東大陸・幻影都市――
一応都市と名は付いているものの、首都中央国や他の都市と比べて規模は小さい。
かつては発掘現場として栄えたこともあったが、それも過去の遺物。
今では住む者も少なく、広がる森に飲み込まれつつあった。
発掘現場から少し奥、森へ入る手前に流れる川の近く。
花畑に埋もれるようにして寝そべる青年が一人。
傍らには猫のように丸くなって眠る黒と黄色の縞模様、虎の姿もあった。
「二人とも〜!お昼よ〜ッ」
遠くから呼ぶ声に、青年がぱちりと目を覚ます。
「あ、飯だって。ほら坂井、行こう」
軽く隣の虎も足で突いて起こすと、立ち上がった。
青年の名は葵野力也。
中央国の次期王位継承者であり、『神龍』の名を継ぐ者――であった。
虎と一緒に、女性の声がした小屋へと走っていく。
今日の昼飯は炒飯だ。間違いない、匂いで判る。
B.O.S城襲撃の日、炎の海に飛び込んだ坂井を追いかけて葵野も炎へ飛び込んだ。
炎の中で二人はトレイダーを見失い、意識までも失いかける。
次に坂井が目覚めた時には既に発掘現場まで移動しており、傍らには葵野の姿があった。
どうやって脱出できたのか?そして、何故ここにいる?
それらを葵野に尋ねても、彼は曖昧に笑ってごまかすだけで、けして教えてくれなかった。
その代わり彼が坂井へ教えてくれたのは、トレイダーを倒すための秘策でもある石板探しであった。
今、彼らはトレジャーハンターの一団と寝食を共にしている。
寂れて久しいとはいえ、ここ幻影都市の発掘現場にも人は訪れる。一攫千金を狙う輩だ。
昼間は、そうした連中と石板を探し、夜は戦闘特訓。
特に葵野がいつでも変身できるようにMSとしての能力に重点を置いた特訓を始めた。
国へ戻るには、まだ早い。
トレイダーを探し出して倒すまで、坂井も葵野も旅をやめるつもりはない。
「けど、やっと目的が見つかったって感じ?ほら、今までは悪って言っても漠然としてたじゃないか」
嬉々として話す葵野の肩を激しく叩き、むせこませながら坂井が呆れる。
「アホか。トレイダーなんざ、所詮スタート地点の雑魚だ。俺達の目標は、この世の全ての悪をブチのめす!トレイダーの行方が判るまでの、次の標的は」
パラパラと片手で雑誌をめくり、とあるページで手を止めた。
「キングアームズ財団!こいつらにキマリだな」
「って、食事中に雑誌なんて読まないの!行儀悪いでしょッ」
せっかく決めたところを悪いのだが、後頭部をベシッと叩かれて、坂井は炒飯の皿に勢いよく顔を突っ込んだ。
葵野は苦笑しながら、容赦ないツッコミを入れた相手を振り返る。
「ですよね〜。あ、サラさん。おかわり、お願いできますか?」
エプロン姿の金髪女性ことサラも微笑むと、葵野の差し出した皿へ炒飯を盛り上げた。
「ふふっ、いいわよ。たくさん食べてね!」
「ってーな!何しやがんだ、このアマァ!!」
やっとこヘッドバッドで皿と正面衝突のショックから坂井が立ち直るも、葵野に軽くいなされてしまう。
「ほら、唾飛ばさない。食事中だぞ?あ、顔に炒飯ついてるし」
指ですくい取った米粒をぺろりと舐める彼を見ているうちに、坂井も段々怒っているのが馬鹿らしくなってきた。
「……ったく。オラ、さっさと食って午後の作業に参加すんぜ」
「うん!」
嬉しそうに微笑む葵野の横で、照れ隠しに炒飯をかっこむ坂井。
この二人、なんだかんだで仲良しなのである。
かねてよりトレジャーハンターの面々も東の小龍様は知っていた。
だが小龍様に、このように親しい間柄の友達がいるとは知らなかった。
微笑ましい二人へ目をやると、満足の溜息をついてから、サラは鍋を洗い場へ持っていくが。
途中で振り返ると、何かを思いだしたかのように呟いた。
「あ、そうそう。そういえば、ロウが言ってたわね。今日は夜頃、サーカスが来るんですって」
