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怪盗キャットファイター

樽斗のお誕生日

怪盗団の誕生会は、メンバー全員が漏れなく祝ってもらえる。
皆からのプレゼントは全て盗品だ。
ケーキも基本的にはボスの悠平が、どこかの店から盗んでくる。
だというのに風花の誕生会は、これまでのパターンを破って手作りのケーキが振る舞われた。
彼女だけ優遇されるのは、ずるいと思う。
今後の誕生会は全て手作りケーキにするべきだと、樽斗は強く願うのであった。

「え〜!そんなの自分で頼んでよ、なんで私に頼むワケ!?」
裏路地で少女の甲高い声が響き渡る。
シィーッ!と唇に指を当てて、樽斗は大騒ぎする幼馴染を宥めた。
「お前っきゃ頼める奴いないんだよ、判るだろ?俺が直接頼んだって、言う事聞いてくれる相手じゃないし」
何を頼んだのか。
自分の誕生会で振る舞われるケーキを、莉子にリクエストさせたい。
リクエストの宛先は龍輔だ。
風花の誕生会で、彼は手作りケーキを披露した。
それがまた、ほっぺたが両方とも落ちるんじゃないかと思うほどの美味しさだったのだ。
風花の誕生日のみならず、全員の誕生日で焼いてほしい。
しかし、龍助と樽斗は別段仲良しってわけではない。
彼と一番仲が良いのは、恐らく誉だろう。
だったら誉に頼めば……と思われようが、誉に頼み事をするのは龍輔へ直談判するよりもハードルが高い。
あの少年は、どこか浮世離れしており、何年一緒に怪盗をやっていようと高い壁を感じた。
その点、莉子ならば。幼い頃からの友達だし、なんといっても自分より可愛い。
龍輔だって風花を好きになるぐらいだし、可愛い女の子には弱いと見て間違いない。
「で、でも。私が頼むのって変じゃない?だって誕生日なのは樽斗なんだよ?私が、ただの食い意地張ったやつみたいじゃない」
ぷぅと頬を膨らませて怒っていても、チャーミングだ。
龍輔も風花なんて性悪女じゃなく莉子を好きになってくれれば、双方ウィンウィンでハッピーエンドだったのに。
「お前、俺との関係を忘れちゃったのか?俺達は幼馴染にしてマブダチだぞ。マブダチの誕生日を美味しいケーキで祝いたいと考えるのは麗しき友情ってもんだ」
「マブダチってほど仲良くなった覚えもないけど」と言い返してから、莉子が溜息をつく。
「けど、うーん、そうね。友達の喜ぶ顔が見たいから、手作りケーキを食べさせてあげたい……筋は通っているか」
物わかりの良さも彼女の美点だ。
「それでいこう。頼んだぜ!」と莉子を送り出し、樽斗は来るべき己の誕生日に心を馳せるのであった。

