黒い夜

◆5◆ 魔女の呪い

 レイザース領土内――サンサード樹海。

「どう思う?」
「どう思うって、何が?」

 騎士の一人に囁かれ、少しウトウトしていたアレンは顔を上げる。マリエッタは、まだ戻ってきていないらしい。火の番についたテフェルゼンの表情から、それは すぐに判った。

「決まってんだろ、マリエッタだよ。何で戻ってこない?」
「それは……キリーに何かされて」
「だとしても、だ。遅すぎやしねぇか?まさか先に宿舎に帰っちまったんじゃ」
「それはない」
「……隊長」

 謎の怪物との遭遇――そして、退治。人が一人倒されて、怪物は木々を踏み倒し、最後には赤い炎に包まれて大炎上した。たとえ遠く離れていようと、マリエッタにも何が起きたかぐらいは判ったはずだ。まともな騎士なら、仲間を見捨てて一人宿舎に帰るなど有り得ない。

「探しましょう!もしかしたら怪物を見つけて、戦ってるのかもしれない」
「マリエッタが?あいつが無謀な真似に出るタマかよ」
「……ありえない話だが、全くないとも限らない。よし、捜索メンバーを組もう」
「隊長、本気ですか?」
「無論だ」

 アレンの言葉に動かされたのか、重々しく頷くテフェルゼン。それを鼻先で笑ったのは、なんとしたことかマリエッタが行方不明になった原因の一つと思わしき当事者キリーであった。

「探しに行きたいんだったら、もっと早くに動けよ。今頃探しに出たって、何にしろ決着がついた後だろうぜ」
「お前なぁ!本を正せば、お前があいつにちょっかいをかけるからッ」

 だが仲間の反撃には首を振り、キリーは尚も言う。

「怪物に出会ったなら、ジョンみたく大声あげて皆を呼ぶのが普通だろ。誰か、あいつの声を聞いた奴はいたのか?いないだろ」
「つまり、お前は何が言いたいんだ……?」

 真っ向から隊長に見据えられ、二人は数秒の間、睨み合う。先に視線を外したのはキリーのほうであった。彼は軽く肩を竦める。

「宿舎に戻ってみれば、布団を被った臆病な騎士様と再会できるかもな。仲間の絶叫に怯えて逃げ帰った。そう考えるのが一番妥当だぜ」
「馬鹿な!マリエッタだって黒騎士団の一員なんだぞ!?」
「まぁ……マリエッタなら、アリかもなぁ、それ」
「おい!」
「だってアレン、あいつ見張りに立つ時もビクビクしてたんだぜ?」

 キリーの言うことに思い当たることでもあるのか、頷いている者も多い。もちろん、「キリーの言うことに賛成するのは癪だがよ」と付け加えることも忘れなかったが。暗い森の中、一人で見張りに立てと仲間から命じられた時、彼女は最初渋っていた。マリエッタは本当に臆病だったのだ。


 結局のところ、マリエッタ捜索隊として一部の黒騎士達が森へ散開した他は、もう少しここで待ってみることとなった。見張りに数人立ち、残りはテントで仮眠を取る。シェリルもまた、騎士達と一緒にテントで寝ることになったのだが――

 ふと肌に冷たい風を感じ、シェリルは目を覚ます。テントの入口が少し開いていた。これでは風が入ってくるのも当たり前だ。真っ暗な中で目を凝らすが、隣に寝ていたはずのキリーがいない。見張りの交替時間だろうか。皆を起こさないよう、こっそりとシェリルは表に出た。

 月が、青い。しんと静まりかえるなか、真っ青な月が地上を照らしていて、シェリルは思わず言葉を忘れた。しばらく光景に見とれた後、改めて周囲を見渡したが誰もいない。キリーはおろか、この時間帯に立っていなければいけないはずの見張りすらも。

「無防備すぎるのよね、最強国の人達って。だから襲われちゃうんだわ」

 仕方ないなぁ、というように溜息をついてから、意識を一つに集中させる。この世界の何処かにいる、キリーの気配を探して。やがて見つけ出したのかシェリルの顔は歓喜に染まり、森の奥へと駆けだしていった。


