BREAK SOLE

∽番外∽ 春名と秋子と瞳のひな祭り


宇宙人と戦っていた頃は満足に祭りの一つも出来なかったけれど、戦いが終わった後は、ぼちぼち祝い事が復活した。
ひな祭りも、その一つ。一日だけと短いが、女の子の成長を願う日だ。

「この文献によると」
本屋で買ってきた本をめくりながら、瞳が言う。
本の表紙には『日本のお祭り大全』と書かれており、春名たちが生まれるよりも前から日本に存在した全ての祝日祭事を完全網羅していると帯で謳っていた。
「ひな祭りっていうのは菱餅と雛霰を食べて、甘酒を飲んで、お雛様を飾るお祭りだね」
「ひしもち?餅……食べ物なの?どんな大きさなんだろ」と秋子は首を傾げ、隣で春名も「酒とつくからには、甘酒ってお酒だよね?たぶん」と腕を組んで考え込む。
三人とも酒を飲めない歳じゃない。
それでも首を傾げたのは、『甘酒』なるものはスーパーやレストランでも見たことのない代物だったからだ。
――何故、三人は唐突にひな祭りへ興味を持ったのか?
何のことはない。昨日、TVで特集されていたのだ。
各国古来の祭りに関する特集で、日本限定の代表的なお祭りとして『ひな祭り』と『節分』が紹介された。
どちらも春名が生まれる頃には廃れて久しいが、番組内にて祭りを復活させた団体の紹介と雛霰の見本が映し出されて三人の好奇心を刺激した。
やってみようと言い出したのは秋子だ。
それに瞳が乗っかって、本屋で買い求めたのが先程の本である。
三人は春名の家に集まり、ひな祭りの準備を始める。
女の子だけのお祭りだからと、興味津々近づいてきたクレイを追い払って――
「ね、やっぱりクレイも混ぜてあげない?仲間外れは可哀想だよ」
クレイことブルー=クレイは、かつて宇宙人と戦い勝利した英雄パイロットだ。
戦いが終結した今は、大豪寺家でお手伝いさんとして働いている。
台所から追い払った際、彼が悲しげな表情を浮かべていたのを思い出して、春名は言うだけ言ってみたのだが、やはり秋子の返事は、にべもなく。
「だーめ。ひな祭りは女の子だけのお楽しみだもん」
「ね、とにかく、この本に書いてあるもの、全部用意しよう」
瞳は本に折り癖をつけて、一つずつ携帯に打ち込んでは検索をかけてみる。
「えぇっとね、菱餅っていうのは三色に重ねたお餅みたい。上から赤、白、緑の順で」
「わぁ〜、綺麗……!自作できるんだね。よーし、がんばろ!」
瞳の手元を覗き込んで春名は感嘆の溜息を漏らし、秋子も携帯を駆使して残りを調べていく。
「甘酒も自作するみたいだよ!待って、これだったら、お雛様も自分で作れそうじゃない?」
幸い、雛霰だけは近所のスーパーでも買えるらしい。
残りは自作できそうだと判り、それぞれ必要な材料を手早くメモ帳に打ち込んでまとめた後の行動は早かった。
リュックサックを背負い、三人は一路大型マーケットへ向かったのである。

パンパンに膨れ上がったリュックサックと共に帰って来るや否や、三人は台所の机に材料をぶちまけた。
「よーし、春名は菱餅をお願い!瞳はお雛様を作ってくれる?あたしは甘酒に挑戦してみるからさ」
テキパキと秋子が仕切り、春名と瞳は素直に頷いた。
「春名はいいとして、秋子は甘酒、大丈夫?ちゃんと作れる?」と尋ねる瞳へ、秋子は自信たっぷり胸を叩く。
「米を煮るだけでしょ?大丈夫、ちゃんとレシピを見ながら作るんだしさ」
玄也お爺ちゃんは今日一日いない。
お婆ちゃんが気を利かせて、どこかへ連れていったらしい。
初料理と格闘する春名の脳裏には、何度も寂しげなクレイが浮かんでは消える。
ぶんぶんと勢いよく首を振って脳裏からも追い出した際に、隣で雛人形を作る瞳が目に入った。
型通りに、ピンクの紙と空色の紙をチョキチョキ切っている。
ピンクは女雛、空色は男雛に使うのであろう。
女の子の祭りと言いつつ、男雛があるのは不思議に感じた。
女雛は目元ぱっちり、黒髪は短めで何となく自分に似ているようにも思う。
男雛は目元涼やか、やはり短めの髪で色は空色。
……ん?空色は服に使うんじゃなくて髪の毛なの?
思わず二度見したが、間違いない。
ピンクの紙は女雛の服に使っているのに、瞳は空色の紙を人形の頭に張りつけている。
お手本と違う作り方にしたのは何故?瞳なりのアレンジなのか、それとも素で間違えたのか……
「春名、余所見してていいの?あんまり蒸しすぎるとドロドロになっちゃうんじゃない?」
秋子に突かれて、ハッと我に返った春名は鍋の中に目を落とす。
菱餅は三つの中で一番難易度の高い代物だ。雛人形は完成してから、じっくり眺めればよい。
「秋子こそ加熱しすぎないよう気をつけてよ?」と言い返したが返事はない。
真剣な眼差しで鍋を見つめる彼女を横目に、春名もニ枚目分の材料を流し込む。
三色揃って、はじめて菱餅と呼ぶ。ひな祭りは今日が本番だし、失敗は許されない。

