、地中に埋まってるんだろ?」
「ターミナルを探して、お爺様と連絡を取ります。先ほどの伯爵が気になることを言っていましたよね?」
O伯爵と名乗った、如何にも怪しい老人を脳裏に思い浮かべる。
コーティが怪しんでいたから、てっきり彼の話はアリアも信じていないのかと思っていたが……
「あ、あぁ。石板レーダーがなんとか、かんとか……」
呟く葵野へ頷き、アリアは席を立つ。
「本当に、そのようなものが造れるのか。それを、お爺様に聞いてみます」
「け、けどさ」
葵野も後を追いかけ、なおも尋ねた。
「君のお爺様って、機械とかそういうの得意なんだろ?なのに石板を研究してるのに、レーダーは造れなかったんだ。あの伯爵の話も嘘じゃないかなぁ?」
「造れない、とは言っていません」
ムッとした顔でアリアが振り返る。
「けど、造れるなら君に渡すはずだ」
葵野も負けじと反論し、二人の間に微妙な空気が流れる。
先に折れたのは、アリアであった。
「あれから造ったかもしれませんし。とにかく、造れるか否かを尋ねてみます」
折れたというよりは、葵野の意見を無視して爺さんに直接話を聞くつもりのようだ。
「じゃあ、さっさとターミナルってのを探したら?」
強情な小娘に葵野もムッときたのか、ぞんざいに突き放した。

アリアが通信端末を探しに宿を出た後、葵野は、ぼーっと宿で帰りを待っていたのだが。
遅い、遅すぎる。
すでに時計は半分を回ろうとしているのに、彼女が帰ってくる気配もない。
さては爺さんに尋ねて、納得のいく返事がもらえなかったから、恥ずかしくて帰ってこられないんだな?
などと一人で含み笑いしてみたものの、約一時間が経つ頃には葵野も心配になって宿を出た。
どこまで行っちゃったんだろう?まったく、手間のかかる子だ。
そもそも、こんな田舎の村に通信端末とやらがあるとも思えないし、もしかして首都まで戻ったのか?
だとしても葵野に何の連絡もなく一人で勝手に戻るなんて、何のために二人で行動していると思っているんだ。
村をうろうろしてアリアらしき少女を捜す葵野だが、彼女の姿は全く見あたらない。
途方に暮れて、最初の宿まで戻ってきた時、背後から気安く声をかけられた。
「よっ、そこのオニーサン。ちょっといい?」
聞き覚えのない声に、きょとんとして振り返ると、そこに立っていたのは、やたら派手な優男。
背がひょろりと高くて、真っ赤な髪の毛を尻の辺りまで伸ばしている。
手首や足首に、これでもかというぐらいの輪っかをジャラジャラつけていた。
「え……えっと……お、俺ですか?」
怯える葵野とは対照的に、男はカラカラと陽気に笑って頷く。
「そ。あんた。あのさ、オレさ、首都に行こうと思ったんだけど、道に迷っちゃったらしいんだよねー。でさ、あんたさ、首都ってドッチの方角にあるか、ご存じない?」
さぁ、困った。
首都はどっちかと教えるだけなら簡単だが、この男、道に迷うタイプだというではないか。
教えたところで、また迷子になっていたのでは、どうしようもない。
うっかり「あ、じゃあ案内しましょうか?」といった言葉を口走ってしまい、葵野は後で慌てたのだが。
「ホント?わ〜、恩に着るわ。じゃ、いきましょか」
男に押し切られ、気がつけば首都への道を歩き始めていたのだった。