途端に「サーカス!?」と葵野の目がキラキラ輝き出すが、坂井の一言でピシャリと締められる。
「そんなもん、見てる暇ねーぞ。お前は、少しでも早く変身をモノにしなきゃいけねぇんだからな」
「うん……」
たちまち萎れる葵野を気兼ねしたかサラが坂井に何か言いかけるも、ギロリと睨まれて身を竦ませた。
どことなく険悪な雰囲気を救ったのは、小屋へ入ってきた人物だ。
「お。どうした、喧嘩か?」
「別に喧嘩なんざしちゃいねぇよ」
「ふぅン……ま、いい。それより二人とも、今日の発掘な。午後の作業はナシだ」
顎に生えた無精髭をさすり男が言うのへ、坂井が突っかかる。
「何でだよ!?一刻も早く、石板を見つけねぇといけないんじゃなかったのか!」
予定変更は葵野もサラも聞かされていなかったようで、思わず声をあげた。
「どうしてなの?ロウ」
「ん?何でって、そりゃあモチロン」
ロウと呼ばれた男はニッカと笑い、坂井の胸を思いっきりどついて答えた。
「全員で、サーカスを見に行くからだ!」
夕日が落ちる前にはサーカス一座も広場へ到着しており、着々とテントが張られていた。
「サーカス一座どうぶつ団、今夜公演開始ですよ〜!絶対見に来て下さいね〜っ!」
大声張り上げてチラシ配りをしているバニーガールに、葵野は見覚えがあった。
以前、坂井と二人で東へぶらりと戻ってきた時に立ち寄った小さな村で、あの時は確か『どうぶつ旅芸座』と名乗っていたサーカス団。
そこの看板娘にソックリだ。
サーカス一座なんて、そう数があるわけでもない。
どうぶつ旅芸座がパワーアップして、サーカス一座どうぶつ団になったのだろう。
物珍しさにキョロキョロしていると、目の前を大きな物がノッシノシと通り過ぎる。
「スゲー!でけぇーッ」と、たちまち子供達の歓声に囲まれたソレを見て、葵野はアッとなった。
見覚えのある長いシッポ。
何人もの子供達を、軽々と持ち上げる逞しい両腕。
体中、剛毛で覆われた大きな猿。
なにより特徴的なのは、アタマがモヒカン刈りな点。
「ウィンキー!?」
名前を呼ばれて、大猿が陽気に振り返る。
「オレの名前を知ってるたぁ、どうぶつ団もケッコー有名になったもんやなぁ。なぁ、トァ……」
言いかけ、猿は目の前の青年に釘付けとなった。
目に痛いほどの鮮やかな緑色の髪の毛は、見間違えるはずもない。
「あ、あ、アオイノやーん!うわー、めっちゃ久しぶりィ!!」
両手に子供を抱えたまま大ザルが突進してくるもんだから、再会を喜ぶ暇もなく、葵野と坂井は慌てて避難しなければならないハメになった。
公演が始まる数時間前。
再会を喜ぶウィンキーにつれられて、葵野と坂井の二人はサーカス団の控え室へ案内される。
「うわー!なんや、生きとったんなら何で連絡よこさへんねん!皆、心配しとったで?サリア女王も」
「サリア女王が?」
驚く葵野の横では坂井が憎まれ口を叩く。
「ハッ、平和主義の女王様らしいことで」
「まァ、女王が心配しとったんは、あないな別れ方したせいやろけどな」
ウィンキーもひとまず同意してから、矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「けど、今までドコで何やっとったん?あれから国へは帰ったんかいな?」
「あはは……質問責めだね、ウィンキー」
苦笑しつつも、葵野が答える。
「中央国へは、まだ帰ってないよ」
「なんで〜?婆ちゃん心配させたらアカンがな。たった一人の身内なんやろ?」
和やかな会話に割り込んで、逆に坂井がウィンキーへ尋ねた。
「そういうテメェこそ、なんでサーカス団に居座ってやがるんだ?相棒のドハデ女は、どこ行きやがった」
すると笑顔だったウィンキーは、みるみるうちにシュンとしぼんで、小さな声でボソボソと語り出す。
「あ、あぁ……ミリティア?ミリティアやろ?坂井が言うてんのは。あいつな、ガイがいなくなった後、あいつを追ってサーカス団出ていきよったんや……」
