act13.栄光は誰に輝くか
白熱の空中戦もアルマとクロン、それから宗像の駆る由希子機のみとなった。
「アルマ、粘ってんなァ」
空を見上げ、技師の一人が呟いた。
「あぁ。ケイが脱落して、あいつが残るとは予想外だったぜ」
飯をかっ込んでいた他の技師も相づちを打つ。
アルマは記念すべき第一号のバトローダーなのだが、能力でいうとケイと比べて、かなり見劣りがする。
とにかく、落ち着きがないのだ。人工生命体なのに。
実戦では他の仲間もいたので何とかなった。
しかし単独で動かしていたら、海の藻屑と化したのはアルマのほうだったかもしれない。
ケイは判断力、技術、体力と、どの能力をとってもバトローダーの水準値以上を叩き出している。
シズルが彼女を最高傑作と呼んだのは、けして制作者の贔屓目ではない。
「土壇場に強いのでは?」とはマコトの意見に、「人間じゃねぇんだから」と他の技師は笑う。
バトローダーには、感情によるブレがない。技術者の間での定説だ。
――しかし、ここのバトローダーには余所のバトローダーにはない【感情】がついている。
感情を取り付けたことで人間に近い咄嗟の判断が出来るようになったのだとすれば、案外悪くない発想だったのかもな、と自画自賛しながらシズルも空を見上げた。

地上で絶賛されているなど、アルマは知るよしもない。
彼女は今、クロンと宗像の二機に挟み撃ちにされて、人生最大の危機に陥っていた。
ここで負ければ、一日刃司令と一緒にいられる権利を得られなくなる。
司令と一日一緒にいられる権――
一番最初の発案者はシズルだが、それをミスコンにも起用したのは刃本人だ。
エッチな行為は一切禁止。
そのかわり、刃が誘ってくれれば食事や娯楽にも同行できる。
つまり刃が「温泉で一緒にぬくぬくしよう」と誘ってくれれば、混浴だって可能というわけだ。
司令が万が一にも、そんな誘いをするかどうかは、さておいて。
一日一緒にいられるとしたら、何をしたいのか?
決まっている。
一日中、あのイケメンフェイスを眺めていたい。
それだけで、アルマは充分幸せだった。
シズルにはエロ妄想を散々ぶちまけてやったけど、本音じゃ、そんな大それた真似は出来ないと自分でも思っている。
刃はまず、手を出す事自体が恐れ多い。
前帝の子供だからってんじゃない。
人間の決めた役職なんざ、アルマの知ったことではない。
彼の持つ神々しさ――とでもいうのだろうか、生まれついてのオーラが、エッチな真似を躊躇させる。
汚してはいけない。そんな気持ちも抱いた。
刃の全身から感じる穢れなさは、きっと軍服が白いせいだとアルマはアタリをつけた。
だって副司令、由希子ヒスババアの着ている軍服は黒いのに、刃司令は真っ白なんだもの。
真っ白クリーンで天使のごとく清らかな司令には、エッチな知識など教えてはいけないのだ。
でも、いつか司令が自分からしてきた時には、全力で受け止めてあげたい。
自分に都合のいい展開も、アルマの胸には秘められているのであった。

司令クラスの軍人には、全員白い軍服が義務づけられている。
だが人間の定めた軍隊ルールなど、一介の人工生命体であるアルマが周知でなくても仕方あるまい。
刃の隣で遠い目をしていた北城も、当然白い軍服に身を包んでいる。
ともあれ、彼もやっと立ち直った。空中戦に大きな動きがあったので。
集中攻撃を受けて、アルマのデタラメ殺法が炸裂した。
結果、突進してきたアルマの攻撃を避けたところにクロンの攻撃を重ねて受けて、ケイは脱落したのである。
簡単にいえば連携に失敗した同士討ち、自爆だ。
「これは君にとって、勉強になる戦いじゃないか?」と北城に言われ、刃も空を見上げる。
「現場の判断に任せると大抵は、ろくな結果が出ない。事前作戦は重要だよ」
「おっしゃるとおりです」
我が小隊は自意識の強いバトローダーだらけだ。
現場に任せるなんて、怖くて出来ない。
考え込む刃の耳に、いや、会場にいた全員の耳に、アルマの『んが〜〜〜っ!』という叫びが響き渡る。
再び囲まれてからのピンチで、アルマのど根性が発揮されたのか。
おおーきくアルマの機体が旋回して由希子機の背後へ回り込むのを、皆はポカンと大口を開けて見守った。
「土壇場からの回避行動か……これまでのバトローダーには、なかった思考回路だな。君の工場の技師には、そうとう優秀な人材がいるとみた」
それは、どうだろう。
シズルは学生時代に生命学を専攻していたから、ある程度は優秀であったのかもしれない。
だがアルマの誕生については、偶然要素が大きかったと刃は睨んでいる。
「あとで話を聞いてもいいかね」と尋ねられたので、刃は一応許可を出す。
しかし話を聞いたところで、情報は何も得られまい。
作った本人にも、奇跡は解明できていないのだから。