せめて宿に一枚書き置きをしておけばよかったかな?と心配する葵野などそっちのけで、男は気安く話しかけてくる。
「あー、親切な人がいて助かったよ。このまんま一生首都にたどり着けないかと思っちゃってさー」
「あははは……まさかぁ」
「いや、まさかじゃないって、本気でそうだって」
いつしか男のペースに乗せられて、今度は葵野から彼に尋ねる。
「それで、首都へは何しに行くんですか?」と問えば、男は答えた。
「ん?あー、オレの半身を探しに」
「半身?」
「あぁ、前大戦で失ったオレの片身だ。あ、キミ、有希って知ってる?葵野有希。そうそう、キミみたいに緑っちぃ髪の毛した女の子なんだけど」
いきなり姉の名前を口走られ、葵野はドキッとする。
男は判っているのかいないのか、全くペースを崩さずに話し続けた。
「そいつのせいでさ、奪われちゃったのよ。オレの半身が。まったく、参るよなー。司がいなかったら半身どころか全身も失われてたかもしんねーんだもの。やんなっちゃうよね」
「ど……どういうことなんですか?葵野有希って、その、神龍……ですよね?」
恐る恐る尋ねると、男は嬉しそうに指を鳴らす。
「おっピーンポーン、正解!んでさー、神龍知ってるなら白き翼や鬼神も知ってるだろ?知らない?」
白き翼になら、会ったことがある。総葦司だ。
だが、鬼神は知らない。名前しか聞いたことがない。
ジッと葵野を見つめた後、おもむろに男が会釈する。
「わかんないかー、やっぱ伝説ったって千年も前のことだしねー。仕方ねぇっか!あのさ、オレさ、オレが鬼神なワケ。そ、伝説のMSとか言われて、大昔の戦争で張り切っちゃったヤツ」
「え……え、えぇぇっ!?
ずさっと葵野が後ずさるのを見て、青年は嬉しそうに笑う。
「い〜いリアクション!最高っ」
改めて『鬼神』は名乗りをあげた。
「オレさ、ミスティル・ハスパってのよ。本名。ま、ハスパ家のヤツは、とっくの昔に死に絶えてるんだけど。どっかでオレっぽい赤毛のヤツ、見なかった?それ多分、オレの半身だと思うんだけど、ねー」
赤毛と言われても、葵野の脳裏に浮かぶのはミリティアぐらいなものだ。
しかしミリティアは女性である。
いくらなんでも彼女が目の前の男の半身、ということはないだろう。
「そ、それよりも。神龍のせいで、あなたの半身が奪われたって……?」
「ん?そーだよ。村の連中を人質に取られたぐらいでね、オレ達に反逆してきたんだよ。まいっちゃうよねー司がいなかったら、今頃はサンクリストシュアなんて影も形もなくなってたんじゃね?死神も騎士も、あとオレもだけど、神龍と戦えるヤツなんて、司以外いなかったしなー。悪いことしちゃった」
それにしたってとミスティルは続ける。
「村人の命と仲間の命。どっちを優先するかなんて、聞かなくてもわかるよねー?普通は。なのに有希は村人のほうを取ったんだよねー、信じられる?でもマジ。これマジバナだから。村の奴らなんてMSを嫌ってたんだぜ?そんなヤツを助けて何になるんだっての、なー」
中央国で学んだ歴史とは、全く異なる話だ。
マジ話と言われて、すぐに信じられるような内容ではない。
葵野が幼い頃に学んだ歴史の教科書には、白き翼が仲間の命を見限ったせいで有希が怒って反論。
その彼女を白き翼は暴力で黙らせ、さらには軍団からも追放した――とある。
「で、でも……もし、その話が本当だとしても、どうして、あなたの半身が失われるんですか?」
声が震える。
よもや自分が有希の弟だとバレているのではないか、と葵野は疑った。
緊張する葵野とは対照的に、ミスティルは、あっけらかんとした表情で答える。
「オレが言ったんだよ。大儀の前には小事を捨てろって。まーつまりは村人を見捨てろって言ったワケ。したらさー有希のヤツ、すっげー怒って。闇討ちしかけられちゃ〜、さしもの鬼神様も手が出せませんってね。うっかり死ぬトコだったわ」
夜、とある女性と床を一緒にしている際、有希の闇討ちを受けたのだという。
「司の話だとさ、そん時オレと寝てた女にオレの力の半分が入り込んじゃったんだってー。どうやってかはわかんねーけど、まいるよねー。でさ、オレは待ったよ。オレの半身が生まれてくるのをさ」
最近、鬼神とよく似た赤毛を見かけたという噂を聞き及び、首都へ出向くことに決めたらしい。
そして、こうして迷子になり、葵野と出会ったというわけだ。
「司さー、有希のコト好きだったんだよねー。でもオレ達が役に立たねーから、仕方なく有希と戦ってくれたんだ。いいヤツだったよ、ホントーに」
生き残りが語る前大戦の話だ。できることならば疑いたくはない。
しかし信じるには、あまりにも東大陸の伝承と違いすぎる。
「戦争が終わったらさー、司も有希もパッタリ消息途絶えちゃってさ。チェッ、つれねーの。ま、有希には会いたかねーけど、司には会いたいかな。あいつが、どこで何やってるか、キミご存じない?あぁ、司の異名は白き翼ってんだけど」
どこで何をやっていたのか、鬼神は有希がとっくの昔に死んでいることを、ご存じないようだ。
せめて、それだけは教えてあげようと葵野がくちを開きかけた時、二人の上空を真っ黒な影が群れを成して飛んでいった。
真っ黒い影。
鳥かと思って見上げてみれば、いや違う。あれは――
「MD!?まさか、BOSもいなくなったのに、誰がアレを使ってるんだ?」
MDの軍団は、まっすぐ首都を目指して飛んでいく。
殺戮兵器が何の用もなく首都へ向かうとは、到底思えない。
となると、誰かが首都を攻撃しているのだ!
「ビーオーエス?何それ?」と尋ねてくるミスティルもそっちのけに、葵野は走り出す。
「急ごう、ミスティルさん!首都が、首都が壊滅する前にッ」