「え……えええええええええええええええ!!!?」
意外な顛末に葵野はもちろんのこと、坂井も驚いて腰を浮かしかける。
ミリティアは、てっきりウィンキーとデキて……いやいや、彼の恋人だとばかり思っていたのに。
「じゃ、じゃあ、タンタンは?タンタンも該を追って出ていっちゃったとか!?」
「いや、タンタンは」
ばさっと控え室のカーテンが開き、小さな影が入ってくる。
「ウィンキー、小龍様が戻ってきたってホント〜?って、ホントだぁ!うわーい、ひっさしぶりぃ♪」
頭には兎耳のアクセサリーをつけ、フリル全開の衣装を身に纏った幼女。
彼女こそはタンタンではないか。
「あ、タンタンはいるんだ」
ホッとしたように言う葵野へタンタンが聞き返す。
「何?何の話?」
「タンタンはな、ホンマはアリアちゃんトコ預けられる予定やったんやけど」
ウィンキーを遮り、本人が得意げに胸を反らす。
「やっぱり、こっちに帰ってきたの!だって、ここがあたしのマイホームだもんね」
「今な、オレとタンタンがサーカス団の看板張っとんねん。……はは、ホントはオレとミリティアの二人がサーカス団の華ンなるはずやったんやけどな……」
あからさまにウィンキーの声には元気がない。
ミリティアが去ってしまい、落ち込んでいるのがバレバレだ。
タンタンがフンッと鼻息も荒く彼を励ます。
「なーによ!ミリティアなんか、いなくたって、あたしがいるじゃないッ。それともナニ?ウィンキーはあたしが相棒じゃ嫌だっていうの?」
襟首を掴まれ、慌ててウィンキーも訂正する。
「いや、そないなことは言うてへんやんか!ただなー、長年つれそった相棒がいなくなるっちゅうんは、やっぱ寂しいもんやで?色々と」
だが彼女には聞こえないようウィンキーが小声でぼそりと漏らした愚痴を、葵野も坂井も聞き逃さなかった。
「それに、タンタン幼女ちゃうんやもん。そのカッコで二十歳越えは反則やで……」
「ええええええええええええ!!!?」
――控え室に、再び絶叫が轟きまくった。
サーカス一座どうぶつ団の公演は、幻影都市でも大好評であった。
小柄で身軽なタンタンは火の輪くぐりと空中ブランコを、大柄で腕力自慢のウィンキーは岩石破壊で客席を大いに沸かせた。
開始前から長蛇の列が並び、公演が終わった今でも客席には、ちらほら残っている人影が見える。
再び控え室を訪れた二人は、入るなりタンタンの怒号で迎え入れられた。
「なーによ!あたしが二十歳越えてちゃ悪い?そんなに意外!?」
大好評を博したというのに、タンタンの機嫌は悪い。
彼女を何とか宥めようと、葵野は尋ねた。
「いや、悪くないけど普通はびっくりするっていうか……もしかしてタンタンも十二真獣だったりするのかなーって。ホラ十二真獣って、すごい長生きだって言うじゃないか。だからタンタンも」
「失礼ね!」
テーブルに乗ったコップが浮くほどの勢いで机を叩き、タンタンが激昂する。
「こー見えても、まだ二十五歳なの!あたしは!何千年も生きてるガイと一緒にしないでくれる!?」
「二十五歳?なんだ、結構ババァじゃねぇか」
ぼそりと余計な事を呟く坂井に、ますます彼女の怒りはヒートアップ。
「なんですってぇぇぇ!?」
青筋立てて怒鳴るタンタンを、まぁまぁと制して葵野は更に尋ねた。
「あ、じゃあ、該が十二真獣ってのは知ってたんだ、タンタンも」
「……そりゃあ、ね。これでも昔は騎士様のおっかけやってたんだから」
「おっかけ?」
じゃあ、やっぱ前大戦の頃には生まれてたんじゃん、と言おうとする二人を制して、タンタンは慌てて訂正した。
「あ、言っとくけどね、リアルタイムで追っかけてたわけじゃないから!子供の頃、歴史の授業で十二真獣のコト知って……そんで、騎士様に憧れたっていうかー」
「だっせ」
「なぁんですってぇぇぇ!?」
