BREAK SOLE

∽21∽ 変化


楽しかった歓迎式も無事に終わり――
次の日からは、いつも通りの生活が始まる?

いやいや。

いつも通りではない日常が、彼らを待っていた。


海底基地アストロナーガ、その中心部である製造ルーム。
室内の半分以上を占めているのは、恐ろしく巨大な機体だ。
その機体はまだ、ほとんど鉄の枠組みだけで外見を留めていないけれど、船であることは予想された。
宇宙を飛ぶ大型の船。
これこそが、アストロ・ソールが誇る巨大戦艦『ブレイク・ソール』である。
「うぉーい、助スタッフ!誰でもいいから手の空いてる奴、手伝ってくれー」
機体の下から誰かが叫び、すぐさま若い返事が寄越される。
「はぁーい!今いきまーすっ」
パタパタと走っていくのは秋子。手には道具ツールを抱えている。
それより何より目につくのが彼女の服装。
スタッフ達と同じ、濃い緑色のジャンパーを着ていた。
胸に燦然と輝くのは、共通語で『助スタッフ 横田』のバッジ。
彼女は今や、アストロ・ソールの一員として働く人間の一人であった。
一員に認められたのは秋子だけではない。
元中学生はパーティーの後、一つの紙袋を貰った。
入っていたのは正式な仲間として認められた証、バッジとジャンパーだった。
彼らの立場は助スタッフ。正規スタッフのお手伝いである。
紙袋には一通の手紙も入っていて、それにはU博士からの祝言が書かれていた。


おめでとう。
これで君達も正式に私達の仲間です。
従って、明日からは君達にも戦艦製造の手伝いをしてもらいます。
いつまでも子供扱い、お客扱いでは失礼ですからね。
君達にはスタッフの補助をやってもらいます。
ですが、補助だからといって気を抜かないように。
やる気のない者には、それ相応の罰も用意しておりますので。
共に地球を救う為、精一杯頑張っていきましょう。


初めて入る戦艦の製造ブースはドッグ入口の広さなど目じゃなくて、再び皆はポカーンとくちを開けて天井を見るハメになった。
大きいのは部屋だけじゃない。
部屋に長々と横たわる鋼鉄の塊も、半端ではない大きさだ。
「これ……どっから出すの?」と猿山が案内役の黒人スタッフ、カリヤ=マーガに問えば、彼は得意げに答えた。
「こっちだ。戦艦用の出口は既に完成している」
彼の指さす方向には細長いプールが見える。なみなみと水が満たしてあるようだ。
「水中ドアは、まだ開かないけどね。戦艦が完成するまでは」
上機嫌なカリヤの説明を聞きながら、おずおず、と切り出したのは瞳。
「マーガ……さん」
どこか緊張している彼女に苦笑し、カリヤは「カリヤでいいよ」と気さくに言う。
「じゃあカリヤさん。それで、私達は具体的に何を手伝えば……?」
「ん〜。俺達が手伝ってって言ったことを手伝ってくれればいいんだよ」
具体的にといったのに漠然とした答えが返ってくる。
「製造ブースで働いてる奴らは、あちこちに置き忘れることが多いんだよね。君達は要求された道具や部品を持ってってあげるだけでいい。最初できる仕事なんて、そんなものぐらいだよ。徐々に色々教えてもらえるだろうから、焦らない、焦らない」
苛立ちを募らせる面々を手でハイハイと宥め、カリヤは肩を竦めた。
「それと、U博士から連絡聞いてると思うけど。君達は製造ブース班と生活班に分けられてるよね?それぞれ仕事が全く異なるんで、生活時間も違っちゃうけど、まぁ、仕事なんてそういうもんだと納得してくれると嬉しいかな」
「一足早く大人になったようなものですね」とは、有吉。
カリヤも苦笑を浮かべた。
「そうだね、高校飛び越えて社会人になったようなもんだと思えば」


製造ブースに組み込まれたのは、以下の十名。

猿山突兵
川村統己
近藤琢郎
筑間有樹
牧原賢吾
鈴木三郎
笹本宗太郎
横田秋子
佐々木優
前田美恵

そして生活班として、炊事洗濯などの雑務にまわされたのが以下の十名。

秋生晃
吉田純一
清水豊重
有吉澄子
水岩倖
桜井瞳
大豪寺春名
有田真喜子
工藤恵子
吉野雲母

Q博士曰く「個々の身体能力で分けた」とのことで、清水だけは不満囂々。
「なんで俺が女子と一緒に雑用なんだよー!」と彼は最後までゴネたのだが、結局、彼の文句は上に通ることなく闇に滅されたのであった……


