BREAK SOLE

∽89∽ さよなら


一騎討ちはクレイの勝利で終わり、サイバラ星人と地球人の間には和平が結ばれる予定になっている。
それらを全て放送し終わった後、軽快な実況をしていたカリヤはドッと疲れが出たのか、自分の椅子に倒れ込む。
「はぁ〜、疲れたぁ。今までの仕事の中で、一番疲れましたよ」
ぼやく彼に苦笑、爆笑、そして拍手が飛びかう。
「お疲れ様。今までの放送の中で、一番の出来だったわよ」
アイザに手放しで褒められ、カリヤは赤くなった。
「え、エヘヘ。それほどでも。あぁ、そうだ。誰かビデオに撮っといてくれただろうな?俺の晴れ姿!」
「……まったく。褒めた途端にコレだ」
艦長ドリクが肩を竦め、傍らでは厚化粧のメディーナが、まぁまぁと宥める。
「カリヤは最後まで、よく頑張りましたよ。ブレイカーを発砲できなかったのは残念だったかもしれませんけど」
「なぁに、撃たないに越したことはないさ」と言ったのは、ドリクではなく当のカリヤ。
これにはメディーナも呆れて「何よ、あんた、あんなに発砲したがってたじゃない?」と問えば、南米男は照れ笑いしポリポリと頭を掻いたのだった。
「いや、本音を言うとさ。生き物が乗ってる船には撃ちたくなかったんだよね……クレイが勝ってくれて良かったよ、ホントに!」


ブレイク・ソールの発着ブースにて、愛機を見上げた玄也は屈託なく笑った。
「ははは、見事に頭が吹き飛んでおるわい。おっそろしぃのう」
哀れ頭を吹っ飛ばされた蜘蛛型も、今はブレイク・ソールに積み込まれている。
搭乗者の玄也博士も、ブレイク・ソールに収監されていた。
いや、収監というのは妥当な表現ではない。
宇宙人に拉致されていた地球人として、正式に『救出』された。
一騎討ちの中継では多くの真実を伝えてきたが、一つだけ伝えていない真実がある。
それは、蜘蛛型パイロットの正体であった。
蜘蛛型に乗っているのが地球人だということを、彼らは故意に伝えなかった。
ただ、サイバラ星から来た宇宙人だとしか。
宇宙人との戦いに関して言うなれば、念動式を考案した大豪寺博士も立派に勝利の功績者である。
彼が警察や裁判のターゲットになってしまうのは、どうしても避けたかった。
「お爺ちゃん……ありがとう」
背後から声をかけてきた春名へ振り向き「何がじゃ?」と玄也は尋ね返す。
孫娘は微笑んで答えた。
「ちゃんと降参してくれて。それに」
窓の外へ視線をやる。
ブレイク・ソールの隣を並んで走行しているのは黒い戦艦、サイバラ星人の船だ。
「あの人達に和平をしろって奨めたのも、お爺ちゃんなんでしょ?」
可愛らしい勘違いへは首を振り、一応クライオンネの肩を持ってやる。
「いんや。儂は何も言っとらんぞ。決めたのは、あいつらじゃ」
実際彼らがどういうつもりで和平の道を取ったかなど、玄也は聞かされていない。
サイバラ星の皆と会うこともなくBソルに誘導されて、こちらの船に着艦してしまったのだから。
「そっか……」
感慨深そうに、春名がポツリと呟く。
「サイバラ星の人達も、本当はもう戦いたくなかったんだね」
春名の予想はアタリかもしれない。
長い航海は、人から気合と覚悟を奪ってゆく。
地球人を倒すぞと意気込んで出てきた皆も、長すぎる航海に疲れ果ててしまったというのも充分あり得る話だ。
「なんにせよ、あとはアストロ・ソール側の出方を待つばかりじゃな」
八つ足改の頭を吹っ飛ばされた衝撃でメインカメラもやられてしまい、玄也は降参しなくてはならなくなった。
しかし、負けたというのに気分がいい。
クレイとのファイトが、予想以上に面白かったおかげだ。
春名と二人、肩を並べて壊れた愛機を眺めていると、誰かが玄也を呼びに来た。
深緑色のジャンパーを身に纏う、ここのスタッフだ。
「大豪寺博士、それから春名さんも。サイバラ星人との交渉が終わったそうです。Q博士が召集をかけていますので、全員生活ブースへ集合して下さいとのことです」