 水音が静かに跳ねる。レイザース国の者でも、滅多に立ち入らない森の奥。ここには小さな湖があった。普段は動物が水飲み場として使っているのだろう、水も綺麗で底まで透き通っている。まだ子供の頃、遊ぶ相手もいなかったキリーが見つけた、秘密の場所。彼は誰にも教える気はなかったし、大きくなった今でも誰かと此処で遭遇したことはない。

「やっぱり!見つけた、キリーッ」

 誰も来るはずがない場所で思いっきり自分の名前を呼ばれ、キリーは危うく湖の中でずっこけるところであった。慌てて振り返ると、岸辺でシェリルが手を振っている。後をつけられた覚えはないから、起き出して追ってきたのか。捜査犬も顔負けの追尾能力である。

「お前、どーしてここに」
「キリーこそ!見張りはどうしたの?サボッちゃ駄目だよ」
「うるせェなぁ。襲われたって何とかするだろうよ、隊長が」

 言いながら、サボサボと湖に入ってくる。服も脱がずに入るもんだから、シェリルの胸元は透けて乳首がハッキリと見て取れた。ガキの乳首が見えたところで色気もへったくれもねぇやな、とキリーは首を振りつつも、彼女を手で制する。

「おい、それ以上近づくなっ」
「なんで?」
「なんでって、見りゃーわかんだろうが!」

 キリーは水浴びをしていたのだから、当然ながら裸である。上から下まで、見事に何も身につけていない。いくら子供とはいえ一応シェリルは女の子なのだし、見せていいものと悪いものぐらいあるだろう。

 それに何より、裸を見られるのは自分が恥ずかしい。キリーの体は昔から貧弱であった。他の騎士達のように鍛え抜いた筋肉質でもなければ、隊長やアレンのように、つくべきところに筋肉がついているスマートな肉体でもない。この体のおかげで、今まで何度となく女達から嘲笑を浴びせられたことか!彼が闇に乗じて女性を襲う悪癖を身につけたのも、その頃からだった。

 だがキリーの内心に蟠るコンプレックスなど、シェリルが理解できるはずもなく。彼女は制止の声も振り切って、あと数センチ手を伸ばせば届く場所まで接近すると、キリーを見上げて微笑んだ。

「こんな綺麗な場所を知ってるって事は、やっぱりキリーも自然が好きなんだぁ」
「別に自然が好きってわけじゃ……つーか、やっぱりって何だよ?」
「……ん?あれ?」
「なんだ?どうしたんだよ」

 また何か、異形の気配でも感じ取ったのだろうか。慌ててキリーも周囲を探るが、気配どころか物音すらも感じ取れない。武器も防具も岸辺に置きっぱなしだ。丸腰で戦うのは、さすがに不安がよぎる。シェリルの視線を辿ると、彼女は真っ直ぐ水面を見つめていた。とすると、敵は水の中にいるのか?

 その時であった。油断なく身構えるキリーの股間を、シェリルの指がチョンッと突いたのは。

「うびょわぁぁぁぁぁ!?」
「キ、キリー?」

 思わず情けない悲鳴がくちから飛び出し、キリーの顔は紅潮する。バケモノなんて、どこにもいない。シェリルが見ていたのはキリーの股間にぶらさがっている物だと判った時、羞恥心と怒りも加わり彼の顔は、いっそう赤みを増した。対するシェリルは、彼の怒りも恥ずかしさも何処吹く風といった無邪気な笑みを浮かべたまま、尋ねてよこす。

「なぁに?それ」
「何じゃねぇッ、このエロガキが!!」
「エロガキ?どうしてキリー、怒ってるの?」
「知ってて聞くのをエロガキッつーんだ!これが何かぐらい知ってんだろうが!」
「知らない。知らないから聞いてんの」

 シェリルの瞳は嘘をついているようには見えない。純真無垢な少女そのもので、言い争っているこっちのほうが照れてしまいそうだ。恥ずかしさに堪えられなくなったか、キリーは視線を外して彼女の質問に答えてやった。

