DOUBLE DRAGON LEGEND

第十六話 各地分散


巨悪が世界に潜んでいる限り、平和な時代は訪れない。
そういった葵野の説得もあってか結局のところ、ウィンキーとタンタンは石板探しへ協力することになった。


東大陸へ渡ったアリアも、無事、幻影都市で葵野達と合流する。
葵野も石板を探していると知った彼女は、ならば手分けして探そうと提案してきたのであった。
「今現在連絡不能なのは、該さんとミリティアさん、そして司さんですか」
「司ァ?あんな野郎はいらねぇぜ」と、すかさず坂井が駄目出しし、皆に睨まれる。
「司さんも該さんも前時代を生きてきた十二真獣ですよ。石板の隠された詳しい場所を知る人物かもしれないんです」
反論するアリアを睨みつけ、坂井が逆に聞き返す。
「なら、どうして奴らは今までに見つけてねぇんだ?」
「自分達には必要ないと判断されたから……ではないでしょうか」
「だったら」
フン、と鼻を鳴らして坂井は締めくくった。
「奴らが今後協力してくれるって可能性もねぇわけだ」
言い負かされ、シュンとなるアリアを庇うように、コーティが前に出る。
「おい、貴様!」
「なんだよ?」
新顔の男に坂井が目を向けると、コーティは鼻息荒く怒鳴りつけた。
「私の妹に無礼な口を訊くのは、やめてもらおうか。妹は恐れ多くも語り部の末裔、貴様などが」
「やめて、兄様!」
後ろからアリアが止めるも兄は止まらず最後まで言い切った。
「対等に口を訊ける相手ではないッ!」
坂井は全く臆することなく、逆に鼻でハンと笑い飛ばす。
「語り部の末裔が恐れ多い存在かよ?伝説のMS並に伝承を残していなきゃ、恐ろしくも何ともないぜ」
「伝説のMSなぞ、所詮は力押しで権威者を退けた人殺しだ!」
司や該までもを否定する、この新顔男にはタンタンも葵野もムッときて彼を睨みつける。
「多くの真実を知り、真の歴史を次の世代に語り継ぐ!語り部こそが、真の英雄に相応しい存在なのだッ」
コーティの名演説は、しかしながら坂井の心には届かず。
彼はチラッと疎ましげにコーティを見やると、あっさり論議を横に流した。
「ったく、グダグダうるせぇよ。今問題にしてんのは、そんな話じゃねぇだろ?」
「そ、そうです、兄様。今は皆で手分けして石板を探そうという話をしていたんです」
慌ててアリアも賛同し、怒りの収まらぬまま引き下がったコーティは腹いせ紛れにリオへ八つ当たり。
「リオ、貴様も当然参加するのであろうな?」
ずっと黙って立っていたリオが頷く。
コーティはメガネの奥から鋭い眼光を飛ばし、彼を威嚇した。
「だが貴様は、妹とは別行動を取って貰う。これ以上、二人きりにして間違いなどあっては」
「まぁ、まぁ!お兄さんの気持ちも判らへんでもないけど、喧嘩はよしぃや?な?」
すかさずウィンキーが間に割って入り、場の雰囲気を持ち直す。
まったく、この新顔。アリアの兄という紹介だが、ちっとも妹と似ていない。
学者肌の優男に見えて、気性の荒さは坂井とドッコイだというんだから困ったものだ。
「えっと、じゃあ、手分けするにしても、どういう風に、どこを探す?」
葵野が仕切り直し、一同は机の上に広げられた地図を見下ろした。
地図には幾つか丸印がついている。
発掘現場や、過去に研究機関があった場所だ。
「まず……お爺様が担当しているファルムハスト砂漠の発掘現場。それから、ここ、幻影都市の発掘現場。蓬莱都市の郊外にある洞窟にも、石板があるという噂です。それから……西大陸の樹海、ここには昔、MSの研究所があったという話です」
ここと、ここ、とアリアが次々に地図の上を指さしていく。
「山の上にも印があるけど?ここは何があったの?」とタンタンが尋ねるのには、ロウが答えた。
「わからん。だが、その山の上に宝が眠るってのは、ハンター界隈じゃ結構メジャーな噂でね」
「あぁ!オレも知っとんで、蜃気楼の魔物が守っとるっちゅーやつやろ?」
相づちをうつウィンキーに「蜃気楼の魔物?」と、タンタンが首を傾げる。
「姿が見えない、だが人の声はするってやつでね。山の上には見えない何かがいるらしい」と、ロウ。
ウィンキーも頷き、付け足した。