全員が揃い、Q博士が話し始める。
その内容たるや、全てのスタッフに衝撃と動揺を与えた。
「ブレイク・ソールを破棄するんですかぁ!?」
真っ先に素っ頓狂な大声をあげたのは、整備班のジョン。
苦労して造った戦艦を丸々壊してしまうというのだから、彼が悲鳴をあげるのも無理はない。
「そうじゃ。それが和平の条件ではの、頷くしかあるまい」
対してQ博士はニコニコしながら答えている。
自分で設計図まで書いたブレイク・ソールを手放すのに、何の未練もないのだろうか。
「破棄するのは、戦艦だけではないぞ」
ざわめくスタッフ達をジロリと睨み、R博士も続ける。
「彼らは地球人に対し、ソル、戦闘機、その他全ての武力を捨てろと申し出てきおった」
「え、え、じゃあ、俺達どうやって地球に帰ったら」
心配するカリヤには、U博士が苦笑しつつ答える。
「もちろん、武力を廃棄するのは地球へ戻ってからですよ。そういう約束になっています」
「なんでだよ!」
ピートが声を荒げる。
「こっちが勝ったのに、なんで向こうの条件を呑まなきゃいけないんだ!?」
そのピートもジロリと睨みつけ、R博士は肩を竦める。
「無条件で全ての条件に従う奴がいると思うか?このバカモンが」
まぁまぁと間に割って入ったU博士が、憤るピートへ伝えた。
「その見返りとしてサイバラ星の皆様には、他星への呼びかけをお願いしておきました」
「お願い?」
首を傾げる猿山へ、彼は頷く。
「そうです。地球という星を侵略しないよう、そして地球に行くなら行く前に挨拶をして欲しい。無断で空中に現れて偵察という無粋な真似をしないよう、他惑星の住民に呼びかけてもらうのです」
サイバラ星の皆には、メッセンジャーとして活動してもらう。
もう二度と、地球人が同じ過ちを繰り返さないために。
来るというメッセージさえ事前に受けておけば、各国の軍隊も慌てて宇宙船を撃ち落としたりはしまい。
地球人は野蛮だが、それと同時に臆病でもある。それを、他惑星の住民にも知っておいてもらいたい。
「聞けば、彼らは母星の反対を押し切って飛び出してきてしまったそうじゃ」と、Q博士。
「だからのぅ、地球での住居を提供するという約束のもと、他惑星へ呼びかけをしてもらうことにしたんじゃよ」
「それで、その見返りが武力の破棄ですか。ずいぶんと割の合わない約束ではないですか?」
まだ不平タラタラに口を尖らせるデトラへ、U博士が微笑む。
「どのみち作戦が全て終了した暁には、全ての武力を破棄するつもりでいました。サイバラ星の皆様に言われたからそうする、というわけではないのですよ」
「戦いがなくなれば、儂らの存在など各国にとっては邪魔になるだけだ」と、T博士も苦々しく呟く。
どこの国にも属さない、それでいて宇宙人の技術とも対等に戦える私設の軍隊。
平和な時代には必要のない存在だ。
いや、存在するだけで民衆を怯えさせてしまうのは博士達の意図する処ではない。
「じゃあ、我々も解散ですか」
ドリクの問いに、Q博士が頷く。
「そうなるの。諸君らの抹消した戸籍も、復活できるよう交渉しておく」
「本当に皆さん、今までお疲れ様でした。地球は皆さんの活躍により、ついに平和な日常を取り戻しました!」
U博士の言葉を最後に、わぁっと歓声が上がり、生活ルームが至福と歓喜に包まれる中、猿山や晃と喜びを分かち合っているうちに、ふと春名の心に疑問が生まれた。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?なんじゃね、ハルナちゃん」