ようやく完成した菱餅を皿に盛って、何回も写真を撮った後。
三人は声を揃えて「いただきまーす!」と叫んだ。
「なんか食べちゃうの、もったいないよねぇ」とは秋子。
瞳も頷いて、いろんな角度から菱餅を眺め回す。
「綺麗だよね……これをお餅で作ろうって考えるとこが、昔の人ってセンスあるぅ」
甘酒を一口飲んで、「あれ、思ったよりも甘くない……?」と呟いた春名と秋子の視線がかち合う。
「見た目ドロドロしているし、もっと甘ったるいのかと思ったよね!」
秋子は弾けるように笑いだし、つられて春名も笑顔になった。
「うん。さっぱりした甘みっていうか、美味しい。ひな祭り以外で飲んでもいいぐらい」
「いいんじゃない?」とは本に目を落とした瞳。
「昔は、寒い日にも飲んでいたらしいよ」
「そっかぁ……じゃあ、冬には甘酒を常備しとかないとね」と、春名は早くも冬に作る気満々だ。
秋子は皿に盛った雛霰を手に取り、口へ放り込む。
「ん、サクサクしていて美味しい!いいじゃん、これも祭り以外のお菓子にピッタリ」
「"ひな"あられなのに?」と笑いながら瞳が菱餅を食べるのを見て、秋子と春名も一色ずつ取り分ける。
一口、二口、黙々と食べていた三人が一斉に叫んだ。
「ん、これ、お正月のお餅と全然違う!草の香りがすごい!」
「エビの風味が口の中に広がって……新感覚!」
「美味しい……もちもちして、餅だから当たり前だけど、口当たりが滑らかで」
叫んだ後、え?となって、お互いの顔を見渡した。
「えー?春名の食べたやつってエビ味なの!?」
「秋子こそ、草の香りがするって、どんなお餅なの!」
「二人とも味付きだったんだ!私のだけ、普通のお餅じゃん!!」
それぞれにお互いの皿をつっつき、一口食べては大騒ぎ。
「普通のお餅も、いいじゃん!もちもち感マックス!」
「草の味も新鮮!いいよ、全部美味しい!」
「やばい、これ、普通にお店で売れるやつだよ!皆にも食べさせてあげたいっ」
ふと三人の脳裏に浮かんだのは、ひな祭りを調べている時に追い払ったクレイの顔であった。
やっぱり彼も混ぜてあげるべきだった?
でも、ひな祭りは女の子専用のお祭りだし――
「今度、ひな祭り以外の時に作ってあげなよ、春名」
菱餅をもぐもぐ食べて甘酒を飲みながら、秋子が言う。
雛霰をポリポリ噛みながら、春名も頷いた。
「そうだね。菱餅と甘酒は"ひな"ってつかないし、ひな祭り以外で食べてもいいんだよね、きっと」
「それじゃあ雛人形は、ひな祭り限定?女の子しか見られない人形なのかな」
三人の視線は自然と人形へ向かい、「それ」と秋子が尋ねる。
「春名とクレイ?」
「うん」
女雛はピンクの着物を羽織った黒髪の女の子で、男雛は茶色の着物を羽織った空色の髪の毛の男だ。
「本当はクマ柄にしようと思ったんだけど、私、あんまり絵が上手じゃないし」
「いいよ、茶色でもクマの雰囲気ばっちりだよ。本人にも見せてあげたいねー……」
人形は小さいながらも二人の特徴をよく掴んでおり、丁寧な出来上がりだ。
ハンドメイドのお店で売ったら人気商品になりそうだと春名は考え、ふふっと微笑んだ。
「明日は?明日は、もうひな祭りも終わっているんだし、クレイに見せていいよね?」
「そうだねぇ。お祭り以外の日に飾っちゃ駄目ってルールは、あるの?」
秋子に問われ、瞳は本を辿っていたが、やがて「げげっ」と小さく叫んで顔を上げた。
「いつまでも飾っていると、いかず後家になっちゃうんだって!」
「げーっ!これって呪いの人形だったの!?」と一旦は秋子もドン引きしたものの、「でも、春名なら安心だ」と満足そうに呟く。
「あ、安心って、どうして!?私、行かず後家になりたくないよ!」と慌てる春名の鼻先をツンと突っつき、秋子は悪戯っぽく笑った。
「大丈夫だよ。春名は、この家に結婚相手がいるじゃない」
――しばしポカンと呆けた後。
ようやく秋子の言わんとする意味が判った春名は、耳まで真っ赤に染まったのであった。

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