「実際、登った奴の何人かが遭遇しとるらしいで?」
タンタンは、ますます首を傾げる。
「その魔物が宝を守ってるってのは噂なんでしょ?ホントかどうかも判らないじゃない」
「何故その魔物が侵入者を倒しているのか。気にならないか?何かがあるんだよ、きっと」
そう言われても、タンタンは全く気にならない。
むしろトレジャーハンターが何故、それを気にするかのほうが気になってしまう。
「山の上か……」
コーティが呟き、一同の顔を見渡した。
「空でも飛べない限り到着できんぞ」
「そうですね」
アリアも溜息をつく。
こんな時、空を飛べる仲間、ミリティアか司がいてくれれば。
しかし、いない人間を頼っても仕方がない。
「どなたか、飛行船か飛行機は持っていないのですか?」
アリアの無茶な注文に、サラもロウも苦笑して答える。
「そんな豪華なものを持ってるぐらいなら、トレジャーハンターなんかやってないって」
飛行船も飛行機も、金持ちの道楽だ。
庶民が簡単に入手できるようなシロモノではない。
「じゃあ、ひとまず山の上はナシ、と」
山頂につけられた印に×を書き込む葵野。
「まずは樹海と砂漠と洞窟とココか。ココの発掘は俺と葵野で充分として、他はそっちで分担しろよ」
手をひらひらさせて追い払う仕草の坂井にアリアは首を真横に振ると、もう一つの場所を丸で囲んだ。
「いいえ、もう一つあります。お爺様の情報源によると、西大陸の此処……」
地図には『キングアームズ財団』と書かれている。
「ここに、石板が保管されている……とのことです」
「キングアームズ財団、に?」
驚く葵野を横目に、坂井がニヤリと笑う。
「なるほどねぇ。さっすが語り部の末裔様、考えることが英雄だな?」
「どういう意味だ?」と問うコーティには振り返らず、坂井は真っ直ぐアリアだけを見つめた。
「そこから石板を奪ってこいってわけだ。そうなんだろ?」
アリアも真っ直ぐ彼を見つめ返し、頷く。
「いいえ、正確には奪い返すのです」
「アリア!?」
「奪い返すって、どういうこっちゃねんアリアちゃん?」
騒ぐ皆をゆっくり見渡して、彼女は言い直した。
「あの石板は、財団が博物館から強奪した物です。石板を彼らに渡してはなりません。私達MSの未来を守るためにも」
石板って全部で何枚あるんだ?と尋ねる葵野へも、アリアが答える。
「過去見つかった石板の記述によれば、最低でも、あと五枚は隠されているそうです」
改めて地図を見て、葵野は呟いた。
「じゃあ、このどれかがアタリで、あとはハズレってこともあるわけだ」
「でもさ」
タンタンが割り込み、アリアを見上げる。
「石板石板ってゆーけどぉ、具体的には何が書かれているの?」
それに答えたのは、兄のコーティ。
「人がMSとして生まれるに至った過程や、MSのDNA解析、そして製造方法などが記されているのではないか――というのが、学者達の総合予想だ。実際に見つけてみないことには、断言できんがな」
製造方法……
MSを人工的に生み出すといえば、真っ先に思い出すのがトレイダーの存在である。
彼は、どうやってSドールやAドールを生み出したのであろうか。
もしかして、トレイダーは石板を所持しているのではないだろうか?
いずれ、やつの居所も探さねばならない。
坂井の勘では、トレイダーはまだ死んでいないように思えた。
「見つけ次第、アリアちゃんのじーちゃんに石板を渡せばエェんやな?」
「そうです。石板さえ見つかれば、お爺様達が解析して下さいます」
その解析の中に、MSの変身能力についての記述も見つかればよいのだが。
葵野が『神龍』の名を受け継いでおりながら、自分の意志で変身できない理由も未だに謎だ。
彼さえ龍変化が常時可能になれば、こんなところで石板探しなどしなくても済むものを。
『神龍』が持つ特殊能力――
人の怪我を完全に治癒する能力。
あれさえあれば、坂井は怪我を気にせず全力で戦える。
「では、分担を決めましょう」
アリアの言葉で、物思いに沈んでいた坂井も我に返る。
「各地に必ず一人はMSが欲しいな。力仕事が要りようになるかもしれないから」
ロウのリクエストを受けて、皆はそれぞれの場所担当を決めた。