「チンコ。チンコっつーんだよ」
「ふぅん。形は長いのに名前は短いんだね」
「なっ……!」
「それ、キリーだけが持ってるの?ジェーンにもついてるのかな」
「ば、バカッ!あいつに聞かれたら、お前殺されっぞ」
「え?どうして?」
「ジェーンは女だ、ついてるわけねーだろが!!」

 とんでもないことまで言い出す。だが驚くと同時に、キリーの脳裏には疑問も浮かぶ。いくら色事を知らない子供だからといって、今時のガキがここまで無知なものだろうか?少なくとも両親が側にいれば、股間にぶらさがる者とぶらさがらない者の区別ぐらいつきそうなものだが……

「お前、孤児なのか」
「コジ?うぅん、違うよ」
「ん?じゃあ親父の裸を見たことは」
「オヤジ?なに、それ?」
「………父親か母親と一緒に暮らしてなかったのか?」
「おとーさんと、おかーさん?あたし、いないの、それ。皆には、いたんだけど」

 やっと判った、とでも言うようにポンと手を打った後、衝撃の告白をぶちかます。ということは、やはりシェリルは孤児なのだ。孤児じゃないと言ったのは、言葉の意味が伝わっていなかっただけだろう。

「おとーさんなら、みんな持ってるものなのね?それ」
「ん、まぁな。おとーさんっつーか、男なら誰でも持ってるぜ」
「じゃあキリーも、おとーさんなの?男なの?」
「あぁ、ガキができりゃーおとーさんにも、なるわな」

 なんとなく話を続けながら、他人と色々話すのも久しぶりだと彼は気づいた。しかも、相手はキリーが苦手としているはずの子供なのに。

「ガキ?が、できる?できるって、つくるの?」
「あぁ。女がいりゃーな。女ってのは要するに、おかーさんだ。男と女が協力して作るんだよ、子供を」
「あ、じゃあ、もしかして!」

 また何かを閃いたのか、彼女は手を打つ。しかし次にシェリルのくちから飛び出したのは、およそ同じ年代の子供が話題にしていいような言葉ではなかった。

「セックスって、そういう意味だったのね!おとーさんと、おかーさんが、子を成す行為!」
「ちょ……ちょっと待て!やっぱテメェ、エロガキじゃねーか!!」
「えろがき?違うよ、知らないから聞いたの」
「じゃあ何で!セックスなんて言葉を知ってんだッ」

 するとシェリルは、ふぅっと息をついて空を見上げる。今までの彼女とは違い無邪気な雰囲気が掻き消え、心なしか表情も硬く、暗い影が差したようだ。

「いったら、信じてくれる?」

 そう言って こちらを見つめた彼女の顔は年齢よりも大人びて見え、キリーは思わずゴシゴシと目をこする。風が、今まで、そよとも吹いてこなかった風が、静かに彼女の髪の毛を揺らす。ややあってから、キリーは応えた。

「出会ってからずっと、驚かされっぱなしの連続なんだ。まだ他にも驚きのネタがあるなら聞かせて貰いたいもんだな」
「そう……じゃ、話すね。呪術師ドンゴロって、知ってる?」

 ドンゴロ。思い出すのに少し時間がかかったが、その名前はレイザースに住む者なら知らないのは恥と言われるほど有名な呪術師ではないか。で、そのドンゴロがどうしたのか、と尋ねるキリーにシェリルは頷き、答える。

「ドンゴロの友達で呪術師カウパーっていうのがいるんだけど。その人がね、今回の首謀者なの!」
「あ?」

 話がまた別の方向に飛んだようだ。ぽかんとマヌケにくちを開けるキリーに、判りやすく言い直すシェリル。

「えっと、カウパーは魔女って呼ばれてて……強い魔力を持ってるの。でね、亜人の島にいる怪獣達に呪いの魔法をかけちゃったの。レイザースを襲って、人間を殺すようにって!」
「な……なんだって?」
「人間を殺さないと、お前が死んじゃうんだぞっていう呪いをかけたの。だから皆、レイザースで暴れてるの!ホントは良い子達ばっかりなのに」

