act9.MVPは……
戦闘において、人工生命体ほど優秀な戦士はいない。
情に流されることもなく、また、殺戮を続けても精神が狂気に蝕まれることもない。
戦場で最も冷静になれる――それがバトローダーの、人間とは異なる大きな特徴であった。
性格を色づけられた38小隊でも、そこは他の部隊のバトローダーと変わりなく、相手が例え人間の乗った戦闘機であろうとも、さくさく片付けて凱旋してきたのであった。

大体、人工生命体から言わせてもらうなら、敵機に乗っている奴らは全員赤の他人である。
顔すら見た事のない相手なんて、何の感情もわかなくて当然ではないか。
情がわくのは生みの親と育ての親、それから初めて好きになった人ぐらいなものだ。
「刃司令〜!只今戻りましたぁ〜〜んっ」
乙女走りで司令室へ駆け込んできたアルマを、刃と由希子が迎え入れる。
さながら彼女の脳内では、バックに点描でも待っているのであろう。
残念ながら、刃達の目には何も見えないのだが。
「随分と早い到着ですが、格納庫に戦闘機はしまったのですか?帰ってすぐ手を、きちんと洗いましたか?それと司令の前では敬礼を、お忘れなく」
お母さんの如く細々注意する由希子に対し、アルマはベーッと舌を出す。
「べーっだ!ヒステリックババアは黙っててよ、あたしは今、司令と話してるんだからァ」
反抗的な態度に「んなっ……!」と由希子が硬直するのを横目に、刃も一応お説教をかましておく。
「彼女はヒステリックババアじゃない、羽佐間副司令だ。そう呼べと教えただろう」
「でも、シズル工場長がヒステリックババアって呼んでましたよォ〜?」
シズルばかりではなく宗像教官も影で呼んでいると聞かされた時には、刃も軽く目眩を覚えた。
なんなんだ、ここは。女性に敬意を払わない者ばかりか。
お母さんっ子だった刃的には息苦しい環境だが、悪しき風習がバトローダーにまで感染しては困る。
「羽佐間副司令は俺の補佐だ。彼女に敬意を払えない者は、俺の部下として認めない」
由希子にとって今日ほど司令が格好良く見えた日はない。
いや、ここへ来る前から、ずっと司令は格好いいのだけど。
「白羽様……好き……」
両手を堅く結び、うるうると潤んだ瞳で刃を見つめる由希子を、アルマはジト目で睨みつける。
なんで、こんな色ボケババアを刃司令は庇うのだろう。副司令ってだけで。
彼女がヒステリックに怒鳴ってきたりしなきゃ、アルマだってババアと呼んだりしないのである。
「判りましたぁ。じゃあ、由希子ババアって呼ぶことにします」
妥協したら、それでも刃には怒られた。
「ババアも外せ。それは他人に使ってはいけない言葉だ。シズルにも後で厳重注意しておく」
「えぇ〜、でも司令と工場長は親友なんでしょ?親友を叱ったりできるんですか?」
間髪入れずアルマが突っ込んでくる。
上官に異を唱えるなど、通常のバトローダーなら考えられない言動だ。
ここにいる他のバトローダーでも、刃に意見する者は少ない。
アルマぐらいだ、刃に面と向かって反論してくるのは。
負けず嫌いで我が強い。
彼女はシズルと似ているようにも思う。無意識の感情移入だろうか?
「親友でも、悪い時には悪いと叱らなければ駄目だ。場合によっては絶交も考えている」
刃がきっぱり答えた途端。
バターン!と勢いよく扉が開き、シズルが勢いよく駆け込んでくる。
「ヤイバァァァ〜〜、すまんっ!悪かった、羽佐間副司令も申し訳ありません!もう、二度とあなたをヒステリックババアと陰口致しませんので、お許し下さい!!」
どこで聞き耳を立てていたのかは知らないが、効果覿面すぎる。
そっと溜息をつき、刃は親友に再確認を取った。
「シズル、約束だぞ」
「はい、絶対に!」
刃に対してシャキンと敬礼するシズルなんて、滅多に見られる光景ではない。
工場長でも敬礼することがあるんだ〜とアルマが興味津々眺めていると、他のバトローダー達も入ってきた。
「抜け駆けして点数落とすなんて、あんたらしいじゃん」
ニヤッとケイに笑われて、アルマもムッとして言い返す。
「ヒスババ……副司令がいなければ、ちゃんと点数あげてたもん。恋にアクシデントはつきものよ」
「そんなことより!」と、珍しくカリンが二人の喧嘩に割って入る。
「結局誰がMVPだったんですか?司令っ」
現場では誰が一番多く撃墜したのかなど、全く判り得なかった。
というのも敵が四機しか出なかったので。
手元のボタンを押して、バリバリとバルカン砲を撃っているだけで終わってしまったようにカリンは感じた。
気がついたら敵機は全部墜落していき、ぼちゃんと海に沈んでいった。呆気ないものだ。
「MVP?何の話だ」
きょとんとする刃の横で、シズルが大声を張り上げる。
「おう、それな!それなんだが、ケイ一機、アルマ一機のミラ一機で三人タイに並んだから、今回は該当者ナシだ」
「え〜!」「何それ、盛り下がるぅ〜」
ぶーぶー文句を垂れる部下達を見、再度刃がシズルに尋ねる。
「MVPとは何の話だ。俺を通さないで勝手な命令をバトローダーに出すのは困るぞ、シズル」
「あー、すまんすまん。あいつらのテンションをあげてやろうとした、俺の親心だよ許せ」