空を覆うほどのMDの大群は結構大きな音を立てて飛んでいったのだけれど、通信中のアリアは、それに気づかず見過ごしてしまった。
ターミナルを出てすぐ宿屋へ戻ったのだが、葵野の姿は何処にもない。
少しきつく言い過ぎたかな……でも、何も言わずに出ていかなくてもいいのに。
少しションボリした後、気を取り直して宿のマスターに葵野の行方を尋ねた。
「あぁ、あんたの連れ、緑色の髪の毛した坊ちゃんだろ?」
床掃除の手を休めず、マスターが受け応える。
「あんたを探してくるっつって出てったきりさ」
「私を……?」
探しに行かなくても、待っていてくれれば良かったのに。
ひとまずマスターに礼を言い、アリアは部屋に戻る。
こうして待っていれば葵野もやがて戻ってくるだろうと信じていたのだが、三十分が過ぎても五十分が過ぎても彼の戻ってくる気配がない。
夕飯を食べ終わる頃には、さすがに我慢もできなくなり、アリアは再びターミナルへ走った。
なんてことなの。
石板を探す前に、迷子を捜さなくちゃいけないなんて。今日は厄日かしら?
アリアが祖父から聞き出した情報によると、石板を感知するレーダーは現在開発中であるらしい。
何故それをお前が知っているのだ、と逆に驚かれ、アリアはO伯爵の話をエジカに告げた。
祖父はO伯爵については全く知らず、だが、とも付け加える。
ここ最近、発掘現場の近くを奇妙な人物がうろついている。
どうやら彼らの狙いも石板らしく、何回か発掘現場に無断で侵入した跡も伺えた。
その何某伯爵とやらも、そいつらの仲間かもしれない。
重々気をつけろ、とエジカ博士に念を押され、アリアは素直に頷いた。
それも含めて葵野に話すつもりだったのに、肝心の彼がいないのでは話にならない。
再び祖父へ通信を入れると、アリアは開口一番こう呼びかけたのだった。
「お爺様、たびたびすみません、アリアです。あの、迷子を捜すレーダーを作っていただけますか?」


西大陸の首都サンクリストシュアは、葵野が危惧したとおりになっていた。
サイレンが鳴り響き、空は赤く染まり、街のあちこちからは黒い煙が立ちのぼる。
逃げまどう人々の中で、たった一人。MDに立ち向かうMSの姿があった。
「皆さん!樹海の方角へお逃げ下さいませ!ここは私に任せて、さぁッ」
炎を身に纏う鳳凰の上空から叫ぶ声に従って、家を失った民衆が樹海の方角へ走っていく。
鳳凰は、ミリティアであった。
景見該を追いかけてサーカス団を出ていった彼女は、首都で彼の足取りを完全に見失う。
それでも諦めきれずに情報を集めていた矢先、この襲撃に出くわしたのだ。
サンクリストシュアは完全平和主義を唱える国である。
口先ではない。
街から軍隊や武器といった攻撃的なものを、全て排除していた。
総葦司の話では極秘裏に傭兵宿舎があるらしい。
だが彼らの姿が見受けられない辺り、それらも排除されたのであろう。
人々は突然の攻撃に逃げまどうばかり。
戦える者が誰一人いないのでは、どうしようもない。
なので仕方なく、ミリティアが立ち上がった。彼女はMS、戦える力を持つ者だったから。
あぁ、しかし多勢に無勢。
MDを片っ端から叩き落とすも、敵は無尽蔵とも思える数で向かってくる。
既に何機かは、攻撃の手を擦り抜けて王城のほうへ逃がしてしまった。
一人では民を守るのも、ままならない。
戦いの合間を見ては避難誘導をしているが、それも焼け石に水だ。