春名達に新しい役割が与えられたように、クレイ達にも変化はあった。
その一つが、新しい仲間との顔合わせである。
「ミグ=エクストラです。よろしくお願いします」
クレイはすでに面識があったが、ヨーコとピートは初の顔合わせだ。
「銀髪……?あんた、北欧人なの?」
ヨーコの問いに、ミグは短く答える。
「いえ」
「じゃあ、国籍はどこなのよ」
「いいじゃん、国籍なんてどこだって。どうせ捨ててきた国なんだしさぁ」
ピートは、やけに気のない調子。可愛い女の子が相手だというのに彼らしくもない。
彼の視線はミグの隣に立つ、ちびっ子二人に注がれていた。
ミグと全く同じ容姿を持つ少女達。ただし、背丈はミグよりも少し小さい。
もじもじと内股で恥ずかしがっているほうは、今日初めて見る。
その横で無表情に突っ立っているほうには、見覚えがあった。
歓迎式の日――男子トイレに踏み込み、ピートを「変態」呼ばわりしたガキ!
確か、ミカ=エクストラとか名乗っていた。ということは、ミグの妹か。
姉妹揃って無感情な顔をしている。気に入らない。
内股の少女だけだ、感情をストレートに出しているのは。
この子の自己紹介だけは、まじめに聞いてやろう。
「私達はオーストラリアにあったT博士の研究所で生まれました」
「えぇっ!?」
ミグが淡々と言い、ヨーコの驚愕につられてピートも声をあげた。
「研究所で?生まれたァ!?ってことは」
「はい。私達はバイオ人間です」

バイオ人間?
人工人間です、という答えが返ってくるものかと思っていたのに、何だそりゃ?

「ブルー=クレイは人工授精で生まれた人間だ。この子達はバイオテクノロジー化学によって生み出した、生命体なのだよ」
などとT博士が自慢気に語っているからには、世界的にもすごい技術なのだろう。
だがピートは正直なところ、どっちもどっちだと思った。
どっちも同じ、人間ではない化け物だと。
「じゃあ、人間じゃないんですか?」
ヨーコがぶしつけな質問をしている。
それに答えたのはQ博士。
「いや、人間じゃよ。生まれ方が多少、他の人とは異なるというだけでな」
「でも今、生命体って」
なおも食い下がるヨーコに受け応えたのは、本人のミグ。
「ゼロから命を生み出したので、T博士は生命体という言葉を使いました。ですが、その後の育成は人間と同じ方法なので、私達は人間なのです」
ヨーコはまだ、納得がいかない表情だ。ピートも同意である。
人間と同じように育てたから人間ですって、そんな言い分通るわけがない。
その理屈で言ったら、猫の子だって人間と同じ育て方をしたら人間になってしまう。
『人間かどうかは問題ではない。今、重要なのは俺達が仲間だという点だけだ』
延々と続きそうな口論にストップをかけたのは、クレイ。
「そ……そうですわよね!ブルー、いいことをおっしゃいますわ〜」
内股でモジモジしていた少女が嬉しそうに、ぽんと手を打つ。
ミグとミカの表情に変化は見られない。
感情のない目でクレイを見ていた。
かばってくれた相手にも、何の感情も抱かないなんて……
やっぱりこいつら、人間じゃねぇよ。
人間であるか否か。その点は重要だとピートは思っている。
地球は人間が住む星だ。
せっかく平和にしても、人間外が残ってる以上は安心できない。
クレイやミグが素直なのは、博士が生きているからだ。
生みの親である博士が死んだ時、こいつらが仲間で居続ける可能性は低い。
何しろ人間でないことを恥じているというのならともかく、誇りにしているのだ。
きっと人間を見下す感情も、どこかに抱いているに違いない。
人間外とは、そうしたものだ。宇宙人からして、そうなのだから。
「で、お前の名前は?」
内股少女に話題を振ると、彼女はまたモジモジしながら名乗りをあげた。
「み……ミク、エクストラ、ですのぉ。よ、よろしくお願い致しますわね皆様」
途端にT博士が笑顔になる。
「よし、よく言えたのぉミクや。ご褒美じゃ〜」
まるで初孫に対する爺さんの如く、ミクの頭をナデナデしている。
ミクも頭をクシャクシャに撫でられて文句を言うでなく、無邪気に喜んでいた。
「わぁ〜い、博士に褒められちゃったですぅ〜」
普段は厳めしい顔で不機嫌そうな博士の態度を知っているだけに、ヨーコはドン引きだ。
「な……何なのよぉ……?」
「あの子達はT博士にとっては子供のような存在じゃからのぅ。な、クレイ?」
引いてるヨーコとは対照的に、Q博士も笑顔である。
特にクレイへ向けた笑顔はT博士のそれと大差なく、孫バカ爺さんの表情になっていた。
微笑ましい空間を生み出す二組に、ひたすらピートとヨーコはドン引きするしかない。
「……博士って……一体………?」
「あーゆーのを職権乱用って言うんだろぉなぁ……」
それは違うぞ、ピート。