 亜人の島、怪獣、呪い……あまりにも唐突すぎて、キリーには信じることができない。だが全くの嘘と言い切る自信もなかった。少なくとも、子供の考える空想にしては残虐すぎる。となれば改めて思う、彼女は一体何者なのかと。

「じゃあ、そのカウパーってのが今回の首謀者だと?」
「ウン。それで、あたし、カウパーを止めようとしたんだけど……逆にやられちゃって。その時、呪いまでかけられちゃったの」
「呪い?お前にも、レイザース人を殺す呪いが?」
「うぅん。あたしにかけられた呪いは別のやつ。それが、セックスなの」
「………ハァ?」

 また話題が飛んだのかと目を点にしていると、シェリルがずいっと一歩近づいてきた。反射的にキリーは一歩下がる。

「カウパーは、こう言ってた。男の人とセックスしなきゃ、お前の体は元に戻らないぞって。セックスというのは、子を成す行為だって。ずっと意味が判らなかったんだけど、キリーのおかげで判ったわ。ありがと」
「あ……あぁ、そう。そりゃあ、良かったな」
「あたし、あいつをやっつける為にも元の体に戻りたいの!お願いキリー、協力して!」

――なんだって?

 今度こそキリーは仰天した。さらに一歩踏み出すシェリルから逃れるように岸辺へ這い上がると、服一式を抱えて茂みに飛び込んだ。キリーはセックスが怖いわけでも、出来ないわけでもない。現に他の女の子となら、何度か経験もある。といっても一方的にキリーが襲いかかった、いわゆるレイプでの経験だが。

 だが、目の前の相手は子供だ。それも年端のゆかぬ、見た目だけで判断するなら十代にも満たない幼女。今の話だって、本当か嘘かも判らない。やったあとで実は嘘でした、と言われたら洒落にならないではないか。

 信じてくれるなら話す。彼女はそう言っていた。しかし、まさか、こんな突拍子もない話だとは思ってもみなかった。そぉっと茂みからシェリルを見て、キリーは再び仰天する。シェリルは――泣いていた。立ったまま、小刻みに体を震わせて。それでも気丈に振る舞ってるつもりか、茂みの向こうにいるキリーへ声をかける。だが、その声も震えていた。

「ごめんね。変な話聞かせちゃって。突然で驚いたでしょ。変なこという子だって、思ったでしょ?ごめんね。でも」
「……でも?」
「でも、ホントだから。ホントにあたし達みんな、呪いがかかってて……でも無理は言わない。さっきのお願いは忘れて。困らせて、ごめんなさい」

 服に着替え茂みから抜け出ると、キリーは彼女の側まで戻ってきた。子供は本当に嫌いだ。すぐ泣くから、対処に困る。

「まぁ、とりあえず……カウパーの特徴を教えて貰えるか?一応、怪獣が暴れた原因ってのは信じてやるからよ」

 彼女にかけられた呪いはともかく、ドンゴロという実在の名を出してきたのだ。もしこれも嘘だと判明したら、シェリルは間違いなくレイザース裁判にかけられ、ドンゴロの名誉を汚したとして死刑になる。それにドンゴロの名は、何も知らない子供が冗談で使えるようなものではない。学校に通ったことがある者ならば、ドンゴロがどのような人物であるかも同時に教わるはずなのだから。

「信じてくれるの!?嬉しいっ」

 どん、と飛びついてきた時には、シェリルの顔は泣き顔から笑顔に変わっている。まったく、現金なものだ。全部を信用したと言ったわけでもないというのに。

「黒い服に黒い帽子、鷲鼻で、背中も曲がってるわ。顔も手もしわしわで」
「なるほどねぇ。要するに、ババァか」
「それと、カウパーは一人じゃないわ。必ず傍らに黒い鎧の人を連れてるの。あの子達、うぅん、怪獣達を船に乗せて連れ出したのは、その人の仕業。でもレイザース滅亡計画を、その人に吹き込んだのはカウパー」
「カウパーは、なんだってレイザースを滅ぼそうとしてるんだ?」
「わかんない。でもドンゴロの名前を呟いてたから、彼と何か関係あるのかも」
「カウパーがドンゴロの知りあいだってのは、どうして判った?」
「だって、自分で言ってたよ?あたしはドンゴロの友達だ、って」