幻影都市の発掘現場は、ロウ率いるトレジャーハンターの一団とウィンキーが残る。
蓬莱都市の洞窟へは、リオが行きたいと希望した。
砂漠にある発掘現場へは、コーティが戻ることに。
西大陸に広がるグリン樹海へは、アリアと葵野が行くことになった。
そして最も危険を極めると思われる、キングアームズ財団へは……
「俺が行く」
やはりというか当然というか、財団行きを希望したのは坂井であった。
「あ、坂井がそっち行くなら俺も……」と言いかける葵野を制したのは、同行者のアリアではなく兄のコーティ。
「貴様、私の妹を一人で樹海に迷わせるつもりか!?」
「に、兄様っ」
小声で止める妹など無視して葵野へ詰め寄り、詰め寄られたほうも迫力に負けて首をブンブン振った。
「ご、ごめんなさいっ、冗談でした!妹さんは俺が守りますから、ご安心をっ」
争いをよそに「ん?タンタンはドコ行く予定なんや」と尋ねるウィンキーに、彼女が答える。
「あたし?あたしはねぇ……」
思わせぶりにトコトコ歩いていくと、タンタンは坂井を見上げて、にっこりと微笑んだ。
「キングアームズ財団!あたしも一緒にいくよ、嫌だって言ってもついてくからね」
臆病なはずの彼女の、この決断に驚いたのは坂井のみならず、その場にいたコーティを除く全員が驚かされたのだった。


かくして、各地に分散した一同だが。
西大陸へ渡った途端、アリアと葵野、そしてコーティは謎の老人に呼び止められる。
老人はO伯爵と名乗り、三人を喫茶店へと誘った。
不審に思いながらも誘いに乗ってみると、店に落ち着いた直後、伯爵が語り始めた。
「私は長年MSを研究している者じゃが……君のお爺さん、エジカ博士とは度々連絡を取り合っておる」
「お爺様と?」
コーティとアリアは顔を見合わせる。
O伯爵、そんな人がエジカ博士の情報ネットワークにいたかしら?
「あぁ、博士と連絡を取る時は別のハンドルネームで話しとるから、君らは知らんじゃろ」
慌てて伯爵が言い直すのを見て、コーティの不安は、どんどん大きくなっていく。
だが妹が興味津々で聞いているので、彼も黙って続きを聞くことにした。
「君達に、伝言を頼みたい。私から話してもいいんだが、今は通信機も持っておらんでな」
「一体なにを、お伝えすればいいんですか?」
尋ねるアリアへ、ちょいちょいと手を振り、伯爵は顔を近づけろと合図する。
ぐぐっと前のめりになった三人へ、小声でひそひそと話した。
「新たな石板の在処じゃ。私の孫娘が発明した石板発見レーダーによれば、首都から見える火山」
「レッカ火山ですね」
相づちをうつコーティに頷き、伯爵は続けた。
「あの火山の中にある」
「火山の中に?でも、レッカ火山は活火山ですよ?そのような場所へ近づくのは、危険です」
アリアは眉を潜め、コーティもウゥムと唸る。
火山の中に石板が眠るなんて話は初耳だし、そもそも、このO伯爵自体が信用できない。
先ほどから葵野は大人しい。
いや、全然話に入っていけていないようで、ぼーっと座っている。
迷ったコーティは、一人蚊帳の外な彼にも話を振ってみた。
「おい神龍、貴様はどう思う?火山の中に石板はあると考えられるか?」
「……え?」
葵野が、まるで夢から覚めたような目で、こちらを見た。
どうやら、まるっきり伯爵の話を聞いていなかったようである。
怪訝な顔のコーティに、慌てて彼も謝る。
「あ、ごめんなさい。全然聞いてませんでした」
……やっぱりか。
もういい、彼は放っておこう。
どのみち三人には、優先しなければならない場所がある。
信用できるかどうかも疑わしい伯爵某の与太話に関わっている暇など、ないのだ。
「では、一応博士には連絡しておきます」
話を断ち切るようにコーティが立ち上がり、アリアと葵野も彼に従った。
「随分と慌ただしいようじゃが、諸君らは一体どこへ行くのかね?」
伯爵が探りを入れるも、コーティはピシャリと「博士の元ですよ」とだけ答え、先に店を出る。
「ご、ごめんなさい。急いでいるのです」
アリアも会釈し、兄を追いかけた。
その後をぼんやりした葵野が追いかけて店を出ていくのを見送ってから、O伯爵は懐から通信機を取り出すと、おもむろに何処かへ通信を入れた。
「はい、こちらO伯爵。奴らを確認しました。エジカの孫達は、このまま博士と合流する模様。……え?神龍の護衛ですか?いえ、虎男は同行しておらぬようです。同行者はエジカの孫が二人のみ。えぇ、博士の元へ合流するのだとか。……はい、はい。判りました。では、このまま尾行を開始します」
やがて通信機を切り再び懐へしまい込むと、彼も席を立って三人の後をつけていった。