「……ミカ=エクストラです。わたし達は戦艦ブレイク・ソールのオペレーターを務める予定です」
残り一人が頭を下げ、自己紹介タイムは終わった。
「三人ともオペレーターなの?戦艦はまだ完成してないってのに、なんで本部から来ちゃったわけ?」
ヨーコの疑問はもっともで、それに応えたのはミク。
えへんっと胸を張って得意げに話し始めた。
「ミクの得意技は設計ですのよ。先日、ブルーが戦ったタイプβ。あれの対策としてパイロットスーツの強化設計を頼まれましたの」
「へぇ〜。すごいんじゃん、君」
そう言って、ピートもミクの頭を撫でる。
彼女は嬉しそうに、くすくすと笑った。
「此処に来てから褒められてばかりですぅ」
そんなミクを少し冷めた目で見つめていたヨーコが、ふと思いついた。
「あ、そういえば話戻るけど。あんた達って、要は人工人間なわけよね?」
「……バイオ人間ですよ」
訂正するミグを無視して、ヨーコは続ける。
「なら、お兄ちゃんと一緒で、エクストラはファミリーネームじゃないのよね?」
「はい」
コクリと頷くミグに、ヨーコは尋ねた。
「何かの意味がある言葉なの?」
「幾多の中の、唯一」
無表情にミグが答え――ヨーコの目は、点になった。
「……はい?」
一回で判ってくれない相手に失望するでもなく、ミグは淡々と説明する。
「つまり大勢の中での特別な存在、という意味です」
「へっ」
床に唾を吐き、ピートが嘲った。
「じゃあ少なくとも、お前らには自分が特別な存在だって意識があるわけだ」
ミグは頷く。臆面もなく、やはり無表情のまま「はい」と。
「私達はT博士の威信をかけた存在です。T博士が作り出した、特別な存在。T博士の為にも、私達には失敗が許されない。必ず宇宙人を倒さなくては」
全ての生きとし生ける地球人の為、ではない。
彼女達はT博士の為だけに戦う。
そう、断言した。
T博士が死んだら、彼女達は戦う理由も存在意義も見失ってしまうのでは――?
「待てミグ。そいつは、わしの教えと違うぞ。わしが言ったのは」
T博士が慌ててマッタをかけるも、ミグの口頭は止まらない。
無表情だが、彼女なりに興奮しているのか激しい口調はクレイに向けられた。
「ブルー=クレイ。あなたはQ博士の最高傑作と聞いています。勝負です。どちらがより優れた生命体であるのか。この戦いで優劣を決めましょう」
真っ向から睨まれて、クレイは真っ向から彼女を見つめ返した。
隣ではヨーコが憤慨して「ナニヨ、お兄ちゃんに勝てるわけないじゃない!」と騒ぎ、Q博士はT博士とミグ、そしてクレイを見比べてはオロオロしている。
博士への恩義と誇りに関しては、クレイだってミグに負けない自信がある。
だが、今は仲間同士で争っている場合ではない。
ましてや、つまらない威信などの為に博士を困らせるのは――

クレイは、ワシの研究の中でも最高傑作じゃ。

確かにQ博士は、他の博士達へクレイのことを、そう紹介してきた。
しかし、それは地球を守る為の最強戦士が出来たことの報告であり自慢ではない。
強い戦士を生み出し、戦いへ投与できることへの達成感。
Q博士の持つ平和への使命感が生み出した結果なのだ、クレイという存在は。
T博士も同様だろう。
平和を願う心から、ミグ達を作り出したに過ぎない。
どちらの研究成果が優れているか、なんてのは考えたこともあるまい。
クレイは黙って首を横に振ると、踵を返す。
「逃げるのですか?」
背中に冷たい声が刺さるのもお構いなしに、司令室を出て行った。
Q博士は安堵の溜息を漏らし、T博士も額に浮かんでいた汗を拭く。
クレイの去ったドアを見つめていたミグも、溜息を漏らした。
ただし、安堵ではなく不満の溜息であったが……
「あんたって意外と好戦的よね。オペレーターじゃなくてパイロットのほうが似合ってたんじゃない?」
ヨーコの辛辣な軽口に、無表情な視線を送った後。ミグもドアへ向かう。
「自室へ戻ります。火急の用事がありましたら、コールをお願いします」
T博士のみに言うと、彼女も出ていく。
ミグが出ていくのを見て、ミカとミクも慌てて後に続いて出ていった。
「なーによ、あれ!博士、ちょっと甘やかしすぎなんじゃない?」
ヨーコに責められ、T博士は面目無さそうに肩を竦めた。
「いや、優秀なことは優秀なんだ。性格面には問題が出たかもしれんが」
すかさず、ボソッと後方でも呟きが漏れる。ピートだ。
「出たなんて、可愛いもんじゃねーだろ……」
しかも、この日常は宇宙人を撃退するまで続くのだ。
つくづく、先が思いやられる。

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