――このままでは犬死にだわ。

そんな思いがミリティアの心をよぎった時、上空に黒い影が現れた。
かと思うと、そいつは赤々とした炎を吐き出し、一箇所に固まるMDの軍団を焼き焦がした!
「えっ!?」
自分以外に炎を纏う鳥の出現で呆気にとられていると、今度は地上からも叫ぶ声が聞こえてくる。
「ミリティア、あとは俺達に任せて!君は少し下がって休んでくれッ」
声の主は、緑髪の男。
「小龍?あなた、どうして首都に!?」
驚くミリティア、そして地上で民の誘導に励む葵野を交互に見やり、ミスティルは何事か納得したような笑みを口元に浮かべる。
だが、それも一瞬のことで。
すぐさま振り返りざまにMDを叩き落すと、疲労気味のミリティアに声をかけた。
「そーゆーわけなんで。キミは樹海に逃げた人達を守ってやってくれる?」
「あ、は、はいっ」
慌てて地上へ舞い降りると、ミリティアは変身を解く。
軽い言い方だったけれど、男の言葉には逆らえぬ何かを感じた。一体、彼は何者……?
「小龍!オレが叩き落したヤツ、お前がトドメを刺せ!いいなッ!?」
上から命じられ、葵野が応える。
「判りました、ミスティルさんっ!」
ミスティルという名に聞き覚えはない。
ミリティアは首を傾げながら、樹海の方角へと走っていった。

鬼神ミスティルの炎はミリティアの比ではなく、空を覆うほどの黒い絨毯も大多数が片付けられた。
だがMDの奇襲は、それだけに終わらず、今度は遠くから「MSだ!MSの大群が、うわぁぁぁっっ!」という絶叫が聞こえる。
「第二弾のお出ましーってね。やっぱ一人じゃキッツイわ。あー、司か美羽がいてくれりゃーなー」
やっとMDを退けたと思ったら、次は殺戮MSのお出ましだ。
空でぼそりと愚痴るミスティルからは余裕の態度が消え、戦えない葵野はまともに狼狽える。
「おい小龍!キミも、どっかに避難してろよ?戦えないヤツは、いても邪魔だしね」
言っていることはもっともなのだが、どこかグサリと突き刺さる一言に、葵野も即座に返事が返せない。
それでも、くるりと踵を返した彼の背中に、ミスティルの独り言が重なった。
「あーあ、せめて小龍が神龍の力を使えればなー。こんな疲労、すぐ回復できるってーの」
やっぱり、バレている……?
葵野が有希の弟である、ということが。
恐る恐る上空を見上げたが「ホラ、なにやってんの!さっさと逃げる」と追い立てられ、葵野は慌てて走り出す。
その上空を、さっと影が横切った。
「司!」
ミスティルの叫びを聞くまでもなく、急降下してきた白いものに葵野も目を輝かせる。
背中に羽根の生えた白い犬、『白き翼』が駆けつけてくれたのだ!
「葵野さん!ここは僕とミスティルに任せて、樹海へ逃げて下さい!」
「う、うん!」
力強く頷き、今度こそ本当に葵野は樹海へ向けて全力疾走。
その様子を見送るでもなく、続いて司は上空へ叫んだ。
「ミスティル!連携でいくぞ、協力してくれ!!」
「了解!」
司が到着したと判るや否や、鬼神の様子もガラリと変わる。
飄々とした表情は彼から消え、ギラギラした闘気が鳳凰の体を覆ってゆく。
炎が一段と燃えさかった。
「いくぞ!先に突っ込む、後始末はお前に任せた!」
白い弾丸が、一直線にMSの軍団目掛けて突っ込んでいく。
向かってくる者は片っ端から喉元に噛みつき、爪で額をブチ割り、腹を引き裂いた。
白かった毛並みは瞬く間に赤く染まり、それでも司の攻撃は勢いが留まることを知らない。
本能に身を任せ、野獣のように暴れた。
戦いにおいて、理性や優しさは不要だ。戦う力を鈍らせる。
一方のミスティルも「オーライ!」と司がやり損ねた分を焼き焦がし、それ以上先へは進ませない。
まさに獅子奮迅。
伝説のMSが二人も待ちかまえていては、痛みを知らないはずの殺戮MSも足並みが鈍ってくる。
中には、くるりと背を向け逃げ出す輩まで現れた。
精神をコントロールされているはずの殺戮MSが『恐怖』を覚えて逃亡するなど、世にも珍しい光景だ。
追いかけようとするミスティルに、司の声が飛ぶ。
「背を向けた者の後は追うな!向かってくる相手だけを確実に仕留めろ!」
その声で、ミスティルも場に留まり「了解!」と素直に従う。
そうだ、今は首都防衛を優先しなければ。
逃げたMSを追跡するのは、首都の安全が守られた後でもいい。
だが、司の言葉に反応したのはミスティルだけではなかった。