坂井の容赦ない一言に、再び燃え上がるタンタン。
今度は止めようともせず、葵野は一人で考えた。
該の話によると十二真獣というのは、全部で十二人。
それぞれ、鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪の姿に変化する人工MSだ。
鼠や牛の姿に変化する者など、この地上には結構な数がいる。
だが、これも該からの受け売りだが、十二真獣は他のMSにはない特別な能力を持つという。
現在判明している十二真獣は、アリア、該、坂井、司、美羽の五人。いや、葵野も入れれば六人だ。
漠然と――
本当に漠然とではあるが、世界中の悪を倒すには彼らの力を借りなければいけない。
葵野は、そう考えるようになっていた。
坂井は石板さえ集めれば、なんとかなると思っている。気楽なものだ。
……いや、そうじゃない。
坂井は初めから、誰の力も借りることなく自分一人で成し遂げようとしている。
あまりにも無謀すぎる。世界は広いのに。
石板探しには、葵野のほうから誘った。
全く乗り気ではなかった坂井も、最近は自分から積極的に発掘へ参加するまでになった。
それには、ロウ率いるトレジャーハンターのチームが一役買っている。
彼らが教えてくれた情報、石板に書かれたMS出生の秘密を解き明かすことで己自身を知る。
それが葵野の成長にとって、一番の近道であると坂井も考えたのであろう。
「……なんなの?急に黙っちゃって、考え事?」
不意にタンタンの声が間近に聞こえ、葵野も我に返る。
「あ、いや、そのっ」
慌ててブンブンと手を振って気まずさをごまかしながら、彼は話を戻した。
「その……タンタンは、どうして該の後を追わなかったの?ずっと一緒に仲間としてやってきたんだろ?なのに、どうして」
ぷぅっと頬を膨らませて彼女が答える。
「いなかったんだもん」
「いなかった?」
「あたしが戻ってきた時には、既にいなくなってたの!」
「でも、後を追うことは出来たんじゃねーのか?ドハデ女みたいによ」
横から突っ込む坂井をジロッと睨みつけ、タンタンは吐き捨てた。
「あたしまで出てっちゃったら、このサーカス団がどうなると思ってんのよ!?今まで世話になった礼を忘れるほど、あたし、恩知らずじゃないんだから!ガイみたいにッ」
「……でも、騎士様って呼ばれていたんだ」
ポツリと呟いた葵野に、誰もが「え?」となって彼を見た。
皆に注目されていると知って、葵野は少し照れながら思ったことを告げる。
「伝説のMSって呼ばれている人達は、皆、立派なMSだよね。先代の神龍も、白き翼も。だから、該だって立派なMSなんだ。恩知らずなんかじゃない。きっと、ここを出ていったのには理由があったんだよ」
ウィンキーが頷く。
「そや、ガイは誰かを探しに行く旅へ出るー言うとったわ。それが誰かは教えてくれへんかったけど」
今が言うチャンスだと葵野は考え、思い切って二人に話してみる。
「俺達、今は発掘現場で作業の手伝いをしてるんだ。聞いたことないかな?石板の話。大昔の学者がMS出生の秘密を書き記したっていう」
即座に反応したのはウィンキー。
「おー!聞いたことあんで?Sパーツやろ?」
「Sパーツ?」と逆に聞き返す葵野へ「あれ?しらんの?」と呆れてから、彼は頷いた。
「MSの作り方から弱点まで全てが記されとるっちゅうスペシャルパーツ、幻のオタカラや!オレもトレジャーハンターやっとった頃は、よう探したもんやで。ミリティアと一緒に!」
「そうか、なら話も早ェや」
ニヤリと笑みを浮かべ、坂井がタンタンとウィンキー、両名の顔を見比べる。
「サル、それからウサ女も、俺達を手伝え。お前らでもいないよりはマシだ、悪と戦うための手駒になってもらうぜ」
この頭ごなしの命令には、タンタンが真っ先にブチキレた。
ということを、伝えておく。