Q博士は、いつも以上にニコニコしながら振り返る。
なんとなく皆には聞かれたくないのでヒソヒソ声になりながら、春名は尋ねた。
「あの……アストロ・ソールは、これで解散なんですよね?」
「そうじゃよ。ハルナちゃん達も、ちゃんとヒロシマまで送るから心配はいらんぞ」
そうではなくて、と首を振り、春名は横目でクレイを伺う。
スタッフの皆に囲まれ、ヨーコには抱きつかれ、あのデトラまでもが賞賛の言葉を浴びせている。
多くの人間に頭を撫でられたりハグされたりと色々な方法で褒められて、クレイも幸せそうに見えた。
「皆は帰る家があるみたいですけど……クレイは?クレイは、どこへ帰っちゃうんですか?」
Q博士手持ちの研究所は、焼け落ちたと聞いている。
だったら、クレイには帰る家がないのでは……?
ほぅ、という声が目の前のQ博士ばかりではなく背後からも複数あがって、春名はドキンと飛び上がる。
振り返ると玄也爺ちゃん並びにスタッフ数名が、ニヤニヤとスケベ笑いを浮かべて立っているではないか。
「クレイの住所が気になるか。さすがは儂の孫娘、平和になった途端デートに誘おうという魂胆じゃな?」
「なっ、ち、違っ!そ、そうじゃなくてぇっ」
図星か、それとも意表を突かれたか、春名は真っ赤になって手をバタバタさせる。
慌てれば慌てるほど皆のニヤニヤは止まらなくなり、終いにはQ博士までもがスケベ笑いを浮かべて言った。
「クレイとピートに帰る家がないのは、判っておった。そこでな。クレイとカルラは儂が、ピートとトールはU博士が引き取ることに決めたんじゃ」
ソールはR博士と共に住み、ヨーコは家に戻るという。
エクストラ三姉妹の戻る先はT博士の家だ。
玄也も春名と一緒に広島へ帰ると言ってくれたし、何もかもが一件落着でハッピーエンドというわけか。
……いや。
ハッピーエンドではない終わり方になってしまった人も、少なからずいることはいる。
例えばインフィニティ・ブラックの面々。
自業自得とはいえ、地球を裏切った罪は重い。彼らは地球へ戻ると同時に、裁判を待つ身となる。
「白滝さんも……やっぱり裁判を受けるんですか?」
こっそり春名が小声で問うと、Q博士は首を真横に振って微笑んだ。
大豪寺玄也と一緒で、功績のある白滝竜にも国の体制を守るための裁判など必要ない。
身元引受人になるというQ博士の申し出を断った彼は、日本に戻って一人暮らしを始めるという。
クレイは喜ぶだろう。そう尋ねる前に、Q博士は言った。
「この決定にはクレイも喜んでくれてのぅ。万事めでたしめでたし、じゃよ」
「それで……結局、あんたは何処に家を持っとるんじゃ?」
最初の話題に戻したのは玄也。
愛しい孫娘の恋人が住む場所だけに、気になって仕方ないらしい。
Q博士は「シュトゥットガルトじゃよ」と、あっさり白状し、玄也がフゥムと唸る。
「あの工場地帯か。なるほど、ソルの設計者に相応しい場所じゃのぅ」
「なに、工場地帯だったのは大昔の話じゃよ。今は何もない、ただの大きな街じゃ」
どことなくマン丸頭の爺さんが嬉しそうに見えたのは、春名の気のせいではあるまい。
故郷を捨てた戸籍を捨てたと割り切っていたつもりでも、やはり故郷を褒められるのは嬉しいんだ。
そりゃ、そうだよね。だって、いつかは必ず帰る場所なんだから……