シズルには軽く受け流され、ますます憮然とする刃だが。
「工場長を責めないであげて?工場長は、あたし達の為を想って」
ケイに下がり眉で懇願された時には、真顔に戻っていた。
「あぁ、判っている。生みの親なりの愛情だろう」
「生みの親って、俺が妊娠して生んだみたいに言うなよ」とシズルは茶化し、かと思えば真面目に謝ってくる。
「お前に無断で話を進めちまったのは、本当に悪かった。お前には先に相談しておきたかったんだが、その」
チラッチラッと由希子へ視線を送るのを見て、刃には何もかもが判ってしまった。
要するに由希子が始終べったり刃にくっついていたから、シズルは言うに言い出せなかったのだ。
――となると、MVPとは副司令や教官が聞いたら不敬だと怒鳴り散らすような内容に違いあるまい。
「……少し、シズルと二人だけで話がしたい。皆は席を外してもらえるか」
「わっかりましたぁ〜」とバトローダー達は声を揃えて素直に出ていく。
「何かありましたら、大声で叫んで下さいませね」
未練がましく何度も振り返りながら、由希子も部屋を出て行った。
二人だけになったところで、刃が内密の話を始める。
大した話ではない。司令を無視した謎命令に関する質問だ。
「……さて。MVPとは、どういう内容だったのか聞かせてくれるか、シズル」
「んーと、だな。一番敵機を多く倒した奴に、お前と一日一緒にいられる権利を与えるっつー頑張った奴へのご褒美、みたいな?」
目を泳がせて答えるシズルへ、刃が頷いた。
「つまり、副司令と同じ立場を一日限定でバトローダーに与えるというわけか」
「まぁ、そんなとこだ。あっ、もちろんエロ禁おさわり禁だけどな!」
エロ禁止と言われても。
バトローダーは本来、そういった機能も感情も持ち得ないはずだ。
そう刃が突っ込むと、シズルは更に激しく視線を左右に動かして答えた。
「いや、まぁ、普通のはな?そうなんだけど。うちのは特製だから、ほら、例の性格づけってやつが作用していて……そんで、お前にやましい下心を抱くようになってしまったというか」
「なんだって?」
初耳だ。
今まで何度かアルマやケイとは雑談をかわしているが、全然そういう風には見えなかった。
アルマは多少距離ゼロな部分もあるが、単に懐いているだけかと思っていた。
「アルマなんか毎日お前のベッドや風呂に潜り込みた〜い!つってて、言ってるだけなら、まぁ可愛いもんだが、実行しようとするのが玉に瑕でさ。毎回皆で阻止してんだけど、あいつ変なところで諦めが悪いから……だから、日頃の欲求不満解消も兼ねてのMVP対策ってのを思いついたってわけだ」
皆というのは工場員か。
そんな裏方の苦労事情も刃の耳には、とんと入ってこない。
「ベッドや風呂に……?潜り込んで、何をするつもりなんだ」
一緒に入りたいというだけなら、入ってやっても構わない。
女体とはいえ相手は生身の人間ではなく、人工生命体なのだし。
そう申し出ると、「とんでもねぇ!」とシズルには全力で否定された。
「おま、欲求不満の生き物を甘く見ちゃいけねーぜ?あいつらは、あぁ、アルマだけじゃなくてミラやサイファとかもなんだが、風呂に入って、お前のエッチな部分をスポンジでゴシゴシする気満々だからな?ベッドの中は、もっと危険だ。ここじゃ言えないようなエロい事を、モリモリするつもりでいるんだよ。もっと危機感持たなきゃ駄目だぞ、ヤイバは!」
シズルの言う危機感は半分以上が刃の理解を越えるものであったが、誰よりも信頼できる親友が額に汗して忠告してくるのだ。
大人しく従っておこう。
「わかった。……シズルも、そういう風になったことがあるのか?」
少し好奇心で尋ねてみたら、「そっ、そういう風って!?」とシズルは挙動不審に尋ね返してくる。
「だから……誰かに欲情したり、とか」
直後のシズルの反応と来たら、そりゃあ、もう、判りやすいもので。
「ねっ、ね、ね、ねぇよ!ねぇったら、ねーんだからなッ!!」
顔を真っ赤に染めて、ぶんぶんと勢いよく手を振ったが、ありましたと言っているも同然だった。
そんなあからさまに動揺されると、尋ねた此方まで恥ずかしくなってくる。
シズルのことだから、スカした態度で『さぁな?』といった風に流すとばかり思っていたのに。
「……すまん。妙なことを聞いた」
神妙に謝る刃へ、シズルも謝る。
「い、いや、そうだな、好奇心ってやつだろ、今のは。この流れで聞くのは、何もおかしかねーよ。ただ、こっちの心の用意が出来てなかったんで驚いちまった。俺のほうこそ、ごめんな」
すぐに、こちらを労ってくるのはシズルの長所である。
独断で命令を出された事への失望感は、とうに刃の心から消え去っていた。
だが――刃に話せなかった理由を辿ると、シズルと由希子の不仲が原因ではないか。
二人を仲良くさせるには、どうすればよいか。
工場長に親心があるなら、作られた存在には子心があるのでは?
バトローダー達につけられた『性格』を有効化するなら、今が好機だと刃は考えた。
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