影から影、屋根から屋根を、人影が走り抜ける。
草木も眠る、この時間。起きているのは猫か泥棒ぐらいなもの。
そう、街を走り抜ける人影は泥棒達。
『怪盗キャットファイター』の面々だ。
警察署の魂とも言える旗を、盗んでしまおうというのだ。
誉の指名手配ポスターが張りだされた仕返しってわけだ。
囮に飛行船を飛ばし、その隙にメンバーが警察署へ忍び込む。
そういう手はずになっていたはずなのだが――
「お、おい、龍輔!見ろ、屋上ッ」
堀の手前まで近寄ってきて。
どうやって越えようか龍輔が考えていると、不意に相棒が騒ぎ出す。
樽斗の指さす方角へ目を凝らしてみれば、高い塔の屋上にて、二つの影の向かい合う様が見えた。
「……なんだ?誰だ、一番乗りしやがったのは」
訝しげに眺める龍輔へ、手渡されたのは望遠鏡。
覗いてみて、あっとなった。
一人は悠平。我等が怪盗団のボスである。
そして、もう一人は誰であろう。
警察服に身を包み、拳銃を悠平へ突きつけている。
「あのオヤジ、単独突入して見つかってるようじゃ誉が囮になった意味が全くねぇじゃねーか!」
悪態をつく龍輔に、今回ばかりは樽斗も同意する。
「全くだよ。誉ちゃんが敵を全部引きつけるまで待てって言ったの自分の癖にィ」
だが、しかし。
もう少し注意深く見ていれば、何故ボスが単独突入してしまったのか。
その原因が二人にも判ったかもしれない。
悠平は、何も好きこのんで一人で突貫したのではない。
彼は、追い立てられるうちに屋上まで登り詰めてしまったのだ――!
「畜生、いい加減しつっけぇぜ!」
警察署の屋根を走り回って、悠平は飛んでくる銃弾から身を伏せる。
最近ちょっと贅肉がつきすぎだから、ダイエットにはなるだろうが。
塔の近くで見つかったのは、完全に誤算だった。
しかも悠平を見つけた相手はヒラの警官じゃない。
下っ端からは、アッサレフ警部と呼ばれていた。
そいつと追いかけっこするうちに、塔の天辺まで逃げてきたというわけだ。
「おぅおぅ、汚ェもんブラブラさせやがって。視界の暴力だぜ?こんのクソ猫ジジィ」
ヨレヨレのシャツに無精髭の警部にゃあ、言われたくない。
「うるせェ若造が!汚ェ野次を飛ばしている暇があったら俺を捕まえてみやがれってんだ、うひぃッ」
しゃべっている途中にも弾が飛んできて、悠平は慌てて身を屈める。
ついには屋根の端っこまで追い詰められ、とうとう逃げ場がなくなった。
銃の狙いを定め、ギリサムが勝ち誇る。
「デブジジィ、念仏でも唱えな。こっから逃げるにゃ飛び降りるしか手がねぇぜ」
「てやんでぇ、何のために飛行船を飛ばしたと思ってやがる!誉、おい誉〜、俺を助けろォォ!!」
自分の立てた作戦もチャラにして悠平は誉に助けを求めるが、それよりも早く警部の銃が火を噴いて。
「あぁ〜〜れぇ〜〜〜っ!」
哀れ、キャットファイターのボスは塔の上から真っ逆さま。
はたして悠平の生死や、如何に。