一方、幻影都市に残ったウィンキーは、夜はサーカスの公演、そして昼に発掘作業を手伝うことになった。
元々ウィンキーはトレジャーハンターである。
昔取った杵柄とやらでロウやサラとも話が合い、たちまち三人は意気投合。
発掘作業をしながら、石板について語り合った。
「メガネ野郎、あのコーティとかいう野郎はMSの生い立ちばかりを強調していたがな。俺は思うんだ。石板には、もっと具体的な……MSの強化や製造方法が書いてあるんじゃないかってな」
「MS強化?」
「じゃなきゃ、皆が血眼になって探す価値もねぇだろ?なにしろ人間を越えるパワーを持つMSだ、うまく雇えば無敵の軍隊が作れるってなもんで」
「そっか〜、そやなぁ。確かにオレが三十人おったら都市壊滅なんて、あっちゅうまやろなァ」
「そもそもMSは病気だったっつーのが定説だった。しかし、なら何故MSのDNAは遺伝する?俺の予想では、ホントは誰かが大昔、遺伝子をいじくって人工的に造り出されたんじゃないかってワケだ」
「そやなぁ。トレイダーも、ほれ、なんちゅったかナンタラドールってのを造り出しとったし」
「トレイダー?誰だ、それ」
「あらロウ、知らないの?B.O.Sを率いていた悪の科学者よ。もう死んじゃったみたいだけど」
「へー。まぁ、もう死んだんなら安心だな」
「……ところで、二人は何で石板を捜しとったん?やっぱ売りさばくために探しとったん?」
「えぇ、最初はね。でも途中から違ってきたわ。神龍様に頼まれたの、一緒に探してくれって」
「神龍サマ?って、葵野に?」
「えぇ。どうしても、自分で自由にMSに変化できるようになりたいから……きっかけを掴むためにも、石板に書かれた記述を読みたいからって、頼まれたの。土下座されてね」
「あの英雄の弟が、俺達に土下座までするんだ。こいつぁ無下に断るわけにゃ〜いかねぇだろ?」
「そらそ〜や。しっかし、葵野のやつ、まーだ自力で変化できへんのかぃな。なんでやろな?」
「そういえばウィンキーに聞きたいんだけど。MSって、どうやって変身するの?」
「ん?どうやってって?変身するーって頭ん中で念じると、体が勝手に変化するんや。簡単なモンやで」
などと、話は次第に神龍やMSの仕組みに移っていき、やがて夜になる。
ウィンキーは慌ててサーカス団に戻り、夜はハンター達だけでの発掘作業が続いた。

約一週間が過ぎた頃だろうか。
掘っても掘っても石板らしき欠片すら見つからず、早くもウィンキーは発掘作業に飽き始めていた。
そんな彼の元へ、珍しい客が現れる。
「アモス!騎士様やん、どないしたん?砂漠王のお守りはせぇへんでエェんかいな」
砂漠都市を守っているはずのMS騎士、アモス・デンドーが来訪したのである。
嬉々として出迎えるウィンキーを遮り、単刀直入にアモスが切り出した。
「神龍殿とアリア殿が財団の連中に捕えられた。ウィンキー殿。彼らを救出するため、私に貴殿の力を貸してもらいたい」
それは、あまりにも唐突すぎる話で、ウィンキーは一瞬、頭の中が真っ白に染まる。
「…………なんでやのーんっ!!?
数テンポ遅れて発した彼の叫び声に、辺りの木々からは一斉に鳥が飛びたっていった。

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