――そして。
約束通りアストロ・ソールは地上に戻ると、まず各スタッフ達を故郷へ送り届ける作業に入った。
その傍らでは戦艦解体、及びソルの破棄も平行しておこない、海底にあった基地も壊されてゆく。
アストロ・ソールの活躍も、しばらくは皆の心に残るであろう。
月日の流れと共に人々の記憶も薄れてゆき、やがてはアストロ・ソールという存在そのものが忘れ去られる。
だが、それでいいのだ。
辛かった記憶を、いつまでも覚えている必要はない。
宇宙人に空襲された思い出など、一部の者達だけが覚えていればいいことだ。

でも。

辛かった記憶は忘れてもいいけれど、楽しかった記憶は忘れないでほしい。



「もうすぐヒロシマへ到着します」
操縦席のスタッフに知らされて、春名は上空から故郷を見下ろした。
宇宙へ出る前と比べて、さして変わったようには見えない街。
でも、きっともう疎開していた人達も戻ってきていて、昔のように商店街も賑やかになっているはずだ。
「やっと帰ってきた!って感じだねっ」と後部座席ではしゃいでいるのは、笹本だ。
大人しい彼にとって、この戦いは本当に大冒険だったに違いない。
ちょっと宇宙人を倒す手伝いをしてくるはずが、宇宙に出て、戦闘機にまで乗ってしまったのだから。
だが、それを言うなら猿山だって有樹だって晃だって、そして春名にだって言えることだ。
ほんの少し前まで、何も知らない只の子供だった。
戦争なんて、自分とは関係ない別世界の話だと思っていた。
宇宙人に空襲された時だって、どうして自衛隊は何もしてくれないんだ、と他人にばかり八つ当たりして。
自分から何かをしよう、ましてや戦おうなどとは考えたりしなかった。
広島を出る前と、出た後の自分。自分では判らないけど、きっと少しは成長したはずだ。
少なくとも、もう、昔みたいに晃にばかり決定を頼ったりはしない。
自分で決めて自分で考えることができるようになったと春名は思う。
でも春名が変われたのは、自分一人の力じゃない。
皆がいてくれたから。励ましてくれる人が、いたから。
「Q博士、今までありがとうございました!」
ペコンッと勢いよく有樹が頭を下げたのをきっかけに、次々と子供達のくちから感謝の気持ちが飛び出す。
それらを受け止めながら、Q博士はニコニコと微笑んだ。
「ありがとうを言うのは儂らの方じゃよ。よく今まで投げ出さんと、最後まで頑張ってくれた」
「投げ出すわけないじゃないですか。僕達、自分で志願したんですから!」
「そうですよ」
有樹に続き、有吉も頷いた。
「最後は、ちょっと自分でも驚いちゃいましたけど」
「驚いたって?どうして?」
晃に聞き返されて、彼女は少し照れたように窓の外へ視線を逃がす。
「戦闘機に乗って宇宙へ出るなんて、しかも敵戦艦の前に出るなんて。自分でもビックリしちゃったわ、自分が持っていた度胸の大きさに。こんなことができるんだぁ、ってね」
「きっかけは秋子だったよね」
瞳に促され、秋子も照れながら、それでも首を振った。
「そりゃ、きっかけはそうかもしれないけど……でも有吉さんに出来たのは、有吉さんが強くなったからだよ。うぅん、有吉さんだけじゃない。春名も猿山も、皆、皆、強くなったよね、あたし達!」
これだけの経験をした後だ。
社会に出ても、そんじょそこらの苦難じゃ、へこたれまい。
皆、立派にやっていけるだろう。大人として、そして社会人として。
「市街地から離れた場所に着陸しますか?それとも」
皆で盛り上がる中、申し訳なさそうにスタッフが尋ねてきたので、Q博士が答える。
「ヒロシマ支部のあった場所でいいじゃろ。あそこは広いしの」
広島海底に沈んでいた基地も、今はもうない。
基地があったことすら、住民は気づいていなかったかもしれない。
「それじゃ……クレイも、元気でね」
Q博士の隣に座る青い髪の青年へ、遠慮がちに笹本が声をかける。
クレイときたら、皆が感謝の言葉で盛り上がる最中も、一人だけ無言で置物のように座っていたのだ。
どうせ最後なんだから、もっと騒げばいいのに。
晃は思ったが、それも無理かなと、すぐに思い直す。
地球を出る前と比べて僕達は成長した。
けど、クレイは最初から最後まで何も変わらなかったなぁ。
一貫して無口で照れ屋で、通信機がないと、ろくにしゃべることも出来なくて。
今だって、ホラ、通信機で返事を打ち込んでいる。
これでお別れなんだから、最後ぐらい自前の声で話せよな。
『皆には、いくら感謝しても、したりない。ありがとう。元気で』
無感情な機械音声に、猿山らが苦笑する。晃と同じ事を考えたのであろう。
「……あ、そうだ」
不意に何かを思いだしたのか、猿山はクレイの耳元にくちを寄せるとヒソヒソ囁いた。
「お前と約束した勝負だけどな。あれ、保留にしといてやるぜ?だってなぁ」
ちら、と春名を横目で伺う。
見られた方は、きょとんとした顔で見つめ返してよこした。
「あの大豪寺を落とすってのは無理だったわ。常識的に考えて。だから保留な、保留」
クレイも、じっと春名を見つめてから猿山へ向き直る。そして、コクリと頷いた。
『了解した』
「お?なんじゃ?何の話だ、男二人がコソコソと!」
「あーもうっ!うざったい爺ちゃんだなぁっ」