全ての競技が終わる。
『栄えある第38回空撃部隊ミスコンテストの覇者は――クロンに決定だぁー!』
表彰台には所在なく、ぽつんとたつクロンの姿があった。
会場全体が割れんばかりの拍手の中、「なんであいつが総合優勝なのよォ」とアルマがふてくされる横ではケイが肩をすくめる。
「しょうがないでしょ、あいつ常に二位三位に入ってたもん」
「合計数で決まるなら、これまでの競技の一位には何の意味があったのさ」
サイファも不満に口を尖らせるが、刃司令のお言葉が始まる頃には無駄口も影を潜めていた。
『みんな、よく健闘した。正直に言うと、諸君らの能力上昇には驚かされた。計算上の数値だけでは計り知れない能力を発揮した者もいたようで、君達を指揮できる立場にあるのは誇りに思う』
マイクを通して響く司令の言葉に、アルマ達は、うっとりする。
「はぁん……誇りに思う、だって。あたしたちの事、司令が誇りにィ〜」
「えぇ、これだけでも頑張った甲斐がありました」
参加者全員を労った後に、刃は会場の盛り上がりについても話題にした。
技師と雑務が仲良くやっているのは、VIP席からも確認できていた。
今後もこうした交流会を続けていきたい、と話を締めて刃が壇上を降りる。
再び盛大な拍手が巻き起こり、誰の言葉も聞き取れなくなる中、シズルが刃の元へ駆け寄ってきた。
「ヤイバ、聞いたぞ?この大会の優勝者には一日一緒の権利が与えられるんだってな」
動揺を隠しきれないシズルとは異なり、刃は涼しげな表情で受け流す。
「あぁ。お前の案を採用させてもらった」
「おま、そんな、あっさり……もし副司令が優勝していたら、どうするつもりだったんだ」
他小隊の司令と同じ並びに整列し、ぶっすりふくれっつらの副司令を一瞥し、刃が呟く。
「……いや。初めから、副司令は優勝しないだろうと予想していた」
「どうして?」と、シズルの浮かべた当然の疑問に、刃は確信を持って受け応える。
「シズル、人間は過信する生き物だ。他の生物を下に見て、相手の能力を侮ってしまう。だからこそ、アルマ達には勝てないだろうと予測した。俺達の部隊のバトローダーには、本来のバトローダーにはない意外性がある。それを副司令は理解していないと、俺は感じたんだ」
たとえ序盤の競技で副司令が一位を網羅したとしても、最後の空戦で彼女は無能になる。
宗像 桜が己の腕を過信するであろうことも、刃には予想出来ていた。
彼は名門パイロットの輩出家だ。
得点は、最後の空戦勝者に大きく点数が振り分けられている。
なんてのは、当然出場者には内緒の内訳である。
この大会は初めから、交流及び他部隊へ向けたバトローダーの能力展示会にあった。
「あー、それと、だな……」
急に歯切れの悪くなった親友に気づき、刃が振り返ってみると、シズルはガリガリと頭をかき、申し訳なさそうな下がり眉で刃を見つめてきた。
「クロンの件で、お前に伝えておきたい事が」
ここでは話しにくそうだ。
そう感じた刃はシズルを手招きし、建物の影まで連れていく。
周囲に誰もいないのを確認してから、シズルが衝撃の一言を、ぼそっと吐き出した。
「あのな、実はクロンなんだが。ありゃあ、女子じゃないんだ」
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