 まさかドンゴロと痴話喧嘩したんで、彼と関わりのあるレイザースを腹いせに滅ぼそうと思ったんじゃないだろうな? ――と考えて、キリーは自分の考えの、あまりの馬鹿馬鹿しさに苦笑した。いくらなんでも、そんなオチはないだろう。そんな理由じゃ、死んだジョンも浮かばれまい。

「っと。とりあえず、皆の元に戻るか。俺達までいなくなったってんじゃ、またアレンが大騒ぎを始めっからな」
「うん!」

 二人が戻ってくる頃には、空も白々と明けかかっていて。思った通りアレンが大騒ぎを繰り広げている最中に戻った二人は、隊長に静かなお説教をくらいつつも、マリエッタが森の何処にもいなかったという報告を受けたのである。


 場所は変わって、暗く朽ち果てた神殿――かつては神を降ろしたと思わしき祭壇の前に、人影が三つ。一人は黒いローブに黒い帽子の呪術師カウパー。もう一人は黒い鎧に身を包んだ、まだ年若い男。そして残る一人も、黒い鎧に身を包んでいた。男がくちを開く。

「怪獣を与えてやったというのに、仕留めた騎士は一人だけか。よくそれで、おめおめと戻ってこれたものだな」
「くッ……」
「まぁ、よいではないか。レイザースに放った怪獣はあれ一匹ではない。これからどんどん騎士団は忙しくなる。死人も増えるじゃろうて」

 叱咤された黒鎧の顔が月明かりに照らされる。その顔は、女であった。いや、森の中で行方をくらましたマリエッタであった。

「団員の一人に邪魔をされたのです。奴さえいなければ!」
「邪魔なら殺せばいい。何故生かしておいた?」
「……下手に殺しては、後の任務に支障が出ると思ったからです」
「どうせ皆殺しにする予定だったのだ。途中経過で一人死んでも問題なかろう」

 にべもない男の言い分に、マリエッタは項垂れる。確かに、そうだ。最初から怪獣を操って皆殺しにする予定だったのだから、キリーをあの場で殺しても問題なかったのに、自分は躊躇してしまった。何故、躊躇してしまったのだろう。あいつのことは大嫌いなはずなのに。不意に老婆が笑い出し、男もマリエッタも そちらを仰ぎ見る。

「ふぇふぇふぇ。長期間の諜報活動が仇になったな、マリエッタよ」
「えっ?どういう意味ですか、カウパー様」
「情が移りおったんじゃ、自分でそうと気づかぬうちにな」
「そ……そんな!私は、ただ」
「何にせよ、貴様は失敗した。しばらくここで頭を冷やしているといい。騎士団に顔を知られている以上、貴様の役目は当分ない」

 ぴしゃりと言われ力なく項垂れたマリエッタの代わりに、カウパーが男に問う。

「次はお前さんが行ってみるかね?ジェスター。テフェルゼンは手強いぞ」
「問題ない。怪獣さえ使えれば、黒のテフェルゼンといえど敵ではない」
「ふぇふぇふぇ。大した自信じゃの。では怪獣を二匹つれていくがよいわ」
「二匹も!?」

 驚くマリエッタと比べて、ジェスターと呼ばれた男は、どこまでも平静であった。無表情にカウパーに視線を向け、こくりと頷き、闇へと姿を消した。後に残るマリエッタへ、カウパーが耳元で囁く。

「ジェスターは謹慎しろと言っておったが、儂は無理にとは言わん。手元に残っておる怪獣は、あと三匹……あれをどうするか、これからどうするかは、お主自身が決めるのじゃ」

 扱える自信があるならな、ふぇふぇふぇ。と笑いながら、老婆も部屋を出て行った。一人残されたマリエッタは、しばらく身動きせず座り込んでいたが、やがて音もなく立ち上がる。その瞳には、暗い炎を宿して。
←BackNext→
Topへ