DOUBLE DRAGON LEGEND

第十一話 突入−4


B.O.Sの城へ忍び込んだものの、すぐに見つかってしまった葵野は、血まみれの猪と再会した後、二人まとめて個室に監禁されてしまう。
「しばらく、そこでお待ちになって下さいませな。この戦いが終わり次第、小龍様?アナタだけは家へ帰して差し上げましてよ」
そう言い残し、二人を捕らえた御堂美羽は扉を閉め、外からはガシャンと錠のかかる音が聞こえた。
サリア女王を助け出し、トレイダーを倒す。
そのはずが、今や囚われのお姫様第二号になろうとは。
坂井に知られたら、また怒られてしまう。
傍らで転がっていた茶色の塊が身じろぎしたので、葵野は声をかけた。
「……該。大丈夫か?怪我してるみたいだけど……」
返事の代わりに茶色の毛がボロボロと抜け落ち、猪だったものは人間へと姿を変える。
服はズタズタで、腕や背中、いたる処に傷が刻まれており、見るからに痛々しい。
だが、彼は思ったよりも冷静な声で「平気だ」と答えると、座り直す。
「君を一人で戦わせちゃって……ごめん」
頭をさげる葵野へ静かに首を振り、該は言った。
「女王を助けるのは白き翼の役目。トレイダーを倒すのが神龍の役目ならば、囮にまわるのは俺の役目となるだろう……葵野、お前が謝る必要など、どこにもない。この傷は、逃げるタイミングを見誤った俺のミスだ」
血はだいぶ乾いたようだが、見ていられず、葵野は視線を外した。
「……ごめん。ホントは、こういう時に癒しの力が使えたら良かったんだけど……」
「使えないのだろう?」
真顔で尋ねられ、葵野は視線を外したまま頷く。
葵野は力が使えない。神龍の力であり、MSの能力でもある癒しの力が。
該が小さく溜息をつく。
呆れてしまったのかと思ったが、そうでもないようで、彼は淡々と話し始めた。
「十二真獣の力は、目覚めのきっかけを必要とする。葵野。お前にはまだ、それが来ていない。時が来れば……きっかけがあれば、お前も先代と同じ力に目覚めることになるだろう」
「該は……いや、」
傷を目に入れないようにしながら、葵野は彼を見た。
「何だ?」
「十二真獣って、何なんだ?アリアも前に言っていたけれど。それって伝説のMSを指すのか?」
首を振って該が訂正する。
「違う。生まれながらに長い時を生きることが定められたMSだ」
「長い時を?でも、伝説のMSだって長生きじゃないか。それとは違うのか?」
食い下がる葵野に、もう一度首を振ると、該はポツリと呟く。
「伝説のMSと呼ばれるのは十二真獣の生き残りだ。それに、語り部の末裔も長い時を生きる」
語り部の末裔?
確か、アリアの家系も語り部の末裔ではなかったか。
「十二真獣には、生まれながらに特別な力がある。普通のMSが持たざる驚異的な力を。それは遠い昔に、決められた法則で生み出された」
「生み出された?誰にッ」
MSを人工的に作り出せる人物といえば、トレイダーだが……
葵野の考えを見越したように、該は続ける。
「トレイダーではない。遥か昔、別の者によって造り出された。それが俺達、十二真獣だ」
淡々と話す彼を見ながら、葵野は項垂れて呟く。
「……該は、物知りなんだな。それも十二真獣の持つ記憶ってやつなのか?」
葵野もまた十二真獣であるはずなのだが、彼には、そんな遠い昔の記憶など何一つ残っていなかった。
そもそも前大戦の頃には、彼はまだ生まれておらず、今まで生きてきた二十年間の記憶ぐらいしかない。
「そうだ。お前にはないのか?記憶が……」と逆に尋ねられ、葵野は力なく首を振る。
「俺は……本当は、神龍じゃないから」
神龍と呼ばれていたのは姉であり、もし姉が生きていれば力也が神龍と呼ばれる事もなかったのだ。

あの日、B.O.Sが中央国を襲撃してきて――
街が戦火に包まれ、姉も兵士も多くの殺戮MSと戦い、そして散っていった。
姉は強かった。
神龍、伝説のMSと呼ばれるだけの実力があった。
それでも彼女一人では、どうにもならない戦力差があった。
次々と投下される軍団の前に精も根も尽き果てて、姉の有希は敗れ去った。
幼い力也と、年老いた婆様を残して。
戦火の中、姉を捜して彷徨っていた力也は、そこで坂井と出会ったのである。