横から入ってきた玄也をグイッと押しのけると、猿山はニッと笑って親指を立てる。
「男と男の約束だかんな!じゃ、あばよッ」
戦闘機が着陸し、Q博士とクレイを除いた全員が地上へ降り立つ。
「じゃあね、クレイ!元気でね!」
「たまには手紙ぐらい、よこしなよ!」
口々にかけられる言葉へ、いちいち頷いていたクレイだが、「それじゃ出発するかの」とQ博士が言った直後に席を立つと、博士が扉を閉めるよりも先に地上へ飛び降りたもんだから、その場にいた全員が驚いた。
「ク、クレイ?ここはまだ日本だぞ、君は博士と一緒にドイツへ向かう予定のハズじゃあ」
慌てふためくスタッフへは首を振り、クレイがポツリと呟く。
「ドイツへは、行かない」
「え!?ど、どうしちゃったの?」
いきなりの強い意思表示に秋子が尋ねるも、クレイは無言で博士を睨みつけている。
挑戦的な眼差しに、Q博士も怯まず睨み返した。
「予定変更かね?クレイ。日本にしばらく滞在したいというのなら、それでも構わんよ」
クレイは再び首を振り、己の意志を噛みしめるように伝える。
「いいえ。ここでさようならです、Q博士。俺は日本に住みます」
Q博士と似て、クレイも相当な頑固である。
一度言い出したら聞かないのは、格納庫の反乱で嫌というほど思い知らされた。
だが強い意志を秘めた瞳の中に憂いを見つけて、Q博士はハッとなる。
日本に住む。
それは、たった今思いついた衝動的な行動なんかじゃない。
彼は前々から計画していたのだ。
「ハルナちゃんやリュウと別れたくないか。ま、それもいいじゃろう」
物知り顔で頷くマンマル頭へ視線を注いでいたクレイは、ふっと顔を逸らして俯いた。
判ってもらえないという悲しみが、彼の表情を曇らせる。
「それもあります……が、理由は、それだけではありません」
「なんじゃね?」
表情の変わらぬ博士を見上げ、クレイは一言一句はっきりと答えた。
「Q博士、あなたとは一緒に暮らしたくありません。俺は、俺を大事に想ってくれる人と、一緒に住みたい」
「えぇぇ!?」と、再び子供達は大合唱。
何を言うにもQ博士Q博士とうるさいぐらい連呼していた男が、まさかの信用していない宣言とは!
これこそ「どうしちゃったのさ!?」である。
操縦席のスタッフを含めた皆が動揺する中、二人の男はジッと睨み合いを続けていたが――
先に折れたのは、Q博士であった。彼は視線を逸らし、ぼそぼそと謝った。
「……すまなんだのぅ。お前の気持ちより、任務を優先してしまって。じゃがの、儂らの任務は絶対にやり通さなければならないものだったんじゃ」
何を謝っているのか。
それを理解するまで、さすがの晃でも少々時間をかけてしまったが、やっと判って彼は叫んだ。
いや、叫びそうになって、慌てて自分のくちを手で押さえ込んだ。
クレイが格納庫で反乱を起こした時、Q博士は僕達の元にいた。
それがクレイには悲しくて、博士との信頼に溝を作ってしまうほどショックだったんだ。
親なら、子供が悪いことをした時は叱ってくれるはず。
クレイも本当は、Q博士に叱って欲しかったんだ。
親であると信じていたQ博士に……
なのに、要求が通った後も謹慎だけで済まされた。
ソルで戦えるのがクレイを含めて三人しかいなかったというのが理由だろうが、それでは納得できない。
誰がって、そりゃ、もちろんクレイがだ。
叱って欲しかった。
皆の前で殴られても、いや殴られた方が、クレイ本人としては納得のいく結果だったのだ。
T博士とエクストラ三姉妹、春名と玄也のやりとりを見ているうちに、彼も羨ましくなったのだろう。
家族という名の絆を持つ者達が。時に無礼講、時には愛情に満ちた関係が。
「なら、うちへ来るかの?」
玄也にポンと肩を叩かれて戸惑うクレイに、春名も勢い込んで頷く。
「それがいいよ、クレイ!でもね、Q博士には謝ってあげて」
「クレイ、博士には総司令という苦しい立場があったんじゃ。そこんとこを理解してあげなくてはのぅ」
二人分の大豪寺に諫められ、渋々クレイはQ博士を見上げる。
しかし博士が全くニコニコしておらず、しょんぼりと項垂れているのを確認した途端、内心の怒りも何処かへ吹き飛んだ。
クレイは慌てて声をかけた。いつもよりは大声で。
「Q博士、すみません。博士の立場も考えず、俺は」
「いや、構わん。構わんよ、クレイ。わがままが言えるのは、人間の最も大きな特徴じゃ。クレイ……よくぞ、ここまで成長したのぅ」
クレイを見つめるQ博士の眦には、愛情がこもっている。
不安になっていた春名も玄也も、それを見てホッと一安心。
「よかろう、お前のワガママも聞いてやれんようでは親として失格じゃ。日本に住みたければ、住んでみなさい。生活が苦しいなら、儂へ連絡してくれれば仕送りぐらいはしてやるぞ」
「なぁに、仕送りなんぞいらんよ」
殊更大きな声で遮ったのは、もう一人の爺さん、玄也だ。
「クレイは儂の家に居候するんじゃからの。なぁ、春名。お手伝いさんとして雇ってやろうではないか!」
もう一度、春名は元気よく頷いた。
「うん!」



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