「あぁら、逃げる敵を追わないなんて。白き翼様は相変わらず、お優しい事ですわねぇ」

この、絡みつくような物の言い方。
黒衣に身を纏い、陽炎のようにひっそりと立つ女は――
「あっれー、美羽!ひっさしぶりぃー♪なに?美羽も手伝いにきてくれたの?やっりぃー」
ミスティルが素っ頓狂な声をあげ、ちらと上空に目をやった美羽も、くすりと笑う。
攻撃する手を休めず、司は彼女を見守った。なんだか嫌な予感がする。
伝説が三人になり首都の防衛も完璧になりつつあるというのに、妙な懸念が頭を離れないのは何故だ?
「……ですが、猛攻もそこまでですわぁ」
「ほえ?」
ポカンとするミスティル、及び戦い続ける司にもよく聞こえるよう、彼女は叫んだ。
「該!」
名を呼ばれ、ザッと殺戮MSの波をかき分けて前に出てきたのは黒髪のガッシリした男。
かつて騎士と異名を取り、司やミスティルと一緒に大戦を戦い抜いたMSの一人。景見該である。
「ガイ!」
喜ぶ鬼神を制し、司が短く叫ぶ。
「待て、ミスティル!」
該は一人ではなかった。
右手に少女を一人、抱きかかえていた。
そして左手には銃を持ち、少女のこめかみに押し当てている。
気を失っているのか、少女はぐったりとして身動きしない。
該、そして美羽の動きに目を光らせながら、司はゆっくりと間合いを外す。
「……これは、何の真似だ?二人とも」
「見ての通りですわぁ。人質を取りましたのよ。彼女の命が惜しければ大人しく投降なさぁい?」
高飛車な物言いには、上空のミスティルがブチ切れて。
「ハァ?誰とも知らん女のコ人質にとって、オレが言うこと聞くと思ってるワケ!?」と騒ぐも、司に制される。
「待つんだ、ミスティル!判った、美羽。条件に従おう」
大人しく頷く白い犬に、今度はミスティルが仰天する。
「な、なんだってぇ!?おい司、首都を、女王を見捨てる気かよ!」
「……だが!」
司の話は、まだ終わっていなかったようだ。
ギラリと剣呑に該、そして美羽を睨みつけると、白き翼は押し殺した声で続けた。
「サリア・クルトクルニアを傷つけるな。もし彼女に危害を加えたとすれば、僕は、けして貴様らを許さないだろう……!」
司の脅迫に、美羽はクスリと微笑み肩を竦めた。
「わかりましたわぁ。ワタクシ達も、なにも首都の住民を皆殺しするつもりで攻め込んだのではなくってよ。ただ、あの小娘……サリア女王に、しばらくの間、黙認していて頂ければ宜しいだけの話でしてよ」
「黙認?何をするつもりなんだ」と司は尋ねたのだが、美羽には軽くはぐらかされる。
おまけに後ろ手に縛られて、ミスティル共々、美羽の連れてきた兵士達に引っ張っていかれる羽目になった。
司は該の手に抱かれている少女に目をやった。
アリア・ローランド。
語り部の末裔であり、十二真獣でもある娘だ。
何故、アリアが人質として選ばれたのか――該と美羽、二人の動向を探る必要があろう。


司は知らなかったが、この日、捕えられたのは彼らだけではない。
樹海へ逃げ込んだ首都住民や葵野、ミリティアもまた、財団の連中に待ち伏せをくらい囚われの身となった。
首都陥落。そして多くの民が捕虜となった戦いの噂は、瞬く間に西大陸全土へと広まる。
首都奪回と人質救出に立ち上がったのが、サリア信望者である砂漠王の治める砂漠都市であった。
しかし、砂漠都市のMS部隊だけでは如何とも人手不足は否めず。
忠実な家臣のアモス・デンドーが東大陸へ旅立ったのには、そうした理由があってのことだった。

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