「それよりも……十二真獣っていうからには、十二人いるのか?」
「そうだ。子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の法則で造られし存在だ……」
「え?ね、うしとらう……」
「判りやすく言うと、鼠に変化する者、牛に変化できる者などで構成されている」
「でも、虎や牛の姿に変身できるMSなんて、そこら中にいると思うけどなぁ」
首を傾げる葵野に「そうだな」と該も同意して頷く。
「だが、普通のMSにはない力が彼らにはある」
「さっき言った法則で、しかも特別な力を持っているMSが、十二真獣って事か?」
やっと閃いたのか嬉しそうな葵野へ頷くと、該は改めて彼の瞳を真っ向から覗き込んだ。
「そうだ。彼らを見分けられるのは語り部の末裔のみ。そして、あの娘が……アリアがお前を十二真獣だと言ったのならば、お前は紛れもなく十二真獣ということになる」
「で、でも」
葵野は言いよどみ、思いついた事を口にする。
「俺は、そんな大昔に生まれてないし」
彼の迷いをぶった切るように、該が断言した。
「十二真獣は遺伝する。隔世遺伝で知ることもあれば、何かのきっかけで目覚めることもある」
アリアのようにか。
彼女も両親は普通の人だと言っていた。
祖母方の血にMSがいて、それで遺伝したのだと。
「……俺と美羽は」
不意に声のトーンが落ちたので、おや?となった葵野が該を見ると、彼は心なしか強張った顔をしていた。
「白き翼と共に、前大戦を戦ったMSだった」
「あの人、御堂美羽って人……」
彼女も十二真獣の一人らしい。彼女自身の話を信じるならば……だが。
どこか人を小馬鹿にしたような嫌味さがあり、あまり好きになれない相手だ。
だが、彼女には信条がある。
他人の意見ぐらいで、どうこうできるほど簡単に崩れ落ちたりしない確固たる信条が。
強靱な意志と言い換えてもいいだろう。
あれが伝説の大戦時代を生き抜いてきたバイタリティーの源なのか。
該がピクリと反応し、こちらを見る。悲しそうな目をしていた。
「……会ったのか」
「うん……」
葵野は頷き、ふと感じた疑問を該へぶつけた。
「彼女も十二真獣だと名乗っていた……十二真獣っていうのは何なんだ?悪なのか?それとも、正義なのか……?」
該は黙っている。
そうだとも違うとも答えずに。


一の陣、二の陣と軽々突破してきた坂井達は、続き三の陣へと突っ込んでいく。
「……おかしいですわね?」
上空を飛ぶミリティアの声に、大猿のウィンキーが聞き返す。
「なんやて?ナニがおかしいねん」
「この陣……」
飛んできたMDを片っ端から落としながら、彼女は首を傾げた。
「大将の姿が存在しませんわ」
「逃げちまったんじゃねーのか?」とは、坂井。
相も変わらず遠慮なしの全力で敵を引き裂いている。
体の縞模様は、今や縞すら確認できないほど真っ赤に染まっていた。全て敵の返り血である。
重傷のタンタンを抱えるようにしながら、リオの背中に跨ったアリアも周囲を見渡した。
ミリティアが言うように、三の陣を守るリーダーらしきMSは影も形も見あたらない。
「任務放棄……でしょうかね?」
彼女も首を傾げるが、傍らのタンタンが呻くのを聞き、長居は無用と判断した。
「リオ、ここは坂井様達にお任せして、私達は城へ先行しましょう」
「お、おい、また二人だけで先行すんのけ?オレらと一緒に行った方が安全なんとちゃうの!?」
慌てるウィンキーへは笑顔で振り向き、アリアはリオの背中をポンポンと蹄で軽く叩いた。
「大丈夫です、リオの足を信じてあげて下さい。彼が本気で走れば、並の兵士には追いつかれたりしませんから」
得意げにブルルッとリオも嘶くと、二、三度蹄を鳴らした後は、勢いよく走り出す。
「コラァッ、待たんかいぃぃッッ!」
叫ぶウィンキーに砂埃をふっかけて、瞬く間に城の方へ。
砂埃にゲホゴホやっていると、目の前にボトリと何かの部分が落ちてくる。
何なのか、と近寄って見てみれば、それは誰かの足であった。
「うぇいっ」
悲鳴と共にウィンキーは飛びずさる。
ついでにお尻で何かを勢いよく弾き飛ばしたが、この混戦で避けられないようなマヌケは、きっと敵だ。
気にしないでおこう。
「……ったく、人の話を聞かない奴らだぜ」
ウィンキーの前に足を投げつけた張本人、坂井も呆れたようにリオの走り抜けた方角を見ていたが、すぐに興味が失せたか別のMSへ嬉々として向かっていった。
「ちょっとォ、少しは手加減して下さいませ!?」
ミリティアが叫ぶのにも構わず、片っ端から敵を噛みちぎる。
城の周囲を埋め尽くすほどいたはずのMDやMSは、今や数える程度まで減っている。
残っているのは死体と、怯えて撤退を始める者ぐらいだ。
逃げ出す輩は坂井が追いかけてトドメを刺した。
「オレら、ホンマに強かったんやなぁ」
改めて、自分の強さに恐れをなしたウィンキーであった……