樽斗案で莉子が龍輔にリクエストしてみた結果。
龍輔の答えは「そんなに樽斗を祝ってやりたいんだったら、お前がケーキを焼いてやったら、どうだ?」であった。
「えーっ!ケ、ケーキなんて焼いたことないよ」
当然ながら莉子は泡を食い、龍輔に苦笑される。
「そんな難しく構えるもんでもないさ。なんだったら、作り方を教えてやろうか」
「えっ!」と、莉子の胸は激しく高鳴る。
龍輔と二人っきりのケーキ作り。思ってもみない大チャンスだ。
莉子は龍輔が好きだ。
彼が怪盗団へ入った当日、顔で一目惚れした。
仕事で優しくされるうちに、どんどん歯止めが効かなくなり、彼には好きな子がいるんだと判っていても、好きだと思う気持ちを止められなくなった。
幼馴染の樽斗には、その悩みを相談したはずだが、それでも手作りケーキを頼みに行かせる辺り、こういった結果になることまで見透かしていたんじゃないかと莉子は勘ぐる。
「いきなり難しいもんを作ろうったって厳しいだろうから、まずはケーキの基本からな。ほら、このボールに卵を割ってみろ。割ったら、他の材料もブチ込んで根気よく混ぜるんだ」
泡だて器を持たされて意気込む莉子の背後に回り、龍輔が、そっと手を添えてくる。
距離の近さに莉子は思わず「うぅえっ!?」と変な悲鳴をあげたが、後ろから伸びてきた手は何も莉子を抱きしめようとしているんじゃなく、単にボールが動かないよう固定してくれているんだと判って二重に恥ずかしい。
「なんだ、どうした?」と尋ねられたって、「う、うぅん、なんでもない」と返すのが精一杯だ。
材料をかき混ぜているだけなのに頬が熱い。
距離の近さもさることながら、莉子が失敗しないようフォローしてやろうという気遣いが、たまらなく嬉しい。
やり方を教えるだけで手伝ってくれない、これまでに出会った大人とは全然違う。
しかも大人でありながら、歳は莉子と、それほど離れてもいない。
少し年上のお兄さん、といった離れ具合だ。
言われるがままに材料をかき混ぜた後は、型に流し込んで釜で焼く。
熱された釜は見るからに熱そうで、怯んでしまった莉子の代わりに龍輔が釜へ型を入れてくれた。
やけに手慣れたふうなのが、ますます彼を魅力的に見せていく。
「あ、あの」と思わず好奇心が勝って尋ねた。
「なんだ?」
「龍輔ってケーキ以外も作れるの?その、料理とか」
「まぁな。あんま凝ったやつは無理だが、簡単なものなら多少はな。もし興味あるんだったら、あとでレシピを書いてやるよ」と親切にも申し出られて、莉子は勢いよく頷いた。
「あ、あのっ!その時は」
「あぁ、手伝ってやるから、やりたい時は、いつでも誘ってくれ」
彼の微笑みが輝いて見える。
ただでさえイケメンなのに笑顔もイケメン、接する態度もイケメンでは、好きになるしかないではないか。
もはや誰の誕生日のためにケーキ作りを学んでいるのかもスカッと忘れて、莉子は、ただひたすら、龍輔の動作に逐一見惚れるのであった……


そんなわけで。
来るべき樽斗の誕生会でのケーキは、莉子の手作りと相成った。
龍輔作と比べたら混ぜも焼きも追及点で、はっきりいって悠平の盗んでくる量産型ケーキよりも不味かったのだが、文句を言うかと思っていた幼馴染は意外な反応を見せた。
「莉子!俺は今までお前を誤解していたぜ。俺のために不器用ながらも不味いケーキを作って全力で祝おうとするお前の姿は、愛と呼んで差し支えないだろう……俺も、お前を愛している。受け取れ莉子、愛のキッスを!ブッチュゥゥ〜ンッ!」
斜め上な叫びと共にタコ口を突き出して飛びかかってくる樽斗には、長い付き合いの莉子でも「ハァッ!?」だ。
汚らわしい唇が届く寸前で龍輔に叩き落されて床に這いつくばる姿を見たって、同情が一欠片も湧いてこない。
てっきり、こちらの恋心を理解した上で龍輔の元へ行かせたのだと思っていたのに、何も関係なかったとは。
感心して損した。
「お生憎様!あなたなんて、ただの幼馴染としか思ってないし」
ぷいっと顔を背ける莉子に、風花が乗った。
「だよね〜。樽斗なんかを好きになる女の子って、よっぽど目が悪いか頭が悪い子だよね」
そこまで下げられる覚えも樽斗にはないだろうが、今回だけは莉子もフォローができない。
「ほーら、愛の失敗作ですよぉ。責任とって全部食べなさい、残したら許さないんだからね」
床に這いつくばる幼馴染の口の中に、これでもかとケーキを突っ込んでやった。
「も、モガモガッ、責任って何だ!?」と口答えする樽斗には、蔑みの視線で言い放つ。
「ケーキのリクエストを自分でやらないで、私へ押しつけた件に決まっているでしょ」
だが、その押しつけのおかげで、多少は良い目を見られたのでヨシとしておこう。
龍輔の直筆レシピが入ったポケットを、そっと撫でて、莉子は細やかな幸せに浸る。
足元でカニの如くブクブク泡を吹いて、半分白目をむいた幼馴染なんぞは視界の片隅にも入れない方向で――


おしまい