一方、城に潜り込んだ司は――
サリア女王の手を引き、何処かへ逃げ出そうとする二人組と睨み合っていた。
一人は水色の髪、もう一人は桃色の髪を長く伸ばした女の二人組だ。
「その手を放せ!大人しく女王を返すならば、命までは取らないと約束してやるッ」
犬ではなく、人の姿に戻った司が牽制する。
サリアさえ取り戻してしまえば、後はどうとでもなる。
トレイダーは坂井か葵野が片付けてくれるだろうし、彼さえいなくなればB.O.Sも事実上崩壊となろう。
それに、少女達は見たところ疲労している。
少し脅せば女王を返してくれるだろうと司は踏んだ。
「う、うるさい!白き翼、妙な真似をしてみろ!?サリアのこめかみに穴が空くことになるぞッ」
水色娘が癇癪を起こし、女王のこめかみに銃を押し当てる。
意外やサリアは落ち着いており、横目で彼女を睨みつけると冷静に言い放った。
「……あなた方の命運も、ここまでですね」
「な、なんだと!?」
「ツカサが現れた以上、あなた方の企みは崩壊いたしました。私を撃ちたければ、お撃ちなさい。ですが私の死が、黒幕を世界に告げることになるでしょう。ツカサが私の死を、全世界へ伝えてくれるでしょうから」
さすが国一つ収めるだけの器量はあり、女王としての貫禄に満ちた一言である。
だが、余計な真似をして死なれてもらっては困る。
司は彼女を助けるつもりで此処へ来たのだから。
「女王、あなたはまだ死んではいけないッ。あなたには世界を平和にするという大儀があったはずだ!」
説得するも、答えを聞く前に桃色娘がサリアを殴りつけた。
「人質が、我々に命令するな!」
殴られた拍子で、女王の口元からは血が垂れる。口の中でも切ったのだろう。
「サリアッ!」
叫ぶ司へ、サリアは弱々しく微笑んだ。
「だ、大丈夫です……ツカサ。少し、殴られただけですわ」
殴られたことなんて、生まれて一度もないくせに。
女王の強がりに、司は目の前が滲んだ。
勝ち誇ったように、水色娘が銃を司へ向ける。
「白き翼!我々に勝ったと思うのは早いぞッ。我々はB.O.Sが滅びようと、どうでもよいのだ!滅ぶなら滅べばいい!」
なんと、いきなりの捨て鉢発言だ。これには司も動揺する。
「なんだと!?」
「我々はトレイダー様に見捨てられた……最早、失うものなど一つもないのだ」
形勢逆転。銃口を向けられたまま、司は素早く考える。
何かあるはずだ、彼女の動揺を誘う為の言葉が。
「トレイダー?それが、あなた方のマスターですか」
そう言ったのは司ではない、サリア女王だ。
彼女は二人組から視線を逸らし、そっと呟いた。
「……可哀想に。利用されるだけされて、捨てられるとは……」
カッとなった水色髪の少女に、サリアは銃で殴られる。
「黙れ!!」
「サリア!」
叫ぶ前に足は飛び出していた。
こめかみを殴られた女王が床へ倒れるよりも早く少女の一人へタックルを浴びせると、続く銃弾を転がって避け、もう一人の足下にスライディングして銃を取り上げた。
形勢逆転、さらに大逆転。
司は銃を構えたまま油断なくサリアを庇う位置に立つと、二人へ命じる。
「……いいか、これ以上は抵抗するな。抵抗すれば、僕は容赦なく君達を撃つ」
「ツカサ……!」
女王は多分、背後で非難の目を向けていることだろう。
だが彼女を守るためなら、司は地獄の魔王とも戦うつもりでいた。
「僕に銃を撃たせないでくれ。……さぁ、三つ数える間に行くんだ。いーち、にーぃ、……」
さん、を言い終える前に、少女達の姿は廊下の先へ消えた。
くたくた、と背後で女王が崩れ落ち、床に座り込んでしまう。
司のおかげで緊張の糸も切れたようだ。
銃を懐へしまい込み、司は振り向く。
「お手柄でしたよ、女王。あなたの牽制は完璧でした」
笑顔で褒めるも、女王に抱きつかれ、彼はオットットッとよろめいた。
「サリア……」
「ツカサ、ツカサ!怖かったのです、あぁ、本当に怖かったのですよ!あなたが来てくれて、私、私……っ」
少女のように泣きじゃくる女王を、しばしの間、司は黙って抱きしめる。
彼女の泣き顔を見るのは、これで何度目だろう。
そして、何年ぶりのことだろうか――

←Back Next→
▲Top